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昨日は、クリスマス・イブでした。世間では、おもちゃ屋さんが大喜びし、お洒落なレストラン・ファミレスも狂喜乱舞し、我が家の長男と三男は疲れきっています。 そして、私も疲れておりました。病院へ行ってきたので・・・。今回は、リウマチ科。土曜日だから、午前中しか診察がない。受付時間は、13時まで。12時ぐらいに出かけようと思っていたら、パパが、「出かけるついでに診察券出して順番取りしといてあげる」と、嬉しいお言葉をかけてくれました。いつもなら、ぱぱとばあばの3人で出かけるのですが、私の体調不良から、一緒に行けなかったのです。だから、今回は一人で行くことに。病院からパパが電話をくれて、「すごく混んでるよ」とのこと。12時に家を出る予定を、30分遅らせました。 おかげで、待ち時間は短く、周囲の非難の目から顔を背け、待合室へ。診察の結果、3割の人には劇的に効くけれど、7割には全然効かないという、勝負薬を追加してもらいました。月曜・火曜に飲んでいる薬を追加する、という方法もあったのですが、肝機能がOKラインを少し超しているので、その危険は冒せないということでした。これは、私の薬の飲み方が悪いのではないか、とも思っています。食後の薬を、1時間も後から飲むのですから。忘れたり、テレビに夢中になって後回しにしてしまったり、のんびりにも程があるような飲み方です。しらっ惚けて、先生が一生懸命悩んでいる姿を眺めている私って・・・。「申し訳ありません」と、心の中では思いながらも、顔は、「困りましたねぇ」という表情を作って・・・。シナ風に言えば、完全な『詐称』です。あ、シナの名誉のために、『詐病』という言葉を間違って伝えたのは私だと、正直にお伝えします。 聖なる日、こうして私は罪を犯しました。そして、疲れきって書斎の布団に潜り込んだのです。世間の人たちが喜びに輝いているのに、罪びとの私は相応の天罰を受けていました。 やっぱり、正直が一番です。神様は、どんなに小さな罪も見逃さない方です。そして、自らもそうだったように、その身を試されるのです。「おまえね、自分自身をちゃんと見つめてごらん。そうすれば、道はおのずと開かれるんだよ」と。 mariaさんへこれは、私の神学であり、イエス様の教えとは大分かけ離れた事だと思います。その点、どうぞお許しください。
2011.12.25
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こんにちは、シナでしゅ。寒い日が続きましゅが、みなしゃま、お変わりございましぇんか。ママは、「寒いよ~、シナ~」と、情けない声を出しながらベッドに張り付いていましゅ。寒さで身体が動かないと言っていましゅが、ただ、ベッドから出るのがメンドクサイだけだと判断していましゅ。お得意の、『病気ぶりっ子』でしゅ。ころっと引っかかるパパがかわいしょうでしゅ。 わたちは、ママの癒しフェレットとちて、ママの体調には敏感でしゅ。直ぐに『詐称』と見抜き、相応の対応をしていましゅ。つまり、適当に付き合っている、のでしゅ。 でも、ママがベッドにいると困る事があるんでしゅ。わたちも、母屋の限られた部屋でしか遊べない、という事でしゅ。たまったストレスを、女ならではの解決法、食べる事に求めていましゅ。空になったお皿を見て、ママは、「シナ、最近、食い意地が張ってない」と言いましゅ。一つの欲望が断たれた場合、他の欲望で満たしてはいけないわけがない。わたちは、生き物の本能に従っただけでしゅ。ママのように、欲望が煩悩に変わってしまった人に、文句を言われたくありましぇん。 わたちは、今日もママの詐称に付き合って、できれば、自覚を促すつもりでしゅ。「少しは、気力を持ちなさいっ」
2011.12.23
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金総書記死去のニュースが世界を駆け回っています。これから、彼の国はどうなっていくのか、冷静に見守りたいと思います。 昨日、ブログの確認を終えたのは、11時30分。病院の午前の受付は、12時30分までです。「よしよし、計画通り」と、シナがどこかで寝込んでいるのを良いことに、そっと家を出ました。 まず、区役所へ。今まで院内処方だった心療内科が、外部薬局に変わったのです。1割負担の枠組みに入れていただいている私、薬局変更の申請をしなければいけない事を思い出したのです。「区役所まで10分、手続きに20分、区役所から病院まで20分」の計算で、受付時間に悠々と間に合う予定。大概、こういうことは計画倒れになるものですが、昨日はツキがあったらしく、計画通りに進みました。 病院の駐車場は1台分空いていました。「よしよし、空いているらしい。今日はラッキー続きだ」と思いつつ待合室に入って、「やっぱり、計画通りにはいかないなぁ」と、ぼそり。14・5人が座っていました。「2時間待ちだな」と、覚悟を決めて。 ところが、いつもならなかなか減らない患者さんが、どんどん出口へと消えて行きます。薬剤師さんに呼ばれるのも、いつもより早いし・・・。そう思って見ていると、みなさん、処方箋を片手に出ていきます。「なるほど、薬剤師さんの仕事が減ったんだ」 この病院の女医さんは、しっかり者という印象です。「無駄金は使わない、使わせない」薬もジェネリックで良いものはどんどん使う。患者が待ち時間の長さにうんざりして外出するとき、「順番が近くなったら連絡いただけますか」と聞くと、「通信料を10円頂きます」と言われてしまいます。だから、今まで、「院内で出来るものは院内で。外部薬局なんて、人件費に建物の維持管理費がもったいない」という方針だったのでしょう。ところが、現代病である鬱病の増加と、精神系医療機関の敷居が低くなった事・医師の評判が良い事、などなど、様々な要因で外部薬局増設に踏み切ったのでは、と睨んでおります。 これによって、2時間待ちを覚悟した私は、半分の1時間で薬を手に入れました。年末年始にかかるので、来週、また行かなければいけませんが、「時間が短縮したから、まあ、いいか」と、諦めも付くというものです。 でも、時節柄、2時間待ちを覚悟して行く事にします。そういう期待はずれが、ものすごく精神の負担になるので・・・。 病院通いも楽じゃない、つくづく身に染みます。
2011.12.20
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昨日は、日曜日。という事は、今日は月曜日。だから、リウマチのお薬をたくさん飲む日。火曜日はちょっとたくさん、水曜日は、1錠余分に。週の初めの3日間は、薬の飲み忘れに気を使って、はらはら・どきどき。3日間忘れずに飲むと、ホッとします。 その反動からか、次の木曜日から、私の曜日感覚はなくなってしまいます。「金曜日に約束があるの」等と言いながら、それが翌日だという実感が湧かず、はたっと考え込んで、「あ、明日だ。忘れないようにしないと」なんて、珍しくありません。 ここ数週間、心療内科の薬が、28日分から14日分に変わりました。つまり、月2回行かなくてはいけないのです。3回は忘れずに行きました。先週も、行かなくてはいけませんでした。でも・・・、曜日の感覚がずれていました。ふと薬箱を見ると、いつもよりさっぱりしている・・・。「あ、薬がない・・・」土曜日の午後、気がついても時間切れ。飲み忘れたりしたものもあるので、全くの空っぽではない辺りが、余計にこんがらがって、訳がわからなくなってしまって・・・。土曜・日曜と、睡眠薬の数が合わなかったのですが、何とか寝れて良かった。日曜日の分の安定剤も少なかったけど、軽い頭痛で済んで良かった。 今日は、病院へ行って来ます。シナは、またお留守番ですが、病院は2時間待たされるかもしれないから、連れて行くわけには行きません。ごめんよ、シナ。私の体のために、我慢してね。そうすれば、あなたのお仕事も楽になるのよ。
2011.12.19
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昨日、予定通り午後からトモコばちゃんにマッサージをしてもらいに出かけました。いつものように会話が弾み・・・。 「今日は、うっくんが風邪で寝込んでてねぇ」「じゃ、今日の夕食は誰が作るの」「え~と、パパ、あ、ちょっと待って、パパは忘年会で飲んでくるって言ってたっけ。とんは、夕方からバイトだし、まあくんもバイト。ぴぃちゃんは、運が良ければ早く帰ってくるけど、当てに出来ない・・・。ひょっとして、誰もいないって事」この事実に、呆然。「そっか、私しかいないって事か・・・」 先日、トモコばちゃんの家の近くに、といっても、おばちゃんの家も我が家から車で10分もかからないのですが、新しいスーパーが出来ました。近隣スーパーの新店舗ではなく、県東部のチェーン店の西部進出店。CMは見飽きていても、実物は始めて、というスーパーなので、トモコばちゃんの家からの帰りによるつもりでいました。「これは、絶対に寄らなければ」と、決意も新たに。 マッサージが終わっても、トモコばちゃんは我が家の夕食を心配してくれ、キムチを頂きました。そして、「買い物、忘れないようにね」の一言も。さすが、伯母、私の忘れっぽい性格を良く心得ています。 私も忘れず、スーパーへ。目新しいスーパーも、中は、他と大して違いませんでした。値段も、特別安くないし、高くもない。後は、立地条件ですが、これは、ちょっと良いかも。そこは、私の主治医、心療内科の目と鼻の先。診察の後、寄る事が出来ます。 購入品は、お惣菜の鶏から上げ・わかさぎのから揚げ、後は、私のおやつ。おやつの方に力が入った事は、言うまでもありません。 帰宅したのは5時30分。中途半端な時間です。それに、マッサージの後の気だるさと、慣れない買い物の疲れが合わせてやってきて、頭がぼ~としています。ベットの中で私を待っていたシナと、一眠り。シナのパワーは即効性です。1時間30分ほどして、起き上がることが出来ました。キッチンへ行き、野菜室を覗くと白菜があったので、塩もみして浅漬け風に。根わかめを塩抜きして、インスタントのコンソメスープの具に。あとは、買ってきたお惣菜で夕食の出来上がり。品数の少なさは、愛情と根性で埋め合わせして、30分後、食卓につけました。 昨夜、夕食を作れたのも食べられたのも、トモコばちゃんのお陰。おばちゃんは、「牛丼でも買っていけば良いよ。若い子には、それで十分」と、作る、という行為に拘りませんでした。これが母親だと・・・。そう言われると、気が楽になるもので、「やらなくちゃ」と考え込みすぎることなく、気楽に出来たのです。考えすぎると発作に見舞われて出来なくなる、これが、精神系の病気なのです。それに、おばちゃんが、「夕食は誰が作るの」と言ってくれなければ、スーパーによってもおやつしか買って来なかっただろうし・・・。 今朝は、ずっと肩に乗っていた重み・痛みも取れ、気分も爽快。足の動きもいつもより良いし、昨日の活躍で、パパの機嫌も良い。最も、二日酔い状態ではあるようですが・・・。 おばちゃんのお陰で、色々な『良い結果』となりました。いつも、いつも、ありがとう。
2011.12.18
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この前の更新が終わろうとしているとき、地震がありました。そして、船酔い状態になってしまったとお伝えしました。その船酔い、案外しつこかったのです。地震は、『パニック症候群』に働きかけたのでしょう。安定剤を飲みましたが、治まる気配がなかったので、最後の手段、「お昼寝」に逃げ込みました。 それから2日間、「お昼寝」状態でした。地震の発作は治まったのですが、寒さから身体中が痛くなり、起きる気概を奪ってしまいました。「シナ~、痛いよう、寒いよう」と訴える私、初めの日は、「情けないわね」とばかりにほって置かれましたが、2日目には、付き添いの看病をしてくれました。私の布団の中に入って、擦り寄って、一緒にお昼寝してくれました。シナの体の温かさと、体の温かさが身に染みました。 お陰で今日は、起きていられるようになりました。午後から、ようやく時間を作ってくれたトモコばちゃんに、マッサージをしてもらう約束です。これで、楽になります。やれ、嬉や。あ、ひょっとしたら、揉み返しが来るかも・・・。そしたらまた、お昼寝です。
2011.12.17
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田舎者の珍道中、帰りは東海道新幹線の案内板に従って歩けば、迷わずにホームへ着く事は判っていました。何回か東京駅には行ったことがありますから。パパに連れられてだけど・・・。しょっちゅう東京出張をするパパ、以前は、東京勤務もしました。通いでですが・・・。お大名みたいに、新幹線通勤でした。 そのパパに、一度連れて行ってもらった、『八重洲口にあるラーメン街』1日目のお昼はここにしようと、ラーメン大好きな私とTちゃん、新幹線を降りて、八重洲口にGOところが、八重洲口はたくさんあったのです。「どの八重洲口」翌日の朝食用にパンを買って、そこの店員さんに聞いたのです。帰ってからパパに文句を言ったら、「東海道新幹線を降りたら、真っ直ぐ行けば普通は迷わない」という返事でした。どうせ、方向音痴ですよ、だから、念には念を入れてあちこち見渡したら、八重洲口がたくさんあったんだっ。そうです、私達の迷子の運命は、1日目から始まっていたのです。 でも、帰りはもっと念を入れて、東海道新幹線の案内板が見える以外のところは足を運びませんでした。おかげで、無事、指定席を確保した新幹線に載る事が出来ました。駅には、パパが待っていてくれて、Tちゃんもろとも車に乗せ、無事帰宅。Tちゃんの家の前で、「また、行こうね」と約束して・・・。 「ただいま~」という私の声を聞きつけたシナ、二階で大暴れしています。階段横の仕切り扉を何とかこじ開けようと、カリカリ・ギイギイ。「ただいま、シナ」と顔を見せると、いつも以上に足元にじゃれ付き、弾む足取りで私の後についてきました。可愛いやつ・・・。息子どもの反応に比べたら、狂喜乱舞と申せましょう。それから数日間、私がトイレに行くにも付いてきて、「置いて行かれるもんでしゅか」とばかりに、トイレの前に座り込みの見張りをしていました。ほんとうに、可愛いやつ・・・。 この2日、やはり、私は田舎が似合う人間だと実感しました。都会は、歩く速度からして、付いていけません。浜松では、エスカレーターだって一列じゃないんです。仲間同士、広がっておしゃべりしながらゆっくりと運ばれていくのです。ちょっと前には、1列で、がマナーとされ、そうした傾向になったのですが、エスカレーターの事故が続き、「1列は間違った乗り方」と専門家が言ってから、素直な田舎人は、それを受け入れたのでしょうか。それとも、若者のマナー違反なのでしょうか。でも、こういうマナー違反なら、私は大歓迎。急いでいる人は、ゆっくりしたい人の邪魔をせずに、階段を走れば良いのです。それに、私のように足の不自由なものは、エスカレーターの端に乗る、ということ自体が危険なのです。だから、浜松式は正しい乗り方と断言します。 駅だって、北口は在来線、南口は新幹線。判りやすくて結構。車に乗れば、必ず座れるし、車の街だけあって、道路も整備されているから、乗り換えてあちこち遠回りして目的地に行かなくても良いし。やはり、住めば都、きっと、東京に住んでいる方たちも、そう思っているのでしょう。「車なんて、無用の長物。地下鉄網でどこでも行ける」お国自慢、し始めたらキリがない。ここら辺で、珍道中も終わりと致しましょう。私の家出願望と一緒に・・・。 今、地震がありました。ここら辺は、震度3との発表ですが、もう少し小さいと思われます。正確な情報は、もう少し後でわかるでしょう。船酔いしたように、頭が気持ち悪いです。
2011.12.14
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さて、12時に舞浜から新宿に向かった私達。1時の予定には間に合うはず、と思っておりました。東京駅まで出たところで、約束の時間になっていました。で、「すみません、遅刻します」と、お相手に連絡を。 それから、私達の珍道中が始まりました。いま考えれば、東京駅から丸の内線に乗り、新宿駅へ。新宿駅から東京メトロに乗って新宿御苑駅に行き、徒歩3分。それで、目指す場所に着いたのです。 ところが、田舎者の悲しさ。車の移動ならカーナビに頼んですいすいすい(それも怪しも間のですが)、と慣れたものですが、電車の乗り次には、てんでダメ。どうにか丸の内線に乗って新宿に着くと、見境もなく歩き出し、迷子に・・・。現在位置もわからない有様です。仕方がないから、人待ち顔で立っていたサラリーマン風のおじさんに声を掛けました。「あのぉ、道を教えていただきたいんですが」おじさん、無愛想な顔、「え、何、時間はないよ」と言います。「道を教えてください」と、もう一度言うと、「ああ、道ね。どこへ行きたいの」「新宿御苑です」「それは・・・、歩いて行くのは無理だよ。地下鉄に乗らないと」始めは口で教えてくれたおじさん、こちらが田舎者で方向音痴と見抜くと、「いいよ、一緒に行ってあげよう。その足じゃ、絶対に行けないから、最寄り駅に連れて行ってあげる」ひょっとして、危ないかも・・・、という考えも浮かびましたが、自分の造作を考えれば、安心そのもの。おじさんの後についていきました。結構歩きました。それも、来た方向へ。そして、新宿御苑駅までもう1駅という駅まで連れて行ってくれたのです。東京の人は冷たい、と聞きますが、とっても暖かなおじさんでした。始めの無愛想も、道端アンケートとか、その他面倒な事を避けるためだったようです。道々、私の足を気遣って、「その足で歩こうなんて、無理だよ。大丈夫」とも仰ってくださいました。「どうも、ありがとうございます。お手数おかけしました」と、丁寧にお礼を言って、そのおじさんとお別れ。ありがとうございました、と、心からお礼申し上げます。 さて、どうにか新宿御苑駅に着いた私たち、駅を出て勇んで歩き始めましたが、徒歩3分以上歩いても、一向に付く気配がない。地図片手に、目印の銀行とコンビニを探しても、見当も付かないのです。 「また、迷子かなぁ」今度は、バスを待っていた若い娘さんに聞きました。「ああ、これは、あっちですよ」指差されたのは、またもや、来た方向。「あそこに、この目印の銀行の看板が見えます」なるほど、振り返ると、くっきりはっきり見えます。何の事はない、方向音痴の底力を発揮して、地図の南北を間違っていたのでした。正しい地図の見方を教えてもらって、元着た道を逆戻り。 約束の時間より1時間の遅刻で、ようやく到着したのは、『文芸社』そこで、私の担当編集さんと、初めてお会いするのです。受付で、「編集のYさんにお会いしたいのですが」と言うと、連絡を取ってくれました。私達は、小部屋に仕切ったロビーの一区画へ。 私の想像では、Yさんは、50がらみの優しいおじさん。声でそう判断したのです。落ち着いた話し振りで、一言一言、言葉を捜すように丁寧な話し方をする人です。声自体も、落ち着いているし。ところが、目の前に現れたのは、30代中ごろと思われる男性。「Yさんですか」と、驚いて声を掛けました。驚きのあまり、自己紹介や、今までお世話になったことなど、言おうと思っていたことを全て忘れてしまう有様。こちらは、「思っていた方と、全然違いました」と言えば、向こうは、「考えていた通りの方でした」そういえば、Tちゃんと二人並んでいても、迷わず私に声を掛けてくださいました。声って、真実を伝えるものであり、全然逆の場合もあり、という事をまざまざと見せ付けられた場面でした。 30分ほど、お話させていただきました。とても有意義な時間でした。「契約作家さんなんですから、もう少し、わが社に関心をもってください」と、お叱りを受け、今コンテスト中の、『闘病』についての原稿を書くよう進めてくださいました。『闘病』のコンテストは、その日持って歩いた地図を印刷するために開いたホームページで知ったのですが、私の場合、ネタが多すぎて搾りきれない、等言い訳しつつ・・・。ブログネタには困っても、病気ネタには豊富って・・・。でも、核を作れば何とかなる、お話しながらも、頭の中で核を考え始めていました。 『文芸社』を出ると、3時。外は、小雨が降っていました。お昼ご飯も食べていない、という話になり、でも、5時には夕ご飯を食べたいね、とも思っていたので、軽いものを食べようと、手近に合ったカフェに入りました。雨に濡れたくなかったし。そこで、ケーキセットを食べて、雨を避けてデパートの中を歩いていると、行きに散々迷った新宿駅に、何故か着いていた・・・。知らないって、恐ろしい事です。あんなに迷ったのに、半日迷い続けたのに、たった5分の道のりなんて・・・。 ようやく、迷子の運命から逃れられた私たち、あとは、東京駅に向かい、東海道新幹線のホームへたどり着けば、田舎に帰れるのです。
2011.12.13
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さて、一夜明けて、朝8時、若い頃から朝が苦手な私とTちゃん、お目覚めです。12時チェックアウトと聞いて、気が緩んだのでしょう。 のんびり、朝食。素泊まりなので、東京駅構内で買い求めたパンと持参のコーヒー、おしゃべりのおかずで、美味しく頂きました。 その間、私の脚は攣るは、痛いは、どうしようもありません。「今日は、歩けそうもない」これは、困った事になりました。その時、私の頭に浮かんだのは・・・。「昨日、ショッピングモールで、エステサロン見たよね」「あ、あったよね」「あそこ、行こう」「いいね」肩凝りに悩むTちゃん、もちろん私も、暫らく前から気になっていたエステ。10分1000円(税抜き)、が相場です。「う~ん、これは・・・、ちょっと・・・、手が出ない・・・」と、いつも諦めていたのですが、現実から離れた今は、「良い案だね」となるのが恐ろしい。 とはいえ、私は歩けない。その日1日、何とかやり過ごさなければと、縋る思いで出かけました。 お店の前まで来て、看板を見て、暫し思案。「どのコースにする」なにしろ、初めての体験。「中に入って、説明を聞こう」と決意し、お店の中へ。 ふと見ると、『20分集中コース』という張り紙が。看板を前に、私達が悩んでいたのは、10分は短すぎる、30分は金額がきつい、という問題。でも、このコースだと、20分間気になるところを集中的にマッサージしてくれると書いてあるのです。「これに決めた」となり、申込をしました。「今、お一人づつなら御予約できますが」要するに、客はふたり、エステシャンはひとりということらしい。「じゃ、ひとりづつお願いします。もうひとりは、買い物でもしていますから」1時に新宿まで行かなくてはならない用事があったのです。そのためには、この方法しかなかったのです。 まず、Tちゃんから。私は、バックを買いに行きました。前日に新幹線に乗る前、「このバックも、大分傷んできたなぁ」と、気が付いてしまったのです。せっかくここまで来たんだから、浜松に帰って買うよりも、記念にここで買うことにしよう、と、これまた、旅行中ならではのうきうき気分で衝動買い。 20分後、私の番です。まだ若いお姉さんが担当してくれました。 「脚をお願いします。今日は、歩けないほど痛いんです。とにかく、今日だけでも歩けるようにしてください」まず、うつ伏せになって、ふくらはぎを解してもらいました。さすが、プロ。凝っている筋を確実に解していきます。「痛くありませんか」の問いに、トモコばちゃんの足裏マッサージで鍛えられている私は、「気持ち良いです。遠慮なく押してください」ふくらはぎが楽になってくると、腰の痛みが気になり始めました。「すみませんが、腰を押してください。こちらもぐいぐいいってください」「それでは、ベッドの上に乗っても良いでしょうか」「はい、お願いします」「すごく凝ってますねぇ」と、言いながら、きゅう・ぎゅう・ぎゅう。「う~ん、う~ん」と唸りながらもその痛みが快感になってしまうのは、危ない傾向でしょうか腰がある程度終わってから、仰向けになって膝下へ。こちらも確実な手つきで、「ああ、そこそこ」という筋が解されていきます。あっという間の20分。「はい、お疲れ様でした」と言われ、ブーツに足を入れると・・・。あら不思議、朝履いた時にはとても苦労した同じ靴に、すっぽんと景気良く入るではありませんか。「助かりました」というのが施術後の第一声。痛みも少なくなり、しっかりと床を踏みしめられるのです。 やはり、プロ、すごいな、プロ。でも、もう少し安かったら良いな。そうしたら、もっと気軽に利用できるのに・・・。私のご贔屓は、保険適用の接骨院。最近ご無沙汰だけど、とってもいい先生を知っているんです。 とにかく、歩けるようになったので、私とTちゃんは、新宿に向けて出発したのでした。
2011.12.12
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シルク・ド・ソレイユの後は、ディズニーシーへ。シルク・ド・ソレイユ鑑賞後のチケットで、ランドかシーに割安で入れます。Tちゃんは、シーはお初とか。では、という事でシーに決めましたが、10周年アニバーサリー中。混んでいるのを覚悟で行ったのですが、月曜日の夕方だったせいか、空いていてびっくりどのアトラクションもせいぜいが30分待ち。「こんなに空いてるディズニーなんて、見た事ない」これは、経済事情がついに、『夢と魔法の王国』にまで及んだせいか、はたまた、3.11の後遺症か とにかく、閉演時間の10時まで、あちこち歩き回って、乗りまくって、大はしゃぎ。主要アトラクションには全て乗り、こちらでも御満悦。 さて、ここで、写真を一枚、というところなのですが・・・。『デジカメがない~』あちこち探して、ついにパパに聞くという情けない事をした結果、「うっくんが持って出かけた」という返事。上野動物園に遊び視察に行ったうっくん、こういう所だけはしっかりしていました。で、掲載ならず。とっても残念・・・。 その夜は、ディズニーオフィシャルホテルの一つに泊まって、また、御満悦。楽天トラベルさん、どうもありがとう。歩き詰めで棒になった足をいつも以上に入念にお手入れして、「おやすみなさ~い」
2011.12.11
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家出1日目、本来の目的の『シルク・ド・ソレイユ』の観劇です。 ディズニーリゾート内にある劇場ですが、『ゼット』の公演は、今年いっぱい。「これは、見ておかなければ」と、出かけたのです。 『凄かった』以外の感想はありません。あんなに優雅なアクロバットは、見たことが無い。超人的な技を軽々とやってのけている、ように見えるのです。「ここまでの技術を身につけるのに、どれだけ努力したのだろう」そう考えると、出演者全員、裏方の皆さんの、汗と涙と血が見えるような気がしました。あまりに軽々ともの凄い事をやってのけるので、半ばに差し掛かる頃には、それが当たり前に見えてしまうほど。 とってもいい舞台でした。夢や感動がぎっしり詰まった90分でした。 見に行ってよかった・・・。幸せな時間をありがとう、と関係者の皆様にお礼を言って廻りたいです。
2011.12.10
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家出から帰ってまいりました。いつも私の気まぐれに付き合ってくれる幼なじみのTちゃんとふたり旅。楽しい思い出いっぱいの家出でした。お土産話はいっぱいあるのですが、今回も、小出ししてブログネタを繋ぐ事にします。 さて、第一弾は、息子達の反応です。 私は、一晩家を留守にしたのです。家事放棄して遊び暮らす身でありながら、『家出』と称しての外泊、これはいくらなんでもまずいだろう・・・。でも、自称、『束縛しあわない家族』なので、お出掛けすると言う事をパパ以外、誰にも言っていませんでした。で、帰ってきてから、事後報告したのです。「行かせて頂いてありがとうございました」 まあくんの反応は、「どっか行ってたの昨夜居ないなとは思ったけど」夕飯のテーブルに私がいないと知りながら、この反応。 ぴぃちゃんは、「え、何言ってんの」「だから、出かけてたって言ってるの」「ふぅん」「お土産にあんたの大好きな芋羊羹買ってきたから、食べてね」「えっ、どこ行ってたよ」「だから、一泊二日で、東京方面に行ってきたって言ってるでしょ」「へえ~、居ない事にも気が付かなかった」 とんは、「別に俺には影響なかったから、いいよ」「という事は、私が居ないという事は知ってたんだ」「うん、昨夜、パパが一人でお風呂に入るとこ見たから、聞いた。それ見なかったら気が付かなかったよ、絶対」 ただ一人、新幹線の中で、『家出しました。玄関の鍵、よろしくお願いします』というメールを送ったうっくんは、学校から帰宅後、「喧嘩したの」と、パパに、笑いながら聞いたとか。 私の存在感なんて、こんなものです。二十歳も過ぎた息子ばかり、ご飯さえあれば母親なんていなくても気にならない、そのご飯だって母親が作るわけじゃなし。 親離れ・子離れの成功例そう思うことにしましょう。この現実を受け入れるために。
2011.12.08
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みなしゃん ママは、家出ちまちた。卑怯にも、わたちが寝ている間に出かけまちた。 ここ暫らく『家出したい病』がなかったので、わたちは安心ちていまちた。でも、その大人しさは、今日のためのパワーアップの日々だったのでしゅ。 先日の発作の時には、とっても可哀想でちた。ママの敵となってしまった『叔母さん達』が、法事の事で駄々を捏ねたらちく、「元をたどれば私のせい」と、涙をぽろぽろ流ちているのを見たら、「ここでママを元気付けてあげなくちゃ、癒しフェレットの名が廃る」と、3日間の付き添い看護をちたのでしゅ。 その結果、ママは元気になって、家出ちてちまったのでしゅ。家出先は、『夢と魔法の王国』という、聞いただけで羨まちくなる所でしゅ。1泊2日の短期家出だそうでしゅ。それで家出といえるのかは疑問でしゅ。パパが送っていったのでしゅし。でも、ママは、家出だと主張していましゅ。 まあ、ママがそれで満足ならば、そうちておきまちょう。でも、今回無事に家出できたのはわたちのお陰、という事を忘れないでいてほちいものでしゅ。お土産次第では、癒しフェレットの辞職を願い出る覚悟でしゅ。
2011.12.04
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1日の夜、親族間の揉め事で、もの凄い発作を起こしてしまいました。薬とパパとシナの三つ揃えで、ようやく寝ることができてほっと一息。2日は、皆様の声を聞けば良くなるだろうと、PCの前に座ったものの、挫折。ベッドへ引き返して、お昼寝。心配したシナが、添い寝してくれて、夜も、夜勤のパパの変わりに一緒に寝てくれました。3日、お薬が無くなったので、心療内科へ。用意万端整えて、いざ受付へ、とバックの中を見ると・・・。「あれっ、ない」医療系の細かいものがまとめてある大型のカードケースがないのです。慌てて家に電話して、夜勤明けで熟睡していたパパをたたき起こし、「おねがい、持ってきて~」それから、受付で忘れたことを訴えると、「持ってきてくださるなら、順番をとってもいいですよ」「はい、直ぐに主人が」と、長い列の下に記名して、パパを待ちました。20分後、パパ登場。「すみません、すみません、申し訳ございません」ぺこぺこ頭を下げて、受付へ。行きつけの病院ですから、薬を貰うぐらいなら、「じゃあ、次回持ってきてくださいね」と、厳しいお叱りで済むのかもしれませんが、私の場合、『負担額1割』の重度障害になるので、その書類がないと3割負担になってしまうのです。これは、大きいです。パパが嫌々起きて持ってきてくれるほど、大きな失敗です。 失敗の元は、用心しすぎた事。出かける前に、カード入れの点検をしたのです。11月で申請の期限が切れた『1割負担』の書類を、新しいものと変えて、細かい管理票などもチェックして、全てOK。その、全てOKが、私の場合、中途半端なのです。そのケースを、バックにしまい忘れたのですから・・・。「この次立ったら、バックに入れよう」と思ったのが、「もう入れた」と変化するのに時間はかかりません。1時間はかかる病院ですから、暇つぶしの本と老眼鏡を入れて・・・。そこまでしても、一番大切なものは忘れているお馬鹿・・・。 こういう、『しよう』『した』の記憶錯綜は、今に始まったことではないけれど・・・。ああ、情けない、情けない。 これを、前日の発作の名残と言い切れると良いのですが、そうでないことは、自分自身が知っている。『なんていうお馬鹿、なんていう懲りないやつ』と、自分で自分を殴ってやりたい気分です。
2011.12.04
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あれ、カレンダーが違う。昨日は紅葉、今日は雪。なるほど、月が変わったのか・・・。もう、12月か・・・。師走なのか・・・。 新年から忙しい1年だったなぁ・・・。だから、あっという間に過ぎちゃったのかなぁ・・・。 そういえば、こんなに夫婦喧嘩をした年もなかったなぁ・・・。元は、私が悪いんだけどさ。でも、今まで鬱積していたものが弾けて、26年分の鬱憤をぶつけたんだから、喧嘩の回数も多かったんだよなぁ・・・。結果的に、私の言い分もわかってもらえたし、私もパパのことをより理解したから、良い喧嘩だったよなぁ・・・。 この1年は、変化の1年だったんだ。これからどうなるかはわからないけど、ターニングポイントのこの1年、忘れないでおこう。 そっかぁ・・・、あと1ヶ月でまた新しい年が始まるんだ・・・。
2011.12.01
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