KA.Blog

KA.Blog

PR

×

Profile

てけてけ0

てけてけ0

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Freepage List

2006年07月22日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
テレビの報道でやたらと騒がしいのは靖国の一件です。特に終戦記念日も近づいており、先日の日経新聞の報道もあり、また蒸し返され「問題」などと付いてしまいます。今回の日経の報道のタイミングに関しては色々と諸説がありますが・・・

それはともかくとして、私は人がどう思って何を参拝しようが勝手じゃんと思うわけです国策として信仰の自由を謳っておきながらなんで周り(国内の人間)がガヤガヤ言うのか。周辺諸国に何を言われようがほっとけば良いと思っています。

そもそも何故政治家の参拝を周辺諸国が勝手に問題にして話をでかくするのかがわかりません。それこそ最大級の「ほっとけよ」です。逆に言うと日本はその程度の事しか攻撃出来ない程隙のない完璧な国か?とも思うわけです。なので中国政府や韓国政府は芸が無いので大嫌いですただ誤解のないように言っておきますと中国人や韓国人が嫌いなわけではありません。私の知り合いに中国人、韓国人留学生はたくさんいますし、非常に仲良く付き合っています。彼らは日本で日本人以上に努力しており心からすごいなーと思っています。

参拝の是非を問う論議に関しても良いか悪いかなんてどーでもよくて、私は「本人が行きたいなら行けばいいし、行きたくないなら行かなければいいじゃん。人が行こうが参拝しようが勝手じゃん」と思っています。そもそも是非を問う事自体がナンセンスだと思います。

世間一般的には先祖を敬う事が良しとされています。それは正に大陸から入ってきた儒教の精神である「ご先祖様、年長者を敬う」というところからきています。それを何故大陸の人が否定するのでしょうか?

じゃあ例えば自分の先祖が犯罪者であった場合墓参りに行かないんですか?と言われると、少なくとも私は先祖が何人も人を殺した大犯罪者であっても墓が残っていれば墓参りに行きます。それはやはりご先祖様がどうであれ、ご先祖様の存在無しに私はこの世に生を受けなかったからです。自分が生きている事に喜びを感じるのであればどんなご先祖様であっても敬って然るべきでしょう。ですがそれは強制されるものではありません。それぞれの心の問題だからです。

信仰は麻薬に似ています。信仰によって心の平穏は生まれますが、強すぎると心を蝕み他の信仰を許さず攻撃すらします。世界では宗教による紛争が絶えません。



余談ですが私の実家は結構宗教に凝っている方です。なので私も子供の頃から仏壇に座らされてお経を読まされたりします。私の考えはそういった流れのアンチテーゼかも知れないですね。

そして実は欽ちゃん球団に関するマスコミ報道も「ほっとけよ」というのを書いたのですが、丁度本日無事欽ちゃんが存続させると宣言したとの報道があり、まあ結果的に良かったという感じですねというわけでその文章はお蔵入りになりました。私は一野球ファンとして欽ちゃんが止めるといったのであれば致し方ないし、欽ちゃんが続けるというのであれば続けて欲しいと思います。ただそれだけです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006年07月22日 18時51分40秒 コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: