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やっと、年賀状を書き終えた。が、友達の半分は出していない。。。。住所聞き忘れた。。。。ということで、いまさら聞けない友達、ごめんなさい!それから、元旦に届くはずもない年賀状ですが、決して「あ、来たから送ろう」ではないです。すいません!!!さて、プリンターが壊れていることが、先日発覚し(パソコン新しくしてつないでなかった。)、昨日、買ってきた、CanonのPixus・MP500。スキャナー、コピーなどなど機能多彩な複合機。最近のプリンターって性能良くて安いのね。知らずについていたヨドバシのポイント使って20,000円ほど。しかも、使いやすいから普通につないでちょっと調べたら簡単に操作できる。なかなか写真も綺麗にプリントできる。。。ということで、年賀状にうちのワンコの写真をすってみた。。。。インクジェット対応にしていたから、いまいちな仕上がりになっちゃったけど、まあ、、いいか。笑。しかし、パソコン新しくして、以前の筆王のファイルをそのまま移したつもりが、上手くできてなかったらしく、全部読めなかった。。。たまたま、母のも私のも紙にプリントアウトしていたから助かった。今日は大掃除終わって、ワンコの撮影会。その数200枚。(動きまわるし・・。)その後ずっと年賀状作成。昨夜は朝5時までかかって、いろいろと試していた。さて、住所を・・と思ったら読めない!!朝5時にこの事態・・・。寝ることにした・・・。大掃除も完璧には終われなかったけど、お正月に掃除ならぬ、お片づけでもしてのんびりと過ごすことにしよう。こんな正月もたまにはいいかも。今年ももう1時間で終わり。本当にいろいろと自分自身思うことのあった1年だった。前半は何がなんだかわからないまま過ぎていったような気がする。でも、振り返ると、本当に友達や周りの人に恵まれた1年だった。それを感謝して1年を締めくくろう。。。。フラシャワの日記を2005年読んでくれた皆さんにも感謝します!
December 31, 2005
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父が生きていたころから恒例の、和歌山からお魚お取り寄せ。和歌山出身の父は、魚にやたらとうるさかった。釣りで有名な場所出身だからか、やっぱり美味しい魚をよく知っていた。(まずい魚を出したら、食べない我が儘なやつでもあった。)何かお祝いごとや、美味しい魚が恋しくなったら、和歌山の魚屋さんへいつもわざわざ買いに行ったり、電話して取り寄せたりしてた(干物まで取り寄せる始末。)。この和歌山の天然魚しか取り扱わないお店、『もとや』というところで、もう小さいころから通っている。お店の人も顔なじみで、夏に行ったとき、「お父さん亡くなってんて?」と言われたからちょっとびびった。よっぽど魚好きと思われているらしい。笑。昔はもっと小さなお店だったんだけど、気がつけばえらいでかくなっている。お店の人もみんな気さくで、我が家の好きな魚が手に入ったときには、わざわざ電話くれたりしていたぐらい。ここの干物、最高だから本当お勧め。とくに、『あい』という魚の干物は、磯の香りがして魚好きな人に贈り物にしたら、いつも、喜ばれる。今年はさすがに取り寄せしないかなーって思ってたら、今日、『くえ』が届いた。母が食べたくなったらしい。捕れたら送って!とお願いしていたらしい。くえを知らない人のために、写真をどうぞ。。。お刺身みたいに見えるけど、一切れがだいたいタバコ一箱ぐらいの大きさの切り身。見た目、ぶりをもっと脂っこくしたような感じ。でも、決して、生臭くも脂っこくもしつこくもない。食べたらあっさりしている。水炊きにしてポン酢で食べる。ダシがいい味になるのもミソ。一度は食べておく価値はあると思う一品。そういえば、城崎マリンワールドの水槽に、くえに似た魚おるわーと思ったら、やっぱりくえだった。ちょっとわらけた。だから母も食べたくなったのかしら・・。でも、本当は、この時期、毎年欠かさず食べていた魚がある。冬は和歌山はくえというイメージがあるんだけど、私は、くえよりも「いずすみ」という魚の魚すきがとにかく好き。ブダイみたいな魚なんだけど、れっきとした「いずすみ科(本当は、いすずみが標準語らしい。)」。釣りをする人ならわかるけど、小さいいずすみはよくつれる。グレなんかを釣りに行ったら、きっとヒットさせている人もいるはず。でも、魚すきにするのは、我が家では、3キロ以上できれば5キロのいずすみと決まっている。でないと、美味しくない。皮をつけたままぶつ切り(もちろんウロコはとる。)にして、内蔵とかも食べるんだけど、非常にこりこりしていて美味しい。もともと、藻類を食べている魚だから磯の香りが非常に良い。これが、冬にしか食べれない。3キロ以上は結構手に入りにくいし、漁師町でしか食べ方わからないらしく、店頭に並んでいるわけでもない。和歌山でも海岸沿いのところでしか食べないし、昔は捨てられていた魚だと、和歌山の山育ちの母は言っていた。とにかく、私はこの魚の魚すきが毎年恋しくなる。今年は、父がいないし、正月は母と二人なので、断念。うーん。。。くえ鍋もかなり美味しいけど、やっぱりいずすみの魚すきが食べたい・・・。
December 30, 2005
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負けたし・・。大晦日の夜からセレッソのバスツアーで国立競技場に行って、天皇杯決勝で元旦過ごす!と、友達にバスツアーの申し込みのお願いまでしてたのにー。今日は仕事で試合は見れず。仕事終わって、携帯を見ると、ツアーをお願いしていた友達からのメール。「お正月はゆっくり過ごして・・・。」あ゛~まけたー!即効家に帰って、WEBでチェック。延長で負けたのね。これこそ悔しい~。レッズVSセレッソなんてめっちゃくちゃ楽しいカードやん!!と勝手にレッズが勝つことを想定して、セレッソも勝つと信じてたのに。残念。スポーツニュースでも後で見て、悔しさ倍増しとこう。はあ・・・・お正月はとうとう予定なし人間になってしまったわ。寝正月に決定。ホームリーブ中のボスから電話かかってきて、正月の予定は?と聞かれた。東京に行くの!!(まだ結果出てなかった。)って言ったら、勘違いされて、私がトーナメントを勝って、正月に東京で試合あると思ったみたい。「おめでとう!!結果、国際電話して!!勝つように祈ってるから!!」・・・・?セレッソ興味あったっけ?「私ちゃいますよー。応援してるチーム!」「あ、なるほどね。(おかしいと思ったといわんばかりに。笑。)ま、どっちにしろ、勝ったら東京からの電話待ってるわ!しっかし、何時間もかけてバスツアーで行って、お金セーブするだけの価値あるの?」・・・・。ソレヲイワレチャア、ミモフタモナイ。でも、新幹線で東京往復を国立行くだけにするなら、どうせなら、道中友達と長い時間楽しんだほうが絶対いいもん!! 負けたときのどんよりしたバスは最悪やろうけど・・・とまで、妄想していたのにぃー。帰国後、絶対聞かれるであろう、休み中何をしていたかの質問攻撃。果たして、ボスになんて説明しようかしら・・。さて、明日からやっと冬休み。まず、明日は故障していることが判明したプリンターを買いに行って、やっと年賀状を刷るとしよう。今年は元旦には届きません・・。ごめんね。友達。今夜9時からは、待ってました!!ANEGOスペシャル!(赤西君最高。とミーハーになる瞬間。)やっと冬休み気分だわ~。↑と思ったら、昨日の新聞見てた・・・。ショック!!!!!!!見逃した・・・。
December 29, 2005
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姪の風邪がうつったらしい。母とお揃いで3日前から鼻水だらだら。くしゃみ連発。熱は微熱・・・風邪だわ・・。明日で仕事納め!わーいって世間はもうお休みのところがほとんどなのにぃ。さて、仕事帰りに、オイルマッサージに行ってきた!まるごとクーポンという関西電力グループが無料配布している小冊子にいろんな近隣のお店のクーポンがついているんだけど、そこに、川西能勢口駅近く女性オンリーのリラクゼーションスペース発見。オイルマッサージ50分3500円。クーポン使用で10分延長というのがあった。1時間3500円!えらく安い!!大体、1時間8000円ぐらいが相場だとして、半額以下。写真みても、うさんくさい感じはしないし。。と思って電話をかけてみた。留守電:「ただいま、接客中のため、電話にでれません。」・・・。どうやら、一人でやっているらしい。昨日、予約がとれた(前日までの予約のみ。当日は不可。)。会社終わって即効車とばして、18時ぎりぎり間に合った!!・・・・ワンルームマンションの1室。部屋にベッドが置いてあって、なんだか変な気分。笑。マッサージしてくれる人がとっても気さくそうな同年代ぐらいの人だからちょっと安心かな。まず、足湯で温める。その後、下着(パンツ)の上から短パンはいて、あとは裸でベッドにうつ伏せで。暖房効いてるし、タオルをかけてくれるから全然寒くはないんだけど、なんとなく緊張~。全身を軽くほぐして、足からオイルでのマッサージ開始。もうちょっと強くしてくれると有難いんだけど・・・と思いながら(どうも私は強いマッサージが好みらしい。)でもリンパに沿ってしてくれるからやっぱり気持ちがいい。左足終わって、右足になったときにすでに爆睡。気がついたら、背中の腰のツボをおされていた。げー、寝てしまった・・・。多分、熟睡ずっとしてたから気持ちよかったんだとは思うんだけど、感触を確かめる間がなかった。そう、小一時間マッサージの間ずっと寝てたらしい。なんとなく、横っ腹の贅肉をぎゅーって背骨のほうに向けて強く押してくれてたのは記憶にある。結局、マッサージが終わって(記憶なし。)、熱いタオルでオイルをとって、乾燥してるからといってローションを最後にぬってくれた。熱いローズティーをもらって、終わり。結構乾燥肌になっているらしい。今年の冬は特に乾燥するんだって。毎日お風呂上りにベビーオイルぬってるんだけど、まず、ローションで水分補給したほうがいいですよって教えてくれた。特にかかとがかさかさなんだけど、薬局に200円ぐらいで売っているヴァセリンをぬるのもいいらしい。かなり乾燥を防げるって。1週間に1度は、ヴァセリンとか尿素入りのクリームをぬって、サランラップして上からルームソックスをはき、10分ラップパックをするだけでも大分変わりますよ!って教えてくれた。決して、またお願いします!とか、何かを売りつけるとかない。60分のマッサージ時間なんだけど、最終的になんやかんやで2時間弱は居てた。安いし、なかなか良い感じ。ちなみに、「風邪気味のときは、オイルマッサージとかリンパドレナージュとかは、本当は避けたほうがいいですよ。逆に疲れがどっとでてくるから。」と助言もしてくれた。なるほど。確かにちょっとしんどいかも。なんか隠れ家みたいなマッサージ屋さんだったけど、仲良くなったらいろいろと教えてもらえそうな感じのおねえさんだった。次回もまた行ってみよう。で、先ほど、鏡で顔を見たら(顔はしてない。)どうやら血の巡りがよくなったのか、最近続いていた目の下のクマとくすみがなんとなく解消されていた。あら!やっぱり効果あり!あとは、鼻水治すのみね・・。
December 28, 2005
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やっと写真アップ。城崎への道中はこんな雪でした。先日、会社で賞品としていただいたひざ掛け。あまりの気持ち良さに正月明けまで自宅でキープすることに決定。その後、会社で利用することに。これ、先日の旅行で大活躍。まず、車の中で、ひざ掛け&姪が寝たときにかける用&姪を車から屋内への移動の際にくるむ&ちょっと出るときに羽織る。と、家族で取り合い。とにかく生地が気持ちよすぎ。この生地のブランケットとかないかなあ。。。シーツとかあったら、最高に安眠できそうな予感。それぐらい気持ち良いし、暖かい!!この写真でわかるかな?裏地と表地がちょっと違うの。裏地は起毛になっていて毛足が長い。表は、柔らかいフリース地。ブランドは、コムサデモード・ホームのもので、泰道リビング株式会社から出ているみたい。でも、ネット調べたけど、売っていなかった。店頭でしか買えないみたい。何か贈り物しようかな・・って考えてる方、これは、かなりおすすめです!!
December 27, 2005
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友達が面白い占いを教えてくれた。『宿曜占星術(すくよう占星術)』といって、発祥はインドで、弘法大師が密教と共に持ち帰ったものらしい。まず、旧暦での自分の誕生日を表から見つけて、そこにある星をみるというもの。すごい長い文章で、ちくりちくりと痛いところをついてくるような感じで、手厳しい!ちなみに、私は・・・。(抜粋)「堅実な世界で、妙な野心を捨て、トップを狙うより次席に甘んずることを心がければ、安泰な生涯を送ることが出来る。一匹狼は不利な星である。」妙な野心・・・。笑。うーん、起業して、副社長になろうかしら?自分とあう相性とかもあるんだけど、よく見方がわからない。笑。ところで、細木数子さんの毎日の運勢はどうやら、私には、あわないとみた。(ええ、来年から大殺界で都合が悪いので。笑。)日々の運勢ならやっぱり、前も紹介したけど、モンキー占い!携帯で毎日運勢をチェックすると結構楽しい。これも当たるからお試しあれ!!
December 26, 2005
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昨日の朝、姪の熱も、37度まで下がり、よっしゃ!出発!!と城崎へ。高速、宝塚周りで行こうかと思ったら、すでに下の道がかなり渋滞。こうなったら、裏を抜けて、急遽丹波篠山口から舞鶴若狭道へ。(三田から乗ろうと思ったら入り口を見落とした。)さすがに、高速の入り口でタイヤ検査。兄の車だったから(チャイルドシート付ということで。)四駆なんだけど、タイヤはノーマルタイヤ。やっぱり、「チェーンをはめてください。」と言われた。でも、どう見ても雪は解けている。まあ・・・しゃあないか・・とチェーンをはめて、ガタガタ言わせながら福知山出口へ。さすがに雪ばっかり。でも、道は全然雪がなかった。結局、福知山でもう一度チェーンを外して、そのまま城崎まで最終的にチェーンいらず。さすが雪国。道路からお湯がでてるから道の雪は全てとけているし、細い道でも民家の人達が雪かきをしていて、道に雪はなかった。私のセダンだったらちょっと不安だったけど・・・。城崎では、レイセニット城崎というリゾートマンションをホテル化しているところに泊まった(1泊2食付一人2万円。安いコースもあるし5000円ぐらいで素泊まりもあるみたい。・・・本当は、西村屋に泊まりたかった・・・。)1週間前に急遽予定決めたからどこもいっぱいで、知り合いのコネを使って予約を取らせてもらったんだけど、最終的にここにして正解だったと思う。もうすぐ4歳になる姪と、伝い歩きを始めた1歳になる姪の二人を旅館に泊めたら多分、周りに気を使って神経衰弱になったと思う。テンション高すぎ。今回のホテルは、兼リゾートマンションだけあって、部屋数がリビングと和室、洋室の3部屋にキッチン、トイレ、バスと普通のマンション。ベッドが4つと布団もあったからみんな好きなところに寝れたし、姪の甲高い声で、キャーキャー言っても全く隣の部屋に気兼ねすることもなく泊まれた。朝夕のご飯は、違う部屋の個室。これまた助かった。姪は座ってご飯を食べるはずもなく、部屋中を走り回ってるんだけど、大人はゆっくり食べたい。こんなとき、周りの目を気にせず食べれる。食事は、松葉ガニ。カニすき、焼きガニ、カニさし、その後雑炊(ここまでたどりつかず。)と、このホテルのオーナーの知人の紹介ということで、お造りとクリスマスケーキを特別に戴いた。このお造りが最高だった。タイのお造りと、サザエ、ボタンエビ、アジ、イカの姿造りが船盛になってでてきた。サザエのお造りなんて初めて食べたけど、コリコリして美味しかった。(この刺身を食べ終わった時点ですでに普通の夕飯の量は超えてたかも・・。)3時間ほどかけて夕飯食べたんだけど、やっぱり姪は我慢できず。「おもちろくないからお部屋に帰りたい。」とブーブー言い出した。・・・しゃあない、奥の手使おう。。。と本当は朝起きたら枕元に置いておくはずのクリスマスプレゼントを、急遽、「あれ?さっきサンタさん通ったよね?」と姪が余所見している間に、玄関に置いた。作戦成功! 姪は、サンタさん来た!!と大喜びで、マイメロちゃんのコトコトキッチンセットに集中。その間に大人は食べまくり。良かった。次の日(今日)は、城崎マリンワールドへ。(めっちゃ寒いのに!)なんてたって、今回の主役は、パパが多忙で会えないから寂しいクリスマスになっちゃいそうな姪のため。温泉めぐりとか、城崎の街めぐりなんてできないから、イルカと水族館でも!と思って行ったんだけど、どうやら姪は魚や動物に興味がないらしい。イルカショーを楽しんでいたのはもっぱら私達大人だった。子供って難しい・・。1歳の姪は、セイウチをかなり興味津々で見ていたけど・・。車が混むかもということで、昼過ぎに城崎を出て、途中、出石で出石そばを食べた。うーん、食べすぎ。15皿は食べた。そば好きにはたまらない。結局、姪達を送って、軽く夕飯食べて、帰ってきたのは夜10時。道はすいてたけどかなりめまい。。疲れた~。次回は、城崎温泉めぐりでも行こう。でも、やっぱり冬にカニは最高!
December 25, 2005
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今日は、クリスマスパーティーだった。といっても、いつものメンバーで、クリスマス前にまったり過ごそう~と女4人、いろいろと持ち寄って、昼間オンリーで数時間。先日フライングした友達のクリスマスプレゼントに感動したのもあって、私も何か贈ろう!と張り切って、ロフトへ。その前にサッカーショップの加茂スポーツに寄ってみたんだけど、みんなそれぞれこだわりがあるだけに、うーん。。。。ロフトでお花でも買おうかなーと思い、行ってみたら、いいもの発見☆色違い&デザイン違いでみんなにプレゼント。さすが、メンバー。馬鹿受けして、相当気に入っていた。隊長は、真中で、ドルマークが入っている。次の練習はこれをかぶってやるらしい。スノボーの季節だしねー。(私は一応、フットサルよりもスノボーのほうが得意なのだ。)あまりにもみんな気に入ってるから、自分の分を買い損ねたことが悔しくなって、帰りロフトを通る友達に私の分も買っといてーとお願いしておいた。あほすぎる。でもそこが楽しいところ。明日から、城崎に旅行。道が閉鎖になってないかなあ・・・と気にしていたら、突然、下の姪が、38.9度の熱・・・。テンションは高いから、なんとかポカリスウェットを飲ませて熱下げているところ。さっき、37度まで下がっていた。明日、行けますように・・・。
December 23, 2005
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大阪府民なのに・・・・朝起きたら、すでにこの銀世界。ありえへん。昨日の晩は寒いだけだったのに!車の轍すらない。うーん・・・チェーンを巻いて会社に行こうか・・・。どっちにしろもう間に合わないわ。(車でなら通勤15分。電車なら少なくとも徒歩いれて30分以上はかかる。)会社に電話してみた。「まだ誰も来てませんよ。」だって。母から電話がはいった。会社の最寄り駅からのバスが全部不通で母も会社に行けないから会社からの最寄駅でみんな立ち往生らしい。JRも止まってるって言ってた。しばらく外を眺めていたけど、どう見ても吹雪。これからまだまだ積もる予感。チェーン一人で巻けないよなあ・・・と思い、電車で行くことにした。スノボー用の靴下と雪用のブーツ(ヒールなし)をはいて、ダウンコートの帽子をかぶっていざ出陣。駅に向かう道で、こけてるおじ様発見。気の毒すぎる。スーツ&革靴でこの雪は気の毒だ。駅に到着。雪かきをしている駅員さんに、「電車、いつ来るかわかりません。折り返しのところで、止まったままなので。」と言われた。駅のホームには人が待ちぼうけ食らった困った顔で並んでいる。うーん・・・今日は絶対休むわけにいかないし・・・でも、この電車ないとうちはもう交通機関ないし・・と思っていたら、来た来た、電車。・・・徐行運転やし。各駅で何分も止まるし・・・。なんとか、1時間以上かかって会社にたどり着いた。いつもなら、100台以上は止まっている駐車場もガラガラ。さぞかし、みんな休みやろうなーって思って行ったら、ほとんどの人がすでに到着していた。京都から車通勤の人は朝あまりにも早く来たため、途中から雪に襲われたらしい。京都は積もってなかったって言ってた。大阪市内から来た人も雪なんて積もってなかったよと、ノーマルタイヤで来たらしい。しかもガラガラの駐車場があまりにも嬉しくて、駐車場内をくるくる回って轍つくって遊んでいたとか。みんな雪の怖さ知らないでしょ!と言いながら、うちがどんなに積もっていたかを自慢していた。「ていうか、あそこから来るんやったら、もうスタッドレスちゃいますの?」と言われて、やっぱりそうよね・・・。早くスタッドレスにしよう・・と反省。今日は早く帰ろう(遅れてきたくせに。)と気合いれて、頑張ったけど、さすが休み前。次から次にメールが入ってくる。途中、総務から、「大雪のため、今日は上司と相談の上、早く帰ってください。」とアナウンスメールがはいった。・・・上司、日本にいてません・・。結局、定時なんかに終わるはずもなく、1時間過ぎて、そろそろ道凍ってやばいよ!という声で、来週に回せるものは回して帰宅。来週からオフの人がかなりいたのに、結局その人たちも、来週ちょっとだけ来る羽目になっていた。かわいそうに。年の瀬の大雪。小学校の時以来のような気がする。今年はこんな天気が続くのかしら?ちなみに、次積もったら、休み時間に雪合戦して遊ぶ計画をみんなでたててみた。笑。良い職場だわ。
December 22, 2005
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凹んだ後には、必ず良いことがおこる。多分、だから生きていて楽しいと思えるのかも。今日は、神戸で会社のDivisionの総会だった。1年を振り返って各部署の成果とか来年の目標とかを話して、その後は、懇親会。懇親会で、いろんな賞を渡すという企画があって、それに何故か選ばれた。どうやら、ボスからのプレゼントらしい。ボスがノミネートしてくれたみたい。「よく頑張ったで賞」みたいな賞で、「日本に来たばかりの外国人のボスのためにいろいろと心配りをできました。」とかいう理由がついていた。本当、たいしたことできてないのに、ありがたい。正直、こんな賞をもらえるなんて全く思っていなかった。ボスに頼まれて人の賞を選んで買いに行ってたぐらいだから、どちらかというと裏方の感覚であの場所にいただけに、名前呼ばれるまで、全くわかっていなかった。壇上にあがって、最初に出た言葉が、「すいません!!」だった。あんまり今の会社で目立つと居心地悪くなりそうだから、できる限り影を薄くしているつもりだったんだけど、みんな快く拍手してくれて、なんだかほっとした。ちなみに賞品は、ピンクのひざ掛けとピンクのバーバリーの毛糸の靴下。いやん最高。ちょうど、毛糸の靴下買い足そうと思っていたところ。ひざ掛けはめちゃくちゃ可愛い。母が「センスの良い会社ねえ。」と感動していた。会社のひざ掛け、ストールを使っているから、早速明日から使おう!!靴下はお正月用まで楽しみにとっておくことにした。良いこともあるもんだ。今年ももうすぐ会社終わり(すでに冬休みモード。)。来年も頑張ろう!!(本当、単純。)
December 21, 2005
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先日、クリスマスソングを歌いながら友達がくれた。これ、かなりアップでとっちゃったんだけど、実物は、約8センチの額。中に本物のバラが入っている。すっごい可愛いから、ずっと机の上において、眺めているんだけど、なんだか心が温まる。手紙もバラのポストカードにしてくれてた。何が嬉しいって、バラが好きって言うことをわかってそれを選んでくれてる心遣い。人が喜ぶためにっていう行動ができるその心が本当に有難いし嬉しい。見習いたいけど、いつになったらそんな心遣いができるようになるんだろう。ボスの奥さんもホームリーブ前にクリスマスプレゼントをくれた。そして愚か者の私は・・・何も渡せず。忙しくて買いに行けなかったなんて言い訳にはならない。実際、そんなことを考えてなかった。恥ずかしい限りだけど、ボス家族はそのまま国にクリスマス休暇で帰国してしまった。新年のプレゼントを渡そう!って思いながら、いまだに何がいいかしら・・と考え中。人への贈り物って本当難しい。
December 20, 2005
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寒い。寒すぎる。こんな日は非常に人恋しくなったり、満たされたいと思ったりしてしまう。そう思うから、身も心も寒すぎになる。うーん。悪循環。よく、友達に言われる。「気を使いすぎ。」と。母にも、「あんたは外で気を使いすぎるから・・(だから家ではぐったりして何もできないと言いたいのよね・・・。)」ボスにまで言われた。「そこまで気を使う人みたことがない。もっと自分中心に考えていいのに。(これは仕事ではなくて人生において。)」と。こう書くと、まるで、気を使える良い奴にみえるんだけど、そうではない。ある意味、気を使うことによって、相手にもっと気を使わすことも多いのだ。決して、気が利くのではない。気が利くだったらいくら言われても言われすぎることはない褒め言葉だと思う。でも、気を使いすぎるということは時としてマイナスにもなる。妙に良い子になろうとする瞬間がある。本当は内心、どうなん?って思っていても、笑顔でいようとすることのほうが多かったりもする。(限度を超えたらめっちゃ顔にでてるけど。。。)本音を言わずに、黙ってしまうことも多い。こうやって、自分の首をしめて、疲れることもある。はあ・・、何してるんだろう・・・と自分に疲れて、自己嫌悪ということもある。みんなこんな感じなのかなあ・・・。ふと立ち止まって振り返って反省する時間は必ず人は必要だと思う。前に進むために。でも、立ち止まって、自己嫌悪になって、毎回凹んでるようでは、いまいち進歩にかけるよな・・・って思ったりもして。何書いてるんだろう。テンションは高いはずで、毎日とっても充実してるはずなのに、なんだかふと、心が貧しいような穴が空いたような気がする瞬間がある。自分の心さえコントロールするの難しいのに、人に気を使うね・・・。人に気を使ってるのも、結局は自分のためなのかもしれないと思ったらなんだかふと、結局は自分次第でいろいろと変わるはずなのにと思う。いろんな意味でもうちょっと今の自分のポジションから今一歩前に進めたら・・・と思う今日この頃。意味なくダラダラと書き連ねてしまった・・・。
December 19, 2005
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年内ドクターストップがかかっていたにも関わらず、やっぱり行ってしまった、今年最後の練習。朝、起きたら、一面の銀世界。んなあほな!!と思いながら、練習場所の生駒の様子を聞いたら、やっぱり向こうも前日の雪が凍ってるかもということで急遽、電車に変更。駅までの道、雪がまだ未踏のところが多かったので(道路一面雪に覆われていた。)、フットサルのトレーニングシューズで駅まで行った。こういうときヒール派には役に立つ。駅のホームでブーツに履き替え。本当、自己満足の何物でもないわね・・。阪急電車に乗って気がついた。「雪なんてどこもないやん!!」車にしたらよかったーとちょっと後悔。本当、山一つ入るだけで、あんなにも景色が違うなんて・・・。でも、生駒の練習場所の道は、最後の坂道が雪に覆われていたから、やっぱり電車は正解だったんだけど。田舎から田舎の移動ってこんなとき、苦労するわ。今日の練習。以前紹介した、CW-Xのサポーター(今日のは膝上まで。)、膝用サポーターをつけ、万全の体制で臨んだつもりだったんだけど、どうも違和感あり。やっていて気がついた。とにかく、「怖い。」。踏ん張るとやっぱりまだ痛みが走る。でも踏ん張らないとできないことも多い。紅白戦までは、なんとか負担かけないように乗り切ろうと、時間ばかりが気になって、正直、練習に身が入らなかった。決して、だらだらしようと思っていたわけではないんだけど、結果的に、チームに悪い印象を与えたことは確か。教える側はかなりイライラしていたみたい。ほかの人を巻き込んで気を紛らわせていたのがあったし。だからといって、見学するのも悔しいから、なんとかやろうとするんだけど、これ以上踏み込んだら、激痛になるという恐怖心が先にくるからテンションが下がる。テンションあげようと思って、なんとかチームメートに馬鹿話をすると、そのまま遊びモード突入。かなり空回り。悪いことしました。。。紅白戦では、集中してるから、痛みはある程度、どうでもよくなる。ラスト1時間ぐらい、膝なんとかもつやろうという気になるから、自分でも乗り越えられる。あほやなあ・・・と思いながらも、明日、会社でまた動けないくせに・・とどっかで思いながらも、シュートしたい!という気持ちのほうが先行してやってしまう。おかげで、得点もしたし、シュートも結構うてた。これぐらい得るものがないと、膝痛い中やる意味なし!とわけのわからないことで自分を奮い立たせながら。しばらく休んで完治を待つか、序々に慣れさせて回復を待つか・・・ちょっと今日は練習終わって考えさせられた。結局まわりに迷惑かけてるんやな・・・って。帰り、駅について足が動かないことが判明。おお、、、やっぱりきたか。。。駅からある長い階段を登る勇気はなく、最後はタクシーに手をあげてしまった。歩いて10分ほどの距離なのに。笑。さ、明日から、また数日間、膝痛さんと仲良くしよっと。
December 18, 2005
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宝塚にある宝塚温泉 ホテル若水にて女5人、『お泊り忘年会』をしてきた。このホテル若水、阪神大震災の後、建て替えをしてリニューアルオープンしたらしいんだけど、さすがに客室もロビーも綺麗だった。お料理も評判が良くて、地元の人は、何かの際に結構利用しているらしい。確かに夕食も朝食も美味しかった。「お客様がた、非常に楽しそうにされているというのを聞いて、料理長から一品差し入れです。」といって、メニューに載っていないものが一品でてくるようなニクイ演出もあったからなおさらご機嫌。(うちの部屋担当の仲居さんが、非常によくしゃべる人で、ちょっと笑えた。女5人で楽しそうに話していたら、会話に入りやすいのかも。)料理を運んでくるタイミング、お布団を敷く手際の良さなど、サービス面が行き届いていた。ちなみに、お値段はお一人20,100円/1泊2食だったんだけど、価値あるものだったと思う。宝塚温泉は、無色無臭らしい。有馬に近いのに、泉質が違うんだ・・・と初めて知った。確かに、全く濁りのない、硫黄くささもない温泉だった。ナトリウム―塩化物冷鉱泉というだけあって、なめるとしょっぱかった。宝塚温泉は700年の歴史があるらしい。小林一三さん(阪急グループ創業者・曾孫は松岡修造)が温泉掘りあてました!というわけではなかったのね。私以外、全員まだ小さい子供がいるメンバーなんだけど、旦那様やばあばに子供を預けて決行。メンバーみんな、旦那様やばあばに快くお帰りと言ってもらえたか心配。。。随分前から計画をして、着々と根回ししていたからきっとみんな大丈夫かな。しかし、女5人泊まりで忘年会をするとなるとさすがによくしゃべる。あーでもないこーでもないと。事前にしおりを作って、アジェンダ(議題)まで用意してたんだけど、こんなアジェンダ、誰が沿ってしゃべるかいな。話題がふって沸いてくる。結局、気がついたら朝5時半。ほんま、よくしゃべる。さすがに一晩話をすると、今まで知らなかったこととかいろいろと話をして、「本当に、人それぞれ歴史がある。」と思う。人生の先輩の話って奥が深いし、懐も深い。言葉一つ一つ、勉強させられる。やっぱり、いろんな人と話をして、たくさん吸収しないといけないと痛感。いやー、本当に楽しかった。ちなみに、下着を忘れてしまい、うぎゃー!!と騒いでいると、「新品の予備があるからあげる。」と下着までお世話になってしまった。(だって、「借りる」わけにはいかない。)できる女性はやっぱ違う!それに比べて、私ってば・・。せめて自分のことぐらいちゃんとしたいものだわ・・・・。
December 17, 2005
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明日は、ホテルにて『2005年お泊り忘年&反省合宿?!』なので、16日になった瞬間に、今日の分の書き込み!昨日に引き続き、焼き菓子特集。父のお供えでもらったグレゴリー・コレ(GREGORY COLLET)の焼き菓子セット。おお、さすが神戸元町という感動を与えてくれた。(神戸発信のお菓子って美味しいのが多い。)一口食べて、バターの風味がお口いっぱいに広がる。久々にフィナンシェのヒット発見!!という感動でした。焼き菓子セット、10種類以上の焼き菓子がはいっていて、とりあえず、全部制覇してみたんだけど、オレンジのバターケーキもかなり美味しかった。(どうやら、私はシンプルなほうが好きみたい。)とにかく、ここの焼き菓子、一つ一つに本当工夫がされていて、シンプルなものは、素材の風味を豊かに、そしてフルーツなどがたくさんのせてある手の込んだものは、しつこくないようになっている。今、お店があるのは、神戸元町の本店、北新地、近鉄阿倍野店、そして梅田阪急だけみたい。(梅田阪急、リニューアルしてからスウィーツのランクがあがったような気がする。以前は、阪神のスウィーツのほうが目がいったけど。)。WEB販売もしているみたいで、お取り寄せの価値は十分あると思う。元町本店では、Cafeもあるみたいで、聞くところによればランチもできるらしい。(パスタとかあるみたい。一度行ってみよう。)次に会社に海外ゲストが来たときのお菓子はここに決定。シェフは、フランス人。フランスでも数々の賞を受賞している人らしく、神戸の震災後、「神戸に活気を取り戻したい」というオーナーの熱意によって、来日したとのこと。こんなのを聞いたらなおさら、いい店だ・・・。お店の構えも神戸ならでは。高級感溢れている。「焼き菓子の美味しいお店はケーキも美味しい。」と以前、グルメな友達が言っていた。ケーキはまだトライしてないけど、是非食べたいと思ったお店でした。
December 16, 2005
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父へのお供えのおかげで、しばらく焼き菓子特集になりそうな予感。先日戴いた、ブールミッシュ(BOUL'MICH)のトリュフケーキ。なかなか美味だった。チョコケーキの中に、トリュフにしたチョコが丸ごと一粒はいっていて、なんだか得した気分になる。生地自体も濃厚なショコラで、しっとり、ずっしり。温めて食べるとチョコが溶けて、これもまた乙な味わいだった。これと同じ種類で、マロン味(ガトー・オ・マロン)もあって、栗が贅沢に使われている。きっと栗好きにはたまらないかも。ちなみに、マドレーヌやフィナンシェは少し私的には物足りなかったかも。もうちょっとバターの風味があれば、嬉しかったんだけどな・・。でも、このトリュフケーキはちょっとしたプレゼントやお茶のお供に喜ばれそうなので、お勧め。トリュフケーキも、ガトー・オ・マロンも、2005年の世界食品コンテストモンドセレクションの金賞を受賞している。トリュフケーキは8年連続。マロンのほうは3年連続。本店は銀座。どうやら全国展開されているみたいで、関西でも10箇所以上のデパートで購入可能。梅田なら梅田阪急で買えるみたいだから今度は、ケーキに挑戦してみよう。今、クリスマスケーキも予約受付中みたい。チーズムース仕立ての、ビッシュ・オ・フロマージュにちょっと惹かれるかも。。
December 15, 2005
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しばらく日本を離れるボスから、「人生の道しるべになるよ。」とCDをもらった。歌詞を見ると、ちょいディープ。クリスマスに向けてのバラードか・・・と思いながらかけたら、ごっついラテン調というかなんというか、、、道しるべにもなりそうにないぐらいに明るい。思わず、家で大爆笑してしまった。 ・・・私は暗かったのか?!さて、先日焼肉に行ってきた。(本当、肉食動物な私。)勧められて半信半疑で行った焼肉屋さん。これが、やられた!!ってぐらい美味しいし安い。先日紹介した、天五中崎商店街の定園の塩バラもたいがい感動したけど、私の中では、タレだったら、こっちが勝ち。神戸のはずれ、車なら西宮北インター降りたところ、電車なら神戸電鉄の道場南口にある三田牛の焼肉 七りん。安さと美味しさの秘密は、160年にわたって畜産業をしてきた6代目店主が開いているからで、三田牛サガリと三田牛ハラミは最高に美味しい。サガリというのは、牛1頭から約1キロしかとれない非常に貴重なもの。ハラミも同様に希少。とにかく柔らかくて、綺麗な霜降り肉が、1人前でサガリ1155円、ハラミ1050円。この値段は畜産業を営んでいるからこそ提供できるみたい。もちろん、お店の名前どおり、炭火の七輪で焼くから、なおさら美味。口に入れたときの油の溶け具合、うまみ・甘みの凝縮され具合が最高。お店の雰囲気もこじんまりしていて良いし、綺麗。かといって、華美ではなく、和み系。わざわざ高速乗って行った甲斐はあった。最寄りまで行ったら足を運ぶ価値大いにあり!かなり美味しい三田牛が堪能できます。
December 14, 2005
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今日、ハービスエントに新たに移転したBlue Noteに行ってきた。サックス演奏の、矢野沙織を聴きに。16歳でデビューして、まだ2年。ということは、まだ18歳。なめていた。「18歳の子に・・・」なんて思っていたら、とんでもなかった。上手い。というか、本当引き込まれてしまった。話は本当に気の毒になるほど、たどたどしい。でも、いったん演奏が始まると、プロだった。すごい。18歳か・・・。この頃の私はどうしてたかしら・・と思うと、ちょっと恥ずかしくなる。彼女がもう少し歳を重ねて、もっともっと人生経験を積んだとき、もっと恐ろしいほどの音色をかもし出すのだろう・・と思ったら鳥肌がたった。それ以上に感動したのが、一緒に演奏していたピアノの後藤浩二氏。今日はほとんど、彼の演奏を見入ってしまった。私もピアノを習っていた。足掛け7年。7年目にして、先生に「・・・才能ないわ。」と言われた。自分でもわかった。本当、ピアノの練習はやればやるほど億劫だった。だから、なおさら、ピアノでましてジャズが演奏できる人をみるとすごいと思ってしまう。ブルーノートって、思っていた以上に小さなステージだった。ちょっとしたコンサートホールを想像していたからなおさらびっくり。バーがあって、料理が食べれる。いまさらながら、結構感動。料理つきのシートではなくて、カジュアルシートでも、サーブする人がいないものの、軽食&バーがあるから十分楽しめる。ステージもちゃんと見えるし、音もどこに座っても劣らない。ちょっとはまったかも。たまには、こんな癒しの時間も持つべきよね・・といまさらながら思った。
December 13, 2005
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朝、先輩に勧められ登録した「細木数子の今日の占い」を見て、凹む。「これまで続けてきた不実の恋愛に終止符を打って。このままダラダラ続けていると、深みにハマって取り返しのつかないことに。交通事故や自殺現場を目撃して、精神的に大きなショックを受けるかも。親友と過ごす時間が、気分を落ち着かせてくれます。」事故や事件ではない。交通事故や自殺現場?!どんな具体的な占いやねん!そんな訳で、車での帰宅の際、通行人を見るたびに、「飛び込んでくるなよー。」というオーラを出しながら帰宅。おかげで安全運転ができ無事に家についた。今日は家から1歩も出ないでおこう。(影響されやすい。)さて、ついてない日なんて思っていたら、大間違い!家に帰ると、母に嬉しそうに「早くこっちこっち!!」とリビングへ誘導された。見たら机の上に、プレゼント。しかもジュエリーショップの包み。きゃー!!何~!!「いろいろと本当パパのことでお礼と、誕生日とクリスマスを兼ねて。」だって。ボーナス入ったし、かなり太っ腹になっていたらしい。前から欲しかった、『ピンクダイヤモンドのネックレス』と『ピアス』うわーーーー!!ピンクダイヤ!!嬉しい!!「でね。自分にもご褒美に買ったの。一緒に使おう~。」といって、母は自分用にダイヤモンドの指輪を買っていた。笑。(要はこれがメインだったらしい。)この指輪、枠の中でダイヤモンドがゆらゆらと揺れる。思いっきり気に入って、ドサクサ紛れに私の部屋に持ってきておいた。さて、これだけ買ったらさすがにお店も気を良くしたのか、たまたまクリスマス前だからかノベルティーがついていた。これが、実はえらい可愛かったので、ちょっとご紹介。(前置き長い。)宝石箱なんだけど、外から見たらこれ。大体大きさは、25cm×20cm。ピンクで超可愛い。中を開けると普通の宝石箱と同じ仕組み。でも、横にも扉がついていて、それぞれあけると引き出しがついている。右側左側左側の下に注目。これ、取出しができて、取り出すと小さな宝石箱がまた一つ。旅行にもって行くのに非常に役に立つ。そして、一番上の段の真中。これも取り外しができて、あわせるとまた箱になる。ちょうど、宝石箱が欲しかったから非常に嬉しい!!しかも、タダでもらっちゃったのに、こんなに多機能だから本当に幸せな気分になった。母ありがとう!!我が家にサンタさんが一足早く来ました。占いなんてもう気にならないわ。来年から3年ある大殺界もこの勢いで乗り越えてやる!
December 12, 2005
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高校1年からの親友が親子で遊びにきた。気がついたら、15年以上の付き合い。(うーん、歳バレる~。)よくよく考えたら、今までの人生の半分以上知ってるよねえとちょっとぞーっとした。笑。高校1年のときに同じクラスで、苗字の最初が一緒だから、前と後ろ。忘れもしない、授業を受けているときに、「この先生面白くないね。」という紙が後ろから回ってきた。それ以来の親友。今でも高校のほかの友達に会ったら、「○○は元気?」と聞かれるぐらい、多分2個一になっている。高一のクラスの友達は4人グループだった。一人は、外語大卒業後、アメリカの大学院に行き、今は、何故か数学の博士になっているとの噂。「文系やったよね?」と謎なんだけど、卒業後随分疎遠になっちゃった。(一人とはまだつながってるみたい。)もう、アメリカで結婚して移住してるらしい。もう一人は、今某県庁にて県民のために(?)働いている。彼女は、高一のこの4人の中で一番賢かった。顔は、びっくりするぐらいアライグマみたいで可愛い。多分、京大にでも行くんだろうなんて思っていたら、突然、「木のお医者さんになる。」といって、とある国立大学の農学部に行ってしまった。みんなびっくり。そしてそのままその地に就職し、いまだに根付いている。そして、この親友。彼女が一番、いわゆる世間からみた『全うな人生』を歩んでいるような気がする。小学生からの夢だった小学校の先生になり、今は二人の母。そして、現在産休中。親友の私が言うのもなんだけど、ほんまに、良妻賢母な良い奴だ。どうやったらこんな良い子に育つのかしら?と観察日記でもつけようかと思ってしまう。在阪していない今や県民の友達が、正月やゴールデンウィークに帰ってきたらいまだに3人集まって、高校生の時と変わらない会話をしているような気がする。卒業式の後、みんな集まって打ち上げとかしてたのに、そっちをパスして私達3人はモスバーガーで何時間も盛り上がっていた。(5時間以上はいた。)それぐらい、うまがあうというか、3人が好きというか、ほかに友達がいないというのか。笑。あのとき、とにかく、ばらばらになるのが本当に寂しかった。それぐらい、仲が良かった。親友とは、決してピーチクパーチク話をするわけではない。1週間に1度電話したりするわけでもない。何かあるたびに、連絡するわけでもない。ただ、本当にどうしようもないことに直面したときに、顔を見に行ったりする。悩み事、言おうかな・・と思っても、言わないことのほうが多い。言ってもしょうがないとかそんなんではない。多分、ただ、顔を見て、話をするだけで、また、まあ・・・私も頑張ろうかな・・なんて思えるから不思議。昔からの友達なんてそんなものなのかもしれない。それか、みんなおっさん化した性格だからかもしれないけど。そんな親友に今言われるのが、「なんであんたがフットサルしてるんか不思議やわあ。」先日も、高校時代のほかの友達と話題になっていたらしい。絶対やりそうにない奴なのにと。確かに、自分でもなんでこんなにフットサルにはまっているのかわからない。でも、多分、ずっと脚が動くまではやるんだろうな・・って思う。それか、突然、「やーんぴ。」と言い出すか。。。(そう言いながら、今、机の足元で、ボールを転がしている自分がいてるのが更にきもーい。)高校の友達の中で一番落ちこぼれだった私。友達いわく、今のところ面白い人生を歩んでいるらしい。そう言われると、なんだかさらに血が騒ぐ。この先、どんな人生があるのかしら?とまたまた楽しみになってきた。さらに楽しんでもらうとしよう。
December 11, 2005
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昨日作った、御仏膳。配置の説明書だけついてたら、それと、母がいつもしている記憶だけを頼りに作ってみた。我ながら上手くできたと、ちょっぴり嬉しくなり記念撮影。(案外楽しんでいる。)手前左が、赤飯。手前右は、吸い物ということで、マイタケと柚子にしてみた。塩味。ダシを何でとっていいのかわからなかった。煮干とかかつおは、殺生になるから使えないし・・・。でも、かなり良い香りだった。真中が、漬物、香の物ということで、梅干。これは、生前父が一日一個必ず食べていた、和歌山の“黄金漬”。蜂蜜入りなのでかなり美味しい。我が家では、和歌山に帰省する際、必ず大量に買う。もしくは、お取り寄せをする。(お中元、お歳暮にも結構喜ばれる。)左奥が、煮物。ダシ使えないし・・ということで(昆布ダシはよかったのかも。)、干ししいたけの煮汁とえび芋、人参にしてみた。高野豆腐を入れ忘れた。後は、干ししいたけを戻すときに、砂糖を入れるので、甘みはあるから、お醤油とお塩で味付けしてみた。(まあまあ。。。。味はついた。)右奥が、おひたしということなので、小松菜の黒ゴマ和え。母は昨日感動していた。絶対わかってないって思ったけど、作れるやん!!(まあ・・・味はどうかと思うが・・。)正直、今まで、祖母や母が作るのをみていて、「めんどくさいし、どうせ食べれないんやったら、故人の好きなものでええんちゃうの。」と思っていた。実際、父のために作ってみて、案外はまる。作りながら、父やったらお肉がいいんやろうなーとか、昔、私の料理食べて顔引きつってたなーとか思い出しながら作ると楽しい。なんとなく、先祖を偲んでということがわかったような気がした。それだけでも、作ってみた甲斐はあったのかも。で、今朝、母が言いにくそうに・・・、「気にするかと思ってだまっててんけど、実は、お吸い物とゴマ和えの器、逆やってん。」と言われた。うーん、写真をみて、納得。確かにおかしい。笑。また月命日にでも作ってみよう。さーて、今日は今からフットサルチームの忘年会。楽しんでこよう!!
December 10, 2005
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パパ、元気ですか?いろいろと仏壇やら、お墓やらで話かけてみたけど、なんだかまとまりのない話ばっかりで、こうして、手紙を書くことにしました。パパが他界して、今日で1年経ちました。先週、納骨が終わって今日再びお墓に行ったけど、お花、まだ枯れてなかったね。寒いんやろうなって思ってます。でも、寂しがりやなパパはお墓ではなくて、家にいてるような気がして、結構暖かく過ごしてそうな気がしないでもなく。お墓のお花、今日は、パパの大好きな薔薇にしました。パパが作った家の薔薇園でも5種類咲いていました。お葬式のときに咲いていた薔薇は今日も綺麗に咲いています。家の薔薇を切って持っていこうかと思いましたが、ママが持って行きたいかな・・って思って、今日は、お花屋さんで見繕ってみました。お墓に薔薇って本当は棘があるからふさわしくないんだけど、身内の人で好きだった花だったらいいんですよってお花やさん言ってました。仏壇に供えたお仏膳、娘作やったから、いまいち美味しくなかったかも。見よう見まねで、料理下手な私が作ったやつやから我慢してね。娘の手料理が食べれると思って。ママとは、相変わらず、喧嘩ばっかりしてます。でも、パパの話になると、なぜか、気が合います。パパあの世で元気にしてるんかな?と言うと、ママは、「あの世でも出世しようとおもって、相変わらず標準語で頑張ってるんちゃうかな。」と笑ってます。ママが言ってました。「旦那さんとしては、パパは、家のことも何もしないし、育児を手伝ってくれたわけでもないし、嫁命ってわけではなかったけど、パパみたいな立派でかっこいい男はどこを探してもおらん。」褒めてるのかけなしてるのか良くわかりませんが、パパを最も尊敬して自慢していたママなりの褒め言葉なんかなあ・・。でも、ちょっと恨んでるみたいです。「ほんま、家庭を顧みず、仕事ばっかりして、好き勝手して、ほんでとっとと私を残して死んだ。」と。8歳も歳が離れたママにとっては、残された人生、ちょっと寂しすぎるみたい。でも、なんとか寂しさ紛らそうと、そして前向きに生きようと頑張ってるよ。たまには、休んだらいいのにと心配なるけど。パパ第一主義で歩んできた我が家は、パパが亡くなって、家中ぽっかりと穴があいたような気がします。お茶くれ。チャンネルとってくれ。新聞。おお、鴨買いに行こう。美味い魚取り寄せよう。カナダ旅行のビデオ見よう。ドライブに行こう。・・・。ほんま、言うときますが、このご時勢、パパみたいに『奉られた人』おらんよ。でも、姪も、義姉も、みんな言います。「じいじに会いたい。」て。口数少なくて、顔が怖くて、かもし出すオーラも更に怖い。そんなパパやのに、みんな会いたくて仕方ありません。ずっと待ってるんやけど、一度も夢に出てきてくれないね。多分、あちらの世界でも楽しくやってるんやね。ママは一度だけ、夢に出てきたって言ってました。パパの胸に抱かれて寝てたと自慢してました。それを聞いて、一瞬、寂しすぎて迎えにきたんかと焦りましたが、パパのことやから、「もうちょっと頑張りなさい。」と思ってるかなと。パパの他界以降、いつかそちらの世界に行ったら、パパに会えるわとそれが楽しみになりました。かといって、自らの命を絶とうなんて思ってないから安心してね。残された人がどれだけ辛い思いをするのか、身をもって経験したから。だから、いつか胸を張ってパパと再会できるように、私は私なりに、与えられたやるべきことをしていこうかと思っています。決して、悔いが残らないように。長いようで、少し短かった65年というパパの人生。日々勉強と努力。が口癖だったパパの人生は確かにその口癖が物語るだけの重みある人生やったと思います。それだけ人並みはずれた影の努力をしていたのも事実です。美的感覚に優れ、家族の中ですら、崩れた姿を見せなかったパパ。最後の闘病生活は、パパにとって、屈辱的なものだったね。それでも抗がん剤で頭の毛が抜けたときでも、「いっそのこと、丸坊主のほうが見た目がいい。」とこんなときまで、散髪に行き、そして、デパートで、お洒落な帽子を買い、入院するときですら、全身コーディネートして。他界する当日までかっこよかったよ。そして、死ぬまで一度も言わなかった弱音。痛いとか辛いとかしんどいとか、パパの口から聞くことはありませんでした。たまには言うてくれたら良かったのに。あんまり、しんどくない?ばっかり聞く私に、「聞かれすぎてしんどいよ。」というてたけど。でもね、どんな姿になってもやっぱりずっと長生きしてほしかったです。へこたれた時、「人生甘いもんではないんだ。頑張りなさい。」と励ましてるのかなんなのか良くわからない一言で片付け、お洒落ばっかりしていると、「人間中身だよ。外見磨く前に中身を磨きなさい。」といい(でも言うときますけど、これは明らかにパパから受け継いだ血です。)、たまに頑張ると、「やればできるじゃないか。」と。決して、温かい美辞麗句を並べたりするパパではなく、正直、「もっと言い方ないか?」思うぐらい一言であしらわれることのほうが多かったけど、その一言が妙に安らぎであり喜びでもありました。パパ語録を作ると恐らく1冊で終わると思います。でも、その1冊にどれだけの重みがあったのか、今、何かあるごとにパパの言ってくれた一言一言を思い出すたびに、身にしみています。パパの闘病以来、たくさんの人がパパのために祈りました。たくさんの人がパパのために泣いてくれました。たくさんの人が残された家族を支えてくれました。みんなに思ってもらえてパパは幸せ者やねって思います。これは、パパが生前してきたことの証だとも。パパの築いた家族は、みんな笑顔で相変わらず仲良くしてます。この間、「さすが、パパさんの家族やな。」といわれました。どういう意味かはわかりませんが、パパを心に刻んでみんな生きてることは確かです。お兄ちゃんは、パパが他界したとき、生きてる間に親父を越えれなかった悔しさで泣いてました。私はただただ、大好きなパパが亡くなったことで泣きました。兄妹、それぞれの思いがあって、いまだにそれぞれが目標を持って頑張ってます。そして、二人ともまだまだやけど、気を長くして見守っていてください。1年経って、やっと元気なときの顔も浮かぶようになってきました。あんまり笑う人じゃなかったから、満面の笑みとか見るのは稀やったけど、笑顔の遺影は毎日いってらっしゃいとお帰りを言ってくれてるような気がします。これからも、思い出しては悲しくなり、会いたくなっては泣きという日々も過ごすとおもいます。そんなときは、いつも見てるよ。と呟いてください。きっと、また笑顔で頑張ります。敬具。
December 9, 2005
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とうとう明日となった父の命日。今日はさすがに頭が真っ白で何も浮かばない。昨日のブログは、泣きながら書いてしまったから、今日は脱力感なのかも。さすがに明日休むとあって、今日は仕事忙しかった。「明日、ボスの面倒だれがみるん?」て聞かれて・・・あ・・・・すいません。でも、よろしくといって、帰ってきてしまった。ボスには、「何かあったら連絡してください。」と伝えたけど、意地でもしないと言っていた。気を使ってくれてるのかな。今日は、友達から、お供えやメールがいくつか届いた。ほんまに、恵まれてると思う。お葬式の日に、「お父様が亡くなったことも悲しいけど、それ以上に、あんたがどれだけ辛いかを考えると辛い。」と言った先輩。こんなにも人に想ってもらえるなんて、有難いと思う。こうして、人の温かさや優しさにふれられるのも、父の死を通してだと思うと、亡くなってからも、父からもらったものは大きいと感謝する。今日は、母が出張でいない。明日は朝から、お供えのご飯をつくり、お花とお線香をもって、父のお墓に行こう。晴れますように。。。
December 8, 2005
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もうすぐ、1年になるね・・って友達からメールがきた。父の命日のことだ。とりあえず、今日、ボスに「会社休んでいいですか?」と聞いた。ホームリーブ前だしちょっと最近忙しいのもあって、一瞬うーんって顔しながら、「良いよ。どこか行くの?」父の命日だから・・。ああ、ごめんごめん。そうだったね。ゆっくりしたら良いよと優しい言葉をかけてくれた。何をしようと思ってるわけでもない。ただ、お墓に行きたくて。とにかくゆっくりと父に話かける時間が欲しいから休むことにしただけなんだけど、なんだかやっと言えてほっとした。友達、1年前のことを回想してくれていた。ちょうど一年前、父があともって10日と言われた。病院に連れて行く車の中で、バックミラーをみると、口から朝飲んだイレッサ(抗がん剤の薬)を逆流させている父がいた。「パパ?」本人は気がついてないみたいだった。何も言わずに病院まで急いで、病院で車椅子に乗せた。待合室で待ってられないから、診察室の横のベッドで寝かしてもらった。先生が様子を見に来た。「今日からまた入院しましょうか。」その言葉に、父は、もうほとんど呂律のまわっていない状態で、「みんな会いに来てくれるから家にいとかないとだめなんです。帰ります。」と懇願した。・・・みんな・・・・誰なんやろう。「娘さん、ちょっといいかな。お父さん、娘さんにレントゲンの説明するからかりるね。」と先生は父に断って、私を隣の部屋に呼んだ。「よく聞いてね。お父さん、あともって10日やわ。でももしかしたら、2日後かもしれない。もう全身に癌まわってるし、あれは最後の症状やから。でも帰りたいみたいやけど、どうする?」「父が望んでるので連れて帰ります。」「看れるか?」「家にいたら調子いいんです。必ず看ます。」「じゃあ、2日だけ帰してあげよう。2日後に連れてきてね。」どうにもできない現実だった。横の部屋で寝ている父に泣いてる声を聞かすわけにいかない。部屋を飛び出て、トイレに行って、しゃくりあげて泣いた。一人ぼっちで聞かされた父の最後通告はあまりにも唐突すぎて、自分をコントロールできなかった。泣き顔を父に見せるわけにいかない。何度も泣き止もうとするけど、そんな時ほど、涙は止まらない。私には、父を家に無事に帰す任務がある。母が待ってる。そう思ったら、なんとか気丈に振舞うことができた。「パパ、帰っていいって!今日の検査の結果が2日後にでるんだけど、もうちょっと大きな検査をするから、入院セット持ってきてだって。」そう言って、笑ってみせた。「大きい検査って何?」「この間の手術の経過をもうちょっと看るみたいよ。良かったね。前の手術成功して。」父が気分良くなるなら、嘘だってつける。勘の良い父は気がついたかもしれない。でも、何も言わずに、「そうか。」とだけ言って、また車椅子に乗った。家へ帰る車内。高速から見える山はまだ紅葉が残っていた。「まだ、綺麗に紅葉してるね。春になったら桜また見ながら走ろうね。」疲れているみたいで、返事はなかった。溢れてくる涙だけは見られないように声だけは明るくしていた。家について、父を支えるために荷物を置こうとして、父から手を離した瞬間だった。筋肉が弱っていた父が後ろ向きに倒れた。「パパ!!ごめん。ごめんね。」何度も謝りながら、もう涙が止まらなかった。手に力が入らなくて、起こそうとするけど、できない。近所のおばちゃんが、走って出てきてくれて、一緒に家まで運んでくれた。「こんな時は、近所を使いなさい!!」おばちゃんも泣きながら言ってくれた。誰かに救ってほしかったから、本当に有難いと思った。父を寝かして、兄、義姉への電話。(母へは病院からかけた。)父が気づかないように、別の部屋でひっそりとかけた。電話の向こうの兄は、声が震えていた。でも、電話をかけているうちに、父は年を越せるような気がしていた。なぜだかわからない。でも、余命3ヶ月と言われた父が1年生きている。年明けには、また孫が生まれる。きっと奇跡はまた起きると信じていた。鶴。。。千羽鶴。実は数日前から、父に千羽鶴を折っていた。でも、一日頑張っても100羽も折れなかった。そのときまだ200羽もできてなかった。もしかしたら、完成したら祈りが通じるかもしれない。フットサルメンバーに、鶴を折ってください、とメーリングリストで流した。なぜなのかわからない。でも、励まし続けてきてくれた友達に救ってもらうしか方法が見つからなかった。義姉も3歳にならない姪も鶴を折った。姪は、1枚1枚に、「じいじ、よくなれ。」と言いながら鶴になっていない鶴をたくさん作った。次の日。母は休みをとった。明日から入院したらこの家で過ごすのは最後かもしれない。私はそのとき、父の様子を見ながら、気分転換に来てくれたらいいよという計らいをしてくれた前職に仕事に行った。仕事に行きたいわけではなかった。父と母が建てた家に、せめて数時間は二人だけでいさせてあげようと思った。二人きりでいろんな話をしたいだろうと思った。私は、会社を辞めて父を独占させてもらったから、母に返してあげたかった。父と母は二人でゆっくりと過ごしたらしい。私が帰ると、父も母も穏やかな表情で過ごしていた。結局、2日後に病院に戻った父は、先生に、「よくここまでもったわ。」と言って笑った。限界だったんだと思った。鶴はまだ完成してなかった。病室でも鶴を折りながら、父にいろいろと話かけた。気がつくと、面会時間をとっくに過ぎていた。「もう遅いから、二人とも帰っていいよ。また、明日待ってる。」「じゃあ、パパ、おやすみ!明日ね。」これが、最期の会話だった。12時過ぎだった。病院から、「意識がなくなっていってるので、すぐに来てください。」と電話があった。3時間前にまた明日ねって会話したのに。病院についたら、父は目をかすかにあけていた。母と片手ずつ手を握り、呼びかけた。話しかけた。何も返事がなかった。2時間ずっと語りかけ続けた。お兄ちゃんが来るまで、パパ待って。と言い続けた。母が最後に言った。「パパ、よく頑張ったね。明日起こしてあげるから、寝ていいよ。」ずっと連れ添ってきた母にしか言えない言葉だった。すう・・・と静かに息を引き取った。お葬式の日、千羽鶴は、1000羽を超えていた。友達だけでも1000羽折ってくれていた。その中でも、700羽を家族で折ってくれた友達が今日、メールをくれた友達だ。友達は、今、「介護する人を助けるために、介護が必要になる前に人を助けたい。」とトレーナーの資格を取りに行っている。私を見ていてそう思ったのも理由の一つと、今日教えてくれた。こんなに救われることはない。私が人のために、何かを今できているかというと、できていないと思う。でも、人が前に進むきかっけを作ったのだとしたら、それも幸せだと思った。
December 7, 2005
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今日、ボスの部屋へ行くと、一人でぶつぶつとPCに向かってお話していた。見ると、スカイプ中。1年ほど前に従兄弟にこれお勧めと紹介されたんだけど、非常に古いWIN98を使っていたので、これ以上、負担は無理・・と思いダウンロードしていなかった。半年前にボスが赴任してきて、「安く国際電話かけたいんだけど。」というので、スカイプを紹介。実は私、あんまり良くわからないんだけど、世界中どこでもスカイプをお互いダウンロードしていたらタダだよーと言ったら、すぐに友人、家族みんなでダウンロードしたらしい。それ以来、「国際電話代がいらない。」と喜んでいる。もし相手がダウンロードしていなかったとしても、スカイプ経由なら、加盟国なら1分1.7ユーロセント。(2セントぐらい。携帯電話は割高になる。)どうせ音声あんまり良くないんだろうな・・・と思っていたら大間違い。今日、ボスがオープンで話をしてくれて、その声のクリアなこと。いまさらながら、かなり感動。出張中やホームリーブ中に連絡とれるようにダウンロードしたら?と勧められて、先ほど早速加入完了!(もともとは、私が紹介したんだけど・・)・・・気がついた。マイクがなくて、何も話せない。・・・友達でスカイプしてる人がいないから、何もできない。というわけで、マイクをスカイプのオンラインショップにリンクしているアマゾンから購入完了。明後日には届くかな。楽しみ。マイクは一番安いので1990円。これで十分ってボスが言ってた。早速、数人勧誘してみた。マイク届いたら試してみよう。これ、会議もできるし、カメラ買ったら、ビデオ会議もできるらしい。カメラ、7000円ぐらいで売ってたけど、さすがにいらないかな。世の中本当に便利になったわ。私が働きだした頃は、海外とのやりとりはFAXだったのに。ちょっとまた、楽しみが増えた。スカイプのダウンロードはこちら! http://www.skype.com/intl/ja/index.html
December 6, 2005
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今日、会社のカフェテリアを出て、自分のオフィスビルに戻ろうとしたら、「たぬき」がいた。嬉しくなって、一人で近づいて写メールとってあとで見たら、誰も、たぬきとわかってくれなかった。・・・小さすぎ。どうやら、駐車場にも出没するらしい。山にえさがなくなってきて下りてきたのかな?長さ50センチぐらい。一生懸命日向を探して、毛づくろいをしていた。めちゃくちゃ可愛くて、癒された瞬間だった。明日もいるかな?登録しているソーシャルコミュニティーサイトMIXIの仲間のMILD11からバトンまわってきた。MIXIで日記書いてないと、こういうとき不便だけど、ブログとMIXI日記を両立する自信はない・・・。そんなわけで、こんなところに回答すいません。1、『今リアルに1番欲しいものは?』 永遠の安らぎかしら。。。リアルでなかったら、もうちょっと見た目可愛いドラえもん。2、『5年後の自分の未来予想図は?』 起業して、波に乗っているところを・・・ひたすら妄想してる。3、『最近気になるもの(事)は?』 なぜ、『日本』という漢字は、日本人が読んだら、「にほん」なのに、海外では、「にっぽん」というのか。と今朝、ボスに質問されて以来、ずっと気になっている。そして、なぜ、「日=SUN」と「本=BOOK」なのかまで聞かれて、脳みそがおかしくなった。4、『移住するとしたらどこ?』 やっぱり、カナダかな。友達と家族とみんなで行く。5、『クリスマスの予定は?』 韓国に行くと言ってるけど、まだ未定。6、『生まれ変わるなら何になる?』 卑弥呼。前世占いをしたら、卑弥呼ってでたから、逆になり返してやる。7、『年末の予定は?』 この間サプライズパーティーをしてくれた1月1日生まれの友達へのお返しに、紅白を見たあとに電話しておめでとうと言い、それだけかい!とある種のサプライズ返しをする。8、『誰もいない道端に千円札が落ちてたら?』 拾いそうになって、「お前はそんなせこい奴なのか?」と自問自答し、自分と勝負する。9、『シアワセーと思う瞬間はいつ?』 マッサージされているとき。というか、アロマオイルマッサージに早く行きたい!!10、『次のバトンを渡す人』 うーーーーーん。。。。。桃太郎。(MIXI)・・ということなので、桃太郎さん、下記よろしくね。☆18世代目進化ジェイソンバトン☆ 1『今リアルに1番欲しいものは?』 2『5年後の配偶者の未来予想図は?』 3『移住するとしたらどこ?』 4『最期の晩餐。何食べる?』5『今年のサンタのプレゼントは?』 6『生まれ変わるなら何になる?』 7『有名人になれるとしたら何になる?』 8『誰もいない道端に千円札が落ちてたら?』 9『シアワセーと思う瞬間はいつ?』 10『次のバトンを渡す人』 【注意事項】 気に入らない質問を3個削除して新しい質問を3個加えてください♪ バトン受け取ったかたは○世代目をカウントアップしてね♪ 適当によろしく☆
December 5, 2005
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朝起きたら、雨まじりの雪というか、雪まじりな雨だった。(雪の方が少ない。)初雪。どおりで寒いはず。(大阪市内はもちろん、こんなわけないだろうけど、うちは寒い。)とうとう、eo光の工事完了。前回11月12日の宅内調査から2ヵ月後と言われていたけど、やっぱり早かった。年内できたらいいなーなんて思っていたのに、1ヶ月もかからなかったなんて、さすが!!とちょっと感動。お昼12時半頃(11時に予約だったけど、結構うちの地区は工事が混んでるみたいで(同じブロックの人と並行しての作業だった。)からはじまり、完了したのが、2時頃。壁に穴あけて柱伝いに線を沿わせてと、思っていたより全然目立たない。ありがとうございました(寒い中。)とお礼を言ってからふと気がついた。「これが、回線終端装置です。今日からもうパソコンに接続できますよ!」と自信満々にいう作業の人。コンセントが入っているだけで、何もつながってない。・・・あの、電話はどうなるんですか?「10日ぐらいしたら、電話用のアダプタがくるので、アダプタと電話とこの装置とをつないでください。」じゃあ、パソコンはどうするんですか?「このLANケーブル(付属の1メートルのやつ)で直接装置とつないでもらって設定したら使えますよ。」あのー、この線をつなぐんですよね?と、2階から引っ張っている線(今のADSLのモデムは2階にある。)を見せた。「それは、電話線です。というか、2階にパソコンあるんですか?なら、普通、この装置は2階ですよ。このLANケーブルは短いので、お客さんの方で長いものを買ってきて、パソコンとつないでください。」!!!!!ということはよ。電話線がこんなに長いのがあるのなら、2階に設置して、アダプターとこの線で電話をつなげば手っ取り早かったってことよね。電話のケーブルのほうが、2階から引っ張っても細いから邪魔にならないじゃん!ということに、『作業終了後』に気がついた。トキスデニオソシ。調査してくれたお兄さん・・・あんなにやってもらって感謝してたのに・・・。多分、二人の会話はかみ合ってなかったはず。私の完全な勉強不足だわ。全く光ネットというものがどういうものか根本的な理解を間違えていたらしい。(後で、一生懸命パンフレットを読んだ。理解した。おそ!)「あの・・・来週にでも設置しなおしましょうか?」という作業員の人。こんなに手間かけてもらって申し訳ないので(壁も穴あいてるし・・)、自分でなんとかしますわ・・。と言って、とりあえずお礼を言って帰ってもらった。(だって、無知な私が悪い。)まあ、要は、LANケーブルを買ったらいいのね。ということで、近くのJOSHINに車を走らせ、15メートルのLANケーブルを買ってきた。うーん、かなり不細工。友達に電話して、「今度壁に穴あけるドリル貸して。」とお願い。こうなったら自力で線を目立たなくしてやる。で、気を取り直して、設定。マニュアルがあるからかなり簡単にできた。LANケーブルを引っ張る作業(今は床をにょろにょろと這っている。)を含めて1時間もかからなかった。以前使っていたプロバイダーのメールの転送もOK。無料ユーザーに切り替えたから多分来月から請求来ないはず・・。今は、多分早くなったであろう光ネットからの接続中。うーん、快適かも。快適に違いない。多分。。。結局、あの装置は別に1階で良かったのかも。母がノートPCを買って、ルーターでも買ったら1階でも使えるしと一生懸命自分に言い聞かせながら、今日から旅行に行った母が明日帰ってきて、このうにゃうにゃした線を見たらぶちぎれそうなので、なんとかしよう・・・・。どうやら、私は失敗して学ぶタイプなのね。
December 4, 2005
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今日、父の一周忌と納骨が無事終了した。さすがに、今日は一日泣いて過ごすのかなと思っていたら、朝から予想通りバタバタしていた。上の姪に、「今日は、じいじのお墓に行くからね。」というと、「じいじ、帰ってくるの?」。そっか。。。この子、じいじ亡くなったんわかってないんやわ。。。まだ、入院してると思ってるかも。やっぱり子供に死は理解できなかったんやね、と今日判明した。お経が始まって、「ああ、、、1年か・・・・」としんみりしそうになったときに、やっとつかみ立ちができるようになった下の姪が、、、、突然、木魚に合わせて、おしりを振って踊りだした。不謹慎にも、笑ってしまった。「パパごめん。。。集中できないかも。」案の定、ご機嫌で愛想を振りまいてくる姪に気を取られていた。法要だけに、お経は長い。4歳になる上の姪が小声で、「ねえ、ジュース頂戴。」。「ちょっと待ってね。じいじのお経終わるから、良い子にしててね。」お焼香が始まった。。。姉が顔を真っ赤にしながら戻ってきた。「・・・間違えて灰に手を入れてしまった!!」なんで間違うねん!!多分、じいじ、「お前達は、本当に!!」って笑ってんちがうかなあ。。。なんて思いながら、結局、しんみりとすることもなく終了。まあ・・・私達らしいね。。。(無論、母や叔母たちは泣いていたけど。)納骨。さすがにお墓にお骨が入ったときは、父もとうとうお墓にいくんやな・・と思って涙が溢れてきた。ただ、私に抱かれて眠っていた姪が、途中で起きて、笑顔でにこっと笑ったときには、悲しいというよりも、やっとじいじもおうちに入れたという安堵感へと変っていたような気がする。父の幼馴染が、「良い所にお墓選んだね。喜んでるよ。目の前に紅葉が広がって景色もいいし、あいつは幸せ者やな。」と言ってくれたときに、ほっとしたようなそんな気持ちと、最後の親孝行ができたという気持ちで、また、涙が流れていた。実際、お墓はとことんこだわった。父が他界する数週間前、父が私と二人でいるときに、「田舎の墓でいいよ。」と言った。「誰が一番に入るかなんてまだまだわからないけど、私やったら近くがいいわ!!パパもママも近くが良くない?」と、父がまだまだ生きることを前提に返してみた。「そりゃ、近くがいいけど。わざわざお父さんのためにお金使わなくていい。」これだけで、十分、父の気持ちと家族みんなの思いは一致していた。とにかく、父には、会いたくなったら行ける所にいてほしかった。父が他界してから、最後に父のためにできることが、私と父の二人だけの会話だった墓の建立だった。とにかく、父ならどうしただろう?と考えながら、墓石、場所を選び、建てた。だから今日、父の幼馴染の言った一言、そして、母が、「娘が走り回ってくれたおかげなんです。」と言ってくれたとき、全てが無事に終わったとほっとしたのと、いろんな父への思いがこみ上げてきて、なんだか涙が止まらなかった。先ほど、お食事会も終了し、その後我が家でゆっくりしていた人達もみんな帰っていった。急に静かな波が押し寄せてくる。父の仏壇に手を合わせながら、無事終了したねと話かけた。御線香の煙がおだやかにあがっていた。来週は、命日。本当の一年という区切りがくる。当日は穏やかに父を偲ぼう。
December 3, 2005
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とうとう、父の納骨。急いで仕事から帰ってきて、仏壇に手を合わせて、「今日でここにいるの最後やね。ゆっくりしてね。」と言った。せめて、1周忌までは、そばに・・という母の願いも叶った。明日、納骨と1周忌の法要を一緒にする。なんだか、不思議な気分。お通夜を思い出す。悲しいんだけど、ものすごくバタバタしてた。今、親戚、兄家族、と合流してなんだかバタバタしている。お数珠は?礼服は?という声と、その横で、キャーキャー騒ぐ姪達の声。明日は朝からきっと明日合流する親戚や知人でまた賑やかなような切ないようなそんな空気になるんだろうな。お通夜の時、あれ?いない・・と探したら、祭壇のある部屋へ行き、ずっと父の棺の窓をあけ、一生懸命、「じいじ、ここね、寒いね。」と一人で話かけていた姪が、もうすぐ4才になる。当時、3歳を前にした姪にとって、じいじの死は理解できているようなできていないようなそんな感じだった。じいじが大好きだった姪は、他界する3日前に最後にじいじと遊んだ。「ごめんな、じいじ、こんな身体やから遊んであげれないな。」という父に、姪は、「じゃあ、じいじの横にいてるね。」と、普段は大はしゃぎして遊ぶ子が、ずっと横に三角座りをしてじいじを見ていた。時折、お手洗いに行くために起きる父と、父の身体を支える母の後ろで、一緒にじいじを支えて後ろを歩いていた。入院しているとき、幼すぎて病院内に入れない姪は、駐車場から、「じいじ!」とじいじの部屋に向かって手をふっていた。何度も何度も。じいじも一生懸命、手を振り返す。多分、じいじが宣告された余命よりも、長く生きれたのは、きっと姪のおかげでもあると今でも感謝している。次にじいじを見たのが、じいじが仏さんになって、布団に寝かされているとき。ぱっとじいじの顔を見て、すごい勢いで泣く姪をみて、わかったのかな・・と思った。大好きなじいじを亡くした姪の姿は、こんな小さな子に与えられる試練てむごいと、見ていて辛かった。でも、それ以上に泣きじゃくる私を見て、姪は、お菓子をくれ、精一杯の作り笑顔で頭をなでてくれた。まだ、姪の中にじいじの思い出はあるみたい。時折、じいじの仏壇に行っては、新しい幼稚園の服などを見せて、「じいじ、見て。幼稚園行くの」と言っている。この子からずっとじいじの思い出が消えずにいたらいいのに・・・と思ってしまう。じいじが会えなかった、下の子も10ヶ月になる。(でも、見てるかな。じいじ。)子供の成長を見て、時間がたつのは早いなと感じる。とうとう、一周忌か。。。。明日は、この1年、父が亡くなってからどうやって来たかをじっくり父に語ろう。
December 2, 2005
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友人の誕生日に(誕生日だらけね。笑。)アロマライトとアロマオイルをセットにして贈った。アロマランプが流行ったころに、消し忘れて火事なったらいややな・・って思って躊躇してたんだけど、ライトを見た瞬間「これだ!!」。ライトの器が暖かくなるとすごく部屋中アロマの香りで満たされる。お洒落なライトがたくさんでてるから、かなり目移りするけど、今回は、友人の部屋に合わせてシンプルなものを贈った。(白の陶器。)喜んでくれてるところをみると、あたりだったかしら。。。最近、癒されたいのかな・・・。どうも、香り系に惹かれるみたい。自分で買うのは、うーんって悩むけど、贈られて嬉しいものってやっぱり喜ばれるみたい。選んでよかった。友達~、お誕生日おめでとう!!
December 1, 2005
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