PR
Keyword Search
noahnoahnoahさんComments
Calendar
香取神社を後にし、香取市佐原の市街地にある歴史的な建造物の中にある
伊能忠敬旧宅に向かう。
佐原の街並みは、千葉県香取市佐原の市街地にある歴史的な建造物が残る街並み。
商家町の歴史的景観を残す街並みは重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。
車窓前方にレンガ造り2階建ての、ルネサンス風建築が。
佐原三菱館 (千葉県指定文化財)。
旧三菱銀行佐原支店本館、大正3年建築時は川崎銀行佐原支店、設計・施工清水満之助商店、
現清水建設。

歴史的な街並みゾーンの千葉県道55号佐原山田線(香取街道)を忠敬橋に向かって走る。

小野川沿いの美しい伝統的な屋並みを走り、駐車場へ。

「伊能忠敬記念館」の隣に立つ忠敬像。
左奥は天体観測器の「象限儀(しょうげんぎ)」。
天体の見える角度から現在地の緯度を割り出したと。

伊能忠敬は現在の九十九里町小関の出身。

「伊能忠敬記念館」

記念館に隣接する町営観光駐車場に車をとめると、佐原観光のメインとされる小野川沿いの
美しい伝統的な屋並みはすぐ。正面に伊能忠敬旧宅が。

小野川にかかる樋橋を渡る。

倉敷の街並みのミニ版の如し。

小野川にかかる樋橋の目の前が伊能忠敬旧宅(国指定史跡)。

旧宅入口。
伊能忠敬旧宅は、平屋造の瓦葺で、正門・炊事場・書院からなる母屋、店舗、土蔵からなる。
母屋は玄関、書斎、納戸などの5室、建坪は24坪で、店舖は店および居間などがあって建坪32坪。

旧宅は、伊能忠敬(1747~1818)が17歳から50歳まで30年余りを過ごした家。

伊能家は佐原の有力な家の一つであり、酒造業や米穀売買業などを営んでいたが、
忠敬は1762年(宝暦12年)に17歳で伊能家に婿養子に入り、1795年(寛政7年)50歳で
江戸に出るまでこの旧宅に住んでいた。
店舗・正門は忠敬が来る前に建てられ、書院は忠敬が設計したと伝えられていると。

旧邸宅配置図。
![sawara8[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/7dd7f20d829ae1f559d2981d958d92e0fcd6dd34.15.2.9.2.jpeg)
店舗と書院を斜めに繋ぐ部屋にある炊事場。
この奥にも天体観測器の「象限儀(しょうげんぎ)」が。

用水路沿いの書院は伊能忠敬自ら設計したと。

旧宅の庭にも伊能忠敬像が。こちらの像はやや細身。
伊能忠敬は、50歳になってから江戸へ出て西洋流の天文学を学び、55歳のときから、
幕府の命によって、何回も測量旅行におもむき、17年もかかって、全国の海岸線を測量して
精密な地図を作った。忠敬は測量旅行の旅ごとに、その地方の地図をつくり、最後にその
総まとめとして日本全図を作り始めた。文化15(1818)年、江戸において73歳で亡くなったが
日本全図である大日本沿海輿地全図は、弟子たちの協力によってその3年後に完成。
日本の国土の正確な形は、忠敬によって、初めて明らかにされたのであったと。

現在も残る土蔵は江戸中期の建築といわれ(文政4年(1821年)の修理銘が残る)
伊能忠敬が婿養子に来る前からあったと。
佐原でも現存する土蔵では、最も古い時期の建物。扉は観音開きが普及する以前の土の引戸。

伊能忠敬家訓書碑。
第一 仮にも偽をせず、孝悌忠信 にして正直なるべし。
第二 身の上の人ハ勿論、身下の人 にても教訓意見あらば急度相用堅く守べし。
第三 篤敬謙譲にて言語進退を寛裕ニ諸事謙り敬ミ、少も人と争論など成べからず。

水路沿いの洋館を樋橋越に。
水路沿いは遊歩道になっており、かなり観光地化された感はあったが。

佐原の街並み案内図。

中村屋商店 【千葉県有形文化財】 1855(安政2)年築

正文堂。
明治13(1880)年建築の土蔵造り。三重の防火設備を施している。
登り龍と下り龍を配した看板「正文堂」の文字は、明治の三筆のひとり、巌谷修の書。

中村屋商店の3階建ての袖蔵は、1892年 ( 明治25年 ) の竣工。開口部の観音扉も銅版製。

国指定重要無形文化財「佐原の大祭」のポスター。
諏訪神社の祭礼である秋祭りは、新宿地区を14台の山車が曳き廻され、あちこちで勇壮にして
華やかな曲曳き「のの字廻し」などが披露されると。

再び小野川に架かる樋橋に戻る。

堤防の階段を降り樋橋を見上げる。

日野川の柳も剪定がされた後か。

帰路に向かう。
再び佐原香取ICから東関東自動車道に。

渋滞もなく順調に。

東京ディズニーランドホテルが左手に。

首都高速湾岸線東京港トンネルを通過。

多摩川を渡る。右手に太子橋。

首都高神奈川1号横羽線からの横浜駅前近く。

横浜新道戸塚料金所を通過。

そして国道1号線原宿付近で渋滞にあったものの、ほぼ順調に藤沢バイパスを経由して
茅ヶ崎のSさん宅にカーナビの当初の到着予定時間通りに17:50に到着。
3:35~17:50の14時間15分の日帰りドライブ観光を完遂し、我が車で帰宅したのは
18:30。私の行動時間は15時間15分なのであった。
そして13日(金)の夜からは4泊6日の四国八十八箇所巡りの前半戦に
再びSさんの愛車で動き回って来たのである。
「かんなみ仏の里美術館から江川邸へ」(そ… 2026.04.05
「かんなみ仏の里美術館から江川邸へ」(そ… 2026.04.04
「かんなみ仏の里美術館から江川邸へ」(そ… 2026.04.03