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March 17, 2020
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カテゴリ: カテゴリ未分類
テレビをよく見たということ

はっきりいって

うちの家では常にテレビがついていた

朝起きてから

学校へ行く準備をしている時

朝食を食べている時

おそらく学校へ行ってからは

母親が朝ドラを見終わるまではついていたと思う

そして



家族全員が寝静まるまで

何らかのテレビがついていた

そのような中で

例えば食事の時

一般的にはテレビはつけずに

食べることに集中するように

あるいは家族での会話を楽しむ時間と言われるが

我が家では

食事の時間はニュースの時間と重なっていたので

流れるニュースを基に家族の会話が行われていた

ニュースの内容も知ることができたし



都道府県名や国名とその場所も知ることができたし

わからないことは親からも教えてもらえたし

僕にとっては食事の時間は

社会の勉強時間のようなものだった

また



身近ではない世間というものを

知ることができた

それはまさに疑似体験なのである

自分の身近には無い体験できない環境を

アニメやドラマを通して体験して学ぶ疑似体験の場であった

また

刑事ドラマなんかも多かったので

犯罪とは何か

犯罪をするとどうなるか

死とはどのようなことかを

知ることもできた

アニメやドラマという疑似体験から

喜怒哀楽という人間の感情も学べたと思う

お笑い番組にしても

今のように人をいじって笑いを取るような

質の悪い笑いではなく

漫才にしても知的な笑いだったような気がするし

ドリフの笑いにしてもむしろ

反面教師になるような笑いだったような気がする

とにかく

テレビとは日常生活だけでは体験できない

しかし非日常ではなく

地域社会では学べない日常を体験できるものだった

現在のテレビ番組は必ずしもそうではないのかもしれない

しかし

僕はテレビ視聴肯定派である

ユーチューブなどの動画を見るよりは

そしてゲームにいそしむことよりも

健全な行為ではないかと思う

少なくとも

食事時に家族でニュースを見ながら

(生活時間の差異でそう上手くはいかないが)

その話題から学びとるようなことをしてほしいと思う

かく言う我が家は

食事時間に僕が子供と一緒でないこと

妻が食事時のテレビ否定派なので

実行できていないのであるのだが……





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最終更新日  March 17, 2020 07:49:52 PM
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