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今日が今年最後の仕事。手帳には、それ以降の予定はない。つまり、今日の仕事が終わると、世間でいう正月休みとなる。いいな、と思われるかもしれない。そんなことはない。顧客とのコンタクトがなくなるだけで、私にはやるべきことがたくさんある。
◎佐藤敏幸さんとともに(1)
12月20日朝、電話が鳴った。私が出た。親友・佐藤敏幸さんの奥さんだった。その瞬間、崩れ落ちそうになった。声を聴いた瞬間に、すべてを察した。目の前の世界が消えた。
敏幸さんとは大学4年間、寝食をともにした。私たちは釧路湿原で有名な標茶(しべちゃ)で、高校時代をすごした。私のほうが1年先輩で、当時は敏幸さんの存在を知らなかった。私が1年間浪人をした関係で、北海寮では同期生になった。
震える手で、葬儀の日程を聞きメモを取った。敏幸さんは透析を受けていた。ずっと心配していた。それが現実になってしまった。できれば、葬儀には行きたくなかった。敏幸さんの死顔を見たくなかった。
ふるさとが同じだったので、北海寮ではいちばん親しいともだちになった。1袋のインスタントラーメンを、分け合って食べた。新宿や渋谷へもいっしょに行った。まばゆい電飾のなかで、敏幸さんはいつも水先案内人だった。
12月23日がお通夜。その間、仕事が入っている。仕事はきちんとこなさなければならない。自らを戒め、笑顔でやりぬいた。
心の空洞を酒で埋めた。親友の死。アルコールは、気分を高揚させてくれるものだと思っていた。違った。グラスを口に運ぶたびに、思い出が脳裏をかすめた。