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10月に、自閉症を取り上げたドラマが始まる。番組の公式サイトが開設されて、掲示板も投稿記事が掲載され始めた。で、やっぱりありました。自閉症のことを正しく理解されないまま書かれた投稿が。投稿の内容は自分は小さい頃に後天性の自閉症になったことがあるけれど、物心ついた時にはもう治っていたと・・・番組公式サイトの掲示板の冒頭の説明には、投稿内容は審査の上数日後に反映されますとある。ということは、この掲示板の管理者は、この投稿を「問題なし」と判断したということ?もしかして、管理者自身が投稿内容の間違いに気付いていない?ついでなので、もうひとつ。公式サイトの「イントロダクション」と「物語」で同じ文を使って主人公(知的障害を伴う自閉症の男性)を紹介しているのだけれど、その文が、障害についてよく知らない人が読んだら、「彼の知的障害は先天的な障害だけれども、自閉症はもしかしたら後天的なもの?」と受け取るかも知れないような表現で・・・所詮ドラマ、要するに娯楽番組なんですが、でも、主人公をわざわざ「自閉症の人」として描くのであれば、番組に関わる人、特に直接情報を発信する立場の人は、障害について必要最低限の知識は仕入れてから取り組んで欲しいものです。
2006年09月29日
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2学期の始業式が9月1日(金)で、運動会は9月16日(土)。たった2週間しかない。朝活動は全校紅白に分かれて応援練習。体育は当然運動会の練習。特殊学級だけの種目はないので、それぞれ自分の交流学級で参加。ゆずきの交流学級の時間割を見ると、体育の時間だけでは足りないので音楽の時間も運動会の練習になっている。1日に体育が2時間、2週目にはこれに全体練習も加わって体育が3時間なんていう日もあったが、ゆずきは体力的にも精神的にも無理そうなので、本人の様子を見ながら1時間は交流中止にしてもらったり・・・2週目になると疲れの色が見えて来て、夜寝る前に「あしたも、たいいく、あるの?」と、もうウンザリしている様子。それでも登校を嫌がることもなく、練習にも良く頑張って参加していたということだけれど、疲れはかなり蓄積していたらしい。練習が始まった頃、交流学級の時間割に「運動会の練習(外)」と書いてある時間を狙って2回偵察に行った。1年生が出るのはリズム(ポンポンを持って踊る)と「とんでくぐって」(ゴムを飛び越して、フラフープをくぐって、ダッシュ!)。1回目に見に行った時には、「とんでくぐって」の入場の時の並び方を確認(これが結構手間がかかる)して入場、走る前と走った後の並び方なども確認しながら全員実際に走ってみる。1クラス35人くらい(?)が4クラスあるので、全員並ばせて動かせようと思うと大変なのは良く分かる。学年主任の先生ともう1人は、動いて声も出して、言葉かけも明瞭で流石・・・という感じなのだが、ゆずきの交流学級の担任ともう1人は・・・サポーター(低学年の支援のための加配)の先生が1人付いているけれども、そこに居る意味がイマイチ・・・2回目に見に行った時、ゆずきの交流学級の子は前回確認した並び順を忘れてしまっている子が少なくなかった。どういう根拠で並び順を決めたんだか、担任も覚えているわけではなくて、一人一人子どもを捕まえて聞いている。各クラス1列、4クラスが4列縦隊で入場して横並び4人ずつで走るので(分かり難い説明ですみません)、全クラス並ばないことには話しが先に進まない。そこで担任、焦って怒るが、そこで怒ってもらっても・・・1回並ばせて、前から「はい、あなたは何列目」と確認しても、相手は1年生なんだし、それだけで次回まで全員がちゃんと覚えていられるかどうか、担任ならそろそろ予測出来そなものだと思うが。アブナイと思えば、クラスで何かの時間をちょっと割いてもう一度並ばせてみて、自分で並び順を控えておくとか、子どもたちに「自分は何番目で○○さんの後ろ」とかノートに書かせておいて次の練習の前に確認させるとか、素人の私でさえ思い付くと言うのに・・・1学期の学校開放の時に図工の授業を少しだけ見た感じでは穏やかな先生と言う印象だったのだが、そうか・・・こういう先生だったのか・・・ゆずきについては、自分の前の子について行くべき所まで行って、そこから脱走せずにそれらしいことが出来ていれば良しと、かなり謙虚な目標を私が立ててしまったので、「はい、それは出来ています。問題ありません。」となってしまった。欲を言っても仕方がない部分もあるし、ゆずきにしたら大きい集団の中でハイテンションの先生の声を受けて、周囲に合わせて動くだけで精一杯だと思うので、動作の正確さまでは追求しないということで、まぁ、いいか・・・
2006年09月28日
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その1ゆずきの通う小学校では、2学期から名札は校内でのみ着用になった。下校する時には外して教室に置いて来る。そのことを私がお父さんに説明していると、ゆずき 「なんでかっていうとね、はんにんに、わらわれるから。」私 「笑われはしないと思うよ。 狙われるかもしれないけど。」学校で先生が話してくれたことを、一応聞いてたんだろうけど・・・「わらわれる」と「ねらわれる」。一字違いで、字も似てるけど大違い。その2ゆずき 「あした、がっこういかない!」私 (口では)「あっ、そう・・・」 (心では)「うっそー!」(明日どうやってごまかして連れていこう?)
2006年09月26日
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先日久しぶりに手話サークルの例会に出かけた。遅れて言ったら、「久しぶりだから手話で1分間スピーチをやっているところです。」と言われて、即座に帰ろうかと思ったが・・・自分の番は、いつものように周りの人に教えてもらいながら、なんとか終了。それでも聾者の方にはほとんど通じていなくて、他の方が改めて手話で説明し直して下さった。最後に代表者の方が講習会のお知らせをされて、チラシとかが何もなくて手話による説明だけなので、詳しいことは全く読めなかったのだけれど、たぶん・・・盲聾重複障害者に対する通訳と移動介助の講習会のお知らせ。私が行っているサークルには、県の手話通訳者の認定を受けていらっしゃる方が何人かいらっしゃって、その方たちの中には手話の他に要約筆記の勉強をしていらっしゃる方もある。一口に「聞こえない人」と言っても、コミュニケーションの手段は手話がメインで口形の読み取りは補助的な人もあれば、逆に口を読むのがメインで手話が補助という方もある。また、中途失聴の方で手話は全く分からない方も。盲聾重複の方はまた別の手段で。それぞれの人に合った形でコミュニケーションが出来るように、手話であったり要約筆記であったり指点字や触手話などを学んでいる人たちがいて、必要に応じて、技術を身につけた人の支援を受けている。もちろん支援者の人数も十分ではないだろうし、支援者が1人つくだけで不自由さが全てなくなるわけではないと思うが。発達障害の場合は、この技術を身につけた人が側についていたら問題が大きく軽減するという決定的なものはない。もちろん、保育者や教員や居宅支援のヘルパーなどは、障害にたいする知識もあって経験もあって、技術(?)が高い人の方が良いには違いないけれど、この技術があったらという具体的なものはない。そういう側にいて接してくれる人に理解を深めてもらうことも、もちろん大切だけれど、同時に、というかそれ以上に、広く一般の人に理解してもらうことが大切だと思う。ほんのひとかけらの知識でも、正しい知識を身につけた人が周りにたくさんいてくれて、障害のある子もない子もいっしょに受け入れて見守ってくれる・・・そんな環境になれば、全ての子どもたちがどんなに過ごしやすいことか。最近は自治体主催の講演会や講習会に手話通訳やOHPによる要約筆記などつくことが多くなって来たけれど、聴覚障害の人が「私は聞こえません」と言って支援を求められるようになって来た(当事者にとってはそれでもまだまだなんだと思うけれど)のがつい最近のことなので、障害として世間に認識され始めたばかりの発達障害について、周りが自然に理解して受け入れてくれるようになるのは、当然まだまだずっと先のことになるのだろう。うちの息子たちは、通りすがりの人が見ていかにも「障害があります」という印象ではないので、私が外で知らないひとから何か言われたり質問されることは今のところないのだけれど、何かの機会に障害について話題になることがあれば、自分に分かる範囲で少しずつでも、伝えられることは伝えていきたいと思う。
2006年09月10日
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2学期が始まりました。どっぷりと運動会モードです。毎日必ず運動会関連の活動があるので、朝は体操服で登校して体育が終わったら普通の服に着替えます。朝の活動は応援練習。体育は当然運動会の練習。それも1日に2時間あったりもします。始業式から運動会当日まで2週間という信じられない日程ですから。ゆずきの担任の先生と昨日話しをして、今の体育が2時間という時期に「5時間目」を入れても、疲れて余裕のない状態で集団の中にいてもトラブルのもとになるだけなので、「5時間目」は運動会が終わってから様子をみながら初めてもらうことにしました。が、通常級では5時間目に体育があって運動会の練習をすることもあります。来週の月曜日は5時間目にダンスの練習をするそうで、とりあえず1回「5時間目」を入れて見ましょうということに。体力的なことより、35人の集団の中で過ごすことで精神的な疲労の方が大きいと思うが、様子を見てみましょう。
2006年09月07日
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久々のパニック。ゆずきでなく、おにいです。8月31日、家具屋さんからおにいのロフトベットが届いた。この日に届けてもらえることは数日前から分かっていたので、ベッド周りに置いてある物を段ボールの箱に詰めて部屋から出させておいた。部屋の入り口近くにある棚も、当日の朝廊下に出すから、倒れそうな物は片づけておくように言ってあった。今使っているベッドはたたんでおくようにとも。「あとのものは捨てておいて。」と言っておにいが出勤した後で部屋の中を見て、残されたゴミの多さに引いたけれど、ゴミはゴミ袋に入れておくように言わなかった自分が悪いのだから、私が自分でかたづけて床を掃除する覚悟を決めた。ところが、その後で部屋を覗いたダンナが、「これでは仕事がし難いから、これも退ける!!」と言い張って、パソコンが置いてある台やその周囲に積んであった本など諸々、勝手に部屋の外に出してしまった。(私も手伝わされたのだが・・・)「どこまで片づければ良いかは、人によって取り方が違うから、『ここまで!』と思うものがあるなら、具体的に言っておかないと自分のイメージの通りにはならない。」と前から何度も言っていたし、「触られると思っていなかったものが勝手に触って動かしてあったら動揺するから。」と言っても聞く耳持たず。ベッドを組み立ててもらわなければならないので、空きスペースは広いに超したことはないだろうけれど、相手はプロなんだし、ベッドを置くスペースと少しあればなんとかしてくれると私的には思ったので、無理に何もかも退けるようには言わなかったのだけれど・・・事前に、ダンナが思っている「片づいた」状態をしつこく具体的に確認しておくべきだった・・・夜、帰宅したおにいは自分の部屋を見て絶叫!やはり、触ると言われていなかった物が触られていたことが受け入れられなかった。久々の目立ったパニック。それも過去最大級?中学の卒業前、告知に失敗した頃より酷かったかも。騒ぎの大きさは大差なくても、しばらく落ち着いていたことと、あの頃よりも体が大きくなっていることで、見ている側の戸惑いは大きい。半ば泣き叫びながら、常時使う物だけ部屋の中に戻し、かたづけた。必要最小限の物だけかたづけて、早く寝るように言いたかったけれど、言い出せる雰囲気ではなく、ダンナが、自分が原因の大部分を作ったことは棚にあげて「早く寝ろ」と怒るのではないかとハラハラしながら、私はリビングで耳をすましていた。自分の物を他人が触ったことが「気に入らない」と怒っている部分もあるにはあるのだろうけれど、本質は違うところにあると思う。自分の想定外の出来事が起こって、起こってしまったことは今更どうにもならないことは理屈の上では十分理解出来ていても、神経はついていかなくて、即座に気持ちを切り替えることは難しいのだと思う。自閉症の子と関わったことのない人に、このあたりの微妙な違いを説明しても、最初から理解出来ないのは仕方のないことだと思う。しかし、少し距離を置いた所にいる他人よりも、最大の敵は自分の家の中にいたりする。
2006年09月01日
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