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日ごろは、インフォシークのサービスをご利用いただきまして誠にありがとうございます。 すでにご案内のとおり、「Infoseek マネー」は、2011年12月17日(土)をもって終了させていただきました。長年ご利用くださいまして、誠にありがとうございました。心から御礼申し上 げます。今後につきましては、株価・為替等の情報については「楽天証券」のサイトをご利用くださいますようお 願い申し上げます。また、このブログで連載しておりました“山崎元「本音の投資教室」”は、引き続き、楽天証券サイト内にてご覧いただけます。https://www.rakuten-sec.co.jp/web/market/opinion/yamazaki/ ごれまでのInfoseek マネーのご利用、まことにありがとうございました。 引き続き、楽天グループのサービスをご愛顧いただけますよう、お願い申し上げます。
2012年04月28日

前回は、景気と資産価格を引き連れてバブルとボトムを行ったり来たりする経済の循環パターンを時計の針の回転に譬えてご説明した。 資産運用を考える場合、この循環に対しては、それぞれの時間帯(=経済循環の段階)でベストな「お金の置き場所」、つまり資産運用対象が存在する。 もちろん、お金を増やすことができる時期とそうでない時期の差はあるのだが、「相対的に何がいいか」という比較は常に可能なので、それぞれの時間帯にあって、第一選択肢と第二選択肢をあげてみた。 表にまとめてみたので、早速見てみて欲しい。 (図) 山崎式バブルとボトムの経済時計 時間帯 第一選択肢 第二選択肢 12時~2時 現金 国債 2時~4時 国債 現金 4時~5時 現金 国債 5時~6時 国債 現金 6時~7時 株式 ハイイールド債 7時~8時 ハイイールド債 株式 8時~11時 株式 不動産 11時~12時 不動産 株式 12時~2時(バブル崩壊初期) バブル崩壊の初期は、第一選択肢が「現金」、第二選択肢は「国債」とした。 この場合、国債とは、基本的に長期国債を指すが、信用リスクが不安視されるような国の国債ではなく、日本国債、米国債、独国債のような信用度が高く て流動性が大きな国債だ。自国以外の国債を買う場合は、為替ヘッジの必要性を判断して欲しい(通常はヘッジして買う方がいい)。 「現金」と「国債」の選択は迷うところだが、一つにはバブル崩壊の初期は本当にバブルが崩壊しているのかが定か出ないことがあるし、バブルの熱が残っていて、インフレ率が高く金融引き締め中であることが多い。この場合、長期債の金利低下に賭けるのは危険な面がある。 バブル崩壊が本格化して加速度が付く段階(2時に近づく時間帯)では、流動性・換金性が重要だ。運用の世界には「キャッシュ・イズ・キング」という 言葉があるが、株式や不動産などは「高値であることが最大の悪材料だ」という状況になるので、現金(ファンドマネジャーの場合は短期性資金)が安心だ。 信用度の高い国債や通貨には「質への逃避」が起こる公算が大きい。流動性が十分確保できる範囲であれば、長期国債に投資して値上がり益を狙うのは十分成立する狙いだ。 2時~4時(不良債権累積期) バブルが崩壊して資産価格が下落すると、金融機関の債権が劣化する。具体的には、不動産など担保となっている物の価値が下落してローン価値の毀損が起こる。一方、株価や不動産価格の下落は「逆資産効果」をもたらし、実物経済の消費や投資を縮小させる。 この時期の資産運用の王様は長期国債だ。金利が下落し、価格が上昇する。現金から長期国債に上手く切り替えるタイミングを掴むことが出来れば、大きなキャピタルゲインを得ることが出来るだろう。 4時~5時(流動性危機) 不良債権が累積すると、金融機関のバランスシートに対する相互不信が生まれ、金融取引が滞る状態が起こる。たとえば、日本のバブル崩壊の後は日本の 銀行が、現在の欧州情勢にあっては欧州の銀行が調達金利の上乗せを求められる事態が発生したが、この時期の主な関心事は流動性になる。また、財政状況に よっては国債が売られる懸念が生じる場合があるので、この状態では「現金」を第一選択肢とした。大手金融機関の倒産が起これば、経済がショック状態に陥る 場合もあろう。 もちろん、流動性と信用度に問題のない国債も有力な運用資産候補だ。 5時~6時(信用収縮期) 流動性危機を中央銀行の金融緩和で凌いでも、貸手・借手双方のバランスシート、特に金融機関のバランスシートが修復されて、資本が十分に手当てされないと、信用(=与信、貸出)は拡大に向かわない。「貸し渋り」による不況が続く。 流動性に緊急の問題はなく、民間に資金需要が乏しいので、資金は安全資産としての国債に向かいやすい。長期金利は意外な低金利が定着する可能性がある。この時期は「国債」、「現金」の順だろう。 6時~7時(リバウンド期) 景気が後退し、信用が収縮する過程では、資産が過剰に売られやすくなる。たとえば、株価は既に割安になっていても、ファンドの解約請求があればファンドマネージャーは、株価の判断に関係なく株式を売却しなければならない。 ボトムからの回復の第一歩は、金融緩和を背景に、売られすぎた資産価格がリバウンド的に底離れすることから始まる。 この時期、流動性があって反応が早くリバウンドを大きく取りやすいのは「株式」だろう。加えて長期国債の金利低下は一巡しているはずだが、危機から 時間的な距離が出来ることで、信用リスクのある債券は倒産リスクが遠のくので、スプレッドに注目されて買われる場合がある。「ハイイールド債」は、信用リ スクにより利回りにプレミアムのある債券のことだと解釈して欲しい。 7時~8時(自律回復初期) 前記のような理由で、信用リスクの分だけ利回りにプレミアムが乗った債券は投資妙味がある。リバウンドの初期の足の速さでは株式に一歩譲るが、景気 の回復に伴って信用リスクが縮小する時期は、スプレッドが縮小するので、リスクも加味すると「ハイイールド債」に相対的な妙味があるように思う。 リバウンドの後が続いてブームまで至るかどうかは、経済環境と、金融政策(金融緩和の程度と継続性)に依るが、常識的には「株式」も悪くないはずだ。 8時~11時(好況からブームへ) 「景気回復」から「ブーム(好況)」に至る時期なので、「株式」「不動産」といった収益資産がリターンを稼いでくれる時期だ。この種の物への投資はこの時期のためにやっていると考えてもいいくらいだ。 株式がいいか不動産がいいかは微妙だが、流動性・換金性に優れる点で株式を第一選択とした。 11時~12時(ブームからバブルへ) 現在の金融ビジネスの構造を考えると、ブームがバブルに至らずに継続することは難しい。どこまで続くか、いつまで続くかは渦中にあって判断しにくい が、ブームの末期は、広範な信用の拡大が起こるので不動産価格が高騰しやすい。過去にあって、多くの場合、ブームの末期には、信用拡大に後押しされた不動 産ブームが起こっており、これが将来の不良債権の種にもなることが多いのだが、バブルの終盤は「不動産」、「株式」としておこう。ただし、特に不動産は流 動性が乏しくなった時に売れなくなるので、逃げ時が大事あることは肝に銘じておこう。 不動産も株式も、バブルは末期の値上がりが大きいので、早く「降りる」と寂しい思いをすることがあるが、逃げ遅れて酷い目に遭うこともあるのだが、パターン化が難しい。この段階から参加する投資については、「ご幸運を祈る!」としか言いようがない。 尚、上記のパターンは、経験と論理を加味すると多くの場合こんな感じだろう、という筆者 の個人的な判断に過ぎない。そもそも、経済がどの時間帯に居るのか、どこに向かうのか(逆回転が起こりやすいのは、金融緩和の不足で9時を前に失速した 2000年代の日本のような場合だ)に関する判断自体が確実に出来るものではないし、どの資産がいいかという判断も些細に見える条件のちがいによっても変 化する。本稿で述べたパターンは、あくまでも投資のヒントに過ぎないことを申し添えておく。(2011年12月2日)
2012年03月01日

以前本欄で、「『バブル』を中心とする経済のサイクル」(第134回、2010年9月17日)という経済循環を一回転する円運動の図で説明したことがある。このたび、あの図をもう少し詳しく書き換えたので、ご覧に入れたい。以下の図1がその図解だ。山崎式バブルとボトムの経済時計(図1)時間を追って、大まかにご説明しよう。先ず、経済は、景気と資産価格を引き連れて循環する。12時から始めると、先ずバブルのピークの時期には、株価は「高値波乱」的なボラティリティーの高い状況で取引されることが多い。この段階では、金融の引き締めが徐々に始まっていることが多く、中央銀行は何度か政策金利を上げていることが多い。12時~1時の段階ではまだバブルが過ぎ去ったのかどうか、あるいはそれまでの上昇相場がバブルだったのか分からないことが多く、一時的な「調整局面」だと言われることが多い。1時~2時の段階に至ると、多くの人が高値の回復が難しいと思うようになり、株式、不動産などの投げ売りが始まる。この時点では「高すぎる資産価格自体が最大の悪材料だ」と見なされるようになる。尚、時計には万有引力が働いていて、右半分の方が回転が早く、左半分を回すには金融政策のサポートが必要だ。2時~4時は、資産価格が下落中だが、この間に金融システムに不良債権(多くの場合不動産などの担保割れが起こる)が発生する。4時~5時の段階ではまだ底が見えていないが、金融機関のバランスシートが悪化して、最悪の場合は大手金融機関の破綻が起こる。この段階では、流動性の低下、つまり金融機関同士の資金の融通が悪化する現象が起こる場合があり、中央銀行は「最後の貸し手」として行動する。5時~6時の段階では、バランスシートが完全には修復されていないので、「貸し渋り」つまり信用収縮から不況が起こり経済循環のボトムに至る。6時の段階では、ファンドの解約による売りなど、ファンダメンタルな判断に基づかないやむをえない売りの影響で株価や不動産価格は下がりすぎていることが多く、これが修正される「リバウンド」相場の時期が6時~7時だ。この時期には金融が緩和されているので、徐々に消費や投資が復活してくる。7時09時はこうした「自律回復」の時期だ。ここで経済時計の針が9時を超えるためには、十分な金融緩和を行うことが重要であり、バブル崩壊後長きにわたってデフレに苦しむ日本は、この段階が十分機能しないので、針が9時を回ることが出来ずにこの手前で前後している状況だと考えられる。経済時計の針が9時を回ると、資産価格の回復が、一つには消費や投資の余力を生み、また、金融機関でも資産内容が改善することによって融資余力が発生して信用拡大が起こりやすくなる。これが、9時~11時の状況で、景気的にはブームが起こる。信用拡大が行われる時期に、これが11時を超えてバブルに至る理由は、人間の欲望や付和雷同的な集団行動の他に、金融機関及び金融マンが他人にリスクを取らせてビジネスを作り、自分の収益やボーナスを稼ごうとする「リスクの拡大装置」が金融ビジネスに組み込まれているからだ。かくして、時計はまた12時に至る。経済時計のそれぞれの時間帯で、「これがベスト」あるいは「セカンドベスト」と言うべき投資対象は変化する。次回は、時間帯別の投資対象の選択について書いてみたい。
2011年11月18日
読者の多くは、株式会社SBI証券、カブドットコム証券株式会社、マネックス証券株式会社、および楽天証券株式会社の4社による投資信託の販売協力プロジェクトがあることをご存じだろう(「資産倍増プロジェクト」という名前が付いている)。このプロジェクトにあって、上記4社は、協同で各種の広報宣伝活動を行ったり、ネット証券専用ファンドの選定を行ったり(第一回、第二回、各3本ずつ)、ネット証券を通じた顧客の投資信託運用を拡大しようとする活動を行っている。筆者は、楽天証券の一社員として同プロジェクトの関連書籍の作成に協力したし(ダイヤモンド社より刊行予定)、4社協同での公開セミナーに参加する予定になっている(大阪では2011年11月7日、東京では2012年3月18日開催予定)。投資信託及び投資信託ビジネスについては論者によって様々な意見があり、また、これらを述べるに当たっては、ビジネス上の状況や立場の制約を受ける。筆者もその例外ではないが、以下、ネット証券における投資信託の販売に関して何を期待し、これがどうあるべきだと思うかに関して、正直な意見を述べてみたい。日頃の本欄のレポートもそうなのだが、今回は特に、以下の意見が会社(楽天証券株式会社)の意見を代表するものではない、山崎元個人の意見であることをお断りしておく。ネットにおける投信販売の二大メリットネットを通じた投資信託販売は、顧客に2つの大きなメリットを提供すると筆者は考えている。第一に、金融機関のセールスマンが介在しないことで、第二に、ローコストであることだ。順番は、本質的には逆かも知れないが、現実的には、この順で強調したい。日本の投信顧客の多くは、セールスマンが介在し顧客にアプローチすることによって、「不適切なファンド」に投資するに至っている。「不適切なファンド」を筆者は、(1)ほぼ同じリスクを取るファンドの中で他のファンドに明らかに劣るファンドか、(2)顧客の運用にとって不適切なリスク・内容のファンドか、の何れかであると定義する。筆者は「高コストでも、イメージや商品性格などに顧客が満足してこれを選ぶなら、価値あるファンドだ」といった誤魔化しは、認めない。お金の運用の場合、目的はお金を増やすことで、インプットもアウトプットもお金だから、ダメなものはダメなのだ。特に、(1)の場合は、「よりまし」な選択肢と実際の選択肢とを比較することによって(例えば、同じリスク=投資対象のファンドなのに手数料が違うようなケースが典型的)、投資家の「愚かさの値段」を金銭的に評価する事が出来る。例えば、同様の投資対象に投資するファンドの中で相対的に手数料コストが高いファンドや分配金を頻繁に払って課税上損なファンドは(1)の理由で「不適切なファンド」だ。高齢退職者の退職金の大半を新興国通貨のリスクを取らせるファンドに誘導するような場合、このファンドは(2)の理由で「不適切なファンド」である。この種のビジネスに関わっている方には申し訳ないが、毎月分配型のファンドや通貨選択型の新興国通貨コースのファンドなどは、殆どが投資家にとって「不適切なファンド」であり、銀行、対面型証券会社といった金融機関のセールスマンがいなければ、顧客の多くは、こうしたファンドに投資せずに済んだだろう。また、高齢者に明らかに本人が理解できないような内容の、しかもハイリスクな商品を販売するようなケースは、明らかに「適合性の原則」上問題があるが、近年、その種の販売事例を、かつては「おとなしい」といわれていた銀行の投信窓販でも頻繁に聞くようになった。銀行窓販は、すっかり「肉食化」した。投資信託は、顧客が自分で理解し、他の商品とも(特に同類の他のファンドと)広く比較した上で、最も有利なファンドを自分が決めたタイミング・金額で購入すべき商品だ。筆者は、大学の授業で運用にあって「最も恐ろしいのはマーケットのリスクではなく、あなたの目の前に現れる金融マンだ」と日頃から学生に教えている。特に、近年は、商品の開発にあっても、売り方にあっても、行動経済学的なバイアス(非合理的な判断をもたらす心理的傾向性のこと)を積極的に利用した金融マーケティングが横行しており、その中で、対面型のセールスマンが果たしている(悪い)役割が大きい。ネット証券で投資信託に投資する場合、セールスマンの影響を受けずに意思決定ができるということは、特筆大書したいくらいの大きなメリットだ。もう一点、ネット販売による実質的な手数料コストの下落は、顧客の側から見た時に分かりやすいメリットだ。同じファンドを買うにも、対面型の窓口で買うと販売手数料が2~3%かかるのに対して、ネット証券で買うとノーロード(販売手数料ゼロ)というケースが頻繁にあり、投資信託という商品にあっては、既に「一物一価」が崩れている。このことは、顧客にとって非常に重要な情報のはずだが、まだ世間に十分知れ渡っているとはいえないのが大変残念だ。ネットを使った販売によってコストを下げて、そのコストを実質的な価格引き下げの形で顧客に還元し、これを競争力として、需要量を拡大する、というビジネス・モデルはネットのビジネス・モデルとしては、最も古典的且つ基本的なものだ。シンプルなだけに強力でもある。ネット証券各社は、かつて対面型の証券会社が顧客から取っていた分厚い手数料を、ネットを使って引き下げることで「株式の委託売買」というビジネス分野で、対面型の証券会社からシェアを奪う形で今日のビジネスの基礎を築いた。ネット証券の登場によって、顧客は、株式投資をかつてよりも遥かに安い手数料コストで行うことができるようになった。これは、多少手前味噌になるが、ネット証券の投資家、ひいては社会に対する「貢献」として誇っていいものだと思う。結論の先取りになるが、これを投資信託に対しても適用することが、ネット証券の投信販売に関する、筆者の期待の中心だ。率直に言って、対面型の証券会社で売っているようなファンドをネット証券で売ることについては、意欲が湧かない。期待と現実先日、資産倍増プロジェクトのイベントに関する打ち合わせで、SBIグループのオフィスを訪ねた。この際に、受付の横にあるモニターに映った同グループのキャッチフレーズ「全力顧客還元主義」という言葉に感銘を受けた。コストを下げて、そのメリットを顧客に還元することで顧客に報いて、その結果としてビジネスを発展させ、顧客と共に栄えよう、という趣旨だと筆者は読んだ。筆者が、ネット証券の投信販売に期待する方向性そのものだといっていい。問題は、投信に関して、それぞれの時点で、ネット証券がどの程度までやれば「全力」だといえるのか、ということだろう。仮に、全てのファンドをノーロードにして、且つ、信託報酬の中の代行手数料部分も顧客に全て還元するとすれば、顧客サービスに関して全力であることは間違いなかろうが、ネット証券は運用会社の大半を自社の傘下に置くのでもない限り(まずあり得ないが)、投信販売ビジネスで収益を得ることが全く出来ないから、投信販売ビジネスを継続することが出来ない。投信ビジネスに関する限り、資産倍増プロジェクトに参加するネット証券4社は、投信の預かり残高も、投信ビジネスからも収益も「まだまだ全く不足だ」と思っているはずだ(だからこそ、このプロジェクトがある!)。たとえば、現在、ネット証券が投信に関して受け取っている手数料を半分にするなら、投信の預かり資産残高は、少なくとも、倍以上が期待できる必要がある。これが、ビジネス上の半ば「制約条件」だ。ただし、かつて株式の売買手数料を各社が競うように引き下げた時にそうだったように、投信の手数料値下げについても、「やってみなければ分からない」面が多大にある。かつて楽天証券にあっては、「株式の手数料をこれ以上下げるのはもう無理だ」と社員の多くが反対ないし心配する中で、経営陣が値下げを決断して、結果的に良かったという経験が何度かあった。他の3社の事情も似たようなものだったのではないだろうか。投資信託についても、手数料引き下げの投資家にとってもメリットを十分訴えることが出来ると、手数料の引き下げ率を大幅に上回る預かり資産の増加率が得られる可能性があるのではないだろうか。何れにせよ、投資家、ひいては社会の目線から見ると、ネット証券の投信販売は、上記のような展開になるのでなければ、大きな意味はない、といえる。どこまでが「全力」なのか、については、4社各社が考えるべきだし、おそらくは競っていく必要があるだろう。この「全力」のためには、目先の手数料を一時的に減らす覚悟と共に、既存の対面型の証券会社や銀行と全面的に対決する胆力が必要だが、これは、かつてのネット証券が株式売買ビジネスに於いて発揮したことがあるはずの力だ。取り敢えずの中間目標としては、手数料率(資産当たりの)を2分の1に、投信の預かり資産残高は4倍に、という両方を早期に達成する、というくらいがいいのではないか。環境的に大変な時期ではあるのだが、「資産倍増」とだけいうのではいかにも夢が小さい。夢は大きくネット証券の投信販売に関しては、これを、投資家にとって真に好ましくて、且つ面白い投資信託商品の登場に結びつけることが筆者の夢だ。理想をいえば、「不適切なファンド」は売りたくない。しかし、ネット証券はセールスマンを使ってファンドの押し売りをするわけではない。顧客の側で、「不適切なファンド」を避けてくれればいいし、そのことによって、ネット証券、さらには投信の運用会社がより良い商品に注力するようになればいい。ポイントは、「良いファンド」をどれだけ安く売ることが出来るかだ。将来の「良いファンド」の中に、広範な市場をカバーする十分に分散投資されたローコストなインデックス・ファンドが入ることは間違いないが、「インデックス」が常にベストなポートフォリオだとは思わない。インデックス・ファンド並みの手数料のアクティブ・ファンドがあってもいいはずだ。アクティブ運用は、大きなアナリスト部隊と多大な調査コストが掛かり高く付くのだというのは運用会社の言い訳だ。現実には、社内のアナリストに頼らないファンドマネージャーが多数いるし、システムに対する負荷も、数百・数千銘柄の売買が一気に生じるインデックス・ファンドの方が大きい。仮に手数料は掛かるのだとしても、投資顧問を見ると運用に対する手数料は資産残高が数百億円単位になると十数ベイシス(前半)だ。たとえば、運用会社が15ベイシス(1ベイシスは百分の1%)、受託銀行が5ベイシス、販売会社が取る代行手数料が15ベイシスで、35ベイシスくらいの信託報酬でもちろんノーロードのアクティブ・ファンドは十分成立するはずなのだ。こうした手数料のファンドでも、残高が1兆円になると、運用会社と販売会社にそれぞれ毎年15億円の収入をもたらす。1兆円という残高は、米国のミューチュアル・ファンドを見ると、それほど非現実的な金額ではない。また、金額さえ十分に集まるなら、インデックス・ファンド並みの手数料のアクティブ・ファンドがあっても全くおかしくない。ネット証券に投信の資金が大量に集まるようになれば、ローコストな商品を提供する運用会社は必ず現れる。証券直系、銀行直系の投信運用会社は1番手にはならない公算が大きいが、外資系、独立系など、他にも運用会社はある。先行する1社が大きな資金を集めるようになると、証券・銀行系も追随するはずだ。「ネットによる証券販売を梃子にして、個人向けの運用商品を根本的に改善すること」。これなら、仕事として十分なやり甲斐がある。
2011年11月04日

持ち時間60分で何を伝えるか 今回は、「60分でアセットアロケーションの要点を伝える」という課題を考えてみたい。実は、筆者は、ある教育機関でインターネット配信する動画の 形で、ざっと60分の持ち時間でアセットアロケーションを伝える番組を来週収録しなければならない。60分は、ある程度オーバーしても構わないのだが、番 組があまり長くなると、受講生にとって負担が重くなる。なるべく時間を超過しないように構成したい。 視聴者は主にビジネスパーソンで、自分の費用と時間で勉強する気持ちのある真面目な人達で、収録はテレビのスタジオのような場所で行われ、女性のア ナウンサーが進行役でつくが、ほぼ私が一人で授業を行うように進行することになる(掛け合い形式の台本を作ることは可能だが、事前に打ち合わせる時間がな いので、現実的ではない)。 全体で10数回に及ぶ運用入門の講座1コマで、筆者が数回担当する中の1つなのだが、この回の構成が断然難しい。 実践的であることを標榜する運用入門講座なので、一般ビジネスパーソンである視聴者が自分でアセットアロケーションが出来るようになる必要がある。 リスク(標準偏差、分散)とリターンの意味と計算方法については既知としていいが、機関投資家が通常用いるMean Variance法を各自が独力で出来るようにする、とうのは現実的でない。筆者は、企業年金の担当者を対象に、エクセルの使い方も含めたアセットアロ ケーション入門講座を開いたことがあるが、参加者が独力でワークシートを作って最適ポートフォリオを計算できるようにするには、数時間かかった。受講者が FPならこの程度のレベルまで引き上げる必要があるが、今回は一般ビジネスパーソンが対象なので、何らかの簡便法を考えなければならない。 一方、簡便法だけを教えると、アセットアロケーションのどこが難しいか、また、簡便法が何を簡略化したものなのかが分からないだろう。この辺りが悩み所だ。 出だしの5分 授業はスタートが肝心だ。テレビ形式での授業では、とりわけそうだろう。最初の5分で伝えるべき事は、第一にアセットアロケーションの重要性であ り、第二に授業全体の構成だ。特に、今回は、前半に難しい話をして、後半に簡便法を説明する構成にするので、話の全体像をあらかじめ伝えておかないと、受 講者が途中で脱落する心配がある。 断片的だが、受講者に伝えるべき内容を、台詞にすると、以下のような感じになる。 「アセットアロケーションは、通常、運用パフォーマンス全体の8割から9割を決定づけるとされる、非常に重要なプロセスです。」 「アセットアロケーションの基本的なやり方は、100兆円以上の資金を運用する公的年金でも、一個人の数百万円のお金の運用でも同じです。どちら も、たとえば、株式の『期待リターン』や『リスク』、株式と債券とのリターンの『相関係数』などを推計しなければなりませんが、それは簡単ではありませ ん。」 「今回の講座では、一般の個人が電卓を使わなくても計算できるくらいの簡単さの『簡便法』をお伝えしますが、簡便法が、より厳密な方法と較べて何を簡略化しているのか意味が分からなければ、これを現実に用いる上で心配があります。 従って、今回の講座では、前半に、アセットアロケーションの一般的な枠組みを駆け足でご説明して、その後に、厳密な方法とどこが違うかを明確にしながら、簡便法を説明します。 前半の話は一回聞いてその場でマスターするには難しいかも知れませんが、一般的なアセットアロケーションの方法の『流れ』を掴んで頂けたら、それで十分であり、細かな計算を追う必要はありません。 後半の簡便法を楽しみに、気楽に聞いて下さい。」 前半の30分 先ず、複数の資産を組み合わせた時のリスクの計算方法を説明しなければならない。また、アセットアロケーションは、ポートフォリオの期待リターンとリスクからポートフォリオの効用を計算する「効用関数」を最大化する形で行われるので、この枠組みを簡単に説明する。 一般的な数式を見せただけでは受講生が理解した気分にならないだろうから、2資産で標準偏差が共に20%、これを半々に組み合わせたポートフォリオについて、相関係数を変えて分散投資の効果の変化を計算してみせることにする。 次に、実際の計算に近づけるために、3資産のアセットアロケーションを少し現実的な数字でやって見せて、これをエクセルのワークシートにするための基本的な構造をあっさり説明する。 リスクとリターンと効用を計算できるワークシートを作って、効用を最大化するようにウェイトを決める、というアセットアロケーションの基本的な流れ を理解して貰う。機関投資家のアセットアロケーションも基本的な流れは同じであることを説明すると、やる気のある受講生は、自分でワークシートを作ろうと するかもしれない。 (図1)ワークシートの構造説明 (図2)エクセル・ソルバーによる最適化計算の説明図 アセットアロケーションで難しいのは、「期待リターン」の推計をはじめとする、インプットの数字をどう作るかだ。理論が難しい訳ではないし、より複雑なモデルを作ったとしても、前提となるインプットが曖昧なままでは、複雑化にメリットがない。 こうしたことを説明した後に、リスクやリターンの現実的な数字の見当や、数字自体が変動しやすいこと、しかし、小さな変動に対しても、計算でもとめられるポートフォリオは少なからず変化することなどを伝えなければならない。 数字は、過去のデータから計算したものを使うよりも、敢えて大まかで計算しやすい数字で説明する方が、アセットアロケーションは主観的に行われるプロセスであることが伝わっていいだろうし、将来、データが変動した時にも、応用が利きやすいだろう。 あらまし、以下のようなことを伝える。 リスクについては、以下のような内容を紹介する。 「国内株式(TOPIX)」、「先進国(外国)株式(MSCI-KOKUSAI)」のリスク(標準偏差)は、15%から20%くらいの間で変動する。「新興国株式(MSCI-EM)」は25%前後のリスク。「株式」と「債券」は“景気”に関して逆に反応するが、内外ともに明確なマイナスの相関が期待できるほどではない(保守的には、両者・内外共に相関係数はゼロ)。「国内株式」と「先進国株式」、「新興国株式」は近年連動性が大きく、相関係数は0.7程度に上昇している。「国内債券」と「外国債券」の相関係数は金利変動を通じて緩く連動し相関係数は0.2程度。「外国株式」と「外国債券」は相関係数は為替レートが一緒に動くので0.4程度。リスク(標準偏差)も相関係数も計測時期によって異なる。使用する数値は、最終的には、分析者の判断による。 期待リターンについては以下のような感じだ。 期待リターンはモデルによる予測を使う方法と「鉛筆を舐めて決める」方法がある。現実に多く用いられるのは後者。リスクに応じて「リスク・プレミアム」を積み上げる「ビルディング・ブロック方式」と呼ばれる方法がよく使われる。株式(先進国)のリスク・プレミアムの大きさには多々議論があるが「5%~6%くらい」という意見が学者・実務家の間では多数説。手数料も考えると、個人投資家は、現在、「国内株式」「外国株式(先進国)」で5%、「新興国株式」で7%くらいのリスク・プレミアムを見込んでもいいのではないか(個人的見解)。期待リターンの予測はリスクよりもさらに難しい。使用する数値は、最終的には、分析者の判断による。 ここで述べた数値を使って実際にワークシートを作ってみて、具体的なアロケーションを計算してみるところまでを見せて、前半を終了する。 話としては、相当に盛りだくさんになるが、これをしつこくなく、スッキリと説明しなければならない。 簡便法と厳密な方法の関係 簡便法は、以下のような流れの簡便法を紹介する。 <アセットアロケーションの簡便法> 家計を把握・分析して「1年間で損をしてもいい額」を決める。上記の額から逆算してリスク資産に投資できる上限比率を決める。上限比率以内でリスク資産への配分割合10%単位の変化に対応するリスクと期待リターンの表の中から「最も居心地よく感じる点」を選ぶ。リスク資産の中身は「あらかじめ作ってある効率のよい組合せ」のワンパターン。 筆者が過去に使った方法でいうと「超簡単お金の運用術」(朝日新書)をもう少し丁寧にした感じだと思って頂けると、イメージに近い。 ただし、補足として、特にビジネスパーソンで健康で定職に就いている人の場合は、「人的資本」の価値が大きいので、「リスク資産の上限比率」はかなり高い場合が多いことを付け加えておくべきだろう。 この部分の準備に関しては、それほど心配な点は無い。 説明上のポイントは、この簡便法と前半で紹介した厳密な方法との関係だろう。あらまし以下のような図を用いて、説明したい。 (図3)エクセル・ソルバーによる最適化計算の説明図 厳密な方法による「最適解」と、(1)リスクの上限を決めて、(2)その中の点のリスクと期待リターンの組合せを評価して選ぶ、「二段階法」とでも 呼びたい簡便法との結果が、そう大きくは違わないこと、また、厳密な計算による最適解もインプットの正確性が保証されない以上、それを「厳密」と言うには 問題があること、などが十分に伝わるといい。 説明が上手く行くかどうか自信は無いが、こうした流れで一度説明してみたい。
2011年10月21日
リンゴとミカンを比べるな 投資信託などの評価に際して、或いは、ファンドマネージャーの腕を評価するに当たって、過去の運用パフォーマンスを見ることがしばしば行われる。 その有効性については後で改めて論じるが、現実に運用された結果が対象であるだけに、投資家にとって、過去のパフォーマンス評価は、関心もあれば相当の説得力も持つデータのようだ。 しかし、残念なことに、パフォーマンス評価はしばしば間違った(論理的に正しくないという意味で)方法で行われることが多い。たとえば、「シャープ・レシオ」で一律にファンドの優劣を比較することなどがその典型例だ。 書名は挙げないが、筆者は、他のファンドに勝つ投資信託を選ぶ方法を教えるとの触れ込みの本を見たら、シャープ・レシオでファンドを比較することを勧めていて、大いに驚いたことがある。 パフォーマンス評価に関する誤解の多くは、パフォーマンス評価が、過去の何をどのような意味で評価しようとしているのかに関する「理屈」が正しく理解されていないことに起因すると思われる。 本稿では、パフォーマンス評価に関する最低限の基礎知識をコンパクトにまとめることを目指すことにする。 パフォーマンス評価で大切な心得を三つあげるとすると、 裁量の対象が同じものを比べる運用期間中に取った「リスク」を考慮して評価する結果をそのまま将来にあてはめない の三点だろう。 第一番目の心得は、俗に「リンゴはリンゴと、ミカンはミカンと比べよ」などと表現される原則だ。 例を挙げて簡単にいうと、たとえば同じ期間であっても、日本株のファンドと、米国株のファンドを直接的に運用利回りで比較してはいけないということ だ。どちらの利回りも12%だったとして、市場平均でみて日本株のパフォーマンスが5%、米国株では10%だとすれば、日本株ファンドの運用者の方が「良 くやっている」といえる可能性が大きいことはお分かりいただけるだろう。厳密には、同じ日本株100%のファンドでも、運用の目的や最初に定められた運用 ルールが異なると、異なるファンドのパフォーマンスを直接的に比較することはフェアではない(この事情は、ファンドマネージャーをやってみると実感を伴っ て良く分かる)。 運用に詳しくない第三者が比較する場合であっても、せめて、運用対象とする資産カテゴリーは同じものどうしを比べないと、運用者が可哀相だ。 「シャープ・レシオ」は役に立たない 二番目のリスクを考慮せよという原則は、以下のような例を考えると分かりやすいのではないか。 共に日本株の運用だが、たまたま一銘柄に投資していたA氏と数百銘柄に分散投資しているファンドマネージャーB氏が一年間運用して、A氏の運用利回りが15%、B氏が13%の場合、A氏の方が運用の腕がいいと言っていいだろうか。 仮に日本株の市場平均のパフォーマンスが10%だとすると、二人とも幸運であることは確かだが、A氏はおそらく平均的には10数%の勝ち負けがあっ てもおかしくないリスクを取って市場平均に5%勝ったのに対して、B氏は市場平均に対する平均的な勝ち負けが2~3%に収まるようなリスクの中で3%勝っ たのかも知れない。この場合、B氏の方が運用の腕はいい(あくまでもパフォーマンス評価の典型的な仮定の中でだが)といえる公算が大きいだろう。 運用パフォーマンスに関して、プロのファンドマネージャーは、「幸運な素人にはとてもかなわない」という感想を抱くが、これは、上記のような事情によるものだ。 運用のリスクをパフォーマンス評価に反映させる尺度として有名なものには、以下のようなものがある。 「シャープ・レシオ」 = (ファンドのリターン - リスクフリー金利) / (ファンド全体のリスク)「インフォメーション・レシオ」 = (ファンドのリターン - ベンチマークのリターン) / (ファンドのベンチマークに対する相対的なリスク)「トレイナーの尺度」 = (ファンドのリターン) - (ファンドのベータ値) × (マーケットのリターン) の三つが頻繁に使われるパフォーマンス評価の尺度だ。 ファンドマネージャーの立場から見ると、ベンチマークに対して取ったリスク一単位当たりに稼いだ追加的なリターンで評価される、インフォメーショ ン・レシオが概ね最も納得的な指標だろう。但しこの場合、株式運用でいうと、キャッシュポジションを持ったり、先物を買い立てしたりといった、ベンチマー クのリスクの大小によるベンチマークに対する相対リスクも、銘柄選択等による相対リスクも同等に許容することになるので、評価を使用する側(ファンドマ ネージャーを雇う側)では注意が必要だ。 シャープ・レシオは、これをインフォメーション・レシオの文脈で解釈すると「キャッシュ・ポートフォリオ」をベンチマークとするインフォメーショ ン・レシオに相当する。シャープ・レシオで評価される場合、ファンドマネージャーが全く何の制約もなく運用できるなら一応はフェアだといえるかも知れない が、「日本株とキャッシュで」、「内外の株式と債券を半々くらいに」、「内外の株式を中心に」といった運用資金に期待される性格や制約が少しでもあると、 ファンドマネージャーにとってフェアではないし、評価の尺度としても正確ではない。 トレイナーの尺度は、たとえば、複数の運用者を使う年金基金が、ポートフォリオ全体のベータ値を全体として管理している場合に、個々のファンドマ ネージャーの貢献を評価する上で便利だといえる。但し、現実には、ベータ値そのものが安定したものではないので、実用性の上では疑問が残る。 運用者が実際に裁量を持って動かしている部分のリスク当たりの追加リターン獲得効率を評価しなければ意味が無いので、シャープ・レシオが意味を持つのは、かなり特殊な運用の場合であることがお分かりいただけるだろう。 運用資産のカテゴリー別にシャープ・レシオで測るのも、ましてカテゴリーを越えてシャープ・レシオで比べるのも、不正確だ。また、シャープ・レシオ での評価が直接役に立つのは、一つのファンドに運用を丸投げするような状況となるが、そもそも投資家がこうした状態にとどまっていることが問題だろう。 シャープ・レシオは、概ねファンドの評価には使えない。敢えていえば、自分の運用を評価する時に参考に計算してみるという程度の使い道しかない。 評価の期間 一口に「ベンチマークに対して年率2%勝った」と言っても、どれくらいリスクを取っていたのかと共に、それが何年間の運用パフォーマンスなのかを問題にするのが当然だろう。 一年だけ2%勝った、というよりも、10年間を通じて平均2%勝った、というケースの方を、信頼度が高そうに感じるのが自然な感じ方にちがいない。 細かな計算は省略するが、インフォメーション・レシオで見たパフォーマンス評価の信頼性は、評価期間の平方根に比例する。 ベンチマークに対する相対的なリスクが4%でベンチマークに対して(平均)年率2%勝った場合、それが4年間のパフォーマンスであれば試験の偏差値 でいうと「60」くらいの効率性だし、これを偏差値「70」に持っていくためには16年間の評価期間において平均年率2%勝つことが必要になる。 以下で述べるような、評価者にとって「都合のいい前提」を仮定したとしても、運用実績に対するパフォーマンス評価の信頼性を確保するには随分長い期間が必要だし、期間が長くなること自体が「都合のいい前提」を揺るがすことに注意が必要だ。 パフォーマンス評価の論理 インフォメーション・レシオのようなリスク調整を行った評価尺度を使って運用実績を評価しようとする行為は、(全てを網羅するわけではないが)概ね次のような仮定と論理に基づいている。 「運用者のスキルは時間が経っても安定しているとして、運用期間中に確率的に起こり得るパフォーマンスと比較して、この運用者のパフォーマンスはど れくらい(プラスに)偏っているだろうか。それは、確率的に考えて、どれくらい異例な事態だろうか。非常に異例と評価できる結果なら、この運用者には(プ ラスの)スキルがあって、だとすれば、今後、この運用者を使うことに意味がある(にちがいない)…。」 厳密に考えると、後から測ったリスクを、運用者が事前に分かっていたリスクと同じだと仮定することなど、まだまだ暗黙の好都合な仮定はあるが、過去のパフォーマンスを評価して、それによって今後に使う運用者やファンドを選ぼうとする際の潜在的な理屈は以上のようなものだ。 現実には、これだけ都合良く仮定しても、評価データの期間が不足することが多いし、ベンチマークも厳密に定義できない場合が多い。 それに、仮に、「偏差値70」といえるくらいの良いパフォーマンスが観測されたとしても、困ったことに、これは、このパフォーマンスが全く偶然の産物であっても、100人中2人強は存在してもおかしくない、ということなのだ。 そして、何よりも、ファンドマネージャーのスキルの有効性は安定していない。実績パフォーマンスに対する評価は、丁寧に、且つもっともらしく行ったとしても、その有効性には大いに疑問符が付く。 もっとも、論理的に整合整合性が取れていない評価は、役に立たない上に、恰好も悪いから、止めておく方がいい。 結論として、「運用の世界にあって、将来は、過去の単純な延長線上にはない」と申し上げておこう。
2011年10月07日
推薦図書の責任を取る 筆者は、先般ある単行本書籍の取材を受けた時に、「投資家に一読を勧める文献を三冊挙げてください」と言われて、投資のスタンダードなテキストとチャールズ・エリス『敗者のゲーム』(鹿毛雄二訳、日本経済新聞社)に加えて、ジョン・メイナード・ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』(間宮洋介訳、岩波文庫)を挙げた(※ 書籍はネット証券四社による投資信託の「資産倍増プロジェクト」をテーマとしたもので、ダイヤモンド社から刊行予定です。楽しみにされて下さい)。 実 は、投資のテキストを挙げた理由は「長期投資でリスクが縮小する(だから、より大きなリスクを取ることができる)」といった世間によくある誤解に うんざりしていたからで、エリスの本を挙げたのは「そもそも運用を投信に任せる投資家が、『良いアクティブファンド』を事前に選ぶことができると思うばか ばかしさに早く気づいて欲しい」という理由からだった。こう本音を書くと、「ケインズは、読者への意地悪のつもりで挙げたのではないか」と思う方がいても おかしくないが、こちらは、「本当に面白いから」挙げたものである。 ケインズの通称「一般理論」は、掛け値なしに有名な経済学の名著 だが、難解で読み辛いことでも有名な本だ。推薦の弁には、「長期期待について述べた 第12章を中心に読んでみてほしい」と付け加えたが、それだけでは少し不親切な気がするので、推薦の責任を取って、その「ケインズの第12章」の読み所を ご紹介する。 「一般理論」の第12章だけを読んで下さい 何はともあれ、「一般理論」の第12章を読んでみて欲しい。翻訳の岩波文庫版では202ページから228ページまでの26ページほどの分量だ(最後のページは1行だけなので、計算から除いた)。 ここで、経済学部の学生を除く一般の投資家読者の方々には(経済学部の卒業生も含めて)、くれぐれも「第12章から読む」ことをお勧めする。 先にも述べたように、「一般理論」は読みにくい。特に、前半は、古典派経済学との比較や概念の定義などが議論の本筋のあちこちに挿入されていて、話の筋を追うのに苦労する。 「一般理論」は前半の比較的早い部分で、貯蓄=投資となるように生産・所得の水準がきまるとする有名な有効需要の原理が説明され、消費(特に人が所得の中からいくら消費するかという傾向である「消費性向」)を検討し、次に投資を検討する。 第 12章は、第11章で投資(実物投資)の規模が一方では投資の限界効率に依存して決まる(原書では「資本の限界効率」と書かれているが、「投資の 限界効率」と書くべきだ、と後に指摘されている。他方では利子率に依存する)と論じた後に、資産の期待収益を決定する諸要因を詳しく検討するとして、置か れている章だ。13章は、利子率の決定要因を扱う。 ここまで書くと、どうにも難しそうだが、第12章の場合、難しいのはここまでだ。 投資水準の決定が、現在分かっている割合確かに見える事実と、企業 家の将来にわたる予想と心理状態(これらを一括して「長期期待の状態」と呼ぶ)に依存するとして、後者について詳しく論じるのだが、続く記述は「本書の大 部分とは異なる抽象水準にある」として、ケインズは「市場と事業心理の実際の観察にもとづくものでなければならない」と述べる所説を自由に語り始める。以 下の記述には、「一般理論」特有の難渋さがないし、他の章の内容とほぼ独立して読むことができる。 なお、経済学者が使う「長期」という言葉は、ファンドマネージャーの言う「長期投資」と同じくらい怪しい概念であることが多いが、ケインズの場合は、資本装備が変化しない状況での議論が「短期」、資本が変化する状況を扱うのが「長期」だとはっきりしている。 事業家の心理と「アニマル・スピリット」 長期を前提に投資を考えるには、企業家がどのように投資の意思決定を行っているかを把握しなければならない。 ケインズは、期待収益を予測するにあたって依拠しなければならない知識の根拠は「極度にあやふや」だと半ば驚きながら宣言する。 「数 年先の投資収益を左右する要因についてわれわれがもっている知識はふつうはごくわずかであり、たいていの場合、それは無視できるほどのものであ る」(P205、前掲書。以下同様)、ビルディングであっても、大西洋を渡る定期船であっても、10年後の収益を予想するための知識の基礎はごくわずか で、時には皆無であり、「10年先はおろか、5年先でさえ、そうなのである」とケインズは自分の観察を述べる。これはプロが行う投資分析の現実に照らして も、もっともな現実把握だ。 投資は決して期待利潤の綿密な計算に基づいて行われるものではなく、「血気盛んで、建設的衝動に駆られた 人間」の意欲によって行われるということに 加えて、投資の平均的成果は「たとえ進歩と繁栄の時期においてさえ、人々を投資に駆り立てた希望を挫くものであったと思われる、とも語っている。 つ まり、ケインズから見て、投資(事業における実物投資)とは純粋な計算から見ると間尺に合う代物ではないが、事業者の「血気」によって行われてい るものだ、ということになる。ケインズの体系にあっては投資の有効水準が生産水準、ひいては国民の所得も雇用も決めるのだから、この現実は由々しき事態だ といってもいいだろう。 この「血気」については、12章の後の方でも触れられていて(P223~P224)、「われわれの積極的活動 の大部分は、道徳的なものであれ、快楽 的なものであれ、あるいは経済的なものであれ、とにかく数学的期待値のごときに依存するよりも、むしろおのずと湧きあがる楽観に左右されるという事実に起 因する不安定性がある」(P223)、「その決意のおそらく大部分は、ひとえに血気(アニマル・スピリッツ。訳書ではルビ)と呼ばれる、不活動よりは活動 に駆り立てる人間本来の衝動の結果として行われる」(P223~P224)と述べられている。 ケインズは行動ファイナンスでいうところの人間の「オーバー・コンフィデンス」の傾向について、そのいい加減さの影響と共に、重要性も同時に認識していた。 「もし血気が衰え、人間本来の楽観が萎えしぼんで、数学的期待値に頼るほかわれわれに途がないとしたら、企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう」(P224)と彼はいう。 続いて「とはいえ、往事の利潤への[過度の]期待がいわれのないものであったと同様に、損失への[過度の]怖れも合理的な根拠を欠いているのであるが」と、この「血気(アニマル・スピリッツ)」の振れ幅の大きさも指摘している。 この辺りの人間理解のリアリティはケインズの大きな魅力の一つだ。
2011年09月16日
行動ファイナンス学者、ケインズ さて、長期の事業計画に基づく投資の収益予測は極めてあやふやものなのだというのがケインズの意見なのだが、実際に投資に影響を与えている投資家は、証券市場の存在によって、先のことまで考えずに投資をすることができるし、現にそうしているとケインズは語る。 株式市場のような市場で投資を流動化できるようになることで、個人は投資を改訂する機会を頻繁に持つことができる。このことは、古い投資家の投資物 件を個人間で容易に移転することができるようにするが、同時に、現在の投資率に大きな影響を与えることが必至だ、とケインズは心配する。 ここから十数ページほど、ケインズは、なかなか先進的なファイナンス学者になる。ケインズが株式投資に熱心な実践する投資家(それも、大相場を張るタイプの投資家・投機家)であったことはよく知られているが、彼の理論には、投資の経験が生きている。 ケインズは、市場参加者の予想が「現在の事態は変化を期待することさらの理由がないかぎり、これから先どこまでも、このまま続いていくと想定する」 ものだと述べている。但し、それは、人が本当にそう信じているのではなく、そのようなこと(変化しないこと)は起こらないと分かっているが、そうするの だ、と注意する。同時に、こうした慣習的な計算方法は、「われわれの事業に相当程度の連続性と安定性」をもたらしている。 「われわれは実際には、市場の現在の評価は、それがどのような経緯でそうなったにせよ、投資収益に影響を及ぼす事実についての手持ちの知識との関係 で見れば一意に正しく、そしてこの知識が変化する場合にかぎり、評価もまたそれに応じて変化する、と想定している」(P210)これがケインズの市場観の 一方の基礎だが、この理解には、ケインズから見て30年ほど後に隆盛を見た「市場の効率性」の議論を卒業して、その先を考えて行こうとする行動ファイナン ス学者の視線を感じる。 後年の行動ファイナンスの学者達が、効率的市場仮説を克服するにあたっては、効率的市場の例外事象としてのアノマリーの研究など、かなりの回り道を 経ているが、ケインズは、人間の観察から出発した分、「期待」が「正しい情報」および「正しい株価」と直結するような非現実的な世界観には嵌まらなかっ た。 しかし、「慣習の不安定性」を高めるいくつかの要因があることで、「十分の投資を確保するという現代の問題」(P211)も影響を受けるし、市場の不安定がもたらされているというのがケインズの見立てである。彼は次のような要因を指摘する。 まず、経営に関与せず当該事業に関わりのない投資家・株主が増えることで、投資物件を評価する際に依拠する「真の知識」の割合が下がっていて、投資 物件の利得に影響する少々の変動(たとえば製氷会社が夏場に儲かるといった長期的でない現象)が過大評価されるし、大衆の意見は楽観と悲観の間で大きく揺 れ動く。 加えて、彼が多少の憤りと共に指摘するのは、「玄人筋の投資家や投機家の精力と技能」が「投資対象のその耐用期間全体にわたる期待収益に関して、す ぐれた長期期待を形成することに意を用いるのではなく、たいていの場合は、評価の慣習的基礎の変化を、一般大衆にわずかばかり先んじて予測」することに投 入されているに過ぎないということだ。 プロも含めて市場の参加者が、ファンダメンタル・バリューの発見に注力するのではなく、投資家の心理を通じて短期的な株価に影響を与える目先の変化要因の予測に振り回されることを、ケインズは指摘する。 「真正な長期期待に依拠する投資は今日ではほとんど不可能なほどの難事となっている。そうしようと試みる者は、群衆がいかにふるまうかについて群衆 以上に想像をたくましくする人よりは、もっと労苦の多い日々を送らねばならず、降りかかる危険もずっと大きい」(P216)とも言っている。 ケインズは、投資家の刹那主義を嘆いているが、それに逆らうことが簡単ではないことも同時に理解していた。 また、こうした刹那主義の原因を「人間というものは結果がすぐに表れることを望むものである。手っ取り早い金儲けにことに強い興味を示し、遠い先に 得られる利益を平均的な人間は非常な高率で割り引く」(P217)とも述べており、後年行動ファイナンスで研究された「時間非整合」(あるいは「双曲割 引」)の問題を直感的に把握していたように思える。 彼は、この傾向が市場参加者の「頭脳が生来、凡庸だからではない」(P213)のであり、(ケインズから見ると)過度に流動的である市場の構造のせいだという。 ケインズは、この章の終わり近くでまたこの問題に戻り、投資家の関心を目先の利得から、長期的な投資価値に向けるために、証券に市場において取引税 を掛けることも一案だと述べている。このアイデアは、後年になっても、たとえば激しい国際資本移動を手なづけるために、通称「トービン・タックス」(金融 取引税)を導入してはどうかといった形で時々復活してくる(筆者は不賛成だが)。 ケインズによると、「熟達した投資の社会的目的」は、「他人を出し抜く」ことではなく、「われわれの未来を覆っている時間と無知の闇を打ち負かすこと」でなければならない(P214)。 こうした議論の途中に、「それぞれの参加者は自分が一番美しいと思う顔を選ぶのではなく、他の参加者の心を最も捉えそうだと思われる顔を選ばなければならない」(P215)ゲームとして有名な新聞紙上の「美人コンテスト」の喩えも出てくる。 また、「投資資金の運用者」の行動について、「世俗の知恵の教えるところでは、型を破って成功するよりも、型どおりのことを行って失敗した方がまだしも評判を失うことが少ないのである」(P218)と皮肉を述べている箇所もある。 「投機」と「企業」、およびケインズの「結論」 ケインズは、「投機という言葉を市場心理を予測する活動に、企業という言葉を資産の全耐用期間にわたる期待収益を予測する活動に」充てている(P219)。 彼の分類は、考え方として筆者の流儀での「投資」と「投機」の分類に正確に対応するものではないが、実際の活動を分類する上では、「企業」の活動への資金提供となる「投資」と、市場心理を予測するゼロサムゲームである「投機」との区別に対応しているように思える。 ここでのケインズの懸念は、先にも述べたように、資本市場が組織化されるにつれて、「企業」よりも「投機」が優勢になるのではないか、ということ だ。「一国の資本の発展が賭博場(カジノ)での賭け事の副産物になってしまったら、なにもかも始末に負えなくなってしまうだろう」という心配がその内容 だ。 ケインズの見るところ「社会的に見て有益な投資政策が最も多くの利潤を稼ぐ投資政策であることを示す明確な証拠は経験上何一存在しない」 (P215)。われわれには「他人を出し抜く」ために必要な以上の知力が必要だが、それが金銭的利益に結びつく保証はない(P217)とも言う。 結局、ケインズは、資本市場のパフォーマンスに関して「懐疑的」になり、「利子率に影響を及ぼすことを目的とした金融政策がただそれだけで成功を収 めうるとは考えていない。これからは、長期的視野に立ち社会の一般的利益を基礎にして資本財の限界効率を計算することのできる国家こそが、投資を直接組織 化するのに、ますます大きな責任を負う、と私は見ている」と、本来あるべき「企業」の活動への希望を国家に棚上げしてしまっている。このケインズの結論に 対する評価は様々だろう。 筆者は、狭義の金融政策だけで経済の問題が解決できない状況があることについてケインズに同意するが、国家が「社会の一般的利益を基礎にして資本財の限界効率を計算する」ことなどできないと思うので、後半部分には賛成できない。読者はいかがだろうか? 結論への賛否は別として、「一般理論」の第12章はともかく面白い。ぜひ読んでみて頂きたい。
2011年09月16日
脱初級者を目指す投資家に 投資、特に株式投資が好きで、自分の投資の腕前を上げたいと願っている投資家に新刊書籍を一冊お勧めしよう。マシュー・シフリン「となりのバフェットがやっている凄い投資」(小野一郎訳、ダイヤモンド社。以下「となりのバフェット」と略記する)がなかなか面白い。 この本では、フォーブス・メディア副社長で投資編集者のキャリアが長い著者が、あらかたのプロを上回る投資パフォーマンスを上げたアマチュア投資家を10人取り上げて、彼らの投資手法とライフスタイルを紹介している。 登場するアマチュア投資家の中にはトラックの運転手もいれば、引退した元ビジネスマンもいるし、投資の実績を買われてファンドを運用し始めた今やプ ロと呼ぶべき投資家もいる。彼らが、どのような手法を使って、プロも羨むようなハイ・パフォーマンスをあげたのか、がこの本の最大の読みどころだ。 初級者・上級者といった分類は他人が勝手にするものであって、投資家本人はどうでもいいことだが、脱初級者を目指す投資家に、筆者は、しばしば、有 名ファンドマネジャーへの伝記的インタビューのような本を薦める。たとえば、ジョン・トレイン「マネーマスターズ」(座古義之、臼杵元春訳。日本経済新聞 社)のような本だ。 この種の書籍で上質なものは、「投資のアイデア」とはどんなものかということを、これを考え、実践する楽しみと苦労とともに教えてくれるので、読者 である投資家は、知識を増やすと共に、投資技術向上へのモチベーションを高めることができるのがいい点だ。大雑把には、野球少年が、優れた野球選手・監督 の伝記を読むようなものだと思えばいい。 但し、あらかじめ申し上げて置くが、この本は、ある程度個別株の投資に経験があって、複数の投資銘柄を保有した経験がある程度の投資家が読むのでなければ無駄だろう。 内外のインデックス・ファンドで積立投資をしていて、これに満足している、という投資家は、それはそれで十分立派な投資家なのだが、彼らがこの本を読んでも得るものは少ないだろう。 「投資家記録本」の読み方 成功した投資家の伝記は、投資家にとって貴重な読み物だが(なぜなら、読む価値のある投資本は数少ないから)、読み方には、幾つか注意がある。 一つは、商業的宣伝の本や単なる自慢話に付き合わないことだ。 これは、その書籍を通じて著者がファンドなりセミナーなり他の商売をしようとしているか、また、投資手法について語るときに曖昧さを残そうとしてい るか、という態度を見分けることによって多くが判別可能だ。実績らしき数字をくどいくらいに強調する一方で、本文を読んでもどのようにポートフォリオを 作ったのかが分からないような本は「商売」か「自慢話」だ。 「となりのバフェット」は、このレベルの本ではないので大丈夫だ。 次に、投資家の記録を読む際に最も重要なポイントだが、そこに書かれていることは「ある時期に上手く行った事例に過ぎない」という事実を絶えず念頭に置いて読むことだ。 ウォーレン・バフェットもピーター・リンチも、運用していた時代がちがうと、優れたパフォーマンスをあげられたかどうかは、よく分からない。まし て、そのノウハウを真似しようという投資家が、別の時代に彼らの方法(とその投資家が思った方法)を使って上手く行く保証は全くない。 そもそも投資家について語った文章で取り上げられる人たちは、過去の成功者であって、たまたま運が良かった人である可能性が無視できない。たまたま儲かった人を後から探して讃えているだけかも知れない、という「健全な疑いの心」が読者の側では常に必要だ。 また、本に登場する投資ノウハウの有効性をそのまま信じてはいけないことはもちろんだし、さらに、積極的に、「その方法に嘘や弱点はないか?」という疑いの心を持って読むことが必要だ(たいていは、ある)。 たとえば、「となりのバフェット」に一番目に登場するバリュー投資家リーズ氏は、「10以上の銘柄をきちんとフォローできるはずがない」と言って、投資銘柄を絞り込むことを提唱するが、敢えていえば、これは正しいアドバイスではない。 実のところ、一銘柄でも絶対に大丈夫というレベルで「きちんとフォロー」などできないから、分散投資をするのであり、「同様に有望な銘柄、10銘柄 のポートフォリオ」よりも、「同様に有望な銘柄、50銘柄のポートフォリオ」の方が、期待リターンが同じ(=同様に有望)で、リスクが小さい筈(業種分散 その他にもよるが、傾向として)だから、ポートフォリオの構築方法としての優劣は明らかだ。「経験」にはリアリティがあるが、リアリティよりも論理を優先 させる方が利口だ。 参考になるのは誰だ? 紹介されている10人の投資手法を詳しく書くと、映画評などで言うところの「ネタバラシ」になってしまうので、具体的な投資手法については、是非、本を入手して読んでみて欲しい。中級以上の株式投資家なら面白いと思う部分が幾つかあるはずだ。 その前に、「となりのバフェット」を読むコツを一つお伝えしよう。 それは、投資家を紹介した本文を読む前に、「投資に役立つサイト」と題された末尾にある第11章を先に読むことだ。 紹介されているアマチュア投資家の投資パフォーマンスの多くは、投資サイトに記録された模擬ポートフォリオの運用成績だ。また、紹介された投資家 は、有名投資サイトの中で評判の高い人の中から選ばれているし、彼らの多くは、各種の投資サイトを情報の収集と発表の両方に使っているヘビーユーザーだ。 米国の投資家がどんなサイトを使っているのかが分からないと、背景の理解に苦労する。 著者によると、大手のファイナンス系サイトの掲示板などは、勧誘と、デマと、何よりもノイズ(意味のない情報)に満ちているという。 本書で紹介されているサイトの中には、「ヴァリュー・フォーラム」のように、年会費が250ドル必要だが、会員相互の意識が高く(現在、会員数は約 1,200人だという)、ノイズが殆ど無くて、会員がお互いを助け合うサイトもあれば、「バリュー・インベスターズ・クラブ」のように、匿名ではあって も、本会員が年間2本以上の本格的なレポート書きと20本以上のレポートの評価を行う義務がある、本格的な内容のサイトもある。長年思っていることだが、 アカディミック、アマチュア、プロフェッショナルいずれにあっても米国の投資研究の層の厚さは羨ましい。 さて、本書に登場する投資家の投資方法はバラエティに富んでいるが、彼らの多くが、何らかの意味でバリュー投資家(割安株投資家)だ。はじめに紹介 される、リーズ氏、クレブス氏、コーザ氏、ペタイネン氏は何れもなにがしかバリュー系の投資哲学だ。順に、バフェットに近いスタイル、バリュー投資にオプ ションの売りを組み合わせるやり方、バリュー株が更に下落する「バリュー投資の罠」を避ける工夫をしているリカバリー投資が得意な投資家、バリュー投資の 方向性を重視したクオンツ(数量分析投資家)、といったところだ。 筆者は、本書全体の中で、二番目に出てくるクレブス氏、三番目のコーザ氏、四番目のペタイネン氏の三人が、特に一般個人投資家の参考になると思った。 詳しくは本を読んで欲しいが、オプションではロング(買い)の投資家が儲かっていないことから、ゼロサム・ゲームなのだからショート(売り)が儲かるはずだと考えて、オプションのショートを投資に組み込んだクレブス氏の方法は、日本の一般投資家にも応用が利く。 たとえば、ある株(インデックス・ファンドでもいい)を買おうとする場合、先ずその銘柄のプットをショートして実質的に現値よりも安く買い始めて、 現物の保有に乗り換えて、株価が値上がりしたらカバード・コールを使ってプレミアムを取りつつ利食いに入るといったパターンは、「基本パターン」の一つと して、覚えておくといい。 また、コーザ氏の株式の「内在価値」に関する考え方と、これに結びつけた売買のルールの作り方などは、日本の投資家にも参考になるはずだ。 ペタイネン氏は、ミシガン大のコンピューターセンターに勤務していて、専門の運用会社並みのデータとシステムを使える恵まれた立場を生かして、多くの仮説を試して有効と思われるもの(現在11のルールがある)を自分の投資に組み入れている。 経験的に有効と思える複数のルール間の矛盾に悩む箇所などは、やや微笑ましいが、こうしたことに悩む以前のレベルのプロフェッショナルなファンドマネジャーを何人も知っているので、彼を笑うわけにはいかない。 また、本文を読んでいると、デビット・ドレマン(バリュー投資のプロ)やジム・クレイマー(有名な投資コメンテーター)などが、近年の相場の下落で かなり痛い目に遭ったらしいことなども分かって興味深い。株式投資自体が低調で人気の無いゲームになってしまったかのような日本と違って(もちろん、その 中でも熱意を持ち、儲けている投資家もいるわけだが)、米国の株式投資家はまだまだコミュニティー全体が熱い。 5番目のヒル氏は、ネットから情報を取って投資するタイプ、6番目のウェイランド氏はバイオ株に特化、7番目のマクダフ氏は「バフェット1にテンプ ルトン2の割合のカクテル」と紹介されるグローバルなマクロ経済分析を重視視する(再び)バリュー投資家、8番目のスワン氏は金鉱株の専門家といった具合 に、紹介される投資家は多岐にわたっている。 ここまでご紹介すると、投資好きの方なら、是非読んでみたいと思われるのではなかろうか。 もう一度繰り返すが、それぞれの投資家のアイデアの参考になる部分を吸収するとともに、投資手法の穴や弱点を探しながら、一人一人について検討しながら読んで欲しい。投資家にとっては「いい栄養」になるはずだ。
2011年09月02日
「一人前」まで2年? 筆者は、かつて『ファンドマネジメント』(金融財政事情研究会、1995年刊)というファンドマネージャー向けの教科書を意図した本で、ファンドマネージャーが何とか一人前になるために必要なのは「2年間の集中的な努力」だと書いたことがある。 ただし、同業の先輩達からは「2年間で一人前というのは、少し短すぎるのではないか」という異論が多かった。 一つには、「一人前」をどのくらいのレベルに求めるかによって結論が違ってくるだろう。筆者が当時考えた「一人前」は、たとえばビジネスの世界の外 国語でいうと、日常会話や商談がほぼ不自由なくできて、定型的なビジネス文書なら独力で不足無く書くことが出来るくらいのレベルだ。外国の大企業を何不自 由なく経営できるようなコミュニケーション能力や、ビジネスに関して読者を深く感動させることが出来るような著書を独力で書けるような言語能力を指してい るのではない。 トップレベルの知的な人が母国語について使いこなすことが出来る語彙数は5万~6万語くらいだと聞いたことがあるが、上記の暫定的一人前は、語彙力 でいうと主要な1万語くらいのレベルだ。英語なら、難しめの大学の入試英語よりももう少し上で実践を伴った英語力くらいを思い浮かべて頂くといいだろう。 商社の外国駐在員などの場合、個人差があるが、外国語にも現地にも慣れて、十分に戦力化するのに、初赴任から2年くらい掛かると言われている。 ファンドマネージャーとしては、国内株式、国内債券などの先例のあるファンドを運用方針から自分で設計してスタートし、概ね独力で(もちろん会社の 資源を使いながらだが)運用できるくらいの業務能力だ。これくらいのレベルになると、仕事の上で「戦力」になったと考えることが出来るだろう。 プロの場合の「修行」の内容 ファンドマネージャーあるいは投資家として、どのような修行をするかのプログラムは、何を目指すのかによって変わってくる。これは、芸事やスポーツ、あるいは学問でも同様だろう。 例えば、将棋の修行をする場合に、目指すのが、アマ初段くらいなのか、アマ4段くらい(街道場の強豪レベル)なのか、県代表・アマチュア名人クラスなのか、それともプロを目指すのかによってトレーニング方法は変わってくる。 初段目標なら「棒銀」なり「中飛車」なり、特定の得意戦法を集中的に勉強して自分より少し強いくらいの相手と実戦をこなせばそのうちに到達するが、 アマ4段レベルなら勉強する戦法の幅を広げると共にプロの実戦を並べるなどの将棋知識が必要になる。また、アマでも選手レベルを目指すなら、読みの能力を アップするような基礎トレーニングが別途必要になるし、プロを目指す場合には、将棋能力の限界を拡大するトレーニングが修業時代から必要だと言われてい る。かつての米長将棋連盟会長の言によると、「将棋無双」、「将棋図巧」(江戸時代に作られた難解な詰め将棋問題集だ)の各100題を独力で解く(図面を 頭に入れて、脳内で解く)とプロになるに足る地力が付くということだったが、道場の腕自慢を目指す程度なら、そこまでの荒修行は必要ない。 では、プロのファンドマネージャーなら何が必要なのか? ファンドマネージャーの仕事は、ポートフォリオを運用することと、運用について事前・事後に必要なコミュニケーションを取ることだ。 たとえば、国内株式のファンドマネージャーの仕事でいえば、ポートフォリオの運用とは、投資する銘柄を選ぶことと、その銘柄の投資ウェイトを決める ことだ。仮にトヨタ自動車の株式に投資しているなら、なぜトヨタに投資するのかと共に、トヨタ自動車にポートフォリオの何%の資金を投入するのかを決めな ければならない。仮にポートフォリオの3%を投入しているとすれば、これが2%や4%ではなくて、なぜ3%なのかを、具体的な数字の根拠を挙げて説明でき るのでなければならない(残念ながら、このテストに合格しないプロが多数居るように思われるが、彼らは「プロ」の名に値しない)。 そのためには、経済分析、企業分析の知識が必要だし、投資の理論と共に、ポートフォリオを扱うツールの使い方やデータのハンドリング、各種の計算などが出来なければならない。 また、運用している資金が投資信託なのか、年金資金なのかによって、運用計画を立案したり、運用結果を説明したりする前提知識が異なるので、制度やビジネス的な背景に関する知識も必要だ。 分析に関わる知識の習得には、調査的な部署に配属して、アナリストの仕事を経験させる運用会社が多い。レポートを書かせ、社内でプレゼンテーション をさせることによって、コミュニケーション能力の研修も出来る。アナリストとファンドマネージャーとは本来上下関係にあるものではなく、別々の専門性を持 つ専門職だと思うので、アナリストの仕事をファンドマネージャーになるための研修と位置づけるやりかたには全面的に賛成できない面もあるのだが、ファンド マネージャーの研修としては、一応筋の通ったプログラムだろう。 投資の知識習得のためには、証券アナリストの資格を取らせる運用会社が多い。運用に関するコミュニケーションを行うための、基礎知識の習得プログラムとしてはまあまあだろうか。 独自に運用戦略を考えたり、運用商品の開発に関わったり、運用会社全体の運用業務のマネジメント(CIO;チーフ・インベストメント・オフィサー) の仕事をしたり、ということであれば、もう少しレベルを上げた知識習得が必要になるが(例えば、専門的なファイナンスの論文を読み込むプログラムが必要 だ)、先に述べた暫定的な「一人前」の前提知識としては、証券アナリスト試験のプログラムを十分こなせるくらいの知識があればいいように思う。 加えて、運用の「場数」が必要だ。 運用スタイルにもよるが、マーケットのチェックの仕方や、情報収集の方法、データの扱い方、それに、ポートフォリオのリスクを測ったり、銘柄のウェイトを決める計算の方法とツールの使い方を覚えたり、といった具体的な知識が必要になる。 ファンドマネージャーのアシスタント的な業務を行わせながら、先輩ファンドマネージャーが仕事を教えていくのがいいと思うが、先輩の指導への熱意も含めた質によって効果は大きく左右されるだろう。 こうしたあれこれを同時平行的に行いながら、集中的に時間と努力を投入して、2年くらいあれば、「何とか使えるファンドマネージャー」くらいになるのではないか、というのが、筆者がかつて考えたことだ。 確かに十分レベルを求めると2年では足りないかとも思うが、この程度のことなら2年くらいでこなすくらいの熱意と能力がある人でないと、他人のお金を扱うファンドマネージャーの仕事には就いて欲しくないような気もする。 加えて、プロのファンドマネージャーとしての経験という意味では、上げ相場・下げ相場の両方、できれば景気循環のワンサイクルをマーケットと対峙し ながら経験しておきたいところだが、この辺りは理想論を言い出すと切りがない。学習の仕方で経験を省略する工夫も必要だし、短期間であっても経験から多く を学ぶ(組織の立場でいうと「教える」)要領の良さも大切だ。 尚、プロのファンドマネージャーとして、経験が長いことが単純にプラスに働くのかどうかについては判断が難しい。経験を持つことのメリットと感覚がフレッシュでなくなることとのトレード・オフは案外難問だ。 アマチュア投資家の「修行」プログラムは? 運用で生計を立てるのではなく、一方で仕事をしながら、手持ちの金融資産を運用するようなアマチュア投資家なら、どういったトレーニングをするべきだろうか。 この場合にも何を目指すのかによって、「修行」の内容は変化するだろう。 リスク資産の運用を投資信託で割り切るのか、個別の銘柄への投資まで踏み込むのか、デリバティブを使ったトレーディングや外貨リスクのハンドリングまで自分で行うのか、といったことが「修行」プログラムの違いをもたらす。 筆者が大学院や大学で教えてみた経験から判断すると、リスク資産の運用を投資信託でいいと割り切るなら、一方で仕事を持ちながら、副読本を何冊か読 む前提で、レクチャーとしては、15回くらいで(大学の授業なら週一コマで半年)何とか自分で運用できる「一人前」と呼べる個人投資家の知識部分を養成で きるのではないかと思う。 証券アナリスト試験までの予備知識はいらないが、資産配分(アセットアロケーション)や外貨為替などについては、ベースとなる知識を意識的に強化して身につけておくことが望ましいように思う。 ただ、知識を身につけた上で実際に自分のお金を動かせるようになるための経験に関しては、最低2年くらい、できれば数年、自分の金融資産をマーケットに晒す経験が必要ではないかと思う。 経験を積みながら、誤った知識に染まらないようにするのは、なかなか大変なことなので、できれば指導者が欲しいし、投資家同士で勉強や情報交換ができる機会を作るのもいいだろう。 アマチュア投資家の場合、目指すレベル別に、どのようなトレーニングのプログラムが必要か、機会を改めて書いてみたいと思っている。
2011年08月19日
試験問題としての投資と投機 筆者が担当している大学の授業、「金融資産運用論」の期末試験で、次のような問題を出してみた。-------------------------------・『投資』と『投機』をどう区別するといいか、経済的性質の違いと、運用者にとっての意味の観点から論じて下さい。------------------------------- 回答は字数600字をめどとする記述式で(時間は60分)、三題の中から一題選んで答えてもらうことにした。他は、「行動ファイナンス」及び「個人の資産運用手順」に関する問題を出した。 圧倒的に多数の学生がこの問題を選択した(総受験者467名のうち3分の2くらい)。書きやすい問題だと思ったのか、あるいは、常識を働かせると何とか書けると思ったのか。 ちなみに、いずれの問題の内容も授業で取り上げているし、どの分野の問題を出題するかについてと回答のポイントについては、最後の授業で説明した。また、試験は持ち込みすべてOKという条件で実施しているので、学生は十分準備した上で答案を書けるはずだった。 しかし、残念ながら、完璧な答案は少数で、多くの答案が出題者にとって不満なものだった。正直なところ、いささか残念な気持ちで採点していたのだが、多くの答案を見るうちに、間違った答案の中にもいくつかの傾向があることが分かって来た。 インカムゲイン偏愛 誤答のパターンとして、最初に目に付いたのは、投資はインカムゲインの獲得を目指すもので、投機はキャピタルゲインを狙うものだ、というものだった。 授業では、 (1)インカムゲインとキャピタルゲインは両者を総合して損得を考えることが重要であること(2)インカムゲインとキャピタルゲインは金融商品の設計により交換・操作が可能であること(例えば「ステップ・ダウン債」を想起されたい)(3)投資家はインカムゲインを喜ぶ傾向があり、これが金融商品の設計と(売り手側の儲けに)利用されていること(4)かつてインカムゲインを重視した投資家がその傾向を利用されて損をしたことがあること(過去の日本の債券機関投資家の「直利指向」や生命保険会社の「ハーディー利回」による利回り競争など) などについて力を入れて説明しており、この点がよく伝わっていないのは、残念だった。 誤答した学生達は、不適切な本でも読んだのかも知れないが、大学生の段階で、すでに、インカムゲインが投資の目的であり、キャピタルゲインよりも健全なものだという先入観を形成している人が多数いることは新鮮な驚きだった。 確かに、顧客がこの調子なら、運用会社や販売金融機関は、分配金を強調した商品設計の投資信託などを売りたくなるはずだ。 投機だって甘くないのに 投資と投機を、運用する側の心構えで区別する精神論的回答も相当数あった。 たとえば、投資は対象企業や日本経済を「応援」する心構えで行うが、投機は自分さえ儲ければいいという態度だ、というような区別だ。 もちろん、出題者は、このような精神論を回答に期待していたのではない。また、投資と投機について、どちらが倫理的に好ましいと思っている訳でもな い。市場の参加者が自分のリスクと責任において行う分には、両者に善悪の区別はない。ただし、両者の経済的な性質の違いを正確に知って欲しいとは思ってい た。 また、同じパターンの回答が多数あって驚いたのは、投資は、投資対象を詳細且つ慎重に分析して行われるが、投機は限定的な情報に基づいて少ない選択肢の中から賭を行うイメージだ、というような記述が多数あったことだ。 株式投資を例にとって説明しようとする答案が多数あったが、これらの中にも、投資は投資対象企業の業績や成長性が大切だが、投機は「対象企業の業績とは一切関係なく」株価の動きに対してだけ行われる、という趣旨の回答がかなりの数あった。 こうした回答を書いた学生達は、投機というと、値動きのいい銘柄の株価の動きだけを見てトレーディングに参加するような取引だけをイメージしているようだ。 しかし、これは、本格的な投機家(例えば証券会社のトレーダー)に対して失礼というものだろう。もちろん投資も投機も真剣に行われるものだが、プロ の世界では、分散投資でのんびり投資している投資家的参加者(年金運用のファンドマネジャーなど)よりも、投機的なポジションを取って市場に参加している 参加者(証券会社の自己勘定のトレーダーなど)の方が、切羽詰まっているという意味ではより真剣なのではないだろうか。 少なくとも、投機で参加している参加者の方が銘柄や市場に対する検討が甘いということはいえない。また、株式のトレーディングにあって、業績に関わる情報は重要な要素なので、投機の場合にこれを無視するということもない。 急所はリスクプレミアムの有無 問題の出題意図は、リスクプレミアムの有無にある。 投資の場合は生産活動に対して資本を提供する形でリスクを取って参加することになるが、投資対象がプライシングされる際には、リスクに見合ったリス クプレミアム込みの利回りで将来に予想されるキャッシュフローが割り引かれて価格が決定されると考えられる。つまり、プライシングに、リスクを補償するリ スクプレミアムが反映していることが期待できる。 他方、投機の場合は、市場の参加者がお互いの見通しの違いに賭けてゼロサムゲームに参加する構造になっているので、市場の参加者はリスクを負っているものの、売り方と買い方の損益の合計はゼロであって、リスクを補償する超過リターン(リスクプレミアム)は期待できない。 投資の場合であっても、投資家が参加する(買う)価格が高すぎたり、結果的に見通しが狂ったりした場合にリスクプレミアムがなかったり、マイナスの リターンになったりする可能性もあるが、理屈の上では、市場の参加者がリスクに見合ったリターンのプレミアムを期待することが可能であり、「ハイリスク、 ハイリターンの原則」が成立する余地がある。投資の場合、時間の経過と共にこうしたリスクプレミアムを稼ぐことが期待できる、この場合、投資の期待回収率 は100%を超える。 一方、投機では、自分が他の市場参加者に勝てるという強い見込みがあるのでなければ、運任せのゼロサムゲームでリスクだけを取ることになりかねない。 投資における「ハイリスク、ハイリターンの原則」は、絶対に実現する物理法則のようなものではないが、理論的にはある程度期待していい傾向性だとい える。従って、長期にわたる資産形成にあっては、投機のリスクではなく、投資のリスクを取り込むことを中心に考えるべきだ、というのが出題の趣旨である。 付け加えるなら、分散投資がリスクを抑えながらなるべく多くのリスクプレミアムの獲得を目指す上で有効なテクニックであることや、外国為替のリスクが投機のリスクであることなどの指摘があれば、さらに実際的な説明になる。 さて、このように「ハイリスク、ハイリターンの原則」に関連する「リスクプレミアム」の有無が今回の出題のポイントなのだが、驚き且つ困ったのは、「投機はハイリスク、ハイリターンだ」と書かれた答案が多数あったことだ。 これは、出題意図の真逆の記述であり、厳密には「誤答」というしかない。しかし、実際の採点では、この部分で減点はするものの、回答の際に、勘違い したか、手が滑ったのだろう……と解釈して他の部分の記述を好意的に評価することとした(日頃の自分とは別人格の優しさだ!)。 実は、投機を「ハイリスク、ハイリターン」と説明する誤りは、商品先物業界や時には金融界でも存在する。 高いレバレッジを掛けた取引で成功した場合に「ハイリターン」が実現することは間違いないのだが、「ハイリスク、ハイリターンの法則」でいうハイリ ターンは、リターンの「期待値」が高いことを指すのであり、商品先物取引やFX(外国為替証拠金取引)のようなものを「ハイリスク、ハイリターン」と形容 することは適切ではない。 今回、大量の答案を採点してみて、インカムゲインとキャピタルゲイン、あるいはハイリスク、ハイリターンの原則に関する不適切な理解が、かなり早い時点で先入観として浸透しているらしいことが分かった。丁寧な投資教育が大切だと思ったことであった。
2011年08月05日
ニューロ・ファイナンス ニューロ・エコノミクス(神経経済学)、ニューロ(神経)ファイ ナンスと呼ばれる分野がある。それぞれ、経済学やファイナンス(金融論)と脳神経科 学の研究を関連づけた研究分野だ。この分野は、2000年を過ぎた頃から、MRIやfMRIの発達で脳の非侵襲的研究が可能になったことに後押しされて活 発化してきた。最近、投資に関する論文を読むと、脳の活動領域を示す画像の写真が載っていることが時々ある。 神経ファイナンス以前に は、2002年にダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞したことで有名になった行動ファイナンスという研究分野が あった。こちらは、認知心理学の研究とファイナンスの研究を関連づけたものだが、人間(もちろん「投資家」を含む)の各種の「バイアス」(bias;判断 の非合理的な歪み)を指摘した。行動ファイナンスは、研究にあたっての数学的負担が軽いこともあってか、近年、日本でもよく紹介されるようになった。 行動ファイナンスのバイアスは、「人間には、こんな非合理的な判断を下す傾向がある」というだけで、(1)それがなぜ起こるのかと、(2)それは学習等により修正可能なものなのか、という点が明らかでない弱点があった。 神経ファイナンスは、必ずしもすべてが行動ファイナンスに包摂される研究とは限らないが、脳機能の研究を通じて、これらの点を明らかにしていこうとする点で行動ファイナンスと関連している。 投資家と脳機能 ジェイソン・ツヴァイクの近著『あなたのお金と投資脳の秘密』(堀内久仁子訳、日本経済新聞出版社)は、サブタイトルに「神経経済学入門」とあるように、行動ファイナンスで指摘される投資家が陥りやすいバイアスを紹介して、これを脳の機能と関連づけて説明している点で、ニューロ・ファイナンスの入門書になっている。 この本は、行動ファイナンス本の読者にはお馴染みの事例も含めて、羅列的に数多くの「投資家の間違い」の事例を紹介しているが、目次を見ると、おおむね行動ファイナンスの研究項目(特にバイアス)に沿って説明されている。 著者は、投資に関わる脳を、機能の面から、意識的に考えるというよりも感情や無意識を通じて行動を喚起しがちな「反射脳」と、パターンを探ったり経験を言語化したり計算したりといった思考機能を担う「熟考脳」に二分して説明している。 容易に推察できようが、反射脳は、その短絡的な行動喚起を通じて、投資家の間違いの多くに関わっている。 た またま経験した大儲けが「どんなに気持ちのいいものか知ってしまった」脳がなかなかギャンブル的な行動から抜けられなくなる依存症や、そこまで行 かなくとも、脳が「五分五分に近い賭」のスリルに興奮しやすいことや、気持ちのいい経験が選択的に記憶されやすく投資家の自信過剰を後押しすることなど は、主に、脳の下部に近いいくつかの器官が担当する機能に関わる「反射脳」が悪さをすることによって起こりやすくなっている。 他方、熟考脳の働きも必ずしも完璧なものではなく、ランダムな配列の中に「トレンド」を見いだしたと勘違いするような過剰な(同時に誤った)パターン認識機能によって、チャート分析の有効性を信じる投資家を作り出すような害をなすことがある。 このパターンの認識機能は強力で、少ないサンプル数でも統計的に有意な法則性を感じて、たとえば、利益予想の上方修正が3回続けて起こると「4回目も起こるだろう」と推測するような、予想のバイアスの原因となるようだ。 また、こうしたパターン認識力に、刺激に対する依存性や自信過剰が加味されると、次のような「過剰な賭」が起こる。 た とえば、次に光る光の色を当てる実験で、緑緑緑赤緑緑緑赤緑緑緑緑・・・のように緑が80%で赤が20%のような光の登場パターンを見つけると、 常に緑に賭けると80%の的中が期待できるのに、多くの人間は、20%の赤の登場を当てようとして自分の賭の5回のうち4回しか緑を選ばないらしい。この 結果、的中率は80%ではなく、68%程度まで下がってしまうという(80%×0.8+20%×0.2=68%、ということか)。 これは、運用の世界では、基本的には上げ相場に賭けていて株式を買っている株式ファンドの運用者が、ときたま起こる下げ相場を上手く避けようとしてキャッシュ・ポジションを時々上げるために、マーケットについていけなくなることが多いことと対応しているように思われる。 同様の実験を行った場合、鳩やネズミの場合、常に緑に賭けて80%の的中を得ることが多いらしいので、パターンの認識と賭の能力において、人間のファンドマネージャーは、鳩やネズミ以下の能力なのかも知れない。 賢 い投資家は、アセットアロケーションの調整も含めて、自分が行おうとしている売買が有効である可能性とその根拠の信憑性に対して敏感且つ謙虚でな ければならない。タイミングを当てて上手くやろうとする売買は、均してみると、単なる手数料の無駄や、さらには不適切なエクスポージャーに伴う機会損失に 終わっていることが多い。 しかも、よほど周到に記録を取って反省しないと、「自分は上手くできる」と思い込み勝ちだったり、さらには事実に反して「自分は上手くやってきた」と記憶してしまい勝ちだったりするのが、人間の脳の困った性質だ。 学習による修正可能性とゴールの在処 先の本の著者ジェイソン・ツヴァイクは、投資分野に詳しい著名な金融コラムニストなので、投資家である読者が自分の脳のおかげで間違いを犯さないための具体的な方法をさまざまに提案している。 彼の述べる方針の中で同意できるのは、「コントロールできるものを、コントロール」することに集中しようということだ。 た とえば、投資信託の選択に当たって、ファイナンシャル・アドバイザーは「経費」を八番目(!)に重要な経費としていると述べている(前掲書 p43)。これは、一見投資の先進国であるアメリカにして、フィナンシャル・アドバイザーが所詮セールスの手先でしかないことを語る絶望的な事実だ。しか し、彼は、過去の運用成果や、リスク、ファンドの運用期間等の他の要素について、「これらの要素のどれも、最高のリターンを稼ぐファンドを見極めるうえで は役に立たない。投資信託の将来成果に対する唯一最も重要な要素は、相対的に固定的で小さな数字 手数料と経費であることが、何十もの綿密な調査で証明されてきた」と語り、投資家の行動を改善することを諦めてはいない。 彼は、本の 「付録」にあるように、投資をルール化したり、投資の内容を投資家が認識したりするための「チェック・リスト」の活用を提案したりしてい るが、本で紹介する脳の研究自体は、投資家が学習やセルフ・チェックによって行動を修正することがどの程度可能なことなのかについて十分語っているように は思えない。 この点は、金融市場の規制や金融商品販売のルールの設定にあたって、重要な問題だ。 たとえば、投資信 託の投資家の少なからぬ一部分が「分配金」のみに対する過剰な注視から脱し得ないのだとすれば、現在日本で流行っているような高金 利通貨を使った通貨選択型ファンドのような投資家にとって得でない商品は、販売自体を規制すべきだろう。「ニューロ(脳神経)」の誤認傾向を利用するよう なあざといマーケティングに対しては、上品な啓蒙だけでは不十分なのかも知れない。 また、学習の可能性の有無と共に、ニューロ・ファイナンスを弁えた投資家が実際にどう行動するのがベストなのかについては、行動ファイナンス以前の伝統的なファイナンスによる検討が改めて必要だ。 お 金の問題に関しては、目的と前提を決めると「最適」を求めることができるし、そこからの距離(自分がどれだけ「ダメ投資家」かの程度)を測ること ができる。脳は自分が損をすること、負けることが嫌いな生き物のようなので、「適切な目的」を設定すれば、投資家が自分の行動を修正できる可能性はありそ うだ。 いずれにせよ、投資家は、過信せず同時に甘やかさずに、自分の脳と上手に付き合っていかなければならない。 たとえば株式をポートフォリオとして運用する場合(本質的には、以下の内容は株式の運用でなくても同じだ)、その中心的な思想というか「心」は、「先のことは不確実だ」という認識の徹底にある。 先のことが確実に分かるなら、あるいは結果で論じていいなら、ポートフォリオを組む必要などない。将来が、不確実だからこそ、「ポートフォリオとして」運用を考えるのだ。 この場合、良いポートフォリオとは、「事前にあってベストだと想定されるポートフォリオ」のことであり、ファンドマネージャーの仕事は、継続的にこれを維持し続けることだと言い切ることができる。 現 実の投資家にとっては事後的な結果がいいのが一番だが、運用そのものを論じる場合には、「事前にあってベストかどうか」という観点から論じるべき だ。たとえば、「私はこれで儲けた」と言い張って、セオリーから外れた運用方法を弁護しようとする輩が時にいるが、この種の「悪しき結果主義者」には注意 が必要だ。
2011年07月15日
ポートフォリオ運用の基本原則 ポートフォリオ運用の基本的な原則は、リスクをどう測るかについて合意できるとすれば、ポートフォリオのリスクと期待リターンの最適な組み合わせを達成し維持することだ。 この場合、 (1)同じリスクなら期待リターンが高い方がいいし、 (2)同じ期待リターンならリスクはより小さい方がいい。 期待リターンを下げずにリスクを低下させる上で、あるいはリスク当たりの追加的な期待リターンの効率を最大化するために、有効な方法が分散投資だ。 プロのファンドマネージャーはもちろんのこと、アマチュアの投資家でも、分散投資が有効であるという知識は持ち合わせているし、運用に敏感な方の多くは、その有効性を「実感」もしていることだろう。 また、運用にあたって取引手数料のような「コスト」はマイナスのリターンに直結する敵であり、ポートフォリオの改善が得られない行動に対してコストを支払うことは、運用上、大きな不利であり、愚かな行動だ。 素人・プロの「悪癖」三つ しかし、人間は自信過剰に陥ったり、忘れたり、曲解したり、恐怖に過剰反応したりしやすい生き物であり、素人もプロも、しばしばこうした原則から逸 脱する。原則からの逸脱に至り、ひいてはポートフォリオを悪化させる典型的な「悪癖」を素人、プロそれぞれの投資家について、三つずつ挙げると以下の通り だ。 「素人投資家、三つの悪癖」 自分の買値にこだわる分散投資を軽視するチャートに頼った判断 「プロの投資家、三つの悪癖」 自分の買値にこだわる分散投資を軽視する他人の運用の影響を受け過ぎ 三つの悪癖のうち二つは、プロ・アマ共通だ。意外に思われる方もいるかも知れないが、共に人間が運用しているのだし、プロの方が優れた成績をあげていると言える明確な根拠はないし、よく考えると、さしたる違和感はない。 しかし、共通な二つの欠点の表れ方は少し違うかも知れない。 素人投資家の場合、買値へのこだわりは、第一に、自分の買値よりも低い株価で「売れない」と感じて損切りが遅れる現象に表れているようだし、第二に 「儲かっている銘柄はいい銘柄だ」と感じて、自分が直近に利益を出している銘柄への過剰な信頼(集中投資につながる)をもたらしているようだ。 プロの場合も、同様な傾向があるように思うが、これに加えて、運用する資金の会計ルールが影響することが多い。たとえば、「簿価」よりも低い株価で持ち株売却すると売却損が出るので、これを忌避しようとすることがある、といった表れ方だ。 分散投資の効果を軽視して保有銘柄に関して集中投資を加速してしまう悪癖については、アマチュアは自分が儲けている銘柄に資金を集中させたり、逆に 損している銘柄の平均買いコストを下げようとして「買い下がり」を行ったり、といった自分の買値に拘ることに伴う集中投資に至ることが多い。一方、プロの 運用者は、これらの傾向に加えて、ビジネス上自らの運用能力を誇示するために集中投資的なポートフォリオを作ることがある。 プロはアマチュアよりも分散投資の効果を知っている場合が多いが、それでも、アマチュアと同様に、自分が儲けている銘柄に投資を集中させたり、買値よりも値下がりして損が出ている銘柄の平均買いコストを下げようとして買い増しを行ったりするケースは少なくない。 また、アマ・プロ共に自分の買値への拘りは影響が大きく、行動経済学の「プロスペクト理論」が示唆するような行動の非合理的な歪みの傾向は軽視できない。 アマ・プロそれぞれ、三番目の悪癖については、内容そのものが異なるようだ。 プロの世界ではさすがにチャート分析はまともな分析方法として相手にされない(顧客が認めない)のに対して、アマチュアの世界では、まだ少なからずチャートを頼る投資家がいる。弊害は、リターンを改善しないのに、売買が増えて余計なコストが掛かる形で表れることが多い。 一方、プロの側では、相対競争がビジネス上重要であることの影響で、ライバルが持っている銘柄を自分もある程度持たなければならないと考えることがあったり、ベンチマークを過剰に意識したりすることがある。 もちろん、個々の運用者にとって、それが、ビジネスを考えた時の実質的なリスクである場合があるのだが、必要以上に他社を意識していたり、市場並み の業種ウェイトに影響されていたりすることがある。独自の判断でリスクとリターンを判断する能力には限界があるかも知れないが、相対競争への意識が、せっ かくの情報や判断を殺して、ポートフォリオを安易なものにしている弊害があるように思う。 アマ・プロいずれも、自分の買値に拘らない投資判断が難しい。また、つい分散投資の原則の逆をやってしまったり、安易な投資判断に影響されたりすることがある。 持っている情報を最大限に生かしつつ、原則に従うポートフォリオを維持し続けることは、案外簡単ではない。
2011年07月15日
ポートフォリオ運用の「心」 複数の資産に分散投資した状態を総称して「ポートフォリオ」と呼ぶことは、多くの読者がご存じだろう。ポートフォリオはもともとフランス語で、紙を 挟んだファイルのことを指す。かつてパリの株式市場の参加者が有価証券を何枚も挟んで持ち歩く様子から、複数の有価証券を保有した状態をこう呼ぶように なったらしい。現在でも、デザイナーが作品を持ち歩く際に、絵をまとめたものをポートフォリオと呼ぶような使い方がある。 資産運用を語るに当たってはなしに済ませようとすると不都合な言葉だが、単行本や雑誌の原稿では、初心者読者向けの文章では、ポートフォリオという言葉を使うと、「読者に難しい印象を与える」という理由で、編集者が難色を示すことが多い。 そういう意味では、今回の拙文は、ある程度投資に慣れた読者、主に個別株での運用経験のある読者に向けた内容だ。 たとえば株式をポートフォリオとして運用する場合(本質的には、以下の内容は株式の運用でなくても同じだ)、その中心的な思想というか「心」は、「先のことは不確実だ」という認識の徹底にある。 先のことが確実に分かるなら、あるいは結果で論じていいなら、ポートフォリオを組む必要などない。将来が、不確実だからこそ、「ポートフォリオとして」運用を考えるのだ。 この場合、良いポートフォリオとは、「事前にあってベストだと想定されるポートフォリオ」のことであり、ファンドマネージャーの仕事は、継続的にこれを維持し続けることだと言い切ることができる。 現実の投資家にとっては事後的な結果がいいのが一番だが、運用そのものを論じる場合には、「事前にあってベストかどうか」という観点から論じるべき だ。たとえば、「私はこれで儲けた」と言い張って、セオリーから外れた運用方法を弁護しようとする輩が時にいるが、この種の「悪しき結果主義者」には注意 が必要だ。 ポートフォリオ運用の基本原則 ポートフォリオ運用の基本的な原則は、リスクをどう測るかについて合意できるとすれば、ポートフォリオのリスクと期待リターンの最適な組み合わせを達成し維持することだ。 この場合、 (1)同じリスクなら期待リターンが高い方がいいし、 (2)同じ期待リターンならリスクはより小さい方がいい。 期待リターンを下げずにリスクを低下させる上で、あるいはリスク当たりの追加的な期待リターンの効率を最大化するために、有効な方法が分散投資だ。 プロのファンドマネージャーはもちろんのこと、アマチュアの投資家でも、分散投資が有効であるという知識は持ち合わせているし、運用に敏感な方の多くは、その有効性を「実感」もしていることだろう。 また、運用にあたって取引手数料のような「コスト」はマイナスのリターンに直結する敵であり、ポートフォリオの改善が得られない行動に対してコストを支払うことは、運用上、大きな不利であり、愚かな行動だ。 素人・プロの「悪癖」三つ しかし、人間は自信過剰に陥ったり、忘れたり、曲解したり、恐怖に過剰反応したりしやすい生き物であり、素人もプロも、しばしばこうした原則から逸 脱する。原則からの逸脱に至り、ひいてはポートフォリオを悪化させる典型的な「悪癖」を素人、プロそれぞれの投資家について、三つずつ挙げると以下の通り だ。 「素人投資家、三つの悪癖」 自分の買値にこだわる分散投資を軽視するチャートに頼った判断 「プロの投資家、三つの悪癖」 自分の買値にこだわる分散投資を軽視する他人の運用の影響を受け過ぎ 三つの悪癖のうち二つは、プロ・アマ共通だ。意外に思われる方もいるかも知れないが、共に人間が運用しているのだし、プロの方が優れた成績をあげていると言える明確な根拠はないし、よく考えると、さしたる違和感はない。 しかし、共通な二つの欠点の表れ方は少し違うかも知れない。 素人投資家の場合、買値へのこだわりは、第一に、自分の買値よりも低い株価で「売れない」と感じて損切りが遅れる現象に表れているようだし、第二に 「儲かっている銘柄はいい銘柄だ」と感じて、自分が直近に利益を出している銘柄への過剰な信頼(集中投資につながる)をもたらしているようだ。 プロの場合も、同様な傾向があるように思うが、これに加えて、運用する資金の会計ルールが影響することが多い。たとえば、「簿価」よりも低い株価で持ち株売却すると売却損が出るので、これを忌避しようとすることがある、といった表れ方だ。 分散投資の効果を軽視して保有銘柄に関して集中投資を加速してしまう悪癖については、アマチュアは自分が儲けている銘柄に資金を集中させたり、逆に 損している銘柄の平均買いコストを下げようとして「買い下がり」を行ったり、といった自分の買値に拘ることに伴う集中投資に至ることが多い。一方、プロの 運用者は、これらの傾向に加えて、ビジネス上自らの運用能力を誇示するために集中投資的なポートフォリオを作ることがある。 プロはアマチュアよりも分散投資の効果を知っている場合が多いが、それでも、アマチュアと同様に、自分が儲けている銘柄に投資を集中させたり、買値よりも値下がりして損が出ている銘柄の平均買いコストを下げようとして買い増しを行ったりするケースは少なくない。 また、アマ・プロ共に自分の買値への拘りは影響が大きく、行動経済学の「プロスペクト理論」が示唆するような行動の非合理的な歪みの傾向は軽視できない。 アマ・プロそれぞれ、三番目の悪癖については、内容そのものが異なるようだ。 プロの世界ではさすがにチャート分析はまともな分析方法として相手にされない(顧客が認めない)のに対して、アマチュアの世界では、まだ少なからずチャートを頼る投資家がいる。弊害は、リターンを改善しないのに、売買が増えて余計なコストが掛かる形で表れることが多い。 一方、プロの側では、相対競争がビジネス上重要であることの影響で、ライバルが持っている銘柄を自分もある程度持たなければならないと考えることがあったり、ベンチマークを過剰に意識したりすることがある。 もちろん、個々の運用者にとって、それが、ビジネスを考えた時の実質的なリスクである場合があるのだが、必要以上に他社を意識していたり、市場並み の業種ウェイトに影響されていたりすることがある。独自の判断でリスクとリターンを判断する能力には限界があるかも知れないが、相対競争への意識が、せっ かくの情報や判断を殺して、ポートフォリオを安易なものにしている弊害があるように思う。 アマ・プロいずれも、自分の買値に拘らない投資判断が難しい。また、つい分散投資の原則の逆をやってしまったり、安易な投資判断に影響されたりすることがある。 持っている情報を最大限に生かしつつ、原則に従うポートフォリオを維持し続けることは、案外簡単ではない。
2011年07月01日
個人の資産配分「簡便法」の追求 一般的な個人が、無理なく本人の手で実行できる資産配分の方法はどのようなものであるか。筆者は、ここ数年このテーマについて試行錯誤している。 機関投資家の場合、キャッシュのインフローとアウトフローが比較的はっきりしていることが多いので、ALM(資産負債マネジメント)的な要素を考慮 しながらも、「リスク拒否度」を明確化させて、資産の中で、何に何%運用資金を投じるかと考えることで答えを出すことが一般的だ。 そもそも機関投資家の資金は「運用のため」であることがはっきりしているので、運用資金を何に何%に配分するかという意思決定方法が馴染みやすい。 たとえば、運用資産が120兆円以上に及ぶ日本の公的年金のような運用でもこうしたアプローチで「基本ポートフォリオ」を決めている。 しかし、個人の場合は、もう少し事情が複雑だ。 たとえば、合計1,000万円の金融資産(預金、株式、債券、投資信託などの合計で)を持つ家計について考えてみよう。 常識的に考えて、家計は、借金(条件がひどく不利である)をせずに済むようにある程度の「予備費」をいつでも使える形で持っていることが好ましい。 すると、仮に予備費を生活費の半年分持つとして、生活費が30万円の家計と100万円の家計では、運用に回すことができる資金が820万円(1,000万円-30万円×6=820万円)から400万円(1,000万円-100万円×6=400万円)の差ができる。 この場合、1,000万円を「100%」として資産配分を行うと、両家計では適切な資産配分が大きく異なる公算が大きいし、820万円、400万円をそれぞれ「100%」と見ても、リスクを取ることができる金額が異なる可能性が大きい。 加えて、生活費以外にも、個人が持っている「人的資本」(将来の収入のリスクを考慮した割引現在価値)には大きな個人差があるし、将来支出することが予想される「負債」の現在価値も異なっているだろう。 これらの差を運用計画に適切に反映させて、資産配分計画を立てることは、個人にとってかなりハードルの高い意思決定であるのみならず、FP(ファイナンシャルプランナー)のようなアドバイザーにとっても簡単でない。 実は、彼らが、新聞や雑誌等で、簡単に推奨する資産配分を(多くは円グラフ付きで)比率として無造作に提示することがあること自体が、彼らが資産配 分計画で考慮すべき要素が何かをおよそ理解できていないことの証拠だ(→円グラフの配置も含めて、記事のレイアウトを決めてから取材するメディアの側の問 題もある)。 難しい要素が幾つかあるとしても、こうした諸々の要素を、正確ではなくとも十分反映させつつ、個人が自分の手で「無難に!」資産配分計画を作るためには、どうしたらいのか、筆者は、これまで何度か試行錯誤を重ねてきた。その軌跡の多くは、この「ホンネの投資教室」のバックナンバーに反映されている。 たとえば、家計の状況を「リスク拒否度」に反映させて最適化計算を行ったり(→リスク拒否度の理解と最適化の計算が個人やFPには難しい)、最大限 の想定損失額から運用資金をリスク資産に投ずることができる上限を決めて資産配分の比率を計算したり(→これでもまだ難しいことが多いようだ)、といった 工夫を試したし、運用資金に対して人的資本が相当に大きいケースが多い(特に若いサラリーマンの場合)ことを前提として、余裕資金をすべてリスク資産に投 資してしまうことを推奨したり(→多くの場合問題ないが心理的にリスクが過大だと感ずることが多く、その結果バランスファンドのような効率的でない運用対 象に資金が向かうこともあった)ということもあったが、どれも「これが決定版だ!」という実感がなかった。 配分比率から金額へ 個人の資産運用の場合、おおむね無リスクな資産と内外の株式のようにリスクを取って運用する資産の「比率」を決めることが最大の課題であるように思われた。 取ってもいいと思うリスクの大きさが決まると、リスク資産部分の中身についてリスク当たりの期待超過リターンがベストに近い組合せ(これは、「おお むね」誰にとっても同じにして問題ない)を一つ知っていると、資産配分計画を完成することができる。無リスク資産の中身もある程度定型化することが可能 だ。 こう考えて、リスク資産への資金配分額を決めることができればいい、というところまで辿り着いた。 この場合に、「金融資産全額」なのか「金融資産マイナス必要予備費」なのか、あるいは「金融資産プラス人的資本」なのか、何を「100%」と考えてリスク資産への運用額を何%とするか、と考えるのが分かりやすいか判然としない。 そこで、今回考えた個人向けの運用の簡便法は以下の通りだ。具体的な例で考えてみよう。 1,000万円の金融資産額を引き継ぐとして、リスク資産に関して、期待リターンを「無リスク資産の利回り(=金利)+5%(機関投資家の運用計画 上、株式のリスクプレミアムとして平均的な水準だ)」、リスク資産のリスクをリターンの年率標準偏差で20%(やや大きめの見積もりであり、保守的な想定 で、かつ計算が簡単だ)とすることにしよう。 ここで、一年間の運用に於ける一応の「最悪」を期待値マイナス2標準偏差のイベントと想定するとして、以下のような状況になっている。 まず、想定される最大損失額は、 (1)想定最大損失額=リスク資産運用額×35% である。5%-20%×2=-35%なので、こうなる。 次に、リスクを取ることで予想される平均的な稼ぎは、 (2)期待される稼ぎ=リスク資産運用額×5% となる。ここでは、無リスク資産の金利にプラスされる収益を「稼ぎ」とみなす。インフレ率や金利水準が変わっても、リスク資産のリスクプレミアムが変わらなければ変化しない。 ここで、基本的には、(1)で計算される「最悪」が許容できる範囲の中で、「最悪」と「期待される稼ぎ」との組合せとしてどれを選ぶかを考えたらいい。 たとえば、リスク資産に500万円投資するなら、最悪時の損失が175万円で、期待される稼ぎは25万円だ。リスク資産が400万円なら、これが140万円と20万円になる。 しかし、この場合、心理的に、数字として損失額と稼ぎでは損失額が大きく見えてしまう難点がある.「最悪」と同時に「ベスト」の可能性も参照して考えることが良さそうだ。 (3)ベストの稼ぎ=リスク資産運用額×45% も合わせて考えるといいのではないか。 結局、運用を考えるに当たって「比率」は、複数の運用対象の効率を較べるには便利だが、自分の経済生活にとってのインパクトを考える上では、十分な実感を伴わない。 損や稼ぎの「金額」なら、自分の年収や、生活費と較べることができるので、「±の利回りの率」よりも分かりやすいのではないか。 「利回りの率」を喜びや痛みとして実感するのは、ファンドマネージャーや、運用会社の顧客担当者などの、運用業界人だけかも知れない。 1,000万円の金融資産がある人のリスク資産運用額に対する、1年間の、想定最大損失(の目処)、平均的な稼ぎ、ベストな場合の稼ぎ(最大損失と同等程度に起こりうるベスト)は、以下の表のようになる。 リスク資産運用額と想定される損益の金額 (単位:万円) リスク資産運用額 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 想定最大損失 -35 -70 -105 -140 -175 -210 -245 -280 -315 -350 期待される稼ぎ 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 ベストの稼ぎ 45 90 135 180 225 270 315 360 405 450 リスク資産の中身については、何を何%という比率での把握となるが(ここでは、TOPIXのインデックスファンド50%、MSCI-KOKUSAI のインデックスファンド35%、MSCI-EMのインデックスファンド15%、といった内訳を想定している)、これは、ベストに近い効率のパターンを一つ 覚えておけばいい。 運用資産全体を何%何に投資するかと発想するよりも、想定される損益の上下限と平均を自分の収入や生活費と較べる方が、一般個人には考えやすいのではないか。 まだ、改良の余地があるかも知れないが、これならかなり簡単かと思うのだが、いかがだろうか。
2011年06月17日
問題山積の東京電力債 東京電力の福島第一原子力発電所で事故が起こり、東京電力の債券が注目を集めている。事故の発生以来、格付会社による東電債の格付引き下げの動きが続いている。こうした中、格付を基準に投資対象債券を決めていた運用資金の多くが、東電債の扱いに苦慮することになった。 彼らが直面したのは、たとえば以下のような問題だ。 まず、保有する債券の満期を待たずに途中売却することそのものが「想定外」であった資金があちこちにあった。 また、保有する債券の一部を途中で売却した場合に、残りの債券を時価評価する必要に迫られるので、東電債を売りに出すことができずにいた資金もある。 ちなみに、主な格付会社の格付を見ると、東電債は、震災前、外資系ではS&PがAA-、Moody’sがAa2、国内系では、R&IがAA+、JCRに至ってはAAAの高評価を得ていた債券だった。 これが、3月11日の震災発生以後時間をおきながら(決して素早くはなく!)徐々に変化して、5月末時点では、S&PでBB+(一般に投資適格未満とされる)、Moody’sではBaa3、R&IはA、JCRはA+へと下方修正された。 資金によっては、AA-以上を投資適格と定めている場合もあるし、一般に投資適格とされるBBB-を割り込んだ場合には投資対象から外すルールになっていることもある。 しかし、いずれにせよ格付を基準に保有債券の売却を決定する資金では、同様のルールを設けている他の多くの資金が同時に東電債を売る意向を持つことになる一方で、買い手はごくわずかなので、売却が難しい状況に陥った。 取引が薄いから、どの程度正確な実態が表れているかという問題はあるが、東電債の同一年限の国債に対する上乗せ利回り(スプレッド)は、震災前の 0.1~0.2%といった水準から、5月末には3%強まで拡大した。これは、満期まで10年近く残っている債券の場合、2割を大きく上回る価格の値下がり を意味し、実現損の計上を嫌う資金の場合、東電債の売却が一層難しいものとなった。 「格付が下がっても将来のデフォルトはあるまい」との希望的観測の下に東電債を保有し続けることが可能ではあっても、現状は、「絶対安心!」とはとても言えそうにない不確実性の下にある。 東電債は、現在、日本の社債市場で最大の銘柄であり、4兆数千億円の発行残高があって、これを誰かが保有している。投資家の悩みは深い。 投資家の教訓 東電債のケースを参考に、債券運用にあたって投資家が留意すべきポイントを挙げると以下の通りだ。 債券投資で大切なこと 運用に「絶対(大丈夫)」はないと覚悟する。横並びの判断の危険性を認識して対策を考える。運用は「時価評価」が絶対の条件。部分的な売却を躊躇しない。徹底的な分散投資以上に有効な信用リスク対策はないと知る。 簡単に補足しよう。 先ず、AAAやAAの格付を持っていても、短期間で信用リスク面の評価が悪化することがあるのだから、「絶対に大丈夫」を期待して運用を行ってはならない。これは、債券投資に限らない原則だ。 次に、他人と同じ売買のトリガー(引き金)を持つと、同方向の売買が殺到して、売買が成立しなくなったり、価格が極端に動いたりする。仮に格付を参 考にするとしても、他の資金と異なる条件(たとえば、BBB-未満ではなく、BBB+を割り込んだら原則として売却する、など)を設定するほうがいい。 また、債券運用の場合、満期まで持ちきることを方針として、時価評価の適用を逃れようとするケースがあるが、これは、非合理的な行動や行動の遅れを 招く諸悪の根源と言ってもいい。もともと時価評価をしていれば、値下がりしてからの売却を「損出し」として躊躇する必要もないし、時価評価を避けるために 「満期保有」でやせ我慢をする必要もない。 はっきり言って、時価評価を避けようとする投資家には、他人の資金を運用する資格などない。また、自分のお金を運用するとしても、現状認識を避けることは少しもプラスにならない。 また、実際の運用を行うに当たって、保有するポジションを一気に処分するか否かと考えるのではなく、柔軟に部分的に変化させることが重要だ。機関投 資家の場合、部分的に売却すると、その債券の残りのポジションについて「満期保有目的ではない」として時価評価を適用すべしとする会計士の意見が制約に なって、売却ができないケースがあるが、これは、大いに不都合だ。 そもそもすべてを時価評価することが望ましいのだが、これを適用しない場合、大きなポジションと小さなポジションでは、リスクに与える影響が大きく異なるのだから、多額と少額の保有は、投資に関する判断が異なっておかしくない。 これは、いわば二重の誤りといえそうな状況だが、投資行動にあって無用な(非合理的な)縛りを課そうとする会計士は、その存在自体が有害だ。 ところで、東京電力のケースにまさに表れているように、個々の債券の信用リスクを判断することは、素人投資家はもちろん、プロの投資家にとっても難 しい。そして、今回、格付会社の格付がすべて東電の状況悪化の後追いになったことから分かるように、格付会社も投資に十分な信用リスク判断がタイムリーに できているわけではない。加えて、格付会社は、発行体から格付手数料をもらうというビジネスモデルの根本的欠陥があり(日系の格付会社の方が東電債により 甘いのは、一部にはこの事情によるものだろう)、そもそも格付を信用し、格付に依存して投資を行うこと自体が大きな問題を含んでいる。 それでは、なぜ、プロの投資家は信用リスクのある債券に投資できるのかを考えると、彼らが数十、数百の銘柄に分散投資を行うことができるからだということに思い至る。決して、彼らに完全な信用リスク判断のノウハウがあるから投資できているのではない。 こうした諸々の要因を考慮すると、大規模な分散投資が不可能な個人投資家が個別の社債銘柄に投資することには、大きな無理があるのだと考えざるを得ない。
2011年06月03日

iSPEED for iPad先般、楽天証券はiPad用のマーケット・ウォッチング・ツールである「iSPEED for iPad」をリリースした。無料でダウンロードでき、使用できるアプリなので、iPadをお持ちの方はぜひ試してみて欲しい。基本的にMarket SpeedのiPad版だが、スマートフォン用のiSPEEDよりも機能が多いし、iPadの大きさもあって、より使いやすい。楽天証券に口座をお持ちでなくてもある程度の機能を使うことができるし、口座をお持ちの場合はフル機能(差は、リアルタイムの株価、ニュースの本文の閲覧、それに以下で説明する「マイボード」の機能など)を使うことができる(現在、口座をお持ちであれば、売買をしていなくても利用できる)。このアプリは、自分でよく見る銘柄を登録する機能があり、この登録銘柄をiPadで一覧する「マイボード25」あるいは「マイボード100」という画面を持っている。前者は、25銘柄単位で登録銘柄のリアルタイムの株価、前日比高低、その比率(%)といった情報を一覧することができ、後者は、iPadの一画面で100銘柄の株価と前日比高安を見ることができる。10行×10列の一画面で株価を見ることができ、前日比で、値上がり銘柄は赤、値下がりは緑、変わらずなら黒といった調子で色分けされているので、その時々の株式市場の様子を一目で眺めることができる。証券会社の店頭にはしばしば株価ボードがあり、株価が大きく動いた時のニュースなどで映されることがあるが、自分専用の株価ボードをiPadの画面の中に作るイメージだ。毎日継続的に見る銘柄を登録するとなると、これは、なかなか考え甲斐がある。マイ株価ボードに必要な条件さて、「自分の株価ボードを作ろう」、「自分が継続的にウォッチする100銘柄」を決めようと思うと、それなりの方針が必要だ。筆者は、以下のような方針で100銘柄を選ぶことにした。日本の株式市場の代表的な銘柄をなるべく網羅すること。業種などの銘柄属性において株式市場のバランスをある程度反映すること。1行10銘柄の制約下で、傾向が似た銘柄をグルーピングすること。似た傾向のグループ同士(例えば共に輸出株の自動車と電気)を隣接させること。自分が当面注目している銘柄の置き場所を作ること。こうしていくつかの要素でバランスを取りつつ、各グループを10銘柄として、10グループ合計100ぴったりの銘柄を選ぶのは、それなりに時間と努力を要する作業だったが、自分で株価指数を作っているような、久しぶりにファンドを運用しているような楽しさがあって、当初の期待以上に熱中してしまった。iSPEED for iPad マイボード100銘柄10の分類と構成銘柄筆者が作った「マイボード100」の銘柄のグルーピングは以下の通りだ。上から以下の順番で並べることにした。金融: 代表的な金融銘柄を網羅する。建設・不動産: 「土地」を感じさせる銘柄群。素材: 製鉄、化学など素材的な色彩が強い製造業。内需ディフェンシブ: 食品、化粧品、薬品など内需型のディフェンシブ銘柄群。消費: 個人消費に直結する小売り、外食など。電気: 電気関連の銘柄をバランスを考えて配置する。自動車・輸送機: 自動車関聯銘柄プラス造船。商社・物流: 貿易や物流に関わる銘柄群。公共株: 電力、ガス、通信など。当面の注目銘柄: 仕事の関係などで、個人的に見ている銘柄。具体的には、以下のような感じだ。まず、職業柄、金融株の動向はよく見ておく方がいい。経済全体の好不調の影響が金融株に表れるということもあるし、金融業の中のどのカテゴリーの調子がいいかというようなことも見ておきたい。従って、コード番号的には主に8000番台なのだが、1行目には金融株を並べることにした。全体が10銘柄なら、メガバンク3行の株価は比較も含めて三つとも見ておく方がいいだろう、その後に地銀の代表(横浜銀行)、信託銀行(三井住友トラストHD)、損保(東京海上HD)、生命保険(第一生命)、それに証券として野村、大和、さらにネット証券であるSBIホールディングスを登録することにした。2行目は建設・不動産関連だ。地価が上昇したり、公共投資が増えたりすると好調になるグループであり、建設機械も二社(コマツ、日立建機)入れておく。不動産と金融は時に似た動きをするので、行は隣接させておきたいので、このグループを2行目にした。鹿島、大成といった大手ゼネコン、住宅の大和ハウス、道路の前田道路、プラントの千代田化工、それに不動産は三井と三菱、最後に、金融からこぼれてきた銘柄で不動産ビジネスで存在感の大きいオリックスを入れておいた。素材は、高炉の新日鉄に、電炉の東京製鐵、アルミの日軽金、銅と金の住友金属鉱山、石油の国際石油開発帝石、昭シェル、化学は住友化学、繊維で東レ、加えて旭硝子、住友電工、といったラインナップだ。内外のインフラ投資に反応する。1.金融2.建設・不動産3.素材食品、薬品の辺りは入れたい銘柄数が多くて選択が難しかったが、ビールの上位二社(キリン、アサヒ)、味の素、日清HD、山崎製パン、花王、資生堂、と並べて、薬では医家向け大手二社(武田、第一三共)に大衆薬の大正製薬を見ることにした。小売りは、セブン&アイにローソン、イオンといったライバルを並べ、三越伊勢丹、高島屋とこれもライバル関係、商品の価格レンジのやや高い三陽商会と逆に安いファーストリテイリング、外食はハンバーグ(マクドナルド)、牛丼(ゼンショー)、居酒屋(ワタミ)とバリエーションを重視した。電気は、日本株のファンドマネジャーの多くが好きなセクターだが、私はそれほど思い入れはない。しかし、見ておきたい銘柄が多いので、選択には悩んだ。ソニー、パナソニックは家電のセット、日立、東芝、三菱電機は重電グループ、さらに、NEC、キヤノン、ニコン、京セラ、信越化学と半導体関連にウェイトを置いたラインナップにしてみた。自動車では、メガバンク同様トヨタ、ホンダ、日産の大手三社は外せまい。それに軽自動車のスズキ、トラックの日野自動車、部品のデンソー、ルネサステクノロジー、タイヤでブリジストンまで自動車関連を選び、三井造船、三菱重工の造船2社を加えて、輸送機のカテゴリーとした。最初に勤めた会社が商社だったこともあって、筆者は商社業界にはそれなりに興味がある。三菱、三井、伊藤忠の大手三社と双日まで見ることにした。加えて、郵船、商船三井の海運、全日空、さらに三菱倉庫、日本通運、ヤマト運輸と、内外の物流に関わる銘柄をセレクトした。たとえば現在のように電力株が特別な話題に上るような時期に、他の銘柄と一緒に公共株のカテゴリーに入れるのはどうかとも思ったが、電力(東京、中部、関西)もガス(東京ガス)や通信(NTT、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク)、それにJR東日本、JR東海(共に最近の学生の就職人気が高い)、さらに私鉄から東急電鉄を入れて公共株グループとした。基本的な業種分類は、上記の9行で終わりで、最後の一行は、割合頻繁に入れ替えることも考慮しつつ、仕事上の関心などもあって株価を見ておきたい銘柄を10個選んだ。筆者が、楽天を見ておきたい心境はご理解頂けるだろう。加えて、インターネット関連のディー・エヌ・エー、グリー、サイバーエージェント、サイバーエージェントの隣に広告代理店大手の電通を並べ、フジテレビ、TBSといったテレビ、加えて任天堂、大日本印刷といったここまでのカテゴリーに入れにくかった銘柄、さらに最後に、大日本印刷との比較で図書印刷(筆者の近刊書籍の印刷所でもある)を見ることにして、合計100銘柄を選んでみた。 メンテナンスと今後の楽しみ筆者は、実際には、箱庭を作ったこともないし、幕の内弁当を作ったこともないが(食事の支度は好きだが、弁当は作らない)、一画面に収まった「自分で選んだ100銘柄」を眺めるのは、これらを眺めて悦に入るような感覚があるように思う。何はともあれ、これらの株価を毎日継続的にチェックすると、株式市場に対してぐっと親近感が湧くようになる(それで儲かるようになるかどうかは、まったく定かでないが)。個々の銘柄で気になる銘柄があれば、iPadの画面上をタップすると個別銘柄のページが開き、株価の歩み値、銘柄の主な属性(時価総額、PER、配当、など)、期間の長短の異なる幾つかのチャート、加えて取引所の「板」、さらにその銘柄に関連するロイター(一日にトータルで1,000本以上)などのニュースを見ることができるので、「マイボード」は、株式市場を見る目次代わりに使うことができる。一方、苦労して選んだとはいえ、100銘柄のラインナップに対して、あれやこれやと不満が生じるのも株式愛好家としては自然な人情だろう。筆者も何度か銘柄を入れ替えたが、この際の気分は、株価指数の銘柄検討委員のようでもあり、株式ポートフォリオを運用するファンドマネジャーのようでもある。実際のファンドマネジャーは、銘柄の選択だけでなく、投資銘柄に対するウェイトの決定が非常に重要なので、マイボードのメンテナンスとファンドの運用は感覚が少し異なるし、必要なスキルにも違いがある。とはいえ、たとえば、自分が選んだ100銘柄に、等金額、単元株、時価総額ウェイトなど基準を決めてウェイト付けすると、自分独自のインデックスのポートフォリオのようなものができ上がる。100銘柄は、NYダウの30銘柄よりも多く、日経平均の225銘柄よりも少ない銘柄数だが、それなりに市場を代表する銘柄を網羅したインデックスになり得る銘柄数だ。実際にファンドを運用する場合は、「100」という制約を課することに意味はないが(むしろ有害でもあるが)、ちょうど100銘柄を選ばなければならないという制約は、ゲームとして楽しむ上ではほどよい制約であるように思う。iPadをお持ちの読者には、ぜひiSPEED for iPadをインストールして、マイボード作りを楽しんでみていただきたい。
2011年05月20日
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(「第148回 学生に教える金融商品概観(預金と債券)その1」からの続きです) 債券板書は以下の通り。----------債券「金利が上がると価格が下がる、キャッシュフローの受け取り権利書」 “fixed income”(関連用語)クーポン、元本、長期国債利回り(長期金利)、社債、スプレッド、格付け、デフォルト、店頭取引、割引債、変動利付債、仕組み債、個人向け国債----------一般に、金融リテラシーのない人の喩えとして「金利が上がると、債券価格が下がるということすら分からない人」というポイントがよく使われる。筆者の授業を聞いた学生さんには、この分類に入って欲しくない。単利と複利のちがいや割引現在価値の「数式による定義」をスキップしながら、「金利が上がると、債券を買うには、価格がより安くないとバカバカしい」ということを直感的に分かるように説明することが、教える側の努力のポイントになる。授業では、5年満期くらいの債券のキャッシュフローを例にとって、キャッシュフローの棒グラフを黒板に描いて説明した。運用業界では、債券のことを“fixed income”と呼ぶことが多いが、これは、将来のキャッシュフローを売り買いする形の一つである「債券」の性質を実感するのに悪くないイメージを伴った言葉だと思う。変動金利債のように、将来のキャッシュフローがfix(固定)されていない債券もあるが、債券の価格付けや売り買いは、将来キャッシュフローの価格付けや売り買いである。加えて、筆者は、授業に出てくれた学生が将来にわたって「長期金利」に興味を持ってくれるようになることを願っている。長期金利に関心を持つことのメリットは二つだ。一つは、長期金利の動きが、景気と物価という二つの重要な経済変数に対する多くの人(プロフェッショナルを含む)の判断を反映していることだ。ある程度の単純化を許して貰うと、長期金利は資金を借りて投資すると将来儲かるような好景気が見通される時には資金需要があるから上昇し、また、将来インフレ率の上昇が予想される場合、債券保有者が実質的に損をしないためには利回りが高くなければならないから、やはり上昇する傾向を持つ。日々の長期金利は、国債の「需給」など、別の要因もあるが、景気と物価に対する見通しを微妙に反映させながら、上下している。長期金利の推移を見ておくと、それ自体の情報効果と共に経済に対する感度を高める効果がある。加えて、一般に、長期金利よりも高い利回りを謳った金融商品には、何らかの無視しがたいリスクがある。長期金利に対するスプレッド部分は、信用リスクの対価であったり、(野蛮にも)為替リスクを負っているせいであったり、あるいはそもそも信用できない詐欺的な商品であったりする場合もあるが、手堅い運用の「世間並みの利回り」として長期金利を知っておくことは、お金の運用で思わぬリスクを取らされて失敗をしないためには重要だ(注:気付かずに自発的にリスクを取る、というよりは、気付かぬリスクを取るように「誘導される」ことが多い)。債券に関して、もう一つ重要なのは、「信用リスク」とは何であるかということと、これが利回りとしてプライシングされることを直感的に理解して(できれば「実感して」)もらうことだろう。借金を返せないかも知れない相手にお金を貸すには、金利がより高くなければならないことは誰でも納得できるだろう。だが、問題は、「借金を返せないかも知れない」度合いの差をどうやって判断するかということだ。この判断は、はっきりいって、素人には難しい(実は、プロにも難しい!)。ここで、「民間の格付け会社の格付けを参考にすればいい」と教えるのでは、金融教育として失格だろう。格付け会社は、明らかに信用するに足らない。格付け会社は、格付け対象債券の発行者から格付けの代金をもらっており、長期的には評判が重要だという側面はある。しかし、個々の経営者や社員にとっては会社の「長期的」な評判は必ずしも重要ではない場合がしばしばある、という微妙な利害関係を教えることが是非必要だ。これは、サブプライム問題が発生する前の段階で大規模に起こっていたことだ。学生に一気にサブプライム問題まで説明すると、説明の分量が過剰になるが、「格付け会社のようなものを簡単に信用してはいけない」ということは教える必要がある。それでは、プロの債券運用者が、信用リスクがあるにも関わらず債券に投資できるのはなぜだろうか。答えは、彼らが個々の債券の信用リスク分析に於いて優れていることよりも、分散投資によって個々の債券のリスクを落とすことができているからだ。こうして考えてゆくと、個人が国債以外の個別の債券に投資することの難しさが浮かび上がってくる。「信用リスクの判断は個人には難しい。加えて、個人の資金量では十分に分散投資することも難しい。また、債券は、『売れ残った物』がセールス努力の対象になることがしばしばある。だから、個人が、社債をはじめとする信用リスクのある債券に個別に投資するのは止めておいた方がいい、というのが私の意見です」と結論をはっきり伝えた。最近、原発の事故に伴う電力債の問題などが報道されていることもあり、学生もある程度の実感を伴って理解してくれたのではないか。加えて、時間があれば、「仕組み債」の何たるかを説明したかったが、ここで時間切れになった。仕組み債は「完全に分かるのでなければ、買ってはいけない!」(そして、「分かる」なら、買いたい仕組み債などないはずだ!)ということを伝えなければならないが、「仕組み」の問題については、今後、デリバティブについて説明する際にもう一度チャンスがある。必要だと思うことを説明していくと、預金と債券だけでも相当の分量・内容になる。以上の説明を通じて、学生に感じ取って欲しいポイントをあえてまとめると、お金の世界には「情報の非対称性」があるということと、ビジネスとして向かってくる相手(銀行、証券会社、保険会社など)に対する「健全な警戒心」が必要だ、ということの二つだ。
2011年05月06日
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運用教育の構成筆者は、昨年から獨協大学で、学部の学生向けに「金融資産運用論」というタイトルで、お金の運用全般に関する知識を教える授業を担当している。運用の講義は、内外の定番のテキストを見ると、まず、投資の理論を概観し、アセットアロケーションの方法を述べて、個々の商品の性格や分析方法などを説明する構成が多く、筆者も、過去、ほぼこの構成を踏襲してきた。昨年の春学期の授業でもそうしたのだが、一部の学生から「難しい」という声を聞いた。学生の場合、そもそも債券とか株式といったものがどのようなものなのか、具体的なイメージを持っていない場合があり、この状態で最初に理論の話に入ると、話が必要以上に抽象的に聞こえるのだろう(加えて、簡単ではあっても、理論を説明すると、先に数学が出てきてしまうという問題がある)。従来の構成で脱落者を出してしまうと、彼らが社会人になったときにぜひ気をつけて欲しいと思う注意事項などを伝え損なう可能性があり、これは、もったいない。そこで、昨年の秋学期から、主な金融商品やサービスについて、おおむね、学生が社会に出ると関わる状況を念頭に置きながら、ざっと説明して、「運用の入門編」をざっと片付けてから、投資の理屈の話に入る構成に変更した。今のところ試行錯誤の段階だが、話し手の印象としては、この方がいいような感触がある。今年の春学期は、当初の授業2、3回で、(1)預金、(2)債券、(3)株式、(4)投資信託、(5)生命保険、(6)年金、(7)外国為替、(8)デリバティブ、と大まかなカテゴリーを説明してから、「投資」と「投機」の経済的性質の違いを説明する、という構成を取ることにした。以下は、授業のための「板書」(実際にパワーポイント・スライドを用意するが)と、話のポイントを上記の(1)預金、(2)債券について文章化したものだ。板書については、それぞれの運用商品カテゴリーについて、これは覚えて欲しいと思うポイントに対応したワンフレーズと、授業で説明しておきたい概念を「関連用語」としてピックアップしたものを並べた。たとえば、(1)預金のパートの「預金保険」なら、1人1行1千万円まで、という預金保険の保護限度、ペイオフという言葉の意味、名寄せにかかる時間(未定。数カ月?)と仮払いの金額の問題などをざっと説明することになる。 預金について預金に関する板書(実際はパワーポイント)は以下の通りだ。----------預金「お金の受け払いに使う、運用には効率の悪いお金の一時保管場所」(関連用語)普通預金、定期預金、キャッシュカード、クレジットカード、決済、預金保険、仕組み預金、郵便貯金(定額貯金)----------説明のポイントは大きく二点ある。預金保険に関わる銀行預金の安全性の問題と、銀行のビジネスモデルの変化だ。後者では、預金口座を作った場合にキャッシュカードに付いてくるクレジットカード機能が持つ意味(顧客側の経済観念が乏しいと、たとえば、リボルビング払いを利用して高い利回りの借金をしてしまう)を入り口に、銀行のビジネスモデルが「預金と貸出のスプレッドで稼ぐ」従来型のものから、「お金持ちからは(運用商品の)手数料で、お金をあまり持っていない人からはローン金利で稼ぐ」ものに重心が移りつつあることを説明する。学生の場合、卒業後に直面する状況で、第一に重要なのは「借金を避ける」ことだろう(ちなみに、二番目は「生命保険にすぐに入らない」だ)。リボルビング払いの際に残る借金残高に対する金利は多くの場合、15%程度と高率であり、株式等の「運用」ではとても追いつかないレベルだ。新社会人は、第一に収入の範囲で生活する生活ペースを形成することが重要であり、第二に、できれば早い段階から収入の一定割合を貯蓄(金額がまとまったら投資)する習慣を作ることが望ましい。若い頃の筆者自身は、第二段階に至らなかったのだが、教える立場になると、「望ましい方法」は伝えなければなるまい。この説明の際には、買い物に行って、カードを使ってリボルビング払いを利用するような相手は、経済観念が乏しいので、結婚相手にしない方がいい、という実践的注意を付け加えて置いた(学生は将来、たぶん忘れるだろうが)。銀行のもともとのビジネスモデルについても、説明が必要だ。銀行は、たとえば顧客の預金のお金の動きをトレースすることによって、与信その他のビジネスに必要な情報を得ることができる。これは、銀行の情報的な強味の源泉だ。理屈上は、特定の相手について、他の貸し手よりもよく知っているから、他の貸し手よりも低金利でのローンが可能になるということが、融資ビジネスの競争力の仕掛けだ。一方、ローンのビジネスでは、借り手と貸し手の間には大きな「情報の非対称性」があり、銀行も含めて貸金業の第一の行動原理は「借りたい、と言ってきた相手には、お金を貸してはいけない」というくらいのものだろう。この事情は、近年「中小企業向けに融資する」と掲げて創業した複数の銀行が上手く行かなかった事情が雄弁に物語っている。利用者個人の立場に戻ろう。個人は、特定の銀行と長くつきあうことによって、多くの個人的な情報を銀行に把握される一方で、住宅ローンを借りる際などには過去の履歴が残っていることがプラスに働くこともある、という説明も必要だろう。特定の銀行と付き合い続けることがメリットを生むことがある、という説明もしておくべきだ。銀行口座の持ち方については、給与振り込みと各種の決済に使うメイン口座とメイン口座が不便な場合に使うサブ口座の銀行が異なる二つの口座を持つことを勧めた。これは、最近メガバンクでもあったシステムトラブルのような事態への対応と、ATMの引き出し額制限などが不便な場合があることが理由だ。たくさんの口座を持つと管理の効率が落ちるが、一行だけというのは不安だ。板書のワンフレーズに示した、(預金とは)「お金の受け払いに使う、運用には効率の悪いお金の一時保管場所」では、銀行預金は主としてお金の決済に使うサービスで、お金を運用する手段としてはあまり効率が良くない場合が多いことを表現している。これは、新聞やインターネットで調べてもらえば、学生もすぐに実感できるだろう。授業では、上記に加えて、銀行の窓口で売っている投資信託は手数料が高くて運用に不適当な商品が大半(9割以上だと思う)であり、また、「仕組み預金」は顧客にとって条件が不利な物が殆どであることなどを付け加えた。「私は、銀行は、お金の運用には不適当な場所だと言いきっていいと思っている。例外はめったにない。高給と言われる銀行員が、誰から儲けているかよく考えてみて下さい」と結論を述べた。ローンに関する説明を加えたせいもあって、話してみると、預金の説明は思ったよりも分量が増えた。ただ、借金の非効率性や銀行という相手との付き合い方については、ぜひ学生に伝えておきたかった。 (「第148回 学生に教える金融商品概観(預金と債券)その2」へ続きます)
2011年05月06日
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前回に引き続いて、投資主体別に、適切だと思われるアセットロケーションの方法を考えてみよう。今回は、個人投資家を取り上げる。個人投資家といっ ても、機関投資家並みに巨額の資産を運用していたり、運用のプロ(あるいは元プロ)であったり、といったケースでは、機関投資家と同等の考え方や方法でア セットアロケーションを行えばいいが、それ以外の「一般的な」個人投資家の場合は、何らかの簡便法を用いることが現実的な選択肢になることが多いだろう。 運用好きの個人:M-V法 個人投資家の中でも、自分で株式のポートフォリオを(注:数銘柄でも立派な「ポートフォリオ」だ!)運用しているような方には、一般的な年金基金が 使っているような、期待リターンと、標準偏差・相関係数で表されたリスクを使ってポートフォリオを作るような「M-V法」(平均・分散アプローチ)を使い こなすことをお勧めしたい。 数学的には、高校二年生までの内容で十分お釣りが来るし、道具としても、PCとマイクロソフト・エクセルのような表計算ソフトがあれば十分だ。データも、学術研究レベルの厳密さを求めるわけでなければ、インターネットの無料ホームページに載っているもので足りる。 M-V法を使いこなすことのメリットとしては、(1)自分のポートフォリオの筋道だった改善が可能になることと、(2)他の市場参加者、特に機関投資家の発想法や行動様式が分かるようになることの二点を強調したい。 「期待リターンとして、どんなリターンを使ってよいのか分からない」という声が聞こえてきそうだが、リスクを考えてポートフォリオを作っている以 上、何らかのリスク資産になにがしかのウェイトを与えているということは、意味的に、何らかの期待リターンを仮定しているのと同じことだ。何らかのポート フォリオを持っている以上、その意味を知っているかいないかが差になるとすれば、知っている方が気持ちいいのではないか。 このレベルの個人投資家には、リスクと期待リターンを決めて最適なポートフォリオを計算する、一方向の計算だけでなく、現在持っているポートフォリオのリスクとリターンの意味を分析するためにM-V法を使いこなすことをお勧めしたい。 運用を趣味にする以上、ポートフォリオの扱い方を知らなければつまらないだろうが、M-V法の理解はそのための最低条件だ。余計なお世話かも知れないが、ぜひお勧めしたい。 運用が仕事でも趣味でもない一般個人:二段階法 運用に時間を掛け、気を取られることなく、あまり手間を掛けずに安心して運用したい、という一般投資家には、【第一段階】自分が取ることができるリ スクの上限を決めて、その範囲の中で「リスク資産」の額を決めて、【第二段階】リスク資産の組合せについてはベストに近い無難なものを一つ知っておいてこ れに投資する、といった二段階のアセットアロケーション法をお勧めしたい。 この方法だと、期待リターンとリスクのM-V法から見て最適な組合せを達成することを放棄することになるが、過大なリスクを取らないのでお金の運用が生活設計上無難になることと、実施が極めて簡単であることの二つのメリットがある。 第二段階でのリスク資産の組合せは、たとえば、「国内株(TOPIX)が50%と先進外国株(MSCI-KOKUSAI)が50%」といったパター ンを一つ知っておくなら、実際上問題はない。もともと厳密にベストであることを放棄しているので、「ベストに近くて無難な」組合せであればいいという割り 切りを行う。新しい運用商品の登場などは、ほとんど気にする必要がない。 問題があるとすれば、メリットと裏腹の関係になるが、簡単すぎて退屈だということだろうか。 もっとも、こうした方法を採るとしても、リスク資産の期待リターンはいくらか(要は、リスクプレミアムはいくらなのか)といった問題や、複数のリスク資産のより良い組合せ方はないかといった追求など、工夫の対象になる課題は残されている。 人的資本に余裕のある個人:「リスク資産セット」への自由配分 上記の(2)のような一般投資家の中で、健康でよく稼ぐ若いサラリーマンによくあるように、人的資本が潤沢で、相対的に運用資産の額が小さい場合に は、手持ちの金融資産の中でいくら投資しても現実的に問題はないので、(2)の【第二段階】で採用するような「リスク資産セット」に好きなだけ投資して問 題ない。 若くて健康なサラリーマンが典型的だが、資産や家族があって、年金の範囲で十分暮らせることが確実な高齢者のような、経済的な「逃げ切り」が見えている羨ましい人の場合にも、同様のことが言える場合がある。 このような人の場合、20歳だから100-20→80%とか、30歳だから100-30→70%とかいった具合に、金融資産の額に対して何%の比率でリスク資産を持つと決める通俗的方法には、さして意味のないことが容易に理解できよう。 この方法で注意すべきは、借金をして投資やレバレッジを掛けた投資を行わないこと、短期間で換金できる対象に投資すること、お金の必要が生じた時には買値からの損得に拘らずに速やかにリスク資産を売る覚悟を持つことの三点だ。 リスクに対して極度に保守的な個人:「捨てたつもりで」法 取ることができるリスクには十分余裕があっても、それでも損をする可能性があることはどうしても嫌だ、という個人もいる。 リスクに見当をつけて、許容できるリスクの範囲内で運用する(2)のような方法では、たとえば、「最悪100万円まで損ができる」という覚悟があれ ば、リスク資産のリスクを勘案して250万円とか、300万円といった金額の投資でリターンを狙うことができるというメリットがあるのだが、この点に魅力 を感じない個人には、説得力のある意見となりにくい。 こういう人には、「全額失っても惜しくないと思える金額だけ投資して下さい」と言うしかない。これは、最も原始的なアセットアロケーションだが、最悪の場合でも備えができている、という点で、最低限の条件を満たす方法だといえる。
2011年04月15日
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アセットアロケーション(資産配分)は、投資の結果に対して重大な影響を及ぼすが、答えとなる配分をクリアに示すことができて「こうすればいい!」と主張できる決定的な方法がない。決定的な答えに自信を持つことができず、しかし、投資家本人にとっては重要であるため、専門家といえども、投資家に対して「答え」をアドバイスすることはできない。良心的にやろうとすると、自分でアセットアロケーションを決めるための方法をアドバイスして、投資家が自分でアセットアロケーションを作ることを手助けするのがせいぜいだ。他人のお金を扱う以上、たとえば株式の運用でも同様なことがいえる。しかし、アセットアロケーションの決定は、投資家の運用パフォーマンスに対して(時には人生に対しても)、株式ポートフォリオのベンチマークに対する勝ち負けとは比較にならない規模で大きな影響を与えるので、上記の性格は一層強くなる。しかし、全ての投資主体がアセットアロケーションの方法論について詳細に理解し、これを実践できるわけではないし、それが必要なわけでもない。アセットアロケーションに取り組む主体別に、いくつかの段階のレベル分けがあり得る。特に、個人投資家に対しては、どの程度の簡便法を適用すべきなのか、あるいはもっと有効で分かりやすい簡便法はないのかが、悩ましい問題となる。ただし、アセットアロケーションの方法は多様だし、「決定的な答え」があるわけではないのだが、「これこれの前提条件に対して、これは明確にダメ」と言えるアセットアロケーション法は多数存在する。「答えは人それぞれだ」と言いたがるFPなどが、明らかに誤ったアドバイス(たとえば、リスクと期待リターンの辻褄が合っていないもの)を行うことがあるので、注意して欲しい。今回と次回で、主体別のアセットアロケーション方法を大まかに分類してみよう。読者ご自身はどれで行くか、検討してみて欲しい。 研究者:マルチ・ファクター、ダイナミック、などと名の付く複雑な方法当然ながら、ファイナンスの研究者はさまざまな方法を研究している。筆者が全てを把握しているわけではないが、大まかには、複数のファクターを持つもの、資産価格の変化に動的に対応するもの、何らかの均衡モデル、がある。将来の消費や収入をヘッジする要素を入れて考えると、リスクは単一の大きさだけの問題ではなく、複数の種類を検討することが必要だ。経済状態を「均衡」としてモデリングするものと、そうでないものがあるが、複数のリスク・ファクターを考えるアセットアロケーションを考えることができる。たとえば、将来、商品価格が上昇すると困るビジネスを営んでいれば商品価格になにがしか連動するリスクポジションを持っているべきかも知れない。あるいは、証券会社に勤めているなら、株価の上昇は収入の増加をもたらす可能性が大きいから、株式への投資比率は小さい方がいいかも知れない、などと考えることができる。将来の消費や収入の性格が分かれば、それに対するヘッジを考えることは、理論的には容易だ。しかし、現実的には、将来の消費や収入のリスクの特定化と予測は難しいし、アセットクラス毎のリターンをどのようなファクターで説明し、それを具体的にどう測るかが難しいし、最終的に複数のリスクをどう統合して期待リターンとの間で最適解を求めるかも難しい(注:理論的に行うことは割合簡単だが、現実のデータで行うのが難しい、という意味で)。結局のところ、複雑で精緻な処理装置を作っても、曖昧なインプットに対しては、曖昧な結果以上のものは返ってこない、という当たり前の事実を超える魅力のあるモデルはなかなか登場しないのが現実だ。状況によって、ダイナミックに(動的に)ポジションを変えるタイプのアセットアロケーションを考える金融学者もいる。これも、論理的な筋は通っていても、具体的な適用が難しいケースが多い。この種のプランは、話だけ聞いていると、「右足が沈む前に左足を出して、その左足が沈む前に右足を出せば、忍者は水面を歩くことができる…」といった感じの「上手すぎる話」になることが多いので注意したい。生き物の世界には、水面を走るトカゲのようなものがいるようだが、実際の金融市場では、取引コストが掛かったり(体重に相当する)、スピードが追いつかなかったり(運動能力に相当する)ということが多く、上手く行かない。また、資本市場では、リスクフリー・レート以下に沈まない努力はできても、トカゲのように自分に好都合な方向に走る(儲ける)ことはできない。別のアプローチとして、たとえばCAPM(資本資産価格モデル)の国際市場版のようなものを考えて、「これが答えだ!」といったものを提示するモデルもあるが、論理の段階で破綻しているものもあるし、ハッキリ言って現実的な前提から論理を積み重ねたものではないので、仮に論理はまあまあでも実用にならない。学者には、これからも新しいアイデアを研究して貰うことを期待したいが、実用性を考えると、機関投資家にあっても、個人投資家にあっても、当面直ちに応用できるような方法論が登場することは期待薄ではないか。 年金基金、保険会社などの機関投資家:ALMを組み合わせた最適化法後述のように、公的年金のように大手の機関投資家でも、平均分散アプローチ(「Mean-Variance法」→「M-V法」)ないし、その変種で、つまり単一のリスクで且つ一時点のアセットアロケーションのアプローチを採っている場合が多い。しかし、完全積み立て方式の年金や、生命保険会社のように、将来に必要なキャッシュフローをある程度正確に見積もることができるライアビリティ(負債)に見合う資産を運用する場合、負債に対する相対的なリスクを意識するALM(Asset Liability Management)の考え方をアセットアロケーションに応用することができるし、これは、現実的に必要だ。ALMの必要性がはじめに強調されたのは、かつてアメリカで金利が上昇した時に、アセット側(主に融資債権)が長期契約かつ固定金利で、これに対するライアビリティ(預金)が短期契約且つ変動金利であったことで銀行が破綻した事例があったからだ。これに対して、1990年代の後半から2000年代の前半にかけて、日本では、複数の保険会社が破綻したり、多くの企業年金が縮小ないし解散したりしたが、こちらは、金利の低下によって長期のライアビリティの現在価値が拡大し、これに資産が追いつかなかった(追いつかないばかりか、株価下落などで縮小さえした)ことが原因だった。どちらのケースでも、資産側だけでなく、負債側のコントロールにも問題があったが、ALM的な常識をもって経営していれば大失敗は避けられたはずだ。ALMで管理するリスクとして考え得るのは金利リスクだけではないが、ライアビリティのキャッシュフローが読める時には、金利リスクくらいは考えておくべきだろう。個人の場合、収入と支出が負うリスクが連動することが多いので、ALMを意識する必要はあまりないかも知れないが、年金と資産運用だけで将来食べていく退職者のようなケースでは、「インフレでどうなるか」だけではなく「低金利でどうなるか」といったALM的リスクへの配慮が必要な場合もあるだろう。 一般機関投資家:M-V法日本の公的年金をはじめとして、多くの機関投資家(プロの投資家)が、リスクを標準偏差と相関係数で表現し、アセットクラス毎の期待リターンを勘案して、最適なポートフォリオを作るといったロジックの下でアセットアロケーションを行っている。もっとも、同じ方法を使っても結果はバラバラで、似た性質の年金資金を運用している、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)、KKR(国家公務員共済組合連合会)、地共連(地方公務員共済組合連合会)、企業年金連合会は、それぞれ全く異なるアセットアロケーションを行っている(官僚達は、この不整合が気にならないのだろうか?)。もちろん、リスクに対する態度が変わったり、個々の資産クラスの期待リターンが異なっていたり、リスクの推定方法がちがっていたりすると、異なる結果が出るので、結果が異なることが必ずしもおかしい訳ではない。時に、「期待リターンが1%ちがうと、結果が大きくちがう。M-V法は、実用には向かない」といった意見を聞くことがあるが、これは、論者がM-V法の扱い方を十分知らない(主に期待リターンの扱い方が分かっていない)からだろう。M-V法の欠点は、論理的に考えると、複数の性質のリスクを単一の標準偏差(ないしは分散)に単純化することと、現在と将来のこれまた単純な二分法の下で時間の経過が内生変数化されていないことだろう。ただし、研究者のアセットアロケーションの項目で述べたように、モデルを複雑化しても、そのモデルが生きるような精度のあるインプットが現実には得られないケースが多いので、理解と操作が容易なM-V法を十分使いこなすことが、実用的なのではないかと思われる。多くの年金基金や運用会社が、基本的にはこのアプローチに従っているのは、これが現実的な選択肢だからだろう。筆者の個人的な意見として、FP(ファイナンシャル・プランナー)のような個人に対するアドバイザーは、M-V法を完全に使いこなせるレベルの知識とスキルを持っていて欲しいと思う。この程度の常識を持っていて、個人向けに簡便法をアドバイスするのでなければ、簡便法のどこに最適でない点や注意すべきリスクがあるのかを説明できまい。次の機会には、個人投資家向けのアセットアロケーションの方法(必然的に何らかの簡便法になる)について説明したい。
2011年04月01日
筆者が運用業界に入ってざっと四半世紀が過ぎたが、この間、日本の機関投資家は数々の大失敗を繰り返してきた。機関投資家、即ち運用のプロといえども失敗することはあり、それは日本の機関投資家に限らないが、過去の日本の機関投資家の失敗の多くが、少々形を変えて現在の日本の個人投資家に引き継がれつつあるように見える。投資の失敗にも、国民性というものがあるのかも知れない。一方、人間は、自分の誤りを指摘されるよりも、他人の誤りの方が素直に直視できる。個人投資家が、機関投資家の失敗について知ることは有意義だ。しかも、親切なことに、日本の機関投資家の失敗は多岐にわたる。妙な話だが、失敗なりにバランスが取れている。そこからくみ取ることのできる教訓を並べると、投資の基礎が網羅できるのではないかと思うくらいのものだ。日本の機関投資家の失敗として、本稿では以下の7つを取り上げる。1. 目標利回りにこだわって運用計画を作り、リスクを軽視した2. 直利指向で運用して損をした3. 時価評価を嫌がって正しい行動ができなかった4. 外債の期待リターンを過大に評価した5. バランス・ファンドで運用して効率を損なった6. アクティブ運用で余計な手数料を払った7. 仕組み商品に投資して損をした1)目標利回りにこだわって運用計画を作り、リスクを軽視した主に1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本の企業年金は厳しい運用難を経験し、多くの年金基金が解散したり「代行返上」で運用資産を縮小させたりした。彼らの失敗の原因は、通常「5.5%」だが、年金制度を設計した時の想定運用利回り(予定利率)を「目標運用利回り」として、世間の金利水準が低下しているにもかかわらずそのままにして、これを達成するために母体企業の経営体力からみて過大なリスクを取って運用を行ったことだ。これが裏目に出て運用が破綻した。個人の資産運用でも、目標運用利回りを先に決めて、これを達成するためにという観点で運用計画を立てるようアドバイスするケースが少なくないが(FPでも誤解しているケースが多い)、正しくは、リスクと期待リターンを同時に考慮して運用計画を決めるべきであり、簡便法でも、先にリスクの制限を決めて、その範囲の中で運用計画(特に資産配分計画)を立てるべきだ。公的年金の運用計画に関する議論などを見ていても、はじめに「目標運用利回り」ありきの思考がまだまだ残っているようなので、注意したい。2)直利指向で運用して損をした特に1980年代、90年代の現象だが、日本の機関投資家は、投資元本に対するインカム・ゲインのみの利回りである「直利」の高い債券を好んで投資し、クーポンの高い債券を過大な値段(低い総合利回り)で購入した。この現象を「直利指向」と呼ぶが、直利指向は投資として合理的でもなかったし、これが修正される過程で、よく分かっている市場参加者(外資系のトレーダーなどが中心)に大いに儲けられてしまった。直利指向の背景には、インカム・ゲインの利回りを評価する「ハーディー利回り」と呼ばれる利回りで生命保険会社が運用競争をしていたり、債券を時価評価せずに、インカム利回りだけを運用の成果として認識するような事業会社の余資運用があったりしたが、今日、個人投資家が「毎月分配型ファンド」や「通貨選択型ファンド」など、インカム利回り意図的に高く設計した金融商品に「釣られている」のを見ると、インカム利回り指向は、日本人の国民性に共鳴するものがあるのかも知れない。現実には、投資の利回りは、インカム・ゲインとキャピタル・ゲインを合わせて考えなければならないし、税引き前で同じ(総合)利回りなら、直利の高い債券の方が課税が大きくて損だといえる場合もあるので、注意が必要だ。3)時価評価を嫌って損の認識が遅れた日本の企業経営者はおしなべて時価評価が嫌いだ。また、運用関係者も、時価評価を厳格に適用されることを嫌う傾向がある。加えて、過去にさかのぼるほど、運用は時価評価の適用範囲が小さかった。多くの機関投資家は、運用資産を簿価で評価して、実現利回りを調整する形で毎期毎期のつじつま合わせをしていたのだが、運用環境の厳しさもあって、含み損が膨らんで身動きがとれなくなった。かつて時価評価が十分適用されずに運用の意思決定を間違え続けて来たことに関して、これを会計制度のせいにする議論があるが、これは違う。会計制度がいかなるものであろうと、運用の現実を正確に把握すること、それを関係者(たとえば年金の加入者など)に隠さず正確に伝えることは必要だった。個人投資家にあっても、投資で損をしていても「売るまで負けと決まったわけではない」といった無駄な意地を張る人がいるが、現実を正しく認識し、自分の過去の買値に拘らずに現在の価格と環境に対してアクションを起こすことが運用の基本だ。4)外債の期待リターンを過大に評価した典型的には、1980年代後半の生命保険会社だが、高金利の通貨の債券や預金は円ベースでも期待リターンが高いと誤解して安易に外債投資を拡大して、プラザ合意後の円高で大損した。当時の生保の認識は次のようなものだった。外債投資のリスクとリターンについては「外債は金利が高く期待リターンは高いが、為替リスクがある。しかし、当社はリスクを取る体力があるので、高いリターンを狙うことができる」、為替に関する相場観としては「日米の国力の差を考えると、200円台の為替レートが100円になることなどあり得ない」といったものだった。相場観を事後的に批判するのは、相場に携わるものとしては禁じ手だから、本稿では触れないが、当時の大手生保のリスクとリターンに対する認識に注目すると、「高金利=円ベースでも高い期待リターン」と考えたのは間違いだった。外債投資のリターンは、事後的には円債のリターンよりも高くも低くもなり得るが、期待値ベースで一方に偏りがあるとすると、市場で、為替レートや金利がそれを打ち消す方向に変化するはずだ。従って、市場で成立している為替レートと金利を前提とすると、どの通貨・金利のリターンが相対的に高いと断定することはできない。しかし、一般的な(あえていえば、「素人の」)心理として、高金利の通貨・債券は円ベースでも期待リターンが高いと信じがちだし、だからこそ、個人投資家の間に、外債や外債ファンドに多くの買い手がいるのだろう。当時の大手生保は、一社で数兆円規模の含み益を抱えていたので、当時、運用でリスクを取ることができるという判断自体は間違っていなかったが、その含み益も外債投資の大損やその後の株安であらかた吹き飛んでしまった。過去を振り返ると、日本の生保は本当に運用が下手だった。彼らの歴史は投資家にとっての教訓に満ちている。5)バランス・ファンドで運用して効率を損なった日本の企業年金は、90年代前半くらいまで、信託銀行ないし生命保険会社によるバランス運用(株式も債券も含まれる運用)に積立金の運用を委託することが多かった。特に、企業年金の多くは、バランス運用を複数使っていたので、全体の資産配分がどうなっているかを把握することも大変だったし、これをコントロールすることはほとんど無理だった。初心者が手軽に使うことができるという理由でバランス・ファンドを勧める商業主義的な運用アドバイザーは少なくないが、個人の場合、バランス・ファンドは、中身が把握しにくいことに加えて、個々のアセットクラス毎にファンドを組み合わせるよりも手数料が高くなるケースが多い。細かいことが分からない初心者は、バランス・ファンドがいい、という意見には賛成できない。運用者としては、バランス・ファンドの運用はなかなか楽しい仕事だと思うのだが、個人投資家にはバランス・ファンドは勧められない。投資家は、バランス・ファンドは適切な選択肢ではないということが分かる程度に運用を理解してから大切なお金を投じるべきだ。6)アクティブ運用で余計な手数料を払ったアクティブ運用が平均的に上手くいかないのは洋の東西を問わないが、機関投資家自身も、年金基金のようなプロの客も、当初はアクティブ運用を好んで、後から思うと無駄な手数料を払った。また、複数のアクティブ運用を合計すると、実質的にインデックス運用に近づく効果があることも、徐々に理解されてきた。現在、年金の運用ではパッシブ運用(インデックス運用)が増えているが、これは、過去のアクティブ運用の結果に対する反省から来たものだ。個人投資家も、早く割り切る方が得だろう。筆者の思うに、アクティブ運用そのものが悪いというよりも、アクティブ運用の手数料が高すぎる。手数料がインデックス運用並みに下がれば(コスト的には十分可能だ)、アクティブ運用も悪くはない。7)仕組み商品に投資して損をした日本の機関投資家は、デリバティブを組み入れた「仕組み商品」(主に仕組み債)に対して、最初は最先端の金融技術を使った儲かる商品だと勘違いし、次には決算をごまかすために、大いにこれを利用して、主に外資系の証券会社に多大な利益を提供した。デリバティブがプライシングされる原理を理解すれば、これが「儲かる金融商品」であるはずはないのだが、目新しいものがいいものだと思う人は少なくない。金融の新しいテクノロジーは、大手の顧客が使い古すと、段階を追って小口の顧客に向けた商品に使い回されることが多い。現在、デリバティブを使った仕組み商品は、個人投資家をターゲットにするとところまで降りてきた。EB(他社株転換権付債券)やその他の仕組み債券・預金のような、プライシングが計算できる投資家は決して買わない金融商品が無知な個人投資家に向けて広く売られているのが残念ながら日本の現状だ。
2011年03月04日
株式ポートフォリオの運用について、最初に二つほど簡単な問題を考えてみて欲しい。以下の文章(A)、(B)の内容は、運用として正しいか? (A) 100以上も銘柄を持つとほとんどインデックス運用と同じだ。(B) 運用資産額は同じでも、運用期間が長くなると銘柄数は増えるのが自然だ。 読者のご見解はいかがだろうか。 銘柄数が多くてもアクティブ運用は可能 文章(A)は、運用会社ではさすがに少ないかも知れないが、証券マンやベテランの投資家でも、同様のことを言う方は少なくない。しかし、これは、明らかな間違いだ。 たとえば、日経平均は225銘柄のポートフォリオだ。2010年の日経平均の変化率は-3.01%だが、TOPIXの変化率は-0.97%だった。 仮に、日経平均がTOPIXのインデックス・ファンドであれば、顧客からも大クレームが来るだろうし、ファンドマネジャーはクビだろう(配当の影響は除外 した大まかな比較だが)。 年間2%程度のちがいは誤差の範囲内だと強弁する人でも、2009年の両者を比較すると大きな差を認めざるを得ないだろう。TOPIXの5.63%上昇に対して、日経平均は19.04%も上昇している。これだけ差があれば文句はあるまい。 日経平均の構成銘柄は、日本の大手企業なので、TOPIXとそう大きくずれているわけではないが、銘柄のウェイトの付け方がTOPIXと大きく異な る。プロが運用するような大きな金額のポートフォリオになると、銘柄の有り・無しの選択もさることながら、どの銘柄にどのようなウェイト付けをしているか が重要な要素になる。日経平均はおおむね50円額面換算の千株単位で銘柄を保有した場合の株価のウェイトになるので、値嵩(ねがさ)株のウェイトが高い、 かなり「癖のある」ポートフォリオだ。 それにしても、100銘柄程度でも「ほとんどインデックス運用と変わらない」としたり顔で言う人が多いのはなぜか。たぶん、分散投資を説明する時 に、古い投資の教科書では、銘柄間の相関関係が独立な(リターンの相関係数がゼロ)のケースを前提として、20銘柄もあれば十分リスク分散されているとい う計算例(とグラフ)を見せることが多いので、これが記憶に残っているからではないか。 しかし、現実の株式は、相関係数がゼロというほど都合良くできていない。程度に差はあっても一緒に動くことが多く、プロのポートフォリオとして十分 なリスク分散をするには20銘柄では不十分だ。投信でも年金でも(特に年金では)、プロのポートフォリオは、顧客が想定するポートフォリオの性質から乖離 しない運用を心がける必要があるし、自分が取りたいリスク以外のリスクはなるべく取らないようにコントロールする必要があるし、ライバルとの相対的なリス クにも注意を払わなければならない。20銘柄や30銘柄ではとても十分とは言えない。 投信の場合でいうと、顧客はせっかく「小口の資金でもできる分散投資」のメリットを購入するのだから、少ない銘柄数で「これがアクティブ運用だ!」 と開き直るのは、純粋に運用の問題としては、リスクの計測を知らないか、横着であるかのいずれかだろう。たとえば、「いい銘柄を30銘柄集めてポートフォ リオを作りました」と言うファンドマネジャー(二昔くらい前はよくいた)は、「同じ位いい銘柄を100程度集めよ。仕事をサボるな!」と言われたら、反論 のしようがないはずだ。 分散投資の意味が分かっていないファンドマネジャーだと、「30銘柄ならフォローできるが、100銘柄になるとフォローできない」と答えるかも知れ ないが、そもそも、完全なフォローなどできないから分散投資をするのだ(!)。30銘柄で十分だ、というのは自信の持ちすぎだろう。 この程度に投資銘柄数を絞った投資信託もあるが、これは、「私は優秀なファンドマネジャーです」という幼稚なはったりであるか、投資銘柄が顧客から 見えやすいことに重きを置いた、銘柄を研究する投資クラブを投信化したようなビジネスモデルなのだろう。純粋に効率的な資産形成のために買う商品としては お勧めできない。 銘柄数は時間と共に増えるのが自然 文章(B)は、運用の原理から考えて正しい。 たとえば、投資銘柄のうち、ある銘柄が値上がりして、ポートフォリオの中に占めるウェイトが上昇したとしよう。この銘柄がポートフォリオに与えるリ スクは拡大するし、経済状況が変わっていないのに株価だけが上がったのなら、投資銘柄としての魅力度は下落しているはずだ。つまり、ポートフォリオがこの 銘柄に対して期待できる貢献が低下するし、悪影響は増加する。しかし、通常、それらは少しずつ起こるものであって、「素晴らしくいい投資銘柄」がいきなり 「ひどく悪い投資銘柄」になる訳ではない。劣化の過程では「まあまあいい投資銘柄」くらいの時期があるはずだし、現実にそういう場合は多い。 この場合、ポートフォリオのハンドリングとして正解になるのは、この銘柄を部分的に売却して、別のいい銘柄をポートフォリオに加えることだ。「まあまあいい銘柄」の段階で、持ち株を全て売ってしまうのは、ハッキリ言って下手なファンドマネジャーだ。 売買にはコストがかかるので、いったん保有した銘柄は、未保有の銘柄と、投資の魅力度(厳密には期待リターンとポートフォリオに与えるリスクの影響を総合評価する)が同じなら、保有し続けるのが正解だ。 一定の基準で評価した割安株の期待リターンを高くする、などの条件の下で、過去のデータを用いて仮想ポートフォリオを運用するバックテストを行う場合、売買にコストがかかるという現実的な前提を組み込むと、運用期間の経過と共に銘柄数が増える傾向が顕著である。 かくして、投資銘柄数は、運用期間の長期化と共に増えていくのが自然な動きだ。もちろん、せっかく増えた銘柄数を無理に減らす必要はない。プロのファンドマネジャーは、増えた銘柄数にあっても、的確に望ましいバランスをとり続けることができるようでなければならない。 個人投資家の皆様には、投信を評価したり選択したりする際のご参考にしていただけるとありがたい。
2011年02月18日
今回は、勉強熱心な読者のために、推薦図書を一冊ご紹介する。 アメリカの投資のテキストして有名なツヴィ・ボディー、アレックス・ケイン、アラン・J・マーカスの『インベストメント<第8版> 上・下』(平木多賀人、伊藤彰敏、竹澤直哉、山崎亮、辻本臣哉訳、マグロウヒル・エデュケーション発行、日本経済新聞社発売)の別巻の『問題回答編』(訳者、出版社は同じ)が面白い。 『インベストメント』は上下で合計1万円の大部のテキストだが、この問題回答編はコンパクトで価格も2,600円と安い。 基本的に『インベストメント』の章立てに対応した著者による問題とCFA(米国証券アナリスト)資格試験の問題と回答が載っている。28章あって、 各章にほぼ十数個の問題があるので、相当に楽しめる。前半に28章分まとめて問題編、後半にまとめて解答編という構成だ。一つだけ注意点を申し上げると、 大量の文章を一冊に詰め込んでいるので、文字が小さいから、高齢者には少し厳しいかもしれない。しかし、中身は掛け値なしに面白い。 解答に納得できない場合や、基礎知識を確認したい場合を考えると、テキストも揃えておくといいのだが、問題と解答を交互に見ながらあれこれ考えると、クイズ性のある読み物として通読できるので、問題集だけを買ってもいいだろう。「投資頭」を鍛える、良質な暇つぶしになる。 資産運用に関するコラムを書いている立場からすると、材料に使えそうな「ネタ」がたくさんある本なので、紹介してしまうのは少し惜しい気がしないでもないのだが、「考える投資家」が増える方が楽しいので、もったいぶらずにご紹介する次第だ。 問題集の効用 筆者の場合、大学受験の受験勉強ははるか昔(30年以上前)の話になるが、どの科目も分厚い定番の参考書を読み切った記憶がない。恥ずかしながら、参考書は何冊も買ったのだが、つまみ食いをするように一部だけ読んで、そのままになることが多かった。 受験勉強をやっていて、多少は面白いと思ったのは、結局問題集を解くときと、模擬試験を受けている時だったように思う。何らかの具体的な問題があると、これを解決しようとして頭にスイッチが入るので、結局、問題を通して知識を吸収することが多かった。 投資に関する理論も、これを実感を持って理解するためには、具体的な問題とセットで勉強するのがいいのではないか。「効率的市場仮説」といった概念 を学ぶ際にも、どのような事例がこれに当てはまるのかが確認できる方がいいし、期待リターンやリスク、あるいはβ値といった基本的な数字は具体的に計算し てみてはじめてよく分かる。 筆者は、大学の授業では、概念から話して余裕があれば具体例に触れる講演調の講義をすることが多いが、こうして問題集を読んでみると、抽象概念を説明する前に、具体的な問題を提示する方がいいのではないか、といった反省も生まれてくる。 問題の例 問題と解答を いくつかご紹介しよう。 なお、以下の例では、文字数の関係で、筆者が適宜縮めた文章で内容をご紹介するので、正確な内容については書籍に直接当たって欲しい。 第5章「歴史から、リターンとリスクを学ぶ」の第 2問は以下のような問題だ。 「あなたは、1880年までの米国株式の実績リターンを計算できるデータセットを偶然発見した。次年の米国株式の期待リターンを予想するのに、これらのデータを使用する長所と短所を挙げなさい」(p59)。 何を手がかりに答えていいものか、少し考え込んでしまう問題だが、解答編には、リターンの分布が安定的なら、より長い標本期間のデータを使うことが 予想の精度を上げるのに役立つが、リターンの分布の平均が変化しているなら、期待リターンは過去の中でより最近の期間で推定されなければならない、とあ る。 解答は、続けて、「ここで、1880年までのすべてのデータを用いることは適切とは思われない」ともう一歩踏み込んで述べている。 投資の実務家も、より長期間のデータを使う方が推定精度が改善すると素朴に信じる傾向があるが、市場や経済の構造や投資家のリスクに対する態度が変化した場合には、古いデータの混入はかえって推定の妨げになる。 現実の例として、公的年金の運用計画の策定では、過去30数年のリターンのデータが使われているが、これは いささか長すぎるように思う。特に、国内債券のリスク値は最近と過去では大幅に異なり、長期間のデータから推定された債券の大きなリスク値を前提に「全体 として債券並みのリスクの資産配分だ」と言われても釈然としない。 ところで、問題の解答をありがたがるばかりでは、問題集を100%楽しんでいるとはいえない。解答にツッコミを入れる余地はないかと考えてみることで、「投資頭」がもう一段活性化するはずだ。有名なテキストだからといって、丸ごと信じるようでは、投資家として物足りない。 この問題の場合、サンプルの分布の平均が変化した場合に予測に使うデータに配慮が必要なことはその通りだが、過去のリターンから将来のリターンを推 定してもいいのか、という点が問題になる。投資の世界では、将来が過去の単純な延長線上にないことが多い。特に前提条件が変わった場合には、過去のリター ンから将来のリターンを推定すること自体が不適当だろう。現実的には、「前提条件」として、経済の生産性の変化や、企業金融構造の変化、投資家のリスク拒 否度の変化などを考慮しなければならないし、現に、機関投資家が不十分ではあってもやろうとしているのは、そういうことだ。 積み立て投資を実践している投資家が好きなドルコスト平均法の問題もある。第11章の18問目だ(p95)。「ドルコスト平均法とは、毎月500ド ルのように、どの期にも株式を同じ額だけ買い続ける投資手法のことをいう。この戦略の考えに従うと、株価が低迷している月には定額の購入からより多くの株 式を、株価が高いとき、より少ない株式を購入する。長期で平均で見ると、この戦略を取る投資家は、価格が低いときより多くの株式を買い、価格が高いときよ り少ない株式を買うことになる。したがって、ドルコスト平均法投資は、結果的に市場タイミングをよくとらえることになる。この戦略をどのように評価する か」。 解答は、次のようなものだ。「投資戦略としてのドル平均法の背後にある考え方は、株価が『標準的』水準で上下動するということである。もしそうでな いなら、『株価が高いとき』という表現には何の意味も見いだされえない。たとえば、今日25ドルの株価が今から6カ月後にその時の株価と較べて高いかある いは低いと見なされるようになることを、あなたはどうして知り得るのであろうか」(p270)。 筆者もドルコスト平均法が「有利な投資方法である」との考え方には批判的だが、この解答は、今まで気づかなかった理由をシニカルに指摘していて面白い( いくらか不親切なようにも思うが)。 投資の問題を解くコツ 第11章の15番の問題は応用範囲が広い。 「Tビルの月次リターンが1%で市場はこの月1.5%上昇した。株式β値が2であるA社は、この月、予想に反して、同社に100万ドルの支払いをもたらすべく裁判に勝利した。 (a) もしA社の月初の株式時価総額が1億ドルであるなら、この月の同社の株式リターンはいくらになるか(b) もし市場がA社の勝訴と200万ドルの支払いを期待していたなら、(a)に対するあなたの答えはどう変わるか」 半ば問題の中に答えがあるようなものだが、答えは、(a)が3%、(b)が1%だ。予想外のことが何もなければA社のリターンは2%のはず で、(a)の場合はプラス1%の、(b)の場合はマイナス1%の「ノンシステマティックリターン」があったはずだと解釈されている。後者では「100万ド ル失望」があった、という理解だ。 問題集を眺めると、多くの問題で、事前の予想と新しい情報のギャップをどう解するべきかが、問題のポイントになっている。 この点は、「イベント投資」の根幹をなす問題であり、実際の投資に当たっても常に念頭に置かなければならないポイントだ。 読者には、問題集を楽しんで、投資にも強くなって頂きたい。
2011年02月04日
今回は、読者の方からのご質問に答えてみる。 お手紙の文面から、質問者は、自称「高齢者」で、月々の収入のない年金生活者であるらしい。金融資産は、主にインデックスファンドで運用されていて、日本の資産と海外資産の比率が50:50だという。 ご質問の内容をまとめると、以下の二点だ。 月々の収入がないのでドルコスト平均法が使えないが、アセットアロケーションは内外の資産を半々といった通常のものでいいか。リーマンショックのような30%~40%も下がるような時にも、長期保有を奉じてリスク資産を持ち続けていていいのか。一定の基準を設けて、たとえば、10%下がったらいったん現金化し、上がりだしたらまた再開する、というような方法を考えるべきではないのか。 高齢者の特色 一口に高齢者といっても様々な境遇の人がいるが、最も多いのは、たぶんお手紙の主がそうであったのではないかと推測されるように、かつてサラリーマンとして月々の収入があり、現在は、原則として年金以外に収入がない、というリタイアした勤労者だろう。 筆者は自分でその境遇を経験したわけではないので推測するしかないが、お手紙の文面からも伝わってくるが、毎月の収入がなくなると、何となく頼りない、いくらか心細い心持ちがするのだろう。 リタイアした高齢者と働いている勤労者とで資産運用上最も異なる点は、人的資本の大きさの差だろう。人的資本とは、人間を株式のように評価した概念 で、将来期待される収入の割引現在価値だ。高齢者は、必然的に将来稼ぐ金額が小さくなるし、割引現在価値を計算する際の割引率も大きくなるはずなので(主 に健康が不安定になるから)、人的資本は若い勤労者よりもかなり小さくなる(注:人的資本は厳密に計算できるものではない)。 個人の広義の資産全体を眺めると、たとえば、若い勤労者が、人的資本1億5千万円+金融資産3百万円、といった状況なのに対して、高齢者の場合、たとえば、人的資本2千万円+不動産2千万円+金融資産2千万円、といった構成になっているだろう。 傾向として、高齢者は、広義の資産全体に占める金融資産の割合が大きいので、金融資産のアセットアロケーションで取るリスクの広義資産全体に占める インパクトが大きくなる。そう考えると、若い勤労者よりも高齢者の方が金融資産に占める株式などのリスク資産のウェイトが小さい方が自然な場合が多いので はないか、という推測が可能だ。 この場合、アセットアロケーションで主として変化させるべきは、大まかなリスク資産と無リスク資産の比率であって、リスク資産の中身はいずれの場合 も「リスク当たりの期待リターンの効率が(大まかに)一番良い組み合わせ」でいいはずなので、リスク資産に関する比率を変える必要はない。 従って、質問者の場合、内外資産が半々という現在の資産配分でいいはずだし、コストが小さくて中身が分かりやすいインデックスファンドで運用されていることも適切だ。 質問者の場合、誤解する心配はないと思うが、「高齢者の運用はインカム収入が重要だ」といったセールスマンの妄言を信じて、多分配型のファンドなど を買ってしまう高齢者がいるかも知れないが、これは適切とはいえない。運用の効率性を考える限り、投資家が若年であっても高齢であっても、「毎月分配型」 を典型とする多分配型の商品は運用に適切でない場合が多い。 さて、「高齢者は人的資本が小さいから、金融資産ではリスクを取りにくい」という傾向だけでものを考えていいかというと、もう一つ考慮すべき要素が ある。それは、将来必要な支出だ。将来の収入の現在価値を考えたように、将来必要な支出を負債として考えた負債の現在価値も考えることができるが、負債の 現在価値は当然のことながら高齢者の方が小さい。 将来生活に必要な支出をどう見積もるかという問題があるが、大きな資産を持っている高齢者の場合、資産の大半が失われても将来の生活に変化がないだ ろうと考えられる場合がある。こうした「経済的人生の逃げ切り」を成功させつつある高齢者の場合、人的資本と将来の負債の価値が拮抗するような若者より も、金融資産の運用においてずっと大きなリスクを取ることができる場合がある。 日本では、資産の保有が高齢者に偏っている。高齢者は運用で取るリスクを落とすべきだ、というアドバイスが適切でない場合が相当数あるだろう。 人的資本、それに将来の生活費の現在価値のいずれもが小さいのだから、高齢者だからといってアセットアロケーションを大きく変える必要がない場合が 多いはずだが、相対的に若年者の方が将来の資産・負債共に柔軟性がある。つまり、運用で失敗した場合、将来稼ぎを増やしたり、生活を縮小したりといった努 力で、そのインパクトを吸収することができるということだ。 また、再び推測するしかないが、心理的には、下げ相場にぶつかって資産が減ったときの残念な感情が、高齢者の方が大きいかも知れない。 結論として、リスク資産と無リスク資産の比率は改めてどんな配分がいいかを検討すべきだが、リスク資産の内容については、勤労者時代とリタイア後の高齢者で違いを設ける必要はない、と申し上げておく。 解約の考え方 リーマンショックは、俗に「百年に一度の危機」と呼ばれただけあって、さすがに強烈であった。これは、一度過ぎたから、あと百年くらいは大丈夫だ、 という意味ではないので、同様の事態が再び襲ってくる可能性があることを頭に入れておく必要はある。しかし、可能性はゼロではないが、それが起こる確率は 小さい、ということも同時に認識しておくべきだろう。 積み立て投資をする際のドルコスト平均法に代わる「気休め」のシステムとして、定率の解約を推奨する向きもあるが、せっかく運用する資産があるのだから、筆者はお勧めしない。 解約の大原則は「お金が必要なときに、買値にこだわらずに、バランスよく解約する」ということでいいのではないだろうか。お金は使うためにある。 10%云々という損切りの目処を設けておきたいという質問者の気持ちは分からぬでもないが、この方法には根本的な難点が二つある。 まず、自分の買値は将来の相場動向に影響を与える材料ではない。従って、買値から何%上がった・下がったということを基準に売買を決定することは不 適切だ。「高値から10%下落したら」という具合にルールを改定する事もできるが、過去の価格の動きで将来の価格の動きを予想できるわけではない(つま り、テクニカル分析は有効ではない)のだから、これも無意味だ。企業の業績見通しや経済環境が悪化していないのに株価だけ下がったのなら、期待リターンは むしろ以前よりも高まっていると考えることができる。 もう一つの問題は、将来の売買は、その時までに得られた情報を加味してその時に判断すべきであって、あらかじめ売買のルールを決めておくことに意味 がないということだ。「ルール化」が好きな人の多くは、この点に気づいていないか、将来の自分の判断を信用していない。しかし、将来の自分が信用できない なら、なぜ現在の自分の判断を信じているのか。 売買ルールをあらかじめ決めておくと、「将来、後悔する可能性をより小さくできる」という感情面でのメリットがあるが(行動経済学では「後悔回避の バイアス」として研究されているが、合理性からの逸脱行動の一つだ)、「気休め」のために、合理的な行動から逸脱するのはもったいない。 それでは、投資家はどの程度相場を判断したらいいのか。 これは、将来の予測をどう得ることができて、それに対してどの程度の信頼感を持ち、これをどの程度アセットアロケーションに反映させることが適切か、という問題だ。 筆者は、投資家はある程度相場を判断できると考えているが、それは、予想の信頼度を調整すると、期待リターンにしてせいぜい1、2%程度の上下があ り得るという程度の有効性だ。具体的には、リスク資産への投資額を1、2割増減させることが適切だろうか、という程度の判断だ(注:詳しい説明は、過去の本連載のアセットアロケーションに関する記事をご参照下さい)。 現在は、「リスク資産への配分を平時よりも減らすべき時」ではない、と筆者は考えている。 質問者の場合、生活の上での備えとなる無リスク資産をまずまずお持ちのようなので、当 面、アセットアロケーションの変更は必要ないのではないだろうか。ただし、リスク資産の価格変動が心理的に負担なようであれば、近い将来、中身の上では現 在のバランスをおおむね保ちながらリスク資産の運用金額を減らすことを検討するのが適当かも知れない。
2011年01月21日
行動経済学で研究されている興味深いテーマの一つに、「オーバーコンフィデンス」(over-confidence)という現象がある。オーバーコンフィデンスとは、一言で言うと「自信過剰」のことだ。人間とは、自信過剰気味の生き物なのだ。 オーバーコンフィデンスは資産運用及び運用ビジネスに深い関係がある。投資家が自己チェックをする上でも、オーバーコンフィデンスを理解しておくことが有効だ。 自分の判断は投資を改善する? オーバーコンフィデンスとは人間の非合理的なバイアス(偏り)として報告されている現象で、人間が、実際にそうである以上に自分の判断・関与などに自信を持つ傾向があることを指す。 たとえば、ある調査によると、自動車を運転する人のざっと8割は、自分が「全ドライバーの平均以上に運転が上手い」と思っているという。客観的に は、平均よりも上手い人は、せいぜい全体の半分程度だろうから、ドライバーの多くが、自分の運転に関してオーバーコンフィデンスにとらわれている。 資産運用に関わる問題で有名なのは、カリフォルニア大のテレンス・オディーン教授が行った、ある証券会社の数万件の口座を対象にした、男女の運用パフォーマンス比較の調査だ。 運用パフォーマンスはどの程度株式のリスクを取るかといった、リスクの大きさ、内容によって大きく異なるのは当然だから、この点を調整した上でだ が、この調査によると、各口座の実際の運用パフォーマンスは、平均的に見て、女性の方が男性よりも年率1%前後良かったのだという(運用にあって1%は、 小さくない差だ!)。 オディーン教授はこの原因を調べてみたのだが、平均的に見て、男性投資家の方が女性投資家よりも売買が頻繁であることがその原因らしいということが 分かった。売買のコスト(手数料等)を考えると、ちょうど1%程度の差がつくくらい男性投資家の方が売買が多かったのだ。「平均的に見て」男性投資家は、 女性投資家よりも多くの売買をしていたが、彼らの売買は運用パフォーマンスの向上に何ら貢献せず、ただ手数料だけが余計にかかった、というのが観察された 現象だ。 問題は、なぜ男性投資家の方が売買が多かったのかということだ。この点に関して、オディーン教授は、認知心理学の知見から、一般に男性の方がオーバーコンフィデンスが強いので、自分の売買が運用を改善すると誤って信じて売買を行うことが多かったのだろうと推断している。 一般に、オーバーコンフィデンスは女性よりも男性が強く、一般人よりも専門家の方が強い傾向があることが報告されている。 「いいアクティブ・ファンド」を選ぶことができるか? 証券会社のホームページで(しかも、社員でありながら)こう指摘するのはさすがに筆者でも気が引けるが、しかし、正直こそがベストポリシーだろうか ら言ってしまおう。投資家のオーバーコンフィデンスによる、運用パフォーマンスの改善につながらない売買も、証券会社にとってはありがたい手数料収入の源 だ。 金融業におけるオーバーコンフィデンスの役割は証券会社の売買手数料のみにとどまらない。運用ビジネスも顧客のオーバーコンフィデンスによって成り立っている。 本シリーズでは何度も取り上げている事実だが、アクティブファンドの平均的な運用成績はインデックスファンドを下回り、且つ投資家は事前に相対的に優れたアクティブファンドを見つけることはできない、という運用業界にとっては不都合な事実が二つある。 にもかかわらず、アクティブファンドを買う投資家がいるのは、彼らが、「自分は相対的に優れたアクティブファンドを(事前に)選ぶことができる」、 「私の選んだアドバイザー(あるいはセールスマン)は、相対的に優れたファンドを(事前に)選ぶ能力がある」と考えているからだろう。 つまり、運用業界も顧客のオーバーコンフィデンスを手数料に換金するビジネスで稼いでいることになる。 ちなみに、運用のビジネスモデルは、実際には価値があるかどうか定かでないサービス(アクティブ運用)について顧客に「信じて」もらうことから経済価値が生まれるという意味で、「宗教」に非常に近いということがいえる。 オーバーコンフィデンスがなくなるとどうなるか? オーバーコンフィデンスは強力なバイアスで、正直なところ、人間がオーバーコンフィデンスを持たなくなるなどとは考えられないが(←私のこの見解も オーバーコンフィデンスに基づいているかも知れない!)、オーバーコンフィデンスのない人間ばかりの世界というものを考えると、あまり「いいイメージ」が 湧いてこない。 株式投資家は自分の投資判断に自信を失うので、彼らにできることは分散投資を徹底して余計なリスク(投資理論で言うところの「非システマティックリスク」を下げることだけになる。分散投資は有効だ。 多くの投資家が手間とコストを考えるとインデックスファンドの購入に傾くだろう。インデックスファンドのマーケットが拡大し、ファンド間の競争が激 化するだろうから、インデックスファンドの手数料は下がるに違いない(これはいいことだ!)。しかし、アクティブファンドに対する需要が激減するので、 ファンドマネジャーの多くは失業しそうだ(宗教の信者も激減する)。 もちろん、個別株式の売買回転率も激減しそうだ。 しかし、他の誰もが自信を失い投資判断をしていないのだとすれば、そこで成立する株価を信じて、その株価で投資するというのも、いささか奇妙な感じではある。 ただし、株価が正しかろうが、正しくなかろうが(理論の用語では「市場が効率であっても、なくても」)、インデックスファンドが有利であることについて、本質的な変化はない。 投資以外の生活でも変化がありそうだ。 たとえば、起業して一旗揚げようなどという行動は、起業の成功確率を冷静に判断するとなかなか生まれにくくなるかも知れない。 あるいは、「自分は、せいぜい平均並みの男(女)なので、目指す相手が自分に好意を持つ可能性は大きくない」と多くの男女が思うようになると、恋愛行動は今以上に受動的ないわゆる「草食系」のものが支配的になりそうだ。 オーバーコンフィデンスは、人間の生きる元気や積極性に深く関わっているのではないか。そう考えると、人間にとってある程度のオーバーコンフィデンスは必要なもので、むしろ奨励されるべきものなのかも知れない。 筆者が思うに、一般人は、人生一般に対しては自分にオーバーコンフィデンスを許し、むしろこれを積極的に活用する方策を考える一方で、お金の問題に 関してはオーバーコンフィデンスを警戒して、合理的な結論にドライに従うのがいいだろう。アドバイスとしては、これが良心的で「正しい」のではないだろう か。 一方、投資を趣味または仕事にしている人には、自分のオーバーコンフィデンスの可能性を客観的に見つめて、上手に飼い慣らすことが求められる。
2011年01月07日
8)素人の難点8:過去の株価の動きが将来の株価に影響すると思っている 6) も7)も、そもそも過去の株価の動きが、将来の株価の動き(より正確には「投資収益率」)に影響すると思っていることが原因だといえる。し かし、過去の値動きのパターンで将来のリターンは有効に予測できないと考えるのが、運用業界、あるいはファイナンス研究の常識だ。 だが、素人投資家の中には、過去の値動きこそが主要な投資判断の要素だと思っている投資家が少なからず混じっている。たとえば、チャート分析だけで投資している投資家がいないわけではない。 こ れには、チャート分析は誰にでも手軽にできるので、未経験者を投資の世界に引きずり込むにはチャートを教えるのがてっとり早いと考える証券業界側 のたくらみが影響しているかもしれない。この傾向は、固定手数料で株式売買による収入が証券会社にとってもっと大きかった昔の方がもっと顕著だったように 思う。 本当は、「チャートでタイミングが判断できる」などといった嘘を教えずに、「チャート分析なんて、やってもムダだから、ハマらない方がいいよ」と教えてあげるのが役に立つ親切というものだ。 「値動き」も場合によっては情報の一部であり、判断すべき要素に入ることはあるが、その多くは、業績予想の変化などと併せて判断すべきものだ。過去の値動きのパターンだけが有効な材料になることは稀だ。 年 金運用などのプロの世界では、テクニカル分析はまともな投資分析として相手にされないことがほとんどだが、それでも、密かにチャート分析を愛用す るファンドマネジャーもいるにはいる。これは、プロといっても、結局、十分な判断材料を持たずに売り買いすることが多いことの表れだ。 また、証券会社には「テクニカル・アナリスト」を名乗る「専門家」がいることもある。これは、もっぱら素人顧客に対応するためだが、雑誌にしばしば占いのページがあるようなものだと思えばいいだろう。 9)素人の難点9:自分が投資した期間ばかり見ている 10)素人の難点10:自分の買値を基準に投資判断する ところで、値動きの良し悪し、過去の株価の推移を見るとしても、どの期間の株価を、何を基準に見るかによって、評価は大いに異なる。 そ して、投資向きでない素人投資家の場合、自分の保有銘柄に関して、主に自分がその株を買ってからの期間ばかりを見ていることと、株価の良し悪しを 自分の買値を基準に判断することに特色がある。冒頭の質問のような行動をする投資家は、このように考える投資家である公算が極めて大きいように思える。 前 者に関しては、ある銘柄に関して、業績の推移や、情報の変化に対する株価の反応などを評価するには、自分が買ってからの期間ではなく、もう少し長 い期間を見る必要がある場合が多い。また、場合によっては、類似の情報に対する反応のデータを見るために、その株を保有している期間をまったく含まない時 期の動きを見る必要がある。 後者に関しては、プロも含めて、どんな投資家も多少の拘りをもつことがあるが、これが強い投資家は、自分 で自分の行動を制約してしまう。時には、 「まだ買値まで戻らないから、売れない」などと、投資の意思決定が株価に隷属するような心理状態に転落することもあり、こうなると重症だ。 しかし、自分の買値は、将来の株価の動きにとって何ら関係ない材料であることがほとんどだろう。自分の買値に投資判断が影響されるということは、過剰な自意識の表出を我慢できずにいるかなり「恥ずかしい」行為だといえる。 もっ とも、「買値へのこだわり」は、ダニエル・カーネマンらが「プロスペクト理論」で定式化した内容(の一部)にピタリと当てはまる(「価値関数」 を考える際に、「参照点」=「自分の買値」とすればいい)。したがって、これの心理は、特に投資が下手な素人だけでなく、投資家全般の克服すべき性癖とし て、なかば先天的に存在しているとしても不思議はない。 オリジナルの質問との関わりで言うと、今回取り上げた10の難点の中には、投資家の心理状態を推測した幾分こじつけ気味のものもあるが、「難点」自体は、かなり一般的なものだ。素人投資家だけでなく、プロ投資家もなかなかこれらを完全には克服できない。 資産運用全般にいえることだが、自分の「感情」を客観視することと、「ポートフォリオ」はどう扱ったら合理的なのかに絶えず注意することが必要だ。素人の直感はしばしば間違いのもとだ。プロの感情も時に正しくない。
2010年12月17日
あるライターの方(マネー運用がご専門ではない)と話をしていたら、架空のケースなのだが、次のようなケースについてどう考えるべきか、教えて欲しいと質問された。 Q.ライターさんの質問 ある投資家が10銘柄の株式に投資している。10銘柄のうち、4銘柄の値動きが悪いので、彼は、これらを売却して、その資金を、残りの6銘柄のうち、値動きのいい銘柄2つに追加投資しようとしている。彼の判断は正しいか? 答えを考えてみるうちに、彼の質問の中には、素人投資家が陥りやすい誤りが満載されていることに気づいた。 一般論として、素人は下手で、プロは上手いと、運用成績面で言えるわけではない。しかし、素人投資家の一定割合には、「いかにも素人的」で明らかに不合理、又は、非合理的である可能性が大きな、共通の投資の癖があるように思われる。 なお、後述のように、プロ投資家もしばしば共通の欠点を持つことがある。決して、プロとの対比で素人投資家を批判したいという意図からこの文章を書こうとするものではない。 答えを考えるためには、質問の状況をもう少し具体的に想定する必要がある。 まず、当初の10銘柄への投資は大まかに等金額で行われたことにしておこう。投資対象はすべて国内株だとしておく。加えて、「値動きが悪い」とは買値よりも値下がりしていること、「値動きがいい」とは相対的な値上がり率が高いことだとしておこう。 このケースとぴったり同じ投資家はいないかも知れないが、似た投資家は何人もイメージできるのではないだろうか。 「それは、拙いかも知れないよ」という可能性まで含めて、この質問のような投資家がいた場合にどんな指摘とアドバイスができるだろうか。いくつのツッコミ所があるか、考えてみて欲しい。 1)素人の難点1:分散投資効果を分かっていない 普通の個人投資家が個別株への株式投資を行う場合、最大の制約は、資金が小さいので十分な分散投資ができないことだ。質問のケースの場合、せっかく 10銘柄に分散されていたポートフォリオを、6銘柄への分散投資に後退させている。これは、ひどくもったいないことだ、と認識しておくべきだ。 もっとも、投資信託の運用のようなプロの運用の場合も、「銘柄を絞り込んだ方がいい」と考えている人がいる場合もある。筆者の知る限りでも、「筋肉 質のポートフォリオを目指せ」などと言って、部下に投資銘柄数の絞り込みを強要した運用会社の役員もいたし、せっかく分散投資ができる投資信託なのに、 「厳選された30銘柄に投資する」などと銘柄数を絞り込んでいることを売り物にする幼稚なファンドマネジャーもいた。 2)素人の難点2:投資ウェイトに無頓着である 質問のケースで心配なのは、銘柄数の減少もさることながら、投資ウェイトの偏りだ。売却された4銘柄の資金が、値上がり率が高かった2銘柄への投資 に向けられているので、これらの2銘柄には合わせてざっと6割くらいの資金が投じられることになっている。これでは、実質的に3~4銘柄程度の分散投資に しかならない。 実は、同様の難点を持っているファンドマネジャーはプロの世界にもいる。銘柄選択にばかり熱心で、投資ウェイトが、大まかに等金額あるいは時価総額 比を山勘で「てきとう」に変えただけ、というようなファンドマネジャーが案外少なくない。しかし、プロの運用スキルで差が付くポイントの一つは投資ウェイ トの調整であり、きめ細かなリスクのコントロール能力だ(複数の質的リスクを量的に把握しつつ調整する)。 3)素人の難点3:狭い範囲で考える 質問のケースは、4銘柄の売却を不問に付すとしても、売却した資金を、すでに持っている銘柄に対して再投資しようとするところが良くない。世の中に は数多くの投資可能な銘柄があるのだから、自分の手持ち銘柄以外の銘柄に投資対象を求めた方がいいことが多い。リターンの追求可能性の点でもそうだし、リ スク分散の点でもいえることだ。 この点に関しても、共通の難点を持つプロはいる。たとえば、アナリストが調査対象としている銘柄群のみを「投資ユニバース」として、この中の銘柄にしか投資しないと決めて自らを制約している運用会社などは、会社丸ごとで不合理な罠に嵌っている。 4)素人の難点4:売りを「全部売却」で考える 個人投資家の場合、投資金額が小さいので仕方がない場合も多いが、質問のケースでは、4銘柄を根こそぎ売ることを前提としており、これも問題だ。 もちろん、「売った方がいい」という根拠(株価が明確且つ極端に割高だ、等)がはっきりしている場合はまとめて売ってもいいが、もともと買っている 銘柄なのだから、こうしたケースは稀だ。個人投資家の場合、分散投資が不十分になる可能性があることが大きな制約なのだから、たとえば当初の段階で2千株 投資していた銘柄であれば、まず1千株売って、今まで持っていない銘柄を買う、といった行動が適当な場合が多い。 プロの場合でも、保有銘柄を根こそぎ売ってしまうのは、ポートフォリオが安定しない下手なファンドマネジャーである場合が多い。 5)素人の難点5:銘柄の傾向(業種など)の偏りを気にしない 質問のケースでは、10銘柄中値上がり率の高い2銘柄を買い増しする訳だが、これらの2銘柄は同時期により大きく値上がりしているのだから、属する 業種が共通であるなど、値動きの傾向が近い(リターンの相関が高い)公算が大きい。値動きの共通性によらない場合であっても、素人投資家は、同じ業種の 株、大型有名企業の株、輸出株、内需株、ベンチャー企業の株など、自分の好みの属性を持った銘柄に投資ウェイトが大きく偏る場合がある。 プロの場合、しばしば顧客や上司に、業種比率などをチェックされるので、素人ほどのびのびと自分の好みに偏ることはできないことが多いが、それでも、「僕はエレキ(電気)が好き」とか「私は金融が嫌い」など、投資判断以前に好みの要素が入ってくることはある。 6)素人の難点6:値下がりした銘柄を今後も「ダメな銘柄」だと思う 7)素人の難点7:値上がりした銘柄を今後も「いい銘柄」だと思う 注目した銘柄が、値上がりすると好きになり、値下がりすると嫌いになりやすい傾向は、おそらく、大多数の人間に共通のものだろう。そして好き嫌いが 評価に影響するのも人の常だ。特に、独善的な素人は「自分の好き嫌い」と投資銘柄の先行きに関係があるように「感じる」せいか、「(直近の過去)値上がり している」=「(今後も)値動きが好ましい」と判断しやすい(この逆も、然り)。 しかし、たとえば、値下がりした銘柄の業績見通しや投資環境に何ら悪材料がない場合、投資判断としては、「同じ業績見通しに対して、以前よりも株価 が下がっているのだから、以前よりも一層魅力的になった」と考えるのが、投資の基本的としては正しい。他の条件を一定とすれば、「価格が安い(高い)」= 「期待リターンが高い(低い)」と考えるのが大原則だ。 プロの場合、多少はひねているので、この程度の原則は理解しているような口を利くことが多いが、それでも、値上がりに遅れて買う、あるいは、大きく値下がりしてから売るといった行動を取ることがある。 それは、ライバルに遅れないために買うとか、値下がりした銘柄を持っていると顧客に対して格好が悪いから売る、といった、ビジネス上の要因によるも のだ。「ビジネス上の」というと高級に聞こえるかも知れないが、要は他人に影響されて別の他人(顧客!)の資産を明らかに客観的な投資判断以外の要因で売 り買いするのだから、これは、投資行動としては、素人の場合よりもたちが悪いと言えるかも知れない。
2010年12月17日
今回は「市場の効率性」について、質問を発しながら段階的に考えてみたい。市場が効率的であることを、どのように確かめることができるのかをはっきりさせておきたい。 暫定的に市場の効率性の定義を与えておこう。市場が効率的であるとは、 (1)情報が効率的に伝わり、 (2)市場参加者が正しく解釈するので、 (3)正しい価格が実現している状態のことだとする。 つまり、株式市場でいえば、正しい株価が常に形成されているということだと考えよう。この定義は、正しい資産価格の下に資金・資源が配分されるので、 (4)資産市場は、経済の資源配分の効率性にも貢献している、 という含意を持っている。 では、質問その1。 質問 1 市場が効率的なら、プロが運用するアクティブ・ファンドも市場平均に勝てない、というのは確からしいか? これの答えは、「Yes」でいいだろう。常に株価が正しく形成されているということは、他人よりも有利な投資を行うチャンスがないということだから、前記の意味で市場が効率的なら、アクティブ・ファンドは市場平均を上回るチャンスがない。ここは、問題がなさそうだ。 次の質問を考えてみて欲しい。 質問 2 アクティブ運用が市場平均に勝てないとするとき、市場が効率的でないことがあり得るか? あり得るとすれば、それはどんな場合か? 市場が効率的ならばアクティブ運用が市場平均に勝てないということはいいとしよう。だが、論理的には、逆は必ずしも真ではない。たとえば、「事態」の集合を考えるとして、アクティブ運用が市場平均に勝てない事態の集合の要素で、正しくない株価が形成されている事態の集合に入らない要素が存在するか、ということだ。 この要素(事態)は、現実に存在し得るのではないか。その要素を考えるための質問が、質問3だ。 質問 3 市場に参加する素人も、プロも、たいして変わらない程度の(貧弱な)情報力・解釈力しか持っていない場合に、アクティブ運用は市場平均とどのような関係になるか? このケースでは、株価が正しくない場合でも、プロが素人よりも上手に正しい株価を知ることができるわけではないから、プロが市場平均に勝てないという事態が起こり得る。市場参加者は、いわば「ドングリの背比べ」のように、甲乙つけがたいレベル差でひしめいていて、且つ常に正しい株価を形成できるほど有能ではないという状況だ。この状況を「ドングリの背比べ仮説」と呼んでおこう。 つまり、この段階で、アクティブ運用が市場平均に勝てるか否かで市場の効率性を検証しようとする試みは、論理的に正しくないのではないかという疑念が湧く。 それでは、「ドングリの背比べ仮説」が現実に成立しているかもしれないという「現実」はあるだろうか。この仮説は、アクティブ運用が市場平均に勝てない状況で、且つ株価が誤って形成されているという状況であれば成立している。 内外いずれの市場にあっても、平均的にみてアクティブ運用が市場平均に勝っていないという状況はほぼ現実に近い。前半の必要条件は満たされている。では、次の質問の状況をどう考えるか。 質問 4 たとえば、以下の現象は市場が非効率的であること(誤った株価が形成されること)をサポートする事実といえるか? ・「バブル」の発生 ・市場参加者のポートフォリオの相違 ・各種のアノマリー現象 端的にいって、大規模なバブルが比較的頻繁に起こっていることは、市場が株価を正しく形成していないことの有力な証拠ではないか。たとえば、アメリ カで大規模に起こった「ネット・バブル」のような株価形成を、「その時点では正しい情報を正しく解釈していた株価形成だった」と考えることには無理がある と思われる。1980年代後半に発生した、日本の株式バブルも、もちろん同様だ。 また、市場の情報伝達と参加者による解釈が正しければ、CAPM(資本資産価格モデル)が考えるように、投資家が持つリスク資産のポートフォリオ (マーケット・ポートフォリオ)が同様なものになる事態が考えられるが、現実には、多くの経済主体が異なるポートフォリオを保有している。 ただし、この点に関しては、情報は共通で判断力はあっても、将来の消費や収入のパターンが異なる投資家が、将来のリスクとの関連で現在異なるポート フォリオを持つという可能性はある。しかし、それでも、現在さまざまな投資家がこれだけお互いにかけ離れたポートフォリオを持つ事態が、将来のリスクの ヘッジで説明できるとは考えにくい。 小型株効果や、割安株効果などのアノマリー効果の実証研究に対応する過去の株式リターンのパターンも、過去において、まとまった株価形成のミスがあったことの傍証として考えることができるのではないか。 また、率直にいって、ファンドマネジャーは、個々の株式の絶対的な適正価格を自分で自信を持って計算した上で投資しているわけではない。将来の利益 の予想も、将来利益を現在価値に割り引く適当な割引率も、どちらについても、自分にとって難しくて分からないけれども、ライバルたちも同様だろうと思いな がらゲームを戦っているのが実情だ。 では、市場平均はなぜアクティブ・ファンドの平均に勝つのかを、質問5で考えてみたい。 質問 5 市場参加者は、11人のファンドマネジャーだけだとする。11人のうちの1人が、他の10人のポートフォリオの「平均」(時価総額で加重する)を取って運用すると何が起こるか? ただし、10人は「アクティブ・マネージャー」なので運用手数料が高い。 この場合、市場の効率性には全く関係なく、10人のアクティブ・マネージャーの平均に対して、彼らの平均と同じポートフォリオを持つインデックス・マネージャーの運用成績が勝つことが容易に想像できる。 顧客にとっての両者のパフォーマンスの違いは、運用報酬(投資信託なら信託報酬)の違いと共に、10人のアクティブ・マネージャーが売買の度に払う 手数料の差も反映される。また、1人のインデックス・マネージャーは、毎期毎期の運用成績でも、通算の運用成績でも相対的に突出して劣後することはないだ ろう。 質問5の状況を考えると、インデックス・ファンドの優位性は、市場が効率的であるか否か(=株価が正しいか否か)には関係なく成立することがお分かり頂けるだろう。 市場の効率性は、アクティブ運用の可否と結びつけて論じられることが多い。文献によっては、市場の効率性の判断基準を「結局、アクティブ運用は市場平均に勝てるのか?」という問題に置いているものがある。しかし、この基準は、意味がないのだ。 それでは現実の市場はどうなのかというと、株価の正しさはごく大まかで頼りないものであり、市場の参加者はプロアマを問わず「正確な、あるべき株価」を知らないで運用に参加している、という状況だろう。つまり、「ドングリの背比べ」仮説の状況だ。
2010年12月03日

確定拠出年金と日本版ISA通称「日本版401k」こと確定拠出年金は、従来の企業年金の運用リスクが企業にとって過大な負担であることもあって近年普及拡大している。読者の中には、確定拠出年金を用意してくれている会社にお勤めの方も少なくないだろう。また、案外気づかれていないが、サラリーマンであっても、加入しているのが厚生年金のみで、企業独自の加算年金がない場合は、個人として「個人型」の確定拠出年金に加入できる(月額上限2万3千円)。自営業者など、厚生年金に加入していない場合は、もっと大きな金額(月額上限6万8千円)で利用できる。確定拠出年金は、何といっても掛け金が所得控除できるので、利用可能な枠一杯まで利用することが得になるケースが多いはずだ。確定拠出年金の制度や、確定拠出年金向けに用意されている運用商品には、改善を要望したい点がまだまだあるが、確定拠出年金の節税効果はフルに利用したい多くの人にとって、加入すると得な制度であることを強調しておく。利用が可能なのにまだ使っていない方は、ぜひ調べてみて欲しい。加えて、もう一つの注目材料として通称「日本版ISA」と呼ばれる仕組みの導入が2012年に予定されている(こちらは英国のIndividual Savings Account:個人貯蓄勘定、に範を取った制度です)。まだ流動的だが、主な内容は以下の通りだ。(1) 満20歳以上の居住者が対象。(2) 口座開設は2012年から2014年までの3年間に限定。毎年、1口座ずつ開設可能。(3) 1口座に100万円まで投資可能。値上がりした際の残高には制限なし。(4) 対象金融商品は上場株式と株式投資信託。(5) 口座内の金融商品から生ずる配当・分配金・譲渡益に対して10年間非課税。(6) 引き出しは随時可能。ただし、引き出し分だけ非課税上限枠が減少。3年で終わり、というのは何とも中途半端だし、年齢や保有資産に関する不平等が大きいので、制度として延長される可能性があるし、そうあってくれることを要望したいが、基本的に一定額(上限300万円)を一定期間(最大10年)運用益に対して非課税で運用できる制度になりそうだ。ここで注意が必要なのは、確定拠出年金の場合は商品のスイッチングができるが、日本版ISAの場合は保有商品を一度売却してしまうと、その商品分だけ節税運用枠を使い切ってしまうことになって、新たな商品に投資し直しても節税運用枠が復活しないことだ。運用計画を考えるにあたっては、この点に注意する必要がある。確定拠出年金と日本版ISAの運用上の留意事項確定拠出年金と日本版ISAの運用上の留意事項をまとめると、以下の通りだ。■確定拠出年金(1) 非課税枠を最大限利用する(拠出額は可能な限りの最大に)。(2) 全体の資産配分中の一部として確定拠出年金部分の運用を考える。(3) 運用益非課税を最大限生かすために期待リターンの高い資産に集中する。(4) 確定拠出年金の商品は一般リテール向けの商品よりも信託報酬が安い場合があるのでこのチャンスを逃がさない(特に外国株式のインデックスファンドに注目)。■日本版ISA(1) 使える枠は最大限使う方が得(毎年100万円×3年=300万円を目指す)。(2)全体の資産配分の中の一部として日本版ISAの部分運用を考える。(3)運用益非課税を活かすため期待リターンの高い商品の運用を割り当てる。(4)途中売却すると損なので将来調整が不要な配分で投資する。(5)(4)を達成するためには期待リターンが同じならリスクの大きな商品は不適。(6)(4)を達成するためには一つの資産にウェイトを集中させない方がいい。(7)投資元本が成長しても非課税が継続するので、期待リターンの中でインカムゲインの比率の高い商品は不適当。こうした条件を考えるとどのような運用計画が考えられるか。確定拠出年金、日本版ISA、それ以外の自己資金運用のすべてを持てる資産額を持っている人について考えてみる。最初に決めるべきは、後から変更すると不利な日本版ISA部分だ。(3)を考えると、内外の債券を(もちろん預金も)日本版ISAで持つのはもったいない。従って、バランス型ファンドも不適当だ。新興国株式はそれ自体としては魅力的だが、(5)を考えると、日本版ISAでは持たない方がいい公算が大きい。残る選択肢は、国内株式と外国株の先進国株式だ。ずばり結論を言ってしまうと、日本版ISAでは国内株式のインデックスファンド(TOPIX連動型)と先進国株式のインデックスファンド(MSCI竏狸OKUSAIに連動するものが無難)を半々に買うのがいい。毎年50万円ずつ、3年間買うといいということだ。この部分は、基本的に10年間触らない。信託報酬や手数料を考えると国内株式はTOPIX連動型のETFがいいかも知れない(途中償還されると困るので残高の十分あるものを買うこと)。外国株は国内の公募投信で買うか海外ETFで買うかは微妙だ。次に、確定拠出年金部分を考える。新興国株式に投資できる商品でいい商品(たとえばMSCI竏脱Mに連動するインデックスファンド)がラインナップにあれば、ぜひ投資したい。なければ、外国株のインデックスファンドがないか探してみよう。確定拠出年金であれば、通常、リテール向けの商品よりも信託報酬が安いことが多いので、この場合は、外国株式に集中したい。いずれにしても、全体の資産配分をまず決めて、その中のどの部分を確定拠出年金に割り当てるかを考える。ここまでで、確定拠出年金の利用枠が埋まらない場合、国内株式に投資する商品を加えることになるだろう。確定拠出年金の場合も、原則としてバランスファンドには出る幕がない。外債ファンドが合理的な選択肢になる可能性も小さいだろう。よほどリスク回避的な場合に限って、預金や国内債券が選択肢になる場合はあり得る。全体の資産配分が前提にあって、最も固定的な部分として日本版ISAへの投資が決まり、次に、節税効果の大きい資産から順番に確定拠出年金の枠を埋めて、最後に、自分で運用する部分を使って、資産配分計画を達成するように調節する、というのが、運用計画全体の流れだ。あくまでも、自分の運用資産全体を最適化することが肝心であり、この中の「部品」として、日本版ISA、確定拠出年金を使うことが大事だ。(図)確定拠出年金と日本版ISAがある運用のイメージ
2010年11月19日

本連載の第108回「投資信託の入門(下)」に、日本株、先進国株、新興国株のアセット・アロケーションに関する試算を載せた。あれから、1年半程度が経過して、その間にデータが増えた。そこで、新しいデータを加えてリスク値の前提を計算し直して、改めて、個人投資家向けの主にリスク資産部分のアセット・アロケーションについて考えてみたい。過去データは、リターンにはそのまま使えない今回も、日本株はTOPIX、先進国株はMSCI-KOKUSAI、新興国株はMSCI-EMをそれぞれのアセットクラスのベンチマークとして使用する。今回は、データの始点は前回の計算同様1999年2月だが、データの終点として直近の2010年9月のリターンまでを含めてみた。11年8カ月分のデータである。まず、初歩的な注意を申し上げておく。過去のデータを使ってアセット・アロケーションを検討する場合に、リスク・データ(リターンの標準偏差と相関係数)は「まあまあ使える」が、過去の平均リターンを使うことはできない。データ期間が、10年、20年、30年、あるいは60年だろうが、過去のリターンは固有の歴史1個に対応するデータに過ぎないので、その延長線上は、現在から将来にかけての期待リターンの参考にはならない。また、長期にわたる株価指数のグラフを見ると明らかだが、どの点から始めて、どの点までを観測するかによって、リターンの数字は大きく変わり、これに伴って期待リターンを操作すると最適なアセット・アロケーションは激変する。これは、年金基金などの運用の世界では常識であり、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)やKKR(国家公務員共済組合連合会)、企業年金連合会などの公的年金も、多くの企業年金も、リスク・データは過去のデータを使うが、期待リターンに関しては、資産毎にリスク・プレミアムを推計し、何らかの主観的な判断も加えた上で、過去の平均とは異なる形で求めることが多い。筆者も、基本的に同じ方法を用いる。この点、「これは初歩的にダメ」と言わざるを得ないのは、例えば、「国内株a%、外国株b%、国内債券c%、外国債券d%、現金e%」といった調子で決めた特定のアセット・アロケーションを過去の20年なり30年なりのデータに当てはめて、「分散投資の結果、それなりに安定的な運用ができて、まあまあのリターンが実現できました…」といったバック・テストでアロケーションを決めることだ。これは、過去のリターンをそのまま使っているので、参考にはならないし、まして、そのアロケーションで運用が上手く行くことの証明にはならないので注意して欲しい。計算の前提条件について1999年2月~2010年9月の期間のデータから求めた、3つのアセットクラスのリスク(標準偏差)と相関関係(相関係数)は以下の通りだ。リスクは、国内株式(TOPIX)が18.04%、先進国株式(MSCI-KOKUSAI)が19.51%、新興国株式(MSCI-EM)は26.99%だ。前回と大きくは違わないが、先進国株式のリスクが少々増えて(19.11%→19.51%)、新興国株式のリスクが幾分縮んだ(27.05%→26.99%)。一方、三資産間の相関係数は、国内株式と先進国株式が0.6289、国内株と新興国株式が0.6882、先進国株式と新興国株式が0.8769といずれも強いプラスの相関を示していて、これは前回とほとんど変わらない。世界の株価は強く連動しており、分散投資にとっては好都合でないが、それでも、分散投資によるリスク軽減効果はある程度働くので、内外の株式を組み合わせて投資する意味はある(後述の数字で明らかだ)。なお、国内債と外国債券のデータは、リスクの大きさ、相関係数共に、KKR(国家公務員共済組合連合会)が2010年に基本ポートフォリオを改訂した際に用いたものを使った。この種のアセット・アロケーションでは、GPIFのリスク・データが使われることが多いが、GPIFのリスク・データは、過去30数年に及ぶ長期のデータを平均して計算しているので、国内債のリスク値が5%を超えるなど、近年の状況とかけ離れていることに加えて、内外の株価の連動性を過小評価しているなどの問題点がある。この点、KKRで使用したデータは、近年の状況に近づけると共に、特に相関係数には保守的な前提を置いている。個人投資家の一部には、「(個人は)長期運用なのだから、長期のデータで計算したリスク値がいいのではないか」と考える向きがあるようだが、これは正しくない。長期間の運用であっても、ポートフォリオの調節は随時可能なのだから、ある程度サンプル数を意識しつつも現時点の状況に近いデータを使う方がいい。現在のアセット・アロケーションを作る際に問題になるのは、「長期にわたる運用期間」ではなくて、取引コストや環境の変化を前提としたポートフォリオの調整速度だ(注:これはGPIFにもいえることだ)。なお、期待リターンは、国内株式と先進国株式を債券プラス5%のリスク・プレミアムで6%、新興国株式を前回同様8%として(何れも円ベース)、国内債券と外国債券は共に1%とした。時に運用のプロでも知らないケースがあるが(株式しか経験のない人に多い)、高金利通貨の債券や預金の期待リターンをそのまま円ベースの期待リターンに読みかえることは誤りなので注意されたい。円の債券・預金と外貨建ての債券・預金といずれの期待リターンが勝るかは、基本的には「どちらともいえない」というしかない。誰から見てもどちらかが高いなら、為替レートが調整されるはずだ。計算結果:リスク資産に積極的な場合まず、内外の債券に対する投資を考えないくらい、リスク・テイクに対して積極的な設定で(リスク拒否度=0.0075)、最適なアセット・アロケーションを計算してみた。具体的には、エクセルのソルバー機能を使って、ポートフォリオの「効用」を最大化するような資産配分比率を求めてみた。計算に際しては、各資産のウェイトが0%~100%、資産のウェイト合計が100%になるような制約条件を与えている。リスク値と相関係数の詳細については、表1を参照されたい。(表1)リスクに積極的で新興国を含むケースこの配分によるリスクの推計値は18.06%と、新興国株を18%近く含むにもかかわらず、TOPIXに100%投資するのとほぼ同じだ。ちなみに、数字を簡単にするために、「国内株式55%、先進国株25%、新興国株20%」で計算したポートフォリオのリスクは18.22%、期待リターンは6.40%と大差ない。前回のレポートで、これでいいのではないかと提案した,「国内株50%、先進国株35%、新興国株15%」のアロケーションは、リスクが17.91%(TOPIX単独への投資よりも小さい)、期待リターンが6.3%と、これもまずまず満足が行く結果ではないだろうか。ちなみに、新興国を含まないケースのリスク値をいくつか紹介すると、国内株60%+先進国株40%だとリスクは16.86%、国内株50%+先進国株50%では16.95%、国内株40%+先進国株60%だと17.19%と、最後のケースでもTOPIXに100%投資するよりはリスクが小さい。最適化計算ベースでは、たとえば、新興国株式の期待リターンを先進国並みの6%に落とすと、新興国株式はポートフォリオに入ってこない。最適解は国内株式60.5%+先進国株式39.5%でリスク値は16.86%であった。ちなみに、GPIFのデータでは、日本株のリスク推計期間にバブルとその崩壊の時期が含まれるため、日本株のリスクの方が先進国株式よりも大きく、最適解は「日本株4割+先進国株6割」に近い比率で計算される。一概にどちらが正しいと言えるものではないが、どちらの前提でも、4対6と6対4の双方が「まあまあ満足できる」範囲に入るので、大雑把な解決方法としては間を取って「日本株50%+先進国株50%」としておくのが簡単だ(分かりようのないことを突き詰めて考えても意味がない!)。為替ヘッジをしない場合、外国債券は入って来ない個人投資家、特に、金融資産額に対して人的資本の額が大きい働き盛り前半の個人の場合、金融資産での損失は人的資本の収益で十分カバーできることが多い。金融資産に関してリスクに対して慎重になって、株式と債券の配分を考えなければならないケースは少ないだろう。しかし、金融資産が潤沢で高齢な個人などの場合は、金融資産の中に、当座に必要な資金以外に、債券もポートフォリオに含めて運用した方がいいケースが生じて来よう。リスク拒否度の数字を大きくして(0.0075→0.015。先ほどの2倍)最適化計算を行って金融資産の配分を求めてみた。(表2)リスク資産内の比率を見ると、単体で見た場合にリスクが大きい新興国株式のウェイトが顕著に落ちているが、大まかには、内外の株式のミックス(内外が3:2くらい)と国内債券によって資産配分が行われている。外国債券は、国内債券と比較するとリスクが大きく、その割には期待リターンが小さいので、今回の前提条件ではポートフォリオに入ってこない。今回の計算では為替ヘッジを前提としていない。外国株に投資して、さらに外国債券にも投資すると為替リスクがあまりに大きくなる。為替リスクは期待リターンの高い外国株(先進国・新興国共に)への投資に割り当てると効率がいい。なお、個人投資家の投資(具体的には数億円程度までの資金の運用)で考える場合、外国債券というアセットクラスは、投資信託は手数料が高すぎるし、個別の債券を買うのもリスクや手数料が大きすぎて手を出せないものである場合がほとんどだ。個人投資家のリスク資産投資のまとめリスク資産部分だけの投資配分を考え、先進国株式よりも新興国株式の期待リターンが2%高いという前提で計算すると、最大公約数的には(A)「国内株式55%、先進国株25%、新興国株20%」がいい。ただし、もう少し覚えやすい(B)「国内株式50%、先進国株35%、新興国株15%」でも、そう大きく状況が変わるわけではない。或いは、「新興国株式は判断が難しいので除外する」と割り切って、(C)「国内株式50%+先進国株式50%」と割り切って運用する考え方もある。個人の好みで決めるとすれば、筆者は、新興国株式も持ちたいと思うが、新興国の期待リターンに強い自信があるわけではないので、(B)「国内株式50%、先進国株35%、新興国株15%」という比率を選びそうだ(注;実際には、仕事とのコンフリクトを避けるため、この種の運用を自分の資産では行っていない)。もちろん、(A)や(C)とどちらが勝るかは、「何ともいえない」。
2010年11月05日

世の中には色々な人がいて、様々な運用商品がある。現実の運用は、人それぞれなのだが、果たして、お金の運用は人の事情によってどの程度変化すべきものなのだろうか。下の図は、有名なCAPM(Capital Asset Pricing Model。資本資産価格モデル)の導出過程の説明によく使われる図で、リスク資産の有効フロンティア上の一点とリスク・フリー資産(借入を含む)との組み合わせを表す直線(証券市場線)が最も効率的な投資機会集合となって、リスクに対して慎重な投資家も、リスクに対して積極的な投資家も、保有するリスク資産の組み合わせは同じものになるという部分を説明する際によく使われる。CAPMを説明する典型的な図ここで、全ての投資家が同じポートフォリオMを選択する理由は、投資家が保有する情報が共通であり、全ての投資家が共通の有効フロンティア(リスクに対する期待リターンの効率がベストの投資機会集合)に直面していると仮定されているからだ。この理論的仮定自体は現実的ではないが、個人のポートフォリオ選択行動を考えると、自分にとって最も効率のいいリスク資産の組み合わせを一つだけ知っていれば、それと無リスク資産を組み合わせれば、リスクに対して慎重でも、積極的でも、全て用が足りるという部分のロジックは利用できる。従って、リスクに積極的だから外国株式と国内株式のファンドを組み合わせるが、そうでもないからバランス・ファンドを買うし、リスクにもっと慎重だけれども少し高いリターンを狙って外貨預金を少しやってみる、というような、リスク態度別にリスク資産を運用する運用商品を変える必要はないし、そのような変化は非効率的だということになる。これは理屈としては全く正しいのだが、現実の運用はこのようには行われていない。この理由は、一つには、リスクの大きな運用商品でも、投資額を小さくすればほどほどのリスクで運用できるといった「金額によるリスク調整」が盲点になりやすいことがあるだろうし、もう一つは、金融機関が投資家の使える資金を全額使わせようとすることだろう。運用目的ではリスク資産はほとんど変わらないお金の運用のアドバイザーは、しばしば顧客に対して、将来そのお金を何に使うかを聞いて、購入を勧める運用対象商品を変化させる。この際に重視されるのは、運用期間だ。一般に、運用期間が長いほど、大きなリスクを取っても大丈夫だと判断されて、リスクの大きな運用商品が勧められる傾向がある。しかし、これまでに何度も書いたので詳細は繰り返さないが、リスクに対する態度を一定だと仮定した場合「運用期間が長くなると、取ることのできるリスクが大きくなる」というのは間違いだ。取ることができるリスクの大きさは、運用期間が変化してもおおむね変わらない。たとえば、リスクの負担力が年齢で変わるように思うのは、個人の人的資本の価値が若い人の方が大きいし、若年者は傾向として大きな金融資産を持っていないことが多いからだ。また、「お金に色は着いていない」から、将来の使途が、老後の生活資金だろうが、子どもの教育費だろうが、旅行代だろうが、医療費だろうが、お金は自由に使うことができる。資金の「使途」で運用方法を変える必要はない。要は、より安全に、より大きく殖やすことが期待できるお金の運用方法を一つ知っておけば、殖やしたお金は、何にでも使える。ある程度の貯金があれば、各種の保険が不要になるのは、こうした理由だ。現実問題としては、医療保険が不要であるケースが圧倒的に多い。治療に必要なほとんどの高額医療費は、健康保険の高額療養費制度でカバーできるし、保険料を自分で貯めた方が、医療費の作り方としても圧倒的に得だ。収入源との関係は少し考えた方がいいリスクに対する態度も、運用の期間も、運用する資金の将来の使用目的も、運用内容には影響しない、特に、リスク資産の運用内容には関係ないとすると、正しい有効フロンティアさえ分かれば、リスク資産の運用内容は誰でも同じでいいのだろうか。たとえば、電力会社の役員Aさんと、自動車メーカーの役員Bさんを考えてみよう。いうまでもなく、為替レートの変動に対する勤め先の業績は、電力会社(輸入企業)と自動車メーカー(輸出企業)では、逆の方向になる。役員なので、収入が会社の業績に連動すると考えると、Aさんの人的資本(将来の稼ぎの割引現在価値)とBさんの人的資本では、為替レートの変動、ひいては外貨建て資産の収益の変動に対する変化の相関関係が異なることになる。この場合、たとえばAさん、Bさん共に、人的資本が2億円で、運用資産額が5千万円だったとすると、5千万円の中で取る為替リスク(外貨の買い)は、Aさんの方がBさんよりも大きくていい、ということが考えられるだろう。仮に、1千万円を銀行に置いて、4千万円をリスク資産で運用する場合に、Aさんは国内株4割・外国株6割でいいが、Bさんは国内株6割・外国株4割の方がいい、といったことがあるかも知れない。こうした観点を考えるなら、将来の資金使途が例えば不動産の購入である場合に、不動産の将来の価格リスクをヘッジするために、ポートフォリオにREITを含めるといった、資金使途とポートフォリオの相関関係を意識することで、運用を改善できるかも知れない。人的資本と将来の資金使途の(価格)の影響の大きさを考えると、変動リスクが大きくて、また金額で評価した場合の規模も大きいのは人的資本の方だろう。もっとも、将来の自分の収入やその期待が反映する自分の人的資本の価値変動と金融資産の間の相関関係を計測して、運用に反映している人にはまだ会ったことがない。当面は、金融資産の中で、負担するリスクに対する効率の良い運用を追求していけばいいのではないだろうか。だが、人的資本と金融資産の相関関係に気をつけた方がいいケースが一つだけある。それは、勤務先の株式だ。社員持株会といった制度が多くの会社にあるが、愛社精神を持つのはいいとしても、運用のセオリーからすると、金融資産の多くを自社株で持つのはお勧めできない。会社の業績が悪化すると、ボーナスが減り、給料が減って、さらに金融資産も激減していた、ということが起こりかねない。筆者は、自主廃業発表時に、山一證券に在職していた。山一證券には社員持ち株制度があって、さらに、自社株を買う場合に会社から融資が受けられる制度まであったのだが、これらの制度の存在は、社員にとって裏目に出たとしか言いようがなかった。筆者は、確定拠出年金の運用商品メニューに自社株を加えることにも反対だ。老後の資産形成に関するセオリーに反する運用方法を、税制面でサポートするのはおかしいと考えるからだ。暫定的な結論人によって運用内容を変えるべきか否かについて、現時点で、筆者はおおむね次のように考えている。(1)大雑把には、リスク資産の運用内容はみな同じでいい、(2)将来のお金の使用目的や運用期間はなすべき運用の内容にほとんど関係ない、(3)あえて言えば、将来の収入源の違いによっては多少の違いがあるかもしれない、(4)ただし、最適なリスク資産での運用額(リスク量)は個人によって差がある。お金の運用目的は、誰しもが「お金を増やすこと」であり、もう少し丁寧にいうとしても、より安全により多くのお金を得るという意味で「効率的に」お金を増やしたい、ということに尽きる。リスクをより小さく、リターンをより大きくすればいいのだから、負担するリスクに対して、追加的に得られるリターンが最も大きな、つまりリスク当たりの効率がベストな商品ないし、その組み合わせさえ知っていれば、後は、それをどれだけ買うか、だけが問題だと割り切っていいだろう。また、現実問題としては、リスクとリターンの効率もギリギリのベストを追及する必要はない。運用が趣味でも仕事でもない普通の人は、「おおむねベスト付近」と思われる運用の組み合わせを一つ知っていれば十分だ。お金の運用は、金融機関が期待するよりもかなりシンプルなものでいいはずだ。
2010年10月15日
筆者は、今年の4月から獨協大学で「金融資産運用論」というタイトルの授業を担当している。資産運用に関する理論と実際の資産運用を説明することが 眼目の授業だが、あわせて、個人の資産運用に関する必要知識とその伝え方のサンプルを作ることを第二の目的としている。春学期に一シリーズの授業(14 回)を終えて、試験を実施した。また、大学は受講生に対する授業評価のアンケートを実施してくれた。 実際に授業をやってみて、あらためて教師は大変な仕事だと思ったが、これから秋学期が始まる。 春学期の授業内容を振り返り、また、試験答案や学生の授業評価アンケートの内容などを検討した結果、秋学期の「金融資産運用論」の授業予定を修正することにした。 春学期の反省点は、 (1)全体として内容を詰め込みすぎたこと、 (2)難度が高く感じられる項目の並び方であったこと、 (3)投資理論基礎と運用実際が混在して受講者がモチベーションを持ちにくかったこと、 の主に三点だ。 春学期は、投資の基本的な理論を説明する中で個人の資産運用の問題に重点を置く構成を基本としたが、秋学期は、全体として個人の資産運用に必要な知識を説明する中で、投資の理論的な内容にも触れる構成に修正したい。理論の流れを中心にすると、どうしても難しく見える。 将来、自分のお金をどのように扱い運用したらいいのかという目的意識を中心とする方が、受講者はモチベーションを維持しやすいのでないかと期待す る。この形では、将来、より深くファイナンスの理論を学んでみたいと思う学生にとって、物足りない面が出てくる心配があるが、この点は授業の中で補ってい きたい。 春学期と秋学期とで、伝えるべき内容が大きく変わるとは思っていないが、秋学期の方が易しい内容に思えるように工夫したい。 以下に、秋学期の授業予定をご紹介する。現時点で筆者が考える「投資の基礎」の内容と、これを教える手順のサンプルとして読んでみて欲しい。 運用が仕事でも趣味でもない一般的な個人はこの全てをマスターする必要はないが(★一つの項目をマスターすれば大丈夫)、運用あるいは運用をアドバイスする仕事に就く場合は、全て必須の知識だと思う。 一般人向けの「運用入門」としては、第1回から第4回までで一通りの内容を網羅することを意図している。 2010年 秋学期 「金融資産運用論」 授業予定 (※)タイトルの横に表示した★の数(1~3個)は、その回の授業の難易度を表します。★は「個人のお金の運用に必要な最低限のレベル」、★★は 「運用に興味のある人は知っておきたいレベル」、★★★は「ファイナンスの理論にも興味を持つ人が知っておきたいレベル」です。いずれの回も、高校2年生 程度の学力を前提として説明します。 また、解説本文の下の括弧内に、その回の授業で取り上げる予定の専門用語やキーワードを記しておきます。 第1回 ガイダンス 「金融資産運用の対象は何か?」 ★ 個人にとって「お金」とは何で、どう扱ったらいいか、お金の運用にあたっては何を知っておいたらいいのかを説明し、「金融資産運用論」で何を取り上げるのかを概説します。試験の方法、単位認定の方針などもご説明します。 (生涯所得、人的資本、現代投資理論、行動フィナンス) 第2回 主な金融商品と、貯蓄・投資・投機 ★ 株式、債券、不動産、生命保険、投資信託、外国為替、商品投資など、学生が金融資産の運用を考える際の対象物について概説します(前回、これらが分からなくて苦労した受講者がいたようなので)。その後で、貯蓄、投資、投機をどのように考えたらいいのかを説明します。 (普通株式、優先株、債券、国債、社債、格付、預金、貯金、生命保険、定期保険、年金保険、終身保険、医療保険、付加保険料、死亡表、投資信託、受託銀 行、外国為替、スポット、フォワード、スワップ、家賃利回り、REIT、ETF、商品先物取引、リスク、デリバティブ、先物、オプション、ゼロサムゲー ム、情報の非対称性) 第3回 お金の損得計算の基礎 ★ まず、将来の価値に不確実性がない場合の利回り、将来価値、現在価値の計算方法について解説します。その後で、将来の価値に不確実性がある場合の考え方を説明します。 (将来価値、現在価値、割引現在価値、機会費用、利回り、単利、複利、直利、リスク、標準偏差、リスク・プレミアム) 第4回 個人の資産運用計画の作成 ★ 個人が資産運用に取り組む手順は、(1)家計の把握・分析、(2)個人の資産配分、(3)運用商品の選択、(4)取引窓口の選択、(5)運用のモニタリングとメンテナンス、です。特に前半部分に重点を置きながら、個人の資産運用プロセスを概説します。 (バランスシート、損益計算書、ライフプラン、キャッシュフロー表、アセットアロケーション、人的資本、リスク、FP、投資信託、インデックス・ファンド、為替リスク、財政破綻、インフレーション) 第5回 運用の「合理的な」考え方 ★★ 主に個人の資産運用にあって、陥りやすい誤りや、一見常識的に見えても正しくない運用上の行為などを紹介し、お金とその運用をどう扱ったら合理的なのかを説明します。 (簿価、時価、ドルコスト平均法、損切り、利食い、目標株価、リバランス、システム運用、ポートフォリオ・インシュアランス、TAA、後悔回避効果、効用関数) 第6回 リスクの扱い方と計算方法 ★★ 将来価値の不確実性・リスクをどのように扱うかを説明し、将来のリスクの見積もり方、さらに、複数の資産を組み合わせた場合のリスクの計算方法について説明します。 (不確実、曖昧、リスク、分散、標準偏差、半分散、分散投資、ポートフォリオ、相関係数) 第7回 アセットアロケーション(資産配分)の作成方法 ★★★ 前回のリスクの計算方法の説明を受けて、アセットアロケーションの具体的な作成方法について説明します。 (期待リターン、インプライド・リターン、最適化、取引コスト、リバランス) 第8回 モダンポートフォリオ理論 ★★★ 投資に関する伝統的な理論について、CAPMを中心に概説します。 (CAPM、β値、資本コスト、分離定理、APT、マルチファクターモデル、アノマリー、オプション、ブラック・ショールズ・モデル、金融工学) 第9回 市場の効率性とアクティブ運用・パッシブ運用 ★★★ 投資の理論的な研究で頻繁に取り上げられる「市場の効率性」の概念について、理論と現実の関係、同概念の「正しい理解の仕方」を説明します。 (市場の効率性、アノマリー、Fama-French、アクティブ運用、パッシブ運用) 第10回 行動ファイナンス ★★★ 認知心理学の成果を応用したファイナンス研究のプログラムとして、過去30年くらいの間に研究が進んだ「行動ファイナンス」と呼ばれる分野の考え方の骨組みと主な業績について紹介します。 (行動ファイナンス、神経ファイナンス、裁定、認知心理学、プロスペクト理論、後悔回避効果、オーバー・コンフィデンス、双曲割引、時間非整合、フレーミング効果、ヒューリスティックス、バイアス、MRI、毎月分配型ファンド) 第11回 株式投資の方法 ★★ 個人及び機関投資家の株式ポートフォリオの運用について、その分類、代表的な方法、いい方法、ダメな方法を含めて、もいくつかのアイデアと具体的な方法を説明します。 (PER、PBR、バリュー、グロース、アーニング・サプライズ、アノマリー、マーケット・タイミング、チャート分析、時系列分析、ファンダメンタル分析、アナリスト、最適化、シャドウ・インベスティング、イベント・ドリブン) 第12回 個人と機関投資家の運用プロセス ★★ 投資信託、年金基金など機関投資家の資産運用のプロセスや運用評価の方法を概説し、これを個人の資産運用と比較することで、個人の資産運用プロセスに関する復習を行います。 (ベンチマーク、基本ポートフォリオ、運用プロセス、運用哲学、シャープ・レシオ、インフォメーション・レシオ、受託者責任、成功報酬、ヘッジファンド、コンサルタント) 第13回 ビジネスとしての資産運用 ★★ 資産運用業のビジネス・モデルについて考えます。「そもそも運用で儲けることができるなら、他人のお金をなぜ運用するのか?」という疑問からスタートして、資産運用業がどのようなサービス業であって、ビジネスとしては何がポイントなのかを考えます。 (マーケティング、ポジショニング、エージェンシー関係、情報の非対称性、オーバー・コンフィデンス、成功報酬、宗教法人) 第14回 バブルと資産運用&予備日 ★ 全体の補足解説、質疑応答、試験問題の説明、などに充てます。 余裕があれば、「バブル」について説明したいと思います。
2010年10月01日

必ず、ではないがバブルは起こる 今回は図を中心に考えてもらおう。まず、図1を見て欲しい。 <図1> “バブル”のサイクル 過去25年くらいの経済を観ていると、資産市場がバブル化して、バブルであるからにはこれが崩壊し、金融緩和から景気が回復する、そしてまた、何らかのきっかけがあって再びバブルが形成される、といったプロセスが繰り返されてきた。 この場合、バブルとは、合理的に正当化できないくらい高く、長期的に継続できないような資産価格の高騰、としておこう。その対象は株式であったり、不動産であったりするし、それ以外のものになる可能性もある。 循環プロセスとして考えると、不況→景気回復→ブーム→不況、あるいは不況→景気回復→不況といった、図1の左下側を中心に小さく循環する可能性もあるが、何らかのバブルに行き着く場合が多い。 ちなみに、景気回復の段階で早々に金融の引き締めに入ると、再び不況に戻る小さな循環で終わる可能性が大きい。現在の日本銀行には「引き締めバイア ス」があると言われているが、それが本当だとすると、日本経済及び株式市場は、図の左下側の低い位置で冴えない循環を繰り返す公算が大きい。 この循環構造には、金融政策が明らかに関わっている。特に、前FRB議長のグリーンスパン氏のように、中央銀行が「バブルは、後になってみないと、 それとは分からない」といった立場を取って、インフレが起こらない限り金融緩和政策を継続し、あるいは民間のレバレッジ拡大を放置すると、ブームの後には かなり大きな公算でバブルが続いて、このサイクルにフルに当てはまる状況を作ってくれる。 経済政策の割り当てを考えると、物価と資産価格という二つの目的に対して、金融の緩急(主に政策金利の操作)という一つの手段では不都合が発生する 可能性があり、たとえば、資産価格に対しては、資産市場を規制したり(信用取引の担保掛け目の上下などが考えられる)、あるいはレバレッジの質を見て必要 があればこれを規制したり(たとえば住宅ローンの審査基準を厳しくする)、といった別の政策を割り当てることを考えなければならない。しかし、現実問題と しては、こうしたきめ細かな対策には手が回らないので、バブルを育てるレバレッジを十分後押しする金融状態が続きがちだ。 先般の金融危機もあって、この図1には、バブルの崩壊の前後、特に崩壊後の対策過程を詳しく書いている。また、時間的な長さを考えると、典型的に は、バブル崩壊の過程は長々と続くものであることは珍しい。図1は、もっと左半分の過程を長く、右半分を短く(バブルから不況まで短期間で落ちるイメージ で)書くべきかも知れないが、もちろん、これらはケースによって異なるので、一応、左右ほぼ対称の大きさで描いてみた。 バブルの種とプロセス 以前に、この連載でも書いたが、バブルの形成には、金融的なイノベーションや規制の緩和が絡んでいることが多い。たいていのバブルには「種」があり (オランダのチューリップは「球根」だったが……)、その種は、リスクを過小評価させるような仕掛けか、レバレッジを後押しするような仕掛けであることが 多い。 ネット株の成長神話や、格付け会社までグルにした社会的な大規模詐欺だと考えることもできるサブプライムの証券化は前者、日本の株式バブルを育てた ファンド・トラストや特定金銭信託は「簿価分離」によって企業に財テク運用をやりやすくさせ、それと共にバック・ファイナンスによるレバレッジを誘発した ので後者だったと見ることができようか。 もっとも、このファンド・トラスト、特定金銭信託の運用にしばしば付随した「握り」(利回り保証の隠語。当時も違法ではあった)の慣行は、リスクの過小評価に役立っていた。 たいていの場合、バブルに意図的なデザイナーがいるわけではないが、何らかの「うまい話」を作り上げて、融資を拡大したり、顧客にリスクを取らせた りしようという、金融業者が絡んでいる。バブルを興して、その間に、他人のリスクで商売やトレードして、自分が成功欧州をせしめようという「金融マンの欲 望」が絡んでいる。リスクを取らせる対象は、顧客のリスクの場合もあれば、金融機関の資本の場合もある(たとえばリーマン・ブラザーズの株主資本はリーマ ンのトレーダーに「利用」されていた)。今や、労働者だけではなく、資本家も搾取され、カモになる時代なのだ。 バブルのプロセスは図2に、近年のバブルの種のリストを表1にまとめてみたので、ご覧頂きたい。 <図2> バブルの形成から崩壊の過程 <表1> “バブル”の「種」一覧 表 バブルと新しい金融技術 バブルあるいはその崩壊(通称) 新しい金融技術あるいは制度 ブラックマンデー(1987年) ポートフォリオ・インシュランス 日本の株式バブル(1980年代後半) 特定金銭信託、ファンドトラスト、「握り」 LTCMショック(1998年) ヘッジファンド(レバレッジ) 米ネット株バブル(1999年~2000年) ネット企業の株式 日本の新興市場バブル(~2006年) M&Aブーム、IPO神話 米国不動産バブル(2000年代~現在) 住宅ローン証券化商品 日本の不動産ミニバブル(~2007年) 投資ファンド、REIT(不動産投資信託) 商品バブル(~2008年夏) 商品指数連動ファンド 次は? 「エコ・バブル」かな (排出権取引市場・デリバティブ) チャンスはどこだ? 例えば、株式で見た場合、投資のチャンスはどこにあるか。 図の左側は、基本的にチャンスであるが、バブルの頂点に近づくと危ない。問題は、バブルの頂点がどこにあるのかが、バブルが終わってみないと分からないことだ。時計の短針でいうと、まだ11時のつもりが、すでに12時になっていたりする場合があるのだ。 バブルを事後的に見ると、11時から12時の間が「美味しい!」(短期間に大きな値幅を取ることができるから)のだが、10時くらいで半分降りるような心掛けが無難かも知れない。 また、左半分だけではなく、右側の、時間で言うと5時半くらいの辺りに、資産価格の過剰な下落が、価格に関係ない投げ売り、のような「非情報トレー ド」が原因で起こることによって、かなりの確率で「リバウンド」を取ることが出来るチャンスが生じるので、右半分にいる場合でも、「今、何時?」と常に問 うことは有益だ。 現代の金融政策は、事態が不況に戻ると、再び緩和を続ける、あるいは強化せざるを得ない。基本的に、時計の針が右半分に回るのは、金融が引き締めら れたときだ。不況と金融緩和が続く間は、左回りに上昇する力が残っていると考えていいので、現在のように、6時から8時くらいでもたついている場合は、な るべく6時台で買って、結果を気長に待つというアプローチがいいと考えられる。 なお、不動産は、場所や物件にもよるが、株式ほど頻繁且つスピーディーに取引できないので、株式に少し遅れて上昇・下落することが多いように思う。 典型的には、首都圏の都心が郊外や地方よりも早く、オフィス物件の方が住宅よりも早く、価格が動く、と考えて置いていいだろう。 経済も相場も簡単にパターン化できるものではないから、「絵に描いたように」上手く行かないものではあるが、ご参考になれば幸いだ。
2010年09月17日
インデックス運用は「負けない」 プレゼンテーションについて書かれた本を読むと、プレゼンテーションではポイントを三つ挙げて説明するといいらしい。 筆者、早速これを取り入れて、インデックス・ファンドの長所について説明する際には、(1)分かりやすい、(2)手数料が安い、(3)負けない、の三点がポイントだ、と説明することにしている。 分かりやすい、というのは、株価指数を見ていると自分のポートフォリオのパフォーマンスがよく分かるし、過去のパフォーマンスやリスクを知る上で も、メンテナンスに連続性のある指数であれば、具合がいい。これらが運用プロセス上どのように長所であるかという点については、前回書いた、ベンチマーク についての拙稿を読んでいただけると、ご理解いただけると思う。 手数料が安いことは、決定的な長所だ。典型的な国内株式ファンドの信託報酬がアクティブ・ファンドで1.5%、インデックス・ファンドで0.6%とすると、現時点では、長期金利(10年国債の利回り)ほどの違いが出ていることになる。 そして、第二の長所が強く影響しているが、日米いずれを見ても、毎年3分の2程度のアクティブ・ファンドがインデックスのパフォーマンスに劣後している。 現時点では、一般論として、インデックス・ファンドはアクティブ・ファンドよりも優れた投資対象だと言い切っていい。「一般論として」が指す内容に は、読者や私のような平凡な投資家にとってという意味もあるし(自分は非凡だと自認される読者には結論を強要しない)、いつでも常に、という意味でもあ る。 問題は「市場の効率性」ではない インデックス・ファンド、特に時価総額加重で市場の平均を代表するようなインデックスにトラックするファンドの場合、これが、アクティブ・ファンド よりも優れていることを示すのに「市場の効率性」とか「CAPM」といった学術的な理論を振り回す必要はない。「負けない」仕組みは、もっと単純であり、 だからこそ、頑健でもある。 たとえば、国内の株式市場を考えてみよう。市場で運用されている資金は、市場平均を表すインデックスに合わせて運用される「インデックス運用」と、それ以外のウェイト付けのポートフォリオで運用される「アクティブ運用」とに分けることが出来る。 ここで、インデックス運用が正確に行われている場合、インデックス運用の資金の投資収益率は、市場平均よりもインデックス・ファンドの手数料分だけ 劣ることになる。次に、アクティブ運用されている資金の投資収益率を運用金額で加重した平均値を考えてみよう。これも、市場平均即ちインデックスと同じ銘 柄を同じウェイトで運用していることになる。手数料差し引き前の投資収益率は市場平均と同じだ。 しかし、金融商品としては、アクティブ運用の方が手数料が高いから、投資家が受け取る収益率を平均ベースで較べると、アクティブ運用が常に劣ることになる。 これは、株価が正しいものではなくとも、つまり、市場が効率的でなくとも、また、市場が理論的な均衡と一致していなくても成立することに注意して欲しい。 アクティブ運用の選択の可否を論ずる際に、市場が効率的であるか否かの議論を仕掛ける運用関係者が多いが、厳密にいうと、(1)市場が効率的な場 合、アクティブ運用にはチャンスがないが、(2)市場が効率的ではない場合でも、アクティブ運用の平均はインデックス運用の平均に負けるはずだし、「相対 的に優れたアクティブ運用(者)を【事前に】選ぶことができる」という、高いハードルの命題を証明できなければ、アクティブ運用を選択することは(経済的 に)愚かだ、ということになる。 平均運用の有利性 インデックス運用の有利さを実感するための例を挙げる。架空の例だが、次のケースを考えてみて欲しい。 世の中にファンドマネジャーが十一人だけいて、彼らだけが株式市場の参加者で、みな同じ金額を運用しているとしましょう。単純化のためにみな同じ資金額を運用しているとする。 そのうちの一人は、他の10人が運用しているポートフォリオを観察することが可能で、自分の資金を10等分して、それぞれの資金で他のファンドマネ ジャーのポートフォリオを縮小コピーした運用、即ちインデックス運用(時価総額加重型のインデックスにトラックすることを目指す運用)をするとどうなる か。 運用1年目、インデックス運用者の運用成績は、おそらく11人中の真ん中である6番目くらいだろう(残り10人の運用内容の違いや偏りによって変化するが、大まかには)。翌年も、その翌年も、多分、ほぼそうなることが予想できる。 ここで、インデックス運用者は安い手数料で運用し、他の10人が高い手数料で運用すると、それぞれにお金を預けている顧客が最終的に受け取る利回り はどうなるか。「平均的に見て」、インデックス運用者にお金を預けている顧客は、他の10人のいずれかに預けている顧客よりも運用結果がいいことになる。 ここまでは、前に説明した点と同じだ。 加えて、ポートフォリオの動きまで考えると、インデックス運用者はさらに有利になる。残り10人の間では、各々が、「いい!」と思う銘柄を買い、 「これはダメだ!」と思う銘柄を売るので、売買が発生する。現実世界では、売買にはなにがしかの手数料が掛かるし、マーケット・インパクトもある(自分自 身の売買で株価を不利な方向に動かす効果のこと。大量に買うときには、株価が上昇して高く買わされる)10人は売買のたびに手数料を払うし、あれこれと考 えることにもなるだろうし、調査費用を掛ける場合もあるだろう。一方、インデックス運用者のファンドは、他の10人の中で相殺的に売り買いされている株式 (たとえば、誰かがソニーの株を買い、その時に誰かがソニーの株を買うと、そういうことが起こる)の分だけ、売買の手間と手数料を節約することができる。 「塵(ちり)も積もれば山となる」は、運用の世界にもあてはまる諺であり。1年目は11人中6番目だったインデックス運用者のファンドも、運用年数が経過するに従って、その通算成績ではもっと有利な位置を占めることができるようになるだろう。 ちなみに、インデックス運用者が実際の運用ビジネスの世界でファンドマネジャーだった場合、もう一ついいことがある。それは、インデックス運用者 が、最下位ないしはその近辺の運用成績を取ることが、1年単位でも、通算成績でも、ほぼあり得ないことだ。これは、年金運用のように、運用会社間で競争し ている時には重要な特質だ。 通常、運用契約の解約は、パフォーマンスの最下位あるいは、最下位から何%かのレンジの運用成績に落ち込んだときに通告される。理論的に、それが正しいのだというわけではないが、年金基金のような顧客の行動パターンはおおむねそんな感じだ。 つまり、運用を相対パフォーマンス競争のゲームとして、あるいはビジネスとして捉えると、「ライバルの平均を持つ」というのは、有力な戦略であり、これは、囲碁や将棋でいう「手筋」に当たる。 実は、現実のアクティブ運用のポートフォリオにも「ライバルの平均」に似てくる傾向があります。ファンドマネジャーにとって、ライバル会社(あるい は同僚?)に大きく負けることは、自分のキャリア上のリスクにつながりかねないリスクがあるので、これを避けようとして、お互いのポートフォリオが似るこ とがしばしば起こるのだ。 著者が英国系の運用会社に勤めていたときのことだが、この会社のロンドン本社では、他社の国内株ポートフォリオの業種比率の平均に対して1%(時に は0.5%)オーバーウェイト/アンダーウェイトといった調子で他社との相対的なリスクを用心深く管理していた。しかし、彼らは「アグレッシブなアクティ ブ・マネージャー」というイメージを顧客に訴えていたので、他方で、インデックス運用的だと思われることを大いに警戒していた。運用ビジネスにあっては、 「平凡な運用」+「非凡な宣伝」の組み合わせが王道なのだ。 時価加重型インデックスでない場合 市場全体をカバーする時価加重型のインデックスに連動することを目指す運用については、上記のように考えると有利さを実感できるが、MSCIのよう に市場のすべてをカバーするわけではないインデックスや、日経平均やニューヨーク・ダウのように、市場の全銘柄よりも大幅に銘柄数が少なく、しかも、株価 ウェイトとでもいうべき独特のポートフォリオで運用されている場合には、これをどう考えたらいいのだろうか。 たとえば、日経平均はより「市場平均」に近いTOPIXとパフォーマンスの差ができるはずだが、大まかには、この差は「勝ったり、負けたり」であ り、通算でどちらが有利になるかは、一概にはいえない。日経平均が、低回転率を維持し、日経平均連動ファンドの手数料がTOPIX連動ファンドの手数料並 みかそれ以下であれば、この「勝ったり、負けたり」の差を「サイコロのようなものだ」と気にしないで割り切れる投資家なら、日経平均のインデックス・ファ ンドを買うという選択も十分合理的だろう。 ただし、ポートフォリオとしての日経平均を見ると、株価の高い銘柄(「旧額面」に対して株価の高い銘柄)のウェイトが高く、かなり癖のあるポートフォリオで、リスクのバランスがいいとはいえない。 日経平均のようなインデックスは、先物・オプションの原資産として、厳密な裁定ポートフォリオが少額でも作りやすいというメリットがあるが、資産形成のための運用ポートフォリオとしては多少の難点を抱える場合があると考えておけばいいだろう。 個人的には、資産形成のために投資するインデックス・ファンドとしては、日経平均連動型よりも、TOPIX連動型のものをお勧めするが、細かいこと にこだわらない人には「どちらでも大差はない」とお答えしておく。日経平均連動型のファンドでも、現行の手数料の高いアクティブ・ファンドに投資するより は優れた選択だ。 投資家にとっての現状 インデックス運用の弱味は、インデックスの銘柄入れ替え、ないし銘柄ウェイトの変化に伴う売買が、売買内容が他の市場参加者に利用されやすいこと だ。大きな金額の資金がおこなう売買の内容が、事前に知られているということだから、不利には違いない。この問題については、別の機会に少し詳しく書いて みたい。 たとえば、TOPIXであれば、現状では年間の売買回転率が7%くらいで、あるインデックス運用者に聞いたところ、この入れ替えに伴うインデックス の損失は年間10数ベイシス程度と思われるとのことだった。現時点では、アクティブ・ファンドとの信託報酬の差を考えると、TOPIX型のインデックス・ ファンドの優位は動かないようだ。 なお、巨額のインデックス資金を運用する投資家の場合、インデックスの銘柄変更や銘柄ウェイト変更の影響に対抗するためには、既存の運用資金のリバ ランスを放棄してしまうことが有力ではないかと思う。たとえば、2010年9月時点のTOPIXを「TOPIX1009」とでも名付けて、10月の浮動株 ウェイトの変更を無視するのだ。TOPIX0109とベンチマークであるTOPIXとの間にはアクティブ・リスクが発生するが、アクティブ・リスクはそれ ほど大きくないはずだし、リターンの上ではプラス/マイナス両方に作用するので、ほぼ必ず不利を被るTOPIXに厳密にトラックさせるよりも有利なはず だ。 これ以外の方法としては、リバランスの時期をずらす方法もある(運用会社への指示は多少面倒になる)が、たとえばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のように巨額の資金をインデックス運用している投資家は、何らかの対策を講じるべきだと思う。
2010年09月03日
ベンチマークの三つの機能 はじめに、「大事なことが三つある」と宣言して話し始めるのは、コンサルタントなどが、よくプレゼンテーションやスピーチで使う手だ。ある使い手に よると、「そう言って話を始めてから、ポイントは話ながら考えればいいし、仮に、AとBの二つしか思いつかなければ『AとBとのバランスが大切です』と 言って三つ目を作ればいいし、もちろん、四つ目を思いついたら付け加えてもいい」ということだった。「三つ」という数字の具体性が注意を惹くようだ。そう いえば、新刊の「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン」(カーマイン・ガロ著、井口耕二訳、日経BP刊)にも、ポイントを三つに絞ると印象に残りやすいことが強調されていた。 冒頭から余談が長くなってしまったが、ベンチマークには機能が三つある。「情報の縮約」、「リスク測定の基点」、「パフォーマンス評価の比較相手」の三つだ。この場合は、あらかじめ「三つ」ということが分かっているので、安心して欲しい。 機能その一、「情報の縮約」 情報の縮約機能とは、たとえば、日本の株式で運用することのリスクの大きさや、どういった時にリターンが高い(低い)のかを知りたい場合、たとえば TOPIX(東証株価指数)をベンチマークにして、これらの性質を調べることができる。「日本株で運用するポートフォリオ」の標準像をベンチマークで代表 させて、その振る舞いを調べることで運用に関する意思決定がやりやすくなるし、その後に続くはずの資産配分(アセット・アロケーション)の作業もやりやす くなる。 年金基金のようなプロの投資家であれば、運用しようと思う内容に合わせたベンチマークを目的に応じてその都度自分で作ることも考えられるが(「カス タマイズド・ベンチマーク」と呼ばれる)、過去にさかのぼって正確なデータを作るのに手間が掛かる。また、年金基金の場合だと、加入者に向けて運用計画の 説明をしなければならないので、一般に知られている指数(インデックス)で代表されるポートフォリオをベンチマークとすることが多い。つまり、ベンチマー クは、運用に関するコミュニケーションの際にも情報を縮約の機能を発揮することがあるといえる。 後述のように、個人投資家の場合は、インデックス・ファンドに投資することが合理的だ。そうした前提で考えると、そのベンチマークをターゲットにす るインデックス・ファンドを過去に持っていた場合に、どんなリターンとリスクが現れていたのか、という見方でベンチマークのリターンの過去の振る舞いを見 ることができる。 機能その二、「リスク測定の基点」 資産配分ができあがって、たとえば日本株の運用を始める場合、運用しているポートフォリオとベンチマークがどの程度異なっているかを把握しておく必 要がある。実際に運用されるポートフォリオとベンチマークの性質が著しく異なると、運用全体のリスクの大きさやバランスが資産配分計画を作った際のものと 大きく違ってしまうかも知れない。 年金基金が投資顧問会社に運用を任せる際には、ベンチマークを指定すると共に、ベンチマークに対してどのような大きさ及び傾向のリスクを取るのか を、あらかじめ合意しておくことが一般的だ。そうでないと、運用を任せる側は、委託した資金がどんな性質と大きさのリスクを取って運用されるのかが分から ないし、運用を任された側も具体的なベンチマークがないと、自分が運用上取っている実質的なりスクを測ることができない。 個人投資家が投資信託を使って運用するケースでも、自分が投資しようとする投信が、ベンチマークに対してどのくらいの大きさのどんな性質のリスクを取るのかが分からないと、運用資金全体のリスクの大きさと内容をコントロールすることができない。 実際に運用されるポートフォリオとベンチマークとの相対的なリスクのことを「アクティブ・リスク」と呼ぶが、個人投資家が自分の投資している投資信託のアクティブ・リスクを把握することは簡単ではない。 現実的には、アクティブ・リスクの影響があまり大きくない場合もある。また、そもそもベンチマークのリスク推定を正確に行うことが不可能な場合もある。従って、アクティブ・ファンドを利用しても計画と実行の誤差に大差がない場合もあるとはいえる。 しかし、厳密には、「アクティブ・リスク」は運用計画上、特に資産配分を考える際には余計なリスクだし、その把握とコントロールを行うことが難し い。素人はベンチマークと同じ株価指数に連動するインデックス・ファンド以外には投資しない方がいい、と言い切ってしまう方が、アドバイスとしては良心的 かも知れない。 また、プロの運用委託者の場合も、複数のアクティブ・ファンドのアクティブ・リスクを適切に管理することは簡単ではないし、仮に可能であったとして も、相当の手間とコストを要する。加えて、ベンチマークに勝つアクティブ・ファンドを事前に識別することができないのだから、プロの場合もインデックス・ ファンドを使うことが自然なのだ。 現実には、年金基金などの運用では、パッシブ運用(現実にはインデックス・ファンドによる運用となる)を7-8割利用して、残りをアクティブ・ファ ンドに委託する「コア・サテライト型」と言われる運用スタイルを使うことが多いが、これは、そもそも優秀なアクティブ・ファンドを選択することが難しく、 アクティブ・リスクのコントロールが容易でない現実に対して、それらの困難の規模を小さくするために行っている苦肉の策だ。 そうまでして、アクティブ・ファンドを使うのは、率直と皮肉の両方が混じるが、はっきり指摘すると、彼らが自分達の仕事を作るためだ。一般投資家がわざわざ真似するのは愚かな行為だ。 機能その三、「パフォーマンス評価の比較相手」 そして、ベンチマークの三番目の機能は、パフォーマンス評価の比較相手だ。一般的には、この機能が一番有名だし、分かりやすい。 たとえば、日本株のポートフォリオが10%のリターン(投資収益率)であった場合に、株価全体が大きく上げた時の運用なのか、あるいは株価が下がっていた時の運用なのかで、運用スキルに対する評価は異なっていて当然だ。 これは、運用者のスキルの評価として実感として当然だということの他に、ベンチマークのリターンで代表される日本株市場全体の平均的なリターンが運 用者のコントロールの範囲外であって、運用の委託者(年金基金であったり、投信を買う個人投資家であったりする)の判断の責任範囲であることを同時に意味 している。 つまり、ベンチマークを定めることによって、運用結果のどこからどこまでが誰の責任であるかの境目が確定する。ベンチマークは、運用全体の流れの中で、運用意思決定の責任を区分する役割も果たしている。 計画・実行・評価の一貫性を保つ さて、ベンチマークの三つの機能を見ると、調査・計画の段階から、運用の実行、そして運用の評価の段階まで一つのベンチマークを継続して使うことで、運用の計画・実行・評価の一貫性が保たれる事が分かる。 たとえば、資産配分の段階と運用評価の段階とで異なるベンチマークを使うと、運用者は評価に使われるベンチマークを意識することが自然なので、資産 配分計画が想定した運用と実際に行われる運用の内容が異なるものになる公算が大きくなるし、運用結果の責任についても、資産配分計画段階に原因があったの か、運用者のアクティブ運用に原因があったのかが曖昧になってしまう。 また、運用におけるベンチマークの機能が理解できると、ベンチマークそのものの良し悪しを評価することができるようになる。個人投資家の場合には、 どのインデックスに連動することを目指すインデックス・ファンドに投資したらいいのかという問題に答えを与える手掛かりになる。 詳しくは、別の機会に詳述するが、筆者の結論の一部を簡単に述べるなら、ベンチマーク を評価する際に重要なベンチマークの性質は、「透明性」、「再現性」、「規範性」の三つだ(再び、三つになる!)。また、日本株のベンチマークとしては、 日経平均よりもTOPIXの方が優れたベンチマークである。
2010年08月20日
「時価評価しない」はありえない 仕事で運用に携わったことがあると、「時価評価」の重要性は、いわばカラダに染み込むように常識化するのではないかと思うのだが、人によっては運用のプロでも、自分の置かれた利害によって「時価評価をしなくてもいい」という主張をすることがあって、油断がならない。 時価評価に関する議論には幾つかの錯綜しやすいポイントがある。時価評価を回避したい利害を持つ人は、こうした錯綜を利用して、誤解したふりをしたり、「複数の説があって決められない」とか「必ずしも必要でない」と言ったりして、時価評価を避けようとする。 説明としては不細工だが、あえて要点を箇条書きでまとめると、重要な点は以下の通りだ。 資産は(できれば負債も)全て時価評価を行うべきで、例外はない。時価評価は「現実に売れる(手仕舞える)価格」で行うべきだ。時価評価できない資産には投資すべきではない(特に他人のお金の場合は)。時価評価は常に正しい価値を反映しているわけではないが、このことは時価評価が不要であることを意味する訳ではない。時価評価の変動による価値の変動は、これを無視するのではなく、現実として直視して認識するのが正しく、それで不都合があるなら、不都合の方がおかしい。時価評価を回避しようとする議論(人間)には気をつけろ! それを投資と呼ぶか呼ばないかに関係なく、保有している資産の価値は、現実に売ることのできる価格で評価すべきだ。この価格は、市場価格として存在する場合もあるし、参照できる直近の価格がない場合もあるが、できるだけ実勢に近い価格を探すべきだ。 法人の資産運用の歴史を振り返えると、80年代に盛んになった株式などを使った「財テク」運用では、簿価と時価を使い分けて、時価評価を避けて簿価 のままで資産を評価する余地を残したことが、運用現場の損の抱え込みに利用されたり、経営者も関与する決算操作につながったりといった弊害をもたらした。 また、80年代末から90年代に流行った「仕組み債」(デリバティブを組み込んだ債券)では、時価評価を回避しながら債券のキャッシュフローを変え ることができる商品の性質が決算操作に悪用され、決算操作のニーズが仕組み債へのニーズとなって、これを組成し販売する悪徳業者(注;外資系証券だけとは 限らない)の利益につながった。 時価評価の可否がしばしば論じられて、ともすれば時価評価を避けようとする議論が横行するのは、企業が保有する土地や不動産の時価評価と、年金基金などが保有する国債の時価評価だろうか。 前者では、不動産価格の評価が難しいことに伴う時価評価の不正確さが強調されることが多いし、後者では、満期保有の国債は時価が変動しても、最終的 には100で償還されるので途中の価値変動を認識しなくてもいいと議論されることが多い。どちらも、時価評価を発表すると「かえって誤解を招く」といった 意見が添えられることが多い。 しかし、会社が長期的に保有する不動産のようなものも、会社自体の価値が問題になる場合(少なくとも上場企業の全てに当てはまるはずだ)、会社が 持っている資産の実質的な価値は、関係者に公開し周知すべき情報だ。土地は売らなくても、借り入れの担保になることもあるし、もちろん、会社自体が売り買 いの対象になる場合に保有不動産の価値は重要な情報だ。 満期まで保有する国債の時価評価を回避しようとする議論は、年金基金等の公的な性格を帯びたお金についても出てくることがあるが、筆者は、不適当だと考えている。 第一に、国債を買うときには少なくとも利回りを考えて投資しているはずであり、金利がいかに変動しても投資環境が変化しても「満期まで売らない」と いう方針自体が、年金運用の用語で言うと「受託者責任違反」(他人の財産の扱いを委託された者として当然要求されるレベルの努力をしていないという意味) だ。 第二に、時価評価した場合にも、金利変動で債券ポートフォリオの価値は変動するが、このアップ・ダウンをその都度認識しても何ら不都合はないという 点が重要だ。途中で価値が増減して、最後に予定通りの利回りになるなら、その都度現実を認識すればいいだけのことだ。年金運用で言えば、金利が変動すると 年金負債の価値が変動するので資産と負債の関係を見る必要があるし、現実に起こっている価値の変化を報告しないで済ませようとする意図には正当化できる理 由がない。 また、時価が必ずしも正しい訳ではないので、時価評価を公開すると「誤解を招く」という言い方をする人もいるが、それは、時価評価に加えて、どの部 分がどの程度不正確であり得るという情報を開示する事が必要なのであって、時価自体の情報提供が不要な理由にはならない。まして、「適当な時価がないか ら、取得価格で評価しておけばいい」といった、現実と公開情報の乖離を招きかねない愚かなルールには何の正当性もない。ごまかしに利用されるリスクを残す だけだ。 また、そもそも、「現在どのくらいの価値なのか判断できない」という対象物は、結局その価値の判断ができていないと言うことなのだから、これに対して、企業の資金や年金資産のような「他人のお金」を投じていること自体がおかしい。 「自信を持って自分で時価評価できないものには投資してはいけない」というルールを設けておけば、法人の場合たちの悪い仕組み商品に引っ掛かって運 用で大損するケースは大幅に減るだろうし(近年では、多くの学校法人が仕組み商品に投資して大損を出したことが報じられている)、個人投資家の場合も、自 分が投資できない(完全に理解できていない)商品を排除することができる。 もちろん、市場で付く価格が全て正しいわけではない。例えば、毎日1万株しかできていない株式を100万株持っている場合、たった1万株に対して付 いた株価を信頼できる時価として扱うことには問題があるだろう。ただし、だからといって、市場の株価を気にしなくていいというものではないし、取得価格が 価値だと決めつけていいものでもない。 結局のところ、時価評価は、完全に信じていいものではないが、適用に例外を設けてはいけない性質のものなのだ。適用に不都合があるとすれば、それは、解決すべき別の問題の存在を示唆している。 あえて一歩踏み込んで言うと、時価評価を避けようとするのは、実績を(多くの場合は含み損を)ごまかしたいトレーダーや経営者、あるいは、怪しい商品を売り込みたいセールスマンのような、「警戒すべき人」である公算が大きい。 時価評価の副作用 絶対に必要な時価評価だが、副作用もある。 大きな副作用は、時価評価で生じた利益を過大評価してリスクを拡大しすぎてしまうことだ。これは、株式投資でも、不動産投資でも起こるし、大きな規 模で起こって経済に「バブル」(長期的に維持できないくらいの資産価格の本来の価値を超えた高騰と考えておこう)を後押しすることもある。 たとえば、サブプライム・ビジネスの拡大期には、金融機関がポートフォリオの価値の増大を自己資本の拡大と認識して、リスクテイクの前傾化を進めた。 もっとも、この種のリスクの拡大も、時価評価を行うこと自体ではなく、その時の時価の脆弱性が十分評価されていなかったことの方にこそ問題があると考えるべきだろう。 バブルの崩壊過程では、資産価格の下落が時価評価を通じて自己資本を毀損し、リスクテイクの縮小に拍車を掛けるケースがある。これを不都合と見て、 金融監督当局などが時価評価を停止しようとするケースがあるが、これも厳密には「インチキの公的なカルテル」とでも評すべき不適当な政策だ。必要なのは自 己資本の手当てであって、資産価格下落の現実から目を逸らすことではない。 結論として「時価評価が不要」になる訳ではないが、バブルの形成と崩壊の過程で、時価評価が加速に加担するケースがあることは覚えておきたい。 個人の投資と時価評価 個人投資家には時価評価を嫌う人が少なくない。 「株価(基準価額)の上下に一喜一憂したくない」とか、「売るまでは、損が確定したわけではない」とか、思い思いの理由を並べることはあるのだが、「しかし、現実は、その都度認識する方がいいのではないですか。それで、不都合はないでしょう」と申し上げておきたい。 自分の資産の価値は生活を考える上で重要な情報のはずだし、時価の変動を見ていてこそ、「リスク」の性質や大きさを正しく知ることができる。 初心者向けの投資の本には、「投資した株の株価なんて忘れてしまえ」といったアドバイスが書かれていることがあるし、確定拠出年金の投資教育のよう なケースでも、「ポートフォリオの時価のチェックを頻繁に行うのは考え物だ」と教えるケースがあるようなのだが、筆者はどちらにも賛成しない。 投資でも人生でも、現実認識をごまかすのは大失敗のもとだ。
2010年08月06日
リターンとリスクは自分で計算せよ! 既報の通り、筆者は、今年の春から、獨協大学で「金融資産運用論」と題する授業を担当してきた。対象は学部の学生達で、2年生から4年生までの学生 だった。多少は予備知識があった方がいいだろうということで、1年生を外した。春学期は、全部で14回の授業予定があったが、全ての授業を7月15日に終 了した。 大学の学生の場合、一般の大人向けよりは、理屈っぽい内容でよかろうとも思ったが、運用業界の人と同じ前提知識はないはずなので、どのくらいの難し さがいいかの加減が難しかった。 授業では、大まかに、投資に関する理論を理解するための基礎知識を教えた後で、「市場の効率性」に関する現実的な姿や、行動ファイナンスによるモダ ンポートフォリ理論への批判を教えて、合理的な人間と効率的な市場を前提とする伝統的な投資理論と、これを批判する行動ファイナンスとの関係を比較的じっ くりと説明した。 最初に、割引現在価値の考え方と、リスクの概念と複数のリスク資産を組み合わせた場合のリスクとリターンの現実的な計算方法について、時間を取って 説明した。リスクを具体的にどう計算するかが分からないと、資産配分計画(アセットアロケーション)を自分で考えることができないので、マイクロソフト・ エクセルのワークシートの作り方に時間をかけた。教えている本人としては、丁寧に基礎に時間をかけているつもりだったのだが、授業に向かうエレベーターの 中で一緒になった学生に「先生の授業は、とても難しくて、ついていくのが大変だ」と言われて、「これでいいのか?」と多少悩んだりもした。 しかし、エクセルを使ってアセットアロケーションを作る辺りは、自分でできないと、資産運用に関して具体的に考えられるようにならないし、たとえ ば、個人の資産運用で外国債券をポートフォリオに含めるべきか否かというような具体的な問題について判断するための前提条件が整わない。「みんな入れてい るから、入れた方がいい」といったレベルでしか考えられないようでは、勉強した甲斐がない。 運用の意思決定の基準として、簡単な効用関数で具体的なポートフォリオを評価する方法を中心に説明した。また、リスクと期待リターンの前提から最適 な資産配分ウェイトを計算する方法と、リスクと資産配分ウェイトから、その資産配分ウェイトを正当化する期待リターンを逆算する方法を説明するのに時間が 掛かった。 説明が上手く行ったのかどうか、新米教師としては、自分で分からない面もあったが、何はともあれ、この辺りの具体的な計算が自分でできるようになら ないと、金融機関が提示する運用計画、あるいは運用商品を具体的に評価することができない。 社会人向けの投資教育だと、簡便法を教えて手を抜きたくなるところだが、大学生が相手なので、話を聞く側にも頑張ってもらうことにした。 投資理論と個人の資産運用の関係が大テーマ 春学期の授業全体を通した大きなテーマとして、個人の立場で資産運用をどう行うのがいいかを追求した。今までの、特に日本の投資分析の教科書では正 面から体系的に捉えられた説明がないことが多いので、このテーマには力を入れたかった。 運用の理論のどこが個人の運用に応用できるのかが問題だが、個人が自分の持っている情報に基づいてリスクとリターンに関して効率的にリスク資産を組 み合わせて、この組み合わせと無リスク資産を組み合わせたポートフォリオの中から、家計の分析に基づいて最適なリスクとリターンのポートフォリオを選ぶと いう過程を中核に持ってきた。 この部分は、前々回の本欄で取り上げた「イ ンデックス運用とCAPM」(第128回、6月18日付)で解説した内容だ。 また、個人が資産運用を行うに当たっては、(1)家計の分析、(2)資産配分計画(アセットアロケーション)、(3)運用商品選択、(4)取引窓口 の選択、という手順を踏むことが大切だ。いきなり取引金融機関を決めて運用を相談するような手順を取ったのでは、おそらく金融機関側に都合のいい(手数料 の高い)商品を売りつけられる結果になるだろう。前記の(1)~(4)の手順を正確に踏むことが大切だ、という点を何度も強調した。 家計の分析に当たっては、家計のバランスシートによる簡易財務分析の考え方と、運用計画の検討における人的資本の重要性を強調した。 この際に、生命保険、特に医療保険が、顧客にとって大きく不利な条件の商品であることと同時に、不要な場合が多いことをなるべく丁寧に説明した。生 命保険会社には少々申し訳ないが、授業を受けた生徒にとっては、この部分が、将来具体的に一番役に立つ内容であったかも知れない。 また、アクティブ運用の商品に関しては、(1)アクティブ運用の平均はインデックス運用に負ける、(2)相対的に運用利回りが良いアクティブ運用商 品は事前に選ぶことができない、という二つの事実で構成される「運用業界の不都合な真実」について率直に説明し、商品選択にあって実質的な手数料が重要だ ということを強調した。 ビジネスとして資産運用の中核をなすテーマである運用の手数料(特にアクティブ運用の手数料)がどう決まるのかについては、需要サイドと供給サイド の両面についてかなり詳しく説明したし、同様の運用サービスに対して投信と投資顧問とで大きく運用報酬が異なる「一物一価の原則」が成立していない実態に ついても説明した。 今回のシリーズの授業で最大のテーマは、行動ファイナンスの理論的な位置づけと、現実のビジネスにおける応用だった。 かつて本欄でも説明したが、行動ファイナンスは、人間の判断が伝統的な理論の意味で合理的ではないことを前提として、既存の理論のベースにある「裁 定」が現実には十分に起こっていないことの研究と、人間の判断のバイアス(歪み)があることが資本市場の振る舞いにどのように影響しているかを研究する分 野だと現時点では整理することができるだろう。 行動ファイナンスの研究は、顧客の立場に立つと、誤った判断を避けるための「気づき」を与える知識として役立つはずだが、現実には、むしろ、運用商 品の売り手の側が、不利な条件の商品を顧客に魅力的に見せるために体系的に悪用されている。 この点については、授業の後半でかなり時間を取って説明したのだが、投資の経験がほとんどなく、たぶん、金融機関に対して「やられた!」と思うよう な経験を持ったことがまだない学生達が、リアリティを伴ったイメージと理解を持ってくれたかどうかが、新米教師としては気になるところだ。 試験問題をどうぞ! 反省点の多々ある春学期の授業だったが、ともかく、終了した。来週(7月22日)は試験を行う。 試験は、4問の中から1問を選んで貰って、論述してもらう形の出題とした。 今期は、学生のレベルがよく分からないし、評価で差を付けて選別をするというよりは、資産運用に関して少しでも自分で考えられるようになってもらう ことが目的なので、成績評価は甘くするつもりだ(たまには、私も「甘口」の「いい人」になる!)。 試験問題は授業の最終日に事前に公開した。試験当日の持ち込みも自由だ。頼むぞ、学生たち! 下記の問題を出題したのだが、さて、どんな答案が返ってくるか、大いに楽しみだ。答案を見て学生の理解度を測り、秋学期の授業内容を改善する参考に したい。 よかったら、読者も考えてみて欲しい。 ■獨協大学 経済学部「金融資産運用論」2010年春学期 試験問題 以下の4つの問題の中から1つを選択して、800字~1000字をめどとして論述して下さい(字数の制約は厳密なものではありま せん。また、評価の対象はあくまでも論述の内容であり、文字数の分量は評価の対象としません)。 回答の冒頭に、選択した問題の番号を明示してから、論述してください。 「行動ファイナンス」とはどのような研究分野で、現実のビジネスにはどのように応用されているかについて論述してください。個人が金融資産を運用する際に必要な手順と運用内容の例を、具体的なケースを想定しながら、概説してください。資産運用サービスの価格、特に「アクティブ運用サービス」の価格がどのように決定されるかについて論じてください。日本で投資教育をどのように行うのがいいでしょうか。回答者の意見を、理由を明示した上で、できるだけ具体的に論述してください。
2010年07月16日
日本の経営者は意外に高額報酬だ 「1億円以上は個別開示」という亀井前金融大臣のツルの一声で決まった方針に基づいて、3月期決算企業の役員で、報酬が1億円を超えるケースが個別 開示された。東証一部上場で6月30日までに確認できたケースで、1億円以上の報酬を公開したケースは1百社、2百人をそれぞれ少し超えた。 事前の段階では、どこそこの経営者が1億円を超えるか超えないかが話題になっていたが、2億円を超えるケースがざっと数えただけで30件以上ある。 これまで、米国と比較して、日本の経営者の報酬は安いということが強調される場合が多かったように思うが、蓋を開けてみると、それなりの額を貰って いるなあ、ということが分かった。「格差」の問題などにことさらに結びつけて考えるべき問題ではないと思うが、過去十年くらいにわたり、従業員への給与支 払額がほとんど伸びない中で、経営者や幹部社員に対する報酬水準は着々と上がっている印象だ。 公開された報酬の中身は、ストック・オプションによるものは少なくて、基本報酬が3分の2程度を占めているようだ。つまり、安定的な報酬として貰っ ている部分が多いので、1億円(約110万ドル)、2億円といっても、欧米の経営者に対して遜色のある金額ではない。基本報酬部分でこれだけ取るというの は、国際的に見ても、なかなかの厚遇だ。 もっとも、オーナー経営者の配当収入や起業に成功した経営者の株式売却益の金額を思うと、今回開示された人々の報酬を大きく上回るケースが少なくな い。お金の問題でも、上には上がいるものだ。 ただ、日本では、数を考えると、企業に勤めるサラリーマンが多いわけだから、今回、企業勤めでも出世すればそれなりの高額報酬が貰えることが分かっ たことは、いいことではないだろうか。多少は夢が持てるのではないか。個人的にはそう思う。 情報開示としては不十分 一方、株主の立場や投資家の立場から考えると、今回の情報開示は、興味深いけれども不十分だと言わざるを得ない。 不足な点が二つある。 先ず、各企業が役員の報酬をどのように決めているのか報酬額の決定基準がはっきりしていないことだ。役員の報酬が、利益に連動するのか、過去の実績 や社内の相対評価に応じて決まっていて安定的なのか、ということは、役員個人の判断の傾向に大きな影響力を持つはずだ。 簡単に言うと、利益連動性が高い場合は、報酬が利益に連動するコールオプションのような性格を持つので、この役員はプロジェクトを選択する際に、リ スクの大きなプロジェクトを好むはずだ(ボラティリティーが拡大するとオプションの価値が上昇する)。これは、傾向として、企業に社債や融資の形で債権を 持っている人には不都合だが、株式の保有者にとっては好都合な傾向だ。 米国の経営者の報酬は、最初は利益に連動して、その後自社株の割り当てやストック・オプションの付与など株式性の報酬が増える形で拡大していった が、これは、全体像として、集団としての株主が経営者を買収することに成功した動きだと解釈できる。 ただし、サブプライム問題の発生から金融危機に至る一連の流れで分かったことは、こうした利益に連動した成功報酬型の報酬のリスク拡大効果がバブル を作る上で重要な役割を果たしたことだ。実際には、金融界の強力なロビー活動で実効性のある規制になっていないようだが、金融マンの報酬が規制すべき対象 として注目されたことには、十分な理由がある。 投資家の立場で企業を見る場合、役員の報酬システムが変化した場合に、企業の行動やひいては株式の価値に変化が現れることは十分考えられる。また、 報酬のシステムを変える際には、当事者達にとって好都合な変化の可能性が大きくなっていることが予想できる。つまり、役員の報酬システムの変更は重要な投 資情報なのだ。 しかし、単純に報酬の額だけを見ていたのでは、こうした変化は分かりにくい。 このように考えると、1億円に満たない役員報酬についても情報が欲しくなる。取締役が株主の付託を受けて経営に当たるのが、今日の株式会社の企業統 治の基本だが、この際に、たとえば経営執行のトップの暴走に歯止めを掛けるべき取締役がどのような報酬を貰っているかについては、社外取締役も含めて知っ ておきたいところだ。 今後充実していくことを期待したいが、今回の情報開示は、内容的にも、範囲の上でもまだまだ不足であり、中途半端だった。 インサイダー(内部者)の株の動きと一緒に分析したい 株式投資の分析にあって、米国では、以前から、インサイダーの株の動きが注目されてきた。「インサイダー」といっても違法なインサイダー取引のこと ではなく、創業者一族や大株主、あるいは企業の幹部といったその企業の意思決定の「内部者」の株式の動きだ。 大まかに言って、彼らが自分の持ち株を売るということは、個人的な事情でキャッシュが必要な場合ももちろんあるが、傾向として、業績や株価の先行き に対して自信がない場合が多い。逆に、内部者(=インサイダー)の株式保有が増えている場合は、企業の先行きに強気である場合が多い。 つまり、内部者の株式の動きや、役員の報酬システムの変化には、今後の企業の動向に関する内部者からのシグナルが含まれている公算が大きい。 取締役の報酬に関しては、内容的にも範囲の上でも、より一層の開示を求めたいが、こうした情報を単に「誰がいくら貰っているのか?」という下世話な 興味ばかりでなく、こうした企業の内部情報を投資の分析にもつなげていくことが期待される。
2010年07月02日

インデックス運用は「理論的」か インデックス運用、特に、TOPIX(東証株価指数)、MSCI、S&P500といった時価総額ウェイトの株価指数に対するトラッキングを目指す運 用を、CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産価格モデル)に基づく理論的な運用ないしは、理論の応用だと主張する向きがある。 これらの株価指数は、時価総額加重のポートフォリオである点で、CAPMでいう「マーケット・ポートフォリオ」と似ている。確かに、それぞれをマー ケット・ポートフォリオだと考えると、「インデックス運用は、CAPM理論の直接的な応用だ」と言いたい気持ちになるのも分かる。 また、実務家が、たとえば個別銘柄や株式ポートフォリオについて、日本株であればTOPIXに対する感応度を「β値」(推計方法は何通りかある)と して期待リターンを求めることもあれば、さらにこれを、企業価値を求める際の割引率に使う場合もある。 加えて、アカデミックな世界でも、30年くらい前までは、S&P500をマーケット・ポートフォリオと仮定して、CAPMに関する実証研究を行った 論文が多数会った。 これだけ材料が揃うと、日本株の場合、「TOPIX=マーケット・ポートフォリオ」として、TOPIXに対するインデックス運用に投資することが、 CAPM理論の応用だと理解する人がいるのも無理はない。 しかし、CAPMで言う「マーケット・ポートフォリオ」とは、投資可能な「全てのリスク資産」を時価総額ウェイトで保有するポートフォリオのことな ので、一国だけの株式市場の株価指数がこれに該当しないのはもちろんだし、不動産やリスクを持った債券、場合によっては商品なども含まれていなければなら ない。 理論としてのCAPMの実証的な検証自体が、「マーケット・ポートフォリオ」が特定できないために暗礁に乗り上げたことからも分かるように、「マー ケッ・ポートフォリオ」を具体的に特定することは難しい。 それに、投資家でもある我々自身がマーケット・ポートフォリオを特定できていないわけだから、考えてみると、理論としてのCAPMが成立しているこ と自体が疑わしい。現実に多くの投資家が、業種も銘柄もウェイトも大いに偏ったポートフォリオを持っている。理論としてのCAPMが想定するような、どの 投資家もリスク資産については共通のポートフォリオを持っているという世界は近似的にすら実現していない。 つまり、インデックス運用は、CAPMを現実の運用に応用したものだという主張は、誤解以外に基づいて主張することが困難だ。加えて、β値がほとん ど何の役にも立たないことも当然だ。 CAPM理論の前半と後半 CAPMの結論は、証券アナリスト協会の副教材でもあり、代表的証券投資のテキストである「新証券投資論 I.理論編」(小林孝 雄、芹田敏夫著。東洋経済新報社)によると、「マーケット・ポートフォリオが最も効率的なポートフォリオであること」と「個々の資産の期待超過リターンは β値に比例する」ということに要約されるが、CAPMの導出の過程をもう少し順を追って眺めてみよう。 例えば、以下のような感じだ。 (1) 投資家はリスク資産をポートフォリオとして保有する。(2) 仮定により投資家は共通の情報を持っているので投資家が直面する有効フロンティア(リスク当たりの期 待超過リターンが最も効率的なリスク資産の組み合わせの集合)は全て同じだ。(3) 投資家は有効フロンティア上の点のいずれかと、仮定により同一のリスクフリー・レートで可能なリスクフリー資産での運用又は借り入れによる有効フロンティ ア上の点(M)に対応するポートフォリオの信用買いを行う。(4) この際、投資家は、リスクに対して消極的であっても積極的であっても、(3)のような運用を行い、投資割合の多寡はあっても、リスク資産の組み合わせは同 じもの(M)に投資しているはずだ。(5) ここでリスク資産のマーケットの需給は均衡しているはずだと仮定されるが、するとM は全てのリスク資産を時価額のウェイトで保有した「マーケット・ポートフォリオ」であるはずだ。(6) マーケット・ポートフォリオが最適ポートフォリオであるとの条件から方程式を解くと、個々の資産の超過リターンのマーケット・ポーフォリオの超過リターン に対する相関係数(=β値)に比例した超過リターンを持つ。(7) マーケット・ポートフォリオに連動するリスクは超過リターンで補償されるが、個々のリスク資産のマーケット・ポートフォリオに連動しないリスクは分散投資 によりゼロに近づいているので補償されない。 この導出過程の中で現実に対する妥当性が疑われるのは、まず(2)の共通情報と全投資家に共通の有効フロンティア、次に、(5)のリスク資産に関す る需給の均衡と、これと共に導き出されるMがマーケット・ポートフォリオだという結論及び、(5)が正しいことから導かれる(6)、(7)だ。 ここで、個人にとっての運用上の妥当性を考えると、(2)、(3)、(4)のプロセスは、自分にとっての有効フロンティアとリスクフリー資産の組み 合わせで代替すれば問題ない。 つまり、個人にとっての運用プロセスとして考えると、CAPMの前半(4)までのプロセスは、(1)の分散投資を前提に運用を考えるべきだというこ とも含めて、妥当であり、概ね合理的だといえるだろう。 しかし、共通の情報に加えて市場の均衡を要求して結果を導き出す(5)以下の後半のプロセスは大いに疑わしい。 拙著「超簡単お金の運用術」の種明かし たとえば、先の図のMに相当するポートフォリオが、幾つかのリスク資産の組み合わせとして分かった場合、個人の資産運用は、そのリスク資産の組み合 わせとリスクフリー資産を持てばよい。リスクに対して積極的であっても消極的であっても、リスク資産の内容は同じでいい。 筆者はかつて「超簡単お 金の運用術」(朝日新書)という本で運用の簡便法を説明したことがあるが、あえて種明かしをすると、その際の簡便法のベースになってい るのは、上記で述べた考え方だ。CAPMの結論とはかけ離れているが、CAPMを考える上で使えると思える部分を有効活用した。 拙著では、内外のインデックス・ファンドを国内株4割対外国株(MSCI-KOKUSAI)6割で組み合わせたら、おおむね「M」に相当するポート フォリオとして問題ないのではないかと考えた。これは、現状でもそう大きく変わっていないが、その後、このホンネの投資教室では、「国内株:海外 株=5:5」又は「国内株50%、先進国株35%、新興国株15%」という組み合わせを「M」として使えばいいのではないか、とご説明してきた。 これにさらに、リスクの水準に関して大雑把に割り切ると、先の拙著で述べた最も簡単な バージョンの運用方法に辿り着くことになる。
2010年06月18日
総理大臣の交代と何がちがうか? さる、6月2日、鳩山首相が、民主党の両院議員総会で、首相と党代表の辞任の意向を発表した。総選挙による政権交代後、8カ月あまりでの退任だ。自 民党の政権から数えると、安倍首相、福田首相、麻生首相、そして鳩山首相と、4人の首相が、ざっと1年間隔で交代していることになる。 本稿には、政治的な意図(与党、或いは野党を批判する意図)は全くないのだが、それぞれの交代には事情があるとしても、これだけ短期間に国の行政機 関のトップが交代するというのは、一般論として、「良くないこと」だろう。日本の国際的な信用にも関わる、という意見もある。 それでは、ファンドの運用者や、運用会社の社長の交代はどうなのだろうか? 結論から書くと、どちらも、評価の方向性はマイナスだ。ファンドマネジャー時代も含めて何度も転職して、ファンドマネジャー交代の原因を作ったこと がある筆者にとっては不都合な評価だが、年金運用の世界でも、投資信託の世界でも、ファンドマネジャーの交代はネガティブに評価されることになっている。 具体的には、運用コンサルタント会社がファンドないし運用会社に対して与える評価が低下する。年金運用などの場合には、使っているコンサルティング 会社の判断を重視する顧客が多いので、ファンドが解約される場合もある。運用会社の経営者の交代も、プラスには評価されない事が多い。 評価を下げる主な理由は「運用方針の一貫性が損なわれるから」だ。運用評価の世界では、運用方針が一貫していて、同時に、優れた運用パフォーマンス が安定的に継続する運用の評価が高い。 「そんな運用があるのか?」と問われると、「難しい」と答えるしかない。より丁寧には、「単なる幸運でそう見えているのか、真にそのような運用であ るのか、評価者も運用者本人も分からないのだ」というのが正確な答えだろうか。 直観的に考えても、運用スタイル毎の運用成績の優劣は、時期によって異なる事が多いので、外部の観測者が見て、運用方針が常に一貫しているという状 態が、「安定的に優れたパフォーマンス」と両立するのは難しいにちがいない。 運用評価という仕事は、あるいは運用業界は、そもそも無理な理想を追っているのかも知れない。 ところで、ファンドマネジャーの交代に対する評価がこのようなものだとすると、これと首相の交代には随分大きな違いがある。たとえば、安倍首相の後 を継いだ福田首相の就任時、更に福田首相の後を請けた麻生首相の就任時の内閣支持率を見ると、共に、前任者の最後の支持率を20%以上上回っている。これ は、国民が後任の首相に期待を寄せることと、前任者が低支持率の状態で辞めるケースが多いことの影響だろう。首相の場合は「前任者よりも、ましだろう」と 思い、ファンドマネジャーの場合は「こんなことではダメだ」と思うのだから、反応は随分違う。 さて、国民一般がお人好しなのか、運用関係者が意地悪に疑り深いのか? ファンドマネジャー交代の際に起こること さて、ファンドマネジャーが交代すると、現実には何が起こるだろうか。 交代の事情にもよるが、ファンドマネジャーは本能的に自信過剰な「(学術的には、「オーバーコンフィデンス」の傾向が強い)生き物なので、引き継い だポートフォリオを自分が改善することができると思っている。加えて、パフォーマンスの責任を前任者のせいにできるのがどのくらいの期間だと見るかによる が、自分でない誰かが作ったポートフォリオのせいで悪いパフォーマンスが出て、自分の評価が下がりかねないと思うと、これは堪えがたい(総理大臣だって、 自分が選んだ閣僚で内閣を組みたいはずだ)。 一方、一般論として、ファンドの中身を大きく入れ替えると、マーケット・インパクト(自分の売買による株価の動きから発生するコスト)も含めた売買 コストがかかってパフォーマンスが損なわれる。また、ポーフォリオをすっかり入れ替えると、その時点から運用成績を前任者のせいにできなくなる。ある程度 経験のあるファンドマネジャーなら、当然こうしたことを知っている。 結局、ファンドを引き継ぐと、ポートフォリオを早く大きく入れ替えたいという気持ちと、急に動かしてはいけないのだという気持ちとが、葛藤を演じる ことになる。しかし、この葛藤の勝ち負けは事前にはっきりしていて、よほどの自制心の持ち主でない限り、遅かれ早かれ、もともと思っていたよりも速いス ピードで、ポートフォリオの入れ替えを行うことになる。 当然、それなりの売買コストがかかる。 また、仮に、ファンドマネジャーの交代が、前任者時代の運用パフォーマンスの不振によるものだとすると、運用のスタイルにもよるが、ファンドマネ ジャーの交代後くらいから「リターン・リバーサル効果」(過去に平均よりもパフォーマンスの悪かった銘柄の相対パフォーマンスが平均よりも良くなる傾向の こと。しばしば、観測される現象)が効きだしてくることが多い。 つまり、どちらかと言えば、ファンドマネジャーの交代は裏目に出ることが多いと言えるだろう。 ファンド交代の際に「なすべきこと」 運用者交代の際に、後任のファンドマネジャーがやるべきことは、第一に、交代時点のファンドに馴染むことだ。 自分の作りたいファンドをゼロから発想して、このポートフォリオと引き継いだファンドの差を取って、不要な銘柄を売って、一気にリバランスする、と いうようなことが、「やってはいけないこと」に当たる。 年金の運用などで、前任と後任の運用者のパフォーマンスを分けて評価する目的などで、ファンドをいったんキャッシュにしてから引き継いだり、新旧の ファンドを一気にリバランスする証券会社のサービスを利用することがあるが、これは、やっていけない愚かなことに該当する。 もともとファンドに入っている銘柄は、単純化して言えば、「いい銘柄」・「普通の銘柄」・「悪い銘柄」の三種類ある(注;この評価は、厳密には、銘 柄単独ではなく、「ファンド全体との関係」で行わなければならない)。たとえば、「普通の銘柄」特にいいパフォーマンスが期待できなくとも、ファンドの中 でリスクのバランスを取る際に役立つかも知れない。自分が選んだ銘柄でないからといって、そこに置いておけば役に立つものを、売買コストをかけて売っては いけない。また、「悪い銘柄」だと自分が思っても、悪さの程度と売買コストや代替銘柄の好ましさの程度などによっては、しばらく残す方がいいという判断が 正解の場合もある。 理屈上は、全ての銘柄に関する判断を1日で下すことができるはずだが、生身の人間の場合そうもいかない。引き継いだファンドの保有銘柄について、 じっくり検討する時間が必要な場合が多いし、交代の事情によっては、先に述べたリターン・リバーサル効果が働いてくれることもある(経験則的に、ファンド の内容の大きな入れ替えは、相対パフォーマンスが好調なときに行う方がいい場合が多い)。 要は、前任者の選んだ銘柄に対する「違和感」の影響を受けないで、与件として現在そこにあるポートフォリオを最大限に活かしながら、徐々に自分の投 資方針を反映したファンドを作るべきだということなのだが、作業としては結構難しい。 それでは、ファンドマネジャーが交代した場合に、投資家の側ではどうしたらいいだろうか。 上記のような事情なので、後任の運用者の対応によって事情は異なるのだが、あえて何か アドバイスするなら、リターン・リバーサル効果を考えると、前任者の運用成績が悪くて運用者が交代したファンドの場合は、しばらく持っていて様子を見るの が正解になる場合が多いのではないか。ファンドマネジャーが交代してもしばらくの間は、前任者のポートフォリオの影響が残っている場合が多い。逆に、運用 成績が良かったファンドなら、思い切って解約を考えてもいいかも知れない。
2010年06月04日

GPIFとKKR公的年金としては、厚生年金と国民年金を合わせた、ざっと120兆円の資産を運用す る年金積立金管理運用独立行政法人(通称「GPIF」)が有名だ。GPIFは有識者による運用委員会の議事や資料をかなり公開しているので、個人投資家が アセット・アロケーションに使うリスクのデータに、GPIFが使っているものを利用する事がしばしばある。筆者も、本連載でGPIFのリスク・データを 使ったことがある。ところで、公的年金の運用組織はGPIFだけではない。たとえば、約8兆4千億円の運用資産残高があり、国家公務員の 年 金を運用する、国家公務員共済組合連合会(通称「KKR」)がある。筆者は、この組織の運用委員会の委員を務めている。KKRでは、平 成 22年度に基本ポートフォリオの変更を行った。KKRは、基本ポートフォリオの作り方において、何点かGPIFと異なる方法・考え方を用いているが(たと えば年金の資産と負債との相対的なリスクをリスクと見て最適化している)、リスクと期待リターンを使ってポートフォリオを作る点は両者共通だ。と ころが、KKRが使っているリスクのデータは、GPIFのものとは大きく異なる点がある。GPIFの現行の基本ポートフォリオは、現在、 2004年度に策定されたものを、2009年度を超えても暫定的に利用することになっていて、1973年から2003年のデータから計算されたリスク値だ が、たとえば、国内債券、国内株式、外国株式について、以下のような数値だ。リスク相関係数国内債券5.42%国内債券と国内株 式0.22国内株式22.27%国 内株式と外国株式0.25外国株式20.45%外国株式 と 国内債券-0.01これに対して、2000年以降2009年12月ま での 収益率データを使い、定性的な判断を加えたKKRのリスク・データは、以下のようなものになっている。リスク相関係数国内債券2.0%国内債券と国内株式0国内株式18.4%国内株式と外国株式0.7外 国株式19.5%外国株式と国内債券0私 見だが、30年以上前のデータを最近のデータと等ウェイトで評価するGPIFのリスク推定には現実的でない面があるように思う。たとえば、国内債はかつて の大幅な金利変動を反映して5%を超えるリスク値になっているが、これは当面数年のリスク値として過大であるのではないか(もちろん、そうでない可能性も あるが)。一方、KKRは株式と債券の相関(時期の取り方によって符号まで含めて変動して不安定だ)を0に割り切る一方、近年連動性を強 め ている印象の内外株式については0.7と大きめの相関係数を想定して保守的(分散効果を小さく見積もっているという意味で)な値を使っている。も ちろん、参考にした時期が異なるので、株式のリスク値の大きさにも違いがある。リスクのデータを変えてみるで は、異なるリスク値で同じポートフォリオを分析するとどうなるだろうか。「国内債1%、国内株6%、外国株8%の期待リターンを想定し、国内債40%、国 内株式25%、外国株式35%のポートフォリオを持っている架空の投資家のポートフォリオを二つのリスク・データで見てみる。先ず、 GPIFのリスク・データを使ってみよう。GPIFのリスク・データによるリスク計算アセッ トアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用 資産名 ウエイト(%) 期待リターン リスク Imp.Ret 国 内債券 40.00% 1.000 5.42 0.756 国内株式 25.00% 6.000 22.27 7.331 外国株式 35.00% 8.000 20.45 7.328 合計 100.00% 4.7000 相 関係数 国内債券国内株式外国株式国 内債券10.22-0.01国 内株式0.2210.25外 国株式-0.010.251分 散共分散 国内債券国内株式外国株式国 内債券29.376426.554748-1.10839国 内株式26.554748495.9529113.855375外 国株式-1.10839113.855375418.2025次 にKKRのリスク・データを使って、同じポートフォリオを見てみよう。KKRのリスク・データによるリスク計算ア セットアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用 資産名 ウエイト(%) 期待リターン リスク Imp.Ret 国 内債券 40.00% 1.000 2.00 0.067 国内株式 25.00% 6.000 18.40 7.219 外国株式 35.00% 8.000 19.50 8.195 合計 100.00% 4.7000 相 関係数 国内債券国内株式外国株式国 内債券100国 内株式010.7外 国株式00.71分 散共分散 国内債券国内株式外国株式国 内債券400国 内株式0338.56251.16外 国株式0251.16380.25KKR のリスク・データで見たポートフォリオは、リスクの絶対値が三資産共に小さいのに、案外大きなリスクになっていて、GPIFベースのものとポートフォリオ 全体のリスクの大きさにおいて変わらない。なお、効用を計算する際のリスク拒否度は、それぞれのリスク・データと投資家のポートリオがこ の 投資家にとってベストのポートフォリオであることを前提として、計算している(リスク拒否度=リターン÷(2×リスクの二乗)で計算)。
2010年05月21日

最適化計算の結果はどう変わるか?では、たとえば、この投資家が自分の期待リターンと二つのリスク 前提とを使って、ポート フォリオの最適化計算を行うとどのような結果になるだろうか。ポートフォリオの最適化計算には、マイクロソフト・ エクセルの「ソルバー機 能」を使った。三つの資産のウェイトに全て「0以上、1以下」の制約を加え、さらに三資産の合計を100%として、効用(効用=リターン-リスク拒否度× リスクの二乗)を最大化するように三資産のウェイトを変化させる計算を行う。結果を見てみよう。GPIFの リ スク・データによるポートフォリオアセットアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用資産名ウエイト(%)期待リターンリスクImp.Ret国 内債券44.44%1.0005.420.708国 内株式15.91%6.00022.275.708外 国株式39.65%8.00020.457.708合 計100.00% 4.2784相 関係数 国内債券国内株式外国株式国 内債券10.22-0.01国 内株式0.2210.25外 国株式-0.010.251分 散共分散 国内債券国内株式外国株式国 内債券29.376426.554748-1.10839国 内株式26.554748495.9529113.855375外 国株式-1.10839113.855375418.2025KKR のリスク・データによるポートフォリオアセットアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用 資産名 ウエイト(%) 期待リターン リス ク Imp.Ret 国内債券 53.53% 1.000 2.00 0.090 国内株式 5.63% 6.000 18.40 5.090 外国株式 40.84% 8.000 19.50 7.090 合計 100.00% 3.2301 相 関係数 国内債券国内株式外国株式国 内債券100国 内株式010.7外 国株式00.71分 散共分散 国内債券国内株式外国株式国 内債券400国 内株式0338.56251.16外 国株式0251.16380.25今 度は、国内債券のウェイトが44.44%なのか、53.53%なのかといった違いをはじめとして、国内株式も10%以上ウェイトが異なるなど、リスク・ データの差が結果のポートフォリオに対して、大きな差をもたらしている。結局は投資家の判断二 つのリスク・データのどちらを使ったらいいかというのは、最終的には投資家の判断だ。今後の投資環境により近いと判断したデータ・セットを使うしかない。 データのサンプリング期間が長くなるとサンプル数は増えるが、現時点から遠いデータが影響してくるなど、ケースバイケースというしかない。ポー フォリオの分析を見せられたり、アセット・アロケーションの提案を受けたりする場合には、期待リターンだけではなくて、リスクについても、どのような求め 方をしたのかをよく確認すべきだ。なお、KKRのリスク・データを見たい方は、国家公務員共済組合連合会のホームページの、年金資産運用 の ページから、資産運用委員会の意見書の「附属資料」を見ていただくとKKRが使った数値が載っている(http://www.kkr.or.jp/shikin/report220308-data.pdf)。資 料を探すのが面倒な方のために、KKRの基本ポートフォリオについて、リスクを概算し直した(計算は筆者)データを相関係数、期待リターンも一緒に載せて おく。なお、期待リターンは、インフレ率を差し引いた実質リターンである。KKRの基本ポートフォリオKKR の2010年策定基本ポートフォリオ(大まかな再試算)相関係数 国内債券国内債超長期国内株式外国債券外国株式(負債)リスクフリー国内債券10.900.200.90国内債超長期0.9100.2010国内株式0010.30.700外国債券0.20.20.310.40.20外国株式000.70.4100(負債)0.9100.2010リスクフリー0000001標準偏差と相関係数は過去10年のデータ 定性評価で決定
2010年05月21日
大学生に投資の授業をしなければならないという理由で、筆者は久しぶりに大型書店の金融書籍コーナーを訪ねてみた。バブルの後期頃からの投資理論ブーム(80年代末)や、「ブラック・ショールズ式」が流行った金融工学ブーム(90年代後半)のころには、投資理論の書籍が毎月のように出版されていたが、今は、内容的に落ち着いたのか、投資そのものへの関心が一頃よりも低調なのか、これはという新しい本の発見は意外なほど少なかった。そんな中で見つけた、見落としていた大物が、投資の定番テキストの最新版である『インベストメント 上・下』(ツヴィ・ボディ、アレックス・ケイン、アラン・J・マーカス著、平木多賀人、伊藤彰敏、竹澤直哉、山崎亮、辻本臣哉訳。マグロウヒル・エデュケーション発行、日本経済新聞社発売)だった。原著の第8版の翻訳で、今年の3月に発売された二冊組だ。原著は、1989年、つまり20年前に初版が出ており、最新版が発行されたのは昨年のようだ。この種の本は、時間と共に使用するデータが古くなるので、この新しさは魅力的だ。もっとも、長期の投資リターンについて説明した第5章(今回の改訂版の読み所の一つだ)は2005年までのデータで書かれているので、残念ながら2008年に発生した世界的な金融危機を反映したテキストにはなっていない。本のレベルは、帯に「MBA、学部上級クラスの授業で長年採用されてきた、インベストメントのロングセラーテキスト」とある通りだが、例題として CFA(米国の証券アナリスト資格)試験の問題が多数採用されているように、証券アナリスト資格試験向けの副読本的なテキストでもある。我が国の証券アナリスト資格(「CMA」と略されるようだ)試験向けのテキストで、こちらも最近改訂された『新証券投資論 I』(小林孝雄、芹田敏夫著、日本証券アナリスト協会編)、『新証券投資論 II』(浅野幸弘、榊原茂樹、伊藤敬介、荻島誠治、諏訪部貴嗣著、日本証券アナリスト協会編)と比較すると、『インベストメント 上・下』の方が記述に活気があって、実例や投資に関するトピックが多いので、投資家の読書対象としてはこちらをお勧めする。一般論としていえることだが、大学生・大学院生用のテキストは米国の著者によるものがサービス精神にあふれていて読みやすい場合が多い。独習用には英語であっても、こちら、と思うことがしばしばある。一方、日本人の著者によるものは、文体が教科書的で硬いと感じることが多い。ただし、日本人の著者が書いたテキストは各種の理論がコンパクトにまとまっていて、復習用・参照用には便利な場合が多い。選択のコツは、参照文献リストと索引が丁寧なものを選ぶことだ。『新証券投資論 I・II』は以前の『証券投資論』(浅野幸広他著、東洋経済新報社)よりも記述が易しく丁寧になっているが、投資の具体的な説明は『インベストメント 上・下』の方が豊富だ。この点は、後者の具体例が主に米国のデータであり、ファイナンス研究の成果の大部分が米国発のものであることが大いに関係しているように思う。テキストとしてのレベルは『インベストメント』の方がやや高いし、取り上げている題材の幅もこちらの方が広い。ただ、ざっと見た印象だが、『新証券投資論 I、II』は国際投資に関する記述が詳しく、投資のベース通貨が円である日本の投資家としては、こちらを読んでおきたい面もある。ファイナンシャル・プランナーのようにお金の運用に関して他人にアドバイスをするような仕事に関わる方は、両方持っていて、適宜参照しながら活用すべきだろう。翻訳版の『インベストメント 上・下』は、現在最新の原書と版が同じだし、価格が上下各5000円と、原書(ハードカバーだが都内の大型書店で2万 5千円以上した)を買うよりも随分安いので、これはなかなかお得な感じだ。一般投資家には、何はともあれ、この上下二冊をお勧めする。定番テキストを読む効用一般投資家が学生用のテキストを読むことの効用はいくつかあるが、何といっても最大のものは、正確な投資知識が得られることだ。これまでにも何度か書いたが、たとえば『ウォール街のランダムウォーカー』(バートン・マルキール著、井手正介訳。日本経済新聞社)のような有名な本でも、「これは間違いだ!」という記述がある場合がある。特に、投資理論のバックグラウンドのないファイナンシャル・プランナーやマネー・ライターが書いた初心者向けの本には、著者の素人直感や金融業界がビジネスの為に伝えようとしている誤解を、著者がそれと意識せずに書いているので、誤解や勘違いに気付くための基礎知識としても一通りの理論に触れておくことが役に立つ。特に、投資の理論をはじめとするファイナンス研究の世界は、実務と研究の距離が近い時代が長かったので、アカデミックな研究を学ぶことがそのまま実務的なノウハウに直結している場合が多い。たとえば、マルキールの前掲書は全体としていい本だが、「長期投資でリスクが縮小する」という嘘がかなり念入りに書かれていて、これは、同様の話が運用の入門書だけでなく、運用ビジネス関係の各所で繰り返されているが、『インベストメント』の第5章「歴史から、リスクとリターンを学ぶ」を読むと「リスク・ポートフォリオへの投資は、長期ではより安全になるということにはならない。逆に、リスク投資の保有期間が長くなればなるほど、リスクは大きくなる」(p207、第5章のサマリーの5.7番より)と書いてある。この章は、以前出ていた同書の翻訳にはなかった章で、米国を中心に過去のアセット・クラス別のリターンデータがまとめられているので、有益だ。もっとも、長期投資とリスクの関係については、過去の版(第4版)の翻訳である『証券投資 上・下』(堀内昭義監訳、東洋経済新報社。2004年2月刊)の第7章の付論C「時間分散の誤り」の方が直截に書いてあって、間違いの意味がスッキリ分かるメリットがあった。新しい理論の取り込み翻訳ベースではあるが、旧版『証券投資 上・下』と新版『インベストメント 上・下』の構成を較べ、面白そうな所を拾って比べ読みするとなかなか面白い。新版になる『インベストメント 上・下』は、行動ファイナンスやファマ・フレンチの3ファクター・モデルのような新しいファイナンス研究を明確に取り入れている。新しいといっても、それぞれ10年と少々前くらいまでの話だが、この点でも『インベストメント 上・下』はいい。『新証券投資論 I・ II』は、理論編にあたる上で、十数行行動ファイナンスに触れて、直ぐに「そうした研究の解説は行動ファイナンスの書籍に譲って」(p12)と行動ファイナンスを理論編の中に取り込まないことを宣言している。この点は、現代の投資のテキストとしては、少し物足りない。『インベストメント 上・下』は、第12章に「行動ファイナンスとテクニカル分析」という章を置いて、行動ファイナンスについても一通り解説している。裁定の不完全性と、人間の判断のバイアスのモデル化という行動ファイナンスの理論構成の二本柱を押さえた説明にはなっているが、著者達は行動ファイナンスの重要性或いは有効性に関して今一つ懐疑的であるような印象だ。このテキストは、もともと伝統的なファイナンス研究を紹介する目的で長く書き継がれてきたものだし、また、テクニカル分析と一緒くたに扱った章の構成から見ても、著者達は行動ファイナンスに対してあまり共感的ではない雰囲気を汲み取ることができる。もっとも、こうしたオーソドックスなテキストでも無視することができないくらい、行動ファイナンスの研究の重要性が認識されつつあるということでもあるように思える。この本の行動ファイナンスに関する説明については、別の機会に一度取り上げて検討してみたい。私見では「いいところまで来ているが、あと一歩で急所を一箇所逃している」ように思える。旧版の魅力今回、新版の『インベストメント 上・下』と共に旧版の『証券投資 上・下』を見て気が付いたのだが、先ほどの時間分散に関する説明の他にも、旧版にあって、新版にない記述で、興味深いものが幾つかある。特に、第27章「顧客のポートフォリオの運用」、第28章「退職資産及び年金基金の運用」、第29章「投資会社の運営」といった運用ビジネスに関わるパートが、新版ではごっそり抜けているのは惜しい。ファンドマネジャーなど投資のプロには、旧版の『証券投資 上・下』も是非入手して手もとに置いておくことをお勧めする。一般投資家には、何はともあれ、『インベストメント 上・下』を入手して興味の持てる章からお読みになってみることをお勧めする。投資の愛好者が集まって、読書会のような形で読むのもいいだろう。読み物的な本を幾ら読んでも手に入らない正確な知識を身につけるためには有効な「投資」だと思う。
2010年05月07日

3系統のファイナンス理論 いきなりで恐縮だが、以下の図1を眺めてみてもらいたい。 図 1 これは、筆者が今年担当することになった獨協大学の「金融資産運用論」の初回の授業で学生に紹介した図だ。 「伝統ファイナンス」という用語は、必ずしも学術的に定着した用語ではないが、いわゆるポートフォリオ理論やオプション価格理論などの、(1)人間 は合理的に(この場合おおむね「期待効用最大化的に」という意味)投資に関する判断を行っており、(2)市場では裁定が十分行われている、と前提する諸理 論をこう呼んでみた。 これに対して、「行動ファイナンス」は、「人間の判断・行動には系統的なバイアス(歪み)があるとして、伝統ファイナンスを批判すると共に、このバ イアスの存在を前提とした上で資本市場の振る舞いを研究するというリサーチ・プログラムだ。 さらに、2000年代に入ってから精力的に研究されている「神経ファイナンス」(「ニューロ・ファイナンス」と呼ぶ方が気分が出る)は、人間行動の 諸々のバイアスの原因を脳の機能に求めたり、人間(たとえば投資家やトレーダー)が判断を行う際の脳の活動を研究したりして、行動ファイナンスの研究を補 完・補強すると共に、神経ファイナンス自体が資本市場を分析する仮説を立て始めているようだ。 新しい理論の方が進んでいてより正しいということが単純に言えるわけではないが、新しい研究の進捗によって、古い研究は修正を迫られていると考えて いいのではないか。 もっとも、伝統ファイナンスに寄った研究者の中には、資本市場の振る舞いを説明する理論の大本は伝統ファインナンスが十分説明していて、標準的な状 態から逸脱した例外事象をコレクションしたものが伝統ファイナンスだと考える人もいるようだ。 どの理論が生き残っているか? 問題は、伝統ファイナンスに対する行動ファイナンスの批判がどの程度本質的なもので、伝統ファイナンスのどの理論がどの程度影響を受けているのか、 ということではないだろうか。 筆者は、行動ファイナンスによる伝統ファイナンスの批判は本質的なものではないかと考えている。 行動ファイナンスは、人間が判断・行動に系統的なバイアスを持っていて、例えば資産の価格はしばしば大きく本来の価値から乖離した状態が維持される と考えるが、伝統ファイナンスの側では、間違った判断を行う市場参加者は、(1)いたとしてもバラバラに間違うので市場全体としては大きな影響を受けな い、か、(2)間違う参加者は相対的に損をするので市場の中で存在を低下させ、やがては無視できる程度になる、と考えようとしたようだ。 しかし、行動ファイナンスの研究によると、「バイアス」は多くの人間が共通のものを持っており((1)への反論)、また、間違った参加者の富が相対 的に縮小するという保証はない(逆もあり得る)という説明に成功した((2)への反論)ように見える。どうやら、「市場で実現している価格は(おおむね) 正しい」ということに依存した理論は根本的に修正を迫られているように思う。 たとえば、伝統ファイナンスの代表的業績であるポートフォリオ理論は、マルコヴィッツによる平均・分散アプローチは考え方の枠組みだから有効である としても、シャープのCAPM(資本資産価格理論)やロールズ、ロスらのAPT(裁定価格理論)といった理論は、現実の説明として不適当なものであると言 わざるを得ないのではないだろうか。「リスクに見合ったリターンが実現するはずだ」という伝統ファイナンスの「信念」は、相当に揺らいでいる。 オプション価格の理論はどうか。これは、裁定が十分働くことが計算の前提条件だ。この条件が「あらゆる場所で働いているか」というと大いに怪しいと 言わざるを得ないが、株式や債券、為替レートなどのオプション市場では、原資産とオプションとの裁定を行うことが比較的容易であり、また、理論の結果を使 うプレーヤーが数多くいることによって裁定がよく働いている面もあるのではないだろうか。従って、オプション市場周辺に於いては、オプション価格の諸理論 は「生きている」と見てもいいのではないだろうか。 3つの理論のファイナンス研究への貢献 ファイナンス研究を、資本市場とそこに参加する人間の振る舞いを研究することと定義すると、やはりまだ伝統ファイナンスの貢献が大きいように思う。 行動ファイナンスはある程度の普及を見せているが、伝統ファイナンスに対する批判として見るべき所があるとしても、行動ファイナンス自身がどれだけ 現実を説明できる枠組みを作っているかに関しては、プロスペクト理論のように有名ななったものもあるが、相対的には、まだ威張れたものではない。 神経ファイナンスは、目下大いに研究されているが、誕生してから日が浅いし、いわゆる 「何々理論」という体裁のモデルが誕生するかどうかは、これからの問題だ。
2010年04月16日
本連載の百二十回目「大 学生に資産運用を教える授業計画について」(2010年2月19日)に書いたように、この4月から、獨協大学の経済学部で学部の学生(2年生以 上)に「金融資産運用論」と題して、お金の運用の講義をすることになった。本連載の読者のご関心とも共通点があると思うので、講義案や講義の反省などにつ いて、本連載でも随時取り上げていきたい。 授業計画上の第一回はガイダンスになっているので、第百二十回の原稿に書いたような内容と、講師の自己紹介、講義の抱負、試験・単位認定の要領など を話して終わりです。資産運用の話は何が難しいか、学者と先生は何が違い、自分(=山崎)はこの講義でどういう立場で何を目指しているか、ということなど を話す予定だ。 具体的な内容に入るのは、次の第二回からだ。予定では、「運用常識の嘘と本当」と題して、お金の運用の常識とされている内容について、何が正しく て、何が違っているか、というような話をする。三回目以降の講義に興味を持ってもらうとともに、あわせて、学生の反応を見て、次回以降の話の内容や説明レ ベルの上下の参考にしようと考えている。 以下に、第二回目の講義資料の原稿と講義のためのメモ書きを公開する。 「金融資産運用論」 第2回 講義資料(案) 第2回の講義では、世間一般で主に個人のお金の運用に関して、常識として知られているが、問題のある事例についていくつかご紹介しながら、お金の運 用について考える際のポイントについて、考えてみたい。 (I)個人の資産運用が難しい理由 そもそも、「個人のお金の運用」自体が、理論的な扱いも含めて、大変難しい。たとえば、約120兆円の公的年金の運用と同じくらいか、それ以上に、 難しい。理由は三つあるように思うが、学生諸君も何が難しいか(数秒)考えてみて欲しい(注;ラジオだと5秒以上の無音は「放送事故」とされる可能性があ る)。 山崎が考えた、理由は以下の通り。 <個人の資産運用が難しい理由>(1) そもそも個々の資産の将来のリスク(リスクの大きさと複数資産間の相関関係) と期待リターンの予測が難しい。これは運用金額の大小にかかわらず同じ。(2) 個人の場合、将来の収入、健康、家族関係などに変化の可能性が大きく、負債もあれば、資産を相続する可能性もある。これに対して、年金の資金の出入りは ルールが決まっていて、専門的な計算を要するが、ある程度計算できる。資金に関する与件は個人の方が複雑。(3) プロの運用は専門家が契約と専門知識に基づいて行うが、個人の場合、誘惑に弱い素人が行わなければならないので、理論通りに実行できるか、という問題があ る。仮に、実行が難しいなら、セカンド・ベスト的であっても、実行が容易な簡便法を考える必要がある。 これらの他に、個人が、金融機関等から不適切な誘導・勧誘を受ける可能性があることも考慮に入れるべきかも知れない、などと思 う。 なお、「個人の資産運用が案外簡単である理由」というのも、後の講義で説明する用意があるから、期待しておいて欲しい。 (II)アメリカ流の投資教育も案外いい加減だという話 次の問題。以下の7項目は、アメリカ流の投資教育のエッセンスを山崎がまとめてみたものだが、それぞれ、どの程度正しいと思うか? ○=正しい、 △=どちらとも言えない、×=誤り、で答えて欲しい。 本当は、「どちらとも言えない」は回答としては、突っ込み不足だ。条件をはっきりさせて、論理的に○か×かを答えるべきなのだが、今回は、いいこと にしよう。 <アメリカ式(?)投資教育のエッセンス(と思われる)7項目> 1. 人生にはお金がいる。特に、老後にお金がないのは寂しい2. リスクの(ほとんど)ない確定利回りの運用ではお金はなかなか増えない3. リスクの大きな資産の投資利回りは大きい(「ハイリスク、ハイリターンの原則」)4. 長い期間投資するとリスクは縮小する5. 投資対象を分散するとリスクは縮小する6. ドルコスト平均法(一定間隔で一定金額買い付ける方法)でリスクは縮小する7. 長期間、積み立て投資で、投資信託に投資すると幸せになれる! 表現方法や、ニュアンスには違いがあるが、米国の運用会社やファイナンシャル・プランナーが“啓蒙”する(←偉そうに!)考え方は、おおむねこんな 感じだ。 あなたはどう思われるか?(今度は、一個あたり数秒考えていい) 手元の紙にでも、ご自分の考えた○×をメモしてみて欲しい。 山崎の、現在の回答は、以下のような感じだ。 1. ○ お金があると自由度が拡がるし、多くの不幸がお金で避けられる。 2. ○~△ リスクのない運用資産の利回りが相対的に低いのは事実だ。 3. ×~△ H-Hの原則は一定の前提を置いた期待に過ぎない。現実に反証もある。 4. × これははっきり間違い! しかし、世間の多くの本・論者が間違えている。 詳しく知りたい人は、たとえば『証券投 資 上』(A.ケイン他。東洋経済)P268以下を参照。 5. ○ これは正しい。分散投資は「投資家が自分でできる運用の改善」だ。 6. × (おまけして△) 気休め以上のものではない。貯蓄の習慣としては実用的だが。 7. × 不用意に市販の投資信託を買うようでは落第。そんな卒業生の姿は見たくない! 投信の9割以上は手数料を考えただけでも検討に値しない。 上記のいくつかの問題については、今後の講義でまた詳しく取り上げる。 上記の2番、「ハイリスク、ハイリターンの原則」について、山崎が一般向けの書籍に書いた説明を参考に掲げておく。 「ある金額を投資すると将来ある利益が得られる権利が得られると仮定しよう。この利益が確実なものである場合と、期待値は同じだが変動する不確実な ものである場合とでは、人はこの権利にどのような値段を付けるだろうか。後者に関しては、たぶん、リスクを負担するのに見合う追加的なリターンを求めるだ ろうから、前者よりも低い価格(つまり投資額に対する将来のリターンはそれだけ大きくなる)を形成することになるだろう。つまり、将来の期待値が同じで も、リスクのあるものの方が期待されるリターンが高くなるはずだ」 この理屈はどの程度リアルに感じられるだろうか。よりリスクが大きいのに、リターンが大きくならないケースとして考えられるのは、(1)将来の収益 の期待値を間違えて価格を形成したケース、(2)出た結果が事後的に期待値よりも大幅に悪い場合、(3)人間が誤って価格を付けたケースの三つだ。 株式でいうと、それぞれが厳密に分離できるものではないが、将来の利益が分からなかった場合、過去に予想した利益と違う結果が出た場合、会社の人気 不人気などによって価格形成が歪んだ場合などには、高すぎる価格で投資したか、不運な事象が起こったかで、投資の結果が悪かった場合にほぼ対応する。何れ も、なにがしかは人間の能力的な制約に起因する現象だ。 はっきり言って、人間の予測能力は、「将来の利益の期待値をほぼ正しく見通す」といったレベルにはほど遠い。多くの人間が取引に参加して情報と解釈 を価格に反映させて、一人の投資家が考えるよりも正しい価格が形成される傾向はあるが、それにも限界がある。「ハイリスク、ハイリターンの原則」は少なく とも絶対的なものではない。 しかし、他方で、ある程度は将来が見通せるわけでもあり、この場合、そのような前提から取引される価格で投資に参加するならば、傾向として「より大 きなリスクに対して、より大きなリターン」が得られるだろう。 つまり、判断は簡単ではないが、リスクを伴うある投資対象に対して、世間が集団的に過剰な期待を抱いて価格を形成しているのでなければ、その対象に ついては「ハイリスク、ハイリターンの原則」が実現しやすいということだ。 『お 金とつきあう7つの原則』(2010年3月下旬、ベストセラーズ刊) (III)利食い・損切り目標と「上手い運用の投資信託」について その他の、お金の運用に関する世間常識をあと二つ取り上げてみよう。 次の(A)、(B)については、どう考えるか。 (A) たとえば株式に投資をするときには、株価がいくらまで値上がりしたら売るかという「売り目標値」 と、幾らまで下落したら諦めて売るかという「損切りライン」を、あらかじめ決めておくことが大事だ。(B) 投資信託を買う場合は、運用や販売の手数料が高くても、過去の運用実績が相対的に優秀な、上手い運用者が運用するファンドを選ぶことが大事だ。 ○×を当てるのは、ここまでの流れから判断して、簡単だろう。そう、私がここで出題するからには、二つとも×なのだ。問題はその理由だ。どんな理由 が思い浮かぶだろうか? 「これが解答だ」と言って、山崎の結論を押しつけるのは、たぶん、教育的に良くないのだろう(新米教師でも、そのくらいのことは考える)。解答代わ りに、(A)、(B)について考えるためのヒントを問いの形でご提示しよう。 (A)を考えるヒント 投資したあなたの買値は将来の株価の動きに影響するか?買った時点で知らない情報を後から知る可能性があることについてどう考えるか?先に上下の「売り目標値」を決めておくことのメリットを金銭的に評価するといくらか? (B)を考えるヒント 過去に優れた運用成績だったファンドが将来も優れた成績を上げる確率が大きいとした場合、何が起こるか?事実は、上記の状況に当てはまっているか?「上手い運用(者)」を見分けることができないとしたら、何が最善か? 今後の予定と期待 だいたいこの辺まで話すと、時間が尽きるのではないだろうか。時間が余った場合は、「投資のための心得5箇条」でも即席で作って、学生達に伝えるこ とにする。 学生達からどんな反応が返ってくるか、筆者は本当に楽しみにしている。結果は、後日ご 報告したい。
2010年04月04日
「爽やかに」というコンセプトで 私事で恐縮ながら、今月の25日発売で、お金に関する一般向けの書籍「お金とつきあう7つの原則」(ベストセラーズ)を 出版する。 運用を中心にお金に関する本は何冊か書いてきたが、今回は、お金についてどう考えるかという「お金観」の問題、稼ぎのいい仕事とそうでない仕事は何 がちがうのかといった稼ぎの構造の問題、金融的なバブルのサイクルと絡めた投資の仕方など、今までの純然たる「運用本」よりも範囲を広げて、一般向けを意 識して書いてみた。 当初、構成を考えながら、「お金をきっちり無駄なく管理して、合理的に運用する方法」を語る本をイメージしていたのだが、本を書きながら、金融的な 取引で誤解したり、騙されたりするのは損も大きいし、気分も悪いから、これには気をつける必要があるが、日常的なお金の扱い方は、大らかである方が気持ち がいいのではないか、という方向に少々方針変更した。 一言で言えば、「お金と爽やかに付き合う」ことを目指す本を書いた。 こう言うと身も蓋もないが、原則の数は7つでなくても良かったが、当初タイトルを決めていたのを著者(=私)が忘れていて、表紙ができあがったのを 見て、慌てて7つの原則で内容を集約した。 本の帯にも7原則が書かれている。以下、かいつまんでご紹介しよう。 爽やかにお金と付き合うための7箇条 7原則をまとめてご紹介すると以下の通りだ。 爽やかにお金と付き合うための7箇条 その1 小さな節約をしないその2 「人的資本」に投資するその3 お金の計算は安全なほうに間違えるその4 お金は(なるべく)貸し借りしないその5 国内外の株式に分散投資するその6 買値ではなく未来を考えるその7 怖いのは市場リスクよりも「人間」と心得る 以下、簡単に筆者の思うところをご説明する。 その1 小さな節約をしない 普通言われていることと逆かも知れないが、それが趣味や楽しみな場合はともかく、小さな節約を常に心掛けるようなお金の扱い方は精神を貧しくする、 というのが、筆者の考えだ。 また、日常的なお金の使い方に関しては、月単位なら、最初に貯蓄すべきお金を取り分けて、その後は、「足りなくならないように自然に」使う金銭感覚 を身につけたい。 節約に関しては、住居費、自動車経費、生命保険といった大きな支出項目で手を打つ方が、効果は大きい。 「お金を目的と考え、制約条件として常に意識する」といった生活をするよりは、お金のことを気にしないで生活する方が幸せなのではないか、というの が、今回の本のコンセプトであり、筆者の考え方だ。もちろん、全ての人に当てはまるとは思っていないし、自分の考えを他人に無理に押しつけるつもりもな い。 その2 「人的資本」に投資する 人的資本への投資は、即ち自分への投資だ。将来の収入増加につながるのであれば、自分にかける教育費・教養費などは有効な投資だし、健康に対する投 資も人的資本を増強していると見なすことができる場合があるだろう。 投資するものはお金だけとは限らない。たとえば、運動のための時間が投資になる場合もあるし、睡眠時間が人的資本を増強する場合もある。なるべく広 く考えたい。 よほどの資産家は別として、勤労者の「最も稼ぐ資産」は自分自身だ。職業の選択や働き方、自分の人材価値の高め方などを常に考えよう。人的資本の価 値をアップする方が、お金の運用で儲けるよりも遙かに確実で効果的な場合が多い。 ただし、人的資本の強化とお金の運用とはお互いを妨げることなく共存できる。 その3 お金の計算は安全なほうに間違える 理想的には「お金の計算は面倒くさがらずに正確に」と言うべきなのかも知れない。しかし、これは、それなりに面倒だ。一方、将来の計画を立てるにし ても、リスクの見積もりをするにしても、あるいは、割り勘の計算をするにしても、大まかでもスピーディーな計算が大事な場合は多い。 算盤の有段者のような計算に特別強い人の場合を除くと、スピーディーな計算はかなり大まかな概算になるだろう。その場合に、間違える場合には「安全 サイド」に間違えるように計算すべきだと申し上げておきたい。 その4 お金は(なるべく)貸し借りしない お金を貸すことに伴うストレスや、お金の貸し借りで壊れる人間関係の多いことを考えると、他人にお金は貸さないと決めておくのがいい。 ただし、これは「程度の問題」ではある。相手が重要な人の場合に、貸さないわけには行かない場合もあるだろう。しかし、お金は貸さないという原則を 貫く範囲はできるだけ広く適用する方がいい。 信用リスクの適切な判断は素人には(玄人にも!)難しい。 厳密には、銀行に預金することは、その銀行にお金を貸すことだ。国債の購入は国にお金を貸すことだ。信用リスクの判断を全く何もしないというのは不 可能だが、なるべくその判断がシンプルなものに自分のお金を「貸す」べきだ。 投資のリスクを取りたくない場合、預金保険の上限を超えるお金については、国の信用リスクである点で個人向け国債(10年満期変動金利型)、分散投 資が利いていて分別管理である点でMRF(マネー・リザーブ・ファンド)がほとんどの銀行定期預金よりも適切だ。 その5 国内外の株式に分散投資する この点は、本連載の読者にはおなじみだろう。 リスク資産への投資は、「日本株50%、先進国株35%、新興国株15%」をインデックス・ファンドで投資する方法を中心に、バブルのサイクルを考 えながら、リスク資産への投資比率をコントロールする方法を説明した。 その6 買値ではなく未来を考える 株式のインデックス・ファンドで運用している場合でも、まとまったお金が必要になった場合には、躊躇なく一部ないし全部を解約してこれに宛てること が望ましい。投資信託の場合、最悪でも数日で換金できるので、昔風のFPのアドバイスのように、短期・中期・長期にお金の使途を分けて運用するような無駄 なことはしなくていい。 ただし、この場合に、自分の買値にこだわってファンドを売ることができない人がいるので、注意したい。自分が買った値段よりも安く売るのは、損であ り、負けだ、と思うらしい。株式投資でも同様だが、自分の買値にこだわることは意味がない。 株価が下がってしまった時は、投資効率のいい場所にお金を置いておいたのだが、たまたま不運なときに当たった、というくらいに理解して、淡々と売 却・換金するべきだ。 過去の推移はおおむね今後の動きには関係がないし、まして一投資家の買値が、今後の株価に影響することはない。 また、自分の買値から何割上がったら売る(「利食い」売り)とか、あるいは何%下がったら売る(「損切り」売り)というルールを決めておいて機械的 にこれに従うことを推奨する向きもあるが、間違いだ。その時の情報を見ずに、売り買いを事前に決めておくのは愚かだ。 株式にしても投資信託にしても、その時その時の状況を前提に、将来どうなるかという一点のみから売り買いは判断すべきだ。 お金は感情を込めずに淡々と、できるだけ合理的に扱うべきものだ。 その7 怖いのは市場リスクよりも「人間」と心得る 投資信託で損をした人もいれば、怪しい投資話で損をした人もいる。もちろん、これらの損には株式市場など市場のリスク(とその時の不運)が大いに影 響しているが、大きいし見落とせないのが、それらの商品に払った手数料と、それを売りに来たセールスマンの影響だ。特に、決定的に大きな損や、不当に大き なリスクの投資などは、他人に勧められて行うものが多い。騙される話はもちろん、それ以外の損失にあっても、怖いのは自分が分かっていて計算できている市 場リスクではなく、人間である場合が多い。 考えてみると、他人が儲け話を教えてくれるというのは変な話だ。教える側の立場を考えると、本当に儲かる話なら、他人には教えずに、自分で投資した 方がもっと儲かるはずだ。他人に教える以上は少なくとも「非常に有利」な話ではないはずだと推測できるが、この推測は全く正しい。 生命保険のような、本来、本人にとって必要でもないし得にもならないものを買ってしまうのも、多くの場合、セールスに乗せられるからだ。本当に必要 な保険をネットで調べて、価格比較を自分のペースで行って、冷静に契約するなら、日本人はこんなに生命保険に入っていないはずだ。 銀行員や証券マン、それにファイナンシャル・プランナーのような広義の金融関係者も含めて、彼らは、第一義的には顧客のためではなく、自分の生活と 利益のために商売をしていることを忘れてはならない。お金の問題に関して他人を頼る際には慎重であるべきだ。特に、「お客様」気分で威張っていると、隙が できやすい。 「お金の話にあっては他人を信じるな」。これがたぶん一番大切な教訓だろう。 拙著の結論 ついでに、拙著の「結論」もお伝えしておこう。以下の2行が結論だ。 読者には、お金のことをよく知った上で、お金で他人に騙されることなく、自分のお金は淡々と 合理的に扱って、普段はお金のことなど忘れて、お金を使うときには気分良く使って、大いに人生を楽しんで貰いたい。 本の著者としては、過剰に手の内を晒しすぎたかも知れないが、筆者は、このように考えているし、この結論は、本連載の読者とも共有したい。 本の売れ行きは、運に任せることにする。
2010年04月03日
「資産を活用すれば…」への違和感 以下の問題は、あるテレビ番組の出演中に考えた。 出演者のお一人である、さる大学の先生が、日本経済の成長戦略として、資産活用の利を説いていたのだが、どこかに違和感があった。 先般、菅直人財務大臣は「名目で3%の成長を目指す」と言った。これは金額にして約14兆円だ。件の先生の論旨は、この成長は、国民の資産2000 兆円余り(金融資産は1400兆円だが、この他に土地や建物など実物資産がある)を有効活用してたった1%利回りを上げるだけで十分達成できるというもの だった。 テレビのことでもあり、時間がなかったので資産活用の具体的な内容をお聞きすることができなかった。ここから先は、筆者の推測が混じるが、資産の内 訳として、現預金や年金積立金といった項目が並んでいたので、これらをもっと有効に投資すれば、資産の利回りが上がるということを訴えたいのではないかと 想像された。 なお、この種の話は以前からもあり、小泉政権の時代にも「個人金融資産の1500兆円がもっと効率よく運用されて、1%利回りをあげることができれ ば、毎年GDPの3%になります」というようなことを言っていた大臣がいた。 個人の運用の場合 個人の運用を考える場合、例えば、現預金9割、株式1割といった配分で資産を保有している状態を、現預金6割、株式4割に変えると、もちろんリスク は大きくなるが、期待リターンが上昇するだろう。仮に、現預金の期待リターンが1%、株式の期待リターンが5%とすると、前者の組み合わせ(9:1)の期 待リターンは1.4%、後者の組み合わせ(6:4)の期待リターンは2.6%となる。 ただし、リスクの問題はある。株式のリスクを20%(リターンの標準偏差、年率%)とすると、-2標準偏差のケース(大雑把には20年に一度くらい の不運)で、運用資産全体に対して、前者では-2.6%、後者では-13.4%となる。 もちろん、リスクの問題があるので、それは最終的に資産の保有者の価値判断に委ねられるべきだが、個人の場合は、資産を活用して期待利回りを、つま りは期待する稼ぎを増やすことができるように見える。 全体の場合 それでは、例えば、上記のような資産活用(要は資産配分の変更)を国民全体が行った場合にはどうなるだろうか。 現預金と株式の期待リターンに変化がなければ、期待リターンは先ほどの計算のように増えるだろうが、果たして、上手く行くのだろうか。 話を簡単にするために投資を国内だけで考えるが、結論からいうと、そんなに上手く行かない。 株式で稼ぐリターンが株式投資の増額分に比例して増えなければならないが、その分、企業の純利益が増えなければならないが、その利益は国内の付加価 値から生み出すしかない。仮に1500兆円の1%である15兆円分を株式のリターンとして稼ぐためには、およそ15兆円分の純利益(!)が必要だ。GDP の付加価値は、企業の会計でいうと粗利益に過ぎないので、15兆円の純利益が生まれるためには、この2倍以上の追加のGDPが必要だ。 資産のリターンを増やすことでGDPの成長を得るというのは本末転倒であり、GDPにカウントされるような付加価値が増えて、企業の利益が追加され るから資産のリターンを上げることが可能になるのだ、というのが主な因果関係の方向だ。 少なくとも、資産配分を変えるという程度の「資産活用」が成長戦略の代わりになることはない。 成長自体が期待できるわけでないのに、「株式投資を増やしましょう」とか「もっとリスクを取りましょう」というような話に引っかかって投資をして も、急には成長しない利益を投資家同士が取り合うだけのことで、時価総額が一時的に増えることがあっても、利益の実態が見えてきたときに割高な株価が修正 されて損をする公算が大きい。 はっきり言えば「貯蓄から、投資へ」というキャッチフレーズに踊らされてリスク資産への配分を増やした素直な投資家が、過去に損を重ねてきた背景に はこうした仕組みがあったと言うべきだろう。 補足1、資金供給は成長を加速しないか? 大まかには、上記のように考えればよいので、個人も法人も、投資自体が経済成長をもたらすのではなく、まず経済の成長があることの方が先決だと考え て、国家の経済のためではなく、自分の利益のために投資の判断を行うべきだ。 ただし、いくつか考えて補足しておきたい問題はある。 一つめは、成長資金のファイナンスが行われること自体が、経済成長を促進するのではないかという論点だ。 確かに、そうした側面はあり、それは株式市場を整備する意議でもある。ただし、現在の日本の場合は、資金が成長のボトルネックになっているようには 見えない。 たとえば、日本には、官・民いろいろなタイプのベンチャー・キャピタルがあるが、多くのベンチャー・キャピタルは有望な投資先が足りなくて困ってい るのが現状だ。 もちろん、有望な技術やアイデア、人材などを持ちながら資金に恵まれずに成長できない会社は存在するだろうが、これは、十分な目利きができる人が投 資する案件であって、国単位でお金を流し込むような対象ではない。 現在の日本に足りないのは、リスクマネーの供給よりも、ビジネスのアイデアであり、ひいてはケインズの言う「アニマル・スピリット」だろう。 補足2、外国に投資するとどうか? 先ほどのリターンの皮算用は、付加価値源泉を日本国内に限ったことで、行き詰まってしまったようにも見える。海外に投資したらどうなのだろうか。 海外への投資は、付加価値拡大の可能性を追求する上でも、分散投資でリスクを低減する上でも、有効な選択肢だ。 可能性としては海外投資でリターンを稼ぐ事があり得るが、日本のGDPの3%分もの付加価値を海外の経済成長から獲得してくる(もちろん課税後 に!)というのは、衰えたりとはいえ日本が世界2、3位の経済規模を持っている以上大変なことだ。 外国為替特別会計にある外貨準備はざっと100兆円だが、1500兆円の30%は450兆円にもなる。現実的なポートフォリオ変更ではない。 補足3、株式が不人気の場合はどうなのか? 急には大きく変化できない将来利益を投資家が取り合うというイメージを、先ほど考えた。たとえば、この際に、企業の利益を取り合う投資資金が少ない 場合にはどうなるだろうか(実際には時価総額が小さい、つまり株価が低い状態でそうなる)。 この場合には、当然のことながら、リスクを取って株式に投資するのが有利だ。 金融と政治・利権の関係に注目しておこう 昨年、政権交代が行われたことで、今後の、政治と金融市場の関わりにも変化が生じてもおかしくない。自民党政権時代にも、金融版の公共事業利権の構 築とも言える「日本版国家ファンド」の浮上や、「貯蓄から、投資へ」キャンペーンなどがあった。 新しい政権構造の下で、たとえば年金の積立金や郵貯・簡保などの資金のような大きな資金に対する運用ビジネスと政治の関わり(多くは政治家・官僚に 「利権」を伴う)が発生する可能性があるし、金融市場に対するアプローチの仕方に変化が出る可能性がある(変化なしの可能性もある)。 ことの良し悪しや賛否を考えることももちろん重要だが、世の中の動きがどうなっていく のかよく見ておきたい。もちろん、「国民がもっとリスクを取って投資をしたら、日本経済が成長する」というような幼稚な意見には騙されないようにしたいも のだ。
2010年04月02日
(1)学部学生相手の資産運用の授業計画 今年の春からしばらくの間、関東圏のある私立大学で主に経済学部の学生を相手に「金融資産運用論」を教えることになった。高度な知識を前提にするわ けではないので、1年生からでもいいのだが、ある程度の基礎があるとありがたいということで、念のため2年生以上を対象とする。 学生のレベルや基礎知識、金融常識など、本当は重要な前提条件は一度やってみなければ分からない。数学は複利と標準偏差くらい分かれば(あとはでき れば微分が「微かに分かる」くらいで)十分だから数IIでおつりが来るし、基礎学力は、勉強が面倒でない分、一般人よりも余裕があるのではないか。しか し、「株式」とか「債券」といったものに対する具体的イメージが乏しいかも知れないので、話の内容が分かってもらいにくいかも知れない。だが、金融機関な どから余計な先入観をインプットされていないので、話が染みこみやすいのではないか、というのが講師の期待だ。 半期で14回の授業をひとまとまりとして授業計画を作成した。もちろん、授業をしながら内容も構成も修正していくことがありそうだが、秋学期も基本 的に同様の内容を講義する予定だ。 以下は、筆者が大学に提出した授業計画だ。 「金融資産運用論」の概要(ガイダンス)運用常識の嘘と本当割引現在価値と債券投資株式の投資価値とモダン・ポートフォリオ理論「市場の効率性」の本当の姿行動ファイナンスと投資資産配分(アセットアロケーション)の基礎資産配分(アセットアロケーション)の実際個人の資産運用計画株式ポートフォリオの運用方法投資から見る外国為替とデリバティブ年金と投資信託の商品と運用運用業のビジネスモデル個人の資産運用の再論 どんな構成にするのがいいか難しいところだが、筆者としては、オーソドックスだと思う構成にした。一般投資家向けの投資教育は、投資の基礎、アセッ トアロケーションから個別商品へと流れる形で作ることが多いが、本授業計画は、大まかには、投資の基礎の部分を理論的に補強した構成に、運用ビジネス論や 個人の資産運用計画の考え方を補足したものだ。 最初の授業(まだ「講義」と名乗るほどの自信はない)では、筆者が思う、金融知識の現状(アカデミック、世間一般、運用のプロ、それぞれの立場か ら)と特に個人の資産運用をめぐる問題点を概説し、「楽勝科目」であることをそれとなく伝える。 2回目ではリスクとリターンと「効用」について教えて、考え方の枠組みを上手く伝えたい。しかし、今気付いたことだが、「運用常識の嘘」といって も、運用常識自体を持っていない学生には話が分かりにくいかも知れない(早速修正が必要だ)。 3回目で割引現在価値を理解してもらい、ついでに債券の価格・利回り計算を説明する。 4回目では割引現在価値の知識をもとに株式のファンダメンタル・バリューの考え方を教えて、リスクプレミアムとの関連でCAPM、APT、 ICAPMなどのポートフォリオ理論を概説する。ポートフォリオ理論が「何々プライシング・セオリー」と呼ばれていることから考えると、妥当な構成ではな いか。 5回目に、「市場の効率性」を巡る問題を集中的に取り上げる。市場は価格が正しいという意味で効率的ではさらさらないが、アクティブ運用が難しいと いう意味ではフェアだ、という点を説明する(従って、アカデミックな議論のかなりの部分がピント外れなのだ)。ここは、上手く伝えたい。 6回目は、前回の市場の効率性批判の話からつなげて、行動ファイナンスのエッセンス(裁定が不完全性の研究と「バイアス」の研究)を紹介する。 7回目、8回目は、アセットアロケーションだ。エクセルを使ってアセットアロケーションを分析できるようになることが一応の目標だ。プロでもリター ンとリスクの「匙加減」が良く分かっていない人がいるので、丁寧に教えたい。 9回目は、「人的資本」を考えた場合のアセットアロケーションや個人のALM、生命保険の意味などを説明する。 10回目は、株式ポートフォリオの運用をアクティブ運用の話を中心に解説する。 11回目に、外国為替の性質と簡単なオプション理論の説明をする。共に、本来、もう少し丁寧に説明すべきテーマかも知れない。 12回目からビジネスとしての資産運用を説明する。年金と投資信託の仕組みの概説、運用の共通点・相違点などを説明したい。 13回目は、ビジネスとしての資産運用について説明したい。行動ファイナンスと伝統ファイナンスが資産運用ビジネスでどう応用されているか、という ことなども話したい。 14回目は、正直なところ「予備」として流動的だ。授業が計画通りに進んでいれば、個人の資産運用を巡る状況の総まとめを話して終了とする。 (2)学生向けのPRと成績評価など いくらか恥ずかしいが、学生向けの案内文を再掲しておこう。この授業を履修して下さいという一種のPR文でもある。 この講義は、金融資産の運用について、理論と実際の両面の基礎知識と考え方を伝えることを目的とする。 現在、世間的にもアカデミックにも個人の資産運用に関しては、十分な理論的基礎と実際に応用可能な方法とが組み合わせられた方法論が存在しないよう に思われ、誤った内容が「投資教育」と称して金融機関などを通じて一般に広まっているのが実態である。そこで、「正しくて体系的な個人の資産運用の手法と 知識」の内容を確立することを、本講義の第一の目的としたいと考えている。 また、個人の資産運用の他にも、年金や投資信託など機関投資家の運用の実態や、運用ビジネスのビジネス・モデルなど、現実生活に関係するテーマがあ り、投資に関する理論的な研究は、モダンポートフォリオ理論や金融工学を経て、近年は行動経済学の影響も受けて、現在、流動的で、知的にも非常に面白い局 面を迎えている。 本講義では、できるだけこうしたトピックにも触れて、学生が金融市場をめぐるファイナンス(金融論)の研究に興味を持つようなガイダンスをして行き たい。 個人のお金の運用に興味のある方、金融機関への就職を考える方、金融論の一分野としての投資理論に興味のある方などの参加を期待する。 教材は、そのうちにまとめたものを作りたい。他の授業(題は、「会社と社会の歩き方」)でも自著をテキストにして学生に売る予定はない。むしろ、授 業内容を素材にして、一般向けの本を作りたいと思っている。 教材をどのような形で届けるか、質問をどう受け付けるかなどは、ブログの活用なども含めて検討中だ。 成績評価については「原則として期末試験の結果(100%)によって評価するが、試験にかえてレポートを評価する場合がある。試験はテーマ選択式の 記述問題を予定している。」と述べてある。成績評価の基本方針については大学の方針に従うが、落とすことを目的とした試験はしない。答案やレポート(救済 措置用)を読むのは大変そうだが、楽しみでもある。 授業の教材、授業から得たフィードバックなどについては、随時、この「ホンネの投資教 室」でもご紹介していきたい。
2010年04月01日
(1)インデックス・ファンドの対談で先日、「投資信託にだまされるな!」(ダイヤモンド社)の著者、竹川美奈子さんとインデックス・ファンドへの投資をテーマに対談した。対談は、後日、楽天証券のホームページに掲載される予定なので、詳細はそちらをご一読いただきたい。対談では、インデックス・ファンドのメリットとして、(1)分かりやすさ(特に過去のデータの検証が容易)、(2)行き届いた分散投資(目標とする指数によるが、おおむねよく分散されている)、何といっても(3)手数料の安さ、を挙げた。アクティブ・ファンドに対しては、(A)運用成績の平均がインデックス・ファンドに劣り、(B)どのファンドの運用が優れているか「事前」には分からないので、(C)高い手数料を払ってまでアクティブ・ファンドを買える理由はない、と言った。どのように文章化されているか分からないが、これは、私の意見というよりも、事実なので、他に言いようがない。対談の終わり頃、聞き手役のライターさんに「元ファンド・マネジャーとして、アクティブ・ファンドに対する個人的な思いのようなものはありますか?」と質問された。その場で思い出を語ったわけではないが、この言葉をきっかけに、アクティブ・ファンドを担当していた頃の自分の運用を思い出した。(2)私のアクティブ運用経験私が一担当者としていくつかのアクティブ・ファンドを担当していたのは、1986年から1991年だ。年齢にして27歳から33歳の頃だ。最初に担当したファンドは、バランス型の投資信託だった。国内債40%、国内株式40%、外債10%、外国株10%くらいのアセット・アロケーションを標準とする公募の投資信託だった。この時の運用戦略は、外債を多めに(20%くらい)買うことと、日本株部分については一般のファンド・マネジャーが好む人気銘柄をアンダーウェイトすることだった。最近、個人投資家の運用で外債は不要だと述べることが多いので、私は「外債嫌い」だと思われることがあるらしいのだが、運用にあっては実は外債好きなのだ。ただし、「高金利のインカム収入を狙って為替リスクを我慢する」というような当時の生命保険会社のような運用をしていたのではなく、為替を将来の金利分も含めたフル・ヘッジにして長期債と短期金利の金利差を取りに行きながら金利低下のキャピタル・ゲインも狙うというのが当時の戦略だった。これらの戦略はなかなか上手く行って、同時期に設定された他社の投資信託数本との比較で(新聞には横並びで基準価額が載っていた)10%以上の差を付けることができて、ファンド・マネジャーとしては気分のいいスタートを切ることができた。この頃、設定時期の異なる同種のファンドを合計3本運用したが、結果は悪くなかった。次のアクティブ・ファンドはある外銀の年金資金の一部を預かって日本株で運用するファンドだった。ベンチマーク(TOPIX)を上回るリターンを目指す標準的なアクティブ・ファンドだが、ベンチマークに対するリスクをコントロールしながら、外国の顧客に説明の付く運用をしなければならなかった。この時に使った戦略は、アーニング・サプライズ(正確には収益予想改訂のサプライズ)とネグレクティド・ファーム・エフェクト(Neglected Firm Effect;無視されている銘柄のリターンが高い現象)を組み合わせたストック・ピックでプラスα部分を作り、これを組み込みながら、ベンチマークに対するリスクの小さなポートフォリオを最適化計算で作るといった運用戦略を使った(詳しくは拙著「ファンドマネジメント」金融財政事情研究会、の第16章をご参照下さい)。これもなかなか上手く行った。計算通り、あるいは計算以上のアクティブ・リターンを4年間(後半は担当者が交替したが、運用のレシピは同じ)毎年安定的に稼いでくれた。東証二部や地方単独上場銘柄も含めて、地味な小型株を組み込みながらTOPIXに対する推定トラッキング・エラー(相対的なリスク)をコントロールする一風変わったポートフォリオだった。マルチファクター・モデルと呼ばれるツールを使ってポートフォリオのリスクを計測したり最適化計算を行ったりするのだが、ストック・ピック(個別の銘柄選択のこと)のプロセスは人間が手作り的に判断している。コンピューターをかなり使うので、これをクオンツ運用だと称する人もいたが、私は「クオンツ」であるかないかはあまり本質的なことではないと思っている。コンピューターなりソフトウェアなりは単なる道具であって、運用の思想や戦略ではない。プロのファンド・マネジャーは、ポートフォリオのコントロールのためには、こうしたツールを自分で使いこなす必要があり、これができないファンド・マネジャーは単にスキルが劣るだけのことだ。もっとも、このスキルは期待リターンの大きな高低に影響を与えるようなものではないので、こうしたスキルがなくても、ファンド・マネジャーとしての「ごまかし」は利く。この運用方法は機関投資家の運用としてはなかなか具合が良かった。TOPIXに対する推定リスク(年率標準偏差%)の2倍以上のアクティブ・リターンが出ることが多かったし、マルチファクター・モデルのポートフォリオ分析機能を使って分析すると、銘柄選択効果の貢献が大きく出て見栄えが良かった。信託銀行のファンドトラストの枠組みでこの方法を使った運用をセールスして、3件ほどファンドを受託した。うち2件は実際に運用を開始してまずまず期待通りの結果が出た。もう1件は「マーケットの環境が悪いから、しばらく運用スタートを見合わせましょう」と顧客にアドバイスして株を買わないままキャッシュで返した。その間平均株価は下がったので、結果的に、顧客にとって良かった。マーケット・タイミングそのものに関するアドバイスをするのはファンド・マネジャーにとってリスキーな行為であり、ある意味では過剰な親切だったが、幸い「結果オーライ」だった。90年代に入って、年金合同口(信託銀行のファンドで複数の顧客の資産をまとめて運用する)の株式運用を担当した。この時にも、このストック・ピックの方法は使ったのだが、運用金額が大きくなってきたこともあり、マルチファクター・モデルを使ったバリュー投資(割安株投資)を併用した。最初に担当したファンドは300億円くらいの残高のファンドだったが、確か300くらいの銘柄を持っていた覚えがある。もちろん、アクティブ・ファンドであり、勤務先の信託銀行の合同口の中では一番アクティブ・リスクが大きかった。「銘柄数が100を超えるとほとんどインデックス・ファンドだ」というようなことを言う人(素人投資家や学者や時にはプロも)がいるが、嘘である。このファンドも2年担当したが、ベンチマークに負けた年はない。翌年になって、600億程度の資金を投入する大型のファンド(年金信託合同口)を設計した。今度は、リターン・リバーサル(過去の相対的なりターンが劣る銘柄の将来の相対的なリターンが高い現象)とバリュー効果の組み合わせで運用するものだった。リターン・リバーサルは回転率を考えて2カ月程度(複数の期間を合成した)のリターン・リバーサルになっていたはずで、各銘柄のβ値の効果を調整したリターンのリバーサル効果を計算していたと思う(記憶が曖昧だ)。基本的に毎月リバランスするのだが、リターン・リバーサル効果とバリュー効果の合成の具合はマーケットの様子や売買コストを見ながら配合を変えていた。このファンドも対ベンチマークでは上手く行った。私が信託銀行を辞めて、ひきついだ担当者が上手くやってくれて、その後何年か好結果が出て、資金が集まって大きくなったと聞いている。振り返ってみると、それほど長期間、運用担当者をやっていたわけではないが、色々な戦略を試して、ベンチマークに負けた年がなかったのは、幸運だった。決して、自分のアクティブ運用で嫌な思いをしたことがあったから、今になって「インデックス・ファンドがいい」と言っているわけではない。もっとも、自分の運用がベンチマークに負けていても全くおかしくなかったと思っているし、また運用したらベンチマークに勝てるだろうと思っている訳でもない。再び運用するチャンスがあれば、ゲームに勝とうとして頑張るだけだ。(3)アクティブ・ファンドに期待すること私は、現在ベンチマークとしてインデックス・ファンドに利用されている株価指数がポートフォリオとしてベストであり素晴らしいと思っている訳ではない。一般論として、ではなく、個別の状況にあってアクティブ運用にも十分な可能性があると考えている。ただ、その可能性を試してみるとしても、アクティブ運用の投資信託が平均的に取る年率1.5%といった信託報酬は明らかに「取りすぎ」であり、ビジネスとしていささか「品がない」と思っている。インデックスを改良するという運用改善の方法もあるが、アクティブ運用を安価に提供する方が本来は自然ではないだろうか。ファンド・マネジャーにかかる負担も、必ずしもアクティブ運用の方が大きい訳ではない。運用会社内のリサーチを実のところ利用しないファンド・マネジャーも多いし(私もその一人だった)、利用したからといって運用成績が改善するものでもない。インデックス運用の方が、銘柄数が多くなるから、システム的な負荷も大きい。アクティブ運用のフィー(手数料)がかくも高いのは、一重に運用業界側の商売の都合だ。大衆向けのアクティブ運用の価格破壊を期待したい。
2010年02月05日
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