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2015年02月02日
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ヴェネツィアのフェニーチェ劇場からオペラアリアが聴こえた夜に亡き父を思い出す表題作、フランスに留学した時に同室だったドイツ人の友人と30年ぶりに再会する「カティアが歩いた道」。人生の途上に現われて、また消えていった人々と織りなした様々なエピソードを美しい名文で綴る、どこか懐かしい物語12篇。(「BOOK」データベースより)

■須賀敦子『ヴェネツィアの宿』(文春文庫)
すが須賀敦子:ヴェネツィアの宿.jpg

◎美しい旋律のような文章



 須賀敦子はその会社の広報誌に、エッセイを連載していました。
彼女が56歳(1985年)のときからです。エッセイの連載は多くの読者に評価され、須賀敦子が61歳のときに第1作品集『ミラノ 霧の風景』(白水Uブックス)が刊行されました。現在は『須賀敦子全集』(全8巻、河出文庫)が出ています。「ミラノ霧の風景」は「コルシア書店の仲間たち」とともに第1巻に所収されています。

 須賀敦子は69歳で亡くなっています。『KAWADE夢ムック・追悼特集・須賀敦子』に、よしもとばなな(表記は吉本ばなな)が追悼文「美しい旋律」をよせています。

――豊かで、力強く、品があり、激しさを秘め、静かに深みをたたえている。そういう美しい旋律のような文章を書くことができる稀有な人でした。須賀さんがその経験や才能を惜しげもなく私たちにさらしてくれたことも、その文章が年齢も性別も様々な多くの人に受け入れられたことも、すばらしいことだと思います。ご冥福をお祈りします。

『KAWADE夢ムック・追悼特集・須賀敦子』のなかに、アントニオ・ダブッキの追悼文「深い絆」があります。ダブッキ作品は好きで、『インド夜想曲』『逆さまゲーム』『遠い水平線』(いずれも
白水Uブックス)などを読んでいました。それらの作品の翻訳者が須賀敦子だったことを、ダブッキの追悼文ではじめて知りました。

 私は迷いながら、『ヴェネツィアの宿』(文春文庫)を推薦作として選びました。『ヴェネツィアの宿』は3冊目のエッセイ集となります。本書には父親と母親が登場します。須賀敦子の原点を知るうえでは、いちばん大切な著作だと思っています。

「ミラノ霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」「ヴェネツィアの宿」「トリエステの坂道」「ユルスナールの靴」「遠い朝の本たち」「地図のない道」など、どの作品もすてきです。

◎誰もが去っていく

 イタリアへは行ったことがありません。しかし読みながら、なぜか懐かしさを感じました。『ヴェネツィアの宿』(文春文庫)には、表題作をふくめた12の著作が所収されています。1番目「ヴェネツィアの宿」と12番目「オリエント・エクスプレス」は、父親の話です。そして父親の話にはさまれるような形で、母親の思い出も描かれています。

 ヴェネツィアのホテルの一室で、体調を崩した須賀敦子はベッドで横になっています。隣接するフェニーチェ劇場からは、歌劇の音楽が聞こえてきます。彼女はかつて父親がこの地のホテルに滞在していたことに思いをめぐらせます。遠い日の記憶をたぐりよせながら、彼女は外の喧騒とは別の世界を彷徨します。

 フランスでの孤独な留学時代のことは、「大聖堂まで」に書かれています。美しく格調高い文章を引用させていただきます。

――すぐそこに、といっていい距離に、白くかがやくパリの大聖堂ノートル・ダムが、まだ昼間の青が残った夜空を背に、溢れるような照明の光をあびて、ぽっかり宙に浮かんでいた。それも、セーヌ河沿いの花やかな南面を惜しげなくこちらに向けて、後陣にちかいトランセプト(袖廊)の突出部分の中央に位置した薔薇窓の円のなかには、白い石の繊細な枠ぐみにふちどられた幾何もようの花びらが、凍てついた花火のように、暗黒のガラスの部分を抱いたまま、静かにきらめいている。宇宙にむかって咲きほこる、神秘の白い薔薇。(本文P135-136より)

 夫・ペッピーノのことは、追悼文として「アスフォデロの野をわたって」に書かれています。

――死に抗って、死の手から彼をひきはなそうとして疲れはてている私を残して、あの初夏の夜、もっと疲れはてた彼は、声もかけないでひとり行ってしまった。/がらんとしてしまったムジェッロ街の部屋で朝、目がさめて、白さばかりが目立つ壁をぼんやりと眺めていると、暮れ果てたベストゥムの野でどこかに行ってしまったペッピーノを、石につまずきながら捜し歩いている自分が見えるような気のすることがあった。(本文P266より)

 父と愛人のことは、最終章の「オリエント・エクスプレス」に描かれています。ここは引用を控えさせていただきます。夫の死、父の死とつづく最後の2作は、淡い色を基調とした渾身のエッセイです。最後に林真理子の文章で結ばせていただきます。

――須賀さんのエッセイに出てくる人たちは、誰もが去っていく。たまには再会する人もいるが、つかの間のことでまたどこかへ行く。ミラノの風景もヴェネツィアの夜も、みんな現し世の一瞬通りすぎるもので、須賀さんの心はいつか人々がすうっと消えていく一点を向いていたような気がして仕方がない。死を軸にすると、風景や人々はこのように美しく描かるのだろうか。(林真理子『林真理子の名作読本』文春文庫P150より)

 なんだか引用だらけになってしまいました。須賀敦子については、美しい文章にふれていただきたい、との思いからのものです。手抜きをしたかったわけではありません。念のため。
(山本藤光:2013.012.16初稿、2015.01.25改稿)





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最終更新日  2017年10月10日 11時27分43秒
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