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■盛田隆二『夜の果てまで』(角川文庫)

◎ 文庫化で魅力を失った『湾岸ラプソディ』
注目の作家が花開きました。『湾岸ラプソディ』(角川書店1999年)を読んで、興奮しながら書評を書いたことがあります。この作品は文庫化にあたり、『夜の果てまで』(角川文庫)と改題されました。現代文学作品の頂点近くであると評価していた作品は、この愚挙で大きくランクを下げてしまいました。このタイトルではダメなのです。このカバーではダメなのです。
盛田隆二は『湾岸ラプソディ』の執筆に、3年の歳月を費やしました。しかも会社を辞めて、この作品に没頭しました。1人称で書きはじめたものを3人称に改め、さらに登場人物を増やしました。原稿用紙450枚だった作品が、最終的には850枚になりました。
盛田隆二には、ずっと注目してきました。デビュー作『ストリート・チルドレン』(初出1990年、講談社文庫)は、新宿300年の歴史を舞台に、様々な人の生き死にを描いた力作でした。
次作『サウダージ』(初出1992年中央公論社、角川文庫)も東京を舞台に、若者の喪失感をみごとに活写していました。盛田隆二の魅力は、物語としてのおもしろさと独特の文体にあります。さらにいつも感心させられるのは、タイトルの妙味でした。それゆえ、文庫化で消えたタイトルはもったいないと思っています。
『サウダージ』については、坂東齢人『バンドーに訊け』(本の雑誌社)がつぎのように語っています。坂東齢人は、馳星周としてデビューする前の名前です。坂東齢人は「本の雑誌」で書評を書いていました。彼は盛田隆二のタイトルについても、高く評価していました。
――盛田隆二『サウダージ』はやるせなくも美しい、今の東京を描いた佳作。サウダージとはポルトガル語で「失われたものをなつかしむ、さみしい、やるせない想い」を意味する言葉だそうだが、なるほど内容にぴったりのタイトルである。(本文より)
私がなぜ角川文庫『夜の果てまで』にたいして、冷たい評価しかしないのか、説明したいと思います。『湾岸ラプソディ』には、しかけが施されていました。その点について、著者自身がつぎのように書いています。
――書店で『湾岸ラプソディ』を見かけたら、ぜひカバー写真に注目を。夕暮れの東京湾岸にシルエットで浮かぶ2人は「21歳の青年」と「33歳の人妻」だ。これは90年の撮影。次に本をひっくり返して、裏表紙の写真を。こちらは99年の東京湾岸道路。つまり表が90年で裏が99年。(「本の旅人」1999年5月号より)
著者自身が語っている「あの写真」が、文庫本では消えてしまったのです。タイトルにも納得していませんけれど、私が気に入っていた写真が消えてしまいました。残念でなりません。グチが長くなりました。気を取り直して、盛田隆二作品に迫ってみます。
◎いくつもの支流が合流
『夜の果てまで』は、盛田隆二の代表作です。簡単にストーリーを紹介したいと思います。以下は、むかし書いたものの焼き直しです。
21歳の北大生と33歳の人妻の、抜き差しならない関係。盛田隆二は、2人を極限まで追いやります。北大生の安達俊介は、大学の近くのセイコーマートでアルバイトをしています。そこへ土曜日の夜11時すぎにきまって現れる美人がいます。彼女は必ずM&Mチョコレートを一袋だけ万引きしてゆきます。俊介は密かに「Mさん」と呼んでいます。
やがて俊介は、彼女がラーメン屋の若妻であることを知ります。涌井裕里子、33歳。彼女の旦那は、一回りほど歳が離れています。そして正太という中学3年生の息子がいます。
物語はいくつもの支流から、動きだします。俊介と恋人だった西野賀恵との別れ。新聞記者を志望する俊介の就職活動。裕里子の旦那と前妻・小夜子との奇妙な関係。学校をサボる正太と仲間たちの非行。
支流が本流に流れ込むたびに、物語はうねりスピード感を増します。俊介と裕里子の関係が、あらゆる障害をのみこみ、濁流となって突き進みます。作品に登場する店は実名です。また1990年3月にはじまった物語は、1991年2月に終ります。北海道の自然の移ろいに、2人の気持ちの移ろいが重なります。憎いまでの演出です。
この作品は「物語の終った明くる日」からはじまります。作品の第1行を、じっくりと読んでいただきたいと思います。物語は1998年9月から動きだしているのです。
『夜の果てまで』は、文句のつけようのない傑作です。専業作家の道を選んだ盛田隆二に、拍手を贈りたいと思います。そして多くの人にぜひ読んでいただきたい、と切望しています。ウォラーの『マディソン郡の橋』が260万部のベストセラーなら、『夜の果てまで』は300万部を超えてもおかしくありません。そんな熱く切ない物語なのです。
『夜の果てまで』の文庫解説で、佐藤正午は大切なポイントにふれています。むすびとして転記させていただきます。
――登場人物が失踪する小説でありながら、『夜の果てまで』が失踪後を描いた小説ではない。小説が終わった時点で、夫も、作家も、失踪した涌井裕里子の行方を知っている。もともと描く必要がないのだ。/結局のところ、『夜の果てまで』は誰にも探されることのない失踪者を描いた小説なのである。(文庫解説より)
(山本藤光:2009.11.30初稿、2015.02.22改稿)
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