バックマンの思考と試行

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2005年12月28日
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前のプログに書いた様に身体を「そこにあるモノのとして見るように感じる」をやっていると思考が止まるというか、そこに思考が入ると出来なくなる。

で、僕が時々強く感じる「奥底の衝動」(上昇欲求、黒いケモノ)をくみ上げてみる、意識がはっきりする。

思うにこれは、「本能」と呼ばれているもの、それは私という意識から切り離された、医学書には載っていない「身体に搭載されているもの」

人間の三大欲求(食欲、性欲、睡眠欲)身体の欲求としてはわかりやすいが
「もっと高次な存在への欲求」と「人とのつながりを求める欲求」も多分、「私」が求めるものではなく「身体が求めるもの」

もしかすると、「喜怒哀楽」いやすべての感情は「私」ではなく純粋な身体の反応

基本的にすべての人間が持っているもの、これだけ見ると私と他人に差異はない。

私とあなたの違いは、その「身体との付き合い方」の違いだけ、
身体との付き合っている自我こそが「私」と呼べるもの。



それはとかく世間でこうあるべきだと言われていることに流されがちだけど
すべて自分で決めていいし、決めるべきだと思う。

ただPQ開発者の理想は「すべての欲求をかなえる」こと
何かを抑えて、何かを優先させる「身体との付き合い」ではなく、すべての欲求をを無理なく、矛盾なくかなえる「身体との付き合い」

もしかすると欲求の強弱も生まれた時には誰もが同じ、差異はないかもしれないただ何らかの理由(主に環境的、幼少期の不足、道徳的)で個々が削りとられたり、強化されたりしただけ、

誰だって本当はオンリーワンだけじゃなく、ナンバーワンにもなってみたいでしょ







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最終更新日  2005年12月28日 13時41分05秒
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