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小学生の女の子が2人、仲良く遊んでいた。 なんだかおしゃべりが盛り上がっている。 聞こえてきたのは、誰かの悪口。どうも、同じクラスの男の子のことらしい。 「頭が悪すぎるから、嫌い!」 「太っているし、臭いし、気持ち悪い」 「だからクラスで仲間はずれにされているんだよね~」 あらら。 勉強が苦手だと、仲間はずれにされちゃうの? 太っていて、臭い? う~ん、それは大人の世界でも、女子が嫌いな同僚や上司の悪口を言うときに同じ理由を並べそう。 だとすると、小学校低学年の女の子が軽い気持ちでそう言うのは仕方がないことなのか? どんな男の子なんだろうって想像しながら聞いていると、本人の情報が具体的になってきて。 そのうち・・・、なんと実名までが飛び出した。 え???? そんなに近所に住んでいるの? え~~~~~っ?? 私、その子のご両親のこと知っているじゃん? お子さんのことまで詳しくはわからないけれど、小学生の男の子がいるということはお母さんから聞いた気がする。いや、もしかしたら母子2人で歩いている時にすれ違ったことがあるかな?? さて・・・、困った。 私には聞き流すということができそうにない。 聞いてしまったら、心配で、気になって仕方がない。 でも、そのことを直接話すほど、そのご両親と親しいわけではない。 男の子は、ちゃんと学校に行けているんだろうか? 本人も気がつくほど、嫌われているのだろうか? 男子からも女子からも仲間はずれなのか、それともごく一部でも親しいお友達がいるのか? 担任の先生は知っているのか? 女の子たちがふざけて、仲間はずれにしているだけなのか? 今のところ、詳しいことも正確なこともわからない。 こんな時、たまたま聞いてしまった大人は何もしなくていいのかな。 何もしないほうがいいのかな? 何もできないのかな? 心配性の私は、とても気になって気になって。 けれど母親になったことのない私には親の気持ちもわからず、どうすることもできずにいる。 まだ7歳か8歳くらいの男の子は、両親に何か話したりするのだろうか? それはその子の性格にもよるし、親子関係にもよる。 そんなことを他人の私が気にしているなんて、余計なお世話かもしれない。 知られたくないから、知らないふりをしていてほしいかもしれない。 だけど。 もしも勉強ができるようになれば、いじめられなくなるのかな? それなら私が勉強、見ようか? 子供の頃から、教えることには慣れている。 ・・・と、こんなふうに妄想を膨らませながら、勝手に心配している。 楽しそうに遊ぶ女の子たちが、その場にいるわけでもない男の子の悪口を楽しそうにふざけながら盛り上がっていることに、大きな違和感を感じながら・・・。
2016.11.06
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出会った頃、彼女は多分40代だったと思う。もう20年以上片思いをしている人がいると言っていた。 「片思い」というのは、切なくて甘酸っぱい、悪くない経験だと思っていた私。でも彼女の話を聞きながら、ちょっと怖くなったのを覚えている。 えっ? 他の誰を好きになることもなく、誰と付き合うこともないまま、そんな年齢になってしまうなんて怖すぎる。 正直なところ、そんなふうに思ってしまった。 私の周囲にだって、学生の頃に別れた彼氏との思い出をひきずって前に進めない友人は何人かいた。私だって、小学校の頃や中学校の頃、あれ? 高校の頃も?片思いの経験はあったし、案外しつこい性格なのか、良く言うなら一途なのか、何年も片思いのまま同じ人を好きだったりもした。 私は、ちゃんと前に進みたい。誰かと向き合って、新しい恋をしたい。 ・・・そうして数年後、やっと、結婚を決意する日がやってきた。 彼女は、私の結婚式の2次会に参加したいと言ってくれた。 私の他の友人たちよりもずいぶん年上だったし、それほど気が合う仲良し関係ではなかったから、私は積極的に誘ったりはしていない。強引に誘ってもいない。 でも彼女が参加するって言ったから、人数に加えた。 そして当日、何の連絡もないままドタキャンされた。ただ彼女と一緒に来るはずだった、私よりもずっと年下の友人が別の友人を連れてきてくれたから、幹事は困ることなく済んだ。 それでも、一言くらい電話でもあるかと思ったけれど、電話もメールもないままだった。 そして数か月後、彼女と私の共通の友人カップルが海外で挙式することになった。場所が気軽に行けるリゾート地ではなかったので、日本からの参列者は多くなかった。けれど私と彼女は行く予定だった。 全員分のチケットを手配する役を任された私だけれど、ここでまた彼女のドタキャンにあう。それもまた直接の連絡はなくて、挙式するカップルからの伝言で。 おまけに彼女は、それまでとっても親しくしていたそのカップルとの関係を一気に断絶した。彼女よりも2まわり近く年下のカップルを可愛がっていたのに、自分の誘いに応じなかったことを理由にバッサリと切り捨てた。そして結婚式参列をやめたのだそうだ。 私もそれ以来、彼女とは連絡を取らなくなった。 ドタキャンの仕方が、あまりにもひどいと思ったから。 そうして彼女は、遠い思い出の中の人になった。 それでも時々思い出す、あんな不可解な知り合いと交流していた8年ほどの月日。 彼女が独身だったのは、ずっと片思いをしてたせいではなかったのかな。同年代の親しい友人がいないのは、周囲が既婚者ばかりになったせいかと思っていたけれど、もしかしたらドタキャンを軽く考える性格が災いしていたのか? それとも結婚できないことがコンプレックスのようになって、結婚する友人には意地悪したくなる性格なのか? 昨夜も夜中にふと目が覚めて、なぜか思い出して寝苦しかった。 10年にも満たない付き合いの中で、こんな形で私が何度も思い出しているとは、彼女は思ってもいないだろうな・・・。
2013.07.17
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嫌いなCMなんだけど、テレビで小さな男の子が「しゅんちゃん、眠れない」と父親のいる部屋に起きて来て「じゃあ、昼間の続きを見ようか」と親子で桃太郎の動画を見ているシーンがある。 子供が「『しばかり』ってな~に?」と聞くと、父親が「芝を刈ることだよ」と答える。 私は「え~~~、そんな説明でOK??」と不満に思いつつ、急にふと「あれれ??」 最初は「子供は『しば』って植物を知っているのか? そしてそれを『刈る』という動作が理解できるのか?」というのが不満だったんだけど、次に浮かんだ疑問は・・・。 「ん?? どうしておじいさんは『山へ』芝刈りに行くんだろう。山に野生の芝生があるのか? それをわざわざ刈りに行かないとダメなの? 山火事になるの? それとも刈った芝を使うの?」 もう子供の頃、初めてこの「ももたろう」の話を聞いたときのことなど覚えていないけれど、ただ何となく、特に疑問に思うこともなかった。 だって桃太郎で大切なのは「おばあさん」が川に洗濯に行って、そこへ大きな桃が流れてくることなんだもん。おじいさんのほうは、その時点であまり興味を持たなかった。 ところが、大人になって久しい今頃になって・・・! そうして、ネットで検索してみると。 う~~~ん、たくさんいるんだなあ。同じように疑問を感じた大人たちが・・・。 今までなんの疑問も感じなかった、自分の愚かさ?に思わず苦笑。 そして次に本当の「しばかり」の意味を知って、あれ?そうだっけ?・・・・。もしかしたら、子供の頃は知ってたかもしれない。 たどりついた、答え。 おじいさんが山へ刈りに行ったのは「芝生」の「芝」ではなくて、別の漢字「柴」という字を書く「しば」のほう。 この「柴」というのは、スーパー大辞林によると「山野に自生する小さい雑木」とある。 昔の人たちは、薪や垣にするためにその枝を刈り取りに山へ行ったらしい。 だからおじいさんは、山へ野生の芝生を刈りに行ったわけではなかったのだ。 あ~あ。こんなバカな大人になっちゃって、自分でもビックリだった。
2011.12.16
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結婚って、誰のためにするんだろ? 親がうるさいから? それとも、少子化の日本に貢献するため? 周囲がどんどん結婚していくから? 1人じゃ寂しいから・・・か?? 親に勧められた相手と、お見合いして結婚する友人。 自分がずっと思い描いてきた結婚生活なんてできそうもない、趣味の合わない相手だけれど、安定した職業だし、今のうちに決めておかないと、次のチャンスはもう来ないかも? ・・・なんていう心理なのかどうかはわからないけれど。 結婚する時にすらトキメキがなくっても、幸せな結婚生活というのはあるんだろうか? 同じ事を、別のカップルにも感じたことがあった。 そちらはお見合いじゃなくて、数年の恋愛期間を経て結婚した2人だった。 これから結婚します、っていうカップルとは思えない。妙に落ち着いた関係? いや~、もう結婚して数年経っているみたいな、ちょっと色あせた雰囲気を感じた。でも、そんな失礼なことはもちろん言わなかったけれど。 結婚というのは、もっとワクワクしたり、ドキドキしたりするものかと勝手に想像したけれど、彼らにはそれが全然なさそう。いくら何年も付き合ってきたといっても、もう少しくらいは楽しげな笑顔があってもいいんじゃない? そんな印象だった。 そして彼らは、あっという間に離婚した。 芸能人も真っ青のスピードだった。 ときめきがなくても、堅実な結婚っていうのはあるのかもしれない。 とりあえず誰かと「結婚」して、ダメだったら別れればいい? そんな簡単なことなのかなあ。 離婚してすぐに婚活して、あっという間に再婚するっていうツワモノもいてビックリ。 え~、本気?? もう少し考えれば? 結婚すること自体よりも、結婚生活を続けていくことのほうが難しいんだと思う。 結婚してから命を終えるまでの長い人生を、ず~っと「本物の夫婦」になれるように頑張ったり、一緒に「幸せな人生」を作っていくことって、気が遠くなるくらいの努力が必要? そう考えると、何十年も「夫婦」をやっている自分の両親が、すごいみたいに思えてくる。 全然仲良くないし、娘として「どうしてこの2人は結婚したんだろう?」なんて思ったことだって何度もあるけれど、それでもず~っと夫婦として生きてきたことは、なんだかすごい。 そもそも世の中の夫婦たちは、どのくらいの人が「結婚して良かった」って思ってるのかなあ。 独身のほうがいいじゃん、って意味じゃなくて。 せっかく結婚するんだから、「それなり」でいいから「幸せ」の形を見つけられるといいのにって思うのだ。
2011.11.25
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あ~あ、また、やっちゃったよ~。 私はどうも、女の友人たちのニーズには合わないらしい。 女は、誰かに愚痴を聞いてもらうだけでスッキリすることも多い生き物。 そんな時の聞き役に、男を選ぶのは間違い。 もしかしたら男は「も~~、面倒くさいなあ。そんなこと、自分で考えろよ」なんて思うのかもしれないけれど、別に誰かに答えを出してもらおうってわけじゃなくて、とにかく「誰かに聞いてほしい」場合も少なくない。 やっぱり、女を選ぶほうがいい。・・・と、思うのだけれど・・・・。 私はとてもおしゃべりで、人の話を聞くのも好き。 だから、女友達の愚痴の聞き役になることも少なくない。もちろん、私自身も愚痴ったりするのだけれど。 このところ、ちょっと失敗が多い。 きっと彼女らは、私に愚痴ったり、夫婦間の問題を相談したりする場合に、求めているのは客観的な意見や的確なアドバイスなんかではない。多分。 これが最近の私の「失敗」を通じて学んだことなのだ。 彼女らの欲しい言葉は「そうね。わかるわ」「あなたは悪くない。ご主人が謝るべきだわ」「あなたが怒るもの仕方ないと思うよ」・・・。 そんなスイートな、優しい言葉だけが欲しいのだ。 それなのに、私ときたら! 「でも彼の言うことも分かる気がするわ」「え~、それでは旦那さんが可哀相じゃない?」「少しは譲ってあげればいいのに」などなど、ついつい、冷静に指摘してしまう。 もちろん客観的に見ても彼女らの言い分が正しいと思える時は味方になれるのだけれど、そうじゃない時には、結果として男の肩を持ってしまうことがある。 実際に顔を見て、または電話で、直接話を聞いている時はいい。 しかし、メールとなると、これはヤバイ。 私が少しでも男性側の味方をしたと感じたら、パタリとメールが来なくなるのだ。 つまり、聞き役としての私はクビってわけ。 わかっているなら、適当に「へ~、そうなの」「ホント、ひどいよね」「それはあなたが正しいわ」などなど、耳障りの良い相づちだけを並べておけばいいのだけれど。 ついつい。そういう嘘が言えない私は、冷静に、正直な感想を書いてしまうのだ。 あ~あ・・・・・。
2011.11.15
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なんとなく、思ってはいたんだ。 うちにもいつか、そんな日が来るのかなって。 まあ、大丈夫だろうって思うけど、そういう人に限って危ないらしい。 そして、ある日・・・。 実家の両親と出かける機会があって、母が言った。 「そういえば、この間ね。 うちにも振り込め詐欺の電話がかかってきたよ」 実家は、両親だけの2人暮らし。 私たち子供はもう全員が家を出て、それぞれで生活をしている。 そこへかかってきたのは、風邪でひどい声をした男からの電話。 「本当にね。風邪声がひどすぎて、誰の声だかわからなかったんだけど」と、母。 私が「誰?って聞かなかったの?」と尋ねると「聞いたんだけど、相手が名乗った名前が当たってるように聞こえちゃって・・・」 思い込みって、怖い。 電話の向こうの男性は、母に聞いたそうだ。 「風邪がひどいから病院に行きたいんだけど、何科に行けばいいかな」 このおかしな質問で、既に母は怪しいと感じたそうだ。 相手は、息子の職業を知らないらしい。医者ではないけれど、病院には詳しいはずだ。 「ところで、この間、○○とはいつ会ったっけ?」 母は、娘の名前を出して聞いてみた。 その答えが曖昧だったので、疑いはほぼ確信へと変わった。 相手が「携帯の電池がない」と電話を切ったところで、母は息子の家に電話をした。 教わった「新しい携帯の番号」ではなくて、息子の家の固定電話にかけたわけだ。 そして、詐欺だろうということが判明した。 翌朝になって、いよいよ本題の電話がかかってきた。 「不倫をしていた女が妊娠しちゃって、夫にバレて慰謝料を請求されている。だからお金を振り込んでくれないか」という内容だった。 母が喝を入れた。 「そんなことは、自分で解決しなさい。 こっちがどんな生活しているか、分かっているでしょう!?」 あ~あ。 きっと、こういうレベルの詐欺師は、個人で詐欺を試してみた人だろうな。 組織ぐるみの犯罪だったら、うちの母親だって簡単にだまされてしまったかもしれない。 だから、どうか、これからは。 怪しい電話はさっさと切って、相手にしないでほしいんだよね。 娘として、切なる願い・・・・。
2011.11.01
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ある日の外来。 血液内科の診察室から出てきたのは、20代半ばくらいの女性だった。 うつむき加減に離れた場所に座った彼女は・・・、泣いていた。 「白血病とか、悪性リンパ腫とか。誰でも知っているような病名で、告知を受けたのだろうか?」 ついつい、そんなふうに想像してしまう。 だってココは大きな総合病院の血液内科。 そんなに簡単な病気では、多分、受診することはないだろう。 自分が同じように告知を受けた時のことを思い出す。 自分の人生が、当然のようにずっと続くと思っている20代。 いや、違う。 多分、人生がいつか終わるなんてことにすら気づかず、難しいことを考えることもなく、ごく普通にやってくる日々を毎日生きていたのかも。 それが突然、厳しい現実と向き合うことになる。 前途洋洋、明るい未来が待っているはずの20代なのに、自分の人生がそんなに長くないかもしれないと、医師から告げられる瞬間というのは、それはそれはキツイのだ。 だから。 診察室から出てきた彼女の涙に、勝手な想像をしてしまったのだった。 血液内科。 全身をめぐる血液が病魔に侵されるということは、命に関わる場合が多いのが現実なんじゃないかなあ。 つい、声をかけたくなったけれど・・・。 何を言っていいのかもわからず、声をかけられたほうも困るだろうなって思い直して、やめた。
2011.05.26
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小学6年生の男の子が言った。 「友達に好きな子を教えたら、クラス中にバレちゃってね。その時に先生が『秘密にしたいなら、絶対に誰にも言うな。誰かに話したら、それは皆にバレても仕方がない』って言ってたよ」 私が聞いた。 「え~? それって、学校の先生がそう言ったの? 信じられな~い!!」 すると、男の子の母親が言った。 「なんで? 私も絶対にそう思うけど・・・」 さて。 世間一般では、どうなのかな。やっぱり、先生や母親の言うとおりなのか? 私だって、大人になった今は、同じように思っている。 絶対に隠したい秘密ならば、誰にも言ってはいけない。 だけど、小学生の子供に対して、先生が「バレるのが嫌なら誰にも言うな」なんて教えるというのは、がっかりしてしまうのだ。 それを聞いた子供たちは、秘密をバラした友達よりも、その友達に自分の秘密を打ち明けた人が悪いと勘違いするかもしれない。 間違ってはいけない。 もし、どちらが悪いかというのならば、やっぱり約束を破ってバラしたほうが悪いはずじゃないのかな? それに、小学生の子供に「友達を信じるな」と教えるような教育というのはどうなんだろう。ちょっと寂し過ぎる気がする・・・。 子供は、友達と秘密を打ち明けあって親しさを増したり、それをバラされて、裏切られて傷つく気持ちを知ったりするのだ。 どの友達が約束を守り、誰が守ってくれないか、そういう人間を見る目を経験から養っていく。 自分が傷つく痛みを知れば、秘密をバラして相手を傷つけないように、約束を守ることの大切さを理解する。 やっぱりスタートは「友達を信じてみる」ところから始めたほうが、子供は健全に育つと思うのは、私が母親になったことがないからか? 世の中の「お母さん」は、子供が傷つくのが可哀相だから「最初から信じないほうがいい」と教える教師に賛成・・・なのかなあ。 でも。 私は母親になったことはないけれど、自分が子供だった時代は経験しているわけで。 友達とナイショ話を分かち合ったり、裏切られて友達をやめたり、いろんなことを普通に体験してきた。 だから大人になった今、信じられる友達の大切さもわかるし、本当の秘密は誰にも言わないほうがいいことも、やっぱり、わかるようになったんだけど・・・。
2011.03.30
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あの地震の瞬間。私は外出していた。 いつもなら、家にいるはず。 平日の昼間。90%の確率で家にいるはずの私が、あの時はたまたま出かけていた。 幸い、こちらのほうは震度3とか4弱、そのくらいか? テレビが観られるような場所じゃなかったから、よくは分からない。 でも、特に被害が出るような揺れではなかった。 例えば家に、完璧に避難の準備ができていたとしても。 非常持ち出し用のリュックとヘルメットを、玄関に置いていたとしても。 こんなふうに外出先で地震にあったなら、何の役にも立たないのか・・・。 例えば、家にいたとしても。 もしも寝ていたら、パジャマのまま逃げるしかないのかな。 それでも逃げられればいいほうで、天井が落ちてくるような揺れだったら、身動きなんてできはしない。 津波の時だって。 靴を履いていて、波にさらわれた人がいるという。 家族5人が車ごと流されたけれど、途中で引っかかって、全員救助された人たちもいる。 屋根の上で漂流していて、沖で救助された人なんて、奇跡というしかない。 本当に、運命の分かれ目なんて、どこにあるかわからないものだ。 そう改めて感じると、自分が生きていることだって、何だかすごいことに思えてもくる。 そりゃあ、自然災害と病気とでは、やっぱり違うのだろうけれど・・・。 楽天ポイントが使えます!東日本大震災の義援金を募集しています!楽天ポイントも使えます!「...価格:1円(税込、送料込)★楽天ポイントでの募金ができるようにならないか、ず~っと待っていました。月末に切れるポイントなら、ぜひぜひ募金で有効利用を!金額は自分で設定できるらしい・・・★
2011.03.13
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年頃になった頃から、何回その言葉を聞いただろう。 既婚の先輩たち、つまり親戚や職場の年配者や、自分より先に結婚した友人たちなどなど、いろんな人が口にした。 「女は、想われて結婚するほうが幸せになれる」 「望まれて、望まれて結婚するのがいい」 いや~・・・。 いくら、そんなことを言われても。 やっぱり、自分の愛する人と結婚したほうが幸せなんじゃないの? もちろん互いに想い合っているのが大切だけれど、何よりも、自分が相手を大好きであることが一番! ・・・・そう、思っていた。 けれども。 大人になって、いろんな周囲の夫婦を見ているうちに、だんだんと分かってきた。 「ああ、きっと今まで言われてきたことは正しいんだろうなあ・・・」 ・・・そんなことをなぜか強烈に連想しながら私が見ていたのは、実は札幌ドームで行われた北海道日本ハムファイターズの入団会見。 満面の笑みをたたえた斎藤佑樹選手と、その横で本当に嬉しそうに見守る梨田監督の姿、そして盛り上がるたくさんのファンの声援。 今までのドラフトでは、自分がずっと憧れてきた、いわゆる「意中の球団」があって、その球団以外からの指名には応じなかったり、別の球団からの指名に涙したりする選手たちの姿など、いろんな場面を見てきた。 そんな気持ちはわからないでもないし、いろんな考え方があるのは当然だ。 けれど斎藤選手のように、1位指名で自分を望んでくれて交渉権を獲得した球団のラブコールを潔く、嬉しそうに受け入れる姿は本当に好感が持てた。それはそれは気持ちよく、謙虚に見えた。 特にファンではなかった私だって、彼を見ているうちにファンになりそうなさわやかさは、高校生の頃と全然変わっていない。 それどころか、大学でのいい体験を重ねて、本当に魅力が増していた。 そして、今日の入団会見。 望まれて、望まれて嫁ぐ北の大地は、雪景色でも暖かそうに思える。 あんなに望まれて、監督に「本契約までドキドキしながら待っていた。斎藤選手が、本当に入団してくれて嬉しい」と多くのファンの前で笑顔で言われてなお、謙虚な姿勢でいられるのは、なかなか素敵! 望まれた球団で、思い切り活躍ができますように・・・と、応援する気持ちでいっぱいになる。
2010.12.09
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いつもは行かない銀行の窓口に、どうしても用事があったので行った。 その支店に行くのは2度目。3年半ぶり、くらいかなあ。 駅の近くにあって、一方通行も多い。 初めて行った時にも、駐車場に入れるまでに周辺を余分に1周か2周した。 そして今回もまた・・・。 だってその銀行、近くに同じ銀行の「信託銀行」ってのもあるし、駐車場は分かりづらいし、一方通行だし、今日は入り口にワンボックスカーが停まっていて邪魔だったんだもん。 その車をよけて入ろうとすると「出る車があるので、お待ち下さい」。 え?っと思ってるうちに、後ろから車が入ってくるし・・・。 おまけに、斜めに進入して1度ターンテーブルに停め、回転してから、また自力で前方のミラーを見ながら運転して、立体になっている駐車場のパレット部分に乗せなければならない。 駐車場の形式なんて、あちこち、いろいろなんだ。 だから、めったに行かないところでは、ちゃんと教えてくれないとわかんないよ~~~! 私がよく使うところでは、最初から自分でまっすぐに進入してパレットに停めるパターンか、ターンテーブルに乗せて停めたら、あとは機械が勝手に回転させて運んでくれるパターンのどちらか。 乗ったまま回転させられて、その後に運転するパターンは、出る時しか経験がない。 駐車場にはたくさんの係員とか銀行のスタッフなのか?人が多かったけど、邪魔なだけで、誰も親切に順序良く説明してくれる人はいなかった。 あ~~、面倒くさい! 車を停めるまでアレコレ不満を感じまくり、次に銀行の窓口を探すのだが・・・。 1階も2階も、同じ銀行のフロア。 どっちに受付があるのか、どこへ行けばいいのか、どこで聞けばいいのか、さっぱりわからない。 今どき、こんなレベルのサービスで、銀行の経営が成り立つなんて信じられない。 大手だから、こんなにも不親切なのか? この銀行を指定されていなければ、私はココを使いたくはない。 それでも大手都市銀行は、給与や全国的な取引やネットのお買い物の振込み口座に指定されたりすることが多いので、持っていないと不便ということで仕方なく口座を開設してあるのだけれど・・・。 まったく! ほんのちょっとした用事を済ませるためだけに出かけて、こんなにも、こんなにも、不満を抱えて帰宅するなんて、なんだか割に合わないなあ~。
2010.11.08
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不燃ごみの日。 化粧品のビンや油などが入っていたビン、割れた陶器などと一緒に、長くキッチンの隅に眠っていたフライパンを集積場に出した。 うちは集合住宅で、道路側に住人専用の集積場がある。 そう。 そこは、あくまでも「住人」のためだけに「専用」とされている集積場、のはずなのだ。 いや、それは私の思い込み? もしかしたら、すぐ隣りにある戸建ての人や、別のアパートの住人たちも同じ場所に出すことになっているかもしれない。 でもまあ、そうだとしても。 私が不燃ごみとして、市のゴミカレンダーの「ゴミの分別」情報をじっくり読んで、間違いのないように分けてから出した「不燃ごみ」の袋を、出した直後のこと・・・。 道路を通りがかった、明らかに「よそ者」の自転車の男性が、集積場のほうへ近づいてきたのが目に入った。 それで私はその場を立ち去るのをやめて、ほんの2メートルくらいのところで観察していたのだが・・・。 目の悪い私でも、はっきりと見ることができた。 彼は、私が捨てたフライパンを袋から取り出して、持ち去ろうとしているのだ。 私は、捨てたのだ。 まだ、使おうと思えば使える状態だった。 外側はあちこち汚れてはいるけれど、内側は見た目には特に問題はない。 ただ実際に使うと焦げ付くようになったので、新しいモノに買い替えてしまった。 それでももったいなくて、捨てる決心をしていてもぐらついて、何ヶ月かキッチンの隅に置きっぱなし。 そうして、やっと「ゴミ」として出した途端に、拾われたフライパン。 私はその男性に声をかけた。 「袋は元通りにして、キレイに結び直しておいてね」 さらに、続けた・・・。 「そのフライパン、ちょっと外側は汚れちゃったし、内側は焦げ付くようになっちゃって捨てたけど、まだ油をひけば使えるんだ・・・」 まるで、言い訳してるみたいだな、私。 捨てたゴミをあさられるのは、いい気分ではないのだ。 だけど、まだ使えるのに捨てたフライパンを、誰かが拾って使ってくれるのならば悪くない。むしろ、自分の中にある後ろめたさから救われて、嬉しいくらいだ。 部屋の中には、同じ思いが邪魔をして、捨てられないままにホコリをかぶっているものがたくさんある、私の家。 たとえば古い電話機とか、プリンターとか、レンジとか。 使えないわけではないけれど、買い替えたモノたち・・・。 だって、コードレスじゃないと使いにくいし。 コピーができるプリンターが必要だったし。 オーブンレンジが欲しかったんだもん・・・。 そうやって、まだ使えるモノを捨てるたびに、ものすごく、後ろめたいような気持ちになる。 でも、そんなことを繰り返しながら日々を送っている自分・・・。 なんか、ね。 そういう生き方をしていることが、正しいのか、悪いのか、よくわからなくて。 辛いような、切ないような、複雑な気持ちになったのだった。
2010.11.05
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別に自分が病気だから・・・というわけでもないのだけれど、病院モノのドラマはよく見る。「医龍」はシリーズの最初から見ているし、続編なんてきっとなさそうな「ギネ 産婦人科の女たち」とか「GM ~踊れドクター」まで見ていた。 闘病サイドを中心にしたドラマは、自分の感情と重なって時々ちょっとキツイ。 または嘘っぽく、作り物っぽく見えたりする。 そんな中でものすご~く好きなのは、アメリカの医療ドラマ「ER緊急救命室」のシリーズ。 長い長いシリーズなので、私が見たのは、そのほんの一部でしかない。 おまけに、どのシーズンのどの部分を何作くらい見たかも覚えていない。多分、全体の10分の1にも満たないんじゃないのかな。 「救命病棟24時」や「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」なんかも好きで見ていたけれど、日本のこの手のドラマというのは、どうも特別に腕のいいスーパードクターみたいのがいて、それを主人公にしたような描き方が多い。 それはそれで、ドラマとしては悪くない。 悪くはないんだけど、そういう点で「ER緊急救命室」はまったく違うのだ。 特別なヒーローのドクターを描くのではなくて、アメリカ社会の抱えている問題がアレコレ織り込まれていて、それがかなり身近な現実を感じさせる。 たとえば、ホームレスの子供たち。 たとえば、アルコール依存症。たとえば、仕事に就けない人たち。人種差別の問題。未婚の母、同性愛、ホスピス、痴呆症、複雑な親子関係・・・などなど。 そういった現実社会の問題を抱える人たち。もちろん現場の医師だって例外ではなく、プライベートでは同じ問題を同じように抱えている。 そんな人たちのドラマ、なのだ。 医療ドラマというよりは、ヒューマンドラマっていう感じかもしれない。 それらが並行して描かれているので、単純ではないストーリーを毎回楽しめるのがお気に入り。 うまい作り方だな~~~と、毎回本当に思う。 今度はいつ、続編が放送されるのかなあ。 とっても待ち遠しい。
2010.11.01
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テレビを見ていた。 話題は、都会の真ん中のビオトープ。それができてから、周辺で大きなヒキガエルが見かけられるようになって・・・。 都会の人にとっては、ヒキガエルは珍しい。 「気持ち悪いから、駆除してほしい」という苦情が来ている・・・ということだった。 さて。 これについて、どう思うか?? 私は、こういうニュースを耳にするたびに、いつも思うのだ。 「人間様は、そんなに偉いのか??」 地球は、人間だけのためにあるのか? 危険があるとか、有害だとか。そういう理由だとしても、同じ命ある生き物を「駆除」なんてごう慢だと思うことがあるのに、ただ「気持ち悪いから」という理由だけで?? それだけで「駆除」って、許されることなのか?? ヒキガエルなんて、私だってきっと、気持ち悪くて触れない。 小さなアマガエルだって、道路に出てきたら車で踏んでしまうのが嫌だから、こっちへ来ないで!って思うこともある。 だけど。 やっぱり、人間様だけがごう慢に生きるなんて、おかしいよ。 たとえば、鳥のフン害の問題。 駅前や商店街などの近くで、ムクドリだったか、ヒヨドリだったか、すごくたくさんの群れで住み着いて、やっぱりフン害が大変だとあちこちのニュースも耳にする。 私自身でも、以前に住んでいたアパートの軒下にツバメが巣を作って、フンで汚されるのがもちろん嫌だった。 嫌だったけれど・・・。 ヒナたちが巣立った頃に、申し訳ないけれど、巣のほうは片付けたんだったかな。 でも命を奪うことまでは、むやみにしてはいけないと思うんだよね・・・。 ヒキガエルも。 「駆除してほしい」という人たちが「殺してほしい」という意味で言ってるとは限らないのだから、そんなに「ごう慢だ!!!!」なんて怒らなくてもいいのかもしれないな。 映像の中では「自然が戻って来た実感がある」とか「子供たちが自然とふれ合う機会が増えるからいい」という意見の人たちも、少なくなかったし。
2010.10.12
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「寂しい」という気持ちというのは、どこから、どうして、どんなふうに湧いてくるんだろうなあ・・・。 定年退職した男性が、何度も何度も110番通報を繰り返しては自分の身の上話などを話していたということで書類送検されたというニュース。 その回数は170件を超えていて「偽計業務妨害」という容疑になるのだそうだ。 そんな電話を繰り返した理由は「寂しかったから」。 男性には家族もなく、時には「どうやったら留置所に入れてもらえるのか?」などと110番に電話をして聞いていたというのだが・・・。 孤独な1人暮らしの男性が、孤独を癒すために「お客様窓口」などにやたらと電話するという話は聞いたことがある。それほど珍しい話ではないのかもしれない。 でも、上記のニュースの男性。 退職する前には、高校の先生だった・・・というので考えさせられた。 そんな「世間的にも、特に『常識的な人』であることを求められる職業」を定年までずっと勤め上げた、そんな人が? 「寂しいから」という感情のために、110番通報を異常に繰り返すなどということをするんだなあ・・・。 それとも、たくさんの人と関わる仕事をしていたからこそ、退職後の寂しさはひとしおだったということなのかも? ・・・それにしても「寂しい」という感情は、どんな人にもつきまとう、逃げられない感情なのかなあ。 家族がいなくても、友達は? 何か熱中できる趣味とかは? いや~。。。 それでもきっと、寂しい時はやっぱりあるんだろう。 たとえ同居する家族がいたとしても、それでも「寂しい」と感じることはあるのだから。 どんな職業でも、どんな性格でも、どんな環境でも? やっぱり「孤独」というものからは、逃れられないのかなあ・・・。 そんなことを思って、寂しくなった。 私はもともとおしゃべりだから、家族じゃなくても、友達じゃなくても、誰かと話ができれば少しはすっきりする。 ・・・ってことは? どこかに話し相手を求めて、ついつい電話してしまうというリスクを、やっぱり同じように抱えているということなのかなあ。
2010.09.21
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そのニュースが報道されたのは5月のことだった。 もう世間では忘れられてしまっているかもしれないけれど、私はその後のことが気になっている。 医師不足に悩む岩手県宮古市の県立宮古病院に、循環器系の医師だと偽って勤務しようとしたという、44歳の無職の女性。 その病院、387床もあるのだから、小さな病院ではない。 医師免許もないくせに、命に関わる患者さんも多そうな「循環器系」の医師だなんていう、すごい嘘をつけるなんて、どんな神経してるんだろう? 赴任を決めるまでの段階で、ストーブ8台に大きな薄型液晶テレビとか斜めドラムの洗濯機に冷蔵庫、そしてリフォームまでさせて、病院側に200万円を超える出費をさせて。 本気で赴任するつもりだったのかなあ?? テレビ番組で循環器医がいない病院の実情を知り、自分から勤務を名乗り出た女性。「大阪大医学部出身で大阪市内の赤十字病院の救急専門医だ。手助けしたい」という大嘘をつくには、よほどの心臓の持ち主でなければ無理だろう。 一緒になって赴任しようとした、こちらもニセモノ医師の38歳の男性もだ。 そんな大それた嘘がすぐにバレなかったのも不思議だけれど、勤務が始まれば、すぐにハレるような嘘をつくって・・・??? 理解しがたい。 宮古病院は約3年前から循環器の常勤医がおらず、心臓疾患の救急患者は、約2時間もかけて盛岡市に搬送されているという状況だった。 そんな病院をだまして、どういうつもりだったのか・・・。 そしてその後、宮古病院の循環器には新しい先生が着任したのだろうか? 無駄になってしまったお金だって戻ってはこないだろうし、時々思い出しては、なんとなく心配している。
2010.09.18
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今まで考えていた「食育」という言葉の意味。 それをぐ~んと広げてくれたような番組だった。 東京都の小学校の6年生のクラスの子供たちが、食育研究家である服部幸應さんから「おもてなしの極意」を教わる、という番組の設定。 お料理の仕方を教えるというよりは、もっと深い、大切なことを教えられるんだなあって、温かい気持ちになる。 「お客様を招いて楽しく食事をするためには、どんなことを心がけなければならないのだろうか?」 そんなテーマで迎える「お客様」は、小学校で行っている月に1度の地域の清掃活動を、いつも手伝ってくれる地元のお年寄りであった。 彼らを給食に招いて、一緒に食事をしようというわけだ。 おもてなし。 大切なことは「食器は正しい位置に置く」「楽しい雰囲気作りを工夫する」「料理はにおい・音・色で楽しませる」。 食器を正しい位置に置くこと。それは、少しでも食べやすくなるようにという相手への気配りで、そこから「おもてなし」が始まる。 そして相手に喜んでもらえるような楽しい雰囲気づくりを工夫する。 また「におい」「音」「色」で食欲を刺激して、料理を楽しんでもらう。 それに加えて「相手の話をよく聞く」という項目が加わる。 これが、すごくいい。 大人も学べるアドバイスだ。 服部先生いわく「相手の話をよく聞くと、何を話したらいいのかが自然に見えてきます。すると、楽しい会話へとつながります」とのこと。 わ~い! 私はあまり料理が得意なほうじゃないけれど、この「相手の話をよく聞く」というおもてなしなら、頑張れそうな気がする。
2010.09.17
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愛車を運転しながら1人、九州の温泉めぐりを楽しんでいたという神戸の女性。 その絞殺体が見つかった事件をニュースで見た私の両親は、きっと、離れて暮らす自分の娘のことを思い出したんだろうなあ・・・と最初に思った。 車を運転することが好きだった私。 日本中を車で旅していた。 時にはグループで、時には女友達と2人きりで、そしてまた、時には一人旅でも・・・。 特に思い出したのが、今の病気がかなりひどくなった頃のこと。 「もう、このまま入院するしかないかもしれない。最後の旅行になるかもしれない」 そんな覚悟をした私は1人、車で温泉旅行に出かけることにした。 家族や友人たちは、そんな私の決心をきっと、不思議で不安な気持ちで聞いたんだろう。 「どうして、それほど体調が悪いのに、1人で旅に出ようとするの?」 誰も口に出しては聞かなかったけれど、私は、周囲に理解されていないのを感じていた。 そう。それは、仕方がない。 だって私自身も、もしそれが自分でなければ、理解不能だったような気もするから。 う~ん。 もしかしたら自分自身でも、その気持ちを持て余していたからなのかもしれない。 旅をすること。 それは、私にとっての元気の源だった。 だから「2度と旅に出られないかも」という体調の悪さは、私にとっては絶望的な気分になった。 「それならば、最後に悔いが残らないように、1人で旅に出よう」 ・・・そんな、悲壮な決心のもと、私は1人で出発した。 目的地の温泉に着くまでは、車の中で寝泊りした。 宿がとれない日にも、またまた車中泊。 運転しながら車で峠を越えるたびに、高山病のように空気が薄いのを感じたり、眠る時に布団で横になるのすら息苦しかったりしたのは、貧血がひどすぎたせいなのだと知ったのは、旅を終えたずっと後のこと。 自覚はあっても知識がなかったから、そんな無謀な旅ができたんだろうなあ・・・。 息苦しくて、食事さえ、少ししか食べられないような体のくせに。 そうして・・・。 1人きりで車中泊などという、今ではあり得ない危険な旅をしていた、こんな娘。 両親も友人たちも今ならきっと止めるだろうし、私ももう、そんな無謀なことはしない。 まあ、旅から帰った私は不思議とパワーを取り戻し、体調も少しずつ良くなって、海外旅行すらできるようになったのだからビックリ。 そのまま病気が完治したならば、体験談でも書けたのだろうけれど、結局はまた悪化して、骨髄移植を決意することになったわけだけれど。 でもね・・・。 旅好きにとって「旅」は間違いなくストレス解消になるし、日々を生きる活力でもあるのに。 本当は、女だって一人旅を満喫したい。 車を運転するのは楽しいし、気ままで自由な旅は嬉しいし、誰かと予定を調整する必要だってないのが楽チンなんだもん。 けれど現実的には、やっぱりリスクを回避するために、女性の秘湯めぐりは原則「明るい時間に」するほうがいい。 他人事とは思えないような、神戸の女性やそのご両親の無念さ。心からご冥福をお祈りしたい。
2010.09.16
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人間は魚や動物の肉を食べて生きているんだから、人間を食べたって、事情によっては仕方がないのかもいれない・・・なんて、絶対に思えなくもない。 それがどうしても、生きるために必要な場面だったとしたら? ・・・だけど、だ。 アレは、そういう場面ではない。 そして「生き延びる」ために「食べる」のとは、全然違う。 ・・・そうして。 あの日の衝撃がよみがえって来た。 アメリカにいた頃のこと。 ニューヨークだったか、ワシントンだったか、どこかの博物館に行った。 そこで私は、とんでもないモノを見つけて呆然とした。 物悲しい気持ちになり、ショックでしばらく動けなくなったのだった。 いろいろな展示物に混じって、妊婦のスライスされた標本を見つけたのだ。 英語で書いてあったから、詳しいことはよくわからなかった。 ただその標本の主が「黒人女性」であることだけは、読み取れた。 人間をスライスして、標本にするなんて! ・・・そう。 それなら、動物はいいのか? 同じ命ではないのか? それでも、自分たちと同じ人間を、スライスにして展示する、のか・・・。それは、何だかとても苦しい気分だった。 ・・・そんな遠い日の出来事を思い出したのは、ある本の紹介を見つけたことがきっかけだ。 「エル・ネグロと僕」。 そのタイトルは「1人の黒人男性と僕」という意味なのだろう。 著者は「フランク・ヴェスターマン」という、オランダ人の男性。 彼が出会った「剥製(はくせい)」について書いた本らしい。 ヒッチハイクでスペインを旅していた1983年の冬。 彼はカタルーニャ地方北部、バニョレスという町の博物館で、衝撃的な出会いを経験した。 爬虫類や鳥類、哺乳類、オランウータンやゴリラなどの剥製とともに、ガラスケースに収められた“黒人の剥製”。 右手には槍を持たされ、ミノと小さな腰巻き以外には何も身につけていない。他の動物たちと同じように皮をなめされ、詰め物を施された正真正銘の剥製だった。 「その黒人男性を『剥製』にしたのは、自分と同じ白人のヨーロッパ人で、対象となったのはアフリカ人だろう」 そう気づいた時の彼の気持ちが、私にはとても、とても想像できてしまった。 多分、私が受けた衝撃の数倍も、数十倍ものショックを受けたに違いない・・・。 いたたまれない思いを抱いた著者は、好奇の目にさらされ続けている彼のルーツを探り出そうとする。 そして170年の昔、現在のボツワナ一帯の砂漠で生活していた、27歳前後のベチュアナ人であったことにたどり着く。 ・・・私自身、まだこの本を読んではいないのだけれど。 いろいろ思い出して、複雑な気持ちになっている。
2010.09.12
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車椅子に座っているおばあさん。 80代くらいだろうか? 隣りにいるのは、旦那さんかな。ちょっと若く見えるけれど、まさか息子さんってほどでもなさそうだし。 聞こえてくる会話から、どうも眼科の手術をするかどうかでモメている様子。 「手術をしたら絶対に見えるようになるんだろうか?」 「それは、やってみないとわからないってお医者さんに言われたじゃないか!」 「まあ、どうせ望みがないのなら、やりたくないから帰ろう」 「それじゃあ、このまま見えなくなってもいいのか?」 ・・・そりゃあ、大事な「目」の手術なんて、簡単には決心できなくて当たり前。 心細いんだろうなあ、などと思っていた。 私は携帯で友達へのメールを書いてたから、特に聞き耳を立てていたわけでもないのだけれど、そばで延々と繰り返す会話についつい耳が・・・。 「ちょっと病院に行くだけ、と思ってきたのに、こんな1日仕事だとは思わなかった」 「心電図と血液検査をやるはずだったけれど、もう疲れているようだから明日にしてもらったよ」 「明日も来るのか? まあ、嫌だなあ・・・。こんな、世話をかけるのも悪いし」 「俺のことはいいから、自分のことをよく考えて」 同じやり取りを繰り返している。 それにしても、温和に受け答えをしている男性は、旦那さん? 羨ましいくらいに優しく、まったく腹を立てる様子でもなく、同じように何度も説明する。 私の両親や友人夫婦などを見渡して探してみても、この会話で苛立たずに応じることができる男性を思いつかない。感心してしまう。 ・・・最初は「患者」であるおばあさんの立場に同情していた私だけれど、だんだん「付き添い」の男性のほうが気の毒になってきた。 そうして・・・。 「今までほとんど病院にかかったことがないから、こんな大きな病院に来て、おそろしい」などというおばあさんの台詞を聞いたとき・・・。 そうだよね~、私だって健康に自信があったのに、20代で難病になって、初めて大病院を受診して怖かったもんなあ、と思ったのだけれど。 そのうちだんだんと、心の狭い私はちょっと「!」という気持ちになってきた。 もちろん、口にも態度にも出さなかったけれど。 本当に心の中のつぶやきではあったけれど。 「そんな年齢まで大病院にかからずに生きてこられたってことが、どれだけ幸せなことか分かりますか? 世の中の大半の人は、貴女の年齢まで病院にかからずに歳を重ねてはいないんですよ!」・・・なんて。 そんな気持ちになってしまい、ちょっと、凹んだのだった。
2010.09.06
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「それは違いますよ、○○さん」 電話の向こうで、看護師が私に言った。 そういうモノの言い方、私は苦手だ。 頭ごなしに、全否定をする。断定した言い方だ。 たとえば、明らかに間違っていると誰もがわかることならば「違いますよ」と否定されても納得がいく。 それは「今日は水曜日ですよね」「いえ、違います。木曜日ですよ」とか、「予約券はこれですね」「いいえ、それは違います。もっと大きなサイズのものです」とか、そんな感じ。 そんな時に「違います」と否定されたとしても、傷つくようなことではない。 だけど。 自分の「考え方」とか「生き方」とか、そういう抽象的なことを断定的に「それは間違っている」と否定されるというのは、簡単に納得できることではない。時にはすご~く嫌な気分になったり、傷ついたりする。 私はその日、セカンドオピニオンを受けたかったのだ。 だから、別の病院からの紹介状を見せないで、ゼロから改めて診察をしてほしいと思った。それだけのことだったんだけど。 医師に嘘をつこうとしたわけでもない。 いや、他の病院で診察を受けた事実を、伝えないことも「嘘」になるのかな? もちろん、自分自身の大事なことなのだから、病歴や体調を隠すつもりなんてない。ただ、新しい診療科を受診してみて、ちょっと不安があっただけのこと。 よくわからない。 だけど、看護師の言い方はなんだか・・・。 とても不快なものの言い方だった。 以前にも、似たようなことがあった。 歯科を受診したくて相談の電話をした時、やっぱり嫌な思いをした記憶がよみがえってきた。 同じことを言われたとしても。 せめてもう少し、思いやりのある言い方であれば、受け入れやすいんじゃないかな。 患者の気持ちを少し察して、親身になってくれたら救われるんだけど。 いちいち反応して、傷ついたりするのも厄介だ。
2010.09.04
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たとえば、友達からプレゼントをもらったとする。 それが気に入らなかったとしても「わあ、コレ、欲しかったの!!」とか言って、嬉しそうなふりをする。 そういう選択肢は、私には、めったにない。 はっきりと「コレ、好きじゃない」などとは言わないとしても、自分の本心とはあまりにかけ離れた演技はしない。 「ありがとう。キレイな色だね」とか「私に似合うかなあ?」とか。 そんなふうに逃げる。 でも、本当に気に入ったり、ものすご~く嬉しかったりすると、しつこいくらいに「嬉しい」とか「前から買おうか迷ってたんだ~~~」とかいう性格だから、親しい相手には本心がどっちなのかはバレてしまうかもしれない。 食べ物をもらった場合にも、同じ。 美味しかった場合には「うわ~、毎年食べたいくらい美味しかった!」などと言ってみたり「今度、私も誰かに贈ってみようかな」などと言ったりするかもしれない。 じゃあ、まずかった場合は? また同じ物をもらうことになるのも嫌だから、はっきりと「好きではない」とか「あまり美味しくなかった」などと伝えるか、どうか? 友達なら多分、はっきりと「美味しくなかった」などとは、私には言えない。 それじゃあ、家族だったら? 母がくれた日本酒。 飲んでみたら、あまりにも・・・。 彼女はお酒を全然飲まない。 だからきっとお店の人に聞いて、買ってくれたんだろうなあ・・・。 そう思うから、はっきりと言うのは悪いと思った。 ・・・思ったんだけど。 元来、お世辞は言えない性格の私。 迷いつつも、ついつい「お店での保存状態が悪かったのかなあ。ちょっと気が抜けた感じだった」などと言ってしまった。 本当はその件にはふれたくなかったのに、母のほうから「この間のお酒、美味しかった?」などと聞いてくるから、心構えもなかったし。逃げ切れなかったのだ。 ふ~~~。 電話を切ってから、ちょっと後ろめたいような気分になったけど。 それは「まあまあ」を通り越して、う~ん・・・・。あまりにも残念なお味だったのだ。 でも世間の優しい娘たちは、たとえ自分の母親に対してでも、せっかくプレゼントしてくれたのに「美味しくなかった」などとは言わないものなのだろうか?
2010.09.02
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子供の頃に「水ぼうそう」になったことがある。 保育園で流行って、私が家に持ち帰ってしまった?せいで、私の発症と同時に他の兄弟にもうつしてしまって可哀相だった。 まあ、だいたいは子供の頃に誰もがなる病気だからと、あまり気にしてなかったのだけれど。 大人になって重い病気を患い「免疫抑制剤」などという薬のお世話になることになってしまって、そのウイルスが暴れ出した。 それが「帯状疱疹」・・・。 もう、ずいぶん前のことだけれど、皇室の雅子妃が発症した際に、その病名を初めて耳にしたという人も多いかもしれない。 普通は高齢者が発症することの多い病気だけれど、強いストレスに遭うと若くても発症することがあるという。 知り合いの娘さんが、まだ幼稚園か小学校1年生くらいの幼い時に発症して、私はその病気を初めて知った。そんなに強いストレスがあったのかと思うと可哀相でもあり、それ以上に大きな驚きでもあった。 私の場合は、そういう精神的ストレスのせいでもない。 薬で免疫力がすっかり抑えられてしまい、子供の頃にかかって体内にあった水ぼうそうのウイルスが、今度は「帯状疱疹」という形で暴れ出したというわけだ。 それ自体は入院中のことだったので、薬をもらって治ったのだけれど、その後なんとなく気になることがある。 もう2年くらいは経つはずなのだが、たまに、背中に妙な感覚があるのだ。 ピリピリするような痛みというか、痛いのか痒いのかさえはっきりしない、肌が過敏になっているような、おかしな感覚・・・。 ネットで調べてみたら「帯状疱疹後神経痛」なんてものがあった。 これは、ウイルスが神経を傷つけるために起こるものらしく、帯状疱疹の水ぶくれを見つけたらすぐに治療をしなかった場合には起こりやすいとのこと。 そういえば私の場合、なかなか「帯状疱疹」と診断されなかったので、薬を飲み始めるのがやや遅かったのかもしれない。 全身をかけめぐる血液の病気を抱えるということは、こんなふうに、あちこちにも少しずつ影響を受けやすいっていうことなのだと、あらためてガッカリしてしまう・・・。
2010.09.01
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小学生の頃から思っていた。 「ピアノが弾ける男の子って、カッコイイ」 走るのが速いとか、頭がいいとか、もちろん、そういうのだって◎だけど。 自分もピアノを習っていたせいなのか、それとも、ピアニストには男の人もたくさんいるのを知ったからなのか、とにかく「ピアノが弾ける男の子」というのは私の中では高評価の存在だった。 私が習っていたのは、子供だったから普通にバイエルからクラシックへという感じだったけれど、大人になってみれば、ジャズとか弾けるのも素敵かなって思う。 基本を習ったのは良かったと思うけれど、もっともっと楽しく。 好きな曲を、気持ちよく歌うみたいに弾いたら楽しいだろうなあ。 ・・・ってわけで、この動画。 これが、ものすごく、いい。 フード付のパーカーを着て、斜め後ろ姿しか見えないから、どんな人が弾いているのかはわからない。 そこがまた、いいのかもしれない。 こんなふうに、気持ち良さそうな滑らかな指の動き。 歌うような音色に、とっても癒される。 グランドピアノ、憧れだなあ。やっぱり音がいい! よく手入れがしてあるんだろうなあ。 私が子供の頃に愛用していたピアノは、今ではもう眠っているから、鍵盤がとっても重くなってしまった。 どんな人なのかな、この映像の主は・・・。 それにしても、ピアノは、趣味?
2010.08.28
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珍しく土曜日の夜に連ドラを見ている。 『美丘-君がいた日々-』の中で、吉高由里子が演じるヒロイン美丘は「クロイツフェルト・ヤコブ病」の女子大生である。 彼女が、飛び降り自殺しようとしている中学生に「いらない命なんてないんだよ。死ぬんだったら、その命を私にちょうだい」というような内容の台詞をいうシーンがあった。 わかるなあ、その気持ち。 私も、自殺のニュースを見たりするたびに、そんなことを思った経験がある。 けれど、さすがに、ね・・・。 小学校3年生。 わずか8歳の子供が「首つり自殺」なんていう記事を見つけた時には、ショックで呆然としてしまった。 幼い子供が「自殺」を選ぶなんてことも辛かったけれど、よりによって「首つり」?? これは、なんか、おかしい。 正直に言ってしまえば、第一印象では「家族間の殺人ではないのか?」などと思ってしまったほど、信じられない気持ちが強かった。 少しずつ、詳しいことがわかってきて。 いじめを苦にした自殺ではないか、という疑いが強くなっても、やっぱりその手段には違和感があった。 しばらくして、教師を職業とする人と話す機会があって。 その意見に、とても驚いた。 ・・・公にはされていないけれど。 転校して「注目されたい」という気持ちが強い子供は、自分で自分の靴を隠すなどという行動をすることが、実際にある。 この小3の女児だって、いじめを受けていたという事実はあったのかもしれないが、本人の筆跡で教科書に落書きが見つかったから、学校側はいじめが原因の自殺だって言わないのかもしれない。 教師や友達や親の注意をひきたくて、だから「首つり」のまねをしたんじゃないのか? まさか、本当に死んでしまうとは、本人は思ってもみなかったんじゃないのか? ・・・そんな、意見だった。 信頼できる人の口から飛び出した、私にはとても思いつかなかった意見。 現場にいる人だから、現実の小学生を踏まえた「意見」なのか、もしかして「情報」なのか、わからないけれど。 実際の関係者じゃないから「想像」なのかもしれないし。 どうしてたった8歳で人生を終えることになってしまったのか、本当のところはわからない。 だけど、そんな幼い子供に向かって「死んでしまうつもりなら、その命を私にちょうだい」とは、さすがに思えない。 この先の人生にはきっと、幸せなこともたくさん、たくさんあっただろうと思うのに。
2010.08.25
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一人ぼっちでニューヨークへ向かった日の心細さを思い出す。 まだ英語もほとんど話せず、ただただ「1人で頑張るぞ!」って気持ちだけが空回りして、摩天楼が見えてきた頃には、嬉しさよりも怖さに震えていた。 ふと入った本屋さんで「ウォーリーをさがせ!」を見つけて、毎回数ページずつ探しながら立ち読み?するのを楽しみに通うようになったっけ。 公園でリスを見ながら、お弁当を食べる。 そうして、マンウォッチングしているうちに癒されて、少しずつニューヨークでの生活を楽しめるようになっていった日々。 動画の中に「実写版『ウォーリーをさがせ!』」なんていうのを見つけたので、ちょっと面白くて貼ってみました。 こんなアイディア&ユーモア、大好きなんだ~。
2010.08.23
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青汁といえば、本当は液体で、冷凍庫で凍らせて保存するようなモノが一番いいのかもしれない。たとえばキューサイとかファンケルの商品みたいな・・・。 でも場所をとるし、大量にまとめ買いするにはイマイチだ。 それに家庭の冷蔵庫で長く保存するとマズくなる気がするから、10日分ずつ購入するなどの工夫が必要だった。 そこで最近は、やっぱり粉末がいいかな・・・と試している。 効き目はよくわからないけれど、野菜不足の気休めかも。 野菜をいっぱい食べるほうがいいとしても、毎日欠かさずにたっぷり野菜を摂るというのは案外難しい。 で、近所のドラッグストアでとりあえず粉末の大麦若葉の青汁のお徳用袋を売っていたので、買ってみた。 1回分ごとに分かれているほうが使いやすいし、携帯もできる。 だけど家で飲むなら、背に腹はかえられぬ・・・ということで、お徳用の大袋。 味は? う~ん、特別に言うほど美味しいわけじゃないけれど、飲みにくいまずさはまったくない。 私は豆乳があまり好きじゃないので、友人に勧められて毎朝飲んでいる豆乳に青汁粉末を混ぜてみると、臭みが抜けて飲みやすくなった。コレは大成功。 しかし、じっくり袋を眺めていると、どこにも「国産」という文字がない。 それで購入したドラッグストアに出かけたついでに確認したら、隣りに並んでいる商品はやや高めで国産のモノ。私が買ったのは、国産ではなかった。どうも中国産らしい。 中国産・・・。 衣服などはいいけど、毎日飲み続けようという青汁の場合は、農薬の使用やその後の加工処理の段階がイマイチ不安だなあ。 ・・・ってことで、ちょうど1袋飲みきったところで、国産を探し中。 ネットで探してみたら、ものすご~くたくさんの種類がある。 ビタミンなど他の栄養素が加えられていたり、美味しい口当たりになるようにブドウ糖がなどが入っていたり、野菜などが一緒に粉末になっていたりする。 「青汁」とひと言でいっても、ケールとか 桑の葉とか、芋の葉とか。今は大麦若葉が主流かな。 散々探し回って、ふと、気がついた。 ちょうど化粧水がなくなったし、いつも買っている楽天のお店で売ってないかなあ。 ってことで、結局購入を決めたのは・・・ 「ニュージーランド産大麦若葉をそのまま粉砕!100%使用!」「225種類の残留農薬分析を行い未検出の安心原料」「ISO9001認証国内自社工場での一貫製造なので安心・安全!」というのが決め手で、お徳用の商品だった。 他の2つもすごく迷ったけれど、結局は化粧水と一緒に買えば送料が無料!ってところで買うことにした。 国産じゃないけれど、食べ物に関しては、オーストラリアやニュージーランドのモノは信用できると個人的に思っているので。
2010.08.22
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半年くらい前からか、足の裏が痛かった。 最初は指や足首の関節が痛いのかなと思っていたけれど、よく確かめてみると、どうも痛いのは足首からつま先へのスジと土踏まずの筋肉のようだった。 まあ、だからと言って、生活に大きな支障があるわけではない。 それに、どうして痛いのか、どうすれば治るのか、どうせわからないし。 そんなふうに思いながら、そのまま痛みを抱えて暮らしていたのだけれど。 ある日、いつも通っている病院でちょっとしたボランティアでもできないかな・・・などと気まぐれで窓口に声をかけた。 体力のない私にできることは、座って入院患者の話し相手になるか、入院している子供の勉強でも見てあげられたらいいな~って。そんな程度のこと。 結局はそんなニーズもなくて、私自身の病気のことなんかをアレコレ問われるままに話していたら、相談窓口の看護師さんと引き合わされた。 その女性が「別に私、マッサージ師じゃないんだけどね」などと言いながら、足の裏をほんの少しマッサージして、足ツボのことを教えてくれたのだ。 ◇100%ピュアなガイア・エッセンシャルオイル◇時間をかけてゆっくりとマッサージをすることで... 今まで「足ツボ」と聞けば、ダイエットばかり連想していた。 正直、それほど興味を持ったこともない。 ところが、足の裏の痛い部分。そこには内蔵などに対応するツボがいっぱいあって、痛いツボはそこが悪いって、本当みたい。 そういえば聞いたことはある気がするけれど、今までは実感がわかなかった。 しかし。 今回は、身をもって納得。 だって、自分ではどのツボがどこと対応しているかなんて知らなくて、ただ「ああ、ここが痛い」と思った部分のツボが、まさに「胃」とか「腎臓」とか最近ずっと調子が悪いの部分と一致していたのだ。 そして看護師さんの言葉。 「この痛いツボを毎日しっかりもみほぐしていけば、きっと体の調子が良くなるから」 あ~~~~、そうなのよ! 私が欲しかったのは、そういう「希望が持てるお言葉」なの!! だって「難しい病気」だとか「その痛みは取れない」とか「移植は効果がなかった」とか。 そ~んな絶望的なことばかりで、ちょうど気が滅入っていたところなんだもん。 ちなみに、マッサージには何もつけなくてもいいけれど、オイルをつけるのがお勧めと言われて、アロマ好きな私は、入浴用に大切にしている精油を薄めて使い始めた。 香りに癒される感じがすごくお気に入りなのだ。 ただし100均で売ってるオイルなんかは、キャンドルなどにはOKだけど、マッサージや入浴みたいに肌に直接つけるには向いていないから使えないんだけど。
2010.08.20
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知らなかった! ふ~ん。 自作の動画も貼れるのかな? 私は、ヒヨコとか金魚くらいしか、ペットって飼ったことがない。 ああ、アゲハの幼虫とかヤゴもペットっていうのか?? 言わないよね? 言う?? ともかく。ネコとか犬とか、賃貸生活では飼えないし。 公園でエサをやる人に集まってくるハトの大群だとか、池でエサを奪い合うような勢いのいいたくさんの鯉とか、ちょっと苦手なんだけどさ。 この動画の子猫たちのお食事タイムは、すっごく可愛くて、ついつい何度も見てしまった。 でも、当たり前なんだけど、子猫っていつまでも「子猫」のままじゃないもんなあ~。 大きくなったら4匹も飼うのは大変かも。 それでもずっと、可愛がってあげてね・・・。
2010.08.19
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何年かで会うメンバーでランチをしていた。 そうしたらその中に、富士山に登ったら落雷に遭ったという人がいてビックリ! だって富士山って、頂上に近づくと何にもないから、避難場所もなさそうだし、すご~く怖そう・・・。 おまけに彼は、9合目くらいからは頭痛などの高山病の症状を自覚していたという。 それでも、せっかくココまで来たのだから登るしかない!と、そのまま頂上まで行った帰りに、さすがにマズイと思って救護施設に立ち寄ったのだという。 高山病は、とにかく高度を下げる。つまり降りるのが回復の鉄則。 それなのに逆に無理をして頂上を目指すなどという判断の無謀さを責めた。 そもそも素人2人で、軽装で登るなんて! 出くわした登山経験者たちに「本当にその格好で登るつもりか?」とたしなめられても強行し、天候の変化に備えての雨具の用意もしていなかったという。 よくもまあ、それで落雷を逃れることができたものだ。 そういう人が、山岳救助の人たちの手を無駄に煩わせ、彼らの命を危険にさらすのだ!! ・・・などと話しているうちに、ふと、我に返った。 あれれ? う~ん、そういえば。。。 確かに私が登った時には天候も良かったし、それでも一応は雨具を用意していたし、靴だって彼よりはまともなトレッキングシューズを履いてはいた。 だけど・・・。 きっと、本格的な登山経験者から見れば、同類だったんじゃないのか? 私たちだって軽装には違いないし、ただ天候に恵まれたのと、高山病にならないほどゆっくりとしか登れなかったから、危険な目には遭わずにすんだ。 でもそれって、ただの運が良かっただけの素人じゃないのか??・・・と気がついて、思わず黙った。 そして、そこからは反省しきり・・・。 そうか~。 私だって、ただ「1度は富士山に登ってみたい!」という一心で登ったけれど、ちょっと間違えば、誰かに迷惑をかけることになっていたのかもしれないんだなあ・・・。 他人のことを言う前に、よ~く、自分のことを反省しなければ。 自分の人生だから好きなようにすればいいけれど、そのことで人に大きな迷惑をかけたりするのは、やっぱり、なるべくなら避けなければ。 ものすご~く気をつけているつもりでも、それでも何らかの迷惑は、誰でも常にかけてるんだもんなあ、と改めて思ったランチタイムのひととき・・・。
2010.08.18
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なんだかな~って感じ。 キムタクの「月の恋人」の最終回が、どうしても気に入らなかった。 なんで最終的に、篠原涼子とくっつくの? それが一番納得いかない。 シュウメイとの恋を、もう少し追いかけるキムタクのほうが良かった。 な~んか、身近な篠原で手を打つみたいな終わり方って、夢がない。 こんな役なら、こんな人物像なら、キムタクがやらなくて良かったじゃん。 篠原の役だって、最後にくっつかなければ、なかなか切ないけどイイ女を演じきった感じが良かったのに、もぉ~~~、台無しじゃん! キムタクも篠原涼子も好きだし、シュウメイ役の台湾人女優?もキレイな人だった。 それなのに、あ~あ、残念! ・・・などと思っていたところ、今度は「夏の恋は虹色に輝く」・・・。 キャスティングも何だか好きじゃないけど、ドラマの進行スピード、煮え切らない恋愛が、見ていて間延びする。 「私が見たいのは、もっと素敵な恋愛ドラマなのに~~~」と叫びたくなる感じ。 って・・・。 そんなに文句あるなら見るな!ってことだよね。 なんとなく。 竹内結子が主演だったから見ちゃったけど。
2010.08.17
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ネコがマッサージしてる動画やテレビ映像を見て驚いたけれど、ちょっと面白い「猫のピアニスト」という動画を見つけたのでご紹介・・・。 子供の頃。 学習塾には1度も行ったことがない。 というか、習い事といえば、ピアノしか習ったことがない。 その時の先生のことを、今でも時々思い出す。 小学生の頃から高校卒業してもまだ習っていたから、その間には何人か先生が替わった。 その中の1人で、とても華やかな雰囲気の先生がいた。 ピアノというよりは、シンクロナイズドスイミングでもやりそうな、スポーツウーマンっぽい外見。 「若くてキレイなうちに、ヌード写真でも撮っておきたいわ!」なんて刺激的なことを口にする、私たち生徒にとっては「カッコイイお姉さん」のような存在の人だった。 生徒たちのレッスンが全員終わる頃には、いつも先生の彼氏が差し入れを持ってきてくれた。 それがある日、たこ焼きとチョコレートだったんだけど・・・。 お腹いっぱい食べて家に帰って、横になったら、急に気持ち悪くなってトイレに走ったことがある。 あとで気がついたけれど、その日の差し入れのチョコレートはブランデーか何かのお酒が入っているモノだった。 ・・・私たち、まだ未成年だったから、体がお酒に慣れていなかったせいかな。チョコレートくらいで酔っ払ってしまったようだ。 先生が結婚する時には、部落差別なんかに悩んでいる話を聞いた。 年齢がいくつくらい違ったかは覚えていないけれど、とても教わったことが多い。 ピアノだけじゃなくて、人生経験もちょっとおすそ分けしてもらったみたいな、彼女は今、どこでどんなふうに暮らしているかなあ・・・。
2010.08.16
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イスラム教の信者ムスリムたちには、断食の月がある。 そのことは、以前から知っていた。 日本で暮らすムスリムでも、熱心な人は必ず断食をしている。 身近にもそんな人たちがいた。 もう何年も前のこと。 日本のように、周囲にムスリムが多くはない国で、自分たちだけ断食をするということはとても困難であると、1人のトルコ人ムスリムの友人が話してくれた。 お腹がすけば、働くのも辛い。 大人だってそうなのに、日本で一緒に暮らしている娘はなおさらのこと。 普通に小学校に行って、周囲の日本人は断食などしないのに、その環境で自分だけ頑張るなんて子供には無理だ。 ・・・そんな話を聞いた。 別の友人に、ムスリムが断食する意味を教えられた。 それは「世界中の飢える人たちの気持ちを、同じように断食をすることで理解しようとするため」なのだということだった。 ところが。 イスラム教の国へ行って、実際に断食の月にみんなの様子をちらっと観察してみると。 空腹で無気力になるので、昼間は閉まってしまう商店などもある。 日の入り後は食事が許されるので、屋台のようなお店が並んで、みんなで楽しく買い食いをする。 離れて暮らす家族が集まる機会でもあるらしく、家でごちそうを食べたりもする。もちろん、日の入り後から翌日の夜明け前までの時間のみ、だけれども。 それでも昼間の12時間以上を、水分も含めて、何も摂らないで「断食」をするということは、そしてそれを1ヵ月も続けるということは、それを毎年行うということは、う~ん、ものすごく大変なことなんだろうなあ。 ・・・でも・・・。 やっぱり、私には、ちょっと疑問があるのだ。 昼間は無気力で働けないなど、日常生活に支障が出るにも関わらず「断食」をして、飢餓について考えるのだとしたら。 もっともっと日常から、食べ物を無駄にしない努力をしたほうが、現実的でいいんじゃないのかなあ?? レストランで食べ残された料理を見ながら、裕福なムスリムたちが大量の食べ物をまとめ買いする姿を見ながら、どうしても、そんな気持ちが消えないのであった。
2010.08.13
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日本でも、山の斜面に作られた茶畑を見たことがある。 新芽が伸び始めた頃の茶畑の緑は、本当にキレイだ。 「緑茶」といえば、やっぱり日本。でも、中国にも緑茶があることを少し前に知った。 マレーシアには、イギリス人が造ったという紅茶の茶畑が続く高原がある。 紅茶の茶畑といっても、最初から紅茶の色をしたお茶の葉ではなくて、製法が違っているだけのこと。植えられた緑のお茶の木々はやっぱりキレイ・・・なんだけど。 日本のように、整然と並んでいるかといえば、ちょっと様子が違う。 真っ直ぐに同じ幅の通路を空けて植えられてはいない。 通路はとても狭くて、くねくねと曲がっている印象が強い。 その理由は知らないけれど、日本人から見ると「やっぱり国民性が違うのかも?」と思えてしまうくらいに、なんだか、う~ん・・・。 日本の茶畑の美しさを、とても自慢に思う。 でも。 マレーシアの茶畑は、ちょっとした観光地になっていた。 それにはビックリ! 日本では茶畑なんて珍しくない?から、他の畑や田んぼとかわらない扱いなのかも。 高原の山々に茶畑が続く様子を眺めながら、その茶畑から採れた茶葉で作った美味しい紅茶を楽しめる広いティールーム。ケーキやちょっとした軽食もある。 製茶をする過程を見ることができ、マレーシアで紅茶が作られるようになった歴史を紹介するビデオが見られるコーナーもある。 そしてもちろん、いろんなフレーバー・ティーや見栄えのいい箱に入ったお土産用の紅茶などを販売するショップもある。 便利な交通手段もなく、そこへ行くならば、タクシーか自家用車、または徒歩で山道を登ったり下ったりしながら1時間以上・・・。 それなのに、観光客たちが集まる理由は何だろう? 茶畑を見慣れた日本人としては、ちょっと不思議な感じがした。 でも、あんなふうに上手に観光地化しているところは、見習ったらいいかも。 例えば静岡の富士山とお茶畑をセットにした観光地とか。京都と宇治茶でもいいし。 ティールームの中から、茶畑をバックに観光客は記念撮影をしてたけど。 日本だったら、富士山と茶畑をバックに、もっともっと素敵な写真が撮れるんじゃないかなあ。
2010.08.10
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マレーシアという国は、国の宗教をイスラム教としている。 でも、マレー系が6割くらいの国だから、他のインド系や中国系の仏教徒やヒンズー教徒やクリスチャンだって暮らしているわけである。 友人の1人に熱心な仏教徒がいて、よく行くお寺に連れて行ってくれた。 それが、日本人の知っている国内の寺院とはあまりにも様子が違って、とっても驚いたし、興味津々だった。 マレーシアでは、いくつかの「モスク」は見に行ったことがある。 とても立派な外観で、ブルーだったり、ゴールドだったり、ついつい記念撮影したくなるような、大きなモスクだった。 けれど、その「お寺」は・・・。 お店の店舗になるような、ビルの一角のような造りだった。 日本の寺院のように、広い敷地にたくさんの木が植えられていて、落ち着いた風情のあるイメージではない。 真っ白な大理石の室内に、金色の仏像とお供え物がたくさん。 「ふ~ん、木造じゃないのか・・・」って、そんなことの前に、まず店舗のような外観から「これがお寺?」と不思議な感じがした。 彼が言うには、マレーシアでは国教がイスラム教だから、寺院や教会やヒンズー教の建造物などは皆、それを建てるための広い敷地などがなかなか許されないのだとのこと。 既存の建物に間借りするような、そんな形でも仕方がないらしい。 そもそも宗教を持つか、持たないかを自由に選択できる日本人には理解が難しいけれど、マレーシアでは、どれかの宗教を選択するよう求められるというのだが。本当だろうか??
2010.08.08
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なんか「ちょっと、本気??」と思ってしまうような、興味深い投稿を見つけた。 それはネットで相談するような掲示板サイトに書かれていたんだけど・・・。 30代前半の女性。 彼氏の車を借りてドライブに行き、帰りに、同乗の友人が運転したいというのでさせてあげたら、ぶつけてしまったとのこと。 この彼女の言い分は「動く程度の壊れ方」だったので、彼氏にメールで「友達がぶつけちゃったごめんね。車両保険で修理してね(ハートマーク)」と送ったのに、後でものすごく怒られて、修理代を請求されたのが納得行かない!!というもの。 ぶつけた時に運転していたのは友人だし、保険だってあるんだから、自分が支払うのはおかしいでしょ?って、本気で思っている様子なのだ。 「動く程度の壊れ方」って、どのくらいだったんだろう? すごく無責任な表現に聞こえるけど。 ちなみに、修理代は30万円以上かかったらしい。 彼氏は「保険を使わない」と言い、その後、彼から一方的に別れを告げられたのだが、いまだに家に請求書が届くのも、どうしても納得できないようだ。 彼氏のことを、散々「ケチ」呼ばわりしている。 そして自分には払えないし、彼氏に何とか保険で処理して、自分には負担がかからないようにしたくて、ストーカーとか恐喝とかで警察に訴えてもいいのか?などという相談を書き込んでいるのがすごすぎる! もちろん、それに対する書き込みはほとんどが「保険を使えば、その後の掛け金がず~っと高くなるのを知らないの?」とか「彼氏と無関係の友人が運転していた場合、掛けている保険の内容によっては車両保険が使えない」とか「30歳過ぎても、それほど非常識な女性は信じられない」とか「そんなのフラれて当たり前」とか・・・。 う~ん、私なら、そんな彼女に車を貸したりはしないなあって。正直なところ、そう思うけど。 彼女と友人も、最初からレンタカーでも借りてドライブにいけば、彼女はフラれずに済んだかもしれない・・・かな。いや~、いずれ、結果は同じだったりして。 そういう女性と、恋愛関係を続けるのも怖い・・・。
2010.08.07
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私にとっての夏バテ解消といえば「ゴーヤチャンプル」「とんかつ」そして「ウナギ」がベスト3だった。 ゴーヤチャンプルなら、朝からでも食べられる。 だから病院で血液検査のある日は、朝食に元気モリモリ「ゴーヤチャンプルー」。 「とんかつ」は、自分で揚げることはなくて、外食してランチで食べることが多かった。 で、ウナギはといえば、うな重よりもうな丼。贅沢する時には、ひつまぶし。 あとは、スーパーで蒲焼を買って来て、日本酒で蒸し焼きにして食べる。これは安上がりだから、わりと頻繁に食べる。 で、時々、夏の贈答用にうなぎはどうかな?って考えるんだけど・・・。 真空パックで売っているうなぎの白焼きや蒲焼。 あれは、どのくらい美味しいんだろう? デパ地下でも売っているのを見たことがあるけれど、なかなかのお値段だから、お試しするのをためらってしまう。 スーパーで買うよりもずっと高い分、味のほうも絶対に美味しい!って感じじゃないと、手が出ない。 贈った相手から「やっぱりスーパーの安い蒲焼とは違ったわ! また贈ってね」と言ってもらえるくらいの味だったら、今後の贈答品リストに加えるんだけどなあ・・・。
2010.08.06
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自分でネコを飼ったことがないから、知らなかったんだけど。 ネコって、マッサージする習性があるのかな?? この前テレビでも、自分の弟に当たるネコが車にはねられて倒れているのを見つけたネコが、まるで心臓マッサージでもしているような映像をやっていて切ないシーンがあった。 それはそれは必死に、蘇生させようとしてるみたいな感じだった。 それを見ていた通行人たちの通報だったかで、その被害に遭ったネコは病院に運ばれて手当てを受けたんだけれど、結局はそのまま・・・。 ネコ同士のケンカや、自然界のおきて?で命を失うのは仕方がないけれど、人間の運転する車のせいで死んでしまうっていうのは、何だか申し訳ない気がする。
2010.08.05
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久しぶりに電話した知り合いから、父親の入院を聞かされた。 そういえば、以前からあまりお元気ではないという話は時々聞いたことがある。 「もう、家には戻ってこられないかも」 その時には、そんな話だった。 「またランチでもしようね」 そう言って、電話を切った翌週だったか、今度は「いつ病院から呼び出されるか分からない状況になっているから」というメールが来た。 親戚とも、もしもの時のことをアレコレ相談しているらしい。 そこからが、いけない。 私の頭の中をいろんな思いが駆け巡る。 そのすべてが、悪いことばかり・・・。 お父さんとは、面識がない。 だから、お見舞いに行くということは思いつかなかった。 そうではなくて・・・。そうではなくて・・・・・・・・。 私の頭の中には、もう、葬儀のことがチラついたのだ。 「ちょっと遠いけど、行けるかな」とか、そんなバカなことが、ぐるぐるしていた。 ああああ、なんということ!! 誰かが、自分の人生を、まだ病気と向き合いながら頑張って生きているその時に。 それが直接よく知っている相手ではないとしても。 「もう危ないから・・・」と言われて、思わず現実的に葬儀のことを考えてしまったことが、すごく自己嫌悪だった。本当に。 そういえば小学生の頃、友達が盲腸とか、扁桃腺とか、そんな手術を受けるだけでも怖くて怖くて。だから「○○ちゃん、死んじゃうかも・・・」って、大人にしてみれば大げさな心配をしていた子供の私は、ただ「最悪」を考えておけば、きっとそれよりは良い結果にホッとできるから、という思いだった。 だけど大人の私は、そんなのとは全然違う。 本当に、嫌になっちゃう・・・。 幸い、そのお父さん。どうにか峠は越えて、今は外泊許可を目標にしているとか。 あ~あ・・・。 本当に、良かったわ。本当に・・・。なんか、ごめんなさい・・・。
2010.08.04
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あ~あ、いつから変わってしまったんだろう。 もう、すっかり忘れてさえいたけれど。 過去にはたしかに「尽くす女」だったはずの私。 今はもう、誰も信じてくれなさそうだけれど? 結構マメに、芸術的なお弁当とか作ってた頃もあったんだ~。 自分で「今回は、お花畑」などとテーマを決めて、デザイン画を手描きして、材料を決めて、何かのイベントごとに可愛らしいお弁当を彼氏のために作っていた。 さすがに「キャラ弁」は思いつかなかったなあ、あの頃は。 ・・・っていうか、大学生の男子に「キャラ弁」ってわけにもいかないだろう。 「お花畑」弁当でも、彼氏は周囲に冷やかされて、恥ずかしかったみたいなのに。 でも、もしも? 私に、可愛いちっちゃな子供がいたら。 そうして「ママ、トトロのお弁当を作って~~」なんて言われたら。 こんな「尽くすのを忘れた」私でも、張り切って作るかなあ・・・。 う~~ん、あまり自信はないけど。
2010.08.03
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「今どき、白血病は治る病気だもんね」って、何気なく友人が言った。 彼女には、もちろん悪気などない。 もしかしたら、白血病の患者さんを励ますために言ったのかもしれないし、心から本当に、そう信じているのかもしれない。 だけど、もしもね。 それじゃあ、彼女自身が「白血病ですね」って宣告を受けても「ああ、治る病気だから」ってさらりと思えるかといえば、やっぱり「え? 私が???」ってショックを受けるくらいのインパクトはある病気だと思うんだよね、多分。 抗がん剤治療をして、そのまま治ってしまった友人がいた。 今ではバリバリと仕事をして、テニスをして、とても元気そうに見える。 だけど今でも独身なのは、再発を心配しているのか、それとも出産の問題なのか、聞いてみたことはない。 白血病が治ってから、何十年も再発せずに長生きしている知り合いだっている。 出産後まもなくに発病して、すごく人生を悲観していたなんて嘘のように、お元気そうだ。 それでも私には、移植のときや通院の中で知り合った何人かの白血病の患者さんがいて、いろんなことを教わった。 「白血病」とひと言でいってもいろんなタイプがあって、再発しやすいタイプとか、薬が効きにくいタイプとか、予後が悪いタイプとか・・・・。 そもそも「骨髄移植をすれば治る」って、まるで移植が万能薬みたいに思われるのは、ちょっと違うんだなあ。 移植って本当にキツくて、抗がん剤や放射線が体に与えるダメージも大きいし、そこから元の健康体に戻れる人がどのくらいいるのか、聞いてみたいくらい。 私は別の病気で移植をしたし、年齢や体力や闘病期間や治療経験がそれぞれに違うから、比べてみるのは難しい。 でも・・・。 やっぱり簡単に「移植してみたら?」といえるほど、移植って万能じゃないと思う部分がある。 それでも、そこに望みを託すしかない状態になると「移植でも治らないかも」なんて現実を認めたくないし、それに「治る」って信じていないと、あのキツさを乗り越える勇気が出ないかもしれないから。 だから「希望」を奪ってはいけない気がする。 けれど「現実」というか「事実」というか、そういうものも知っておいたほうがいいのかもしれないとも、思う。 ず~っと考えているけれど、答えはやっぱりわからない。
2010.08.02
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電車の中で床に座る高校生とか。コンビニの前に集団で座って、何か食べている中高生とか。 そういえば、スーパーの敷地内に併設された、ちょっとした子供用の狭い遊び場でも、大学生くらいの男女が座り込んで、買い食いしながら話しているのを見たことがある。 今どき、珍しくもない光景なのかもしれない・・・とは思いつつ。 マンションの駐車場で、座り込んで何か食べながらおしゃべりしている子連れのママ友たちというのも、フツーなのか?? そりゃあ、別に大きな迷惑をかけられているわけじゃない。 端っこの自分ちの車のスペースと隣りの空いている1台分くらいのことだし、こちらが部屋に入ってしまえば、声もそんなには聞こえてこない。 かと言って、何だか、う~~ん、違和感があるんだけど。 賃貸の集合住宅というのは、やっぱり人の出入りが激しい。 つまり、あちこちで引越しがある。 私が引っ越してきたときにも、どの範囲までご近所に挨拶をすればいいのか迷った。 でも、学生の頃は気にしなかったけれど、社会人になって引っ越した時には、とりあえず両隣とか同じ階だけとか、同じ班(自治会が決めているらしい)の範囲とか、状況に合わせて挨拶をしてきた。 そういうものだと、思っていたから。 でもそういうことって各自の常識が違うみたいだから、丁寧に菓子折りなんか持って挨拶に来て下さる方もいれば、引越しをしている時に顔を合わせても「新しく引っ越してきました」とか「よろしく」とか言うわけでもない人たちもいる。 その後も別に「こんにちは~」以外の挨拶などされないから『いつの間にかどこかから見知らぬ人たちが引っ越して来て、同じ建物の中で暮らしている』という、考えてみれば、かなり不思議な恐ろしいような状態なんだな~。 もしも今、同じ敷地内のマンションで何か事件があっても、私は住人について何も知らないし、顔も名前もわからない・・・。同じスーパーで隣りのレジの列なんかにいたとしても、きっと全然お互いに気がつかないんじゃないかな。 いろんな事情があるかもしれないから、仕方がない、のかなあ。 そんな状態だったら、別に、駐車場のアスファルトに座り込んで、おやつ付の井戸端会議っていう感覚の違いも、驚くほどのことではないのかも。 私は、十分にビックリしたけれど・・・。
2010.08.01
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相手からもらったプレゼントを、恋が終わる別れ際に「じゃあ、コレ、返すから」なんて押し付けてみたり、宅配便とか郵送で送り付けてみたり。 そんなことをした経験がありますか? 思うに。 フラれた側が、相手にもらったモノを返す場合は、まだ未練があるからじゃないかなあ。 だから「返す」という意思表示で、相手を揺さぶったり、自分の最後の意地を見せたりするのかなあって思う。 だって、フッた側はあまり、そんなことはしないから。 もらったモノは「物は物」として、割り切って使うか、それとも処分するか。 それで済むことだから、わざわざ相手に「返す」なんていう行動はしない。 別にフラれた側だって、すっきりと想いを断ち切る覚悟があるならば、自分で捨てるなり、質屋で換金するなり、なんだっていい。 自分をフッた相手と、最後に「モノ」の処分のために関わる必要なんてない。 まあ、中にはセコい人もいて「別れるなら、今まであげたプレゼント、ぜ~んぶ返してよ」なんていうこともあるらしいけれど、フッたにしても、フラれたにしても、プレゼントを返す義務というのは、法的にはないらしい。 でも。 知り合いの男性で、長く付き合っていて、結婚話が出ていた相手の女性に、車だったか、バイクだったかを、買ってもらった人がいた。 別に結婚詐欺のつもりではなかったのだと思いたいし、相手の好意を利用したわけでもないのだと信じたいけれど、その結婚は破談になった。 おまけに、その理由は男性の心変わりだったのだ。 会社の同僚と新しい恋をして、そちらと結婚することにしたという。 え~~~~~??!! それならやっぱり、高価なプレゼントは返したほうがいいんじゃないかな? 現物じゃなくて、少しお金で返すとか? これもまた、法的には返金や返品の義務はないのかなあ・・・。 5年以上付き合っていたし、結婚詐欺師だったわけじゃないはずだから、逮捕なんてされないだろうけれど、なんだか女の立場から見ると、嫌な感じはする。
2010.07.31
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友人のお母さんが亡くなってから、そろそろ1年になるだろうか。 なかなか海外に出られなかったので、まだ直接会ってお悔やみを伝えていないのが気がかりだったけれど、やっと機会を得た。 彼女はムスリムなので、もちろん仏壇なんてあるはずもない。 だけど何となく、私は決めていた。 ・・・キレイな和ろうそくを持っていこう・・・。 外国人の友人への手土産は、何を買おうか、いつも迷う。 毎回同じものではつまらないし、今の時代では、日本のモノもいろんな国で手に入る。 それに、日本とか中国とか韓国とか。 アジアの国のお土産は、他の地域の外国人にとっては、どこのものだか、区別ができなかったり、同じだと思われたり。本当に選ぶのが難しい。 たとえば扇子なら中国にもあるし、海苔は韓国だって有名だし、組みひも細工や竹細工も共通している。 それで「和ろうそく」。 キャンドルは世界中にあるけれど、あのまっすぐに上る炎の美しさ、日本の職人技が光る伝統的なろうそくに、キレイなお花の絵が描かれているモノを見つけたのだ。 サイズもいろいろ。絵柄も転写から手描きまで、お値段に応じて種類も多い。 予算と好みに合うものを選べるのが、すごくいい。 あちこち探しているうちに、同じように絵柄の描かれた「蜜ろうそく」というものも見つけた。 どれもキレイで、う~ん、迷うなあ。 私はイスラム教の方式で故人を悼む習慣について、全然知識がない。 だから失礼に当たらないといいなあ、と思う。 でも、亡きお母様への気持ちは、伝わるといいなあ。
2010.07.30
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明らかに、脂肪の付き方が変わった。 そして、落ちにくくなった・・・と思う。残念ながら。 「どうしてミセスの服って、下半身がピッタリとフィットしないんだろう?」 ずっと、疑問に思っていた。 多分、出産後にはお腹の皮が元に戻らないからなのかな~って想像していた。 でもきっと、そうじゃない。 何歳くらいからかわからないけれど、だんだんと、体質って変わるんじゃないのかな? 出産経験がない人だって、下っ腹が出てくるって聞くし。 私のウエストは、伸縮自在?だった。 ちょっと太ったな、と思ったら、ウエストに効くようなストレッチをしばらく続ける。 それだけでウエストは細くなっていた。 そういえば、フェイスラインも似たような感じ。 アゴの下が太ってきたような気がしたら、軽いストレッチを心がける。 それだけで、まあまあシャープなアゴのラインをキープできていた。 しか~し。 それは、あくまでも過去のお話。 いつからか、その自分なりの法則が揺らいで揺らいで、崩れていった・・・。 今はもう、自分では脂肪がつくことを阻止できない! ストレッチで体型をコントロール? それって誰のお話でしたっけ? そう。 これがきっと「歳をとったなあ」ということなのだ。残念だけど・・・。
2010.07.29
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疲れたら、ぬるめのお湯で半身浴をして、たっぷり睡眠をとるのが何より。 寝ても翌日まで疲れが残る時には「あれれ? 病気かな?」と気をつけるようにしている。まあ、私の場合は常に病気と付き合っているんだから、そんな問いかけもおかしいけど。 アロマも、疲れを取るには効果がある。 半身浴の時に、ラベンダーのオイルを入れてみるとか。 なければ、入浴剤でもいいし。 枕にラベンダーのポプリを入れてみるのもいいかも。 私はお香を焚くのも好きだ。 アロマキャンドルもいいんけど、そういえば最近は使っていないなあ。 それから。 心が疲れた日には、誰かと思い切りおしゃべりして吐き出す。 これが女には一番いい。 男の人には、そうでもないのかな? しゃべってすっきりするのは、男女共通だと思っていたけれど、テレビの情報番組では「女の特権」みたいに言っていた。 体が疲れた時には、ちょっとマッサージなんかを試すのもいい。 贅沢に、どこかのサロンでマッサージをしてもらえれば最高! それが無理なら、自分で軽いつぼマッサージをしてみると、これが案外効く。 やっぱり「疲れ」を取るためには、心や体をリラックスさせることが大事な気がする。
2010.07.28
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ずっと疑問に思っているんだけど。 メイクアップは、肌のためにはしないほうがいいのかどうか? スキンケアだって、どの程度のメリットとデメリットがあるのか? そんなことを考え始めたのは、50歳の人の肌を見て、彼女の話を聞いたとき。 その頃の私は、彼女の半分くらいの年齢で、だから当然、私の肌のほうがキレイなはずだった。 でも、現実は・・・。 ずっと屋外のスポーツをし続けてきた私の肌は、無防備に日焼けした子供の頃の影響もあるのかもしれないけれど、う~ん、イマイチ! その点、彼女は飛びぬけて色白というわけでもないのに、化粧っ気のない素顔でもしみやしわがほとんどなくて、ハリもあったのだ。 彼女がスキンケアのために使っていた化粧品だって、そんな高級ブランドでもなかったし、念入りにお手入れをしている感じではまったくなかった。 秘密のお手入れをしてるような、または、自分だけのお気に入りを教えたくないというような、そんな人ではなかったし。 それ以来、スキンケアとかメイクアップとか、その必要性がよくわからなくて。 でも私は、ノーメイクでどこへでも出かけられるような素肌美人ではないし、乾燥肌だから、スキンケアもしないと不安だし。 ・・・ってことで、ある時からこだわり始めたのが、化粧品の成分。 アルコールや着色料、香料などの入った化粧水はなるべく避ける。 油分が多くて、肌の負担になりそうなメイクアップ化粧品も、あまり使わないようにする。 そんなことが、日常のお肌ライフのための基本となった。 う~ん。でも。 私の場合は「健康な肌を保つ」というよりは「もう少し、肌を元気にしたい」という低レベルなところにいるので。 漢方薬も処方できる主治医によると、やっぱり貧血というのは、かなりお肌の老化を早めるらしい。 だから、しっかり食べて寝て、もうちょっと体自体が健康にならないと・・・。
2010.07.27
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テレビでタレントの交際が発覚したり、事件に巻き込まれたり、訃報だったり。 そんな時に「高校時代の親友」なんて感じで、誰かが紹介されたりする。 それが案外「え~~?」って人物だったり、話している内容から「この人って、本当に親友なの?」って感じだったりして、違和感を感じることが少なくない。 そもそも「親友」って、なんなのさ?? どんな関係ならば「知り合い」とか、普通の「友達」とかじゃなくて、何だかとても格が上って感じの「親友」ということになるのだろう? 実は子供の頃からずっと、その疑問は私の中にあった。 友達っていうのは、特に確認しなくても、まあ、いつも一緒に話したり、遊んだり、相談し合ったりしていれば「友達」かなと思えるんだけど。 「親友」なんて特別な関係って、どんな関係なんだろう? 「あなたには『親友』と呼べる人がいますか?」 そんなことを聞かれると、ドキドキしてしまう。 私は、そんな子供だった。 すごく仲のいい友人がいて、その子を自分が勝手に「親友」と思ってても、相手にとっては「アンタなんか親友じゃない」って・・・。そういう場合だってあるんじゃないのか? そんなふうに、どこかで怯えていた子供だったのかも? 今はもう、大人になったから。 「親友」と思う気持ちが、たとえば片思いだとしても、いいんじゃないかなって思う。 自分の心の中で「親友」として大切に思える友達がいるのならば、それはそれで素敵なことじゃないかなって。 いや~。 そんなのキレイごと? どうだろう?? でも確かめ合うのも、変じゃない? 信じていたのに、裏切られた・・・なんて悲惨な出来事でもない限り、心の中にこっそりと親友を持つことも悪くない幸せ、なのかも。 しかしテレビの報道の中で、インパクトを強めるために「友人」ではなくて「親友」という肩書きを使うのは嫌いだし、売れないタレントが売れてるタレントのスキャンダルの時に、親友面して何度もあちこちでコメントしているのも、何だかね~~と思ってしまうのだ。
2010.07.26
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ゴーヤといえば、やっぱり「ゴーヤチャンプルー」が定番だけど、あの苦味がちょっと・・・という方にオススメの簡単レシピ。 お題が「味の素の油を使ったレシピ」ということなので「ゴーヤチップス」をお試しあ~れ! ゴーヤは洗って、縦割りに半分にして、中の種を取る。 そしてキッチンペーパーで余分な水分を取って、全体に塩を振ってもんでおく。 その後、3~5ミリくらいの薄切りにする。 ビニール袋に片栗粉か小麦粉を入れて、そこにゴーヤを入れて振れば、全体に粉をキレイにまぶすことができる。 あとは、油で揚げるだけ。 ビールのつまみにもピッタリなゴーヤチップス。 油で揚げると、苦味もあまり気にならない・・・はず。 私は、あの苦味も好きだから、ゴーヤチャンプルーも大好き。 夏はついつい「暑いから、さっぱりしたものを・・・」と思いがちだけれど、そうめんや蕎麦だけじゃあ、栄養不足だから。
2010.07.25
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鉄道事故のニュースは、かなりショックだった。 スイスといえば、なんとなく「平和」なイメージ。 本当は、スイスだって軍隊を持っている国なのだし、スイスの銀行には世界中からちょっと怪しいお金がたくさん預金されているなんて話も聞く。 それでも、なお! スイスという国のイメージはやっぱり「平和」で「安全」で「自然豊かな」素敵な国という気がしてしまう。 写真で見るスイスアルプスの風景は、それはそれは素晴らしくて、1度は行ってみたいと思っていたし、海外旅行にはほとんど行かない父も含めて、両親を連れて旅をしたい国候補のナンバーワンだった。 私自身は、1度だけ1人旅でスイスに行ったことがある。 観光を大きな国の産業としているだけのことはある。そんな印象を受けた。 どこででもほとんど英語は通じるし(大半の人の母語はドイツ語、地域によってフランス語やイタリア語、ロマンシュ語)、鉄道で移動する時に大きな荷物を次の街に先に送ってしまって、自分は身軽に何日間か旅をしてから次の街に着くまで、送料と保管料で千円程度で預けたのを覚えている。 治安も悪くないし「ああ、この国はずっと年をとってから旅行をしても大丈夫な、旅行者に優しい国だなあ」と、ものすご~く感じたのに。 そしてもちろん「氷河急行」、グレイシャー・エキスプレスにも乗った。 だって、あれは「スイスに行ったら、ぜひぜひ乗りたい!」と思うほどの魅力的な列車なのだから。 ・・・こんなことを含めて、スイスツアーが人気があるのは、よくわかる。 私はフリーだったけれど、ツアーで行けば40万円を超えるのも珍しくない。なかなか若者には出せない金額だ。 スイスなら涼しそうだし、一生に一度くらいはスイスアルプスを見てみたいし、治安も良さそう。そう思って出かけて行ったツアー客の、平均年齢が高くなるのも納得できる。 その「ツアーの目玉」が氷河急行(氷河特急?)で、せっかくファーストクラスの旅を満喫していた方たちが、あんな事故に遭ったのは本当にショックだった。 亡くなった方はもちろんだけれど、遠い外国で大ケガをされたのは心細く、不安も多いことだろう。 原因がしっかりと解明されなくても、列車の運転を再開するって??? なんだかね~。 仕方がないのか? それでも、ちょっと不安&不満・・・。
2010.07.24
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