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「人間」
という曲が聴けます。
「今日1日だけ生きてみよう」
(卯月タラ著)を読みました。
いいと思ったところを引用してみますね。
「自分自身にボーダーラインというパーソナリティ障害を抱え、
子ども二人が不登校になったとき、私の周囲にはあまり人が
寄り付かないようになりました。
夫の死があって、それは決定的と言っていいものになっていきました。・・・」
という卯月タラさんです。
「強く育てないと社会に出てやっていかれないよ、
と先日ある人から言われました。
その人の言う「強さ」とは、「社会」とは何でしょうか。
そしてその人を含む「社会」のやさしさ
(あるいは「やさしくなさ」)が問われないのはなぜでしょう。
こわれやすい心を持つ人たち
(タラは決して、傷つきやすい人の方がそうでない人よりも
人間的に質が高いとか価値が上だとは思っていません、念のため)
に、多くの「真史くん」にタラは今、何もしてあげられない。
ただ、「ひとりじゃないよ」ってことは伝えたいと思ってる。
タラは、行き場がなくて学校の屋上に毎日かよっていた頃、
もう八方ふさがりで絶望の淵にたったひとりで立ちすくんでいた。
屋上の手すりに体をあずけ、毎日空を眺め、地面を見つめていた。
そんなある日、ふと、「今この瞬間、ここでは私はひとりぼっちだけど、
世界のどこかで同じようにこうして死に向かい合ってる人がいるかもしれない」
と思ったのです。
その人たちと手をつなぐことはできないだろうか?
―そうかんがえることが、タラを「書く」ことへ向かわせた。
その後、タラはたくさんの文章を書くことになるのです。
(今もこうして書いてる・・・)
もちろん、それでも「絶望」は容赦なくやってくるけど。
話がそれましたねー。
そう、「ひとりじゃないよ。」限りなくひとりぼっちと思ってる人も、
不安に圧倒されて立ちすくんでる人も、今、この瞬間、
同じ思いにすくんでる人がいるって、どこかで忘れないでいて。
きっと魂は呼び合うことができる。仲間はいるよ。
今は目に見えなくても仲間はきっといるよ。そして出会える。
そのままのあなたでいい。あなたはひとりぼっちじゃない。
そして、この今が、永遠に続くわけじゃない。」
卯月タラさんは、親の精神的虐待によるACなのでしょうか。
痛いほど伝わってきて、涙が出そうになりました。
私はここまでひどくはないけど、共感してしまいます。
「憎しみというよりは恨み、かもしれません。
「あなたたちは鬼だ(った)!どうしてくれる!」というより、
私の中にあるのはいつも、「こうして欲しかったのに」
「わかってほしいのに」という切なる願いでした。
私は大切にされたかった。叱咤ではなく、温かい抱擁が欲しかった。
それを言えずに育ってしまいました。
今更それをどうこうしてほしいとは思いません。
恨みもあったけれど、今は両親も姉も、
私に対して温かく接してくれている。
大切にしようと努めてくれている。・・・
・・・
でも、と私は思う、
やはり幼かった頃に傷ついた自分を、
ここにきちんと記しておきたい。
そうしなければ、いつまでも私は前に進めないのだろう、と。」
私も母に自分の気持ちを少しづつ言ってみようかしら。
大切にして欲しかったとあの人に伝えたいただそれだけなのに