「帰国事業」で、人生を踏みつぶされた 93,000 余人の無残! 総括する気のない?リベラルたち・・・ 2026-7-25 はんぺん
きょう、 7/25 (土)、猛暑の中、大阪で開催された 「『北朝鮮帰国者はどう生きたか』写真展とドキュメンタリー上映会」 に、行ってきた。
多くの「在日」とその妻たち、 93,000 人 が、 (社会主義)(楽園) で (扇動)(洗脳) されて、海を渡った。
そして彼らは ( 楽園 ) など皆無の、悲惨な ( 地獄 ) へと、突き落とされたのだ。
以前から、大きな関心を持っていた 「帰国事業」 については、何度も、このブログで取り上げてきた。
あまりにも、 無責任だったリベラルたち の言動を、僕は許せなかったから!
人間とはこんなにも、無責任に、残酷にも、なれるものなのか?
(民衆に尽くす)(人権を守る)(民主主義を) と言ってきた彼らは、 (地獄) を知った後も、舌の根も乾かないままに、手のひらを返すように、 無視 を決め込んだリベラルたちの事・・・
社会主義=北朝鮮の現実 も、知る事無く、「帰国事業」を強力に後押しした 日本共産党、日本社会党 の党員の方たちは、その後、惨状を知った時に、どうしたのか? 深い深い不信感が、僕にはある。
「北朝鮮の現実を知らなかった」 ことだけでも、無責任だったと、僕は思う。在日たちの人生を左右するような、大きな事業に、 無批判に追随して、朝鮮総連たちと一緒に、推進の「旗」を振ったのだから・・・・
ソ連を先頭とする社会主義陣営は、 (鉄のカーテン) で、国内矛盾を隠蔽しようと画策した。そのような (秘密主義) は、世界に対する(犯罪)では無かったか?
100 歩譲って、 「北朝鮮の現実を知らなかった」 としても、惨状が知らされる中でなぜ 「救援」 に走らなかったのか? これに(言い訳)は、できるのか?
自分たちが (しでかした)大罪 を償おうという動きは・・・無かったのだ!
なんという残酷なリベラルたち・・・こういう人たちが、 (人権守れ)(民主主義守れ) と 別のところで叫んでいるのだ・・・この落差は、なんだ???
同じ事が、 北朝鮮による日本人拉致問題 についても まったく、まったく同じことが言えるのだ!! 「救援」活動 を リベラルたちが、実行することは、永久に無いと思う。僕は、 (洗脳) の恐ろしさに、今さらながら、震えあがっている。
皆さんは、どう思われるか? はんぺん
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個人の記憶と集団の記憶
1945年の日本の敗戦時、日本国内には 約200万人の朝鮮半島出身者 がいた。うち 140万人余りは1年以内に故郷に引き揚げたが、残りの人々は家族の生活を守りながら帰国のタイミングを見計らっていた 。
ところが祖国は米ソによって分断され、ついに 朝鮮戦争が勃発 する。その渦中に 日本政府は旧植民地出身者の日本国籍を一方的に剝奪 。 「無国籍状態」 となった人々は、ひどい差別と貧困に苦しむことになる。
「このまま日本にいても未来が見えない」
そこに手を差し伸べたのが北朝鮮だった。
「医療も教育も無料の社会主義祖国へ」
1959年から日朝赤十字による帰国事業がスタート。 総勢9万3340 もの人々が希望を胸に日本を旅立った。その中には日本人妻や夫もいたが、あろうことか 皆そのまま北朝鮮という全体主義国家に閉じ込められてしまった 。彼らがどんな人生を送ったのか。漏れ出てくる話はあっても全体像がわからない。
もうこれ以上放置できない。長く北朝鮮を取材してきた石丸次郎さんらは、 2018年に「『北朝鮮帰国者』の記憶を記録する会」 を立ち上げた。調査対象は北朝鮮から命がけで脱出した人々。いわゆる「脱北者」の中で、かつて日本から「帰国」した 50 名へのロングインタビューに成功した。
帰国者たちの記憶はもれなく、全身が崩れ落ちるような衝撃から始まる。章タイトルにもなった 「清津(チョンジン)ショック」 とは、北朝鮮の清津の港で初めて見た祖国の有り様への絶望だ。サブタイトルには 「騙された」 とある。誰が騙したのか? 帰国者が信じたのは 北朝鮮や朝鮮総連のプロパガンダ だけではなかった。本書には 当時北朝鮮を礼賛した日本人ジャーナリスト の名前も繰り返し登場する。
飢えと貧困、密告と収容、 90 年代の大飢饉と社会的混乱。 時代ごとで共通する個人の記憶は集団の記憶となる。一方で暮らし向きの格差は北朝鮮社会の実態を反映している。
凄惨な記憶を語る帰国者に、石丸さんはすがるような気持ちで訊く。
「北朝鮮で幸せを感じたのはいつだったか?」
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奪われた色ある世界 『証言・北朝鮮帰国者』「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会編 < 書評 > 評・安田峰俊(紀実作家) 2026/7/5 産経新聞
約 20 年前の冬、中国側の国境から北朝鮮を見に行ったことがある。古い工場の錆(さ)びた茶色と、人々のくすんだ服の色。木々に葉もない。夏季に別の場所も見てみたが、時間が停止したような独特の空気感は同様だった。ただ、北朝鮮人たちは船で対岸に近づくと手を振ってくれて、人懐っこい人たちだと思った。
本書でそんな記憶を思い出した。 50 人の脱北帰国者への聞き取りで構成した 536 ページの大著だが、描かれる世界は一貫して 「色彩がない」。 往年の私が少しだけ覗(のぞ)いた空間が書籍の中に広がり続ける。
1950 年代から進行した、在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業。本書の最大のインパクトは、 彼らが到着直後に受けた「清津(チョンジン)ショック」だ。顔色が浅黒く、粗末な服装で背の低い人々。漂う異臭とみすぼらしい建物。劣悪な食事。だが、出迎えに来た先住の帰国者たちはその残飯を争って食べる。これでも北朝鮮では極めて良い食事だったのだ。 祖国に到着した瞬間から絶望は始まった。その後の苦難は本書の記述に任せるが、描かれるのは一貫して色彩に欠けた世界である。
ただ、ときにわずかに鮮やかな景色が顔を出す。それは、ふと日本での青春時代を思い出したときのダンスホール。そして、 70 年代に帰国した少女が農村動員の際、誰もいない場所で口ずさむ山口百恵や郷ひろみの歌だ。
彼らは 日本で、人によっては差別や貧困に苦しみ、また日本社会も豊かではなかった。 だが、それでも日本には「色」があった。北朝鮮の価値観では「資本主義」の汚染。しかし、それは自由の匂(にお)いであり、何を話し、考えても構わない世界の景色だった。しかし、そんな鮮やかさはすぐに消える。くすんだ世界が永遠に広がり続ける。
苦難の現代史に飲み込まれ、 本来は生きられたはずの「色」のある世界を奪われた、無数の人々の物語。 あまりにも重苦しい。だが、読まねばならない。現実の圧倒的な残酷さが読者を飲み込む。
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証言・北朝鮮帰国者 祖国に渡った「在日」はどう生きたか』
「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会編
発売中・集英社新書 定価 1,870 円(税込)
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「北朝鮮帰国者の記憶を記録する会」について
連絡先/電話番号 06 ー 6373 ー 2444
「北朝鮮帰国者」が北朝鮮で生きた記憶を残す作業を、在日韓国・朝鮮人と日本人が協働・共同して担う事業にとりくんでいます。 2018 年 7 月 8 日大阪において、北朝鮮を離れて韓国に住む二人の帰国者をお迎えし、体験を聞く集会を開催。
これをきかっけに、市民、研究者、ジャーナリスト、人権活動家などが中心に、 2018 年 8 月一般社団法人を設立 しました。 ① 非営利、非政治活動 ② 在日韓国・朝鮮人と日本人の幅広い参加と協働 ③ 研究者の参加による学術的調査研究(聞き取り調査と取材) を進め、 2021 年末を目標に記録集 「在日帰国者は北朝鮮でどう生きたか?(仮題)」 の刊行をめざしています。
現在、脱北した「北朝鮮帰国者」が、日本に約 200 名、韓国に約 400 名 暮らしています。日本生まれの方のほとんどは高齢です。在日韓国・朝鮮人の歴史の中で空白になったままの「北朝鮮帰国者」の生き様を聞き取りする作業が急がれます。
・設立の呼びかけ人
合田創 ( ジャーナリスト、社団代表理事 ) 、文京洙 ( 立命館大特任教授 ) 、辛淑玉 ( 人材コンサルタント ) 、 林範夫 ( 弁護士 / 社団監事 ) 、ヤンヨンヒ ( 映画監督 ) 、文世一 ( 京都大学教授 / 社団理事 ) 、宋在伍 ( 医療福祉従事者 / 社団理事 ) 、石丸次郎 ( ジャーナリスト / 社団事務局長 ) 、金時鐘 ( 詩人 ) 、郭辰雄 ( コリア NGO センター代表理事 )
・設立賛同人
金敬黙 ( 早稲田大教授 / 社団学術研究アドバイザー ) 、山田文明 ( 帰国者家族の生命と人権を守る会 ) 、加藤博 ( 北朝鮮難民救援基金 ) 、三浦小太郎 ( 評論家 ) 、洪敬義 ( 社会福祉法人職員 / 社団理事 )
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