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今日、台風だというのに、八重垣まで自転車で行った。晴れてる日だったら自転車大好きだから何にも苦ではなくて「全然余裕!今日はどこを寄り道しようかな~♪♪♪」って感じだけど、雨が降るとあの坂の多い道はきつい。。ひとに頼みごとをすることが苦手な自分の性格が恨めしい。。この問題を解決するには、自分が車を手に入れることが一番はやい気がした。途中雨風にくじけそうだった。雨の日の八重垣までの道はやたら滑って転ぶし。狭い道トラックぶいぶい通って危険だし。でも。高校生の頃、これよりずっと遠い道のりを毎日自転車こいでたんよ!こんな風、地元の冬の遠州のからっ風のほうがずっと強かったよ!あの頃だったら、今日は風が弱くてラッキーって思ってたよ!そんな風に喝を入れながらとろとろ自転車で行った。まぁ、今日はどうしても、外に行かないといけなかったから、うぇーってなってたけど。基本的に台風好きです。異常にわくわくする。来る前も最中も。もぅ、来る前の生ぬるくて風のないときの空気も、雨は降ってないけどやたら風だけ強いときも。朝、いつもより早起きして、なんども177に警報がでてるかどうか電話して、今日学校休みかどうかわくわくして。休みになったらガッツポーズして、家の窓から荒れゆく様子を観察するのが大好き。(警報が出てなくて、うぇーって今日みたいに学校行くこともあったけど)こっから回想。高校生のとき、警報が出て自宅待機だってのを知らんくて、普通に学校行ってしまった事がある。もちろんぶぅぶ。一応、行く前に友達にメールしたら警報でてないよーって言われたから行った。その友達も当然来ていた。遠すぎて家を早くに出んといけない子も来ていた。帰るにも帰れず、来ていた人たちで愉快に過ごした。警報が開放され午後登校になって、みんなにそうとうバカにされた。「警報出てるの知らんでいたとか、どばかだらぁ」とか。みんなどれほど愉快に過ごしたか知らんくせに。でも、もっとバカにされた人がいた。クラスの中でのポジションは、ラクロス部で言うとかっちゃんのような感じ。すなわち、何をしてもからかわれる。極度のいじられ役。警報が解除され、午後登校になったのを知らなくて、大遅刻。午後になっても来ないから、その人の友達が電話してようやく気づいた。結局その人が学校に来れたのは帰りのホームルーム直前。警報解除に気づかんかったのでいじられ、その数分のために学校に来たのかよとまたいじられ。そんなこともあったなぁ。。去年の夏は同窓会で、2次会行かず何人かで抜けて、夜中タクシーで海のそばのM高校に行って、コンビニで花火買いこんで、台風が去ったばかりの波が5mくらいあるのに海に行って命の危機を感じながら花火したなぁ。そんなこともあったなぁ。。
2004年07月31日
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テストの山が終わった。やっとのんびり体を休めて自分のことができる。テスト中、時間があまってやることがなかったので、テストが終わったら何をしようかとか考えていた。ラクロスのことやる、って決めた今、悩むことはない。(悩むとすればお金のことだけ。でもお金ってけっこうなんとかなるもの、かな。関東もやっぱり行けばよかったかなとも思うけど。。でも。)バイトのこと事件発覚から、1ヶ月たつけど、いまだに会社からは入金はおろか、連絡さえない。事業は再開しているのだから、今の状態を説明するのが筋ではないかと、思う。被害者は教師側が大半なんだから。金を払ってくれる家庭側にだけ「事業再開します」と2・3分の電話連絡だけやはがき1枚送っただけじゃ、こっちも納得できない。金曜日、バイトが終わって、まだ気力があったら、会社に行ってみよう。新しく来たばっかの人だから、どこまで知っているか。そして、どこまで話してくれるか。ある意味、この人も被害者なんだろうな。この問題は、もう疲れた。どういう形にせよ、早く解決してほしい。たとえそれが最悪の形であっても。・・むしろ、今の中途半端な状態が続くことが一番最悪のケースかもしれない。進むことも戻ることもできない。。進路のことこれが、一番の問題。まだ決心はしていないけど、みんなが就職活動を始めるこの時期に、わたしは、自分がこの道を進みたい!って思っていた道を行くのをやめて、ゼロから、何がしたいかわからない状態からまた歩いていこうかと思っている。・・でもまだ、決断ができないでいる。とりあえずなによりも先にすること体調が悪いとき、気持ちが不安定だったり、余裕がなかったり、いらいらしたり、マイナス思考だったり、太ったりするときはいつも、部屋が汚いとき。なんか、昔、『家が汚いと悪いものを呼び寄せる』という話を聞いた。確かに、前に見ていたかてきょのこの家に「なんでこんなに次から次へと不幸が起こるん??」って家があった。その家は、めっちゃ汚かったし、昼間でも家の中が薄暗くて、変なにおいもするし、霊感はほとんどないと思われるわたしでも「なんか変な霊とかいそう」とか思った。なんか勝手な思い込みだけど、マイナス思考や辛気臭い雰囲気が不幸を呼び、不幸がマイナス思考を起こさせる。と勝手に思っている。勝手に思ってるだけだから真偽はわかんない。時々自分もそのどつぼにはまることも、ある。自分で自覚してるから、落ち込むだけ落ち込んだら気持ちを切り替えることはできるけど。とりあえず、このごみ屋敷を片付けよう。ごみの山からプリント探しからテスト勉強が始まるこの部屋を。考え事もまとまんないよ。こんな部屋じゃ。あとのことは、考えて考えて考えて考え抜いて、結論をだす。結論出したら即行動!今年の夏は忙しくて、濃い夏になりそうだ。自分のこともラクロスも。だってなりたい自分になるって決めたんだから。6月14日を忘れない。
2004年07月30日
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ずっと絵を描いてきた。ずっと物語も書いていた。いつのまにか絵や物語をかかなくなってから、自分がつまらない人間になった気がする。小学校の頃、交換日記の延長で何人かで交換小説・交換漫画をかいてた。それで、自分ひとりでも漫画とかいろいろ描いてた。中学校の頃、美術部で、毎日絵を描いてた。美術部っても、帰宅部みたいなんじゃなくて、けっこう市内の賞総なめみたいな名門美術部だったから、毎日部活があった。今よりも、毎日ふざけ半分で人生生きてたから、けっこう先生にも怒られたけど。 訂正します。毎日のようにどうでもいいことで、怒られていました。夢も夢中になれることも時間もあったから一生懸命生きていた。人生の恩師との出会い。おがさとの出会い。家にいるときもけっこう絵を描いていた。部活では水彩だから、家ではパステル画や紙粘土造形や好きなことををしていた。毎日一生懸命だった。なんにも怖いものなんてなかった。自分が世界で一番だと思っていた。そんな自分でした。中3のときに絵本を選択国語の授業の一環で半年かけてかいた。選択国語って授業はかなり適当で。1時間好きなことをしていい時間だった。友達も絵本をかいていたけど、すぐにやめて宿題とか入試問題をしていた。絵本のコンセプトは大人の絵本。旅をしながら、知りたくないもの知らなきゃよかったことそんなことと出あい、終わりのない自問自答していく残酷な話。ラストはわたしの中ではハッピーエンド。でも、哀しい終わり方。友達に見せたら、賛否両論。普段ふざけ半分おもしろ半分に生きてた自分だったから、「あんたがこんなに深い人間だって思ったことなかった」と言われ、そこそこその話のファンもいた。その話をかいて、わたしはもうこれ以上の話はかけないと思って、それ以来物語をかかなくなった。受験もあったし。高校になってからかな。あんまり絵を描かなくなったのは。でもちょこちょこ小さいのは描いていたし、帰宅部状態の美術部だったし。(1年だけ漫研にもいたけど、漫研っていうより恋バナ部だった)高3の夏、文化祭用に小さな油絵を描いたのがおしまい。本気で描いたのは半分にたたんだふとんくらいの大きさの油絵を高2の秋にコンクール用に描いてそれが最後。高校生の頃はちょっと街あそびとか人間観察とか青春ごっこに夢中になってたし。でも楽しかったね。(きえ、加茂、おがさは最近みてるのかな?ほかの人たちには、ここ作ったこと恥ずかしくてなかなか言えてないや。そのうち言おう。。)そんなこんなですっかり自分が何かを“創る”ってことから離れていたけれど、現実に迫っている“就職”の2文字で、「自分は何をして生きていきたい??」ってすごく考える。自分が今まで進もうとしていた道は自分の道じゃないような気がした。じゃあ自分の道は?って。どこからわき道に行ったのかな?って。だから、自分の夢が曖昧になったのはどこか?言い換えると、いつまで自分のやりたいことをはっきりと意識していた?それを探すことにした。確実にこの頃はあった!っていえるのが、中学生時代。あの頃はなんか、なりたいものがありすぎて決めきれんかった。高校のころから、ぼんやり楽しい「今」を生きるようになった。(そんな高校時代をまったく後悔はしてない。だって楽しかったんだもん)(そして、今上に書いた数行と同じ場面が「絵本」の中で主人公が自問自答している。。文章にして、はじめて今気づいた。。)だから、あの頃みたいに絵をもう一度描いてみよう。って思った。イコール絵描きになりたい、ってわけじゃない。絵を描くことが自分の心と向き合うのに、自分には一番手っ取り早い方法かな。と思った。もしかしたら、何も見つからないかもしれない。もしかしたら、今自分のいる道がやっぱり正しかったって思うかもしれない。やってみないとわからない。でもやってみると思えるだけの価値はあると思う。そう思っている。あと、その絵本を清書しようと思った。そのために今日それを描きこむ用の本を買ってきた。高校時代・大学生になっても、人生に行き詰ったとき、いつもその絵本を記したノートを開く。そして、救われる。だから、ちゃんと形にしてあげよう。そう思った。しかし、大学生の自分が中学生の頃の自分に救われて、道を諭されるとは「自分が世界一!」って思い込んでるだけあるな。中学生の頃の自分は。(「絵本」はゆくゆくはこのページにアップしたいとも思うけど、今はそんな技術がないので。。)
2004年07月29日
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この日、わたしは、とてもいらいらしていた。今週はじめから、いろんな教授がレポート提出やテストの日程をあいまいなままにして、学生をふりまわしたり、テスト問題が本気で人を小ばかにしたような問題だったりでそんなんが積もり積もっていらいらが抑えられなくなっていた。(ある先生は、先週の金曜の午後に月曜日の試験は来週ですか?再来週ですか?って聞いても「う~ん、80%の確率で再来週!」は?気分ですか?来週か再来週かで今週末の勉強計画がかわるんですけど?結局、試験日程の張り紙してあったのは今日でした。。)普段だったら流せるけど、自分に余裕のないときにいろんな先生にそんなことされると、、、。そんなこんなで、あー今日バイト行きたくないなぁ。。なんかすさんだ心で接してしまいそうって思っていたんですけど。そんなことはありませんでした。なんか、そのすさんだ気持ちを穏やかにしてくれました。別に「今日むかつくことあったんだ」なんてことは言ってません。ただ、その子とおしゃべりして時間をすごしただけです。(わたしのかてきょは、不登校や家庭に問題を抱える子をおもに見ているので、勉強よりもメンタルケアなんです。1時間半の指導で1時間おしゃべり、30分勉強くらいのペース)子供ってすげぇ...子供がわたしを頼りにしているときもあるし、わたしが子供に救われるときもある。おもしろいな。これで某Fグループの件がなければうきうきなのに。(Fグループの詐欺事件の件、やっと日記に書く決意ができました。この1か月この問題のことばかりで、正直ほかのことは手につかないし、ストレスたまりまくりで、最近の体調不良もこのことが原因なんです。近いうちに今の思いを書きます。)そんなこんなで、今日は「心の糧」という言葉を思い出していた。加茂(高校時代の友人)に言われた言葉。立ち直れないくらい、うたれて、どん底に沈んでいたとき、「つらいことだけじゃなくて、たのしいことうれしいこともあったんだから、それが心の糧になるはずさー。」(ちょっと事情により本当に言われた言葉とはちがうんだけど)ありがとう。むしろそんな思い出より加茂の言葉のほうが心の糧だよとかそのとき思った。加茂からそんなまじめな言葉が出てくるなんて思わなかった。あれだな、ギャップが売り物だな。ちなみに加茂は超美人。でもすごく丸い。最近やせたってうわさで聞いたけどどうなん??やせた加茂とか想像できん。あと加茂はわたしなんか足元にも及ばないほど肌がきれい。この人には毛穴が存在しません。わたしはこの間21になったわけだけど、肌年齢は15歳くらい。最近荒れ気味だけど。それでも加茂には勝てません。こんどまた、例の(?)漫画喫茶でおがさと卓球しようぜぃ♪秘技!山のかなた!!
2004年07月28日
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今日は、外から聞こえてくるラジオ体操の音楽で目が覚めた。めずらしいなぁ、と思って外に出てみると、向かいの公園で子供たちの集団と母親たちがラジオ体操をしていた。ラジオ体操、好きです。早起きして余裕のある日は、6時からの外国語講座を見て、6時半からの体操をします。最近は忙しくて、してませんでしたが。もし、これからもずっと、公園でやっているのであれば、混ぜてもらおうか、とも思ったけれど、テストが終わったら、ほぼ毎日あされんでした。残念。ラジオ体操部でも作ろうかなぁ。==================================今日はわたしの好きな本をちょっと紹介。WAVE出版『朝あそび』この本とのであいは浜松で本屋めぐりをしているとき。表紙の青空に目をひかれ、ぱらぱらと中身をみて、買うことを即決。直感パラダイス。写真多目です。もともと朝早くの空気が一日で一番好き。だけど、この本を読んだら、朝をもっともっと楽しもう!!朝最高!!そんな気分になる。朝が来るのが楽しみになる本です。
2004年07月27日
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福井豪雨の被災地に2億円の当たりくじが匿名で送られたそうです。「1枚しかなくてごめんなさい。」と速達で。送り主の名前も住所も架空のものだったそうです。ちょっと前のニュースを、世間に遅ればせながら26日に知りました。まさにサマージャンボ。自分だったら・・どうでしょうかね。あんまり心のきれいな人間ではないので。でももし、一等前後賞3億円当たったとして、もし、東海大震災が起こったとして、浜松に2億円、あげるかもしれないかも。多分そのときの気分なんだろうなぁ。それよりもその2億円で友達やお世話になった人に家を1軒ずつ買ってしまうかも。匿名にもしないだろうし。結局は自分のまわりだけかも。。あれだなぁ、ミスチルのHEROの「例えば誰か一人の命と 引き換えに世界を救えるとして 僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ」多分それも気まぐれで決めるんだろうな、自分は。そんなことを思った。人生気まぐれ。いつまでも子供のまま。てか、文章も考えもがまとまらなくなったので、今日の日記は中途半端にこのままで終わります。。あしからず。
2004年07月26日
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誕生日おめでとうメッセージありがとうございます☆★そして、なっち、おまめ、今年もひとついっしょに歳をとりました。おめでとう。なっちは部活の人はご存知。部活の後輩です。おまめはM高生はご存知。高校時代の友達です。高校時代の友人は、自分も含め、筆不精なので、久々にみんなと連絡をとりました。うれしいです。おまめとは1年ぶり。1年に一度とか、織姫と彦星みたい。===========================================25日の日記。 かき氷やさん。 文化祭みたいで楽しかったです◎初めてスカートのユニ着ました@1日おいてしまったので・・楽しいことは楽しい気分ですぐかかないとダメですねー。。今テスト勉の気分転換にかいてるので、どうも。。。なので、1日たって気付いたことを(えらそうに)徒然とかきます。お客様は神様です。商売屋の娘なので、働いてお金をもらうことには敏感です。お客様に限らず、こういったことをするにあたって、生きていくにあたって、一番肝心なこと。ありがとうの気持ちです。人間感謝してなんぼです。お客様だけでなく、今回かき氷さんをするにあたって協力してくれたすべての人、場所・道具・労力を提供してくださった方々、生活のかかっている他のてきやさん、運営に参加したメンバー全員。とにかく、今回関わった人全員にありがとうです。今は、学生ということで無意識に甘えてしまっているところもあるんだと思うけれど、きちんと感謝の意を伝えないといけないとも、思いました。てか、最近いろんなイベントがある中で、そう思っていました。学生とはいえ、もう成人している人が大半の集団なんだから、礼儀やマナーはしっかりしなければ・・幼少の頃の一番最初のしつけは、「公共の場でのマナー」と「お金のやりとり」に関して。自分たちのことじゃなくてもこれが守れない場面に出くわすと、気持ち悪くてしかたない。えらそうなことばかり言いましたが、今回直前に体調を崩して、全然協力できてないんです。。。ごめんなさい。。。 おいしいものを食べる。 かき氷やさんのシフトが終わって、ふくぞうとちあいと出店をうろちょろしました@おいしいものをたくさん食べました。祭りのこういう雰囲気、出店の食べ物・遊びもの大好きです。うなぎかえってから、ちあいとうちで勉強しました。遊んでばっかであんまりしなかったけど。ばんごはんにこの間実家から送ってもらった最後のうなぎを食べました。一匹をふたりでわけっこして食べました。ちあいはおいしいおいしいと言って食べました。おいしいものをおいしいって言って食べる人はいいと思いました。麩饅頭出店のなかに和菓子屋さんがあって、麩饅頭をばら売りしていました。前に何かの本で見て、ずっと食べてみたい!!!って思っていたから、夢かなってうれしかった、です。
2004年07月25日
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祭りは参加したもん勝ち!!すっごい楽しかった!祭りに参加するチャンスをくれてayazさんありがとうございます◎◎やっぱり祭りは参加してなんぼですね!楽しい楽しい誕生日前夜祭でした!そいや!
2004年07月24日
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実家で飼っている犬が、どうもウナギイヌになった模様です。しつけのなっていない、うちの駄犬は食べ物のにおいにつられて、ゴミ箱をあさります。最近の好物はうなぎだそうです。うなぎのゴミをあさってばっかりいるそうです。そして、うちの犬は太りすぎのせいか、クネクネクネクネしながら歩きます。背中の毛は真っ黒で、しかも、黒光りしています。まさにウナギイヌ。ちょっと調べてみたら、赤塚先生のかくウナギイヌの出身地は浜名湖でした。あれまぁ。。同郷ですね。今日は、頭痛が抜けなくって大変でした。結局テスト勉はなにも出来ないままでした・・・そして、今日は教授のやさしさを再確認しました。口ではすごく厳しいことを言ってくるけれど、でも、本当は学生のことを考えてくれていることを、知っていた。だから、わたしは、どれだけ叱られてへこんでも、教授をきらわない。叱られたときよりも、なにも言われず放置されたときのほうが100倍へこむ。正直、数学はもういいや。と思うけれど、裏切らないようにしたい。明日あさっては天神祭です。明日はみこしです。あさっては、誕生日です。明日は盛大な前夜祭になるように!!!!
2004年07月23日
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今日中に教科書をあと50ページ、ノートに書き写さないといけないので、今日はもう日記を先に書いてしまいます。最近ずっとあたまが痛いんです。しかも、左だけ。偏頭痛?かとも思うのだけど、家庭の医学で調べる偏頭痛とは症状が違う。昔からテスト前とかであたまをめっちゃ使うとき・何か悩みがあってそれを煮詰めるときはいつも、あたまの左側が痛くなる。これは、あれかな。左脳の使いすぎ。ちょっと調べてみたところ、右脳 = イメージ 図形 芸術左脳 = 言語 数字 理論ってのが、だいたいどこも共通。自分のタイプを調べてみたところ、やや右脳派よりの中間型となった。まぁ当然といえば当然かな。3歳からピアノやエレクトーンを始めて小5まで続け、中高と美術部。好きな科目・得意科目は美術音楽数学地理。そして今は理論がすべての数学を専門にやっている。直感で行動するくせに、やたら理屈っぽい。右脳パワーと左脳パワーがプラスマイナス0になっている。ただ、やっぱり左脳を使って考えるよりも、右脳を使って作業したほうが自分は楽かな。数学や物理をするときも、いつも図を描く。紙にかけないのなら頭の中に描く。まず使うのが右脳でのイメージ。それから、それを形にしてくれるんが左脳。きちんと使い分け。だから、この左あたまの頭痛はきっと詰め込み勉強のしすぎで、左脳がオーバーヒートしてるんだろう。そういうことだろう。暗記も昔から苦手。暗記する作業は左脳だってさ。。。ハハとこの間電話したとき、このことを何も話していないのに、「考え事するのもいいけど、あんまり左脳ばっか使わないように。」と忠告された。多分新聞かなんかの記事で読んだからだとは思うけど。ごめんよ。きっと元は右脳型人間なんだろうけど、ちょっと無理して左脳鍛えたから悲鳴あげてるんかもね。テストが終わったら久々にぷらりと美術館でも行こう。そうしよう。ちょっと今日は無理やり理由をつけて、言い訳してみたりして。勝手な言い分でした。
2004年07月22日
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土用の丑の日です。この日にうなぎを食べないと、わたしの夏は始まらない。あぁ、うなぎラブです。。。。浜松っ子なあやかは、うなぎを偏愛しています。(当然ですが、すべての浜松人がうなぎが好きと言うわけではありません。こっちに来たときに、「静岡出身なのに、サッカーに興味ない!?意味がわからん!!!!」そんなこと言われても。。。。けっこうそういう人もいますよ。ラクロスはじめてから、見るようになってはきたけれど。。)さてさて、昨日実家からうなぎが5匹分送られてきました。経緯はラクロスの掲示板にかきました。 まじうま・・・ 遠州弁で言うなら、どうまいら。(若干ニュアンス違う気もするけど・・)(関係ないけど、だいぶと前に、アド街ック天国の浜松特集でで大澄賢也(浜松出身)が、「どうまいら!浜松」とやたら言っているのをみました。)今日は、3食うなぎを食べました。今年の新茶も一緒に飲みました。しあわせだ!!今日にあったR-CAPの解説会でのことは、もうちょっと自己分析してから、書きます。今日の日記は支離滅裂で文章がまとまっていません。まぁ、うなぎで興奮していて、冷静に文章が組み立てられないんですねーきっと。なので、このへんで。ではまた。
2004年07月21日
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いろいろあった日でした。こんな日の日記を、いつまでも仮日記のままでは、いけません。男気昨日の夜中、突然、バイトがお休みになった。だから、今日、学校に行って学科の友達に、「今日バイト休みになっただよー@@テスト勉するで、応用解析学概論のノート貸して??」「まじで?今日ひまなら氷川きよしのコンサート行く??ただ券あるよ??」「行く!!!!」「20枚くらいあるけん、友達もさそいんさいな@@」ってことで、ラクロッサーたちを誘って、氷川きよしのコンサートに行くことになりました。高校生の頃に「クリスマス?氷川きよしのコンサート行くからひまじゃないよー(笑)」と冗談のネタにしていたのに、本当に氷川きよしのコンサートに行く日が来るとは。。偶然?これこそ『出会いは必然』ってやつでしょうか。。むずかしいことはよくわからないから、この問いかけは流します。さて、会場に行くまでにちょっとドタバタしてしまい、1曲目には残念ながら間に合わなかったのですが。。。 ・・・。 もう、絶句です。 かっこいい・・・。細っっ!顔ちっちゃっっ!世の中のおばさまたちが夢中になる気持ちを心底理解しました。もう、氷川きよしを笑いのネタに使うなんて出来ません。白雲の城でのきよしの和服姿。もぅ。。。落ち着いてかこうと思ったけれど、どうも冷静になれません。ああああ。ラクロス部集団初恋の日でした。ほんとはもっと別のこともかこうと思っていたけれど、ちょっと今日はやはり、きよしのことだけにします。うなぎのことは土用丑の日にかきます。
2004年07月20日
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今日の日記は、少し、自分の弱音がでて、どろどろとしています。少し、痛いです。公の場にこんなことを書くのもどうかと思ったけど、自分の本音だから書きます。わるいものを人からもらいたくないという人は遠慮してください。心の中に、今、膿があります。原因は複合的なものです。おもに肉体的・精神的疲労からです。原因のひとつひとつは、たいてい、とるに足らないものです。普通に元気なときなら、余裕で乗りこえるか流すことのできるようなささいなことです。ただ、肉体的に疲れたんが先か精神的に疲れたんが先かは、今となってはわからないけれど、今、抵抗力が弱っていて、自分以外からの刺激に敏感になってしまっています。敏感になっていて、小さなことでも自分にひっかかって、その傷から、ばい菌が入って、抵抗力の弱っている自分はそれに対抗できなくて、どんどん膿がたまっていってしまう。。悪循環です。2ヶ月前にも、同じ状態になりました。そのときは、統計学のグループ発表で、望まずも、グループリーダーになってしまって、班員たちとの人間関係・なれないリーダー職・部活に参加できない寂しさや小さな疎外感が、全部ストレスになってしまっていました。その時は、ほとんど誰にも相談できずに、自分ひとりでなんとかしようとしていました。顔見知りの仲なので、その不満を誰かに話したら、悪口になってしまうんですね。悪口を言うって形で、ストレスを発散したくなかったんです。自分にその気はなくとも、悪意を伝染するってことになってしまうって。中途に陰でいうくらいやったら、直接言うわって。でも、結局言うことはありませんでした。わたしが班員に対して不満を持つと同じように、わたしもまた、リーダーとしての役割を十分に果たせるだけの能力がなかったからです。結果、自分がどうなったかというと、体のほうが、壊れてしまったんですね。起きている間中続く胃痛と胃の不快感。ご飯を食べるとおなか下したり、もどしてしまったり。そんな状態だから、意識もいつもぼんやり。何にもないのに、急に涙が出てきて、自分の意思で止めることが出来なくなったり。。中高生時代の思春期の頃に、悩んでいる時に、胃痛とかちょっとあるくらいだったけれど。大人になってから、ここまで追い詰められるとは思いませんでした。そんなときでも、ささえてくれる友達や、話を聞いてくれる先輩がいました。話と言っても、自分はリーダーの器じゃないのにという愚痴だけれど。まぁ、心ある人達の支えと、ぶつかり合いながらもいいものを仕上げようとする班員となんとか自分の役割を終え、その授業の発表は見事コンペ優勝という最高の結果を出せたわけですけど。全部が終わったあと愚痴をきいてくれた先輩(てか去年のキャプテンですけど)にお礼を言ったあと、先輩は言いました。「愚痴や弱音は吐き出さないと次へ進めないんだと思います。泣きたいときに泣くことはとても大切だと思います」と。わたしには、「頼ってくれていいんだよ?」って言ってくれる人に、依存しすぎて、そして、その人の前で弱音ばっかり言って、泣きすぎて、大切な人をなくした過去が、あるんです。だから、余計に自分のことは自分ひとりでなんとかしようという気持ちがあるんです。でも、先輩の言ってくれたことは自分にとっては、ひとつの真実で、自分にたまってしまった膿はなんらかの形で、外に出さなければいけない。にきびをつぶして消毒するように。そして、わたしは、もう少し、他の人に自分の考えを伝える事をしなければ、いけない。そう思って、こうした公の場に自分の思いを書くことにしました。こんな、自分がすっきりするためだけのこんな長い文章を最後まで読んでくれた人、本当にありがとうごさいます。やっとにきびをつぶすことができました。あとは、消毒しながら膿を完全に出すだけです。落ち込むだけ落ち込んだら、後はのぼるだけです。明日もあさっても生きるぞぉ
2004年07月19日
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今日は、ブライダルスタッフのバイトで八重垣まで。この仕事をしていて、いつも思うのが、「人のしあわせにふれるのっていいなぁ・・・」って思います。しあわせがひとからひとへ伝染していって、すこしずつみんなでしあわせになれる。そんな気がします。いつも、仕事中だというのに、他人だというのに、新郎新婦入場や新婦さんが両親に手紙を読むところ・・・いつも涙がうるうるします。もらい泣き。ええいああです。今日の新郎は、高校時代の同級生にそっくりでした。ちょっとうけました。なつかしくなったので、彼にメールを送りました。意外にも返事がまともな返事が返ってきたので、びっくり。自分や他の同級生だったら「あ、そう」で流す(流される)か、気分によっては無視してしまう(無視される)し。。そういえばこの人はマメな人だったなぁ。。そうそう、帰りに八重垣神社の中をぷらっとしてみたりしたけど、さずかり飴ってなんであんな生々しいかたちなんでしょうかねぇ。。初めて来たときさずかり飴を歩きながら食べてる男の人がいて、さずかり飴の存在を知らなかったわたしと友人は「なにあれ!?あれはたべものなん!?」と凝視してしまった。。シモネタ大好きな弟が喜ぶと思ってお土産に買うことに、決心。でもありえないくらいの勇気がいりました。まさに一大決心。
2004年07月18日
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昨日あけたばっかりのピアスホールが今日消毒中に閉じてしまった。。泣先っぽだけは入るけれど、入れようとすると痛い。。耳はあかくなって血もにじんできた。。完全に閉じてしまったみたい。。これは、就活や教育実習、結婚式場のバイトもあるからあけるなってことでしょうか。ってことにします。。。。高2のときにあけた穴もアクシデントでとじてしまいました。どうやら、わたしとピアスは相性がわるいようです。あぁ・・・お金のないときに、むだづかいをしてしまいました。心底イタイ出来事です。短い夢でした。
2004年07月17日
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朝練のあと、ちあいたちと体育館の2階にいって、50分ほどエアロバイクこいできました。やたらすがすがしい。今日、ようやく、自分ひらいてきたかな。と思いました。もう少し自分の中で煮詰めれば、悩みを、他の人にも話せる段階まで、もって来れそう。そう思いました。自分がひらいてきた記念にピアスをあけることに、しました。ってのはただの口実ですが。高校生のときに穴をふさいで以来だーなんだか無意味にテンションが高くて、うきうきしてます。
2004年07月16日
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なんか、今日は、朝からテンションが高かった!!やっと閉じていた自分が開いてきたのかなと思った。今日の気分は斉藤和義!隣の人はたぶん家にいないから、と、かなり大音量でCDをかけていた。わたしに斉藤和義を紹介してくれた兄弟以外に一人しか、今まで、「斉藤和義が好き!」って人に出会ったことがない。。決してマイナーな人ではないと思うのだけど。。ちなみに昔のポンキッキーズのオープニングの「走る街を見下ろして~♪」の歩いて帰ろうも斉藤和義。わたしの見たビートルズもTVの中。(当然ですが。。)
2004年07月15日
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安藤忠雄氏の講演会に行きました。今回、わたしは、(ちょっと言い方が悪くなってしまうけれど、)そんなに何か自分にプラスにしようとか、高い意識を持って聴きに行ったってわけでもないんですね。本当のところ。行きたくなかったという意味では決してなくて、「こんな講演会があるよ」ってきいたとき、即、「行きたい!!」って思いました。なにか自分にプラスになるかもしれんから、という「学ぶ」目的で行ったわけじゃないんです。ただ、建築や都市計画・設計に興味があるから、という純粋に「楽しむ」目的だったんですね。(もともと、理系を選んだんは、都市工学・環境工学をやりたいからだったんです。あたまが足りんかったんと、いろいろ思うことがあって、結局は数学を選んだんですが)講演会もほんと、ミーハー気分で聴いていました。でも、ほんっっとにおもしろかった!!「学ぶ」っていう意識がなくて「楽しむ」って意識を持っていたから余計にそうだったのかもしれないけれど。楽しみながら聴いたんで、メモもとってないし、今回何を得たのかも具体的にはっきりとした言葉では言えないけれど、本当にきてよかった@@もし、自分が今後成長して、いろんな世界をみて、そのときに、安藤氏の話をきくことが、出来るのなら、今度はどんなふうに感じるのか。そんなことを思いました。いくつか自分の「生涯のうちで行ってみたいところリスト」も増えました。このリスト、生きてるうちに全部まわれるんかな。。??雑記安藤氏の講演が終わってからのシンポジウム、就職ガイダンスを受けた直後、安藤氏の話を満喫した自分には集中力の限界でした。きょろきょろと人間観察ばかりしていた。隣を見たら、かっちゃんが一生懸命メモをとっている。。わたしもマネしようかな、と思ったけれど、結局、その紙は似顔絵や落書きでいっぱいになってしまっていました。かっちゃんに見られ、笑われ、次の日学校で友達に見られ、笑われ。。かろうじてある少ない文字は、○産官学○最大公約数→賛否両論○島根は時代を先取り○ものごとについて感動する○共感:共に感じる○地域に愛着を○自分たちのまちは自分たちでつくる○裏日本○月影以上です。自分が内容わかれば、メモなんてそれでいいんだい。とすねてみたり。ザリガニやら鶏やらマリオとかの記憶スケッチと頭足人でいっぱいのメモがき。自分の脳内パラダイスを図にするとこんな感じかとびっくりしたり。学校のノートもそんなんでいっぱいです。ノート貸して、レポート問題の場所の説明するときも、「猫バスのページの真ん中らへん」「顔が4つかいてあるページの最後」とか、ちょっとだけ便利。あっ、今思うと、シンポジウムは少し学びモードでした。「安藤さんの話はおもしろくって、でもなんで他の人の話はあんまりおもしろくない。その違いは何か。」800円分学ばなきゃね。。800円分以上に楽しんだけど。
2004年07月14日
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今日は、出店のためのかき氷をいろいろと考えました。新しい企画みたいなことを考えるのは、楽しいなってすこし思ったりして。そういえば、昔から、こういうことが好きだったと思ったりして。これが、今悩んでいることの、答えの手がかりになればいいとも、思ったりして。最近は、閉じ気味の自分だけど、ふくとちぃといろいろかき氷の試作をしている時は、楽しかった。ひとといっしょに過ごすのは、やっぱりいいな。今日は、これだけで。
2004年07月13日
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今日は、自分の課題がいくつか見えた。というか、再認識した。自分の思っていることを相手に伝えるっていうのは、本当に難しい。。わたしの場合、何が問題かって考えたら、自分の頭の中にあることやイメージを、言葉になおすこと。それが、できない。そして、相手にわかるような表現をすることが、できない。でも、それは、たぶん今まで、そういう風に、真剣な話し合いを経験していないからで、これから自分がきちんとその練習をすれば、できるようになる。この日記を始めたんは、そのため。目標があるなら、やりたいことがあるなら、あとはやるしかない。再確認の日でした。追伸→昨日、日記にながながとかいてしまった、エアグルーヴについて、驚くべきニュースを今しがた知った。彼女の今年生まれたばかりの子供が、競り市では日本史上最高額で落札された。その金額、ななななんと、4億9千万円!!今までの最高額を1億円以上も上回って。これからこの仔がどんな馬生を送るか、どんなドラマをつくるかは、わからないけども、生まれたばかりの可能性は未知数のグルの子供をそれだけ評価してくれている人が現実にいること。それだけは確かなこと。
2004年07月12日
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選挙ですね。初めて選挙に行ってきました!中学か高校のとき誰かが「政治は、詳しくなればなるほど、おもしろいんだよ! あれほど面白いものはなかなかない。」と言っていて、その時は、ふぅんそんなものか。と思ったけれど、今は、少しおもしろいと思うようになりました。すこしだけ大人の楽しみ(?)が増えました。。今日、久々に競馬中継を、見ました。競馬中毒になっていた中3の頃、とてもとてもすごくすごく大好きな馬がいました。いつもいつもその馬のことばかり考えていました。もはや恋愛状態。彼女の名前はエアグルーヴ。超一流の男馬たちと互角に戦い、勝つことのできる、超一流の牝馬。わたしの中では、彼女以上の馬はいません。本当に強くて、そして女らしく、かわいしい子です。わたしはこんな女性になりたい。今も昔もそう思っています。↓グルについての漫画です。この作者の絵が大好き。http://www1.odn.ne.jp/arakawa-kou/umaman/airg1.htm今日のレースでは、彼女の子供が勝負の場に出ていました。(わたしはエアグルーヴのことをグルといい、彼女の子供をグルっ子とよんでいます。)グルっ子はいい馬だとは思うけれど、どうしても母親が母親だけに、過剰な期待をしてしまう。そして、勝てないと必要以上にがっかりしてしまっていた。だから、グルはグル。グルっ子はグルっ子と割り切ってすこし冷めた感じで見るようになっていました。でも、今日はグルっ子がパドックに現れたとき、ほんとにグルの気合の入っているときにそっくりで、あぁ、今日は絶対勝つな。と思いました。結果はもちろん一着。ゴールを一番に駆け抜ける、走り方、表情、すべてがグルのようでした。わたしは、涙がとまりませんでした。グル、グルっ子。感動をありがとう。わたしも、がんばるよ。と勝手に思いました。どうも競馬の話になると長くなります。これでもかなり省略したんですけど。。(本当にわたしはエアグルーヴが大好きで、愛犬の名前も「グル」と名づけているんです。)
2004年07月11日
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今日はおかしな天気の中で、試合だった。足元の悪い中、大きなけが人が出なかったのが幸い。栄養講習会をうけた。講師の方はアテネ前で忙しいところ、わざわざ島根に来てくれたのだし、その分といったら表現がおかしくなるのだけど、しっかり話を聞いて、いろんなことを得よう、と思った。・・しかし悲しきかな、B型人間の宿命なのか、わたし個人の問題なのか、集中してるときはすごく集中しているのだけど、一度集中力がきれてしまったら、最後。「話うまいなぁ。どうやったら相手に興味を持たせる話し方、相手の気を引く話し方、話のまとめ方、うまいプレゼンができるんだろう。。」そんなことを考えてました。自分のバカ。せっかく一流の人の話が聞ける機会だったのに。その後、コーチ、同回生、後輩まじえて8人で温泉へ。癒されました。。時間ギリギリでお風呂あがりはあんまりゆっくりできなかったけれど。温泉大好き。島根はいいとこです。足湯も大好き◎
2004年07月10日
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今日、雨にふられて、ぐしょぬれになった。靴もびしょびしょで、かなり気持ち悪かった。「自転車をこぐときくらいは脱いでても大丈夫かな。」と思って、裸足で自転車に今日は乗っていました。・・・これはかなり気持ちいい!!(・∀・)☆小さいけれど、新たな発見でした。。
2004年07月09日
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今日、1冊の本を読み終えました。麻生圭子さんの書いている、『京都がくれた「小さな生活」』という本です。わたしは小さな頃から、読書の習慣があるので、まぁ、わりと本は読むほうです。読むスピードも、はやいほうです。売れ筋のハードカバーの厚めの本でも、たいがい立ち読みで読み終えてます。ただ、この本はそういう読み方をするのではなくて、1ページ1ページ情景を思い浮かべながら時間をかけて読みました。1冊の文庫本を読み終えるのに、1ヶ月近くかかった。勉強の本以外では初めてのことです。憧れの地、京都への憧れが、またひとつ強くなりました。いい本でした。
2004年07月08日
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7月7日、今日は七夕ですね。今年はいい天気なので、きっとおりひめとひこぼしもうまいこと会えることでしょう。わたしに関しては、七夕とクリスマスイブはちょっとした厄日なんです。。と、いうのも、高3の七夕、当時のわたしは短冊に、 ・彼氏とうまくいきますように。 ・ダイエット成功しますように。 ・○○大学(当時好きだった歌手が通っていた大学)にいけますように。のようなことをかき、つるした。結果は、彼氏とは別れ、受験のストレスで10kg太り、センターで異常な緊張をし、手が震えっぱなし、頭がまっしろなまま、わたしの受験生生活は終わった。(島根に来たことは結果的に自分にプラスになったのだけど)そこで、わたしが思い知らされたこと。それは、「わたしの願いは、わたしが叶える。」他力本願だった自分を心底、変えたいと思いました。それから、わたしは、変えたい自分を変えました。今は、なりたい自分になる最中です。。今日就職ガイダンスのあとに何人かで学食に行ったら、でっかい笹に、誰がつるしたのか、「男女で四地区優勝 男女ラクロス部」と短冊に掲げていました。わたし達の願いはわたし達が叶える。
2004年07月07日
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今日は天気がよかった。授業も休講。思いつきで散歩することにした。今日は城のあたりを散策した。ずっと、行ってみたかった明々庵に行ってみることにしました。明々庵にあがる小道は、こんな暑い日なのに、とても涼しく、子供の頃・中高生時代のお気に入りの場所と同じにおいや音がしました。この小道や階段はとても絵にするにはいいところで、中学の頃美術部で風景画メインでやっていたわたしは絵を描きたい欲求がめらめらと。この季節って写生の季節なんですよね。夏の写生大会前に何枚か描いて練習をかねた品評会をする時期。あーひさびさに描きたい!!わたしが明々庵に行ったとき、他の観光客は誰もいなくて、畳のいいにおいのする涼しい縁側で、お抹茶と和菓子をいただきながら、ゆっくりと考え事や回想にふけることができました。それから、お抹茶をたててくれたおばちゃんは、不昧公・明々庵・菅田庵の歴史や松江の昔話、ブラジルからの留学生、いろんな話をしてくれました。充実した昼下がり、ばんざい!!ではまた。
2004年07月06日
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今日コンビニで、高校時代いつも友達が持っていたあめを発見しました。あの頃の思い出が一気に蘇った。なので、電話をしたら、日記にかいていいよーって言ってたので、書きます。彼女の名前は、きえ。きえは本当におもしろい。そして、よくしゃべる。ほっておくと一日中でもしゃべっている。学校からの帰り道、30分近くずっとノンストップでひとりでしゃべっていた。一緒に遊んでいる時も、よくしゃべる。ミ○ドでおしゃべりしていて、長居しすぎて(3時間ほど・・迷惑ですね。)、追い出された。その後マッ○に移動しておしゃべりしていたけれど(これまた3時間ほど)、閉店時間になったので、追い出され、行くあてのなくなったまだ寒い春先の夜の街の片隅の電話ボックスに2人で入って道行く人の人間観察や「電話ボックスに2人も入ってるのになんでノーリアクション?二度見とかしてよ」などとダメだしをしてみたり。きえとの出会いは高2のバレンタインデー。当時は全然他人でしたが、放課後廊下で友達を待っていたわたしに「チョコ食べるけ??」とアーモンドチョコ1粒くれたのが出会いです。高3で同じクラスになって初めてそこで仲良くなりました。今もきえと遊ぶときは「いや、普通しないから」ということをノリでやってのける。ふたりのテーマは「サプライズ」と「決断と実行」。それだけで、すべての行動が決まる。きえと話しているとすべてのことが楽しくなる。楽しいことしか話さない。楽しくないことも深刻な相談もいつの間にか笑い話になって楽しくなってくる。それがきえのいいところ。今はお互い地元を離れ、本州のはしとはしに住んでいるからなかなか会えないけれど、疎遠になれない友達。それがきえ。今度またサプライズしようね。
2004年07月05日
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日記やプロフィールで自分の昔のことを思い出しながら書く。忘れることは絶対にできないけれど、日常の生活に追われて、思い出す時間は少ない。でも、こうやってあの頃あった些細なことを思い出すことがうれしい。子供のまま大人になってしまったけれど、小中学生の頃の自分が100%そのままではなくて、手に入れたものも失ったものもあるということに気付く。でも悪い気分じゃない。わたしは“子供を内在化した大人”になりたい。ところで、昔あった出来事を思い出すときって、自分の目線じゃなくて斜め上からとか後ろからとか前からとか第3者の目線で回想するのですが、これってみんなそうなんでしょうか??前に知人に話したら変わってると言われたので。ではまた。
2004年07月04日
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半プライベートで岡山に行きました。すこし時間があったので、昔かてきょでみていた子と会うことができました。時間がなかったので10分かそこらしか会うことができませんでしたが、それでも元気そうな様子がみれてとても安心し、お互い再会を喜びあいました。なんか話しているうちにその子がうれし泣きをして、その時わたしは、わたしとその子がいっしょに過ごした時間はとても少なくて、何もしてあげられてなかったなと思っていたので、わたしもまたうれし泣きしそうになりました。もともと、体が弱くおとなしい子だったので、単身知らない地に行くことになったその子をとても心配していましたが、明るくきれいになった彼女を見て、もう教師の立場として見守る必要はないかな。。と思いました。これからは先生と生徒という上下の関係ではなくてもうちょっと友達に近いななめの関係になれたらいいと思いました。とはいえ、かてきょをして2年になる子は、もうほとんど友達状態で、「同い年だったら、親友だったねー」とか言ってたりします。ほんとにわたしの中学生時代のような子です。このままこの子が成長してわたしのような大人になってしまったら・・と思ったらとても不安でしかたありません。。家庭教師と生徒って勉強だけの関係じゃないから、難しいし、悩むけれど、その分嬉しいしんですよね。わたしが今現在も中学時代の塾の先生や恩師と連絡をとっているのは、きっと、わたしと元生徒との今回の再会と同じ理由ではないかと、今ふと思いました。会いたいから、会う。今しあわせだから伝えたい。そんなとこかな。ではまた。
2004年07月03日
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今日はいろいろな理由であちこち社会人の人が仕事で出入りするような、ところを訪問しました。先輩は緊張することはないよって言ってくれたけど、やっぱり初めて訪れるところで、同じ年代の人があんまりいないような場所は緊張しますね。。震えが止まらなくてそんな自分にびっくりしました。まぁ、2回目からは全然平気なんですけどね。。ではまた。
2004年07月02日
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日記です。三日ぼうずにならないようにしないと。。中学生の頃から日記は書いているんです。当時は毎日日記の提出があったんです。中学生時代の日記と部活で毎日使っていたスケッチブックは毎日毎日くだらないことしかしてなかったことの記録です。美術部、ゲーム、深夜ラジオ、海外ドラマ、競馬、おもしろおかしい塾での生活、個性的な級友と先生・・・いろんなことが思い出されます。思えばこの頃からわたしの周りには個性的な人ばっかりだった気がします。高校生の頃の日記は、甘酸っぱいことしか書いていなかったので、ひとくぎりつくたびに捨ててしまってたので、残っていません。捨ててしまったことをすこし後悔はしていますが、今読み返したとしても恥ずかしすぎてきっとよめないんだろうなって思います。。大学に入ってからの最初の頃は新しい生活の追われていてしばらくお休みしていたのですが、19歳の誕生日を期に再開しました。でも手帳に一日一言しか書いてないんです。。長い文章になってしまったけれど、自分の頭の中のことを書き留めるのはいいですね。自己満足ですが。自分の考えやイメージを文章になおすのがとても苦手なので、この習慣を続けていきたいなーではまた。
2004年07月01日
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