無色透明

無色透明

2006.02.05
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カテゴリ: スピリチュアル
今日の屋久島は、すばらしい天気になっている。

今は少し雲が見えるけれども、すばらしい天気に変わりはない。

2月2日のホームワークを見ることにしよう。
テーマは次のようなものだった。

「自分の中の思考を、もう一度見つめ直してほしい。
自分は論理的な思考をしているか、それとも非論理的か。
ただイマジネーションの中で遊んでいるだけか、それとも事実に基づいた思考をしているか。
自己中心的行為が自他を破滅に追いやる---その原因は何か。

自分の思考を明晰に見つめて回答してほしい。」

提出された回答を見ると、結論はかなり似ている。
イマジネーション(非論理的思考)も論理的思考も、共に自他を破滅に追いやる原因となる。
問題はイマジネーションか論理的思考かではなく、自己中心的であるかどうかということ。
自己中心的でなければ、イマジネーションも論理的思考も特に問題はない。
それらは有効に活用すればいいだけのもの。
思考自体に問題があるわけではない。

イマジネーションも論理的思考も過去をベースにしている。
思考というのは、基本的に過去ベース。
過去の経験を基に、あれこれ想像したり、組み立てたりしているだけ。
記憶がなければ、思考も存在し得ない。

そこに利己心が入り込まなければ、さして問題とはならない。

おなもみ君が音楽を一度聴いただけで覚え、そのまま楽譜も見ないでリピートする。
それは右脳にそのままコピーされたため。
それ自体はすばらしいことではあっても、何ら問題になるようなことではない。
数学や科学によって新しい星を発見したり、GPSを発明して登山や航海の役に立てる。

ところが、それはすぐに軍事に転用される。
もしかしたら軍事技術から民生用が生まれたのかもしれない。
超能力を軍事に応用しようというプロジェクトすらあった。

右脳や左脳の問題ではなく、利己心の問題。
科学や学問自体に問題はない。
童話や小説も問題はないだろう。
しかし、それを軍事に転用したり、そこからヒントを得て犯罪を犯したり、使い方によっては危険となる。
イマジネーションも論理的思考も自己保存の本能と合体すれば、危険きわまりないものになる。
自己保存のために使われれば、全体の安全は脅かされる。

一人の人の中に自己保存の本能もイマジネーションも論理的思考も同時に存在する。
それをわかったうえで、それを乗り越えられるだろうか。
少なくとも、これまでの歴史は自己保存の本能に振り回された歴史だった。
自己保存の本能には勝てなかった。
感情も思考も自己保存の本能に振り回された。
人類全体は、ただ自己中心的に生きただけだった。

ところが、人類史には、そのようには生きなかった人も少数ながらいる。
それは仏陀やイエス・キリストやクリシュナムルティ。
いわゆる聖者と言われる人たち。
彼等にも自己保存の本能はあったし、イマジネーションや論理的思考もあっただろう。
しかし、彼等は自己保存の本能に振り回されることはなかった。
なぜか?
何が違うのか?

たぶん、彼等は感覚・感情・思考だけでは生きていなかったのだろう。
それ以上のエネルギーを使っていたのだろう。
例えば、ハートとか。
ハートのエネルギーによって全てを包み込み、自己保存の本能に翻弄されなかったのだろうか。
意識の中心がハートにある時、それは可能となるのだろうか。

あるいは、感覚や感情や思考の性質をわかっていたのだろうか。
自己保存の本能を理解し、それに翻弄されないだけの叡智を持っていたのだろうか。
感覚や感情や思考を超えた、気づきや洞察や直観を使えたのだろうか。
それらのものがみんなに備われば、ムーやアトランティスの二の舞を演じることはないのだろうか。

イマジネーションを使うことによって、未来を疑似体験することもできる。
コンピューターによって未来を予測することもできる。
いずれも予測なので、完璧とは言えない。
しかし、ある程度わかることはできる。
天気予報は完璧ではないが、かなりの確率で信頼できる。
イマジネーションを使ってイメージトレーニングすることは、本番の役に立つ。
いずれも、それらに呑み込まれないで、主体性を確保できていれば、それなりに役に立つ。

右脳が発達し、左脳が発達する。
重要なことは、その統合だろうか。
これから問われることは、右脳と左脳の調和であり、それを超えていくことだろうか。
ハートによって右脳と左脳を使う。
右脳と左脳に意識が使われない。
ハートベースの右脳と左脳・・・

ハートとは、まさに愛。
二つを繋ぎ合わせるもの。
調和させるもの。
右脳と左脳を繋ぎ合わせ、調和させる。
それがこれからの人類の課題となるのだろうか。
自己保存の本能さえハートによって抱き参らせる。
それによって、全てが愛と調和の中で機能するようになるのだろうか。

愛が働くには、叡智もいるのだろうか。
全てを静かに観察し、理解する。
理解することによって、意識の中心がハートへ移るのだろうか。
感覚も感情も思考も全て抱き参らせ、そのまま見守る。
そういう中で、全てが調和していくのだろうか。
単に肉体の感覚や感情や思考に振り回されるのではなく、意識の全体で見守る。
全身全霊で見守る。
その時に、自己保存の本能を超える可能性が生まれるのだろうか。

それは一人一人が実践してみるしかない。
自分自身を通して実感するしかない。
そうしない限り、新しい時代は開かない。
自分自身を見守り、自分自身を理解し、自分の全体と共にいる。
感覚も感情も思考も否定することなく、共に留まる。
それ以上の、愛や気づきや洞察や直観とも一緒にいる。
自分の全存在と共にある。
その時に、自己保存の本能に翻弄されない状態が実現しているかもしれない。
それは一人一人の双肩にかかっている。
誰もそれを保証することはできない。

今日もまたホームワークがある。
今日のは知的なものではなく、実践的なもの。
実際に実践して、その結果を報告してほしい。
その実践課題とは?

ハートを意識の中心に置いて生きてみてほしい。
常にハートを意識しながら生きてみてほしい。
どのような感じがするだろうか。
どのような変化が現れるだろうか。
自分自身と周りの関係はどうなるだろうか。
ハートを中心に据えても、別に悪いことは起きない。
だから安心してトライしてほしい。
マイナスになる要素はまったくない。
心配することは何もないので、ぜひ挑戦してみてほしい。
長い時間とは言わない。
とりあえず、三日間ほど。
2月6~8日の三日間。
その結果をレポートしてほしい。
10日午前8時までにBBSに書き込んでほしい。

今回は日常生活での実践レポート。
参加は自由。
誰でも参加できる。
短い期間だから、ぜひトライしてみるといい。
結果は問わない。
結果を出そうとすることはない。
ただ実践してみるだけ。
ハートに意識の中心を置くと、どんな感じがするものか試してみるだけ。
お試しコース?
参加費は無料。
次回から有料?
になる予定はない。

『中心を ハートに置けば どうなるか 試してほしい 暮らしの中で』

『いろいろと 楽しく可笑しく やってみて ホントのことが わかるものだよ』

『何事も 慌てず焦らず ゆっくりと 一つ一つを やればいいだけ』

『やってみて どんな結果が 出るものか 楽しみながら 試すといいよ』

これが400日目の心境です。







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Last updated  2006.02.05 17:46:17
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Comments

難しいね?@ 人はなぜ生まれてくるのですか その答えを探すためでわ?
emi☆@ タイムリー 先週、ちょっとしたことがありました。 …
風の彷徨者@ Re:そうだったのですか ぴあのさま そういう事情だったのですね…
ぴあの@サファイア @ Re:あれれ??2(06/13) 風の彷徨者さん >今見たら元に戻ってい…
風の彷徨者@ あれれ??2 今見たら元に戻っていました。 こちらのP…
風の彷徨者@ あれれ?? 日記の感じが(テンプレート?)が変わり…
風の彷徨者@ Re:2718日目 - 神聖ゴールデン貫入 石屋…いやいや(笑)水晶屋の 魂仕組みは奥…
ポプラ@ ヒマラヤグリーンDTマスター 私もこの水晶を毎日のように眺めてはぞく…
風の彷徨者@ Re:2716日目 - 運命の水晶 「その秘められた可能性を理解すること…」…
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