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昨日は卒業式でした。卒業式で涙が出たのは3年ぶり…。初任の頃は、なぜか涙腺がゆるゆるで、学校世界のあらゆる行事で号泣していた私。4月の最初の離任式では、私が直接接した先生は一人もいないのに、子どもたちがお別れする先生宛てに読む作文を聞いたり、最後に花道を作って握手しながら通ったりする姿を見ているだけで、涙がぼろぼろ。その後、運動会の紅白リレーで転んだ子どもが起き上がって最後まで走っていたり、騎馬戦の下の子が歯をくいしばっている姿など、保護者のように、保護者以上に、何かというと感動してぼろぼろ泣いていた。その年度の卒業式では、練習初日から涙が止まらず、証書を授与する練習のたびにハンカチを手離せないほどに毎日毎日あきもせず流れる涙。あげくの果てには、泣きすぎて伴奏が弾けなくなったらどうしよう、と悩み出し、ベテランの音楽の先生に相談すると、「いけきょうさん。これはお金をもらってやっている仕事だからね。 個人的な感情は後まわし。~ 以下略 ~ 」と冷静沈着にいわれ、内容というよりその先生の凛とした態度を思い出したおかげで当日はすーっと涙がひいてつつがなく終わることができました。以来毎年、それなりに思い入れがある学年なのにもかかわらず、毎年淡々と卒業式をこなしている感じだった。子どもたちが一生懸命歌っている姿にも何も感じない(というか涙は出ない)し、私ってすれてるのかなー、歳をとるにつれて感情って麻痺していくのかなー、などと心配していた。今年も、練習のときには何も感じなかったし、それ以前にいろんなケンカやトラブルがいろいろあったり、練習中の声が小さすぎてやる気を感じなかったり、腹立たしいことがたくさんあったので、ぐっとくることが全然なかった。ので、今年も例年と同じかなあ……と思っていたら。当日の6曲目、退場のときに歌う「さようなら」の指揮に立ったとたん、「この子たちともうお別れなんだなあ」と思うと自然にぶわっと涙が出てきた。式後も、私は担任ではないので、一緒に写真を撮ってと頼まれることも少ないのだが、今年は男女問わずたくさん声をかけてもらって、いちばんたくさん写真に写ったかも。呼ばれるとやっぱりうれしい。「卒業」のしつきのお弁当を食べ、くるぶしまであるベルベッドのスカートからジャージに着替え、13時半には早くも紅白幕や看板やイスの撤去。次々と運んでは片づけ、つくづく教員って何でも屋だよなあ、と思う。さっきまでの厳かな式場が、あっという間に元通りの体育館に。明日からまた、普通の一日が始まることでしょう。そして2週間で新年度。やっぱり、卒業式が年中でいちばん大きなイベントかな。特に音楽部にとっては余計に。さて、あと2日で在校生の授業もちゃんとまとめられるようにがんばろうっと。
2007.03.20
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私は図工と音楽を両方持っているので、この時期の6年生とはずっとかかわりっぱなしだ。1月中旬からずっと、卒業制作で木彫りの箱を作ってきた。私たちの頃の卒業制作とはイメージが違って、最近は自分で卒業への思いをこめて作った作品を、自分で持って帰るのだ。私が子どもの頃は、学校のために何か作品を作って、それを記念に残してきたような気がするが、まあ、60周年にもなると、そこら中そんな作品だらけになっちゃうし、写真立てやオルゴールなど、自分のために渾身の作品を作るのもいいなと思う。去年は写真立てだったので、今年はいろんなものを入れておける小箱にした。……しかし、それがまた、意外と難しかった!デザインして、彫刻して、色ぬって、ニスぬって、まではよかったのだが、ドライバーでちょうつがいをつけるのが、想像以上のハードル。木が固いのか、子どもに力がないのかなんなのか、ネジをうまくまわせず、ネジが途中までしか入っていないのにネジ穴がドライバーで削れて丸くなり、後にも先にもネジが動かなくなってしまうケースが続発。または、ネジが傾いて途中まで入ったまま、どうにも動かなくなったりとか。その都度私がペンチで強引に抜いてあげて、代わりのネジも買ってきて、しかもドライバーは4本しかないし、中休みも昼休みも次々に子どもがきててんてこまい!3月5日に一足早く卒業を祝う会があり、そこで飾るのは余裕だと思ってたのに、結局当初の予測を裏切り、超ギリギリ。何とかすべりこみセーフで、当日を迎えた。それくらい、思いも気合いも時間もかかっている作品だってことは、6年生ならだれだってわかっているはずなのに……。おととい、ある女の子の卒業制作の小箱が、近くにあるゴミ箱に捨てられていた。ほかの何を捨てるより、ひどすぎる。その子(Tちゃん)は、人一倍思い入れをこめて、真っ白い小箱を作っていたのに。ゴミ箱に入ったおかげで、真っ白いニスの光沢が削れて、茶色く汚れている。Tちゃんは、友だちのMちゃんと一緒にそれを伝えにきたが、私が泣きそうになって対応していると、「べつに大丈夫です」という。横にいたMちゃんまでが、「先生、大丈夫、こんなことよくあるよ。私だってこの前上履きかくされたし。」「大丈夫じゃないっ!!!」そんなことに慣れたらおかしいよ?よくあるから、それくらいでやり過ごさないとやっていられないのかもしれないけど、少なくともMちゃんには、Tちゃんの心が大丈夫なんて決めつける権利は絶対ない!こんなことに慣れて、感覚が鈍感になってほしくない!現に実際、Tちゃんが一人のときに声をかけたら、「先生、別に直さなくていいよ……。」といいながら、ぽろぽろと大粒の涙が出てきた。よかった、正常だよ。直さなくてよくても、このまま持って帰らせるわけにはいかない。明日から2~3日で、もう一度白い絵の具をぬって、上からニスをぬって、絶対修復する。できればTちゃんと一緒に、無理なら私だけででも。私が5日の会のあとに箱を図工室の前のテーブルに並べっぱなしにしていたのも原因の一つだろうか。しかし、廊下に作品を飾ることくらい、本当はしてもいいはず。今日、音楽の最後の授業があった。私はいつも、最後の授業は「ふるさと」を扱い、意味を説明しながら小学校生活をしんみり振り返り、今後へのエールを送ることに決めている。今まで2回の最終授業では、じんわり涙を見せる子もちらほらいた。今年も一応、その流れでいったのだが、最後にやはり、話をしないわけにはいかない。「今日で、この音楽室で授業をするのが最後です。 ……(中略)…… こんな日にこんな話をしたくないけど、図工の話をどうしても伝えたい。 昨日の卒練(卒業式の練習)で、いつも目線が合わない子も 指揮をよく見ていてくれてうれしかった。 でも正直、この中にTちゃんの箱を捨てた子がいると思うと怖いとも思う。 せっかく6年間、楽しい思い出もいっぱいあるのに、こうしてTちゃんが すごく傷ついたまま、みんなも嫌な思いをしながら卒業して、本当にいいのかな。 今日から卒業式まであと1週間、その間に、もしも言い出す勇気をもてたら、 私でもいいし、担任の先生でもいい、自分で言い出してきてほしい。 本人に言わないで、担任に言わないでほしいなら、そう言ってくれていいから。 心当たりがある人がいたら、先生にヒントを教えてほしい。 『やっちゃった』って言い出したいけど、そこまでの勇気がなければ、 先生の靴箱に手紙を入れておいてほしい。 『名前を名乗る勇気はないけど、実はやっちゃいました』って。 当日までに、当日の朝でもいいから、言い出す勇気を持ってくれたら、 卒業式の瞬間までに、解決したことを全員に絶対伝えます。 でも、そのことをみんなが聞かないまま卒業式が始まって、先生が指揮台の上で 泣いていたら、それは悔し涙だから。」こうして私の思いは伝えたけど、正直、これだけ言っても出てこない可能性は高い。もしそうなったら、Tちゃんには、卒業式の朝に声をかけよう。こういう目にあったTちゃんは、それだけ人の痛みがわかる、優しい人になれるよ。人には絶対こういうことをしない、人の心のわかるTちゃんになれるよ。小学校生活最後に、いちばん嫌な思いをしちゃったけど、このことをさておいても、楽しかった思い出がいっぱいあるはずだから、今日はそれをたっくさん思い出しながら、証書をもらって、歌も歌おう。私がこのこととTちゃんの悔しさををずっと覚えているから、Tちゃんは、忘れられないとは思うけど、いつまでもくよくよ思い出さないように胸の内のどこかに追いやって、強く優しく生きていってね、って。正しい対応なんてわからないけど、考えて思いつくのはこれくらい。これくらいのことしかいえない。言葉なんて浅はか。あーあ、この時期じゃなかったら、授業なんてすっぽかしても、担任も私もキレて、緊急学級会を持って何時間でも話し合って、解決してもしなくても、今後どうしていくか、意見を出し尽くしていい方向に持っていきたいのに。あと卒業まで延べ7日っていうこの時期に、勃発しなくても……(涙)。卒業式当日までに、やっちゃった子にほんの少しの勇気が持てて、なんらかの行動に移すことができますように。祈るしかない。さ、怒りも落ち着いたことだし、引き続き夜なべして成績に励もうっと。
2007.03.12
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