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■松下竜一『豆腐屋の四季』(講談社文芸文庫)

◎眼施(げんせ)の教え
いきなり引用でもうしわけありませんが、松下竜一『豆腐屋の四季』(講談社文芸文庫)の原点はここにあります。
――病弱で、やせっぽちで、非力で、臆病で、こんな自分がどうして世の役に立てようと、ひとり寂しい思いで殻にこもっていたある日、ぼくはその一語に出会いました。眼施――げんせ。仏教の経典にある無財の七施のひとつだそうです。(本文P123)
松下竜一は1937年、大分県の片田舎の豆腐屋の息子として生まれます。幼いころから病弱で、高熱のために片目を失明してしまいます。高校卒業後に最愛の母を失い、豆腐屋の手伝いをすることになりました。起床は2時。豆腐をつくり、カブで配達し、帰るとすぐに豆腐をつくり、配達し、夕方にも豆腐をつくり、また配達をします。
そんな松下竜一のなぐさめのひとつは、朝日新聞に短歌を投稿することでした。そして入選作として朝日歌壇に掲載されたのがつぎの歌でした。
――泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん
松下竜一は苛酷な仕事のなかで、もうひとつの楽しみを見出します。彼は豆腐の配達先の娘・洋子さんを見そめます。洋子さんは、11歳年下の中学生でした。2人は洋子さんが18歳になるのを待って結婚します。結婚式の引き出物として「相聞」という歌集が配布されました。「相聞」は、著者が洋子さんへの思いを歌ったもので、文庫の付録として収載されています。第1首を紹介します。
――ひたすらに泉湧くごと君恋えば我が命燃え歌生(あ)れやまず
私はいちど、『豆腐屋の四季』を講談社文庫で読んでいます。講談社文庫解説の岡部伊都子は、前記引用句を紹介しながら、つぎのように書いています。
――1篇ごとに清新な感動をうけ、多くの人々、とくに方向を見失って悩み、荒れる若者たちの心をみたす生きた内容であると、思いあふれるのを思えた。
そして岡部伊都子は、つぎの1首を選んでいます。
――稚ければその頬にも未だ触れず帰る我が唇に雪ながれ消ゆ
再読したのは、講談社文芸文庫のほうです。解説は小嵐九八郎が書いており、つぎの一句を選んでいます。
――柔らかな真白き豆腐を造る手に我がみどり児を抱く日も近むも
小嵐九八郎の解説は、松下竜一が体を壊して豆腐屋を廃業してからのことに、スポットを当てています。
◎途中から涙がとまらなくなった
松下竜一『豆腐屋の四季・ある青春の記録』(講談社文庫)との出会いを記しておきたいと思います。宮部みゆきや重松清を激賞していた私に、いつもは温和な友人が、強い口調で「読め」といいました。松下竜一は、はじめて聞く名前でした。「読め」と強要したのは大泉康雄です。著作には『あさま山荘籠城・無期懲役囚吉野雅邦ノート』(祥伝社文庫)などがあります。
大泉は硬派の読書家で、あさま山荘事件の吉野雅邦とは幼馴染でした。彼が薦めてくれた本は、極力読むようにしていました。酒が入ると記憶がよみがえるらしく、「読んだか」と激しく追及されます。追及をさけるために、読んでみることにしたのです。
ずっと探し求めていました。書店へ行くたびに文庫本の棚をあたるのですが、何ヶ月も発見できませんでした。あきらめかけていたとき、ひょっこりと松下竜一の背表紙が手招きしてくれました。
さっそく読みはじめました。途中から涙がとまらなくなりました。本書は松下竜一とその家族をめぐる、魂の記録です。著者は細々と豆腐屋を営みながら、独学で短歌の投稿をつづけています。最初に詠んだ歌が朝日歌壇の入選作となりました。
本書は著者が31歳のときに、自費出版されました。それが評判となって、翌年(1969年)講談社から出版されることになります。文庫化されたのは1983年で、私の手元にあるのは2000年10月の第12刷。息の長い作品なのです。
洋子への愛。動物や植物に示す愛。家族への愛。そして豆腐にかける愛。心が洗われ、それがピュアな涙となって流れ落ちました。
『豆腐屋の四季』には、貧窮歌と洋子への恋情歌が交錯しています。それが読者を切なくさせます。さらに母親への愛に満ち満ちています。冒頭に「眼施」のことに触れました。感動的な文章を引用させてもらいます。
――無学のうえ、信仰もなかった母が、眼施の教えをひとりでに会得していたのは、母自身このうえもなくやさしい心といつくしみの目を持っていたからでしょう。母はたぶん知っていたのです。やさしさに徹することでしか、ぼくは強くなれないのだと。でもほんとうにやさしくなることは、なんと至難なことでしょう。ぼくは今日も、つい些細なことで妻を怒ってしまいました。ぼくより小さく弱い妻を。(講談社文芸文庫P124)
松下竜一は豆腐屋を廃業してから、。「中津の自然を守る会」を結成し、火力発電所建設反対運動を起こします。つまり白(豆腐)から赤(火)へと人生の舵を切るのです。そのあたりについて、興味があればつぎの著作を読んでみてください。
1972年『風成の女たち・ある漁村の闘い』(現代教養文庫)
1975年『五分の虫一寸の魂』(現代教養文庫)
1977年『砦に拠る』(ちくま文庫、講談社文庫)
1978年『潮風の町』(講談社文庫)
私は松下竜一の著作のなかでは、迷うことなく白に軍配をあげます。最後に「無財の七施」について触れておきます。五木寛之『人間の覚悟』(新潮新書)のなかに説明が載っています。引用しておきます。
――仏教には「無財の七施」というものがあります。「和顔施(わげんぜ)」は笑顔でにっこり笑うこと。「眼施(がんせ)」というのはじっと相手を見つめ、言葉にならない声を受けとめようとすること。それから「言施(ごんせ)」は、言葉を尽くして相手を慰め、「大丈夫だよ」といって安心させること。日常的なことでも、老人に席を譲る「床座施(しょうざせ)」や、自分の体を使って人に奉仕する「身施(しんせ)」、他人を思いやる「心施(しんせ)」、寝場所を与える「房舎施(ぼうしゃせ)」と、お金がない人でも、だれかのためにできることはたくさんある。(本文P171)
引用文中の「眼施(がんせ)」を、松下竜一は「げんせ」と表記しています。また「言施」は、「愛語施」と書かれている著作もあります。
「無財の七施」をじっくりと学びたい方に、お薦めできる本は知りません。アマゾンで検索したら、東井義雄『喜びの種をまこう・誰でもできる無財の七施』(柏樹社)がありましたが、絶版であり3千円超の高額な本でした。念のため。
◎ちょっと寄り道
佐藤雅彦・編『教科書に載った小説』(ポプラ文庫)のなかに、松下竜一「絵本」が所収されています。何冊かの中学国語に取りあげられているようです。この作品は『潮風の町』(筑摩書房)の収載作ですが、絶版で入手しにくいものでした。
(山本藤光:2009.11.10初稿、2015.02.16改稿)
松村栄子『生誕』(朝日新聞社) 2018年01月25日
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松村雄策『苺畑の午前五時』(小学館文庫) 2017年04月27日