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一時に全面的改正では困難だから、少しずつ、改憲して行って、漸次(ぜんじ)に帝国憲法に復活すればよい(菅原裕『日本国憲法失効論』(国書刊行会)、p. 94)
という、「漸進的改憲論」というものもある。
すなわち根本的に無効だといっても、簡単に復元の実現はできないから、それよりも第9条とか、第96条とかを逐次(ちくじ)に改正して、帝国憲法復活の実効を挙げたがよいという考え方である。(同)
が、話は逆であろう。国際法違反の占領憲法は廃棄し、帝国憲法に原状回復した上で、徐々に改憲を行うのが筋である。
これは自ら占領憲法無効という大義名分を放棄して、1つずつ改正して目的を遂げんとする現実主義的考え方だが、こと憲法に関する限り、こうした方便諭はとるべきでない。なんとなれば、憲法が筋道を立てないと、他の法律は、みな便宜主義に陥り、国家の正義も立たず、復興も期し難いからである。ことにこの種の論者は、第9条だけに重きをおき、第1条の国体論に触れることを避けているところに、わが国の憲法に対する建設的意見とはいい難い。(同、 p. 95 )
菅原氏は、これを<現実主義的考え方>と称しておられるが、要は、海外の反応を怖れて筋を通すことができない「負け犬主義」である。占領憲法廃棄ということになれば、シナや朝鮮が逆上するのは必至であろうし、米国も陰に陽に圧力を掛けて来るに違いない。
政府の無自覚と、PRの不足により、国民の大部分は、この憲法が、どのような制定経過をたどり、どうした内容のものであるかをよく知らない。それは私どもが時たまパンフレットを配付すると、地方の有力なる知識人から、全然真相を知らなかった、なんとかして真相を早く国民に知らせてもらいたいとの要望が、非常に多いことでもわかるのである。こんな程度の認識をもって、日本国民の其の世論というべきではない。もし、このままの状態で、保守党の改憲案を提案したら、おそらく純情な婦人層と、青年層とは、煽動分子の餌食となるであろう。(同、 p. 95 )
現憲法の制定過程も知らなければ、どこに問題があるのかも知らない。多くの国民が、義務教育によって、現憲法がいかに素晴らしいものであるのかがただ刷り込まれただけの状態で、憲法改正を話題にすれば、時の政権やマスコミの誘導に乗せられてしまうだけである。
今ある改憲論も、「憲法改正」という抽象的な言葉があるだけで、どこをどう変えるのかが具体的に議論されてはいない。国家権力が上から改正を押し付けるわけでもなければ、国民が下から改正を求めるわけではない。あるとすれば、米国の要請や国際情勢などの「横からの改正」ということになるのではないか。
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