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2005年12月29日 インドの銀行業界(2) 今日のまとめ 1.ADRを発行している銀行は積極経営 2.預金比率は高いほど良い 3.ティア1・キャピタル・レシオは高いほど良い 4.NPLは低いほど良い 5.カバレッジは高いほど良い さて、インドの銀行業界にはどんな銘柄があるのでしょう?。 代表的なところではHDFC銀行(ADRティッカー:HDB)、ICICI銀行(ADRティッカー:IBN)、ステート・バンク・オブ・インディア、パンジャブ・ナショナル・バンク、カナラ・バンク、オリエンタル・バンク・オブ・コマース、コーポレーション・バンク、などです。このうちADRを出しているのは最初の二行です。 資産規模の大きさから見るとステート・バンク・オブ・インディアが最大です。第2位はパンジャブ・ナショナル・バンク、第3位がカナラ・バンクとなります。これらの銀行はいずれも政府系なので規模的には大きいです。 しかし、前回の歴史のところで触れたように、インドは長く政府が銀行を国有化し、政府の経済運営の道具として政府系銀行が使われてきた期間がありますから、規模の大きさ、歴史の長さがイコール質の高さや潜在的成長率の高さを示すものではありません。 その点、ADRを出しているHDFC銀行とICICI銀行の両行は経営者の姿勢は積極的だと言えます。 次に経営の安定度について考えてみたいと思います。 預金比率 =(当座預金+セービングス・アカウント)÷ 総資産 NPL = ノン・パフォーミング・ローン、つまり焦げ付き融資比率 カバレッジ = 引き当て率 (1)= 単位Rsm 2004年3月末 さて、上の表で見ると預金比率に各行でかなりばらつきがあるのがわかります。前に述べたように貸出しの原資をいかに獲得するかがインドの銀行業の目下の重要なポイントになっていますから安定的資金源(小口預金はその典型)の比率が高い銀行は経営が安定していると言えます。 これで見るとICICI銀行は預金比率が低いですし、ティア1キャピタル・レシオ(国際決済銀行(BIS)において定められている国際基準で、連結貸借対照表上の資本勘定と連結子会社の少数株主持分の合計額から再評価差額などを控除したもの)が一番貧弱です。これは同行が歴史的に重工業などへの貸出しを担当する政策銀行だった名残りなのだと思います。 ノン・パフォーミング・ローン(NPL)とは不良資産の事ですが、これで見るとHDFC銀行がとびぬけて低いです。ただ、HDFC銀行の場合、90年代の銀行改革の後で創設された比較的新しい銀行で、最近、貸付を伸ばしているわけですから未だローンのシーズニング(つまりある程度期間をおいて見ないと貸付先が不良かどうか様子が見えてこないこと)が出来ていないことが考えられます。その分、割り引いてみる必要があるでしょう。 一方、ICICI銀行の場合、不良資産が多いですし、カバレッジ(引当金)も低いです。今のようにインド経済が好調の時は不良資産が多くても問題は無いのかもしれませんが、景気が後退し、銀行セクター全体に不良資産が急増するような環境になった場合は特に注意を要する銀行だと言えます。(なお、同行は現在、バランスシートの補強のための増資中であり、ティア1キャピタル・レシオなどの数字は今後改善するものと思われます。)
2005年12月29日

2005年12月22日 インドの銀行業界(1)今日のまとめ 融資残高は毎年30%近い成長 インドの銀行業は長く政府の厳しい規制の下に置かれていた ファンディングをどうするかが目下の最重要課題 今日からインドの銀行業界について見ていきます。発展途上国の株式市場で内需や消費のストーリーを他の言い方にとする場合、銀行株を買うというのが案外有効な方法です。インドの場合も例外ではありません。 インドでは1992年に制度改革が行われるまでは銀行は庶民にとって無縁の存在でした。しかし、92年の改革以来、インドの銀行業界は急激な発展を遂げています。ある国で銀行サービスがどのくらい浸透しているかを測定する方法として、銀行の総融資額とGDPを比較する方法があります。これで見るとインドの銀行総融資額対GDP比は約40%です。これはエマージング・マーケットとしては中くらいの数字で、まずまず銀行サービスが定着しはじめているという風に解釈してよいでしょう。 (出典:コンテクスチュアル・インベストメンツ=これらの数字は概算です。特に現在、ブラジル、インド、ロシアの各国の銀行は急激な勢いで融資を伸ばしているので厳密な数字を調べることは出来ませんでした。) インドの銀行セクターは今、育ち盛りインドの銀行セクターは今、まさしく成長のスウィート・スポットにさしかかっています。インドの実業家達は事業の拡張に熱心ですし、消費ブームも到来しています。これらのことからローン需要は旺盛です。さらに、ICICI銀行に代表される進歩的な銀行が新しい発想でロー・コスト店舗を展開したおかげで、都市部のみでなく農村へも急速に銀行サービスが浸透しつつあります。この為、業界全体の融資残高は毎年、30%近い急成長を記録中です。つまり、インド経済そのものの成長率(7%程度)より銀行セクターの成長率は「ターボ・チャージがかかっている」わけです。 インド銀行業の歴史インドの銀行株の性格を理解するうえで最低限知っておくべき背景を説明したいと思います。インド政府は1969年に商業銀行を国有化しました。これは混合経済運営上の必要からなされた措置です。先ず外貨規制を敷いて国内資本市場を閉鎖し、政府が貸付金利、預金金利をはじめ銀行の活動を厳しく規制しました。このような措置は昔の日本の政策的枠組みとある程度似通っています。しかし、大きく異なる点としては日本が傾斜配分で鉄鋼、自動車など重工業指向、輸出指向の貸付を優先したのに対し、インドでは政府の政策的優先度の高かった農業部門、家内工業が優先的に貸付を受けた点です。長期資金を必要とする資本集約的産業がインドで比較的育たなかったひとつの理由がここに見てとれます。 90年代のはじめにインド経済が大きな方向転換を余儀なくされたことは以前述べましたが、このとき銀行セクターも大幅な改革を経験しました。具体的には、それまで極めて制限的であった支払準備率を徐々に引き下げる、新規参入を容易にする、金利に対する規制を徐々に緩和する、自己資本比率を改善する、などが実行されました。 目下のインドの銀行業界の課題上で見たように現在のインドではローン需要には全然困っていません。インドの銀行はこれまで「箸の上げ下ろし」まであれこれ政府から指導されてきたのが、突然、自由に競争してよいことになりました。そこで各行とも、スケール・アップ、つまり量的拡大が経営の至上目標になっています。問題は旺盛なローン需要に応えるためにはファンディング・サイド、つまり資金の調達を急がねばならないということです。 長い目でみれば安定経営の為に最も好ましいのはコア・デボジットと呼ばれる小口預金の残高を増やす方法でしょう。このため、各行とも都市圏のみならず農村などへも支店網を広げ、預金獲得に走っています。それでも足らない分は市場から調達することになります。 資金の調達面で特に注意を払うべき点は資金を調達したがっているのはなにも銀行だけではないという点でしょう。実際、一番ファンディングの必要に駆られているのはインド政府である、という見方もできます。インドは財政収支が赤字で、なおかつ政府が石油製品の価格を国際水準よりかなり低く設定している(つまり実質的には補助金を出している)為、原油価格が高騰すると政府のファンディング・ニーズが増えます。すると銀行としては政府と競争しながら資金の奪い合いをしないといけなくなるわけです。
2005年12月22日
2005年12月16日 インドのITアウトソーシング業界(5)同業界をめぐる投資リスクについて はじめは小さかった会社が段々大きくなるにつれて毎年の売上高成長率の計算のもとになる売上高のベースは大きくなります。過去と同様の成長率を維持しようとすると、以前より金額ベースで遥かに大きな売上を上げないといけません。 インドのITアウトソース企業各社は素晴らしい成功を収めているわけですが、図体が段々大きくなっていますから、以前と同じ成長率を維持するのは並大抵のことではありません。このセクターへの投資に際してのリスクNo.1は従って、「過去の成功そのもの」であると言っても過言ではないでしょう。 この点について、もう少し細かいニュアンスを話しましょう。 これまでインフォシス(INFY)やウィプロ(WIT)などの企業は収益のガイダンスを低めに提示しておきながら、「実際、決算のフタをあけてみるとポジティブ・サプライズ」、という事を繰り返してきました。 しかし、売上のベースになる数字が大きくなるにつれて、このポジティブ・サプライズを出すのが容易ではなくなってきています。 勿論、最近の決算発表でも、「わざと低めのガイダンス」というのが相変わらず行われています。問題は十分な余裕を持ってガイダンスした筈なのに、実際、決算を締めてみるとやっとのことでその低い目標をクリアする、そういう状況が定着し始めている点ですね。過去の成功の重圧がじわじわと各社を苦しめているわけです。 実際にこれらの企業に投資していて最も判断に苦しむ部分は従って「お定まりの低めのガイダンス」が提示された場合、それがいつも通りの「アンダー・プロミス」なのか、或いは成長に何らかの変調をきたしているのか、ということの見極めです。 一般論として、このような状況ではPEマルチプルはコントラクションを起こします。つまり、PERが知らず知らずのうちに段々下がってくるという意味です。こういう局面に置かれた株というのは漸次評価が下がっているわけですから、なかなか簡単には儲けさせてくれません。 さて、これ以外のリスクをいくつか指摘すると: 1.賃金の上昇による利幅の縮小リスク 2.ルピーが強含むリスク(コストはルピーで発生し、契約はドルやユーロです。) 3.H1-Bビザ、L-1ビザの発行を米国政府が減らすリスク 4.突然、顧客が発注を減らすリスク 5.思うように新規採用できないリスク 6.サービスの質に対し顧客から不満が出るリスク 7.通信インフラの故障などにより遠隔地からサービスを提供できなくなるリスク 8.インド準備銀行が資本調達(例えばADR発行)に許可を与えないリスク 9.米国民からアウトソースに対して反発が出るリスク 10.一般社員の転職などで定着率が減少するリスク 11.インド政府のIT奨励策で今は低い実効税率が今後漸増するリスク 12.BM、アクセンチュアなどのライバルがインド・シフトを強化するリスク 13.米国の金利上昇などで投機的資金が引き上げられるリスク 14.ADRが現地普通株に対して大幅なプレミアムになっているリスク 15.幹部社員が退社するリスク 特にこの最後の点については最近、ウィプロの副会長、ヴィヴェク・ポールがテキサス・パシフィック・グループ(プライベート・エクイティー・ファンド)に転出するというニュースがありました。ヴィヴェク・ポールはインド企業でも最高の「切れ者」としてウォール街でも人気者でしたので彼の退社は衝撃を持って受け入れられました。ウィプロの場合、そのすぐ前にもBPO部門の総責任者が退社するなど、このところ上層部がガラガラ入れ替わっています。このひとつの理由として同社会長のアジム・プレムジの権力が強すぎ、能力のある「次ぎの世代」がフラストレートされて飛び出す、という側面があるのではないでしょうか?。また、ウィプロの場合、発行済み株式数の84%が会長ひとりの手に握られているというのはガヴァナンスの点でも良くないですし、第一、流動性の面で不安が残ります。 なお、幹部の退社というニュースではインフォシスでも最近、営業部長が退社したことを付け加えておきます。
2005年12月16日

2005年12月9日 インドのITアウトソーシング業界(4) こで各社の収益予想を見てみましょう。 現在取引されているこれらの銘柄の株価水準が果たしてどのような状態なのかを判断する参考として、2つのアプローチを示しておきます。先ず一つ目はPERと、それぞれの企業のEPS成長とを見比べる方法です。PER対EPS成長率レシオ、略して「PEGレシオ」と呼ばれます。 レシオが盛んに使われ始めたのは1990年代に入ってからで、比較的歴史の浅い習慣です。使い方としては、PEGレシオが1以下の場合、「まだ大丈夫」という風に解釈されます。本当は「1以下が好ましい」という通説に科学的根拠は無いのですけど、手軽さも手伝って米国ではプロの投資家も含めて多くの人がこの尺度を使うので、いつの間にか定着してしまいました。この尺度でゆくと上の3社は10~21%程度「割高」である計算になります。 次にインターネット関連銘柄の株のように全く新しいビジネス・オポチュニティーが出現し、それを歴史の浅い企業がアグレッシブに追求しているようなシチュエーションではその企業の時価総額と潜在市場の規模を対比する手法が用いられる場合があります。 (株価はNSEの12月2日引け値ベース、PSRはヤフー・ファイナンスの「過去12ヶ月の売上高」÷時価総額で求めました。) 今、3社の時価総額を単純に合計すると321.6億ドルとなります。これにタタ・コンサルタンシー・サービセズとHCLテクノロジーズの時価総額を足して合計519億ドルというのが現在、市場がITアウトソース最大手の5社全体に与えている評価だという計算になります。(この数字は現地株価ベースです。ADRではインフォシスなどが大幅なプレミアムで取引されていますから、ADRベースで計算すると更に割高になります。)今、2008年の市場規模概算がITアウトソース・サービスで360億ドル、BPOで293億ドルと予想されますから、これらの合計が653億ドルになるわけです。 整理すると、向こう3年で市場のパイ自体が653億ドルと予想されるビジネス・オポチュニティーに対して、株式市場はすでに519億ドルの時価評価を与えているわけです。この際、忘れてならないのは最大手5社以外にもITアウトソースの企業は沢山存在し、また、IBMグローバル・サービセズ、キャップ・ジェミナイ、アクセンチュアなどの欧米のプレイヤーもインドで現地のスタッフを拡充、シェア・アップを図ろうとしている点です。これらのことから判断すると、株式市場はすでに向こう3年分くらいの夢をかなり織り込んでしまっていると考えられます。このアプローチも上記のPEGレシオ同様、科学的根拠に薄い粗雑な手法ではありますが、一種のリアリティー・チェックとしては十分役立ちます。 それから参考までに上の表にPSR、つまり売上対株価比を掲げておきました。売上規模で10億ドルを超えるような大企業がPSRで10倍を超える水準で取引されている例は数えるほどしかありません。それを頭の片隅に入れておいて下さい。 NSE:National Stock Exchange of IndiaPSR:Price to Sales Ratio
2005年12月14日
2005年12月2日 インドのITアウトソーシング業界(3)今後の成長分野について さて、前回、ITを生かしたBPOやR&Dサービスなどは伝統的なITアウトソース業務であるソフトウエア開発やメインテナンスより急成長が見込まれると書きました。そこでこれらの分野の特徴について少し説明を加えたいと思います。ITを生かしたBPOの特長この業務はヘルプデスク、ないしはコールセンターの形態をとります。具体的には人事管理業務、給与計算および支払いの業務、401(k)のサポート、企業の帳簿管理、外国企業の米国会計基準による決算の準備、保険請求の処理、クレジット・カード業務のサポートなどです。これらのBPOは米国内の競争相手と受注を争う場合、賃金格差が決定的な決め手になります。従って、時間当たり単価は比較的低いです。中にはITヘルプデスクのように時間当たり40ドルという高単価の業務もありますが、このような高付加価値業務は全体の20%程度です。その他のコールセンター業務は大体、時間当たり単価が8ドル程度です。BPO全体での平均時間当たり単価は12ドル程度でしょう。一方、ITを生かしたBPOの請負をする際に必要になるインフラはソフトウエア開発などの場合とさほど変わらず、比較的高価だと言えるでしょう。その為、利幅は一般に小さいと理解されています。それからITを生かしたBPOの場合、インバウンド・コールなどを通じてクレジット・カードのユーザーや401(k)の受益者など、最終顧客と請負業者がダイレクトにコミュニケーションする場合が殆どです。従って、「電話口での応対が良い」などの質的なファクターが大変重要になります。別の言い方をすればコールセンターが企業の「受付嬢」になるわけです。このことから、一度BPOの外注契約を請け負い、それなりの顧客の満足を得られれば、契約更新の際に外される危険性は少ないと言えます。さらに、これらの作業は景気に左右されない性質のものですから、不況にも強いです。これらの事はBPOという商売が業績予想を立てやすい(英語で言えばビジビリティーが高い)ビジネスであることを意味します。ここまでの点をまとめるならば、BPOは比較的ロー・マージン・ビジネスだけど、株価評価(PEマルティプル)では高く評価されやすい、という事でしょう。R&Dサービスの特徴これに対してR&Dサービスの性格はかなり異なります。具体的なR&Dサービスの役務の例としてはASICs(半導体のカスタム・チップのこと)、FPGA(ソフトウエアにより機能を規定できる半導体)、ミドルウエア、ネットワーク・プロトコル、PC周辺機器の制御デバイスの設計開発などが挙げられます。これらの役務は顧客の側の景気の良し悪しに左右されるでしょう。一般にはあまり理解されていないことですが、インドにはR&Dを進める人的な資源やカルチャーというものが存在します。これはかつてインド政府がコンピューターの輸入を禁止していた為、独自でそれらを開発するスキルが身についたことなどが少なからず影響しています。
2005年12月13日

2005年12月1日 インドのITアウトソーシング業界(2) さて、インドのIT関連株にはどんな銘柄があるのでしょうか?。時価総額の大きい順(*1)から列挙しますと: タタ・コンサルタンシー・サービセズインフォシス・テクノロジーズ(ADRのティッカーはINFY)ウィプロ(WIT)サティヤム・コンピューター・サービセズ(SAY)HCLテクノロジーズとなります。ADRを通じて皆さんが売り買い出来る銘柄は、実際にはインフォシス、ウィプロ、サティヤムのみですのでその3社全てについて吟味を加えることにしましょう。先ず、各銘柄の売上高(2006年3月末〆の会計年度、コンセンサス予想/単位US$10億ドル)の比較ならびに売上高成長率(実績ならびに予想)の推移から:各社の業務内容には微妙な差異があります。(*3)インフォシスの場合、メインテナンスが売上高の約30%、ソフトウエア開発が25%と、これらで全体の半分以上を占めます。顧客の業種では金融関係が36%、通信が17%、製造業が14%となっています。地域では北米が65%、欧州が24%です。ウィプロの場合、メインテナンスとソフトウエア開発を合わせた数字は売上高の34%とインフォシスより低いです。代わりにR&Dサービスが27%を占めています。また、ITを生かしたBPOは11%となっています。顧客の業種では金融関係が21%、通信が17%、小売が10%、製造が11%、エネルギーならびに公共セクターが11%となっています。 地域では北米が63%、欧州が32%です。サティヤムの場合、ソフトウエア開発が売上高の47%、パッケージ・ソフト導入サービスが26%、メインテナンスが24%となっています。顧客の業種では金融が20%、製造業が29%、通信+インフラが19%となっています。地域では北米が73%、欧州が14%です。さて、インドのIT業界の全体の見通しに戻りますと、業務別の市場成長予想はソフトウエア開発およびメインテナンスが年率25%、ITを生かしたBPOは55%、R&Dサービスは38%程度です(*4)。(*1)ここでは現地株(ナショナル・ストック・エクスチェンジ)の株価(11月末)を基準にします。(*2)ヤフー・ファイナンスのコンセンサス予想をコンテクスチュアル・インベストメンツ社で成長率(%)に加工し直しました。(*3)以下の各社売上に占める%の数字はいずれもコンテクスチュアル・インベストメンツ社によります。直近の四半期決算をベースにしています。業種・顧客の分類基準が各社により一部異なるため、なるべく同列での比較ができるように分類し直してあります。細か過ぎる部分は省略しましたので足し上げた数字が必ずしも100%にはなりません。(*4)予想はコンテクスチュアル・インベストメンツ社によります。BPO:ビジネス・プロセス・アウトソーシングR&D:リサーチ・アンド・ディベロップメント
2005年12月12日
2005年11月18日 3.各業種の動向、主要銘柄の紹介 インドのITアウトソーシング業界(1)さて、今日から個別の業界を見ていきましょう。先ずITアウトソーシング業界を取り上げてみたいと思います。 なぜアウトソースか?欧米の企業はなぜインドにITアウトソーシングするのでしょうか?。インドのソフトウエアの業界団体、NASSCOMがマッキンゼーと共同でまとめた調査によると、米国企業がインドのITアウトソーシングを利用すると、約40~60%のコスト削減につながるのだそうです。また、納期の面でインドの方が早いというユーザーの声もあります。さらに、仕事の内容によっては米国とインドとの時差を利用して、「夜のうちに仕上げておいて貰える」という利点があります。 市場規模についてグローバルのITサービスの市場規模は2002年の時点で3540億ドルでした。これが2007年には4900億ドル程度に成長すると予想されています(出典:IDC)。しかし、この数字には自社内でIT担当者を雇用する場合も含まれています。社外へのアウトソースは未だ一部の大企業が始めているに過ぎません。さらにインドにアウトソースしているところとなると数は限られてきます。先述したNASSCOMのレポートでは2002年のインドのITアウトソース業界全体の売上高は60億ドルでした。同レポートが予想するところではこれが2008年までに360億ドルに成長すると予想されます。つまり、インドのITアウトソース市場はグローバルのITサービスの市場より遥かに速く成長するわけです。 別の角度から見ると、ゴールドマン・サックスのリサーチでは現在フォーチュン500(グローバル)の企業のITサービス予算は1870億ドル、このうちアウトソースされている分は500億ドルとなっています。今、インドのITアウトソースの輸出額が91億ドルなので、このうちの半分がフォーチュン500企業向けだと仮定した場合、フォーチュン500向け輸出額は45.6億ドルとなります。即ち、普及率は9.1%となるわけです。するとまだまだ成長の余地は十分に残っていると考えられるわけです。 さらにITアウトソーシング業界のもうひとつの収益の柱であるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)市場はIDCのデータによると2002年の市場規模は7730億ドル、これが2006年までに1兆ドルへと増えると予想されています。このうちインド企業が請け負う部分は2003年で35億ドル、これが2006年までに122億ドルへと増加すると見られています。 インドの競争優位についてガートナーの調査によるとオフショア・アウトソーシングのアウトソース先としてはインドが最もポピュラーで、現在、インドは約85%の市場占有率を誇っています。インドの他には、たとえば中国とかフィリピンにアウトソースするという動きもありますが、フィリピンの場合は英語は話せるのでBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)などは引き受けられると思いますが、理工系の学生数が不足しているため、ITアウトソースは無理な面が多いでしょう。一方、中国は優秀な学生という面では不足していませんが、知的所有権の保護の面では不安が残ります。さらに政府が情報統制したり監視していたりして、セキュリティー面でいささか不安です。これらのことから中国は決定的に不利だと思います。 つぎにインドでは毎年29万人の理工系大学生が卒業しています(NASSCOMによる)。この豊富な人材プールが優秀な人材を選りすぐりで採用できる秘密です。例えば、インフォシス社の場合、平均して90人の応募に対して1人しか採用しないそうです。インドにはインディアン・インスティチュート・オブ・サイエンス(1909年創立、バンガロール)、インディアン・アカデミー・オブ・サイエンス(1934年創立、バンガロール)、インディアン・インスティチュート・オブ・テクノロジー(1951年創立、全部で5箇所にある)など、水準の高い理工系の大学が沢山あります。この原因のひとつは初代首相、ジャワハルラル・ネールが科学の振興に大変熱意を持っていたことによります。 「科学のみが飢え、貧困、不衛生、文盲、迷信、そして邪悪な習慣からくる問題を解決することが出来る。」(ジャワハルラル・ネール)
2005年12月11日
2005年11月11日 インドの社会 インドは多宗教、多言語、多民族の国家です。宗教の内訳は: ヒンズー教 82% 回教 12% キリスト教 2% シーク 2% 仏教 1% などです。一方、言語では公用語はヒンディー語。英語も公用語扱いですが英語を話せる人は少ない(英語を主として話す人口はインド全体の0.3%、セカンド・ランゲージとして英語を話すのは全体の1%未満)です。このほか、ベンガル語、グジャラット語、タミル語、カシミール語など多様です。次に民族を見ると: インド・アーリア系 72% ドラビディア系 25% モンゴロイド系ほか 3% となっています。 このため、国民の利害をまとめるのは単一言語、単一民族国家である日本よりかなり難しいと言えるでしょう。加えてインドにはカースト制度という伝統があります。カーストはポルトガル語のcasta(種族)から来ています。インドの独立以降、カースト制度は外見にはかなり変化しています。インドの憲法がカーストに基づく差別を禁止しているのはその一例です。しかし、カースト制度は何百年も続いてきた習慣で、現在でも人々の行動やものの考え方、社会や家庭の形成において根強い影響力を持っています。カーストの影響はインド人がものを考える時、1.上下の関係(ヒエラルキー)で捉える、2.浄・不浄という観念で捉える、という2つの軸を与えていると言えるでしょう。 上下の関係で言えば、例えばビジネスの場面で上司をchachajiという敬称で呼ぶのはそのひとつの例です。 一方、浄・不浄の観念はカーストに基づいており、「身分の高いものは浄、身分の低いものは不浄である」という先入観があります。例えば身分の高いBrahmanは身分の低いMehtarより清潔であるとされます。身分の低いものが調理した食事を口にしたり、身分の低いものが汲んで来た水を飲むと身分の高いものが「不浄になる」という考え方は今でも根強く残っています。 こういう習慣が出世や、婚姻など、様々な局面で影響してくるのは言うまでもありません。例えば、インドの教育水準は国民全体の平均でみると中国などのエマージング諸国より低いです。その一因は低いカーストに属する子供達の場合、折角、学校に通い始めても生活が苦しいので働くためにドロップアウトするなど、社会・経済的な理由にあるとされています。 インドはこのように多民族、多言語、多宗教で、さらに階級意識が強く、社会的モビリティー(地位の向上)が低いですから、この国の教育水準とか生活水準を全体的に「底上げ」するのは並大抵の努力ではないことが察していただけると思います。 その一方で、例えば英語が話せてコールセンターなど新しいタイプの職場に就職できるというのはカーストの差別を克服する数少ない機会を提供しています。われわれ日本人の感覚で言えばコールセンターの仕事は単調で退屈だから、インドでも「高等な教育を受けた人間がコールセンターの仕事に就くと幻滅する」などという議論をするアナリストや経済学者がいますが、この考え方は現地の人に言わせると間違っているそうです。ITアウトソース企業やBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)、製薬業界などのインドのニュー・エコノミーの雇用機会が社会的モビリティーの数少ない提供者である以上、今後も優秀な学生をどんどん集め続けることは可能でしょう。 これはインドだけでなく、他のBRICs諸国にもあてはまりますが、所得水準、教育水準、生活水準など、日本人は何事も「平均」で物事を考える傾向があります。しかし、旧社会主義ないし共産主義国が経済発展するということは即ち貧富の差が拡大してゆくプロセスにほかならないわけですから、平均にとらわれすぎると投資判断を誤る結果になります。
2005年12月10日
2005年11月04日 インドの政治について インドは連邦共和制(Federal Republic)の民主国家です。立法、司法、行政の三権分立がきちんと確立しており、民主主義が国民にしっかり根を下ろしています。 憲法制定は1950年。B.R.アムべドカー博士の主宰する憲法草案コミッティーにより作成されました。なお、余談になりますが、同博士は不可触民(Dalit)のカーストに生まれ、米国のコロンビア大学で学位を取得し、カーストを重んずるヒンズー教から仏教に改宗したことで知られる人物です。インドの憲法がカーストを排している事はこの点からも窺い知れます。(ただ、社会習慣としては現在でもカースト制度は生きています。これについては後で触れます。)また、インドは憲法の改正を頻繁に行なう国として知られています。 議会は上院(Rajya Sabha)と下院(Lok Sabha)の二院制です。代表的な政党としてはコングレス党(Indian National Congress)、野党の最大勢力であるBJP(Bharatiya Janata Party)、共産党などがあります。コングレス党は1885年に当時植民地の支配者だった在留英国人たちが政治討論のソサエティーとして始めた集まりが、のちに政党となりました。マハトマ・ガンジーが、本来、エリートの圧力団体に過ぎなかった同党を大衆運動の基盤として造り変えたことが今日の由緒正しいコングレス党の起点になりました。因みに現在の政権党であるコングレス党(全体で545議席中145議席を支配)は単独過半数には達していないので共産党など(合わせて61議席)と連合政権を形成しています。この為、連合内での意見、利害の不一致が民営化プログラムの遂行などの際に足枷となるのではという懸念があります。インド株式市場を見る際にひとつのポイントですね。 現在のコングレス党のリーダーはソニア・ガンジーです。ソニア・ガンジー(旧姓マイノ)はイタリアの裕福な建設業者の娘で、18歳の時、英国に語学留学しました。その時、ちょうどケンブリッジで学んでいたラジブ・ガンジー(インデラ・ガンジーの息子、のちに首相となる)と知り合い、恋愛結婚しました。結婚してインドに嫁ぐまではインドについての知識はゼロだったそうです。しかし、義理の母となるインデラ・ガンジーとは最初に会ったときから意気投合、インデラはソニアをわが子以上に可愛がったといいます。一方のソニアの方は政治には無関心で専業主婦というのが性に合っていたそうです。その後、インデラとラジブが暗殺されるに至って「もう政治家はこりごり」という気持ちになります。しかし、90年代を通じてコングレス党が没落してゆくのを目の当たりにし、また、大衆も「ガンジー・ネール王朝」から救世主が登場し、政治を変えてほしいと熱望した為、敢えて党首となります。そして去年の選挙で番狂わせの勝利を収めたことは皆さんの記憶にも新しいと思います。 さて、インドの首相の権限は広範に渡り、政治の中心となっています。インデラ・ガンジー首相が1975年に戒厳令をしいたケースをみても首相というポストの力の強さを窺い知ることができるでしょう(但し、これは例外的なケースとみるべき)。インドの伝統では政権党のリーダーが首相を務めます。しかし今回は上のような経緯(帰化したとはいえイタリア人であること、行政手腕は未知数であること)からソニア・ガンジーは首相を務めることを辞退し、経済学者でインド経済の市場経済への移行の青写真を作ったマンモハン・シン博士を首相に任命しました。別の言い方をすれば選挙運動のプロであるソニア・ガンジーと国家運営のプロであるシン首相との役割分担が明快であるということです。
2005年12月09日
2005年10月28日 価値観の衝突 前回までにインドが海外債務をため、その債務の履行に問題を生じたことが根本的な経済改革を「待ったなし」にしたところまで説明しました。インド政府はこれまでの経済的な「擬似鎖国」を解き、外資のインドへの進出などを認める決定を下します。この先陣を切った企業のひとつがエンロンです。同社はダボールに巨大な発電所を建設するプロジェクトを提案、工事に取り掛かりますが、インドの国民の外資に対する不信感は根強く、デモ、サボタージュなどが相次ぎます。この世論の沸騰に乗じて野党のBJPが政権を獲得、BJPはこのプロジェクトの差し止めを指示します。こうしてインドの市場開放はのっけから暗礁に乗り上げてしまったわけです。 神風が吹いた! しかし、インドの政策は失敗ばかりではありませんでした。例えば、インドの初代首相、ジャワハルラル・ネールが1951年に創設したIIT(インディアン・インスティチュート・オブ・テクノロジー)は大変優秀な理工系の学生を大量に送り出しました。問題はそういう高度な教育を受けた優秀な学生が、自分の才能を生かせる雇用の場がインド国内には存在しなかった点です。 このため、それらの学生の多くは印僑として海外に脱出し、その少なからぬ者がシリコン・ヴァレーに根を下ろしました。インターネット・ブームが到来した際、シリコン・ヴァレーの印僑が大活躍したのは皆さんの記憶にも新しいところだと思います。 さらに、このブームで世界各地に光ファイバーの敷設ブームが起こりました。キャパシティーがどんどん追加されたため、価格競争が起き、通信コストは大幅に下落しました。廉価で信頼性の極めて高い通信キャパシティーがふんだんに存在することが海を越えたアウトソーシングを可能にし、ITアウトソーシングやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の隆盛を招きます。 究極の顧客からスタート インドのアウトソーシング産業にとって幸いだったもうひとつの「偶然」はたまたま最初に顧客にした相手がジェネラル・エレクトリック(GE)だった点でしょう。GEはもともと慢性的に発電キャパシティーの不足しているインドに発電装置を売り込むためにインドにやってきました。その機を捉えてインド側が「自分達に御社のアウトソースをやらせてください」と逆にセールス攻勢をかけたわけです。この突然の申し出に怯まず、冷静にその価値提案に耳を傾け、良いと思えばその提案をすぐに採用したところがGEをしてエクセレント・カンパニーたらしめるところでしょう。経営の神様、ジャック・ウエルチから「お墨付き」を貰ったということが瞬時にしてインドのアウトソース業界のクレディビリティー(信用)を確立したわけです。 やればできるんだ このITアウトソース産業の成功がインドの国民的プライドに与えた影響というのは大変大きなものがあります。これまで経済の舞台では「サクセス・ストーリー」が全然無かったインドが自由競争の世界で欧米の一流企業を打ち負かすことができるという発見はインド人に「やればできるんだ」という自信を与えました。それと同時にこれまでは躊躇しがちであった経済改革に国民が「本気でチャレンジしてみよう」という気が初めて起こっていると言っても過言ではありません。 インド独立の時にロール・モデル(お手本)としたソ連が崩壊し、そのロシアは今やBRICsの一員として経済成長を競い合っていること、また、中国の成功を目の当たりにしていることなどと合わせて考えてもインドが今後、昔の価値観に逆戻りする可能性は極めて低いと思います。一方、肥大化した政府部門、融通のきかない雇用習慣、立ち遅れたインフラストラクチャーなどは成長の妨げになるというできが出来る一方で、それらを改革すればインドの経済は良くなることが明白なわけですから、今後政府が取り組んでゆくべき課題、つまりロード・マップは明快に描けるわけです。つまり弱味が転じて強味となり得る可能性を秘めていると言えるでしょう。
2005年12月08日
2005年10月21日 インド経済のどこがいけなかったか? 前回、インドの5ヵ年計画が毎回、期待はずれの結果に終わりながら根本的な原因の追及がされないままダラダラと来てしまったことまで書きました。 混合経済は市場経済の上に計画経済のオーバーヘッド(間接部門)を載せた仕組みです。市場経済下では、アダム・スミスの主張する、「見えざる手」によって自然に需給のバランスがとれるわけですから、理屈の上では命令経済(コマンド・エコノミー)に見られる指揮系統自体が不要の筈です。しかし、敢えてそういう人為的な部分を設けた背景には独立直後のインドの為政者が「平等な社会をつくる」という価値観に強く囚われていたことがあると思います。 そういう態度ですから、企業が儲けるとすぐ「暴利をむさぼっているのではないか?」という疑惑の目を向けられます。インドには独立以前から欧米のコングロマリットに相当する、large houses(日本で言う財閥)が存在しました。彼らは政府からは胡散臭い存在と見做されるようになりました。 事業をおこしにくい環境をわざわざ政府が演出したため、新規参入が無く、これらの私企業は「非効率でも市場によって淘汰されない」という歪みを生じました。これらの私企業は経営の効率化、利益の追求を忘れ、ひたすら官僚や政治家に取り入り、自分の既得権益を擁護することに腐心するようになりました。 こうなると民間部門に雇用の創出を期待することは難しくなります。そこで政府は失業者を雇用するため、どんどん政府部門で彼らを雇いました。これが官僚主義の肥大化の原因となり、経済の非効率化、生産性の低下、そしてその結果、腐敗や不正が横行する事態に発展しました。 貿易に対する政府の考え方 当時のインド政府の貿易に対する考え方はひとことで言えば「貿易は少なければ少ないほどよい」というものでした。英国の植民地として過酷な収奪の対象とされたトラウマ(心の傷)が交易というものに対して不信感を抱かせた結果、そういう考えに到達したのでしょう。従って、インドは国の大きさに比べて輸出部門の果たす役割は常に小さかったのです。むしろ、保護関税によりわざと外国からの競争を断つ、という考え方でしたから「擬似鎖国」状態と言ってもよい状況だったわけです。 インドの財政赤字 さて、独立直後のインドの財政は赤字ではありましたが、その赤字幅は無視できる範囲内でした。しかし、非効率な経済を放置したこと、かんばつが起きる毎に穀物や食料品の価格統制を強化したことで、それらが闇市、つまり地下経済に流れてしまい、それが常態化するに至って政府は段々税収の不足の問題に悩まされ始めます。 不足分を補うため、借り入れを増やした結果、インドの財政赤字は1970年代から80年代にかけて急速に悪化します。最初は借り入れはインド国内で行なわれましたが、それでは間に合わず、80年代からは外国からの借款に依存し始めます。この頃までにはようやく根本的な経済改革の必要性が認識され、少しずつ改革への試みが開始されました。しかし、規制緩和は貧富の差を拡大し、弱者にとって暮らしぶりは一層悪くなるのではないか?という猜疑心が大変根強く、これが改革の妨げとなりました。 さて、外国からの債務が増えた直後の1990年8月に勃発したイラクのクウェート侵攻はインド経済に決定的な転機をもたらします。インドは石油を輸入に頼る部分が大きく、原油価格の高騰が収支を悪化させました。そのうえ、中東に出稼ぎに出ている海外労働者からの送金が外貨獲得に大きな役割を果たしていたのですが、戦争で出稼ぎができなくなってしまったのです。 この頃までにはインドの財政赤字はGDPの8.4%に達していましたから、インドがあっと言う間に債務危機に陥ったのは容易に想像がつきます。
2005年12月07日
2005年10月13日 インド経済史 インドの実質GDP成長は去年が6.9%、今年が7.0%程度と見込まれ、BRICsの他の国と比べても遜色ない成長率です。しかし、インドがこのような高成長の段階に入ったのは比較的最近の出来事で、それまでは劣等生でした。その背景から少し遡って考えてみましょう。 インドの独立と混合経済のはじまり インドは1947年に英国の植民地から独立しました。長い間、英国の植民地経営に苦しめられ、マハトマ・ガンジーの根気強い独立運動の末に漸く自由を勝ち得たエピソードは皆さんも良くご存知だと思います。インドの場合、資本主義経済の過酷な側面を厭というほど経験してきましたから独立にあたって英国や米国の経済運営のモデルを導入するのには抵抗がありました。また、独立運動を通じて国民はみな平等であるべきだという考え方が当時の政界のリーダーに強く根付き、これらのことから結局、ソ連に経済運営のお手本を求めることになりました。インドには英国統治下の頃からすでに私企業が存在していたわけですから、その上に計画経済の命令システムをそのまま載せるというのはすこし乱暴なやり方ですね。いずれにせよこうして出来上がった、市場経済と計画経済とを無理矢理継ぎ合わせたシステムのことを「混合経済」と呼びます。 独立直後の経済 さて、独立直後のインドの経済は農業、漁業、などの第一次産業の占める比率が経済全体の58.9%でした。さらにジュート、綿花、テキスタイルなどが10.8%を占めていました。典型的な農業国と呼んでいいと思います。歴史的にインドの土地所有制度は複雑でこれが生産性の向上を阻む一因となってきました。インドはソ連型の「5ヵ年計画」を採用、第1次5ヵ年計画は1951年にスタートしました。このときのプランでは農業改革に重点が置かれていたのですが、その成果は限定的だったと思います。 ヒンズー成長率 これ以降、インドの5ヵ年計画は重工業の育成や所得の向上などに重点を移してゆくのですが、所期の成果が達成出来たケースは稀で、殆どが期待はずれに終わったと言っても過言ではないでしょう。このことは1951年から1979年までのインド経済の平均成長率が3.1%という低い水準にとどまったことからも確認できると思います。今、人口の増加を勘案した、一人当たりの成長率で見ると1.0%という計算になります。この低成長を揶揄する表現として「ヒンズー成長率」という言葉が生まれたくらいですからインドが次第に世界の発展から取り残されていった様子が想像できようというものです。問題は5ヵ年計画が毎回期待はずれに終わりながら、「天候のせいだ」とか「戦争のせいだ」とか、その度ごとにいろいろな言い訳がなされ、今流に言えばアカウンタビリティー(責任の所在)が真剣に問われなかった点にあると思います。
2005年12月06日
2005年10月7日 2.BRICs各国の政治・経済動向ならびにそのリスク インド インドのストーリーの良い点・悪い点 最近、注目されつつあるインドがタイムリーだと思いますので、インドから入ることにしましょう。先ずインド株投資を考えるうえでしばしば議論の対象となるポイントをまとめてみたいと思います。 インドの良い点 インドが中国とならんで人口が多いことは誰もが指摘するところですが、インドの魅力はデモグラフィー(人口動態)的に若者の数が多い点でしょう。19歳未満が5億人を占めています。(中国の労働力も今は若いのですが、一人っ子政策などの影響で今後の人口構成の予想では急速に老齢化が進むとみられています。) 次に海外からインドへ対する直接投資の額は中国のそれとは比較にならないほど少ないのです。しかし、これは集中豪雨的な過剰投資が無かったことを意味しています。それはとりもなおさず過剰投資のバブルが弾けたときに起こる様々な悪影響を心配する必要が無いということです。 次にインドでは企業の資本に対するアクセスが悪かった為、「資本を無駄にしない」という態度が身についています。平均するとインド企業の資本収益率は17%程度で、中国のそれを上回っています。 また、インド企業はおしなべてバランスシートが健全であることも魅力です。今、銀行の融資残高のGDPに占める比率は約15%程度と、他のエマージング諸国より低いのです。つまりそもそも銀行サービスのインド経済への浸透の度合い自体が低いわけです。これは見方を変えればインド企業が「借金漬け」になっていないと言えるでしょう。従って不良債権比率も一桁台と健全です。 インド企業は製造業では中国の後塵を拝していますが、ソフトウエアやサービスでは質の面でも価格の面でも高い競争力を持っています。 このようにインドの強味は中国の強味とあまり重複しておらず、その意味で相互補完的であると言えるでしょう。 インドの悪い点 一方、インドの懸念材料としてしばしば指摘されるのは先ず石油の輸入依存度が高いという点です。インドは石油の70%を輸入に頼っています。石油の輸入代金は全ての財やサービスの輸入額の3分の1を占めています。しかも原油の消費量は年々急増しており、1994年には一日当たり154万バレルだったのが2004年には255万バレルに跳ね上がっています。 また、インド政府はガソリン価格を抑えるために実質的な補助金を出しているのですが、これが国庫を圧迫する要因となっています。従って原油価格の高騰は財政収支の悪化懸念を招来し、これが国際的な投資資金の離散を引き起こす可能性があります。 加えて石油の輸入依存度が高いということは貿易収支に対してもプレッシャーがかかることを意味します。インドの場合、ITサービスなど輸出競争力の強い分野は高付加価値型の財やサービスである場合が多いのですが、裏返して言えば金額ベースでは大した金額ではないので原油価格の高騰に貿易収支の数字が振り回されることになります。 インドの財政収支が赤字である点もしばしば指摘される点です。これを補うためには肥大化して非効率な政府部門のダウンサイジングを行なう必要があるわけですが、これはインド政治の伝統からしてなかなか抵抗のある政策課題です。従って、民営化プログラムの遅延などのニュースが出た場合、インド経済の先行きに海外投資家が不安を持つことが予想されます。
2005年12月05日
2005年9月30日 ADRと株価形成ADRを発行するとアメリカの株主が増えますから、その企業の株価形成も自ずとアメリカ人投資家の「好み」を反映しやすくなります。それでは一体、「アメリカ人投資家の好み」とは何でしょうか?。これは対象となるセクターや個々の企業の業績の推移、その企業の投資家とのコミュニケーションの在り方など、様々な要素に左右されます。従って、とてもひとことで言い括ることは出来ません。それらの細かいニュアンスについては今後、折に触れて解説してゆくとして、今日は大局的な見地から考えてみましょう。 米国は世界最大の株式の買い手米国の株式市場は時価総額で約15.6兆ドルの巨大市場です。世界の株式市場の約半分を占めている計算になります。連邦準備銀行の資料によれば米国市場の60%を個人投資家が直接、間接(投資信託)的に保有しています。ADRを発行するという事は即ちこの巨大な資金プールにアクセス出来るという事を意味します。 米国の投資家は昔は「田舎者」で、海外の市場には見向きもしませんでした。国内に大きな株式市場がありますから、わざわざ外国株を買うという発想にならなかったのです。しかし、過去25年くらいの間にこの投資態度は劇的に変化しています。この間、米国人の保有株式に占める外国株比率は全体の1%から13%へと比重を増しています。金額ベースで言えばおよそ100倍に成長しています。このトレンドを反映してADRの売買高も年々二桁成長を記録しています。 つまり、今後、米国投資家の世界の株式市場に対する影響力はさらに大きくなることが予想されるわけです。米国投資家の存在がエマージング・マーケットの株価形成に影響を及ぼす片鱗は既に中国株に見て取れます。 中国株に見る外人投資家の重要性近年の中国株のトレンドとして、外人投資家向け市場であるH株市場は堅調であるのに対して、中国国内投資家向け市場であるA株市場は買い手不在のままズルズル安という構図が定着してしまったようです。同じ国の株式市場なのにどうしてこうまで差が出たのでしょうか? 需給面から見たH株市場とA株市場の根本的な相違点はH株の多くはADRなどにより米国などの投資家の巨大な資金プールにアクセス出来る点です。これに対してA株市場は国内の限られた投資資金のみに依存していますから「熱しやすく、冷めやすい」投機的な動きにならざるを得ません。 勿論、中国政府はQFII制度などによりA株市場へも外人の資金を呼び込むことを試みてはいます。しかし、「QFII制度の導入がA株市場の下支えになるのではないか」という期待はこれまでのところ裏切られていると言わざるを得ないでしょう。そのひとつの理由はQFII制度によるA株市場の開放はあくまで「中国のルール」で勝負することを強いる制度だからです。これとは対照的にADRは「アメリカのルール」で勝負することを強いる制度と言えます。つまり、発行体(株を出している企業のこと)の方がアメリカの開示基準に合わせることを要求されるわけです。 アメリカの投資家には「自分達は世界で最大の資本市場を持っているのだから、我々のルールがベストだ」という考え方が根強くあります。パックス・アメリカーナ(アメリカ覇権主義)的な考え方ですね。本当にアメリカのルールがベストであるかどうかは一概には言えない気がしますが、QFII制度がアメリカの資金をA株市場に呼び込めなかった根本的な原因はここにあると思われます。 一般に、米国投資家の中国株に対する関心は日本のそれに比べてまだまだ低いです。今回の人民元の切り上げなどを契機に今後注目度が高まることが考えられます。中国株の今後の株価形成を理解する上でADR投資家の視点から物事を考えてみることが、今後ますます重要になるのではないでしょうか?
2005年12月04日
2005年9月22日 1.ADRを利用してBRICsへ投資することのメリット(3)ADRを買う際で最小限知っておくべき用語や仕組みについて説明します。 パリティー(理論値)先ず、米国で証券会社のトレーダーが朝、出勤してきて、或るADRの銘柄に関してビット、オファーの建値を建てる場合、どうやって値段を決めるかについて説明します。ペトロチャイナ(ティッカーPTR)を例にとって見てみましょう。 9月9日の現地引け値:6.15香港ドル9月9日の香港ドル/USドル為替レート:7.7632普通株→ADRへの変換比率(コンバージョン・レシオ): 1対100 6.15 ÷ 7.7633 × 100 = 79.2199 (パリティー) つまり79.2199が理論値、即ちパリティーとなります。なお、ADRへの変換比率(コンバージョン・レシオ)は銘柄によって、1対2とか、1対10とか、いろいろ変わります。自分の知りたい銘柄のコンバージョン・レシオを調べるには: http://www.adr.com/entry_disclaimer.html で最初に出てくる画面の一番上にティッカー・シンボルを入力するところがあります。そこで例えば、PTR<GO>と押すとペトロチャイナに関する基本的な情報が出てきます。その画面の一番下にRatio(レシオ)1:100と出ています。プレミアム/ディスカウントさて、9月9日のペトロチャイナのNY市場での引け値は実際には81.24でした。 するとNYでの引け値の方が香港での引け値より2.55%高かったことになります。このようにADRの方がパリティーより高い場合をプレミアムと言います。 逆にADRの方が割安な場合はディスカウントと言います。 通常であればADRの株価がパリティーから大幅に乖離することはないのですが、例外的にADRに大幅なプレミアムがつく場合があります。 これは現地株が外人持ち株規制などの理由で自由にADRに転換できない場合、ADRが品薄となり、もたらされる現象です。 割高だとわかりきっているものを買わされるのは気分の良いものではありませんが、プレミアムがついている場合は、やはりそれなりの事情があるケースが多く、そうしたプレミアムはなかなか解消しないのが常です。
2005年12月03日
2005年9月16日 1. ADRを利用してBRICsへ投資することのメリット(2)企業の「やる気」を買う 前回は投資家の立場から見るとADRが使い勝手のよい「優れもの商品」であることを紹介しました。 今日はADRを出す側、つまり発行体企業の立場でもう少しADRというものの意義を考えてみたいと思います。 たとえばインドを例にとると、BSE(ムンバイ証券取引所)が開設されたのは1878年です。つまり東京証券取引所より歴史があるわけですね。インドの証券取引所は歴史が古いばかりではなく、流動性の提供や、効率的な価格発見メカニズム、公正さなどの点で十分に満足のゆく市場です。そんな立派な取引所が自国にあるのに、なぜわざわざ米国でADRを発行する企業があるのでしょうか? それはひと口に言えば「その企業の夢の大きさに関係しているから」と言えるでしょう。 きちんとした証券取引所が自国に存在する国の場合でも、国全体としての富の蓄積が十分でない場合は、その市場から調達できる資金は自ずと限られます。昔であれば、国民の貯蓄率が向上したり自国の金融界が実力をつけるのを待ってから事業拡大の為の資金調達を行なうほか無かったでしょう。戦後、焼け野原の何も無いところから始めた日本の場合、なけなしの資本を最も政策的に重要と思われる基幹産業に、しかも重複投資などで無駄が出ないように政府が注意深く資金の配分を決めてきました。これが所謂、「傾斜配分」と呼ばれる政策です。 しかし、今の時代には「国民の貯蓄率が上昇するまでなんて、待っていられない!」と感じる企業も多いのではないでしょうか?そういう積極的な企業はディスクロージャーなどの点で敷居の高い米国市場であっても敢えてADRを出し、投資資金を調達する道を選ぶと思います。特に近年は世の中の変化のスピードが速くなっていて、ボヤボヤしていると折角のビジネス・チャンスを逃してしまうことになりかねません。さらに、エマージング・マーケットの企業が先進国の企業と正面から競争するケースも多々あります。そんな時、資金調達力で先進国企業よりハンデを負っていたのでは勝てる競争にも勝てなくなってしまいます。また、企業によっては「我々は自国内の市場だけを相手にするのではなく、世界中の人々を顧客にしたい」と大きな志を抱いているところもあるに違いありません。その際、米国に株式が上場されていれば知名度や信用が一段と上がるわけです。 ADRを出している企業の全てがそういう優良企業であるとは断言できませんが、出していない会社と比べると「投資してみたいな」と感じさせる企業が多いのは上のような理由があるからなのです。
2005年12月02日
2005年9月16日 今日からADRを利用したBRICs投資について書いていきます。次のような点に言及する予定です。1.ADRを利用してBRICsへ投資することのメリット 2.BRICs各国の政治・経済動向ならびにそのリスク 3.各業種の動向、主要銘柄の紹介 4.BRICs投資にあたって、どうやって調べればよいかそれでは早速、本題に入りましょう。 1. ADRを利用してBRICsへ投資することのメリット(1)ADRは「優れもの商品」 まず、ADRが何であるかについて簡単に言及します。 ADRとはAmerican Depositary Receiptの略で、日本語では米国預託証券などと訳されます。 そう言われてもピンとこないという方は、「ADRは普通の米国株と大筋では何ら変わらない」という事だけ憶えておいていただければ十分です。 (なお、会社によってはADRではなく、ADS、つまりAmerican Depositary Sharesを発行している場合もあります。両者に基本的な差異はありません。) もともとADRは不慣れな外国株投資をどうやって身近にするか?ということに関していろいろ工夫することによって生まれた仕組みです。今、ロシアやブラジルなどの現地市場へ行って株式を買い付ける場合を考えてみてください。この場合、それぞれの現地市場の仕組みから、現地証券会社での口座開設、為替の問題、ロシア語やポルトガル語で書かれた決算公告をどうするか等、心配の種は尽きません。 もちろん、これらの全てを自分でやらないと気が済まないと感じる「凝り性」の人もいると思います。ちょうど車好きの人がマニュアル・シフトの車を購入するようなものですね。一方、ADRを利用した投資はオートマチック車を購入するのと同じだと思えばよいでしょう。要はその車を運転して目的地に辿り着けるかどうかが問題なのですから操作は簡単なのに越したことはありません。 ADRは他の米国株同様、ドル建てで取引されます。 また、ニューヨーク証券取引所(NYSE)やナスダックで取引されるADRは米国企業とほぼ同じ情報開示基準が適用されます。 このため、一般にADRを発行している企業に関する情報はADRを出していない企業より豊富で、また比較的簡便に情報収集できると言えるでしょう。 エマージング・マーケットの場合、情報の非対称性(一部の事情通だけが得をすること)のリスクが大きいのです。 ですから、ADRを発行し、米国の厳しい情報開示基準に基づいて公平にその経営内容を投資家に伝えてゆこうという心構えがある企業というのは、もうそれだけで投資価値が他の企業より高いと私は考えます。
2005年12月01日
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