新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

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2007年09月16日
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70年代に、同志社大へ竹中労がやってくるというので出かけた。当時すでに、小太り気味だったが、歌舞伎役者にしてもいいだろうという程器量のいいオヤジが早口でありとあらゆる話題を時間一杯まくし立ててさっさと帰っちまったので、主催者も聴衆もあれよあれよと煙にまかれ茫然と立ち尽くすような濃密時間だった記憶がある。

すでにガンで他界してから16年以上になるようだ。

さいわい、彼の最晩年のメッセージが残っている。彼の最後のメッセージは、間違っても塩崎恭久や、坂本龍一、舛添要一ら(あるいは、栗本慎一郎なども射程だったのかもしれない)には届きはしないが、ガンの告知を受けて竹中自身死期を悟っていた最晩年の竹中の語りには明らかに彼らへの怒りがあると私には思えた。

竹中労は、世間からは極左の教祖のような言われ方をしたがいつも個人で徒党を組まなかったことを鮮やかだと思った。折々に党派に潜り込みはしたが、結局いかなる党派も作りはしなかった。恐喝まがいのことも山ほどやったようだが、常に国内でも最高権力者とサシでの闘い。

取り分け、いまでも印象に残っているのは長期政権で並ぶものなき内閣総理大臣、佐藤栄作夫人との熾烈な応酬だ。彼は、喧嘩屋の名に恥じず喧嘩っ早いが堂々としたもの。お手本にしたいような様式美ほどのもので、周囲を惚れ惚れさせるものがあった。

上掲画像をクリックいただければ、例によって他界する直前の竹中労の姿がみられるのでご笑覧を。









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最終更新日  2007年09月16日 23時28分56秒
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