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「外科医が花形であるのは,利益を顧みずリスクをとるからだ.楽で金が儲かる仕事はあるが,そういう仕事での精神性は貧しく,神への祈りもない」「私たちは,外科のプロフェッショナルである.優れた外科医となるために,しっかり勉強して,365日しっかり患者さんを診る.結局,医者に休みはないんだ.そのことに矛盾を感じなくなれば,きっと良い医療ができる.」 幕内雅敏http://www.med.nihon-u.ac.jp/department/surgery3/2010images/makuuchi_toku.pdf
2010.11.06
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娘は間もなく2歳になろうとしている.この今の時は,一度過ぎ去ってしまえば,永遠に元には戻らないのだということを最近強く意識する.勿論,何歳になってもかわいくて仕方がないのだろうけれど,この1歳11ヶ月の時というものは,いくら望んでも戻ってはこない.そう思うと,娘と接する一つ一つのことが,とても貴く思えてくる.肌の感触,笑い声,石鹸のような香り,私を見つめる瞳,ご飯を食べる横顔,かわいい寝顔.今を逃すと,永久に見ることができなくなる.少し悲しい気もするが,だからこそ,今が素晴らしくもなる.間もなく病気になって退院してから,早いもので3年になる.今では誰も,私の体調のことをたずねなくなった.人生は何が起こるかわからない.勿論,不測の事態に直面した場合,精一杯頑張って克服することも大切ではあるが,努力だけでは克服することが極めて困難な事態も存在する.だから偉そうなことは何も言えない.ただし,人生はプラスマイナスだいたい同じくらいに落ち着くのではないか,と思う.いい時もあれば悪い時もある.その振幅が大きければ大きいほど,いい人生なのではないかと私は思う.3年がたって,負け惜しみではなく,心からそう思う.これからも,これまでの困難とは比べものにならないくらいの,厳しい事態に直面することも,あるだろう.だが,恐れる必要はない.今という時を大切に生きていけば,嵐もきっと,今日のような秋晴れになるに違いない.
2010.11.06
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やはりこの曲が一番ではないだろうか.もはや大昔になってしまったが,私にもクラウディアがいた.失恋も長い人生においては大切ではないかと今では思える.
2010.10.11
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メロディーが優しく,とても切ない.『おれをとろかせる女でいてよ』サザン屈指の名曲であると思う.
2010.10.11
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名曲.『誰より愛しいひとよ』『愛しい』という歌詞は,サザンの歌では自然であり,また良く合致する.
2010.10.11
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3連休もほぼ仕事.『情けない男でごめんよ』とは,桑田圭介の『祭りのあと』の中の一節である.机に向かって,iTunesをランダムにかけていたらこの曲が流れてきて,なんだかたまらない気持ちになった.せつないメロディーである.私の大好きな曲.桑田さんはもう良くなられたのだろうか.どんな病期でどういった手術がなされたのかは知らない.一般論として食道癌の多くは反回神経周囲のリンパ節に転移する.その周囲を切除すると反回神経麻痺といって,声がかすれたり,出にくくなったりすることがある.桑田さんの声は大丈夫なのだろうか.そしてそのことを考える時,桑田さんを執刀した主治医のことを想う.彼ほどの大スターの執刀医になることは,いかにも名誉なことであろう.しかしどれほどのプレッシャーにさらされていたかは想像にかたくない.どれほど素晴らしい手術をしても,合併症に陥ることはあるし,残念ながら再発することも多い.昔,ある高名な食道外科医が次のように語っていた.『どれほど,完璧に手術をしても,悪い結果になることがある.祈りたくなるような状況に陥ることもある.だから,外科医がこんなことを言っては駄目かもしれないが,私は日頃から,いざという時に神様に味方してもらえるような生き方をしようと努力している』その先生は日曜日の夕方から,大学病院に行き,翌週手術を控えた患者さんに説明を行う.それから木曜日まで大学病院に泊まり続けるという.延々仕事.それを60歳を過ぎても行っておられた.桑田さんの全快を祈る.私も神様に味方をされるような生き方をしたいとは思うが,私には真似はできないし,するつもりもない.しかしながら,やはり外科医的な哲学を持っていかなければならないとは思う.現時点での私の哲学は,病める人に尽くすということだ.
2010.10.11
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空気がだんだんと冷たくなってきて,気づけば金木犀の香りがそこはかとなく漂っている.先週は娘の運動会.娘を抱いて走った.いいところを見せようと,張り切り過ぎて,転倒して大けがという日も遠くはないようだ.娘の出場する種目は私と出場した1種目だけで,あとは年長のお兄ちゃんお姉ちゃん達が主役.子供が一生懸命に事に取り込む姿がこれほどまでに感動をもたらすとは考えもしなかった.子供は,本当に無限の可能性を持っている.それを引き出すものは教育の力以外にはない.重要性を強く認識した一日となった.圧巻は4歳児たちの和太鼓.音楽は『日曜日よりの使者』.15人くらいが一丸となって,はっぴを着て,元気いっぱいに披露してくれた.『やーっ!』と叫びながら,元気一杯和太鼓を叩いてくれた.大地を力強く闊歩しているかのような印象を私に与えた.完璧に皆の音が調和して乱れがない.そしてどこまでも生命力に溢れている.この子供達を粘り強く指導した先生方に敬意を表した.子供達の音楽は『かわいい』などという感想とは程遠い芸術的なものであった.あれほど力強い音楽を私は聴いたことがない.溢れるほどの勇気をもらった.そして私は感動で思い切り泣いた.
2010.10.07
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ほぼ一年中,何らかの締め切りに追われている.何かに追われていない状況はまずない.昨日,大きな山を超えた.今日は久しぶりにほっとできる瞬間.でも,次の締め切りがすぐにやってくる.そうした状況がストレスではなく,楽しみに変化しつつある.物事は何でもそうだと思うが,やり続けないとものにならない.5年10年と続けないと,結果というものは見えてくるはずもない.そもそも無限の道を相手にしているのだから,結果などという考え自体,陳腐である.手段と目的を混同してはならない.何になりたいか,ではなく,何をしたいのか,が問題だ.私は医師であるが故に,第一印象というものを非常に大切にしている.服装や髪型,姿勢,視線,言葉使い,表情,などを常日頃から意識している.自らの職業をつきつめて考えていくと当然考慮しなければならない重要事項である.
2010.09.21
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「科学とは,自然現象の観察記録にすぎない」~リチャード・ファインマン~集中的に古いカルテを読み続けている.私の最も好きな作業の一つである.過去を詳細に検討することで,新たな未来もまた展開されよう.時代の検証に耐えうる医療を行いたい.日曜の昼下がりは夕立.窓を雨が叩く.遠くに落雷の音がかすかに聞こえる.目を閉じ,今行っている全ての仕事に関して,一つずつ考えをめぐらせる.方向性に間違いはないか,より効率的に事をすすめる方法はないか,ひとりよがりにはなっていないか,未来はあるか等.そして,ある患者に「お元気ですか?」と手紙を書いた.
2010.09.05
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2005年だったか、矢沢氏が通常の大きい会場でのコンサートをやらずに、数百人規模のライブハウスをまわるツアーを行った。私は大阪でのチケットを応募したが落選し、オークションで広島のチケットを購入した。単身、白スーツで広島に望んだのが懐かしい。これは当時のインタビューである。矢沢氏の哲学が端的に表れている。私も同感だ。上等な男になりたいと思う。上等な男になったうえで、屋台のおでんがうまいと言える男にならなければならない。、、、そんな哲学を私も深く理解する。
2010.09.01
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Louis Armstrongサッチモの愛称で知られる20世紀を代表するジャズミュージシャンの巨匠.深夜の研究室で,古いカルテをくりながら,バックミュージックでサッチモをかける.サッチモを場末の小さなバーで聴いてみたかったなどとバカなことを考えていたら,いつの間にかYou Tubeで様々な曲を『見る』ことになり,帰宅が遅れる.ながら仕事は良くない,,,真のリズム感というのは,こういうことをいうのだろうな.
2010.08.31
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「いやな仕事でえらくなるより好きな仕事で犬のように働きたいさ」 ~課長 島耕作~「桑田、野球っていうのは、もういいやってやめてしまうようではダメだよ。これでもか、これでもかって食らいついていけよ。それが、本当に野球を愛している男のやることじゃないか!!」 ~心の野球 桑田真澄 藤田元司の言葉~「人間一生誠に僅の事なり。好いた事をして暮すべきなり。夢の間の世の中に、すかぬ事ばかりして苦を見て暮すは愚なることなり。この事は、悪しく聞いては害になる事故、若き衆などへ終に語らぬ奥の手なり」 ~葉隠~「まず第一に、そしてなにより多くわたしを考えこませたことは、個々人がおよそ責任というものを明らかに欠いている、ということであった。議会が何か決議する。その結果が非常にとんでもないことであっても、だれもそれに対して責任をとらず、だれも責任を問われることがない。一体破綻したあとでも、罪のある政府が総辞職すれば、これでなんらかの責任をとったというのか?あるいは連立を変更したり、そればかりでなく議会を解散すればそれでいいのか?すべての責任感というものは、人に結びついていないのだろうか?」 ~アドルフ・ヒトラー わが闘争~「仏さまをおがむときに、わたしたちは手をあわせるが、これはなんだろう。インドでは、仏さまでなくても、人間に対するふつうのあいさつとして、手をあわせるが、日本の合掌の習慣も、おそらくそれと関係があるにちがいない。すぐに仏教の影響かというかんがえもでてくるだろうが、仏教に起源をおしつけても、答にはならないだろう。じつは、仏教がなぜそういうおがみかたを採用したかが問題なのだ。あるいはこれも、東の側の、非常に基層的な文化かもしれないのだ」 ~梅棹忠夫 文明の生態史観~「十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能である。何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続してやるのは非常に大変なことであり、私はそれこそが才能だと思っている」 ~羽生善治 決断力~
2010.08.30
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「なぜ めぐり逢うのかを私たちは なにも知らないいつ めぐり逢うのかを私たちは いつも知らない.」と歌うのは中島みゆきである.彼女40歳の作.心の底の微妙な感情を表現する天才であろう.繊細でいて温かい感情.この曲は,男女のことを書いたもので,結婚式でうたわれることも多いと聞く.始めてこの歌を耳にした時,私には,人と人との出会いを歌ったものだとも解釈した.この曲を聴くと,病棟で苦しんでいるたくさんの人の声や顔が心に浮かぶ.明日のことを考えると眠れない人たち.絶望の淵にまっすぐ沈んでいこうとしている時,私が横の糸になって,それを少しでもうけとめてあげられたら,と思う.そして,その人たちの心を,少しでも暖めることができたら,と思う.なぜ めぐり逢うのかを私たちは なにも知らないいつ めぐり逢うのかを私たちは いつも知らないどこにいたの 生きてきたの遠い空の下 ふたつの物語縦の糸はあなた 横の糸は私織りなす布は いつか誰かを暖めうるかもしれないなぜ 生きてゆくのかを迷った日の跡の ささくれ夢追いかけ走ってころんだ日の跡の ささくこんな糸が なんになるの心許(もと)なくて ふるえてた嵐の中縦の糸はあなた 横の糸は私織りなす布は いつか誰かの傷をかばうかもしれない縦の糸はあなた 横の糸は私逢うべき糸に 出逢えることを人は 仕合わせと呼びます
2010.08.28
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少し前の話である.集中治療室に入室してからも状態の悪化が続いた.Aさんは50歳.毎日欠かさず面会に来るその人の娘さんはおそらく25歳くらい,夫は50歳くらい,そしておじいさんは80歳くらい.この三人がとにかくずっと見舞いに来た.娘さんは,献身的で,Aさんを本当に大切にした.綺麗な瞳と長い髪が印象的な人だった.Aさんには,もうほとんど残された時間はないことを説明した際,娘さんは,わかっていますと気丈に振る舞っていた.夫は寡黙な人で,病状を丁寧に説明しても,うなずくこともなく,怒っておられるかのような印象を私に与えた.一方のおじいさんは,少し認知症があるように思われた.Aさんの現状を理解しているのかも疑問であった.Aさんが息を引き取る寸前の出来事である.あえぐような呼吸をしているAさんに,それまでベットの周囲でおろおろしていたおじいさんは,突如,Aさんの頬に自分の頬をこすり合わせ,「Aや~,かわいそうに!なんでこんなことになってしまったんや.わしがかわってやれるものなら,かわってやりたい!」と嗚咽しながら振り絞るように叫んだ.子供に先立たれる親の苦しみ哀しみ.その心情,子を持つ親ならわからぬ者はあるまい.そして,おじいさんの横に立ち,おじいさんの背中を優しく撫でる娘さんの顔を見ると,涙がぽろぽろ,ぽろぽろと,とめどなく流れていた.しゃくりあげることもなく,母親の顔を見つめながら,ただ静かに涙が流れていた.そして心停止.それまでベットから少し離れて,いつもと同じように怒ったような顔をしていた夫が,Aさんのそばにかけよった.そして,私たちもびっくりするくらいの大声で叫んだ.「27年間,本当にありがとう!二人で生きてこれて本当によかった!」Aさんは入院してからは苦しいことの連続だった.苦痛のある表情のことが多かった.しかしながら臨終の際の出来事で,Aさんがどれほど素晴らしい人生を歩んできていたのかが,本当によくわかった.心をえぐられた.歯をくいしばって涙をこらえた.たくさんの病気の方の主治医になる.けれど,例え懇意になったとしても,おそらくその人の人生など,万分の一も理解していない.理解できるはずもない.しかしながら,理解しようと努力することは無駄な作業ではあるまい.私も40歳になった.悟りを得るには至っていないが,崇高な涙の訳が少しずつわかるようになってきた.最高の医療を提供しなければならない.そのための努力は惜しむものか!そんなことを考えながら,病室のドアを静かにノックした.
2010.08.27
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知的でかつ情熱に溢れ,爽やかな風のような印象を与える文章を書いてみたいと常々思ってきた.それを達成するにはまだまだ力不足であることは深く認識しているが,少なくとも批判的でネガティブな内容になってはならないと自戒してきた.ブログという全く新しい形の表現法を知り早3年.自らの潜在能力の開発という意味においては非常に有用なツールであった.ブログにおける私の思い描いていた当初の計画は,既に達成したと判断できるため,今回をもって私のブログを一旦終了しようと思う.今の私はブログを継続するにはあまりにも多忙である.更新を滞らせることも心苦しい.誠に身勝手な理由であると思われるが.そもそもブログというものは非常に個人的なものであるので,そういったことも許されよう.感傷はない.空を見上げ,私の心は強くなる.大きく大きく変化を遂げ,いつかどこかであなたにお会いしたい.その日を楽しみに待ちつつ,,, 2009.8.4 take toka
2009.08.04
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『ノルウェイの森』をおよそ20年ぶりに読んだ.明るい小説とは言えない.元気の出る小説でもない.だがその中に研ぎすまされた感性の発露を見る.先日,建築家の安藤忠雄氏の講演を聞く機会があった.感性を磨くことが何より重要なのだと氏は訴えていた.丁度それを聞いたのが『ノルウェイの森』を読んでいる最中のことで,『感性』などについて日頃考えることのない私にも,なんとなく『感性』なるものが身近に感じられた.『ノルウェイの森』は難しい小説ではあるけれど,そこかしこの行間に感性の泉が涌き出ていて,読む者に強い感銘を与える.『ノルウェイの森』にブラームスのピアノ協奏曲第2番が出てくる.私の最も好きなピアノ協奏曲の一つである.静寂と情熱.深夜の研究室で一人耳を傾ける.『ノルウェイの森』に何故作者はこの曲を登場させたのかが少しわかるような気がして穏やかな気持ちになった.『僕は草原の匂いをかぎ,夜の雨音を聴いた』
2009.07.23
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朝,目を覚まし,隣の娘を見る.すると娘は目を覚ましていて,私と目が合う.満面の笑みをうかべる.あっと声をあげてしまいそうになるくらいに,美しい.娘は間もなく7ヶ月である.娘と過ごす今のこの時というものは,永久に取り返すことはできない.よって自ずから神聖なものとなる.腕枕をしてやり,二人で話をする.どれほど大切に思っているかを,そっと耳元で告げる.朝風呂に一緒に入る.丁寧に体を洗ってやる.満足している様子だ.風呂から出たての娘の肌のみずみずしさは,言葉で表現することなど不可能である.幸せな朝の行事だ.時の重要性を知る.この時が二度と戻らないことは,悲しいことではない.それを知ることで,より一層,この一場面が輝けるものとなる.今なら容易に信じられる,この世に天使なるものが存在することを.そしてその天使なるものが,いつも私の隣で眠っているということを.人生は美しい.
2009.06.30
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人間は絶えず変化して行くが故に,今日の自分は昨日の自分ではなく,明日の自分もまた今日の自分ではない.自らの変化を敏感に感じ取り,アクションプランにも修正を加えていかなければならない.それを検証するための静かな時間を持つことは重要である.素晴らしい機会が,突如として訪れることは決してない.時を待たなければならない.ただ漫然と待っても訪れるものではない.時を待ちつつ万全の準備を整えておかなくてはならない.そうすれば,しかるべき時にしかるべき形で,機会というものは必ず訪れる.山を超えたならば,新たな景色が展開する.同様に自らのプランも達成の度合いにより,展望が異なってくる.昨日まで出来なかったことが,今日出来るようになれば,プランも変化するのが当然であろう.何故ならば自分というものが変化した訳なのだから.よって,プランというものは,絶えず修正していくことが重要である.ただし,自らの本質的な目標というものは決して修正してはならないし,すべきでもない.『アクションプランとは意図であって,絶対の約束ではない.拘束ではない.一つひとつの成功が新しい機会をもたらし,一つひとつの失敗が新しい機会をもたらすがゆえに,頻繁に修正していくべきものである.アクションプランなるものはすべて,柔軟性を当然のこととしなければならない』(ピーター・ドラッガー)
2009.06.28
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胆膵外科の分野において世界的な権威であるK教授の講演会.膵癌の外科治療について.局所の制御において非常に良好な成績をお示しになる.局所が制御できるからこそ,肝転移が多くなる.肝転移の制御が今後の課題であると言われていた.当科においては術後補助療法の違いもあり,K教授の成績とは反対に局所の制御が現時点では問題である.外科治療として今後すすめていくべき方向性について,有用な示唆をいただいた.講演会終了後は,K教授と当科の教授,私の直属の上司とで,近くの料亭に.私のような若輩はいかにも場違いな感があり,非常に緊張した.名刺をお渡しし,ご紹介申し上げる.するとK教授も,宜しくお願いしますと,丁重に名刺を下さった.K教授は恐ろしくバイタリティーの溢れる先生であった.そして恐ろしく頭の回転の速い先生であった.そして恐ろしく場の空気を読み,細かく気を配られる先生であった.様々な部分で超一流を見た.我々外科医には様々な形での達成があるであろうが,やはり超一流を身近に感じることは重要である.帰りのタクシーで色々考えた.能力は重要である.努力も重要である.さらには環境も重要である.しかし,何より重要なことは,あふれる情熱の持続である.そんなふうに考えながら車を降り,あまりに緊張感のある宴席で全く酔っていないことにふと気付き,家に帰ってしみじみとうまい酒を飲んだ.
2009.06.27
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薬師寺を訪れた.駐車場に車をおき樹木の生い茂る中を歩く.静謐が支配する世界.空間に漂う美に心うたれた.心に安らぎを与えることこそが芸術の使命であると指摘したのは,夏目漱石である.薬師寺には優しい安らぎがあふれていた.薬師寺は,日本文化の神髄を表現する最高建造物の一つであると私は思う.出過ぎない美しさ.日本人にしか理解できない最高の美徳であろう.寺のそれぞれのパーツにはそれほど驚かされるものは,少なくとも私にはなかった.ただ,間違いなく,そこかしこの空間に,美しさが漂っている.その美しさは他を拒絶する美しさではない.包み込む美しさである.寺の持つ力に私は感動した.時間に余裕がなく,わずか30分ばかりの散策であったが,非常な精神の充電となり,爽やかな気持ちで,寺をあとにした.
2009.06.25
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明け方に電話が鳴る.急変を知らせる電話である.現在私が仕事をしている病棟の看護士は,非常に優秀である.よって病棟は活気づいており適度な緊張感がある.仕事中,看護士と医師が無駄口をきくということもない.私は敬意を表して看護士にも敬語を使う.看護士から医師に対しても同様だ.敬語を使えない看護士は他の病棟には相変わらず存在するが,この病棟にはそういう人はいない.日中夜間を問わず,不要なコールは鳴らない.基本的には自分で考え,可能な範囲で判断を下してくれる.もし不必要なコールをすると,先輩が後輩を厳しく叱責している.今すぐコールする必要があるのか?自分でまずは考えたのか?次のような声を聞いて,驚くとともに感謝した.『先生は,明日も仕事があるのよ.今すぐコールする価値があるのかまずは考えなさい』不要なコールに慣れた医師ならば,これがどれほどありがたいことなのか,よくご理解いただけるものと思う.共に仕事をするうえでのストレスはほぼゼロである.そんな人からの明け方のコールなのだから,急を要するわけである.二つ返事で家を出た.いつものバイパスを走った.うっすらと明るくなりかけた空を眺めながら,私の胸の内では,長過ぎた混沌が終焉を迎えつつあり,全ての歯車が正確に合致し始めているのではないかと,そんなふうに思った.
2009.06.17
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深夜の研究室.新しい研究を始め,静かに取り組む.慌ただし過ぎる一日が終わり,自分だけの時間になる.臨床をやると,病気の人を相手にするわけであるから,終止,憂鬱なことはある.この憂鬱から解放されるのは,手術をしている時と,そしてこの静かな自分だけの時間.今日は大学での初めての当直.いつの間にか,下の学年の先生と当直をするようになっているのに驚く.研修医の先生を併せて,3人当直体勢だ.一緒に晩ご飯を食べた.研修医の先生は先輩二人を前にして,少し緊張気味.私にもそんな時代があったことを懐かしく思い出す.雑談をして,部屋に戻り顕微鏡を眺めた.臨床をして研究もする.大したことは出来ないという人が多いだろう.けれど何事もやってみなければわからない.窓を開けると爽やかな六月の風が頬をなでた.そっと目を閉じ,結局は事に没入する中にしか,自らの可能性を開くことはできないのである,そんなことを静かに考えた.
2009.06.15
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朝早くから夜遅くまで仕事をしていると,見えてくるものがある.わかってくるものがある.復帰して間もない頃に感じていたブランクによる違和感というものが,音をたてて解消されていく.一事を極めていくことの重要性を思う.医学という,ある意味で正解のない分野において,他の追随を許さないという状態にまで,極めていくことが如何に難事であるか,凡才の私でもよく了承している.また他の追随を許さないという発想自体が,自らの浅薄さを露呈してもいよう.しかし一生従事していくであろうこの分野において,自らのレベルを中途半端な状態で終わらせたくはない.やれるだけやって駄目だったらまあそれでいい,というような薄弱な思いでもない.先日,医局の同門会が盛大に開催された.幾多の先輩後輩に久しぶりに会い嬉しかった.色々な人の現況を聞かせてもらうのは楽しい.ただ,話すまでもなく,その人の状況というものは顔に出る.行いの蓄積がその人の顔をつくる.男が40になったら自分の顔に責任を持たなければならない,とはよく言われる.私はまだその年齢には達していないが,良い表情で仕事をしていたいとは思う.今日,ある処置に時間がかかり,ふと背筋をのばすと鏡に私の顔がうつった.冷や汗の流れるその顔は,まだまだ責任の持てるそれではなく,すなわち,一事を極めてはいないのだと悟った.
2009.06.12
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まだ外は暗いけれども,どこからともなく鳥のさえずる声が聞こえる.そして窓の外からはそよそよと涼しい風が静かに入ってくる.冷たいオレンジジュースを飲みながら,本をぱらぱらめくり,読売新聞と日経新聞をざっと読む.鳥のさえずりに蛙の鳴き声が加わる.なんとものどかである.精神が充足する.この時間があれば大丈夫だ.日曜の夜から木曜の夜まで一切酒を口にしなくなって久しい.金曜と土曜は飲むのだから偉そうなことは言えないが,こうすると全てがうまくいく.平日に酒を飲むとどうしてもその次の日に影響が出る.そして週末になるにつれてその蓄積が様々な弊害を生じる.第一に朝が起きにくくなる.ぎりぎりに起きて,半分ねぼけた状態のまま職場に行っても,ろくな仕事はできないだろう.すべてが後手にまわると精神の余裕が失われていく.今の私は3秒で眠りに落ち,目が覚めて3秒後には起き上がる.疲れない.毎日を丁寧に生きて行けば,きっとそこには勢いが加わり,人それぞれの個性というものが輝き始めるのだろう.人を羨む必要はない.自らを高める作業を行っていけば,他者にも自ずから寛容になるであろう.
2009.06.05
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夜中の3時に病院からの電話が鳴り,急変を知った.寝顔の娘に挨拶をし家を出た.車が一台も走っていない未明のバイパスを超高速で駆け抜ける.もし覆面パトカーがいたとしても余裕で振り切れるはずだ.未明から明け方にかけての病院からの電話は,恐ろしい知らせであることが多い.何かしら良からぬことが起こっている.眠さを優先させて先延ばしの指示をしていると,翌朝とんでもないことになっているものなのだ.下手をすると死なせてしまうという事実.外科医の仕事とはそういうものである.ベストをつくしていても,つらい結果に終わることもある.だから私は今でも,神頼みをする.車中,どうか恐ろしい結果になりませんようにと祈った.病院に到着し,身体所見をとり,必要な検査をする.どうやら大丈夫である.安堵した.エレベーターを降り,外を眺めるとうっすらと光が差し込んだ.これが私の日常で,これからもずっとこの暮らしが続いていくのだと自覚した.そしてこれこそが,私の望んだ道であると知った.
2009.06.04
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最近だんだんとやるべきことが多くなってきて,5月の爽やかな気候を味わうこともない.毎日集中して仕事をしている.帰る時にはくたくたになるけども,すがすがしい疲労感だ.朝起きると生まれ変わっている.ブログに書きたいことは山のようにあるが,残念ながら時間がない.最近,娘は毎日変化している.寝返りもあっという間にできるようになった.私に優しくもなった.それだけで十分だ.
2009.05.21
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生後5ヶ月となった.月日の経つのは本当に早い.首がしっかり座り,あと少しで寝返りが出来そうである.しかし,父親としての私は自信をなくしてばかりいる.アメリカに1週間行き,帰ってきてからどうも調子が悪い.私が抱くと突然泣き出すことが多い.母親にかわると泣き止む.私と目があっても,眉間に皺が寄ったような不機嫌な顔になる.ショックである.自我が芽生え始める頃であり,仕方がないと職場の同僚達は口を揃える.が,なんともつらい.しかし,先日一つの光明が見えた.『ばあ~』と言ってあやすと笑ったのである.それまでは,そのようないかにも子ども騙し的なあやし方をするのは,娘に対して失礼であると思っていた.今はそんなことは言っていられない.連発である.娘も最初は大喜びであるが,そのうち愛想笑いになる.しつこいと嫌がっているようだ.こういうことを続けていては,娘に嫌われる日も遠くないのかもしれない.そうなれば,私はどうすればいい?父親の苦悩は果てしなく続く.
2009.05.05
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誰もいない静かな研究室で学会の抄録を書いている.この光景はいつ以来だろうか.何度も何度もプリントアウトをし,修正に修正を重ねる.たった600字の抄録であるが,考え始めるとキリがない.そしてキリがないところを一歩超え,さらに文章を練り直す.その作業を延々と繰り返すと,より精度の高いものが完成する.単調な作業であるが,その意味を知ると,これほどおもしろい作業もなかろう.少なくとも私は,直属の上司からその詳細な手順を何度も何度も教えてもらった.これは得難い財産である.ただただ感謝である.今回のデータは,私が倒れる直前にやっていた実験を,まとめたものである.大切なデータだ.以前は締め切りがあると憂鬱であったが,今は全く違う.締め切りがあるということは良いことである.達成すべき課題が明確になる.学会で発表していく重要性,そしてまた,たかが抄録として軽く見るのではなく,完璧を期すつもりで挑まねばならない.一切の無駄を排し,論理を完璧にする.抄録を通じて文章力を高めていくことができる.今の時代にあっては必須の能力だ.心にゆとりという名の水面がゆらゆらと揺れている.困難を乗り越えた後の穏やかな静けさがただよっている.焦りや苛立ちや苦しさなどしかなかった私の心の内面が,大きく変化を遂げ,それらが忘却の彼方に去り,うなりをあげながら,強い強い私の本来の心が再来しつつある.迷いというものが吹き飛び,成すべきことが明確になった今,人生に対する新たな思索は不要である.ただ,着々と成すべきことをなし,次のステージへ向かう以外にない.
2009.05.04
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昨日,3時頃まで仕事をし,急いで家に帰り,電車に乗り込んだ.随分暑くなった.友人Sが結婚したというので,奥さんを交えて3人で会うことになっている.環状線で京橋まで行き,そこから京阪中之島線に初めて乗った.大阪国際会議場に行くには少し便利になったのだろうが,京阪電車を日頃利用する人以外はあまりメリットがないのではないかと思う.リーガロイヤルホテルに到着.私は大阪のホテル事情に詳しくはない.リッツカールトンホテルは確かにいいホテルだが,フロントや通路が狭く良いホテル特有のゆったり感がない.ホテルには様々なタイプがあってよいと思う.その中で伝統と格式という点においては,リーガロイヤルホテルが大阪で一番良いホテルであるということに異論はなかろう.よって今日の会合には,このホテルの中華料理を選んだ.最近何かと中華ばかりだが,結局中華は失敗が少ない.フロント横の喫茶スペースのソファに座り,コーヒーを飲みながら窓の外の小滝を眺めた.最近の私は,友人との待ち合わせがあると,現地に少し早めに到着し,近くの喫茶店でコーヒーを飲む.そして,今日これからの会合について想いをめぐらせる.そして幸せな気持ちにひたるのである.定刻少し前に予約してある『皇家龍鳳』に到着.Sは遅刻の常習犯で,待たされることに私は慣れているが,さすがに今日は遅刻はなかろうと思っていたが,あまかった.15分が過ぎて,電話を入れたところ,悪びれもせず,『おう~,今着いたわ~』.今日もSを許してしまう.Sの奥さんに会うのは初めてである..私も40年近く生きてきたので,今回のような会合も幾度となく経験してきた.そして様々な奥さんを見てきた.友達のことは悪く言いたくはないが,奥さんといっても様々である.なんでこんな非常識な奥さんを選んだのだ,こいつは?と心で思うこともあれば,奥さんのあまりの素晴らしさにすっかり気分が良くなってしまい,おまえが羨ましいと繰り返すこともあった.Sの奥さんはほんの3分お話しただけで,Sにはもったいないくらいの素晴らしい女性であることが,よく伝わってきた.その後の2時間はその印象を裏付けるものとなった.満足そうにほくそ笑むS.どうだあ,いいだろう?と言っているようなにやけ顔を終止絶やさなかった.暴露系話は一切しないという事前の綿密な打ち合わせ通り,Sも私も,いつもの,はしたない話はしない.上品に時が流れる.奥さんにすすめられるまま,いつの間にか私は少し酩酊し,S, おまえは幸せな男だと何度も言った.Sとの付き合いは20年近くになる.天才的であるが故に,人生をなめたような所があるのは否定できない.だが,結局何事もそつなくこなしていく.今回,このような素晴らしい奥さんをもらったことで,Sはさらに人生をなめることになるのだろう.以前のブログにも書いたことがあるが,私はSといるとリラックスしてありのままの自分を出せる.まあ大事にせねばならない.家に帰り気分良くSにメールをした.返事がきた.『大人な会話でありがたかった』Sの弱みを握っている私.そして,私の弱みを握っているS.のらりくらりとした付き合いをこれからも続けることだろうと,その返事を見て思った.
2009.05.03
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長い休憩中に私の習慣は種々変わったが,その最大のものは,起床時間である.だいだい4時台に起きるようになった.その分,寝るのは早く,日を超えることはまずない.朝の独りで過ごす3時間は何ものにも代え難い.静寂の一瞬.コーヒーを飲みながらゆっくりくつろぐ.論文を読んで,勉強をしてもいいし,本を読んでもいいし,DVDを観てもいい.考え事をしてもいい.時間の使い方は自由である.以前の私はとにかく朝が苦手.時間ぎりぎりまで寝ていた.これでは仕事に行っても,しばらくはテンションがあがらない.日曜の夜には間違いなく『サザエさん症候群』にかかっていた.今はない.朝を迎えるのが楽しみである.早く起きるようになって思うのだが,人間にはやっぱり睡眠周期というものがあって,それはだいたい90分が一つのサイクルになっていると思う.以前はあまり信じなかったが,実際にやってみると,その周期で起きるのが,一番すっきりする.その計算で行くと,私には4時間半から6時間の睡眠時間が一番合っていると思われる.熟睡すると,実にすっきり目覚められるし,疲れも残らない.習慣とは恐ろしいもので,以前の私の睡眠時間は実に不規則で,惰眠をむさぼることも多かった.今よりは,総合するとはるかに睡眠時間は多かっただろうが,睡眠不足を感じていた.早起きは黄金の習慣であると思う.これほど有効な時間の使い方はないと強く思う.最後に朝風呂に入ってすっきりし,最高潮にテンションがあがったところで,少し早めに職場に向かう.こうすれば,今日も一日爽やかだ.
2009.04.28
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『読書について』 ショーペンハウエル PHP以前,何かの本に,ショーペンハウエルの次の言葉が引用されていた.『本を読むというのは,私たちの代わりに,他の誰かが考えてくれるということだ』文中での流れとして私が理解したところによると,本というものは様々な考えを提供してくれるという,本の効用をうたっている言葉としてとらえた.そこで,ショーペンハウエルのその言葉が収容されている『読書論』を読んでみた.すると,『本を読むというのは,私たちの代わりに他の誰かが考えてくれるということだ.私たちは,その人の心の動きを反復しているだけなのである.(中略)だから一日中おびただしい分量を猛スピードで読んでいる人は,自分で考える力がだんだんに失われてしまう』となっていた.これでは全く逆の意味となる.先の謝った解釈をしていたのがどの本であったのか,忘れてしまったので仕方がないが,結局,どこかで引用されている言葉を,原著にあたって確認することもなく,そのまま自著に載せてしまったのであろう.私も以前のブログにこの言葉が良い言葉だと思って書いてしまったので,偉そうなことは言えないが,非常に無責任な態度であり,適当な仕事ぶりだと言えるだろう.さて,このショーペンハウエルの『読書論』であるが,本から得られる知識をただ鵜呑みにするのではなく,思索することの重要性を繰り返し説く.自ら考えて生み出した結論ほど貴いものはないと訴える.なるほどと思う.読み過ぎると考える時間がなくなる.だからと言って読むものが少なくていいのかというとそれも違う.著者は悪書を読まず,良書,則ち古典をしっかり読めという.要するにバランスだろうと思う.しっかりと吸収し自分のものになっていれば,たくさん読んだ方がいいに決まっている.著者は哲学者であり,その言葉は明快簡潔である.『常人を遥かに凌ぐ偉大な人物の作品だけを読もうではないか.人々が一致して賞賛するこうした作品だけが,私たちを真にはぐくみ,教え導いてくれる』『良書を読むための条件は悪書を読まないことだ.なにしろ人生は短く,時間とエネルギーは有限なのだから』『反復は研究の母,という諺がある.重要な本はどんな本でも二回繰り返して読まなければならない.それはちょうど,対象は同じでも照明効果によって見え方が違ってくるのと似ている』『読書』に関する著作が洪水の如く出ている.いい加減なものが多い.ほとんどがそうである.何故,いい加減なものとなるのかも,本書では,短い言葉の中に的確に描かれている.非常に優れた著作である.あまたの『読書論』のエッセンスは,19世紀のこの哲学者の読書論に収められているといっても過言ではない.良く思索する習慣を身につけたいものである.そしてまた,何事も自分の目で確認する習慣も身につけなければならない.原著にあたることが重要であるように.
2009.04.27
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『汚い』日本語講座 金田一秀穂著 新潮新書先日,T.N0329さんが『英語の良し悪し』で,外国語を習得する前に,まずはきっちりと日本語を学ぶことの重要性を説いていた.全くその通りだと思う.ところが,その日本語自体,習得するには極めて難しい.そもそも自国語であるが故に『学ぶ』という意識を持ちにくい.著者は,『何より,日本語母語話者は,自分のことばをうまく説明できない.出来るのだけれど,間違えないけれど,それを言語化する,明示化する事が出来ない』という.更に,『不思議なことである.自分の頭脳がすべて行っていることなのである.ただ,自分の中で働いているところを,自分が意識化出来ない.自分の頭の中に謎がある.探検すべきところは,自分の中なのである』と,本質へと話をすすめる.本書は言語学者である著者が,『汚い』という日本語の意味を考えたものである.たった一語を理解するために,本を一冊書いてしまうくらいに,著者は思索を深める.物事を突き詰めるプロセスというものは,こういうものであると思われる.母国語を学ぶだけでなく,論理的思考を習得するうえでも,著者の著作は極めて有用であろう.『新しい日本語の予習法』『適当な日本語』 金田一秀穂Question: 『右』という言葉を日本語でどのように説明しますか?
2009.04.26
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デンバー国際空港.5泊7日の旅が終わろうとしている.昨日は後輩の発表があった.何度も一緒に練習をし,実際の発表会場で予行もやった.その甲斐があり,ほぼ完璧なプレゼンテーションであった.質問にも何とか答えていた.1つだけ,どうしても答えにつまるところがあった.緊張の時間が流れる.事前に,もし後輩が質問に答えられない場合には,私もきっと逃げ出すだろうと笑いながら話をしていたことを思い出す.後輩の目が泳いでいる.私の心臓の鼓動が高まる.逃げてはいけないのだ.そんな強迫観念にかられて,気がついたらマイクに向かっていた.自分でも驚く程.言葉がすらすら出てきた.何とかなるものだと思った.もの凄く緊張したけど良い経験をした.この旅行中,後輩と色々な話をした.後輩は私の直属の後輩で現在は大学院生である.悩みを聞いた.聞くだけで,たいしたアドバイスはできなかった.乗り越えていくのは,結局は自分自身でしかない.ただその上で,あたたかく見守っている人間がいるということを少しでもわかってくれたらそれでいい.まもなく出発である.サンフランシスコでは再度,クラブの先輩Oさんと合流する.サンフランシスコ国際空港と言えば,寿司屋の親父だ.2年ぶりの再会である.親父の握る寿司を食い,先輩と楽しく日本酒を飲むつもりだ.
2009.04.23
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AACRは非常に大きな学会で優れた発表も多い.Nobel prizeなどという言葉も頻繁にスライドに出てくる.実際,今後の新しい癌治療は,間違いなくこの学会を通じて出てくると思われる.私の専門は, tumor immunologyであるが,今回の学会では時間をフルに使って,専門外のことにも耳を傾けた.観光をするよりはるかにおもしろかった.現在の所,私は研究を再開していないし,今後再開するかどうかは,まだ決めてはいない.そんなことを抜きにしても,やはり研究はおもしろい.M.DとPh.Dとの違いというものを考える.基本的に研究の細部についてはPh.Dにはかなわないだろう.しかし,臨床を見据えた,M.Dにしか出せない独創的な発想というものはあろう.4月から臨床を再開して,その目で今回の学会を眺めた.やってみたい研究が山のようにある.部屋に帰ってからも,PubMedを引いてばかりである.明日,帰国となるが,もう少しこの場に居たい.
2009.04.22
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のんびり学会を聞き,優雅に食事をし,しっかり眠っている.ダウンタウン.ホテルからの眺め.雪山.学会会場から宿泊してるホテルを眺める.徒歩1分.やっぱり会場から近いホテルが一番良い.今回の学会は,American Association of Cancer Researchの100回記念大会であり,参加者は2万人を超える.小さな街は学会に参加する人で溢れかえっている.学会の内容は興味深いものばかりで,2年前と比べて,英語の勉強をしたわけでもないのに,少なくともプレゼンテーションを理解する力は,何故か格段に上昇していた.不思議なこともある.昨日はクラブの先輩に偶然会い,イタリアンをご馳走になった.色々な話で盛り上がった.夜11頃に寝て,3時頃に目がさめる.隣で寝ている後輩も同じパターンだ.時差ぼけという奴である.治る頃に帰国となる.そんなことも全てが楽しい.気楽な旅である.今日はやや早めに目がさめ,夜中の2時である.ゆったり本でも読むことにしよう.
2009.04.21
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スーツケースに着替えとお土産を詰め込み,日常生活では使うことのないAQUA DI GIOを少しだけつける.旅の香りだ.関空連絡橋をゆったりと走った.関空での駐車場業者は不況らしく,料金が一時の半分くらいになっているのに驚いた.後輩と合流.UNITEDのラウンジでコーヒーを飲み,定刻通りに飛び立った.長いフライトの際には『ECONOMY PLUS』といって,やや足下が広めの席にするのだが,私の席からちらちらと見えるビジネスクラスとの格差は,如何ともしがたい.『慰めの報酬』を上映している.格好良さに感動したことは言うまでもない.鞄にお気に入りの本だけ詰め込んで出かけたのだが,結局,そうたいして読むこともなく,一眠りしている間にサンフランシスコに着いた.待ち時間に中華をほおばり,もう一度飛行機に乗り,コロラド州デンバーに到着.昨日まで雪が降っていたらしく,あたり一面真っ白だ.タクシーに乗り込む.ホテルまでいくらくらいかかるかと聞いたら,『half an hour』とばかり繰り返すので,バカヤロウと言いたいのをこらえて,『How much』をしつこく強調したら,ようやく理解した.英語ができないのにタクシー運転手をするのはたいへんだろうと思った.アメリカのタクシー運転手にはアメリカ人が少なく,英語が通じにくい.学会会場から徒歩1分のホテルに到着.とても良いホテルだ.チェックインを終え,近くのレストランでエビを食べ,少しビールを飲んだら,猛烈に眠くなり,二人ともすぐに寝た.ところが夜中の3時に目が冴え,そこから眠れなくなり,こうしてブログを書いている.後輩も同様,ベットで本を読んでいる.長い旅になりそうだ.
2009.04.19
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私の住むマンションの同じ階に小学2年の男の子がいて,少し前にエレベーターで一緒になった.ラグビーボールをかかえている.大阪のラグビースクールに通っているという.『今度,一緒に遊ぼう』と言って別れた.先週の日曜日,再びエレベーターで一緒になった.今から遊ぼうかと言うと,少年は頷き,目を輝かせた.近くの公園でラグビーボールを使って,パスをしたりキックをしたりして遊んだ.野球でも何でもそうであるが,ボールを投げてそれをキャッチする.その瞬間は言葉には出来ない何かが,二人の間に流れる.それが何とも楽しい.少年にもそれが伝わっているようだ.『将来は何になりたいの?』と聞くと,『日本代表』という.私はとても嬉しくなり,『なれると思うよ』と言った.少年は嬉しそうに,はにかんだ.私が小学生の頃,熱心にやっていたのは野球であったが,一緒に遊ぼうと言ってキャッチボールをしてくれたお兄ちゃん達のことは今でもよく覚えている.その瞬間の映像が頭によみがえる.それくらい少年の頃の体験はささいなことであっても後々まで残る.そんなことを考えながら一緒にエレベーターに乗り,また遊ぼうなと言って別れた.キラキラ光る目を見ていると,私の心まで澄んでいくような気がした.
2009.04.17
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『 Ultrasonically guided systematic subsegmentectomy』 Makuuchi M, Hasegawa H, Yamazaki S Surg Gynecol Obstet 161: 346-350, 1985幕内先生が,肝切除における系統的亜区域切除の概念を提唱されて,約4半世紀が過ぎた.その間,肝臓外科は革命的な進歩を遂げた.その根本となるのが本論文である.この術式の開発により,どれだけの命が救われることになったか知れない.1) the detection of an invisible nonpalpable small hepatocellularcarcinoma during operation.2) how to perform the radical resection upon patients with small hepatocellular carcinoma in cirrhotic liver.3) identification of the vessels to be ligated and divided in thehepatic parenchyma.4) how to control bleeding during division of the parenchyma.以上の4点がそれまでの高率な手術死亡の原因であった訳だが,本論文によりそれらが見事に解決される.本論文で採用されている方法は,4半世紀が経過した現在でも,色あせることなく,世界中の肝臓外科医が採用している.真に優れた論文というべきであろう.幕内先生はマスコミが嫌いで,どこかの天才外科医とは違って,ほとんどテレビには出ない.だから世の中の人はあまり知らない.外科医の父を持ち,幼い頃から父の姿を見,東大を卒業し,国立がんセンターで肝臓外科を究め,東大教授となった.幕内先生は3人兄弟で,分野は違うが全員外科教授である.ひたすら努力を続ける真の天才である.幕内先生の主義は,『24時間365日医者』であることで,土曜日曜,盆正月も全く休まない.『365日しっかり患者をみていけば,人間は非常に強くて元気になる.患者さんが助かるために仕事をしているわけで,その他のものではありませんから』と明快である.頭が下がるばかりである.
2009.04.12
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時に天ぷらが無性に食べたくなる.テレビをぼんやり眺めていると,祇園『圓堂』が紹介されている.私が思う最高の店の一つである.(2007.6.4http://plaza.rakuten.co.jp/ficotoro119/diary/200706040000/)こんなに旨い天ぷらはないと思う.建仁寺裏という場所も良い.千日前にある天丼屋が,数年前に廃業した.わずか3畳ほどのカウンターだけの店.メニューは天丼のみ.父が愛用した店である.大将は四六時中天ぷらをあげているため,その手は火傷だらけだ.その手を眺めながら食べる天丼は格別であった.法善寺横町にある天ぷら屋も同じ頃,廃業した.落ち着いて天ぷらを食うには最高の店であったのに,何故か突然閉店となった.悲しい.そもそも天ぷらというものは,今時それほど流行らないものなのだろうか?数年前,岡野雅行氏の講演をある外科の学会で聞いた.岡野氏は浅草生まれ.小さい時から天ぷらがたいへん好きで,今でも時々銀座の老舗に,天ぷらを食べに行くという.天ぷら職人が,カウンターで天ぷらをあげられるようになるには,だいたい15年くらいかかるという.そんな人があげる天ぷらは格別にうまいそうだ.だから外科医である皆さんも,職人ということにおいては,天ぷら職人と同じであるのだから,そこそこになったからといって満足せず,傲慢にならず,道を究めていってくださいと言っていた.そんなものなのかもしれないと思ったことを記憶している.一口に天ぷらといっても様々である.うまい天ぷらが食いたい.
2009.04.11
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『無趣味のすすめ』 村上龍 幻冬舎読んでいてかっこよさを感じさせる文章.しかしうすっぺらくない.それが村上龍氏の特徴であると思われる.無駄がなく,かつ詩的である.文体は,ピーター・ドラッガーのように,ひじょうに論理的でありながら,同時に情熱的である.現在の日本の作家ではあまり見当たらないタイプだと思う.高度な知的能力がなせる技であろう.『目標とニュアンスが似ていて,まったく概念が違うのが『夢』という言葉だ.何か具体的なものを目指す人にとって,実現を図ることは夢なんかではなく現実だ.夢という言葉がこれほど流通しているのは,個人的な目標を持つことが人生の大前提だというコンセンサスがない社会だからだろう.目標は達成されるべきもので,語られるものではない.達成のための努力を続けている人は,他人に自分の目標について語るような時間的余裕はない.いまだ達成されていない目標は,他人に語ることで意志が『拡散』する.目標は自らの中に封印されていなければならない』著者は本書のタイトル通り『わたしは趣味を持っていない』という.なぜなら,『趣味の世界には,自分を脅かすものがない代わりに,人生を揺るがすような出会いも発見もない.心を震わせ精神をエクスパンドするような失望も歓喜も興奮もない.真の充実感や達成感は,多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり,常に失意や絶望と隣り合わせに存在している』からであり,『つまり,それらはわたしたちの仕事の中にしかない』と結論づける.『充実した仕事のためには心躍るオフの時間が必要だ.というのは無能なビジネスマンをターゲットとしてコマーシャリズムが垂れ流し続ける嘘である』と手厳しい.全てを投げ捨てる程に打ち込み,それを継続し,かつ検証と計画を行う.それらは極めて単調な作業であるが,それを行ってこそ,目標は達成できるものだし,言葉には表現できないほどの喜びが得られるのである.これは趣味の世界では到底達成できるものではない.私自身は,著者のように趣味を否定するつもりはない.が,仕事が中途半端な状態で,ゴルフがシングルになっても空しいだけである.また私のような職業にあって,それを両立させるのは困難である.蛇足であるが,北朝鮮軍が福岡に侵攻し,占領していまうというストーリーを描いた著者の名作『半島を出よ』の執筆を開始した時,著者には全く北朝鮮に関する知識がなかったと聞き驚いた.北朝鮮に関するあらゆる本を読破して知識を得たという.内容は,まるで北朝鮮の内部に潜り込んで取材を行ってきたかのような正確性があった.最近北朝鮮の動きがいかがわしい.『半島を出よ』はまさにタイムリーな小説であり,一読の価値はある.か
2009.04.09
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『99.9%は仮説』 竹内薫著 光文社新書体系だった学問としての科学が生まれる前,西洋においてはその前身は哲学であったという.『この世の中には永遠に正しいことなんてあるのだろうか』といった一見哲学的に思われるような命題を深く思索することが,物事を科学的に見るためには重要であると著者は言う.1940年代,ある種の精神病患者に多く行われたロボトミー手術.悪名高き前頭葉手術である.この業績によりエガス・モニスは1949年ノーベル賞を受賞した.当時は世界中から賞賛された.が,追試されるにつれこの手術はおかしいのではないかということになり,やがては誰もやらなくなる.著者の観点は次のようである.『わたしがいいたいのは,ロボトミー手術やそれを考案したモニスが良い悪いといった単純な話ではない.そうではなく時代によって『正しい方法』は移り変わるということをいいたいのだ』世の中でいう『正しいこと』には,絶対的な根拠などひとつもなく,科学とは,現時点で一番新しい仮説の集まりにすぎないのだと,著者は訴える.『試行錯誤と経験によって『うまくいくこと』と,その科学的根拠が完璧にわかっていることとは別である』『タブーに挑戦し,あわゆる仮説に触れてみよ』疑って物事を見る,という姿勢の重要性は,勿論当たり前なのだけれど,著者の主張は,独自性があり,私には非常に新鮮に感じられた.科学は学んでも,科学史や科学哲学を学んだ人は少ない.著者はブルーバックスからも多くの本を出しており,『世界が変わる現代物理学』が特におもしろかった.
2009.04.06
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娘は,生後4ヶ月になる.そろそろ家族で旅をしてみようという話になった.妻の両親の田舎は小豆島であり,妻の祖母がたいそう私達の娘に会いたがっているとのことであったが,やはり小豆島は遠すぎる.近くでいいではないかということになった.淀川近くのホテル.娘との初めての宿泊である.非常に嬉しかった.娘がいくつになっても,こうやって一緒に旅に出てみたい.心の中で娘にお願いした.娘は終止気持ちがよさそうでずっと笑っていた.私も最高に楽しい気分になった.夕食はホテル内にある中華料理店に行った.無謀であった.娘は何度も泣きそうになり,その度に私か妻が娘を連れて店の外に出た.食べた気がしない.が,十二分に楽しかった.専用ラウンジでくつろぐ暇もなかったが,娘がいるというだけで,泊まるという行為がきらめくものとなった.朝食の時もやっぱり大泣きしたが,近づいてきた外人には微笑んでいた.愛嬌のある娘に育って欲しいが,愛想が良すぎても困る.娘を持つとかくも悩みが増えるものなのか.無事宿泊は終了.帰りにミナミに寄り,『今井』のきつねうどんと親子丼ぶりを食った.たいそう,うまかった.
2009.04.04
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『修身教授録』 森信三著戦前には我が国の学校では修身という授業があったそうだ.現在の道徳の授業がこれに近いが,もう少し内容は哲学的であると思われる.本書は著者が昭和12年から昭和14年にかけ,天王寺師範学校で修身を講義したものが,収録されている.修身などというと極めて退屈な響きがあるが全くそうではない.まだ高校や大学のうちに,このような素晴らしい先生にめぐりあっていればどれほどその後の人生がかわっていたであろうかと思う.冒頭は,学生の言葉で始まる.『先生は鐘がなってしばらくすると,静かにドアを開け,後ろを向いてドアを閉められた後,おもむろに教壇に上がって,ていねいにわれわれに礼をされた.そして時計と万年筆とを教卓の上に置かれて,ゆっくりと出席簿の名前を呼ばれたが,すべてが実に静かである』著者は当時,40歳を少し過ぎたくらいの年齢であるが,その教養の深さ,高邁な思想,恐るべきものがある.著者は,修身について,『内面精神においては一切の世俗的な制約を超えて,高邁な識見を内に蔵していかなくてはならぬのです.そもそも,人間というものは,その外面を突き破って,内に無限の世界を開いていってこそ,真に優れた人と言えましょう.同時にまたそこにこそ,生命の真の無窮性はあるのです.諸君らがそれぞれ自分の心を鍛錬してそういう境地に至ることが私には修身の真の眼目だと思われるのです』と語る.また,自らの職業について『『誠』に至る出発点は何よりもまず己のつとめに打ち込むところから始まると言ってよいでしょう.総じて自己のつとめに対して自己の一切を傾け尽くして,これに当たる.すなわちもうこれ以上は尽くしようがないということろを,なおもそこに不足を覚えて,さらに一段と自己を投げ出していく』ことが重要であると説く.本書は500ページ近い大著であるが,内容は極めて濃厚である.森信三氏は明治生まれの学者である.当時の時代背景を考えると,これほど柔軟で幅の広い考え方ができた教育者がいたことは全くの驚きである.現代において同じような講義をしたと仮定しても,極めて高い評価を得るであろう..ちなみにamazonのレビューでは,生涯をかけて読むべき本,純粋かつ真摯な情熱が心に染みる,など,絶賛の嵐である.職業人としては本書は必須の書であるといえるだろう.
2009.04.04
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入院中はステロイドの影響もあったのであろうが,ささいな事にいらいらした.再三の点滴のため,私の血管は細く脆くなっており,研修医は何度も点滴を失敗した.その事をなじった.リハビリのため,病院の階段を一段ずつ昇り降りした.足の力が本当になくなっており,手すりにつかまり,ほとんど手の力だけで,昇り降りした.あの屈辱感は忘れることがないだろう.あれから1年半.私が入院していた病棟の,丁度1階下が私の働く病棟である.しみじみと色々なことを思い出す.リハビリをしていた階段を駆け上がり病棟に到着.朝9時半,病棟回診開始だ.学会のため人がおらず私が点滴にまわる.点滴をされる方というものが,どういう心境であるのかということが今では痛いほどによくわかる.私は研修医ではないので失敗することはない.きちんとした対応をする.術後合併症をおこしている患者さんのガーゼ交換をする.毎日午前中に激しくおなががいたくなって,午後は少しましになる.でも,しくしくと痛む.夜になってもそれはかわらず,眠れないので眠剤を服用する.でも3時頃に目が醒めて,それからはなかなか眠れない,と云う.外には桜の花が見えている.恐らく,そんな景色など一度も味わってはいないのだろう.憂鬱そうに訴えられるその内容には、嘘や装飾は少しもないのだということが,表情や話ぶりでよくわかる.眠れないので眠剤を服用することがどれほどつらいか,夜中の病院で目が冴えてしまうことがどれほど苦しいか,今の私には少しはわかる.が,効果的なことは何も言えない.胸がいっぱいになっただけである.上司からは当分の間は決して無理はしないように,9時5時の勤務に徹するように,十分リハビリをしてからでも決して遅くはない,ということを言われた.昨日は夕方5時半に病院を出,のどかに銭湯につかり,家に帰ってまた娘と風呂に入り,10時には寝た.
2009.04.02
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昨日は出張日.早めに手術が終わったので,大学に行く.久しぶりに会う人が多い.大丈夫か,とか無理すんなとか,笑顔で言ってくれる.おう,おう,と返す.書類を提出したり,電子カルテのパスワードの設定や,PHSを受け取ったりした.学会のため,研究室には人がまばらだった.ただ研究室に流れている空気は何もかわっていなかった.すぐに慣れていくのだろう.実質的には今日がスタートとなる.少しずつやっていくことにしよう.
2009.04.01
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明日から大学に復帰する.私は文句なしに元気になった.強くなった.昨年の7月頃から週5日働くことをしていたが,それは遊びのようなもので,明日から,いよいよ本格的に外科医に戻る.一昨年の8月,不覚にも病に倒れ,あれから長い時間が過ぎた.3ヶ月入院してなんとか退院したが,足には筋肉が全くなくなり,まともに歩くことができなくなっていた.そんな自分に苦笑した.自分の未来に絶望した.外科医はおろか医師として今後やっていくことができるだろうか?そんなことを一日中考えていた.そして絶望の淵に落ち込んだ.落ち込み続けた.モチベーションをあげるため,あらゆる努力をしてみたが,そんなことは無駄であった.極度のうつ状態に陥っていた.そんな時,変わることなく私を励ましてくれたのは,いつも私のそばにいてくれる妻である.ムーンフェイスでパンパンに浮腫んだ私の顔を撫で,男前はかわらないと言ってくれた.関節炎で泣きわめく私の膝を優しくさすってくれた.そして寂しいのはいけないと,かわいい娘を産んでくれた.この感謝の気持ちは言葉にはできるものではないだろう.今日,妻と娘とで,私がリハビリのため走り続けた田舎道を,晴々とした気持ちで散歩した.妻は,これからも私を,娘と一緒に力をあわせて,最大限サポートしていくと約束してくれた.病気をして私は変わったのだろう.そして今,静かな気持ちでいる.達成すべきことを,即座に解決する必要はない.時間をかけて,しぶとく粘り強く確実に達成していければよい.時間の重要性がここにある.今後,私が主治医になるであろう何千人の人,そして恐らくはその家族何万人.その人に対して責任を果たさなければならない.そのためには超一流の医師にならなければならない.そして今,その道に再合流することができた.これ以上の喜びはない.隣の部屋からは,娘の元気な泣き声が聞こえている.そして私の心は心地よく震える.
2009.03.31
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『家族八景』 筒井康隆著この複雑な世の中.悩みといっても千差万別である.しかし,こと人間関係で悩む人は多いであろう.『あいつは人の心がわからない』『空気が読めない奴なんだよなあ』では,人の心がわかればいいのか,空気が読めればいいのか,本書はそれがテーマだ.主人公の七瀬は人の心が見える特殊な能力を有している.人の心が見えるということはどういうことか,そして見えることによってどういう結果がひきおこされるか,ということをどこまでも突き詰めると,こういう形になるのであろうか?七瀬のように,人の心がわかり過ぎたとしても,結局は不幸である.人を傷つけ,そしてまた自らも傷ついてしまう.本書を読んでの感想は様々にわかれるであろうが,まず第一に,このようなことを考え,小説に書く,という筒井氏の恐ろしい能力に脱帽した.普通は決して考えないようなことだ.鈍い男にはなりたくないが,七瀬のようになっても(なれるわけはないし,なりたくもないが),それはそれで困り者である.人の世は難しい,,,,
2009.03.30
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昨年2月に立て続けにスピード違反で捕まった.あれ以来,私の運転は極めて慎重になり,高速道路では追い越し車線を走ることもなく,例えあおられるようなことがあっても燃えることもなく,我を忘れる程のバックミュージックを流すこともなくなった.違反で捕まったばかりの当時の私は,違反が消えるまでの1年間,無事故無違反でいけるはずはない,と半ば絶望していた.しかし意識することは重要で,1年間無事乗り切ることができた.よろしい.今日,昨年立て続けに捕まった時速40km制限の道を,懐かしい思いで走っていた.『馬鹿だったよなあ,俺』勿論,時速は40km.後続の車がつかえていたが,そんなことは全く気にしない.これでもか!という気持ちである.前方に警官の姿が見えることもない.その道を無事通過し,前方の信号が黄色にかわった.私は停止せず,進んだ.交差点を通過する時には丁度,赤になったが,タイミング的にはセーフである.というか,そんなことを意識することもなかった.左に曲がった.その瞬間.聞きたくない音が後方から聞こえた.サイレンである.『ええ~っ?』蚊の鳴きいるようなヘタレ声が出た.『左へ停車しなさい!!』一瞬,逃亡することを考えた.一年前の私も同様だったが,もとよりそんな根性はない.停車する.パトカーへ移動する.免許証を見せる.タイミング的にはセーフだという思いが頭から消えない.が,いらつきのあまり,声が出ない.終止ふてくされていた.拇印を押さされた.これで手をふいてくださいと差し出されたタオルが,汚かったので文句を言った.負け犬の遠吠えである.http://plaza.rakuten.co.jp/ficotoro119/diary/200802270000/昨年捕まった時の私と比べて,全く同じように感じ,振る舞っている自分にあきれた.帰りの車の中で,THE 虎舞竜の『ロード』を一人空しく歌った.『ちょうど一年前にこの道を通った夜昨日のことのように今はっきりと思い出す』
2009.03.28
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少し前になるが,久しぶりに映画館で映画を観た.『007』を観たかったのだけれど時間が合わず,『おくりびと』を観ることにした.本木雅弘の演技力に脱帽.山崎努は本当に味がある.広末涼子はいい女優さんになった.あれだけ泣ける映画はそう多くないだろう.ただ,周りのおばちゃん達の鼻をすする音には閉口した.『納棺夫日記』 青木新門恐らく『おくりびと』の原作はこの本だろうと思う.設定がとても良く似ている.著者は実際に『納棺夫』であり,実話が掲載されている.経営していた店が倒産し,ひょんなことから,納棺夫という仕事を始める.『職業に貴賤はない.いくらそう思っても,死そのものをタブー視する現実があるかぎり,納棺夫や火葬夫は,無惨である』妻からは『穢らわしい』と言われ,親族からは,『一族の恥』だと罵られる.そんな著者が,様々な死に様を見るうちに,少しずつ,この職業を愛するようになっていく.『己の携わっている仕事の本質から目をそらして,その仕事が成ったり,人から信頼される職業となるはずがない.嫌な仕事だが金になるから,という発想が原点であるかぎり,どのような仕事であれ世間から軽蔑され続けるであろう』映画を観てから,この本を読んだのだが,むしろこの本の方が感動した.著者は詩人でもあり,文章が非常に美しい.『納棺夫』という職業は極めて稀であるが,私は医師として非常に共感を覚えた.私の持つ死生観ということを考えた.少し話がずれるが,私の考えとして,職業においては過分な金銭を要求してはならず,まず第一にやりたいことをやるのが肝要であり,武士は食わねど高楊枝,という毅然とした態度でありたいと,常日頃から自戒している.『あなたの方からみたらずいぶんさんたんたるけしきでせうがわたくしから見えるのはやっぱりきれいな青ぞらとすきとほった風ばかりです』宮沢賢治
2009.03.22
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楽しみにしている会というものは,遅刻はしない.定刻の30分前にはヒルトンプラザに到着してしまい,ぶらぶらした.15分前に宴会場に入った.悠然とYaMaYaMaさんが座っているのではないかと心配したが,私が一番乗りであった.続いて,TN0329さんが登場.先日のブログで紹介されていた,これが新しい眼鏡なのであろう.DJ 風だ.こんなおしゃれな眼鏡を職場にしていけるのかと問うたら,職場にはしていかないという.それでは意味がないではないかというと,そうなんですよねえと頭をかいた.和やかに会話をしていると,KTATさんから電話.西梅田の駅に着いたところだという.本日の主役といえども,遅刻は即,罰ゲームである.KTATさんの焦りが電話越しに伝わった.YaMaYaMaさんとKTATさんが同時に登場.KTATさんはヘアースタイルをかえていて,随分おしゃれな感じがした.ひと通り美容室話で盛り上がって,シャンパンで乾杯.さも味の違いがわかっているといった感じのYaMaYaMaさんの表情がおかしかった.勿論,私には味の違いなどわからない.昨日の料理の内容をほとんど失念してしまったが,王将風おなかぱんぱん料理ではなかったことは確かである.私は中華には紹興酒がやはり一番合うと思っている.紹興酒で乾杯.KTATさんへのプレゼントは,ゼロハリバートンのアタッシュケース.クイズ開始.ゼロハリの逸話を語る(といっても3, 4個しかないのだが).さすがにみんなゼロハリのホームページで予習をしている.このあたりがリアル会メンバーの凄いところである.YaMaYaMaさんが,月の石を持って帰る際にゼロハリのアタッシュケースに入れたという話を披露.続くTN0329さんは,米国大統領御用達であるというエピソードと,空港爆破テロに際してゼロハリの中に入っていた書類は無傷であったこと,この2つのエピソードをしゃべった.1つずつしゃべっていくというルールである.力みがそうさせたのであろう.しかも噛み噛みで.一気である.ここからTN0329さんには負の連鎖が始まり,紹興酒は余程,即効性があったようで,開始30分後には撃沈した.これでは諜報員にはなれない.ワイワイがやがやと盛り上がった.KTATさんは4月からも2週に一度はこちらに帰ってくるそうで,それならリアル会も大丈夫である.YaMaYaMaさんは相変わらず,後半になると元気になってきた.ヒルトンホテルのバーで,生演奏をしている外国人に,得意の英語で,スタンドバイミーをリクエストしていた.のりのりだったことは言うまでもない.KTATさんといろんな話をした(ような記憶がある).KTATさんの娘さんは非常にかわいらしく,何度も写メを眺めさせてもらった.とてもかわいいと私がいうと,そうでしょと嬉しそうに笑うKTATさん.3次会はラーメン.相変わらず,YaMaYaMaさんの食欲は凄い.これからもリアル会の継続を誓い,別れた.帰りのタクシー.KTATさんと復活したTN0329さんと一緒.今日は前回の反省から電話攻勢は控えた.なんだかいつも帰りのタクシーは楽しい.ワイワイがやがや.無事終了.改めて,4月からのKTATさんの栄光の未来に乾杯.羽ばたいていく人のオーラが,今のあなたには眩しいほどばりばり出ています.勝利を確信しました.頑張れ!!!
2009.03.22
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