フォーカスチェンジ・フラッシュ

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2008.03.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪


一度も罪を犯したことのないものだけが…


有名な、「マグダラのマリア」。
聖書の一節です。

私自身は、クリスチャンではありませんし、
もともとが、無宗教人間です。

  私にとって、宗教は、
  哲学の一分野という認識です。



好きです。いつも泣けてしまいます。

万が一、ご存知ないかたのために、
簡単に解説すると--

 ある女が、娼婦の罪により、民衆による石投げの刑で、
 殺されようとしていた。

 そのとき、そこを通りかかったイエスが、
 「このなかで、一度も罪を犯したことのないものだけが、
 彼女に石を投げてもいい」
 と言うと、誰ひとり、石を投げるものはいなくなった。


当たり前ですが、生まれてから一度も、
罪を犯したことのない人間など、


実際に法律をおかさなくても、
罪は、さまざまなかたちで存在するからです。

(何よりも、そのひと自身のこころのなかに)


これは、罪を見て、見ぬふりをする、
ということでは、もちろんありません。


痛みを共有できる存在だということなのです。

なぜならば、かたちはちがっても、
同じ痛みが、その胸のなかにあるのですから。


もしも、誰かを非難したくなったとき、
ふっと、立ち止まって考えてほしいのです。

自分自身はどうであるのかと。
自分の内に、罪はないのかと。

そして、自分ならば、
どのような働きかけをもらったら、
その罪を悔い、あらためることができるかと。


この聖書の掌話は、そういうふうに
解釈することもできると思うのです。

日常のなかの、ささいな対立においても、
どんな働きかけ、どんな受け止めかたをすれば、
もっと、よい関係が築いていけるのかと。


私たちは、誰かを傷つけるために
生まれたわけではありません。

私たちは、互いの胸の内にある罪をとおして、
互いを慈しみあえる存在なのですから。


誰かを非難する前に、(石打つ前に)
もう一度、立ち止まって考えてみましょう。

マグダラのマリアが改心したのは、
何によってであったのかと。





--かめおかゆみこ発行
   「今日のフォーカスチェンジ」
第270号(2004年7月27日発行)より


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Last updated  2008.03.01 12:19:52
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ぱんちゃん@ Re:達人の出番です!(12/07) 心配り。心痛い!なかなかできない。心配…
ぱんちゃん@ Re:こころが動かないときは(12/07) 三秒でもよい。二日坊主の私はいつも片身…
黒澤まちこ@ Re:「あなたが採用決定者です」(10/04) そうなんです。みんなが幸せなら私は幸せ…
くろさわまちこ@ Re:からだの問題だけではありません。(10/04) 上手く言えませんが、そんな感じ。私のな…
みゆ@ Re:「今にして思えば…」 本当にそうですよね 過去をふりかえるより…

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