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2007年01月30日
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カテゴリ: かるかや
 そう言えば、あの時も今のように桜が咲いていたっけ。

 ある春の日、母は荒戸の屋敷から移り住んだ地行の小家で、隣のしもた屋の軒下に咲くみすぼらしい痩せ桜を眺めながら、父との初めての出会いの話をしてくれたのだった。

「わたしが初めてお前の父上にお会いしたのは、このように桜の花の咲く頃でした。あの時のわたしはまだ十六になったばかりで、世の中のことなどまだ何も知らず、武家のお屋敷へ伺ったのもその時が初めてでした。わたしはその時ある人といっしょで……」

「ある人って、だあれ」

 新発意が聞くと、母は困ったようにちょっと微笑んで、少し考えた後言った。

「わたしには許婚がいたのですよ。わたしの家は博多で商いをしていたのだけれど、父がさる武家奉公をしている人と昵懇の間柄で、その人の息子との間に、わたしが生まれた時から約束があったのです。わたしが十六になったら一緒にすると。息子の方も父親の後を継いでそのまま武家奉公をしていたので、ご主人様へ祝言の挨拶をするために二人でお屋敷へ伺ったのです」

「そのお屋敷が父上の?」

「そう……」



↓福岡藩の武士の多くは、中級クラス(馬廻など)が荒戸に、下級クラス(足軽など)が地行に住んでいました。(他にも住んでた地域はありますが)地行のバス停の近くに、こんな石碑が建っています。福岡にはあまりいない勤皇の志士である平野国臣という人の記念碑です。彼は足軽の家の出で、この場所に実家があったのだとか。薩摩の西郷さんといろいろ関わりがあった人(西郷さんが一度自殺未遂をした時に一緒にいましたね)ですが、その邪気のない変人っぷりが私は結構好きです♪





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最終更新日  2007年01月30日 10時44分38秒
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