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■黒井千次『時間 』(講談社文芸文庫)

◎磯田光一と秋山駿が解説
黒井千次は東大経済学部を卒業し、富士重工に勤めました。それから15年間、サラリーマンのかたわら小説を書いていました。黒井千次の筆名は29歳のときに結婚した、黒川千鶴さんから拝借したものです。
初期作品はどれもが、企業を描いたものです。私はそれらを単行本『時間』(河出書房新社1969年)と『走る家族』(河出書房新社1971年)で読みました。当時は、東大卒のインテリで、大会社のサラリーマンで、彼女の名前をペンネームにした作家の卵くらいの印象しかありませんでした。
私が社会人になって間もなく、『新鋭作家叢書』(全18巻、河出書房新社)が刊行されました。古井由吉、丸山健二、大庭みなこ、丸谷才一、李恢成、田久保英夫、小川国男、阿部昭などとならんで、黒井千次の作品集もはいっていました。近所の書店に予約注文しました。『新鋭作家叢書・黒井千次集』は、第3回の配本でした。
「赤い樹木」以外の収載作は、単行本で読んだものばかりでした。「赤い樹木」を読んだあとに、巻末の解説を開きました。なんと磯田光一の名前があったのです。私がもっとも信頼している文芸評論家は、磯田光一でした。磯田光一の解説を読んで、収載作を再読することにしました。
――現在、最も有力な新進作家と目されている黒井千次氏の作品の底にあるのは、端的にいえば〈現に存在しないもの〉への異様に屈折した飢渇の感情である。氏をサラリーマン作家と呼んでみたところで、氏の小説を解く鍵にはほとんどなりえない。現代社会の〈人間疎外〉という常套句さえ、黒井氏にとってはほとんど無縁といってよいのである。(『新鋭作家叢書・黒井千次集』磯田光一の解説より)
磯田光一の指摘する、「〈現に存在しないもの〉への異様に屈折した飢渇の感情」を確認するための再読でした。単に字面だけを追いかけていた読書が、さまがわりしました。黒井千次って奥深い作家なんだな、と認識を新たにしました。それ以来、ずっと黒井千次を読んでいますが、磯田光一の訓戒をうけて再読した『時間』が忘れられません。
紹介させていただく『時間』(講談社文芸文庫)の解説は、秋山駿が担当しています。秋山駿も、信頼している評論家のひとりです。
◎古びたレインコートの男
『時間』は、黒井千次のはじめての単行本です。本書が出版された翌年(1970年)に、彼は退職しています。『時間』(講談社文芸文庫)には表題作をふくめて、6つの短編が所収されています。表題作「時間」についてふれている野間宏の文章を紹介させていただきます。
磯田光一は『新鋭作家叢書・黒井千次集』の解説で、「『時間』は、少なくともその後半の部分については、野間宏氏の『暗い絵』を意識しながら書かれた小説である」と書いています。その野間宏の文章ですので、興味深いものでした。
――「時間」の中には黒井千次の混沌とよぶべきものが、とじこめられている。黒井千次はこの「時間」の中にある彼自身の混沌をさがし求めて長い時間をかけて、歩みつづけていたといってよいだろう。そして彼はついにそこに到着することが出来たのである。私にはそのことが、すぐに解った。(『新鋭作家叢書・黒井千次集』の月報「黒井千次について」野間宏より)
「時間」は黒井千次にとって到達点であり、新たな出発点ともなった記念碑的作品です。主人公の「彼」は、企業の商品企画部に勤務して十数年になります。「彼」は課長への昇進試験を目前にしています。
「彼」は大学時代寺島ゼミで学び、学生運動にも参加していました。メーデーのときにいっしょに参加した友人の三浦は逮捕され、
いまだに裁判で係争中です。「彼」には恋愛中に、いっしょに英語を勉強した妻とこどもがいます。
「時間」は寺島ゼミの、同窓会場面からはじまります。ここには現役の学生をふくめ、「彼」の同期生たちも参加しています。同期生たちは、ともに学生運動を闘った仲間でもあります。彼らは鍋を囲んで、過去を懐かしみ現在を語り合います。鍋は混とんの象徴として、すえられています。
後輩たちは自分のビジネスに役立てようと、せっせと先輩と名刺交換をしています。若い後輩たちには、引きずるような過去は存在していません。輝かしい未来があるだけです。
そして宴会の最後に、インターナショナルを歌わされることになります。「彼」は鬱屈した思い出で、みなにあわせて立ちあがります。
――その時、一人の男が、ふっと部屋から出ていくのを彼は見た。古びた浅黄色のレインコートをつけた痩せた後姿が廊下の明りの中に鋭く浮かび、すぐ襖の陰に見えなくなった。髪から足の先まで、全体に脂気の切れたその男の後ろ姿は、なぜか、一瞬、赤く焼けた鉄を肌に押しつける激しさで彼の中に跡を残していた。(本文P101より)
レインコートの男は、その後もたびたび彼の眼前をとおりすぎます。会社の同僚と談笑しているとき、課長昇進試験の受験資格をあたえられたとき……。
課長昇進試験を控えた「彼」は、社内調査レポートをまとめます。痛烈な営業部批判となりかねないレポートをみて、上司はグラフの修正を求めます。「彼」はそれを拒否します。課長昇進試験の面接で「彼」は、質問に反抗的な受け答えをします。結果は予想外の合格でしたが、レポートをめぐって営業部からの圧力が強まります。
そんな「彼」のもとに、三浦の最終陳述の裁判日時を告げる手紙がとどきます。三浦の時間は、あのときから15年間止まったままでした。「彼」は三浦とともにメーデーに参加していました。三浦は逮捕され、「彼」は現在を生きています。あのとき、自分が逮捕されていてもおかしくなかった、と「彼」は思います。
寺島ゼミという鍋のような混沌。学生運動を忘れ去った人群れと引きずりつづける三浦。組織のなかでうごめきまわる思惑。そして彼自身の日常という家庭。それらのものを黒井千次は、「時間」という概念のなかに、みごとな筆さばきで閉じ込めてみせました。そして「古いレインコートの男」が、作品の最後にあらわれるのです。
磯田光一と秋山駿と野間宏の導きで、私はしっかりと時間をかけて『時間』を読むことができました。感謝。
(山本藤光:2013.06.19初稿、2015.01.23改稿)
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