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去年の今日、ちょうど息子と二人して富士山に登る道中だった。地べたに座り、雲海を眺めながら来年の今頃・・つまり一年後の今日が、どんな日になるかを想像していたわけでもないが、人生は、先が読めない。だから、荷を背負うような山道なのかもしれない。正しい姿勢で座っても、時間という重みで辛くなってしまい、正しい姿勢そのものが、崩れてしまう。姿勢を崩して、ひと一休み・・また正しい姿勢に戻そうとするのが、人間かもしれない。明日から8月1日・・あの人の福となる風にもなれなかった。明日から、1.8.2008 ・・誕生日おめでとう♪・・逆にも言えなかった。さようなら・・。あの人から、その人へと・・ちょっぴり人生の悲しさ、切なさを背負い、泣いてしまう。それでも、馬鹿のひとつ憶えのフレーズしか、湧いてきません。いつも、笑顔で、元気で、朗らかで、強い気持ちで・・ファイト♪出会えたことだけでも、感謝です。ありがとうございました。
July 31, 2008
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崖の上のポニョ・・観て参りました。何だか親子連ればかりで、場違いな場所に迷い込んだという感じでした。絵本のような映画でした。幼い子にとっては、大人になるまで心に残るいい映画なのでしょう。小生、中年のおっさんとしては、それほどの感動の余韻もなかったというのが正直な感想かなぁ・・。ポニョが、魔法が解けて魚から人間になるストーリーですが、ポニョのお父さんは、人間で、お母さんは、観音さま・・?月まで地球に落ちてくるような宮崎駿さんの世界ですが、瀬戸内海をイメージする風情が、とてもよかったです。車椅子の老人達が、駆け出す最後のシーンは、老人たちの勇気ではなく、子供たちへのメッセージなのでしょうか・・。♪海は広いなぁ・・大きいなぁ・・。
July 28, 2008
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今朝の福井地方、強い雷雨のあと大雨に見舞われている。昨日、フジテレビ系の27時間テレビ(テーマは、みんな笑顔)を眺めながら考えたこと。日本テレビ系の24時間テレビのボランティア募金活動とも違うようで似ているが・・あれだけの数の出演した芸人集団にギャラを支払うテレビ局、スポンサー企業が存在して、毎年恒例の行事とは言え、秒単位で笑い声が響く日本の豊かさである。元夫婦である大竹しのぶさんと出ずっぱりの総合司会者の明石家さんまさんのトークには、我が家の不協和音にも似た雰囲気に同感して独り笑ってしまった。ちいさな嘘の積み重ねが大きな嘘となり虚偽の愛情溢れる家庭は、それ以上に大きな愛情や笑顔がないと持ち堪えられないのかもしれない。日本各地で彩る夏の花火大会で歓声を上げるほどの大きな喜ぶ声や笑い顔が・・日本全国を包み込み、持続しますように。今日も独りで映画を観に行ってきま~す。「崖のうえのポニョ」を観ます。(笑)福井(若狭)梅が、おいしい朝です♪
July 28, 2008
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最近思う事・・自分の後半生の軸は、お年寄りの上下のお世話をする事かもしれないと考えています。出来れば、実家の母の余生は病院の一室ではなく、父と同じように実家の畳の上で過ごして欲しいと思うのです。このまま結婚生活が続くならば、介護が必要となる義父母もいます。後半生、そんな介護が続くような人生も、また運命だと思えば、楽しいのかも・・♪そうこうするうちに、自分までがあっという間に介護を必要とする老人の仲間入りをするのでしょう。今のご時勢は、お年寄りが狙われています。 昔は、お年寄りを大切にしました。 それは、あの世に一番近い存在であり、 あの世に旅立った時に、守り神となって、 ご利益があることを信じたからです。 人生の晩年をもっと夕日のように輝かして、繰り返す明日の人生を晴れにすべく幸福に終えるべきです。姨捨山ではなく、もっとも天国に近い場所で終焉すべきです。日本の老人は、もっと団結すべきです。「万国の老人よ 団結しましょう!」悔悟なき人生を信じて・・♪
July 27, 2008
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今朝も4時起き・・ジョギング開始。1KMポイントの所で左足裏からアキレス腱にかけて違和感をおぼえる。トボトボと歩いて帰宅。月末の山登りも中止・・しばらく、トレーニング方法を変更。人間は、動物として動いているからこそ「生きている」のである。つくづくそれを実感する。人間の一生の終焉と言うものはゴールと同じ。身動きのとれない一畳程度のベッドでの世界が、人生の終焉というのは避けたいのが心情。ただ、人としての想いを馳せるならば、人の心は、動いているのである。身体は動かなくなっても、生きている限り、心は動くもの。出来れば、介護を必要としない、健全な身体に健全な心を宿らせて、悔悟なき一生を過ごしたいものです。身も心も・・一生勉強かなぁ♪
July 25, 2008
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今朝は、鼻歌まじりで・・午前3時ごろから動き回っている。午前中、鼻歌まじりで・・20KM走の練習予定開始・・暑くて無理。10KM歩10KM走で終わった。甲子園への道を目指して、今日の午後、福井県高校野球決勝戦・・勿論、鼻歌交じりの選手は、いないと思う。夏の名古屋場所であるが、滅多に見ない相撲を久しぶりに見た。名古屋体育館は懐かしい。15日間の大相撲で、平幕から横綱まで、誰一人・・鼻歌まじりで臨んでいる者はいない。 土俵際まで力いっぱいである。人生も諦めたらお仕舞いで、土俵際でも打っちゃるくらい粘らねばと思う。粘って粘って粘り抜こう。それでも、ぼくは、鼻歌まじりで走りたい♪
July 24, 2008
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昨日は、実家の方で地蔵盆があり、所謂お地蔵さんを祭っての合同法要だったとの事。随分賑やかだったらしいが、地蔵盆の意味をよく理解していなかったので、インターネットで調べてみた。平安時代の981年頃、京都の祇陀林寺の僧 仁康が、治安3年に京都に疫病が起こったとき、夢の中に小僧が現れた。「世を救うため地蔵菩薩像をつくり、その功徳を讃歌すべし」と言う。それではと、金箔の像をつくり、地蔵講を広めたことから始まったとのこと。お地蔵さんを知らぬ者はいないが、その言われを知らずして生きてきた。そう言えば、日本各地に地蔵通りという通りがある。その信仰は、お釈迦様が亡くなって、弥勒菩薩が登場するまで、救ってくださるお役目らしい。衣食住から金銀財宝、安産健康長寿智慧まで、ご利益がある仏様でした。
July 24, 2008
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昨日の産経新聞の産経抄コラムで、山本七平氏の著書の内容が紹介されていた。山本七平氏と言えば、「日本人とユダヤ人」で一躍注目された評論家である。山本氏は、17年ほど前にすでに亡くなられたが、今尚、彼の著作が出版され売れている一方で、山本日本学を批判する勢力が現在に至るまであり、これほど評価が分かれている人物は珍しい。大学時代、大講堂で山本七平氏の講演会があり、当時マスコミ志望だった小生は、ほぼ一番前に座って聴いたことがある・・何故か、空席も多くがら空きの状態だった。見た目は線の細い方であったが、何か妙な質問をしても受け流されるような雰囲気を持った紳士のような温顔な方だった。話を戻るが、昨日の産経抄コラムで、山本氏の「日本人とアメリカ人」の内容を引用していた。日本人の美徳は、秘密を墓場まで持っていくという意識がある・・例えば、年金記録の紛失、大分県の教員不正採用の際の答案用紙の紛失、海上自衛隊の航海日誌の廃棄、厚生省の血液製剤によるC型肝炎リストの放置等々・・日本人は、何かあれば隠蔽工作をするとしか思えない日本人気質があるのではないかということである。一方のアメリカは、国立公文書館に文書は集積されて、恥部といえる部分も、いつか白日のもとにさらすという。「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「~産経抄コラムに記載された「日本人とアメリカ人」から抜粋~「われわれは、罪を意識して秘(ひそ)かにじーっとしていれば・・それ以上追及しないのは武士の情けなのである」と言う。「四辻(よつつじ)に立って『うそ偽りなく、私は罪をおかしました』と大声でその内容を懺悔(ざんげ)すれば、それ以上追及されない」・・とアメリカ人と日本人との文化の違いは大きい。」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」現在の日本人の内面気質は、この両面が育まれているのではないかと思う。・・「空気の研究」では、人間はサルから進化した説を支持するなら、何故、同じサルから進化した天皇を現人神と崇めることができるのか?・・というインパクトの強いメッセージがある。 また、日本人としての「空気を読め、それに従え」は、今流行のKYの雰囲気を連想してしまう。現代の新たなる「危機の日本人」に対して、山本氏の「水を差す」意見を日本教徒として拝聴したかったものである。
July 23, 2008
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昨日は、海の日、今日は、大暑。この時期がくると、ふと自分の特技は、水泳ではないかと思うことがある。でも、今まで自分のプロフィールや履歴書の特技・趣味の欄に水泳と書いたことがない。逆に、ジョギングやマラソンやサイクリングや登山と書くことがある・・何故だろう?物心がついたときには、泳げるようになっていた。多分、父親が強制的に海の中へ放り投げたからであろう・・溺れるという恐怖は、一度海中に沈んだことがあるが、以来、子供の頃から、よく伝馬船を櫓で漕いでは沖合いに出て、海の中に素潜りで入り、手製の銛で魚を仕留めていた。海中の世界は、体操の床運動のように自由に動き回ることができる海中遊泳なのである。ただ残念だったのは、競泳大会では、1年中プールで練習してオリンピック出場を果たすエリートスイマー達に、負けてしまう・・海でしか泳ぐことを知らなかった少年には、プールの水は、消毒臭く、波もなく、非常に重いのである。(笑)競馬でも、芝、ダートがある。テニスだってそうであるように、本来ならば、オリンピックの競泳種目は、海コース、川コース、池コースを選択してほしいものである。(笑)少年から大人になって、南太平洋でも大西洋でもインド洋でも北海でもオーホツク海でも黒海でも地中海でも、泳いだことがある。海を眺めていると大いなる畏怖と安堵が入り混じる。ただ、海の中に入ると、潜るか、浮かぶしかないのである。つまり、それが苦しいのか楽しいのか・・どちらかなのである。家内が、「魚と海の匂いは嫌い」と言ったことがきっかけで、いつの頃からか・・海から一定の距離を置くことになった。海が嫌いな人間もいるのである。ただ、生きている根本的な躍動感は、体を動かすことである。今日、今年秋の地元でのハーフマラソンと来年春の東京マラソン大会への参加を申し込み(抽選)を済ませた。タイムや入賞よりも完走が目標だが、数年前に親子マラソン大会で入賞して以来の・・独りだけの練習スケジュールを組み立てている。さて、今年の夏、去年に続いて再び息子を富士山登山に誘っても、マラソンに誘っても・・断られてしまいました。いよいよ、子離れしなければならない今年の暑い夏のようです。子供は子供・・自分の人生を歩み、きっと山も谷も乗り越えて行くのでしょう。そう、親は親・・残りの人生の後半を楽しんで歩みます。お互いに・・ファイト♪
July 22, 2008
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東京近郊だけでも、約2000ほどの劇団があると言われる。その中で、一番の集客力があるのが劇団四季、二番が宝塚歌劇団だとか・・芝居人、演劇人も生き残るのも大変である。ただ、観客や自分のストレス解消の方法や一番楽しむ方法を研究しているのが、役人や弁護士や医者や看護師や介護士よりも、いわゆる歌手やら演劇人なのかもしれない。ところで話を変えて・・昨日の地元紙福井新聞のコラムで、今、福井市郷土歴史博物館で開かれている郷土出身の「橋本左内と弟綱常」展に関しての記事を読ませていただいた。 兄である幕末の志士 橋本左内は、15歳で「啓発録」を著し、藩主松平春嶽に認められ江戸勤め。が、安政の大獄で刑死するという不運・・26歳の短い生涯であった。一方、弟の橋本綱常は、兄の左内の死後、医師として活躍した。わが国の近代医療制度確立に尽力。日本赤十字社を設立、初代病院長となった。65歳でこの世を去った橋本綱常が書き残した・・「安心是薬更無方」。コラムの筆者も感想を述べている。「医学が進歩してもストレスが健康にとって最大の敵である」・・安逸心、是にまさる薬は無い・・という意味なのだろう。「橋本」展・・訪れて見たい。あなたが、心地よい朝を日々迎えて、生きてゆけますように♪
July 21, 2008
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1969年・・39年昔の今日、人類が始めて月面に着陸した日でした。あの日、中学1年生だった僕は、朝からそわそわしてテレビをつけていましたが、どうもテレビ画面の映り具合が悪いので・・部屋を真っ暗にすればいいと思い、その部屋の雨戸を全部締め切って、今か今かと・・月面に降り立つその瞬間を待っていました。しかし、なかなかその瞬間がこないのです。そのうち、母から「この暑いのになんで雨戸を出して閉め切っているのか・・」と怒られた記憶もあります。月面着陸時間が、日本時間の午後に延びてしまいテレビを観るのを止めました。午後から夏休みのクラブ活動があったのです。1年生でしたから、時間厳守です。時間を守って登校しましたが・・あの日、誰も来ていませんでした。しばらく経って、練習熱心な先輩が遅れてやってきて「人類の歴史的な日に、何でテレビを観ていないのか?」と言われて、がっかりした思い出があります。帰宅すると、母までがアポロ11号のアームストロング艦長の月面(静かの海)への着陸のニュースを話題にしていました。The Sea of Tranquility of the moon ・・月面「静かの海」にと訳されています。それから、数年後、現代に至るまでアポロ計画の月面着陸の捏造説やら陰謀説までも現れていますが、茶番劇だとしても、世界中を騙すというのは、不可能です。何故、人類が月まで足を伸ばしたことを素直に歴史的事実として肯定しないのか不思議です。明日は、海の日です。手も足も目も届かない月の「静かの海」よりも、手も足も目も届く地球の「静かな海」の方がはるかに素敵なのに・・。だから、人は、月に祈り、太陽に祈るのでしょう。心安らかでありますように・・。
July 20, 2008
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四年前の昨日・・福井は、ひどい豪雨に見舞われ大きな被災を蒙りました。我が家も床下浸水となり、泥水が押し寄せて、ひどい状況になりました。あの時、いちばん落ち着いていて、せっせと生き生きとして熱心に後片付けをしていたのが、当時小学生だった息子でした。あの日、息子の姿を見て、普通のサラリーマン人生を辞めようと決断した日でもありました。あれから、いろいろとありましたが、あの決断が正解だったのかどうか・・今の今でさえ判断できません・・これからです。フリーターのような個人事業主としての資金繰りの苦しさや重圧感も時々ありますが、それよりも大事なことは、自分が生きているという舵取り感覚が、非常に楽しいのです♪昨日、息子と同年代の山口県の中学生が東名高速道でバスジャック・・負傷者も出ず安堵です。「親から恋愛に反対されて、親の人生をメチャメチャにしたかったとか・・」この中学生の一途な想い・・これからどうなるのだろうかとちょっと心配です。8年前、山陽道上りで九州の高校生が西日本バスをハイジャックした事件を思い出しました。当日の同じ時間、山陽道の下りを走っていました。物々しいパトカーの配置やその数に何だろうと驚かされた記憶があります。十代の中学生、高校生よ!揺れる心にナイフがあるならば・・「たけくらべ」や「野菊の墓」の初恋小説もいいです。さもなければ、放課後の校庭を走ることです。いや、大人になっても、揺れる心に槍があるならば・・シェイクスピアの作品を読むことがあります。田園地帯を走ることもあります。随分昔、シェイクスピアの故郷に滞在して、あの付近を毎日ジョギングした思い出があります。幾つになろうが、人間の「愚かさ」や「幸せ」や「儚さ」を考えさせてくれます。心で揺れる槍を・・杖代わりに人生のフィールドで楽しく使います♪
July 19, 2008
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英国のシェイクスピアが生きていた時代に、スペインには、ミゲル・デ・セルバンテスが生きていた。この二人の偉大な作家は、1616年の同年に亡くなっている。(因みに徳川家康も同年没)聖書に次いでロングセラーとして、いまも世界中で翻訳されて愛し続けられている「ドン・キホーテ」の著者セルバンテスの生涯は、ラ・マンチャの男 ドン・キホーテと同じぐらい波乱に満ちている。ドン・キホーテの物語は、世の中の不正をただすために正義かつ狂気の初老騎士が旅に出るあらすじである。風車を敵の巨人と思い込み、突き進みすすむが、吹き飛ばされてしまう・・。風車は、オランダの象徴である・・スペイン人セルバンテスの隠喩が利いている。さらに可笑しいのは、セルバンテスは、「ドンキホーテ」を書いたのは、自分ではなく、聞き伝えを記録しているのだ言う。セルバンテスは、捕虜になったり何度か牢獄に入っている・・そこで「ドン・キホーテ」の構想を練ったともいう。彼は、当時世界の海を制していたスペインの栄光と挫折を経験しているのである。スペイン無敵艦隊の食糧調達係をしていた。英国侵攻を進めたスペイン無敵艦隊だったが、1588年7月、アルマダ海戦で英国に破れた。(英国人ならば、誰もが知る歴史的な勝利したアルマダ海戦である。)スペインは、この敗戦で、世界の覇権を英国に譲ることになる。その後、英語圏がスペイン語圏よりも勢力を拡大するのは歴史の流れである。シェイクスピア文学しかり・・。シェイクスピアもセルバンテスも正規の高等教育を受けていない。加えて、当時の中世ヨーロッパの文化というのは、イスラム教圏世界の文化よりも見劣りしていたのは事実なのである。セルバンテスは、「ドン・キホーテ」をイスラム教徒が書いたものを翻訳した記録を伝えているとほのめかしている。彼は、全くのデタラメを言う根拠がある・・スペインの凋落を知るスペイン人の見果てぬ夢なのである。さらに、アルマダの海戦以後、ネーデルランド(オランダ)における独立運動が高まる。スペインは、一挙に経済基盤を失うのである。スペインが最盛期だったレパントの海戦(1571年)でトルコに勝利し、セルバンテスは、従軍兵として左腕を失っている。老いても、彼の見果てぬ夢は、風車の向こうの世界にあったのでしょう。
July 18, 2008
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この映画は、スタジオジブリの作品。脚本、監督の宮崎駿さん・・広島県鞆の浦(福山市)で自炊生活と散策をしながら、滞在中にこの映画の構想を練ったとのこと。テレビCMで、♪ポニョ、ポニョ、ポニョポニョ・・とテーマ音楽が流れているのを聴くと、ちょっと引いてしまいますが、試写を観た中年世代の評判がよいのです。思わず涙がこぼれてしまう作品だと言います。鞆の浦には、幼い頃から何度か連れて行ってもらった思い出があり、それに伴う自分なりのイメージもあります。以下、取り急ぎ個人的な箇条書きです。沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)がある。地元では「祇園さん」と呼ばれており、京都の祇園神社(八坂神社)の本社でもあるらしい?室町幕府初代将軍足利尊氏は、ここで挙兵し京に上り、最後の将軍足利義昭は、京からここに追放されたのち、この地で室町小幕府を樹立し終焉した。「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った山中鹿之助の首塚がある。また、おもてなしへの返礼(リップサービス)であろうが・・福禅寺の対潮楼の座敷から眺めた仙酔島の借景を、朝鮮通信使代表は「日東第一形勝」(朝鮮より東で一番の絶景)と墨書した。頼山陽の「日本外史」も鞆の浦で構想が練られたとも言う。坂本龍馬率いる海援隊の「いろは丸」事件の舞台にもなっている。万葉の時代からの歴史のある港町「鞆の浦」である。西の九州豊後水道と東の紀伊水道からの流れる瀬戸内海に潮流がぶつかる場所、鞆の浦の沖合いだったことから、潮待ちの港町としての繁栄があった。明治以降、港町としての利点が、船舶技術の発達により近隣の尾道へと変遷してゆく。現在の鞆の浦は、埋立て・架橋計画問題が持ち上がっており、「世界遺産に値する景観価値を破壊する」などとして反対の立場の声があがり、尾道出身の大林宣彦氏、宮崎駿氏等の著名人から見直しを求める運動もある・・景観か利便性か・・どちらかを選択するのかで揉めている鞆の浦なのである。宮崎駿さんは、日本国憲法第九条を支持表明をしている。「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」と言った作品には、必ず体制を批判するメッセージを残している。中学校の音楽の授業で、宮城道雄の箏曲「春の海」が、鞆の浦をイメージしたものだと教えられた記憶がある。実際、鞆の浦は、道も狭くて不便で漁港程度の様相を呈した小さな町である。あくまでも個人的な感想であるが、とても「春の海」をイメージする長閑な空間があるとは思えない。観光客を誘致しようと目指すものの今の状態ではリピート客は、少ないと思う。鞆の浦から四国多度津に渡るフェリーが、まだ運航されているはずだが・・?どれぐらいの経済波及の効果があるものか判らない。とりあえず、以上が鞆の浦に関する個人的な見解としての箇条書きです。はて、余談ですが、鞆の浦の近郊に海に突き出た格好の阿伏兎(あぶと)観音という子宝神社があります。結婚後、数年経ち、ここにお参りに行くと、小生にも息子が恵まれました。なかなか威風堂々とした景観に驚かれるはずです。鞆の浦という港町は、好きでも嫌いでもありません。要は、掴めきれない歴史の港町というイメージがあります。言い換えれば、潮の流れ同様に歴史の流れに流されたまま、この港町自体が、歴史の流れの中で舵を切っていないというイメージなのでしょう。外部から押し寄せる歴史の流れに、単に場所を提供しただけという雰囲気です。さて、鞆の浦をどのようにイメージさせるのかどうかわかりませんが・・「崖の上のポニョ」観にゆくつもりです♪
July 17, 2008
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さて、世界中のトイレが、台所よりも美しくなって、糞尿が流され捨てられるのではなく、エネルギーに変換された時こそが、初めて江戸時代を克服したと言えるかも知れない。 台所とは、料理される動物にとっては地獄である。命を喰って排出する入り口と出口は、きれいに掃除することが、頂き物に対する感謝の礼だと思う。ところで、兄の話では、はじめて水洗トイレを使ったのは、京都の旅館だったそうだ。母の数え三十三歳の祝いで、お正月に京都で家族全員で過ごした。昭和34~35年の頃である。小生、わずか3歳ぐらいだったが、宿の中庭に鮮やかな朱色の太鼓橋があり、目を下にやると池の中にたくさんの鯉が泳いでいたのを憶えている。大きな広間に豪華な畳・・分厚い座布団を積み重ねて、はしゃいで走り周っていたが、内心怒られると思いながら、宿泊客は我が家だけだったせいか、誰からも叱かられないまま皆笑っていたので幼い心でほっとした記憶がある。・・それと、岩風呂というのがあって驚いた記憶がある。数年後、父は、自宅の風呂を岩風呂に改造していたが、あとの掃除に困り、いつのまにか元の風呂の形状に戻っていた。因みに、あの京都で宿泊した旅館は、枳殻荘(きこくそう)という宿だったらしい。インターネットで調べると、まだ商いをされているようで嬉しかった。そのうち・・懐かしさを求めて宿泊したい宿であります。
July 16, 2008
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・・浄化という意味がある。張り詰めたような気配を呼び込むような人物ならば、それをカタストロフィ(破局)と呼ぶこともできよう。逆に、たとえば、その人が現れるだけで、澱んだ気配が、和むことがある。とりわけ、若い頃には、その人がいるだけで、気持ちが高鳴ったような感覚である。中年になると、その人がいるだけで、汚染された周りの空気が浄化されてゆく雰囲気の感覚である。毒物であろうが、その人の手が、それに触れると浄化されてゆく雰囲気の感覚である。歳を重ねてゆくと、実際に、すべての不潔さや醜さや毒物を浄化してしまう雰囲気を備える人物と出会う。それは、若さという爆発的な美しさという単純な次元ではなく、それを超越した人生経験や体験から培われた人間としての年輪の積み重ねの美しさと呼ぶべきものかもしれない。多分、この感覚は、若い世代には判らないと思う。否、異性の対する純な恋愛対象の感覚に似ている。ただ、歳を取るだけ取っても、いつまでも業突張りの強欲な破局的な老人も、この世には沢山棲息している。浄化できる人たちは、貴重な人材なのである。あの人もそうである。時に、カタルシスの純粋さは、カタストロフィと繋がることもあるので、ご用心。浄化作用のできる雰囲気のあるカタルシスな人間でありたいものです。元気を出して♪
July 15, 2008
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はじめに、山本モナの不倫の話題ではありません。一体全体、何を基準に男と女の相性を信じてよいものかという疑問があります。若い頃ならばアレコレ考えることもなく速やかな合体もひとつの方法手段でした。エロスの世界での相性度を確かめることもできました。相性という形の美学を加えれば、アプローチだけでは媚びた独善となり、無視という形は貴高い毒舌となります。相性という相方には、喜んでいただける程度のアプローチを残して去るのが、賢い男女の終わり方なのかなと、この頃思う次第なのです。ただ、相性という形にエロスを加えれば、多分、無視という形は最悪の醜さであり、アプローチという形が最善の美しさなのでしょう。プラトンのイデア論からプラトン的愛(プラトニックな感情)という軸がなければ、高齢になるほど、エロティシズムというテリトリを乗り越えることができません。その重みが深くなってゆくわけです。そう、誰もが言います。エロスがなければ、人類の繁栄も子孫も現代も未来も歴史も存在しないのです。しかし、プラトニックがなければ・・この世は、弱肉強食の乱れ放題なエロティシズムな人間世界となるのでしょう。
July 14, 2008
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久しぶりに大阪の創作家である藤本義一さんに関連する記事を読んだ・・面白いです。「食べ物関連、占い霊感の類のテレビ番組は、邪道である。背後霊がどうのこうの、食べ物屋の紹介なんて、いちばん金がかからず、それで数字がとれる・・とても薄ぺっらい」と切り捨てる。「衣食足りて礼節を知るという言葉があるが、今は、どうもそうでない。社会や文化に対するテレビの影響は強大だからこそ、このままテレビが現在のままだと、社会や文化の劣化が進むのではないか・・」と危惧する。~藤本義一さんが、ある経済誌に載せたというエッセイからの抜粋~「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「文化の化に、草冠をつけると、花になる。文化の化が、冠になると、貨になる。あいうえお憲法 あ:アイディア い:インタレスト う:ウォーク え:エキサイティング お:オーナーズシップ(自分が創ったという確認)」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」含蓄の深い言葉です。あいうえお憲法の5項目がないと、自分のドラマが完成しないという人生哲学にも通じるのでしょう。小生が、高校時代の頃、藤本義一さんは、人気絶頂でした。高校時代のクラスメートの一人が、「うちの母親は、作家の藤本義一の奥さん(藤本統紀子さん)と高校時代に同じクラスメートだった。わたしの方が成績も器量もよかったのに・・あの人は、藤本義一の奥さんになって、それなのに、わたしは、牛乳屋の女房。こんな人生になってしまった・・」と自分の母親の自虐ネタを話していたのを思い出しました。(笑)はて、あのクラスメートの母上さまは、その後、幸せな人生を過ごされたのだろうか・・?
July 13, 2008
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今日の午前中、地元福井テレビの番組が、四国の香川県高松市内にある丸亀商店街の再開発、取り組みを紹介していました。再開発とユニークな取り組みによって、商店街の通行人は1.5倍、売り上げ額は3倍となり、全国から注目されている商店街です。私も同じく、この四月に福井から高松まで日帰りでしたが、丸亀商店街を見学して来ました。でも、取り立てて述べる感想はありません。根本的なことは郊外のショッピングセンターへ流れる人の動きを中心部に取り戻すこと。ドーナツ現象を解消させてマンションなどを建て居住人口を増やすこと。烏合の衆が全体として潤うのは、人の賑やかな場所です。さて、今日の福井地方は、30度を超える暑さでした。炎天下の日中・・郊外の緑の絨毯が広がるお気に入りの場所まで経由して、およそ20KMのほどの距離歩いたり走ったり、横歩き、後ろ向き方向で進んだりの「ナンバ走法」の練習を夕方まで楽しんでいました。さすがに、その珍妙な走行方法を眺めていた車のドライバーや近くの方々からは、奇異の視線を注がれてしまいました。(笑)近い将来の日本の美しい水田は、誰が守るのだろう? 誰が、お米を作るのだろう?ほんとうに、地方の街の中心部にある商店街に人を呼び戻して、賑わいを取り戻す事が大事なことなのだろうか?そんなことを練習中に考えながら、左足の甲を痛めました。(涙)佇むヒヤシンス、いや、立ち葵(たちあおい)の姿は、向日葵(ひまわり)と甲乙つけがたく、何を考えているのやら・・教えてほしいものです。
July 12, 2008
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東京元麻布に善福寺がある。大分は中津の出身、慶応義塾を興した啓蒙家、福澤諭吉ドンが、その善福寺に眠る。福澤諭吉先生が日本の壱万円札の肖像になった1984年(昭和59年)11月、その善福寺に取材に行った記憶がある。中学校の修学旅行で、大分県中津の福澤諭吉先生の生家を訪ねた記憶もある。その際、当時の担任の先生が、福沢諭吉の七心訓を書いた額のようなものを、買って帰り、後日、授業中に下記の心訓を・・大きな声を出して読まされた記憶がある。(福澤先生が書いてないという説もあるようです。)世の中で一番楽しく立派な事は一生涯を貫く仕事を持つ事。 世の中で一番みじめな事は人間として教養のない事。世の中で一番さびしい事はする仕事のない事。世の中で一番みにくい事は他人の生活をうらやむ事。世の中で一番尊い事は人の為に奉仕し恩にきせない事。世の中で一番美しい事はすべてのものに愛情をもつ事。世の中で一番悲しい事はうそをつく事。 小生、上記の七つの心訓・・中学生の頃から、ずっと大嫌いです。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず・・略・・大名の命も人足の命も、命の重きは同様なり。豪商百万両の金も、飴やおこし四文の銭も、己が物としてこれを守るの心は同様なり。世の悪しき諺に、泣く子と地頭には叶わずと。また云く、親と主人は無理を言うものなどとて、或いは人の権理通義をも枉ぐべきもののよう唱うる者あれども、こは有様と通義とを取違えたる論なり。地頭と百姓とは、有様を異にすれどもその権理を異にするに非ず。百姓の身に痛きことは地頭の身にも痛き筈なり、地頭の口に甘きものは百姓の口にも甘からん。痛きものを遠ざけ甘きものを取るは人の情欲なり、他の妨げをなさずして達すべきの情を達するは即ち人の権理なり。この権理に至っては地頭も百姓も厘毛の軽重あることなし。ただ地頭は富みて強く、百姓は貧にして弱きのみ。貧富強弱は人の有様にて固より同じかるべからず・・略・・ただ生計をこれ争うの勢いに至らば、俊英の少年はその実を未熟に残うの恐れなきに非ず。本人のためにも悲しむべし、天下のためにも惜しむべし。且つ生計難しと雖ども、よく一家の世帯を計れば、早く一時に銭を取りこれを費やして小安を買わんより、力を労して倹約を守り大成の時を待つに若かず。学問に入らば大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。学者小安に安んずるなかれ。粗衣粗食、寒暑を憚らず、米も搗くべし、薪も割るべし。学問は米を搗きながるも出来るものなり。人間の食物は西洋料理に限らず、麦飯を喰い味噌汁を啜り、もって文明の事を学ぶべきなり」。<「学問のすすめ」から一部抜粋>死後100年後の世に、海千山千のさすがの福沢諭吉先生も、まさか自分がお札になって、自分の故郷の教育界が、よもや金まみれ、札まみれになろうとは・・。きっと、高崎山の猿も福澤先生も、滑って転んで「大痛!」と嘆いている事でしょう。「学問のすすめ」とは、善も福も・・美しく巧く生きてゆけないから輝くのでしょう、屹度。
July 11, 2008
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世界の主要国の首脳達が集う日本でのサミットの報道に関して・・。英国各紙から届く論評が、日本の新聞記事に載る不思議である。日本のマスメディアが基軸として伝えるのは、世界の中の日本の存在感の有無である。英国人の風刺「食糧危機を考えながらの豪華な夕食会」・・これぐらいのレベルの風刺を、何故、日本のマスメディアが真っ先に世界に発信することができないのだろうか・・。日本人の媚びるしかない組織内の表現能力の問題である。本質的には、日本人として受ける教育風土の前提問題である。多分、いや大分である。大分県の教員汚職・・昇進や採用への便宜。これは、大分県だけではなく、昔から続く日本における国民的な風土、便宜社会である。公務員だけではない、メディアを含む企業でも同様である。分かり易く言えば、国会議員の二世、三世が典型的な筆頭モデルではないのだろうか?さて、北海道のG8サミットも閉幕。「王冠をかけた恋」「世紀の恋」の英国のウインザー公の名をつけた、ザ・ウインザーホテル洞爺でのG8サミット。政治家は、国民に恋さえすれば、冠を失う事はない。だが、教育者は、教え子に恋すれば、破廉恥になる。大事なことは、教育者は、冠を頂く、この世を善くする引率者である。さもあれば、教え子たちから、冠を頂く。
July 10, 2008
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独り歩きをする時、「ナンバ走法」を、人もまばらな郊外の農道で練習しています。ブログ仲間の新鮮美感さんの日記に触発されたのもありますが、10月に走る予定のハーフマラソンで「ナンバ走法」を試してみようと考えています。ただ、人前に晒す勇気も必要かなぁ・・。(笑)要は、「ナンバ走法」とは、竹馬走法と同じ仕組みです。右足と右手、左足と左手を同時に前に出す走法です。現代の走法とは、まるで逆です。・・おまけに、小生、デブです。珍妙なロボットになったような走る出で立ち姿は、妙に自分でも恥ずかしくなります。(笑)古武術研究者の甲野善紀氏によれば・・「・・飛脚など、昔の走りの専門家の技術は、現代よりはるかに精妙。それが明治以降の西洋化で大きく変貌。江戸時代以前の日本人の歩き方は、同じ体側の手足を同時に前に出す歩き方(ナンバ)で、現代人とはまるで逆。昔の武術の達人は体の使い方、動かし方が現代人とは根本的に違う。体の動かし方を変えなければ、昔の達人のような動きはできない。ここ百年で日本人の動きは大きく変わった」・・とか。・・小生、甲野氏の考える達人レベルの領域に関しては、全く判断できません。一般人の領域として自分の身(体)の動かし方を走る事で、変えてみようと考えています。独り歩き・・「ナンバ走法」をイメージをしながら、走ったりしています。自分でもためらうような故意なナンバ走法・・でも、それ以上に、だんだんと楽しくなる要素があるのも確かなはず・・。(笑)とりあえず、なるべく手を腰に当てて、腕を振らない日常生活の常歩(ナンバ)です。自分にファイトします♪
July 8, 2008
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今朝7時過ぎの福井地方・・台風到来かと思うぐらいの猛烈な豪雨に見舞われました。今は、陽射しが強すぎるぐらい暑いです。さて、ちょうど北海道洞爺湖湖畔でG8サミットが開催されているので・・こんな顛末もあり得るという「もしも落書き的なニュース」の展開です。ある日の世界遺産の奈良の法隆寺には、世界中から(勿論イタリアからも)大勢の観光客が訪問していました。その数ヶ月後、いや数年後、イタリアのあるマスメディアが、法隆寺でイタリア語での沢山の落書きを発見・・。イタリア人の学生集団やサッカーチームのコーチの手による落書き(なんと個人的署名入り)が、世界遺産である法隆寺でたくさん発見されたニュースがイタリア国内で流されました。特定された落書きした本人達の言い分として、楽しい思い出の記念として落書きをしたとの由・・。イタリア国内では、学生達は停学処分、指導すべき立場にあるコーチには解雇通知・・。もし、こんなイタリアでの落書き問題処分のニュースがあれば・・、逆の立場で、われら日本人ならば、一体全体どのような見解(報道評価)をするのでしょうか?妥当、至極当然のこと?厳しすぎる処分?恥という美意識を尊重した処分?イタズラをした者に対する罰則を与える社会的なルールも必要でしょうが・・国内向けではなく、世界に向けての日本のアピール方法も大事です。恥という概念(美意識)は、ローカルな集団意識を強固する手段にもなります。とりわけ、世界的な経済不安、原油高騰、食糧危機、地球温暖化問題等々の曲がり角にある時代です。世界のマスメディアの視点(アングル)も、国内向け、海外向けの区別がなくなりつつありますが、ナショナリズム、ローカルという感覚は、いかんせん取り除くことは困難です。しかし、唯我独尊的な国内向けのニュース報道体制は、取捨選択できなくなった安易な日本人像のマイナス面なイメージが浮かんできます。グローバルな視点だけがいいとは言いません・・もっと広角的なアングルでの日本発信の報道を望みます。今日は、午後から・・独り歩きの散策時間です♪
July 8, 2008
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今日は、七夕。あいにく、今夜の福井地方は、星ひとつ見えない曇り空でした。そんな夜空を見上げながら・・あなたの願い事が、叶いますように・・と祈りました。子供の頃、笹飾りは、川や海に流していました。今の時代、そんなことをしたら大変です。文月七日・・短冊に書いた願い事は、分別ゴミになって処分されるのも嫌です。(笑)短冊を小さくした笹船に乗せて、そっと流しました。天の川を越えて、希いが届きますように♪
July 7, 2008
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昨日は、携帯電話ショップに出向きました。TVのCMで流れていた腕に携帯電話を巻いてジョッギングするシーンを思い浮かべながら、アームホルダーを買うつもりでしたが、ネットでの販売限定だそうです。さて、宮城県仙台や神奈川県平塚の大掛かりな七夕祭りの規模ではないですが・・昨日から、福井でも七夕祭りが始まりました。それぞれの笹の葉にたくさんの願いをこめた短冊が飾られていました。ところで、みなさんの七夕の希い事は、何ですか?日本は、願い事が、いろんな時季、さまざまな場所でカタチで、いつでも、どこでも祈ることが出来る・・世界一素敵な国なのかもしれません。そのぶん、叶わない願い事もたくさんあるわけです。万葉集の時代から、この切ない想いも世界一多い国なのかもしれません。あなたと一緒に過ごせない七夕の夜・・その想いを天空に託して祈ります。あしたの七夕の夜、雨天だろうが・・夜10時ごろ、夜空を見上げてくださいね。みなさんの希い事が叶いますように、福が届きますように♪
July 6, 2008
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大学1年生の七月初旬・・夏休みの初日だった。新宿駅から独り夜行列車に乗った。夜も明けぬ朝、松本駅に到着。穂高に登る若い男女のカップルとタクシーに相乗りして上高地まで行った。どうやって運んだのか、大正池に浚渫船が浮かんでいたのに驚いた。河童橋界隈で木の木っ端を拾って杖がわりに使う。河童橋を起点に釜トンネルを抜けて安房峠を越えて高山まで歩く道程計画だった。行きのタクシー運転手から「釜トンネルは、お化けが出るから気をつけて歩きなさい」と忠告されていた。当時の釜トンネルは天井から水が雨のように滴り落ちて気味が悪いほど真っ暗。釜トンネル内の下り道をトボトボと歩く。当時は、マイカー規制はなかったような気もする。背中を誰かが引っ張るような気もした。気にかかるが、後ろを振り向くと何かに憑かれてしまような気がした。上高地に入る釜トンネル内の対向車のランプが眩しいが、その文明的な光にホッとし救われたような気持ちなる。一度も後ろを振り返ることもなく歩いて抜けた釜トンネル。そこから、どんどん登り道を歩いた。安房峠の頂上近くで、「一緒に乗っていきませんか?」と車に乗っている若い男の方に声をかけられた。ヒッチハイクするつもりは毛頭ないし高山まで歩くつもりだと言うと、「着くのは真夜中になりますよ」と言う。それではという事で便乗させてもらった。彼が言うには、釜トンネルを抜けるぼくの姿を見たという。「根性あるなぁ」と思いながら話しかけてみたくなったと言う。ぼくより3歳程年長の方だったが、道中、信州飛騨北陸の話を観光ガイドのように面白く聞かせて呉れた。夕方、高山に着いて街中を散策。 翌日、富山県高岡経由で金沢着。兼六園と金沢大学(当時は金沢城内にキャンパスがあった)を見学。内灘まで出て日本海を見る。能登半島が霞んで見えた。北陸線列車に乗って、金沢を発って福井駅で停車中に、何故か「ふくい」と書かれたプラットフォームに魂入られてしまう・・写真を一枚撮っている。当時、二度と訪れることもないと考えていた信州飛騨北陸地方への一人旅だった。ところが、その後の人生いろいろ。この地域が、ぼくのフィールド人生の棲家になっている。あの時、あの釜トンネルで後ろを振り向いておけば良かったと思う事がある。時々、今でもフーと現れては、思い起こすことがある。全く他愛もなく意味もないことであるが・・巡り会わせである。今日は、飛騨トンネル開通に伴い、東海北陸高速道(愛知ー高山・白川郷経由ー富山)の全線開通・・時の流れを感じます。福井地方・・連日30度を超える猛暑です。夕方、10KMをオーバーペースで走ると、足が引き攣り止まってしまいました。冬がくるまでに、ハーフマラソン、来年には、フルマラソン42,195KMを完走できる身体作りに専念しているこの頃です。いつまで どこまでも 走れるのだろうか・・50代からの再挑戦です。(笑)
July 5, 2008
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お年寄りを介護していると、裏切られる行為というものを考えさせられます。あの世へ片足を突っ込んだような老いた男でさえ、ベッドから手が伸びて、女の胸を触りたがります。痴呆に近づいた老いた女は、男に一緒に寝ようとベッドに手招きをします。・・人間として最後まで残る不穏かつ正直な煩悩かもしれません。正直な気持ちは、決して善悪という範疇で括ることはできません。犯罪者だって、正直な気持ちを実行しているのですから。まだ、自由自在に歩ける人は、往々にして相手を裏切ることがあります。30年昔の七月・・恋愛事で裏切られました。20年昔の七月・・仕事上で裏切られました。どんな恋愛をすれば、どんな仕事をすれば、自分は満足できるのか・・この世に生まれて、どんな生き方をすれば、この人生を潤すことができるのか・・若い頃から、自分なりに、よ~く、じっくりと考え抜いたものです。今でも、思案します。(笑)自分自身に与えられたポジション(人生)という選択権(カード)をうまく采配するだけです。口は災いのもと・・それが原因で、最近、知人の口煩い二人が遠くに去りました。相手を目の前にして、言いたい事を口煩く言う人間は、つまらない人間が多いです。ところかまわず、本音で口を出すべきではありません。それが大人です。結局は、自分から逃げても、相手を追いかけても、巧くゆきません。裏切る行為も裏切られる行為も、詐欺でなければ、お互い様かもしれません。そう考えないと、正体不明な嫉妬やら自己嫌悪とかが現れて心が疲れてしまいます。お互い大事に扱われ、上品な楽しい時間を過ごす人生は、恋愛や対人関係のサクセスストーリーの理想かもしれません。それに近い心構えが、気楽で能天気な思いやりと勇気かもしれません。「この人ならば、どんなことがあっても大丈夫。どこでも通用する」・・と言われる福となる人間でありたいものです。七月と八月は、いつも いつまでも、思い出の多い時季です。人生は、いつも七転八倒よりも、いつまでも七転八起です。あなたのこと、どこまでも応援しています。
July 4, 2008
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ズワイガニやフグなどは、旬の食べ物として、口にしたいものである。それに、うまい日本酒でもあれば、空腹感が満腹感にかわり、そのうえに幸福感さえ生じてくる。商売で最高に成功感を感じる時は、この幸福感を客に与えた時ではないだろうか。ランチを売って空腹感を埋めている商売は、数多あるが、満足感のある店は少なく、ましてや幸福感を売る店は巷にはない。幸福感は、高級感にも似て、高いカニや、アンキモ、フグ、寿司、フォアグラ・・。ブランデーでは、ルイ13世、ナポレオン、ヘネシーXO・・・。スコッチでは、バランタイン、日本酒では、各大吟醸でもあれば・・酒嫌いにとっては、ダイナマイトに違いない。お付き合い程度が、ちょうどいい。珈琲を飲みながら・・単純に、幸福感を運んでくれる。雑誌「酒」編集長だった佐々木久子さん(享年81歳)のご冥福をお祈りします。合掌。
July 3, 2008
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ひまわりの涙は、間違って添えられたのだろうか・・気になります。ちょっと、気持ちが揺らいで、ふらついているような微妙な面持ちです。でも、「まあまあ大丈夫」と鼓舞しています。ファイト♪(笑)お世話になっている介護職の方々から、経営側と折衝するための労働条件の改善待遇と昇給アップの要求作成プランの相談を受けました。こういう場合、要求という言葉よりも、希望案、報告案の方がソフトになります。「まあまあ」で何とかまとめて落ち着くのが、「まずまず」の結果を導き出す最善の策と考えます。Only so so, Just so so ・・ More or Less の感覚です。ただ、楽しい思い出がないと、楽しい人生はありえません。生きる勇気も同じです。そう、楽しい思い出が、支えとなるはずです。だから、いつも笑顔で朗らかに元気で・・強い気持ちで♪今夜も、あなたが眺める同じ月や星を眺めています。(笑)
July 2, 2008
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50代は、40代には未知だったように、つねに、今は未知からの贈り物です。この贈り物に、なにが入っていようとも、ドキドキしながら開封する気持ちが、漲るパワーを生むと思うのです。まず、余分な汚いものをそいで、自分なりに磨かれた体躯から作り始めます。デブ解消です。節制された体躯に気力は宿るはず・・♪
July 1, 2008
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