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2014.01.16
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カテゴリ: その他
本校の研究は「対話」の中で子どもたちの論理的な思考を促し、論理的な思考力を育てることが中心である。たしかに、「対話」は大切であり、子どもたちに「対話」できるコミュニケーション力を育成することは必要である。

だが、「対話」は論理的な話し合いかと問われると、疑問が残る。

それは、普段私たちは、「対話」は、コミュニケーションをスムーズに進めるためのものではなく、コミュニケーションがスムーズに進まないときに必要なものだととらえているからである。論理的に話し合いが進み、どちらが正当な主張なのかという結論が出るのは「議論」や「論争」である。

さらに、これまで正しいとされたものも、「対話」においてはとりあえず仮の状態にする必要がある。私も私の「論理」を崩してあなたの話を聞いた。あなたもあなたの「論理」を崩して考え直してもらえないか、というのが「対話」であろう。

もちろん、授業で「対話」を大切にするということは、安易な説得や妥協を大切にするということではない。

自分の「論理」を崩し相手の主張を理解しようとしたとき、そして、自分の「論理」や考えを見直そうとしたとき、論理的な思考がはらたく。つまり、「対話」は論理的な思考を促す「きっかけ」になるのである。

しかし、私たち教師はこのことを混同しがちである。せっかく「対話」が生じているのに、学級全体としての結論(まとめ)を急がせたり、自分の「論理」を見直そうとしているのに、友達との違いだけをクローズアップし対立させたりする。

板書も同様である。お互いの「論理」や考えを見直すきっかけになりそうなことが発言されても「直接関係ない」と板書しなかったり、自分の「論理」や考えを見直そうとたどたどしくも発言しているのに、他の子どもの発言とつなげたりまとめたりする。

ただし、この「対話」と個々の論理的な思考は同時並行で生じることもある。であるから、授業中に子どもの「今」を見取り、授業をデザインする力が教師には必要なのだろう。





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最終更新日  2014.01.16 12:19:41
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