照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2007.05.24
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カテゴリ: 時事問題
日本国憲法は1946年に起草されたものであるから新しい権利である「環境権」が含まれなかったのも無理はないが,かといってこのままこの不備を放置しておいてよいことにはならないだろう。

 駒沢大の西修教授(憲法)によると,1990年以降に制定された85カ国の新憲法を調べたところ,フィンランドやスイス,東ティモールなど8割の68カ国が環境権や環境保護条項を備えていた。環境権の確立は世界的潮流でもある。(2007年4月25日付産經新聞4面)

 環境権のような新しい権利を憲法に盛り込むことを望むのは本来リベラル派の人たちであるのかと思いきや,<護憲派には「憲法に環境権が明文化されていなくても,環境基本法などの法律を充実すれば対応できる」との慎重論がある>(同)ようなのである。が,これは少しおかしな議論であろう。
 恐らく本当は環境権のような新しい権利をリベラル派は盛り込みたいのであろうと思われる。が,そのために憲法改正の流れができてしまうと,9条まで変えられてしまいかねない。それを嫌ってすべての改憲に反対の立場をとるということなのであろう。が,これは明らかにごまかしであろう。
 憲法とは国の大本なのであるから,環境権なる権利が必要なら憲法を書き換えてちゃんと条文化しなければならない。憲法で規定されていないにもかかわらず環境基本法などの下位法を充実されるなどということは,法的根拠がない法律を制定するということなのであって,不健全極まりないやり方である。
 早稲田大法科大学院の大塚直教授(環境法)は,環境権の議論が9条改正の露払いとなることを懸念しつつも次のように指摘する。

憲法13条(幸福追求権),25条(生存権)などに環境権が内包されると解釈することはできるが,明文化の有無で大きく違う。明文規定がないと,予算獲得も含め,国会や内閣も将来を見据えた環境保全に目が向かないのではないか。国の環境保護義務を定めるのが基本だ(同)

 環境権を新たに憲法に書き込むことに反対する人はおそらくいないであろう。が,環境権の問題を持ち出すと,改憲の気運が高まり,やぶ蛇となって,9条改正に弾みがつきかねない。それを護憲派は心配するのであろうが,それはあまりにも弱腰ではないか。9条を改憲する必要がないという信念があるのなら,9条の改正が不要であることを正々堂々と国民に説明し,国民を説得すればいいのではないか。自分たちにその説得力がないからといって,必要な改憲作業までもストップしてしまうというのは筋違いの行為であると思われる。





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Last updated  2007.05.25 04:56:50
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