7/25 、 7/26 大阪で「北朝鮮帰国者はどう生きたか」写真展とドキュメンタリー上映会・・・またと無い機会!!! 2026-7-19 はんぺん
大阪会場「みんパック」 2 階(大阪市天王寺区小橋町 3 丁目)・・・・ JR 鶴橋駅下車
7 月 25 日午後 1 時~午後 7 時
7 月 26 日午後 1 時~午後 6 時
・・・・・上映会は毎日同時刻に開催
午後 1 時「北朝鮮に帰ったジュナ~帰国事業 50 年目の再会~」
午後 3 時「帰還船 1959 第一船」
午後 5 時「帰還船 1959 第一船」
※ いずれも入場無料 。主催・アジアプレス、「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会
************************************
忘れ去られた北朝鮮帰国事業、幻のパラダイスに憧れた人々( . 政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏)から(抜粋)
北朝鮮帰国事業の背景には 朝鮮戦争による疲弊 があった
この北朝鮮帰還事業が始められた背景には、北朝鮮が 朝鮮戦争による極度の労働力不足 を解消し、人質にして 在日韓国人の資産を獲得する 目的があったと言われている。
事実、 多くの帰国者が炭鉱などの過酷な労務に強制的につかされ、スパイや政権批判の罪で政治犯収容所に送られて、強制労働に従事した ことは労働力不足に悩む北朝鮮にとって大きな福音となった。
そして 親族が 人質 となった在日朝鮮人は、毎年数億円から数十億円の資金を北朝鮮に送るように なった。これは 2011 年度を例とすると北朝鮮の 国家予算約 182 億円のうち、ほぼ 4 分の 1 以上を占めるほどの膨大な額 であり 、その資金集めは 朝鮮総聯 が主導していた。
在日朝鮮人が北朝鮮の資金獲得のための道具に過ぎなかった ことは、 1999 年に 朝鮮信用組合破綻問題 が噴出したことでも裏付けられる。この 破綻の根本的原因 は、朝鮮総聯が北朝鮮から資金獲得を迫られ、 傘下の朝鮮信用組合を使って強引な手段で在日朝鮮人から資金を集めたことにあった からだ。
************************************
切手の裏に隠された「来るな」のシグナル 北朝鮮帰国事業で日本の家族に伝えた実状 2026-6-8 内外タイムス
1950 年代から 1980 年代にかけて行われた北朝鮮帰国事業は、在日朝鮮人やその日本人配偶者が資本主義の日本から社会主義国家である北朝鮮に移住するという、 世界に例を見ない特異な事業 だった。
当時、北朝鮮は衣食住や医療・教育の保障をうたい、自国を 「地上の楽園」 と宣伝した 。 日本の一部メディア もこの宣伝を後押しした。この言葉に希望を見出し、およそ 9 万 3 千人余りの人々 が日本から北朝鮮へと渡っていった。
忘れられつつある歴史だが、最近、日本と韓国に住む 50 人の脱北帰国者に対する聞き取り調査をまとめた証言集 「証言・北朝鮮帰国者 祖国に渡った『在日』はどう生きたか」(集英社新書) が出版された。
帰国事業に関しては国際政治の観点から研究され、帰国者の手記も発表されてきた。しかし 大規模な生活調査 は初めてで、帰国事業にあらためて関心が集まっている。
「山」は「おいで」、「川」は「来るな」
帰国者たちは「地上の楽園」という宣伝を信じて、新潟から北朝鮮に行く船に乗ったが、 北朝鮮の港に到着した直後、街の暗さや人々の貧しい身なりなどに衝撃を受け、「だまされた」と絶望した。
しかし、彼らも事前に北朝鮮の宣伝をすべて素直に信じ切っていたわけではなかった。 万が一に備え、後に帰国事業への参加を考えている日本の家族や親族に対して、真実を伝えるためのさまざまな「暗号」やシグナルを送っていた。 今回出版された本にも克明に記録されている。
その代表的な方法の 1 つが 「切手」 だ。 手紙は 検閲 され、内容によっては 没収 されることが多いため、切手の裏に 「山」 と書けば 「おいで」、「川」 と書いたら 「来るな」 という意味だと 、スパイ小説のような約束をして旅立った男性もいた。
男性は、「来るな」の意味をこめて「川」と書いて送ったのに、 手紙を受け取った男性の姉は漢字が分からず 、自分の子どもたちを連れて、北朝鮮に渡ってしまった。
切手の裏に真実を書く約束をし、実際に 「自由がない。ここへくるべからず」 と書いて日本に送った人もいた。送り主は梁敏雄さんで、北朝鮮を脱出して現在は東京に住んでいる。送った相手は兄で、このメッセージを読んで北朝鮮行きを思いとどまった。
また、 手紙が鉛筆で書いてあれば「来るな」、ボールペンで書いてあれば「来い」というサインと決めたり、必要な物資を数多く手紙に列挙することで、現地の生活が苦しいことを間接的に伝える工夫もした 。こういった切手や手紙から日本にいる家族や親族が真意を察知し、北朝鮮への渡航を放棄した事例も確認されている。
背景に 在日朝鮮人への就職差別や貧困問題
過酷な北朝鮮社会に組み込まれた帰国者たちは国からの 配給 だけでは食べていけず、彼らは日本から持ち込んだ時計や衣類などを闇市で売って食料に換える 「売り食い」生活 で命をつないだ。 日本の親族からの物資や送金 も生活の支えになった。
しかし 親世代が亡くなり 、近年は コロナ禍 による国境封鎖などの影響もあって、日本からの仕送りや連絡も途絶えがちになっている。北朝鮮に残る帰国者たちはいっそう苦しい生活を強いられている。
帰国事業が長期間推進された背景には、 当時の日本社会に存在した 深刻な就職差別 や 極度の貧困 といった在日朝鮮人の 「生きづらさ」 があった。 同時に、 日本政府の側にも在日朝鮮人問題の負担軽減を図る 思惑 があった とされる。
帰国事業が実施された時代と、現在の外国人をめぐる社会的議論との間に「共通項がある」と指摘する研究者もいる。帰国者たちが味わった苦難の歴史を、国籍を超えて 個人の人権と尊厳 が守られる社会を築く教訓にしたいものだ。
文 / 五味洋治 内外タイムス
***********************************
在日朝鮮人の帰還事業 - Wikipedia
****************************************
「洗脳」の恐ろしさ・・・それは(一度し… 2026.08.08
これでも北朝鮮の(蛮行)を容認するのか… 2026.08.07
恐ろしい事実が、明らかになった! 北朝… 2026.08.04
PR
カテゴリ
コメント新着
キーワードサーチ
フリーページ
カレンダー