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「愛シテル」って
考えてみれば 変な言葉だよな
愛シテル・・・
「愛」 を 「シテル」
愛スル・・・
「愛」 を 「 スル」
・・・愛って 「スル」もの?
「愛シテル」って ココロの状態ではなくて
「行為」を示す言葉なのかも・・・
「キミが 好きだ」
といわれれば
「ふぅーん・・・そうなのね」
となるが (好みの問題だから・・・)
「キミを 愛してる」
といわれても
「きゃー! うれしい!!」
となっては いけないはずだ・・・本来は
(行動が伴ってるかどうかの問題だから・・・)
「愛してる」 が 行為である以上
「愛している」ことを 証明する
何らかの 根拠が 必要なはずだ
だって
「私は 走ってる」
と言われても
言ってる本人が 寝転がってたんじゃ
誰も その言葉を信用しないもの
なのに・・・
「愛シテル」 だけは 別物で
そう 言われただけで
何の 行動も伴ってないのに
「わぁー! きゃー! うれしー!!」
って 想ってしまう
でも・・・
世の中には
「愛してる」 って 言ってくれたのに
冷たいのね
とか
「愛してる」って いってくれたのに
ほったらかし じゃない
とか
「愛してる」 のに 別れなきゃいけないのね
とかが 氾濫している
行動を 伴わない
「愛シテル」 が
大流行している
みんな なぜか
「愛シテルよ」 って 言われただけで
ポー となっちゃう
まるで 「愛シテル」を
「好きだよ」の 最上級くらいに 受け止めて
言いたがり
言ってほしがったりしている
ゴミを ポイ捨てしながら
「俺 地球を愛してるんだ」
という 男の台詞に
「素敵! 愛シテルのね」
と 頬を染め うっとりするのと
なんら 変わらない
遠藤周作氏は
「愛は与える行為 恋は求める行為」
と 「愛」と「恋」を明確に区別している
求めるのは たやすい
そう・・・恋する のは たやすい
でも
与えるのは 容易ではない
そう・・・愛する のは 容易ではない
母親が 子供に 愛を 注ぐとき
いったい どれだけの代償を はらうか
人が 地球を 愛するとき
いったい どれだけの 自制を ともなうか
なのに 僕らは・・・
「愛する」というコトバを
まるで 「恋する」と 同じように 使い
行動の伴わない 「愛シテル」を
どれだけ 垂れ流しているか・・・
この勘違いは きっと
I Love You
を最初に 訳した 人が
つい うっかり
「私は あなたを 愛している」
と 訳して以来 始まったんだろうな
I Love You の 正しい訳は
「私は あなたを 愛している」
じゃなくて
「私は あなたに 愛と呼べる 行為を している」
なんじゃないかな?
と 想う
「愛シテル」が氾濫する 今の時代に
できうる限り
的確な 日本語で コミュニケートしたいな・・・
と 想う
できうる限り
覚悟と 行動を伴う
「愛」を 実践していきたいな
と思う
最後まで読んでくださって ありがとうございます!
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