GOAL通信

GOAL通信

2006.11.13
XML
カテゴリ: 生徒たち



 「はい」


 指導歴のある諸兄には、この「はい」がどういう意味を持っているか、もうお分かりだと思う。

 生徒が10人いれば、この「はい」が示す意味合いはみな違う。

 授業の中のほんの数分の説明で、本当に理解し、意識に焼き付け、自身の揺るぎない糧にできる者などまずいない。

 大抵は「はい」の後に言葉が省略されている。

 「はい、(分かったと思います)」



 「はい、(何となく・・・)」

 「はい」を真に受けて終了できれば苦労しない。それは三流講師のやりとりだ。

 我々はその心理にまで踏み込み、理解のレベルを上げようとする。


 生徒に質問する。

 「ほう、すごいな。本当に分かったんだな? じゃあ、一人ずつ訊くぞ」

 生徒たちの顔色が変わる。

 ボードに書いた図やポイントを30秒間だけ眺めるように指示する。

 ボードにびっしり書かれた大小の乱雑な文字。

 そして次に、大切と思える箇所を部分的に消し、赤で番号を書き込んでいく。

 生徒たちには、その穴埋めを考えさせ、各自ノートに書かせる。


 10個あれば、大抵は半分しか分からない。




 「お前ら、これで本当に分かったのか?」

 その後、個別に口頭で質問すると、その曖昧さはさらに際立ってくる。

 「これ、さっき言ったよな」

 「え・・・・ええ」

 「分かったんじゃなかったのか?」



 中には8割ぐらい押さえている者もいるが、ひどい者になると2割にも満たない。


 生徒の意識にはもの凄い個人差がある。

 《何となく分かった》でも、分かったと判断してしまう者。

 納得するまでは、何度でも執拗に訊いてくる者。

 解りたいという意思が、意欲が滲んでいるか、そうでないか。

 眼をみれば分かる。

 彼らが帰宅し、今日の課題にどう取り組むか、学んだものをどう肉付けしていくか。

 それも突き詰めれば、目の前の知恵をどう捕獲しようかという、今この時の授業の姿勢が物語っている。


 分かった気になっている者は、家で何もしない。

 分かりたい者は、家で知識の加工を始める。定着のための二次作業だ。


 授業で10言って10分かる者がレベルが高いわけではない。

 6しか分からなくても、その後の一連の作業がしっかりできる者が高いのだ。

 だから、素直に自分の理解度を認めなくてはならない。

 己を知り、非を知り、より高い完成を目指していく。


 力量を知るのである。


 肝心なのは1ヶ月後の到達点であり、それが量るべき真のレベルなのだ。


 分かったつもりだけの、空白の授業はむなしい。

 ボードを消し、ここに何が書いてあったかを考えさせる。

 そして、板書そのものをイメージとしてインプットさせていく。

 刺激を与える手法として、私はよく使っている。

 次の授業でそのイメージが残っているようなら、レベルは確実に上がっているだろう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006.11.14 02:10:25
[生徒たち] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

サイド自由欄

img2c074974zik6zj.jpg
GOAL通信へようこそ。

プロフィール

masa/k

masa/k

カレンダー

バックナンバー

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

フリーページ

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: