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2005年09月27日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「親なんて自分の都合で子供生んどいて自分が主人公の親というストーリーに酔うためにあれこれ世話をする」という言葉はとても救いのある言葉に感じました。

よく「生んでくれって頼んだわけじゃねぇ」とい不良の台詞がありますが、
あれを日常で自分が使えないのは、やっぱりここまで育ててくれた親への恩だとか義理があったし、なんか負け犬みたいに思えて言えませんでした。
正しいとは思いませんが(生命はすべからく生きたいという生存本能を持っていると思うから、自我のない胎児ならなおさら)

どんなに不遇の境遇で生まれたとしても、どんなに愛情のある家庭に生まれたとしても、「親の都合で生まれたのには」変わりないです。

宿った命をどうするかは全部親の都合です。

「人間は親の都合で生まれてきたけど、いや親の都合で生まれたからこそ、生きていく意味は自分で見つけるんだ、見つけていいんだ、親に縛られなくていいんだ」という救いが倉本さんの書いたにあの文章にはあると思いました。

だから理想の親とは、幼い頃は愛情は必要だ思いますが、ある程度になったら徐々に干渉しない、社会に流されず「自分の人生を自分らしく輝いて生きる」ことだと思います。
「男は黙って背中で語る」みたいな


「お前はお前の道を行け」というのを生き方で示す。

子供も親父を尊敬し親と同じ道を歩きたいなら必ず親父を超えること、親という呪縛に捉われず、自分は自分、親は親の意識をしっかり持って、周囲の人に流されず

友達より、恋人より、最も繋がりの深い「他人」としてその家族というチームに所属するみたいな感じ、家族を絶対視しないこと

冷たいようだけどそれが一番子供の人生を尊重する生き方なんじゃないかと思う。






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最終更新日  2005年09月30日 17時13分49秒
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