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ウクライナを巡る状況が連日大きなニュースになっている。 ロシアが直接ウクライナに侵攻して武力で制圧することはないだろうと思っていたが、意外な手を使った。ロシアに近い側を独立国にさせ、その国が自分の意思でロシアの一部になることを選ぶ、という段階を踏むことにしたわけだ。 これなら武力で併合したことにはならない。独立国が自分で自分の国のことを決めただけのことだ。 同じことは過去にアメリカ合衆国も行っている。 カリフォルニアやハワイを手に入れたときと同じ手口だ。ロシアは、かつてのアメリカ合衆国のやり方に学んだのだろうか。 まさかアメリカ合衆国は、今回のロシアのやり方が悪いとは言わないだろう。そんなことを言ったら、カリフォルニアとハワイを手放さなくてはならなくなる。全く問題がない合法的な方法だと、ロシアのやり方を支持するしかないはずだ。
2022.02.24
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ジャッキー・チェン、「父は元スパイ」とトーク番組で告白- クランクイン! 映画・セレブゴシップ(2013年10月24日12時47分)Infoseekニュース【続きはInfoseekニュースへ】 ジャッキー・チェンの自伝「愛してポーポー」を読んだことがある。 父親がオーストラリアに行っていたり、母親と母子家庭のようだったりするのが不思議だったが、香港ではよくあることなのかと思っていた。 ただ、この話がどこまで真実かはわからない。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2013.10.24
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校長名公表、改めて強調=学力テストの下位100校―川勝静岡知事- 時事通信(2013年9月14日18時13分)Infoseekニュース【続きはInfoseekニュースへ】 やる気らしい。 同省はテストの実施要領で学校名を公表しないよう求めており、校長名と学校名は同じと指摘している。知事は「学校は代わらないが校長は異動で代わる。イコールというのは強弁だ」と反論した。ということだが、無理がある。 成績の低かった学校の校長がこれまでに勤務していた学校ではどうったのか、検証したのか。 学校によって、入学してくれ子供には地域差がある。 学力テストの正式は低くとも、生活力の高い子がいるのかもしれないではないか。 知事にとっては、学力テストだけが唯一絶対の基準らしい。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2013.09.14
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姉刺殺の被告に求刑上回る懲役20年の判決- 読売新聞(2012年7月30日21時34分)Infoseekニュース【続きはInfoseekニュースへ】 この記事の中に、 河原俊也裁判長は、大東被告が広汎性発達障害の一つである「アスペルガー症候群」だと認定。「社会内にこの障害に対応できる受け皿が用意されていない現状では、再犯の恐れが強く心配される」として求刑(懲役16年)を上回る懲役20年を言い渡した。とある。 「受け皿」が用意されていないから求刑を上回る刑を言い渡した、というのが引っかかる。 アスペルガー症候群だらか、ということではなく、ほかのことでも受け皿がないことはあるだろう。 罪の重さによってではなく、社会状況によって量刑が異なるというのは、法の下の平等に背くのではないか。 高齢で受け皿がない、肢体不自由で受け皿がない、高血圧で受け皿がない、水虫で受け皿がない、何でも理由にできる。 量刑は罪の重さによるべきものだろう。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2012.08.03
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「いじめ」ゆがんだ糾弾 ネット書き込み過熱、別人標的- 朝日新聞デジタル(2012年7月23日10時14分)Infoseekニュース【続きはInfoseekニュースへ】 こういうことをする人は、自分が加害者と同じことをしているということに気がつかないのだろう。 世の中には、他人の金品をまきあげるのは当然の権利だと思っている人間がいる。それを制限されると、不当な扱いを受けたと思って怒り出す。 この人たちも同じだ。 たとえ無関係の人であっても、自分の鬱憤晴らしのためにいやな思いをさせるのは当然の権利であり、自分は正しいことをしていると思い込んでいるだけだ。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2012.07.23
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今回の携帯電話を使った入試不正事件。 朝日新聞は、5日付けの社説で、 ネットにはどれだけ頼ってよいか。自分で考えること、自力でなすべきことはなにか。あふれる情報から何を疑い、何を取捨選択し、自分の考えにどう生かしてゆくか。そうした「情報リテラシー」は、これからの学校教育の大きな柱になる。と書いている。 読売新聞は、28日付けの社説で、 小中高の学校現場には、子どもたちに情報モラルに関する教育を徹底することも求められよう。と書いている。 読売新聞の方がまるっきり他人事、という書き方。実際、他人事ではあるのだが。 気になるのは、どちらも「情報」に限定していることだ。 しかも、学校にだけ対策を求めている。「家庭で、不正は許されないということを教えよう」などとは決して言わない。 不思議だ。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2011.03.07
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あまり時事的なことは書かないようにしているのだが、今回の相撲の八百長騒動にはいろいろな疑問を感じる。 おそらく、親方になるような人は、あらかじめ勝敗が決めてある取り組みもあることを知っているはず。初めて知ったような顔はすべきではない。 わたしは、勝敗が決まっていてもかまわないと思う。勝敗が決まっているのに客を熱中させるような相撲が取れるなら、それでいい。 真剣勝負であっても、つまらないと思わせてはならないのだ。 それに、番付と収入が比例する世界では、持ちつ持たれつになることだってあるだろう。 私が力士なら、自分が勝ち越しか負け越しか決まっていて千秋楽に七勝七敗の力士にあたったら、全力で勝ちに行くことをためらうかもしれない。 八百長があっていい、というのではない。暴力団の資金源になるようなことがあれば、それは排除しなくてはならない。 ただ、「そんなに騒ぐことかなあ」と思うのだ。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2011.02.05
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「地下鉄の携帯アンテナ設置、孫社長がツイッターで直訴」という記事を読んで驚いた。 走行中の車内で携帯電話のメールなどが使えない大阪市営地下鉄の電波環境の改善を求めて、ソフトバンクの孫正義社長がミニブログ「ツイッター」で平松邦夫市長にアンテナ工事許可を直訴したところ、これを見た平松市長が市交通局幹部に情報収集を指示、即座に前向きな回答をした。この答えを受け、孫社長も工事を担当する業界団体に早期のアンテナ設置を促す意向を表明。ツイッター上だけのトップ交流で、携帯電話の環境改善が一気に加速しそうだ。というのだが、メールが出来るようになれば通話も出来るようになり、走行音のうるさい車内で大声を張り上げて携帯電話で話す乗客が増えるわけだ。 迷惑な話だ。 この記事を読んで思い出したのが、吉田拓郎の「地下鉄に乗って」という歌。 丸ノ内線に乗った男女、何を話しているのか聞き取れない。 ただそれだけの歌だが、ことさらそんな日常的な出来事を歌にするのが「四畳半フォーク」だったのだ。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2011.01.18
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最近「伊達直人」を名乗って、児童相談所などにランドセルや文房具を寄付する人が各地に現れた。 タイガーマスク世代だろうから中年なのだろう。 人の善意を伝えるニュースで、明るい気持ちになる反面、受け取った側としては困惑しているのではないか、とも思う。 ランドセルをどのように分配するか、ということで頭を悩ませることだろう。 「横浜の児童養護施設に文房具 「伊達直人」から」のように、大量の文房具であれば、施設に置いておいて、必要な子が持って行くという使い方ができる。 できれば、「全国の伊達直人に共感…福岡で10万円入り封筒」のように、現金でもらうのがもっともありがたいのではないかと思う。 現場では、必要であっても予算が無いために買えないものがいろいろあるだろう。外部の人間には想像できないようなものが必要とされていることだってあるだろう。 人の善意に水を差すようで気が引けるのだが、寄付する余裕のある人は、できれば現金を贈ったほうがいいと思う。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2011.01.13
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民主・山岡議員が「八百長」発言 プロレスラーが「侮辱だ」と「公開質問」 プロレスラー坂田が、民主党議員に激怒 民主党の議員の「プロレスの八百長試合のような時代があったのは事実かもしれない」という発言に対して、坂田が怒っているそうだ。 プロレスはショーだ。それも命がけのショーだ。現に死人が出ている。 八百長かどうかということは意味がない。攻防の技術は本物だ。 プロレスラーは、大戦相手だけでなく、観客も相手にしている。 数千人から数万人を相手に試合をしているのだ。 客との間に八百長は成立しない。 ただし、客の期待に合わせる試合はある。 かつての全日本プロレスの、馬場さんのファミリー軍団と悪役商会の試合は、ファミリー軍団が勝つことが当然のこととして期待され、レスラーもそれを承知して試合をしていた。 馬場さんのフォール負けなど誰も望まない。 みんなそれがわかっていて、試合が展開されていた。 そんなことよりも、「八百長試合のような時代」という表現の意味がわからない。 「八百長試合のようなやりとり」ならわかるが、「時代」が「八百長試合」とはどういうことなのだろう。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.05.31
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迷走を続けてやっと決着するようだ。 首相が実現しそうにないことを言って、どうするのだろうと思っていたが、結局こういうことになってしまった。 福島みずほは大臣を罷免されたが、社民党は終始一貫して言うことを変えなかったし、筋は通した。もちろん、最初から実現しそうにないことではあったのだが、それでも同じことを言い続けた。 これで連立政権から離脱し、もしかすると社民党は消えて無くなるかもしれないが、それだけの覚悟はあるのだろう。 首相はやはり変な人だった。 しかし、一つだけ、今回の騒動がもたらした効果がある。 それは、沖縄の基地問題に世間の目を向けさせたことだ。 わたしは沖縄に行ったことがない。 今でも沖縄が重い負担をおわされ続けていることを改めて思い知らされた。 今回、そのことに気づいた人もいたはずだ。 それだけは首相の功績だ。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.05.29
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拓殖大学学長の渡辺利夫という人が、「鳩山政権を蝕む「反国家」の思想」という題で、産経新聞にこんなことを書いている。 永住外国人の地方参政権は、地方自治体の反国家的行動の抑止を難しくさせる権利となるかもしれない。選択的夫婦別姓制度は血族・姻族・配偶関係を不透明なものとし、家族という共同体の基礎を毀損(きそん)してしまいかねない。人権侵害救済法は、「反差別」の名のもとに黒々とした情念をたぎらせる反国家集団の排除を困難とし、時に権力の内部に彼らを招き入れてしまう危険な可能性がある。 大学の学長なのだそうだが、あまりにも非論理的で、大丈夫か、と心配になる。 たとえば、山口という姓の家に生まれて山口姓だった人が、三浦姓の人と結婚して三浦姓になった場合を考えてみればいい。 三浦姓になってからその人に出会った人には、本来は山口姓であったことは、聞かなければわからない。 三浦になってしまったことで、どこそこの山口という血族につながっていることがわからなくなってしまう。 もし、血族関係が大事だ、というのであれば、同姓を禁じなくてはならなくなってしまう。 中国でも朝鮮半島でも夫婦別姓で通している。 それだけ一族意識が強く、出自を明らかにしなければならないと考えているからなのだ。 夫婦別姓というのは、一生、自分の生まれた一族から離れられない、ということであって、姓を変えることの多い女性の立場を尊重しているわけではない。 血族関係で思い出すことがある。 韓国から来た留学生と話していて、日本ではいとこ同士で結婚できるという話になったら、驚いていた。いや、あきれていた。ケダモノを見るような目で見られた。 夫婦別姓の世界はそれぐらい血族関係を重く見ているのである。 こういうことを書く人たちに共通しているのは、「根拠を示さない」ということだ。 なんの根拠もなくただ思い込んでいるらしい。宗教のようなものなのだろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.05.05
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「美少女すぎる28歳の女流漫画家が「本気でカワイイ!」」という見出しを見て、「28歳」で「美少女」というのはいかがなものかと思った。 しかし、そんなことは記事の最後のところでどうでもよくなった。 こう書いてある。日本の漫画雑誌『ウルトラジャンプ』でも連載をしており、『誰も知らない ~子不語~』を執筆している。 へえ、あの「子不語」を漫画にしているのだろうか。 「子不語」といえば、清朝の袁枚の表した怪異譚集だ。 キョンシーの話もある。 ちょっと興味を持った。 なお、記事で、名前を、「夏達(かたつ / シャアタア)」と表記しているのはよかった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.03.07
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「愛子さま登校できず 学習院、露呈された「学級崩壊」」という記事を読んで気になったこと。 学習院での「学級崩壊」発覚に、関係者の衝撃は大きい。お受験専門予備校の関係者はこう話す。 「学習院初等科は(中略)生徒はみな上流階級に近い教育を受け、躾もしっかりしていることが圧倒的人気の理由だったのですが」 「上流階級に近い教育」とはどういうものなのだろう。 小学校から高校まで公立しかないところで育ったわたしには想像もつかないような教育がおこなわれているのだろうか。 このコメントの後にこうある。 皇室関係者の大半も通学されていることから、面接では特に両親の家柄が重視される。皇室以外の卒業生には、古くは近衛文麿第34代首相から、麻生太郎前首相、鳩山由紀夫首相兄弟などの政治家をはじめ、故徳川家正・徳川宗家第17代当主、随筆家の故白洲正子氏などがズラリ。 子供の資質ではなく家柄で入学できたりできなかったりするらしい。 この記事は家柄と子供の資質は異なるということを言いたいわけではないのだろうが、結果としてはそう言ってしまっていることになる。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.03.06
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産経新聞の「タイから届いた「水島上等兵」の訃報」という記事が心を打った。 昨年10月25日、タイ北部の街メーソートから訃報(ふほう)を受けた。中野弥一郎さん。享年89歳。数多くいたと思われる「ビルマの竪琴」の「水島上等兵」の一人だった。という書き出しで、タイに残った経緯、かつての友人へ取材したことが書いてある。 インパール作戦の時のことは、中根千枝の「未開の顔・文明の顔」(1959)でも読んだ。 現地の人は、日本人には好意的だったこと、現地に残った、あるいは取り残された日本兵が何人もいたことが記されている。 亡くなった方は、無謀な作戦の犠牲者の一人だ。 産経新聞でさえ「愚かなインパール作戦」と書いている。 その「愚かな」作戦を無理矢理実行してしまう時代の方が、現代よりも良かったというようなことを言う人がいるのは不思議だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.02.27
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高速道路の無料化を実験的に行うという。 かなり前から、高速道路は無料にすべきだと主張する人たちがいたが、わたしは反対だ。 休日のETC利用者は上限1000円というのも失敗だと思っている。 渋滞が増えただけだ。 むしろ、平日は割引にして、交通量の分散を狙う方がいい。 もし無料化されたらどうなるか。 高速道路はこんざつし、ガソリンの消費量が増え、環境に悪影響を与えるだろう。 なぜか目を向ける人が目につかないが、暴走族がどんどん入り込み、交通事故が増える。 テレビドラマでは、元暴走族のサラリーマンや教師を主人公するほど、暴走族に寛容な社会だが、これ以上彼らをのさばらせる必要はない。 [高速無料化]地方中心37路線 6月実験開始 “社会実験”高速無料化 本当に必要? 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.02.03
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「[政教分離訴訟]「市有地に無償で神社」は違憲 最高裁」という記事によると、 北海道砂川市が市有地を無償で空知太(そらちぶと)神社に使わせていることは、政教分離を定めた憲法に違反するかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允(ひろのぶ)長官)は20日、「憲法が禁じた宗教団体に公の財産を提供する行為」と述べ、市の土地提供を違憲と判断した。その上で「違憲性を解消する他の手段について審理が必要」と、1、2審判決を破棄し、審理を札幌高裁に差し戻した。 神道が宗教であり、神社が宗教施設である以上、妥当な判決だと思う。 裁判は、神社の撤去を求めることはせず、 一方、違法確認を求めた原告の請求については「施設撤去以外にも有償・無償での譲渡や貸し付けなど、違憲性解消の適切な手段があり得る」と指摘。施設撤去は氏子集団の信教の自由に重大な不利益を及ぼすとも述べ、1、2審判決を破棄し審理を差し戻した。と、氏子への配慮を見せている。 地域の文化を大切にする姿勢が見られる。 各紙の反応は、というと、毎日は、「市有地に神社 最高裁の「違憲」は妥当だ」と評価し、 判決は、審理自体は差し戻した。市長には、施設の撤去や土地の明け渡し以外に、有償での譲渡・貸し付けなどの解決方法をとる裁量があるとの理由だ。地域で話し合ってよりよい解決を図ってほしい。と、結んでいる。 朝日は、「政教分離判決―現実的で妥当な違憲判断」と評価し、 宗教施設には歴史的、文化的に価値があるものもある。観光資源であったり、鎮守の森が環境保全に役立っていたりもする。と述べて、神社の存在に否定的なことは言っていない。 読売は、「政教分離判決 「違憲」は最高裁の注意喚起だ」という社説で、現状を紹介し、最後に、 そうであっても、行政機関は政教分離の原則について、常に注意を払わねばならない。今回の判決は、最高裁のこうしたメッセージといえるのではないだろうか。と、簡単に書いて済ませている。 ただし、なぜ公有地に神社があるのか、ということについては、読売の「市有地神社「違憲」、氏神様など数千件影響も」という記事がもっとも詳しいようで、 財務省や文化庁などによると、神社は明治時代に国家管理となり、敷地も公有地化された上で無償で貸与された。しかし戦後、政教分離の観点から、「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」に基づき、無償で譲渡されるなどした。ということだ。 何のことはない、混乱の元は明治政府にあったのだ。 もともと地域のものだったのを強制的に国家管理にしてしまったからこういうことになった。神社合祀の強行もあったし、神社に対して、ろくなことをしていない。 産経も当然そのことに触れるだろう、と思ったが、産経の主張は、「政教分離判決 「違憲」の独り歩き危ぶむ」という題で、 政教分離に関する緩やかな憲法解釈が求められるのは、地域社会に伝わる行事や文化がその地域の伝統的な宗教と密接な関係にあるからだ。砂川市の場合、神社の行事が市有地で行われているからといって、憲法を厳密に適用すべき事例とは思われない。と書いている。 裁判は私有地に神社があることを問題にしているだけであって、行事を否定しているわけではない、ということが理解できていないらしい。 さらに、 関東大震災(大正12年)と東京大空襲(昭和20年)の身元不明の犠牲者の遺骨を納めた東京都慰霊堂(墨田区)は都の施設だが、毎年、大空襲の日の3月10日と大震災のあった9月1日、僧侶による仏式の法要が営まれている。 このような例は全国で限りなくある。憲法を杓子(しゃくし)定規に解釈することにより、これらの行事が次々と問題視され、中止に追い込まれる事態も起こりかねない。と、これまた的外れなことを書いている。東京都慰霊堂で仏式の法要が営まれているからといって、東京都慰霊堂を宗教施設だと思う人はいないだろう。 結びは、今回の違憲判断を盾に、伝統行事にまで目くじらを立てる政教分離運動が過熱化する愚は避けたい。となっている。誰も伝統行事に目くじらを立ててなどいない。問題になっているのは行事ではなく、行事が行われている施設の存在なのだ。 毎日も朝日も読売も、違憲状態を解消する方法はあるのだから、それによって神社が存続できると考えているのに、産経だけはそう思っていないらしい。 産経こそ、伝統行事に目くじらを立てて、伝統文化を破壊し、違憲状態のもとを作ったのは明治政府だ、ということを指摘すべきだと思うのだが、そういうことをしないのは不思議だ。 主張を書いた人は問題が理解できていないようだが、同じ産経でも、「神社撤去…信教の自由脅かす 最高裁バランス判断」という記事を書いた人は理解できているらしく、 違憲状態を解消するはずの手段によって、神社の氏子らの信教の自由が不利益を被りかねないことから、大法廷はバランスを取ったともいえそうだ。と書いている。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2010.01.22
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「もはやほとんど資本主義だよね!私営企業が国内資本企業全体の7割超―中国」という記事に首をかしげたのはわたしだけではあるまい。 何を今更。 20年前にはもう「赤い資本主義」と呼ばれていたはずだ。 「共産党」を名乗る政党の一党独裁だからといって、社会体制が共産主義になっているわけではない。 むしろ、利益の配分などの面では、日本の方が中国よりも社会主義に近いのではないかと思うことさえある。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.12.27
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久しぶりに神取忍の名を見た。 神取忍、選手強化費縮減に怒り 「子供達のためにいま闘わなければ」という記事。 新政権の事業仕分けについて、「選手の皆は毎試合 国の代表として誇り高く闘っています」「国全体が取り組まないといけません!諸外国と比較して元々スポーツ予算が少ないんです!その上に削減するとは!」と、日本オリンピック委員会(JOC)の選手強化に関連する「民間スポーツ振興費等補助事業」が縮減の対象とされたことに異を唱えている。そうだ。 気持ちはよくわかる。 収入を得られる分野なら、自分たちで稼いでくれ、といえるが、選手育成を含め、教育は、お金を使うばかりで、もうかることは決してないのだ。 ただ、一点だけ、「こういう言い方はしない方がいい」と思うところがある。 「選手の皆は毎試合 国の代表として誇り高く闘っています」というところだ。 スポーツ選手だけではない。スーパーコンピューターの開発者だって「国の代表として誇り高く」開発にいそしんでいるはずだ。 国から金をもらっていない人たちだってそうではないのだろうか。 日本の町工場の技術が世界の最先端技術を支えているという話は珍しくない。 そういう工場の人たちだって「誇り高く」技術を磨いているはずだ。 収入が限られている以上、支出を抑えるしかないのは自明の理。 みんながみんな、削減に反対してそれが通ってしまったら、赤字は膨らむばかりだ。 「ここを削って、その分を選手育成に回せ」と具体的な提案をしなくては説得力はない。 政治家になった以上、そういうことをしてくれ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.12.24
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「少林寺が2011年に上場?!地元政府と香港の投資会社が極秘に合意済み―河南省登封市」という記事によると、2009年12月16日、東方早報によると、河南省登封市にある少林寺が新たに設立される合弁会社などを通じて、早ければ2011年にも上場する可能性がある。のだそうだ。 少林寺には、20年以上前に行ったことがある。 すでに単なる観光地だった。 今はどうなっているんだろう。 ジェット・リー(李連杰)が世に出るきっかけとなった「少林寺」という映画のヒットで、中国武術ブームもあったっけ。 なお、日本の「少林寺拳法」は、中国の少林寺との直接のつながりはない。誤解しないように。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.12.17
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朝刊の広告で「WiLL」という雑誌に、民主党の都議会議員が異論を唱えているというのを見て、産経新聞のサイトを検索。 「民主党都議が民主マニフェストを「偽装」と批判」というのが24日の日付で載っていた。 さらにそのまえに、1日に「民主党マニフェストに“身内”から批判」というのもあった。 誰にだって思想信条の自由はあるのだし、民主党員だからといって、執行部の考えに異を唱えてはならないなどということはない。 議論はあって当然。 ただ、そんなに民主党が嫌なら、離党すればいいだけの話ではないかとも思う。 民主党の中にもいろいろな考え方の人がいるだろう。 土屋都議も、自分の信条に従って、正しいと信じるところを述べてきたはずだ。 しかし、結果的に、提示されたマニフェストに納得できないというのは、周囲を説得できるだけの話ができなかった、ということでしかない。 この人、選挙では民主党には投票しないのだろうか。 このように、自分の意見が容れられなかったからといって、雑誌を利用して声高に自分が所属している組織を批判するというのはどういう了見なのだろう。 外国に向かって、「日本はこんなに悪い国ですよ」と触れ回っているのと同じではないか。 前回の衆議院選挙で、郵政民営化に反対した自民党の議員もいた。 そして、自民党に嫌がらせをされ、追い出され、郵政民営化は実現した。その結果が、規制緩和一辺倒による不況だ。 郵政民営化に反対した自民党の議員は正しかったと思う。 しかし、その人たちは自民党内で「郵政民営化反対」と言い続けることはしなかった。 土屋都議も、民主党から出るか、党の方針に従うかどちらかしかないだろう。 それにしても、一都議会議員の言動をわざわざ取り上げるというのは、何か利害関係があるのではないかと思わせるなあ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.08.26
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[麻生首相]学生集会で「金がねえなら結婚しない方がいい」という記事によると、麻生総理は、こう発言したという。「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金がおれはない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」。「ある程度生活していけるものがないと、やっぱり自信がない。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しいんじゃないか」 麻生首相、また失言「金がないのに結婚は…」という記事では、「金がないのに結婚はしない方がいい。稼ぎが全然なくて(結婚相手として)尊敬の対象になるかというと、なかなか難しい感じがする」となっている。 これは「失言」ではなく、単なる「発言」でしかない。ああ、そう思っているのか、というだけのことだ。 稼ぎがなければ尊敬されないというのは麻生首相の価値観であって、だからといって、「稼ぎのないのは結婚するな」という政策を推し進めようというわけではあるまい。 どちらかというと、気になるのは、質問の方だ。 毎日新聞の記事では、学生から、若者に結婚資金がなく、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか、と質問されたのに答えたものとなっており、産経新聞では、「結婚資金が確保できない若者が多く、結婚の遅れが少子化につながっているのでは」との学生の指摘に対する回答となっている。 生活費ではなく、「結婚資金」になっている。 そんなものはなくても生活費が稼げるのであれば結婚はできる。 思い浮かべるのは、西川きよしの結婚の話。 売れっ子だったヘレンと結婚する時に、全く売れていなかったきよしは、「ヘレンの収入と結婚すると思われたくない」という理由で、ヘレンを引退させた。 結婚当初は赤貧状態だったというのはよく知られている。 その後大物になったからいいというわけではない。 おそらく、ヘレンは、きよしが全く売れず、転職して会社員になったり店を出したりしても一緒にいたと思う。 麻生総理の発言内容は、一部分を取り出しただけだろうというのは察しがつくのだが、質問者の発言内容を詳しく書いていないので、質問の意図がわからないのが残念だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.08.24
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成人年齢を18歳に引き下げる動きがある。 わたしは反対だ。 何もいいことはない。 選挙権を与えたところで、政策の中身を吟味することもなく、ただ有名人(タレント候補)に投票するだけだ。ただ「有名だから」「テレビに出ているから」というだけの理由で。 刑法と民法は違うとはいえ、子どもに大人意識を与えることの方が害が大きい。 残念ながら、未成熟のまま、精神的に自立できないまま20歳を迎えてしまう人の方が多い。 わたし自身、20歳だった時のことを思うと、ただの子どもでしかなかった。 保護者の承諾なしに消費者金融を利用したり高額の買い物をしたりできるようになれば、だまされる人が増えるのは目に見えている。 残念ながら、人をだましてでも金儲けしようとする人が少なくない。 ただ、結婚できる年齢を男女同じにすることは賛成。 これは18歳でもいい。18歳でも自活している人もいる。(追記)「[成人年齢引き下げ]識者、若者 賛否割れる」にこうある。 「夜回り先生」で知られる元高校教諭の水谷修さんは「今回は民法改正で成人年齢を引き下げようとしているが、民法だけにとどまらず『成人だから年金を18歳から払え』という議論になる恐れが高く、絶対に反対だ」と批判する。さらに、少年法の対象年齢も20歳未満から18歳未満に引き下げようという議論につながりかねないとして、「親から見れば19歳まではまだ子供。今回の議論は拙速すぎる」と指摘する 18歳なら成人にして欲しいという少年少女に、18歳になったら年金を払うという覚悟があるとは思えない。 結局は保護者が払うしかないわけだ。 保護者の経済的負担も増えるぞ。「18歳は成人」!? 選挙やお酒は…[成人年齢]「18歳に」 実施時期は国会判断…法制審部会 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.07.30
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「お笑い芸人をブログで中傷 男女18人を名誉毀損容疑で立件へ」というニュースが各紙で報道されている。 「スマイリー、ブログ炎上で18人立件へ」という記事では、 また、会社員の女は昨年12月、「殺してやる」などと脅迫する内容の書き込みをした疑い。調べに、女は「正義感のつもりだった」と供述。ネット上のうわさを事実と信じ込み、「許せない」と思ったという。とのことだが、こんなものが正義感であるわけはなく、他人を悪者扱いすることで相対的に自分が正義であるかのような気になるだけのことだ。マス・メディアがしているのと同じことだ。 ただの噂を真に受けるというのは、思慮が足りないからなのだが、この事件を巡る報道にもそれが見られる。 読売新聞「芸能人ブログを集中攻撃、「炎上」させる…18人立件へ」 きっかけは約10年前、所属芸能事務所が「足立区出身の元不良」とのうたい文句で男性を売り出したこと。 NETAFULL「芸能人ブログを「炎上」させた18人を立件へ」デビュー当時に「足立区出身の元不良」というキャッチコピーで売り出したところから、事件に関与していたという噂が広まってしまったらしいです。 スポーツ報知「スマイリーキクチ「ブログ」炎上させた18人立件へ」 所属事務所では「(スマイリーが)『足立区出身の元不良』を売り文句にしていた」とした一部情報を「事実ではありません」とし、スマイリーの芸風を「にこやかな笑顔で鋭く切る漫談」とした。 毎日新聞「[名誉棄損]タレントのブログに「人殺し」 19人立件へ」 所属事務所によると、男性は十数年前から仲間に「足立区出身の元不良」と冷やかされていた。 日刊スポーツ「http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20090206-457776.html」キクチが中傷のターゲットになったのは、足立区出身であることや、犯人グループと年齢が近いことや、「元不良」というウワサがいつの間にか流れたことから、事件と結び付けられたとみられる。 こうして読み比べてみると、事務所が「足立区出身の元不良」をキャッチ・コピーにしていたというのも、事実かどうかかなり疑わしい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.02.05
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12月は忠臣蔵の季節。 それに合わせたかのように、「赤穂義士の寺坂吉右衛門の子孫が出世」という記事が。 四十七士の中でもっとも気になるのがこの寺坂吉右衛門で、いつまで一緒にいたのか、その後どうしたのかなど、謎があり、その人生はどのようなものであったのかとあれこれ想像させられるのである。 わたしは、彼が泉岳寺まで一緒に行かなかったのは、寺坂は浅野家の家臣ではなく、吉田忠左衛門に仕える身であって、切腹の可能性が高いので、吉田らが離れさせたのだろうと考えている。 その後広島に行ったり、江戸に戻ってきたりしたのは、寺坂なりの使命感によるものだろう。 江戸に戻ってから、寺男になったことまでしか知らなかったのだが、後に山内家に仕えていたとは。 さらに、これまた何となく独身だったのだろうと思っていたのだが、妻がいたとは。 ますます、その実像が気になるのだった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.12.12
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最近、「青空文庫」に関する記事を続けて目にした。 一つは、「電子書籍 サービス拡大」、もう一つは、「天高く読書の秋、「青空文庫」の認知度は1割と、かなり高い」というもの。 わたしも、「青空文庫」をちょこっとお手伝いをしているので、当然、思い入れがある。いや、思い入れがあるからお手伝いしている。 人に知られようが知られまいが、そんなことはどうでもいいと思うのだが、「報道」というものに関わる人には重要らしい。 営利目的で運営されているわけではないのだから、それこそ、利用する人が「自己責任」で利用するのが原則だろうと思っている。 「青空文庫」は「趣味」の世界なのである。 自分で、著作権が切れたもののなかから、これを入力したいと思うものがあれば入力すればいいし、校正を手伝いたいと思えば手伝えばいい。 もちろん、入力や校正をしたものに対して権利はないし、利用するからにはこうしなくてはならないという義務もない。 ただし、共通のルールに則って作業を行わないと利用者が混乱するので、その部分では議論はある。 掲示板で、時折、リクエストの書き込みを見るが、リクエストすれば入力してもらえるのではなく、あったほうがいいとおもうなら自分で入力すればいいのだ。 わたしが「青空文庫」の意義を感じるのは、漱石や鴎外の書いたものが公開されているからではない。 どうでもいいようなものとして消えて行ってしまうものを、丹念に拾い集めて後世に伝えていこうとしている人たちの存在である。 おかげで「旗本退屈男」を読むことができた。 というところで、自分で作っている「一太郎で青空文庫」を見直したら、リンクミスがいろいろあることを発見。 どうしてこうなったんだろう。 これから直さなくちゃならないな。 とは言っても、日曜日あたりまで時間がとれそうにない。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板
2008.11.12
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昨日の続き。 産経新聞の「「日教組批判は取り消すわけにいかない」中山前国交相インタビュー(上)」というインタビュー記事でも、盛んに日教組批判をしているのだが、なぜそこまで日教組に脅威を感じるのかが理解できない。 政治家が「日教組を解体する」と発言したからには、それが可能だという法的裏付けがあるはずなのだが、国内の労働関連法を改正するだけでなく、ILOあたりともやりあうことになるはずだ。そこまで考えての発言だったとは思えない。 しかし、撤回する気はないらしいから、法を改めILOとも対決する覚悟なのだろう。 そもそも、わたしが不思議に思うのは、なで日教組を敵視する人たちがいるのか、ということなのだ。組織率はわずか3割程度。民主社会において、どうやって3割の人間が全体を動かすのだ。 日教組路線が実現しないようにするのは簡単だ。 学校で行うことは、すべて職員会議で多数決で決めることにすればいい。 3割しか賛成しないなら、すべて否決される。 ただそれだけのことだ。 なぜかネット版では記事が見つけられなかったが、「読売新聞」29日12版の記事にはこうあった。日教組のある幹部は「現在は教育研究に重点を置いており、昔の日教組は考え方がまったく違う。批判されるほどの力もなく、過大評価されているようだ」と自嘲《じちょう》気味に語る。 「批判されるほどの力も」ないというのは正直な気持ちだろう。 そんなものをことさら取り上げて大騒ぎするのが理解できない。 おそらく、日教組を批判する人たちは「敵」というか「悪」が必要なのだろう。 自分が「正義」であるためには「悪」がなくてはならない。 そのために日教組を利用しているとしか思えない。いわば、日教組のおかげで正義面をしていられるのだから、日教組に感謝した方がいいだろう。 もう一つ。日教組批判の裏にあるのは戦後批判である。 戦後は何もかも悪い、戦前は何でもかんでも素晴らしかった、という幻想の持ち主が戦後教育の象徴として日教組を持ち出すのである。 ほんとうは日教組なんかどうでもいいのだ。 ところが、自家撞着に陥ってしまっているのがあまりおつむのよろしくないところだ。 成田空港に関して、たとえば、「「成田反対ゴネ得」「日本は単一民族」 中山国交相「誤解招く」と撤回」によると、成田空港の拡張が地元住民の反対などで進まなかった経緯について、反対派らによる「ゴネ得」と述べ、「戦後教育が悪く、公共の精神が欠けている」と批判した。と発言したそうだ。 昨日書いたように、わたしは成田闘争を子どもの時にニュースで見ていた。 戦っていたのはわたしの親と同年配かもっと年上の人たちだった。 「戦後教育」ではなく、「戦前」「戦中」の教育を受けた人たちが、自分たちの土地を奪われまいと命をかけて戦っていたのだ。それを無理やり「戦後教育」に結びつけるのは、一般人なら「ものを知らない」で済むかもしれないが、政治家としては資質の問題だ。 成田空港の拡張に反対している人たちが、どういう時期に教育を受けたのか調査した結果ならまだしも、そういう客観的な事実を何も提示していない。 また、「土地」に執着する心理を理解していないというのも困ったことだ。 カネが目当てなら、カネをもらってさっさと引っ越していくだけのことだ。 しかし、そうはならなかった。「ご先祖様が開墾してここまで作り上げてきた農地を手放しては申し訳ない」「生まれ育った土地に住んでいたい」という祖先を敬う気持ちと郷土愛を踏みにじったことがそもそも間違っていたのに、その責任を他人になすりつけて自分は知らん顔を決め込もうという心根が、この中山という人の発言に表れているのである。 しかもこの人、「「成田反対ゴネ得」「日本は単一民族」 中山国交相「誤解招く」と撤回」では、(空港整備が進む)中国がうらやましいとまで言っているそうだ。 そんなに中国が好きなら中国に帰化すればいいだろう。 わたしは中国に住みたいとは思わないが、こんなに中国が好きな人もいるんだね。 なるほど、道理で自民党は、中国や北朝鮮のような国家を目指しているように見えるわけだ。 追記。 タイトルの「吠ゆる」は正しくなかった。 「吠ゆる」は誤りをご覧下さい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.30
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あまり政治的な話は好まないので、ふだんは書かないのだが、今回はあまりにも目に余るので取り上げる。 あっという間に国土交通相を辞めることになった中山氏の発言についてである。 どのメディアも「失言」ととらえているが、「失言」は、「言ってはならないことをうっかり言ってしまった」ということであって、その発言の内容の真否は問題にならない。むしろ、それが真実であるからこそ言ってはならないことを口にした場合に「失言」になるのだと思うのだが、そうではないらしい。 とりあえず「失言」ということにしておいて、その中身を検討してみる。 「日本は内向きな単一民族」 これは単なる事実誤認。今年に入って、「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択されたばかりなのだから、国会議員なら、当然、「日本は単一民族国家」ではないことは知っているはず。 政治家としては、ものを知らないでは済まされない。 「日本は単一民族国家」という幻想を捨てることができないらしい。 「ゴネ得」 たとえば、毎日新聞の報道では、 中山成彬国土交通相は25日午後、国交省内で行った報道各社のインタビューの中で、成田空港の拡張が進まなかった原因について「(地元住民の)ごね得」「戦後教育が悪かった」と述べるなど、突出発言を繰り返した。 ということらしい。 「ごね得」というのは、ごねることで得をする場合にしか使えない。 すでに国際空港として機能している成田空港の拡張に反対してどんな利益があるのかそれを明示しなくては説得力はない。 成田闘争が始まった時は、わたしは、小学校の低学年だった。 テレビでニュースを見て、何が何だかよくわからなかった。 ただのおじさんやおばさんが、重機をあやつる人たちに抵抗していることだけはわかった。 子供心に、おじさんやおばさんを応援していた。 地元に何の説明もなく、いきなり「空港を作るから出ていけ」と言われて怒っているのだということを理解するまでに時間がかかった。 今思うと、地元の人たちと政府の関係は、黒澤明の「七人の侍」と同じだ。 武力を持たない人々に襲いかかる野党の群れが政府だ。 野党と違って政府は強大な力を持っているので、成田空港は始動し、地元の人たちも、駐車場経営など、空港があることで生活費を得られる道を模索してきた。 しかし、そもそも出発点は、政府の「ごね得」だったのに、それを無視して、いや、無視しているのではなく、「単一民族国家」発言と同じように、ただ単に知識がなくて知らないだけなのかもしれないが(でも、国会議員がそんなにものを知らなくては困るんだけどね。どんな人がこの人に投票したんだろう)、地元の人の苦しみを「ごね得」と切り捨ててしまえる神経には驚くしかない。 もう一つ、「日教組」の問題があるのだが、それは後で書こう。 これこそ「万犬虚に吠ゆる」の見本なのだ。 念のために言っておくが、「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」がもとの形だからね。 「一犬」だけでなく「万犬」が虚に吠えている現状の象徴が、この中山氏の発言なのだ。 追記。 タイトルの「吠ゆる」は正しくなかった。 「吠ゆる」は誤りをご覧下さい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.29
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「違う意味ですごい北京オリンピックの印象的なハイライトシーンの写真を山ほど」という記事が目について、写真を見てみた。 写真一覧はここにある。 わたし自身はデジタルカメラを持ち歩いていて、目につい田、面白いものがあれば写真を撮る。デジタルカメラを持っていない時は携帯電話で撮る。 このサイトに掲載されているものを見ると、かなりの高感度カメラで撮っているのがわかる。 「一瞬」をとらえるのは難しい。 また、「何を撮るか」というところに、撮影者の感性があらわれる。そして、「どの写真を選ぶか」というところには、その人の品性が表れる。 あまり品性は高くないと思うような写真も多いが、「この一瞬、この選手はこんな表情だったのか」「体はこうなっているのか」と、鍛え抜かれた選手のありように感心するものも多い。 珍しかったのは射撃の写真。 からになった薬莢が宙を舞うものなど、こういう写真は何度も見たが、オリンピックでこの瞬間に注目して写真を撮ったカメラマンの感性はなかなかのものだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.08.25
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泊まり込みの出張から帰ってきて、土日の新聞をまとめ読みしていたら、赤塚不二夫さんの訃報があった。 意識不明らしいとは「赤塚不二夫なのだ!!」で知っていた。 そうか、亡くなったのか。 才能がありすぎて、常人と同じ生き方はできない人だったようだ。 そもそも、人を笑わせる、というのは、大変なエネルギーを必要とすることなのだ。天才だったのだ。 もちろん、いろいろなマンガを読んだし、アニメも見た。 しかし、考えてみると、単行本を買ったことはなかった。赤塚不二夫さんの漫画が載っている本を買ったのは、「トキワ荘物語」だけかもしれない。 わたしとは違う世界の人だった。 人が亡くなるということは悲しいことだ。 しかし、誰もが思ったはずだ。「これでいいのだ!」漫画家の赤塚不二夫氏死去 「おそ松くん」「天才バカボン」 この記事には、一部わかりにくいところがある。 終戦で大陸から引き揚げ、奈良県で育つ。小学生時代に手塚治虫作品に感激し、漫画家を志した。中学を卒業して3年間、新潟市の看板店に勤めた後、昭和28年に上京。化学工場で働きながら、漫画雑誌への投稿を重ねた。 奈良県に住んでいたこともあるが、中学時代は新潟で育っていて、新潟の中学を卒業してそのまま新潟で就職したのである。「[訃報]赤塚不二夫さん死去 おそ松くん、天才バカボン」という記事の年譜が興味深い。「◇赤塚不二夫さんの主な作品」の最後が、67年 天才バカボン(72年第18回文芸春秋漫画賞)67年 もーれつア太郎となっている。 その後の40年間はおまけだったのだ。 今、わたしたちの前には、赤塚不二夫さんの切り開いた道がある。 誰も、そっちに道を造ろうとは思わなかった方向に道を開いた人だった。 意味のないことを考えるというのは非常に困難なことだ。 その困難なことをやってのけたのが赤塚不二夫さんなのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.08.04
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「学生が読むべき50冊 定番から異色作まで 川上未映子ら選定」という記事によると、学生が読むべき50冊は次の通りなのだそうだ。【日本】 万葉集▽源氏物語(紫式部)▽平家物語▽徒然草(吉田兼好)▽おくのほそ道(松尾芭蕉)▽歎異抄(唯円/親鸞)▽心中天網島(近松門左衛門)▽山椒大夫・高瀬舟(森鴎外)▽吾輩は猫である(夏目漱石)▽たけくらべ(樋口一葉)▽武蔵野(国木田独歩)▽金色夜叉(尾崎紅葉)▽瘋癲老人日記(谷崎潤一郎)▽病床六尺(正岡子規)▽きりぎりす(太宰治)▽堕落論(坂口安吾)▽遠野物語(柳田國男)▽様々なる意匠(小林秀雄)▽豊饒の海(三島由紀夫)▽富士日記(武田百合子)▽第七官界彷徨(尾崎翠)▽春宵十話(岡潔)▽「いき」の構造(九鬼周造)【海外】 紅楼夢(曹雪芹)▽千夜一夜物語▽イリアス(ホメロス)▽聖書(旧訳・新訳)▽ハムレット(シェークスピア)▽嵐ケ丘(エミリー・ブロンテ)▽インドへの道(フォースター)▽フィネガンズ・ウェイク(ジェイムズ・ジョイス)▽ナイン・ストーリーズ(サリンジャー)▽タイタンの妖女(カート・ヴォネガット)▽幸福論(アラン)▽危険な関係(ラクロ)▽感情教育(フローベール)▽赤と黒(スタンダール)▽夜の果ての旅(セリーヌ)▽失われた時を求めて(プルースト)▽ファウスト(ゲーテ)▽資本論(マルクス)▽ブッデンブローク家の人々(トーマス・マン)▽精神分析入門(フロイト)▽変身(カフカ)▽ドン・キホーテ(セルバンテス)▽ゴッホの手紙▽魅せられた旅人(レスコフ)▽白痴(ドストエフスキー)▽カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー)▽戦争と平和(トルストイ) 選んだのは、東海大からは教授の辻原登、長谷川櫂、山城むつみ、准教授の堀啓子、室井光広の5氏と、芥川賞作家の川上未映子なのだそうだ。 この六人はすべて読んだのだろうか? そうは思えない。 一人の人間がこんなに広範囲の本を読んではいられまい。読むだけで大学生活が終わってしまう。 なぜこの本なのか、という根拠は示されていないので、選ばれた基準がわからない。 なぜ「万葉集」なのだろう。通読するようなものなのだろうか。 それよりも、「古事記」を入れるべきだ。わたしは「古事記」は、現代語訳だが、何度か通読した。日本文化の根幹が描かれていると思っている。 なぜ「古事記」を読ませないのだ。 とにかく謎だらけの選定だ。 漱石は「吾輩は猫である」だけだが、鴎外は「山椒大夫」「高瀬舟」の二作品。 海外の作品も不思議。 「紅楼夢」は読んだことがある(もちろん翻訳)。大作ではあるが、学生の必読書とは思えない。それよりも、「八犬伝」などに影響を与えた「水滸伝」を読ませる方がいい。少なくとも、「水滸伝」の方が、読んでいて楽しい。 「古事記」は入れないくせに「聖書」が入っているのも納得できない。 また、「危険な関係」(ラクロ)って、わたしは読んで驚いたし、完成度の高い小説だとは思うが、こんな人倫にもとるようなものが必読書だとは思えない。 まあ、ひとぞれぞれ価値観は異なるわけで、この人たちはこれでいいと思ったのだろうから、せいぜい、身近な学生に読むように勧めてください。 ただし、そのまえに、必ず自らすべて読破すること。 なお、この記事にはわかりにくいところがある。「(太宰治の)『人間失格』や『斜陽』は短編のあとに読むおまけのようなもの」、森鴎外の作品について「しょせんは役人の小さな悩み」といった指摘は会場の笑いを誘った。とあるのだが、誰が「指摘」したのかがわからない。 5W1Hは記事の基本だと思うのだが、「誰が」という要素が抜け落ちている。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.06.24
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チベット問題について語ろう。 わたしの主観では、中国が悪い。チベットはチベットであって、「中華人民共和国」の一部にしておくのであれば、それなりの対応のしかたがあったはずだ。 中国政府は、少数民族を尊重するはずだったのに、それができていない。いや、しようとしていない。 非は中華人民共和国にある。 そう言い切ってしまうのはたやすい。 しかし翻ってわが日本に目を向けると、はたして中華人民共和国を批判する資格があるのだろうか、という疑問が生まれる。 北海道はアイヌのものだった、アイヌが独立を宣言する、と主張したとき、中華人民共和国を批判している人たちは、アイヌの主張を認めなくてはならなくなる。 沖縄(琉球)は明治政府がむりやり日本の一部にしたのだ、「金城」「花城」ではなく「マエグスク」「ハナグスク」と名乗りたい、という主張があったら、チベット独立を支持する人たちはそれを支持しなくてはならない。 そこまでの覚悟があるのだろうか。 ここに掲げた写真は、ペマ・ギャルポさんの色紙である。 わたしの部屋に飾ってある。 チベット語で書かれている。意味は、「きれいな花は遠くからでもわかる。なぜならそこにハチが集まるから」ということだそうだ。 中華人民共和国を批判することは簡単だ。中国共産党を批判することは簡単だ。 しかし、その批判をする人は、北海道独立や沖縄独立を主張する人を支持しなくてはならなくなるということを考えたことがあるのか、それが疑問だ。 アメリカ合衆国を見るがいい。 勝手に「新大陸」と名付けて乗り込み、元からすんでいた人たちの土地を奪って成立した国だ。チベット独立を主張する人たちを支持する人は、アメリカ合衆国を批判しなくてはならない。そこまでわかって中華人民共和国を批判しているようには思えない。 日本の中でも同じことは行われていた。 坂上田村麻呂は「征夷大将軍」である。 でも、「征夷」といったって、朝廷に反乱を起こしたわけではなく、「俺たちは俺たちだよ」と言っていただけなのだ。それを、一方的に「朝廷に逆らっている」と決めつけて討伐したのだ。「討伐」というと悪い連中をやっつけたように聞こえるが、実態は一方的な侵略だ。 現在、チベットで行われているのと同じとが日本でも行われていたのだ 繰り返す。 今回のチベットの争乱については、中華人民共和国が悪い。 しかし、中華人民共和国を批判する人に、北海道や沖縄、さらには東北地方が独立を宣言したときに、それを支持するだけの覚悟があるのか。それを問おう。【正論】チベット騒乱 平松茂雄[チベット暴動]新華社が「死者は19人」にすぐ役に立つ「チベット問題Q&A」楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.03.21
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「女高生2人に酒1升提供、「餃子の王将」書類送検へ」という記事に驚いた。 未成年の客と知りながら、川崎市の公立高校2年の女子生徒2人(いずれも17歳)に日本酒1升(1・8リットル)以上を提供した店員らは2007年12月18日午後9時半から約2時間に、生徒2人に熱かんの日本酒(1本180ミリ・リットル)11本とウーロンハイ(焼酎50ミリ・リットル入り)1杯を提供した疑いが持たれている。とのことだ。 単純に2で割ると一人5合の熱燗を飲んだことになる。 酒飲みのわたしだって、2時間で5合は飲まない。高校生で熱燗を飲むというのも驚きだ。 わたしの同僚で熱燗を飲むのは中年だけだ。男でも、若い人は飲まない。慣れないと飲めないものらしい。 この二人は大変な酒豪だと思ったら、 生徒2人は同店でギョーザ、春巻き、鶏の空揚げ、冷や奴をつまみに飲酒。代金約5100円を支払って店を出た後、約150メートル先の路上で倒れた。警ら中の県警自動車警ら隊員が見つけ、1人は急性アルコール中毒で病院に運ばれた。とのことで、命に関わるところだったようだ。 この記事を読んで思い出したことがある。 牛丼の吉野家が全国展開を始めたばかりの頃。 最近行かないのでわからないが、吉野家では、酒類については、提供できる量や提供できる時間帯が決まっているはず。 チェーン店を増やし始めた頃はどうだったのか記憶がない。そもそも、牛丼屋で飲んだりしないし。 大学生だったわたしが、朝食をとるために吉野屋に入ると、わたしの座ったカウンター席の向こう側に、白髪の女性と、30代ぐらいの女性が並んで座っていた。 その頃は、朝食セットなんかなくて、牛丼専門店だったから、わたしは牛丼の並を頼んで食べたのだと思う。 わたしの前の二人を、見るともなく見ると、白髪の女性は熱燗を飲んでいる。 その隣で、若い方の女性が困ったような顔で、牛丼を、少しずつ食べている。 その時は、珍しいものを見た、としか思わなかった。 今にして思えば、姑と嫁だったのではないかと思う。 姑がアルコール依存症で、朝の散歩と称して飲みに行ってしまうので、仕方なく嫁がついてきて、食べたくもない牛丼を頼んで面倒を見ていたのではないだろうか。 記事の中に、「急性アルコール中毒」とある。 これは、実は、大学生の時に、後輩がそうなってしまって病院に担ぎ込んだことがある。 30年近く前には、無理に酒を飲ませてつぶすということが珍しくなかった。 そんなことをしてはいけなかったのだ。今では深く反省し、決して人に無理強いしないようにしている。 なお、「アルコール中毒」の「中毒」というのは、「食中毒」という言葉があるように、「毒に中《あた》る」という意味である。「アルコール」という「毒」に「中《あた》」ったのである。 よく、昼間から酔いつぶれていたりする人を「アルコール中毒」、略して「アル中」というが、これは正確ではないらしく、そういうのは「アルコール依存症」と呼んで区別した方がいいらしい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.03.19
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石原慎太郎知事はなぜ逮捕されないのか 中小企業の公的支援と「新銀行東京」の失敗 という記事を読むと、都知事に批判的だ。 しかし、これは都民が望んだことだ。どんなに赤字になろうと、どんなに税金を次ぎこもうと、そうすると明言したと知事を選んだ以上、都民には文句は言えまい。 興味深いのは、次の二つの記事だ。 「[新銀行東京]取締役会、有名無実化 元執行役が証言」「反対意見のない取締役会を重ねた」。10日、旧経営陣の責任を追及する調査報告書を発表した「新銀行東京」。元執行役の一人が毎日新聞の取材にこう証言し、取締役会が有名無実化していた実態を証言した。「反対者押さえ込む元代表 新銀行東京、内部報告書を発表」 現経営陣が発表した赤字原因の調査報告書は、権限が集中した仁司元代表が反対意見を押さえ込み、融資焦げ付きを容認するかのような、常識を逸脱した指示や発言があったことを浮かび上がせた。 権力を持つものへの反対意見は認めない、というのは石原都知事の方針であり、都立学校では、校長の決定が絶対であり、職員会議での採決も禁止されているという報道もあった。 まさに都民の支持した知事の意向に沿った運営がなされていただけなのだから、何も問題はない。 あとは、その都知事を選んだ人たちが責任をとればいい。 その前に、ずさんな運営をした人たちに銀行経営を任せた都知事の責任問題もあるはずなのだが、都知事にはそんな意識はないだろう。 都民が責任をとりなさい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.03.11
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JAYWALK:中村耕一、ナイフ所持の理由言えなくて…逮捕JAYWALKボーカルを書類送検 乗用車内にアーミーナイフという記事を見て、「ああ、この人も引っかけられたな」と思った。 7月に、「警察で始末書を書いた話」というのを書いた。 警察この人も、わたしと同じように、点数稼ぎに利用されたわけだ。 記事によると、この人は、刃渡り8・5センチのナイフを持っていたということだが、わたしが持っていたのは、刃渡り5・5センチのおもちゃのようなものだ。 本物のテロリストなら、素直に荷物を見せるようなことはしないだろう。 「正当な理由なく所持していた」というが、「1年ぐらい前にキャンプに行き、置いたままだった」というのがなぜ、「正当な理由」ではないのだろうか。 キャンプやハイキングに持って行って、そのまま、という人は世の中に大勢いるだろう。 むしろ、テロリストなら、必要な場合以外は持ち歩かないだろう。 お気の毒である。 さて、話は変わって、この書類送検された人をどう呼ぶか、というのが興味深い。 スポーツニッポン(毎日新聞)では、ロックバンド「JAYWALK」のボーカル中村耕一になっているが、産経新聞では、ロックバンド「JAYWALK」のボーカル、中村耕一メンバーになっている。 「メンバー」って職業か? 肩書きか? メンバーのだれだれ、とは言うだろうが、だれだれメンバーとは言わない。 呼び捨てにしたくないなら、「さん」をつけた方がすっきりしている。 どうせ、たいしたことではないのだから、不起訴になるのだろうし。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.12.29
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昨日取り上げた、中学校校で、ダンスと武道を必修化することについて。 今日の新聞の社説では、朝日新聞と産経新聞が取り上げていた。 朝日新聞の社説は、武道とダンスの両方に目を向けており、さらに、かえって体育嫌いを増やす可能性があることも指摘している。 ずっと体育が嫌いだったわたしには、言っていることがよく分かる。 ただし、スポーツは楽しい。家に閉じこもってゲームをするより、体を動かすことの方がずっと気持ちがいいんだ。 というのはいただけない。 体を動かすことより、家に閉じこもってゲームをすることの方が気持ちいいと感じる子どもだって多いはずだ。最初から、体を動かすことが気持ちいいと決めつけることには賛成できない。 一方、産経新聞の主張はというと、最初の方で、 現行指導要領では器械運動、陸上、水泳、球技などが必修で、武道については1年生がダンスとのいずれか1つを選択、2、3年生がダンス、球技とのいずれか2つを選択することになっている。と述べているものの、あとは武道のことばかり。ダンスのことはすっかり忘れてしまっているのか、意図的に無視しているのかわからないが、触れていない。 また、書いてあることもよくわからない。 どうも、この主張の筆者は、自分が何を書いているのか理解できていないらしく、 武道は礼に始まり礼をもって終わるといわれる。近年はスポーツとしての勝敗にこだわる傾向も見られないではないが、武道本来が持つ精神修養面の重視の姿勢はいまだ衰微していない。公徳心が低下し、公共マナーの乱れが目に付く今日にあって、武道の必修化はまさに「健全なる精神は健全なる身体に宿る」次代を担う青少年の育成に貢献するだろう。などと書いている。 この段落だけでも疑問点が次々にわいてくる。・「武道は礼に始まり礼をもって終わるといわれる。」というが、一体どこの誰によって「いわれ」ているのか。・「近年はスポーツとしての勝敗にこだわる傾向も見られないではない」というが、そもそも勝敗に対するこだわりがなければ武道は生まれない。・「武道本来が持つ精神修養面」などというのは、太平の世になって実利実用の面での需要が無くなってから言われたことで、「武士道」だって、元禄になってから広まった概念であることを知らないらしい。・「健全なる精神は健全なる身体に宿る」というのは、オリンピックのような西洋スポーツの考え方だし、さらに、そもそもがこの言葉は誤訳で、「健全な精神を健全な身体宿そう」というのが本来の意味である。 身体が健全でありながら、精神が健全ではない者が多いからこそ生まれた言葉である。 産経新聞の主張が正しいとしたら、持病や障害を持つ者は「健全な精神」を宿すことができなくなってしまう。 そもそも、なぜ武道でなくてはならないのか、という点に、全く説得力がない。 野球やサッカーでは「精神修養」はできない、「礼節」は身につかない、というのであれば、そういった競技を排除することも主張すべきだ。 なお、昨日も述べたように、わたしは、武道を取り入れることに反対ではない。 ただし、柔道のような新しいものはやめてもらいたい。 まだまだ日本各地に、その土地に伝わる古武道が、細々と、命脈を保っているだろう。 そういうものを取り入れてもらいたい。 それでこそ郷土愛の育成にもつながる。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.09.06
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また、「サマータイム」導入論が頭をもたげてきたようだ。 どういうつもりなんだろうね、いったい。 全国の信号機の時間調整のために膨大な費用がかかることが、すでに指摘されているが、その費用はいったい誰が負担するんだ。 サマータイムのために増税するのか。 導入に賛成する理由は、「サマータイム、自民幹事長前向き」という記事によると、夏に時計の針を1時間早める「サマータイム」制度を導入することで、家庭や企業の使用電力を減らし、二酸化炭素排出量削減が見込める。さらに、明るい時間が長くなれば、余暇を楽しむ時間が生まれ経済波及効果が大きいといわれている。ということなのだそうだ。 なぜサマータイムにすると、使用電力が減るのか理解できない。 今までより早く起きるのだから、電力消費の時間が早まるだけではないか。 おまけに、終業時間になっても、まだ明るいから、と残業も増えてしまうだろう。 そもそも、「余暇を楽しむ時間が生まれ経済波及効果が大きい」ということは、それだけ二酸化炭素の排出量も増えるということだ。 明るい時間に自由時間を増やせば、遊びに行ったり買い物をしたりして消費が活発になり、金儲けにつながるという理屈らしいが、今だって、暗くなってから遊び回っている人がたくさんいるではないか。 サマータイム導入に賛成の企業は、自分のところだけ営業時間を変えればいい。 もちろん、サービス部門はそうはいかないだろうが、変えられるところだけ変えればいい。 そうすれば、時差出勤が増え、朝夕の混雑が少しは解消するだろう。 [小泉前首相]サマータイム導入「感心しない。面倒くさい」と、身内からも賛同を得られないのが「骨太」の証明なのだろうか。 かつて、法案が通らなかった理由などについては、「警察庁の元担当者が語る「サマータイム法案の国民不在」」という記事が良くできている。関連記事<骨太の方針>サマータイム早期導入を検討 諮問会議が素案 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.05
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「つくる会」、扶桑社と断絶=歴史教科書、新たな出版社公募へという記事にもあるように、各紙が、扶桑社と「新しい歴史教科書をつくる会」の絶縁を伝えている。 会の公式サイトには、「扶桑社との交渉結果の報告」というページがあって、扶桑社とのやりとりがきちんと報告されている。 それによると、扶桑社は、前回と同じ採択結果では、巨額の赤字を教科書事業部で出すことになる。それが扶桑社の中にあると、どの程度の赤字なのかが不明瞭になる。なぜ赤字を出してまでやらなければならないのか、という社員の中の不満がある。と述べているそうだ。 なーんだ、結局もうからなくちゃ嫌なんだ、と思ったが、別段、批判するにはあたらない。 利潤追求が第一の民間企業なのだから、採算がとれない事業からは撤退するのが当然なのだ。 気になるのは、この事実を報道する側の姿勢だ。 わたしは毎日、産経新聞の「iza」を見に行っているが、検索しても、このことを伝える記事がない。 あんなに、新しい歴史教科書をつくる会の教科書をヨイショしていたのに。 自分たちに都合の悪いことはなかったことにしてしまえ、ということらしい。 関連記事つくる会・扶桑社「喧嘩別れ」 「右よりで売れないから」?[新しい歴史教科書]つくる会が扶桑社と決別 出版社公募
2007.05.31
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産経新聞の「中国官僚「風水」頼み…「鬼神信じるな」と警鐘」という記事によると、中国の地方の共産党・政府幹部の間で、大型プロジェクト決定や自身の出世の岐路に立った場合、家や家具の配置、色彩などで運を呼び込むという「風水」に頼る傾向が強まっている。のだそうだ。 おそらく、中国本土よりも、台湾の方が、風水信者は多かろう。 わたし自身は、風水も星占いも血液型判断も信じない。 こういう記事を読むと、六曜にこだわる人たちのことが頭に浮かぶ。 太安、仏滅、友引、赤口、先勝、先負のあれだ。 明治になるまでほとんどの日本人は知らなかったのに、伝統文化であるかのように思いこんでい人が少なくない。 風水の方が、六曜よりも、一般人民に浸透した歴史は古い。 結婚式には太安の日を選び、葬儀には友引を避けるという人は、中国を笑えない。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.05.27
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三日続けて、石原都知事関連の記事があった。 17日「石原都知事ムダ使い!?海外出張費2億4000万円」 18日「石原都知事 超豪華ギャラリー、ムダ遣い」 19日「石原都知事 総額2億4000万円 外遊癖」 外遊に2億4000万円使うのが適正かどうか疑問は感じるが、日本は民主国家なので、これも東京都民の望んだことなのだろう。 税金を湯水のように使うことも含めて、石原都知事を支持しているはず。 一般人とは違う世界に住んでいる人を選んだのは、ほかならぬ東京都民なのだから、都の財政を圧迫したところで、都民の自業自得。 こういう記事を目にすると、私は、心の中で「こがねむし」の替え歌を歌うのだ。 「お金持ちは金持ちだ」。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.19
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山谷えり子の「経歴」 削除された気になる部分という記事が目について、当事者のサイトを見に行った。 驚いたのが、「スタッフメール」というコーナー。 「安易な改編は、精神の貧しさにつながる」というタイトルなのだ。 自分のことを言っているのかと思ったら「昔話 ~安易な改編は、精神の貧しさにつながる~」ということで、昔話に関わる話。 本人ではなく、スタッフが書いているらしいが、そのあたりはどうもよくわからない。 昔話には興味があるので読んでみた。 むやみに残酷な面を消してしまうことには、私も反対である。 おおむね同意できるのだが、「深層心理学の立場からも、昔話は、人間が成熟するに当たって避けられない心理的葛藤と、克服の道筋を子供に示すものと考えられましょう。」というのにはあきれた。 「子供に示すものと考えられましょう」とはどういうことだ。 「子供に示すものである」と言い切ることもできないのに書いているのか。何の根拠もなく書いていると、自分で白状してしまっているのは正直ではあるが、あまりにもお粗末。 『昔話の深層』を読んだこともないのだろうか。 驚いたのは、末尾近くの、「日本の昔話は、グリム童話やアンデルセン童話に匹敵する文学です。」という文章。 ヨーロッパの童話並だから優れているということらしい。書き手は、よほど欧米コンプレックスの強い人らしい。 昔話は、それぞれの民族が独自の文化の中で伝えたものなのだから、他民族のものと優劣をきそうようなものではない。 内容の比較検討によって、伝播過程を探ったり、内容の改変過程から民族性を探ったりすることはできるが、価値の比較ができるわけはない。 さらに、「グリム童話やアンデルセン童話」と、性質の異なるものを一緒くたにしてしまっている。 『アンデルセン童話』は、昔話ではなく、創作である。全く性質が異なる。 『グリム童話』は、民話を採集したものということになっていて、創作集ではない。 さらに、『グリム童話』は、グリム兄弟によって原話の改変が行われているのは有名な話で、まさに、「安易な改編は、精神の貧しさにつながる」の実例にできそうなものなのだが、それを知らずに、「日本の昔話は、グリム童話やアンデルセン童話に匹敵する文学です。」と書いているらしい。 Wikipediaの「安易な改変」をしたスタッフと、この「スタッフレター」を書いた人が同じ人かどうか知らないが、あまりにもお粗末。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.10.14
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そうだったのか、と新知識。 「簡易草地更新:白河で実演会」という記事に、 酪農に重要な牧草地は、使い始めて2~3年をピークに牧草の生産量が低下する。このため、定期的に土壌を更新することが必要だが、費用を要することなどで進んでいないのが現状だ。とあった。 知らなかった。牧草といっても雑草ではなく、ある品種の草を人工的に育てているのだ。 したがって、連作障害もあるだろうし、土地が痩せるということもあるのだろう。 「土壌を更新」というのは、具体的にどういうことなのかわからない。 おそらく、酪農家ならわかることなのだろう。 記事には、「水田耕作に用いられる農作業機械を転用して、低コストで更新する方法を実演」と書いてあったが、どんなことをするのだろう。 土地を掘り返すのだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください ちょっと気になる。
2006.10.13
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中国河南省の遺跡でパンダの骨の化石が発見され、北京原人がパンダ狩りをしていた可能性が高まったそうだ。 北京原人の骨は約50万年前から約20万年前までのもとというから、そのころには、今と気候がずいぶん違っていて生息していたのかもしれない。 しかし、おそらく3000年ぐらい前には、すでに中心地にはいなかったろうし、ほとんどの漢民族はその存在を知らなかったはずだ。 なぜそう思うのかというと、パンダを表す漢字がないから。 犬、牛、馬、鳥、というように、それぞれ、その存在が知られていたものには、それを表す漢字がある。 ところが、パンダにはない。 現代漢語では「熊猫」だ。 もし、漢字を作り始めてからもパンダが身近なところにいたら、パンダを示す字を作っていたはずだ。 それがないということは、その存在を知らなかったということ。 漢和辞典で調べても、「サンマ」を表す漢字が見つからない。 文化が内陸部で発達したので、知識人はサンマを知らなかったらしい。あるいは中国ではとれないのか。 こんなことを書くと、「じゃあ、龍という漢字があるからには、龍がいたのか」などと言う人がでてきそうだが、いたのだ。 どこに? みんなの頭の中に。 実在しなくとも、概念として存在すれば、それを表す漢字を作ることは可能なのである。 「じゃあ、麒麟や鳳凰はどうなんだ、二字じゃないか」と思った人は辞書を引いてみよう。 さて、記事に話を戻すと、記事は、産経新聞の「イザ」というサイトで公開されている。 面白いことに、ここでは、記事にトラックバックすることができる。 ブログの運営と一体になっているらしい。 トラックバックしている人は、産経新聞の愛読者が多いようだ。 この記事のトラックバックに目を通してみたが、パンダを食べることを野蛮だと決めつけて、少しでも中国人をおとしめようとするものが多くてあきれた。 何を食べるか、何を食べないかは文化の差異でしかない。パンダを食べることに野蛮も開化もないと思うのだが、そうは考えない人もたくさんいるようだ。 パンダを食べることを野蛮だという人は、「生魚を食べるのは未開人だ」「鯨を食べるのは野蛮だ」と言われても反論せず、「その通りです、日本人は未開人です、野蛮人です」と言うのだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.09.03
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livedoorニュースに「トキワ荘よ、もう一度」という記事があり、興味深く読んだ。 トキワ荘ものは、マンガも読んだし、テレビでも見たし、映画も見た。 今にして思えば、上京したときにはまだ解体されてなかったはずなので、見に行けばよかった。 珍しく実地取材をした記事で、ゆかりのラーメン店主が、当時のことをほとんど知らない、というのが、現実的でよかった。(現実なのだから「現実的」もないものだ) 記事によると、トキワ荘というアパートの名前を懐かしさを込めて呼ぶ人が多くなる中、「トキワ荘プロジェクト」と題したプロジェクトが始動した。「地方出身のマンガ家志望の若者たちを応援したい」。NPO「コトバノアトリエ」が始める同プロジェクトによって、トキワ荘は色あせた写真の中だけではない、鮮やかな色を持った現代の物語としてよみがえろうとしている。ということだが、ここはよくない。 「トキワ荘というアパートの名前を懐かしさを込めて呼ぶ人が多くなる」などということはなかろう。若い人は、トキワ荘どころか、手塚治虫も知るまい。「トキワ荘」に懐かしさを感じる人は減っているはずだ。 また、「マンガ家志望の若者たち」を応援するような企画には賛成できない。 トキワ荘に集まってマンガを書き続けた人たちは、社会的に応援されていたからマンガ家になれたのではない。 むしろ、その存在を非難されていた。 もちろん、近親者には支援者がいたろうが、逆風の中でマンガを書き続けることによって今日のマンガの隆盛を招いたのだ。 自力でマンガ家として成功するのを期待しよう。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.08.18
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横浜磯子の「横浜プリンスホテル」が、6月いっぱいで閉館したそうだ。 ここには、1999年3月に泊まったことがある。 初めてプリンスホテル泊で、施設が立派なのに感心した記憶がある。 駐車場も広く、桜並木があったような。 その時の記録はここ。 磯子という場所が、すでに首都圏への通勤圏で、中途半端な場所になってしまったのがよくなかったのだろうか。 関連記事 閉館ホテルの窓に「アリガトウ」の文字 横浜プリンスホテル、LAST NIGHT 横浜プリンスホテル50年の歴史に幕楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.07.01
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タバコが値上げされるそうだ。 わたしはタバコが嫌いなので、吸う人が減れば祝着至極。 税金がかけられていることを理由に、喫煙者のおかげで社会が成り立っているようなことをいう人がいて驚くことがある。 タバコによる税収よりも、損失の方が多いのである。 たとえば、ここなどやここで解説されている。 喫煙者には、もっと肩身の狭い思いをしてもらいたい。 関連記事楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.06.21
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久しぶりに面白い記事を読んだ。 ライブドアの「PJニュース」。独りよがりの、記事だか主張だか分からないような記事が多い中で、なかなか読ませる。 「W杯でもうひとつの「絶対負けられない闘い」=茨城」というもの。 スポーツバーの利用者が、隣接するコンビニの駐車場を勝手に使って困るので、コンビニ側が警備員を雇って防いだ、という内容。詳しいことは実際に読んでみて欲しい。 身勝手な連中というのはどこにでもいそうなものだが、筆者が、茨城と結びつけているのが興味深い。 「茨城県民の運転マナーの悪さは評判で、一説には「土浦ナンバーの車には注意しろ」とまで言われている。」 「聞き分けの無い茨城ヤンキー」 「敵は思慮分別・一般常識を欠いた「茨城ヤンキー軍団」。 コンビニ駐車場に不法駐車の車が1台停まっていた。「これが茨城」別のコンビニ店員が呟いた。 茨城に限ったことではないと思うのだが、おそらく、著者は茨城以外の世界を知らないのだろう。 その点が気になるが、ドキュメンタリーとして面白く読ませようという意気込みが感じられる記事だった。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.06.13
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今朝の産経新聞によると、「君が代」の英語替え歌がネット上で広まっているそうだ。 初めて知った。 英語で歌っても、日本語の「君が代」風に聞こえるらしい。 タモリ倶楽部の「空耳アワー」を思わせる。 記事ではその歌詞が紹介されている。元々、ネット上のものを、著作権者に無断で引用しているもののようなので、それをコピーしておく。 Kiss me, girl, you old one. Till you're near, it is years till you're near. Sounds of the dead will she know ? She wants all told, now retained, for, cold caves know the moon's seeing the mad and deda. 昔、何かの本で、スチュワーデスが、英単語をつなげて日本語の文章らしくきかせるようにするのを作った、というのを読んだことがある。「~ます」には「moss」をあてていた。 この替え歌も、へえ、面白いなあ、とは思うが、なんでまた産経新聞がでかでかと報道したのだろう。 「楽しくなければテレビじゃない」のフジテレビ傘下にあることと関連づけて考えれば、「君が代」も面白おかしく歌え、ということなのかもしれない。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.05.29
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東京都では、「職員会議で挙手や採決禁止 校長の効率的運営狙い」ということで、職員会議で、多数決で決定することを一切禁止するそうだ。 上から下への一方通行しか許さない、自分の子どもを政治家にしたがる、という、まるで金日成のような石原都知事らしい施策である。 校長がまともな人ならまだ救いはあるが、思いつきを押しつけ、ただ混乱を招くような人だったら目も当てられない。 都の教育委員会の人たちは、理不尽で自分のことしか考えていない上司にあたった経験がないのだろうか。 人の上に立つ人がまともだとは限らないことは、例えば、「[町長を告発]議会で「殺すぞ」発言 愛知・大治町議12人」という記事でもわかる。 なお、上司の判断がすべて、ということは、上司の判断の結果、何があっても、部下は一切責任を感じなくていい。 多数決で決まったことで、自分も賛成していたら、自分にも責任がある。しかし、判断はすべて上司がする、ということなら、責任もすべて上司にある。 ということになるはずなのだが、現実にはなぜか部下の責任を問われちゃったりするのが世の中なんだよなあ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.04.14
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原敬の生誕150年目なのだそうで、地元盛岡でイベントが行われるそうだ。 それを報じる記事の中で、「小中学校で原敬家の正月料理を再現」という記事を読んで首をかしげた。(ここから)献立は、麦ご飯、田作り入り雑煮、新巻きサケの切り身、煮付け、ナス漬け。(ここまで)というのだ。 冬だから、新巻鮭は定番。雑煮も食べるだろう(麦ご飯と一緒というのは変だが)。しかし、気になるのは「ナス漬け」。 ナスは夏から秋にかけて収穫するものだ。 確かに漬け物にはできるが、正月まで持つのだろうか? いろいろ検索してみたが、わからなかった。 なお、記事では、この献立を「質素と倹約を信条とした原らしいメニュー」と評している。 現代から見れば質素かもしれないが、当時は、ごく普通の献立だったのではないだろか。 全然関係ないけど、「原敬」で検索したら「槇原敬之」ばかりが出てきて驚いた。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.11
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