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2005.09.29
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図工で「ブドウ」を描かせた。朝、八百屋で買ったブドウを実際に教室に持ち込み、その匂いを嗅ぎ一粒ずつ食べる。子どもたちからは、「甘酸っぱい匂い」「冷たくて気持ちいい」なと、いろいろな声があがる。

そこで、これまでのスケッチと同じ方法で描いていくことを伝える。子どもたちは、これまでに「自分の顔」「グローブ」「ゴーヤ」と同じ方法で描いているため、その「手順」は理解していた。しかし、この「これまでにやった方法と同じ『手順だから』」という私の考えが失敗の原因であった。実際に描く場面で、「これまでと同じように描いてみよう」と子どもたちに投げかけてしまったのである。

できあがった作品の多くに、いきいきとした「勢い」が感じられない。これまでの作品と違って、引きつけられるモノがないのである。

佐藤学氏は、「『表現者の教育』を推進する教師」として、「表現者として育つ」の中で、次のように述べている。

 ・・・・・

芸術教育の意義を上記のように再確認するならば、これまでの「表現の教育」は「表現者の教育」として再定義される必要があるだろう。音楽や美術の教育は、音楽と美術の様式や技法を教育しつつ、表現者としてしか生きられない私たち一人ひとりの存在のありようを、表現のいとなみを通して探究し続ける教育なのである。

 ・・・・(中略)・・・・

「表現の教育」が、主体内部の情動の表出と規範的な様式と技法の形成を課題とするのに対して、「表現者の教育」は、その表現を生成する人とモノ、人と人との関わりの編み直しを課題として実践を推進する。教師が、規範化された芸術とそのヒエラルキーの擁護者としてではなく、自ら一人の表現者として、「内的リアリティ」を探索するいとなみを教室で開始するとき、子どもたちと教師の関係は、表現者としての共同体として蘇生される糸口を回復する。

 ・・・・・



そんな私から、「ブドウ」をスケッチし表現するすばらしさや楽しさなど、子どもたちは感じることができなかったのだろう。

「ブドウ」を八百屋さんで買っているときには、そんなつもりではなかったのだが・・・・。






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最終更新日  2005.10.03 09:46:23
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