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■伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』(創元推理文庫)

◎現在と2年前の出し入れ
『アヒルと鴨のコインロッカー』(創元推理文庫)を高く評価します。緻密なストーリ展開、味のある会話、ユーモアという香辛料、仙台という魅力的な舞台。どれもこれも一級品でした。もっと早くに読んでおけばよかったと後悔したほどです。
『アヒルと鴨のコインロッカー』を読んでいて、村上春樹を重ねてしまいました。ディテールを描く巧みさは、村上春樹よりも上かもしれません。後日「北上次郎×大森望『読むのが怖い!』(ロッキング・オン)を読んでいると、『アヒルと鴨のコインロッカー』についてこんなやりとりがありました。追記しておきます。
北上:つかみがすごくうまいんだよね。広辞苑を盗みに書店に入る話っていうだけで、「何それ?」って思うじゃない。
大森:まあそこは村上春樹の『パン屋再襲撃』(文春文庫)が下敷きだと思いますけど。
さらに私の脳裏を、ちらついた作品があります。カミュ『異邦人』(新潮文庫)です。脇役の個性がそっくりなのです。
【『異邦人』の脇役】
・老犬を散歩に連れ出す老人・サラマノ
・女を食い物にしていると噂されるレイモン
老人は引きこもりの外国人と重なりますし、レイモンは河崎と似ています。
伊坂幸太郎は、『あるキング』(徳間文庫)のエピソードをつぎのように語っています。
――「早く出てくればいい」というセリフは、書いた時にはほとんど忘れていたけれど、今思うと、打海文三さんの『ぼくが愛したゴウスト』(補:中公文庫)の影響があるのかもしれません」
(木村俊介『物語論』講談社現代新書のインタビュー記事P248より)
打海文三のこの作品が伊坂作品に、どのような影響をおよぼしているのかの、検証はまだおこなっていません。おそらく短い会話に、共通点があるのかもしれません。
本書は「カットバック」といわれている形式で書かれています。カットバックとは、2つの場面を交互に挿入して、劇的効果を高める映画の技術のことです。評論家も誤用することがありますが、「フラッシュバック」とは違います。「フラッシュバック」は映画で物語の進行中に、過去のできごとを挿入する技術のことです。
文学用語としては、カットバックはあまりなじまないかもしれません。
伊坂幸太郎はみごとに「現在」と「過去」を書き分けていました。独立したものとして、2つを書くのは簡単なことです。それらをいかにつなげるかが、作家としての手腕なのです。
間違えないように読んでいただきたいと思います。私も少し混乱しましたので、読書メモからポイントをおさえておきます。
僕(椎名):関東から仙台へ引っ越してきたばかりの大学生
河崎:僕のアパートの住人(103号室)。
引きこもりの外国人:アパートの住人(101号室)。
私(琴美):ペットショップでアルバイト。
ドルジ:ブータンからの留学生。琴美と同棲。
麗子:ペットショップの店長。
主な登場人物は、これだけです。乗船準備はできましたか。いざ過去と現在の荒波のなかへ、出航です。
◎味わい深い文章
『アヒルと鴨のコインロッカー』は、ストーリーを紹介してしまうと興ざめになります。したがってポイントだけのつまみぐいでお茶を濁すことにします。
読者はプロローグでぐいぐい作品のなかへと引きこまれることになります。3箇所ほど書き抜いてみます。
――「僕はモデルガンを握って、書店を見張っていた」(本文P7)
――「椎名のやることは難しくないんだ」河崎はそう言っていた(本文P8)
――当の河崎はすでに、閉店直前の書店に飛び込んで、「広辞苑」を奪いに行った(本文P9)
『アヒルと鴨のコインロッカー』の映画(監督:中村義洋)は、2008年1月に公開されました。その案内パンフレットにはこんな文章がならんでいました。
――「人生を変えるほどの切なさが、ここにある」
――「誰かが来るのを待ってたんだ。ディランを歌う男だとは思わなかった」
――仙台に越してきたその日に、ボブ・ディランの「風に吹かれて」を口ずさみながら、片付けをしていた椎名は、隣人の河崎に声をかけられた。/「一緒に本屋を襲わないか」/同じアバートに住む引きこもりの留学生・ドルジに、一冊の広辞苑を贈りたい、という。(映画パンフレットからの引用)
「伊坂幸太郎WORLD&LOVE!」(洋泉社MOOK)は、伊坂幸太郎の世界を網羅した、ファン必見の1冊です。そのなかからいくつかを書き抜いておきます。
――心に残るセリフ:(補:悪戯電話があった琴美だが河崎に気を遣わせないようにいう言葉)「楽しく生きるには、二つのことだけ守ればいいんだから。車のクラクションを鳴らさないことと、細かいことを気にしないこと、それだけ」(本文P258)
――(補:ブータン人は自分のためでなく他人のために祈るのか? という琴美の質問に対する川崎の答え)「世の中の動物や人間が幸せになれればいいと思うのは当然だろう。生まれ変わりの長い人生の中で、たまたま出会ったんだ。少しの間くらいは仲良くやろうじゃないか」(本文P350)
つまみぐいだけで、おなか一杯になったかと思います。伊坂幸太郎の文章には、シンプルゆえの味わいがあります。私はその後、『SOSの猿』(中公文庫)『死神の精度』(文春文庫)なども読みましたが、『アヒルと鴨のコインロッカー』を1著者1作品の推薦作であることは揺るぎませんでした。
(山本藤光:2009.08.05初稿、2014.08.30改稿)
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