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月曜日の夕方、ジェオメトラのところへ行ってきた。確定申告みたいなもののため。この間紙に書いてもらった必要書類を持って行って、チェックしてもらう。必要書類その1、昨年の家のローンのうち、利子として納めた額。必要書類その2、昨年の夫の年給と納めた税金、その他諸々が記載された紙・CUD。その1、私、紙を間違えて持って行ったので受理してもらえなかった。銀行から送られてきたはずのこういう紙です、と見本を見せられる。はて? こんなの見たっけ? 覚えないけど、最近忙しかったからちゃんとチェックしてなかっただけかもしれない。もう一度家でチェックしてみよう。その2、そこに書かれた労働日数が少ないからとチェックしてみると、12月丸々働いていないことになっている。しかも、ボーナスの金額も換算されていない。これはおかしい、お宅の会社の会計士、ちゃんと仕事してるんでしょうか? と会計士のお兄さんに言われた。そうなんだ。ちゃんと仕事してないんだ。もう何度も何度も間違いを発見したことがある!!そういうわけで、とにかく、全然受理してもらえなかった。夜、銀行から送られてきた手紙を全てチェックしたけど、見せられたようなものはない。やっぱり送られてきてない。次の日になって、銀行へ行ってみる。調べてもらったら、「お宅、ローン、もう終わってませんか?」って言われた。え? 去年始めたばっかりで、あと19年残ってるんですけど。「コンピュータでは、ローンはなしってはじき出されるんですよ」え? そうなの? もうお金取られないで済むの? それならそれで私は嬉しいけど。そんな馬鹿なことがあるはずがない。もう一度ちゃんと調べてもらうと、「ローンじゃなくて、融資って出て来るんですけど」。家のローンのことはムートゥオと言い、何年かかけて借りたお金を返す融資のことを、フィナンツィアメントと言う。うちは、ムートゥオをしているはずなのに、コンピュータ上には、フィナンツィアメントをしているとはじき出されるらしい。「20年ローン組んだんですか? 融資が20年もあるはずないから、これはローンなはずですけど・・・コンピュータ上でこう出て来るってことは、ローンの利子を昨年いくら払ったかというのは出せないんですよね」それは、問題だ。それがないと困る。どうしてこんなことが起こったんですか? うちはちゃんとローンとして契約したし、毎月引き落とされるときの項目にちゃんと「ローン」って書いてあるのに。「たまに、そういう間違いも起こりうるんですよ」たまになのか?? たまににしては回数が多すぎるぞ。そこで私が思ったのが、・・・またなのか、イタリア!!!!イタリアってこういうことが多すぎる。こういう間違い修正に、時間と体力と気力をかなり消耗させられる。私たちがローンを組んだのは、同じ銀行の他の支店。不動産屋の御用達の支店だったから。この銀行ね、ここ何年かでいろんな銀行が合併してひとつの銀行になったんだけど、私たちがローンを組んだ銀行は、元々私たちの口座がある銀行とは違う銀行だった。おかげで、今は同じ銀行にもかかわらず、その支店とこの支店、いまだに密な連絡を取れないんだそう。そんなのあり!?とりあえず、もうちょっと調べてもらうことにして、私は家に帰る。お昼になって、夫にCUDの話をきくと、そっちの件は全てOK。単に新しく正しく発行したCUDを事務所の引き出しの中に入れっぱなしにしておいて、従業員に渡すの忘れたって。早速チェックしてみると、計算がどうやっても合わない。どうして~??しかも、夫の現住所が前住んでいた家の住所になっている~。新しいCUDにもまたミスあるじゃん。結局、これも駄目じゃん。まったく本当に使えない会計士だわ。午後になって、銀行から問い合わせの件で電話があった。結局、どうしようもないから私たち本人が直接取り引きをした支店に赴かないと駄目、って。同じ銀行の支店同士なんだから何とかならないのかと訊ねたんだけど、時間がかかるし何だかんだだし、駄目だって。夫にそれを報告すると、今仕事が忙しい時期だからそんなことに時間を費やしている時間はないって。取り引きをした支店に(ミスをしたのはそちらなんだから)何とかならないかと電話で問い合わせしたところ、本人直筆の手紙を持った代理人が来ればOKだって。そういうわけで、その支店の近くに住んでいる義母に頼もうと思う。上手く行くと良いな。まったく、確定申告するのに、ミスばっかりボコボコ出てきて、しかもそれを修正するのに駆け回らなきゃならないだなんて・・・。呆れるのを通り越して、もう、単に疲れちゃう。あーあ、どうしてイタリアって国ではこういう風に何にでも時間と体力と気力を費やすことになるだろう。
Jun 30, 2004
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この間、妊娠中のパトリツィアとステと、子供の名前について話した。ステは、もうずっと前から子供の名前、決めている。男の子だったら、エリック、女の子だったら、デニーズ。エリックは私も良いと思うんだけど、デニーズはねぇ・・・。私はどうも日本人だから、デ、にアクセントを置いて、某ファミレスのように読んでしまう。本当は、二、にアクセントなんだけど。双子家系のステは(おばあちゃんもお母さんも一卵性双生児)、一応もうひとつづつの名前も考え中。男の子はまだ決まってなくて、女の子だったら、メグ。私はデニーズよりも(例のごとくデにアクセントを置いてしまう・・・)、メグの方が良いなぁ。ステ、7月7日に初めてのエコー検査をする。それで、双子かどうかが分かるんだけど、もうすっかり皆、双子だと思い込んでいる。双子は大変そうだなぁ。双子って、2人同時にお腹が空いて、2人同時にオムツ替えて欲しくて、2人同時に眠くなって・・・。2倍大変なんでしょう? もちろん双子の親にしか味わえない喜びもあるけど、苦労も沢山。ほんとに双子かな。それともひとり? もうすぐ分かるな。パトリツィアの夫婦は、男の子の名前は彼女が決めて、女の子の名前は夫であるコッラードが決めることになったそう。パトリツィアはいまだに考え中。コッラードは、イボンナ、って付けたいって。皆から、一斉に反対の嵐。そりゃそうだよ。イボンナだよ? 何か、売春婦みたいな名前じゃん!! っていうか、私、「異凡な」って頭の中で勝手に漢字当てちゃったよ。「うるさい! イボンナに決まりだ!!」って、コッラード。彼なら絶対にこの名前を付ける。パトリツィアはエヴァって名前が好きなんだって。ただ、それも絶対に「Puttana Eva」って言われるに決まっている。プッターナっていうのはイタリア語で売春婦のことで、本物の売春婦だけにじゃなくて、何だよあの女、みたいな感じでも使われる。嫌な女のことを、「あの女」って言う代りに「あのプッターナ」って言ったりする。で、エヴァ(=イヴ)は楽園でリンゴを採ってしまったプッターナってことで、「なんだよー」みたいな感じで、「Puttana Eva」って普段言う(他にも「Porca puttana」とか「Puttana madonna」とかいろいろなヴァージョンがあって面白い)。だから、エヴァって名前は学校でそう言われてからかわれる可能性が大。同じプッターナだったけど、マッダレーナって名前も良いって、パトリツィア。うん、実は私もマッダレーナって名前好き。何て言うか、強い感じがして。パトリツィアも私も強い感じの名前が好きっていう共通点を発見。私が好きなイタリアの女の子の名前は、ヴィットーリア。彼女のお姉さんがヴィットーリアって名前で、とっても良い名前だなと思った。イタリアの名前って、同じ様なのばっかり。って言うか、同じ物ばっかり、古くから使いまわしているって感じ。日本だったら、どんどん新しい当て字の名前とかが増えて来るじゃない? 私の従妹の子供、ねいなちゃんだよ。そんな名前、今まで聞いたことなかったでしょう? でも、日本って、最近そういう名前が多いから、珍しい名前だけど、それはそれでちゃんと受け入れられる。ところがイタリアじゃ、同じ名前ばっかり使い回しされる。中世の聖人にあやかった名前、フランチェスコとかフランチェスカとか、聖母にあやかったマリアとか、聖母の母アンナとか、聖女キアーラとか、聖人マルコとか、聖人にあやかった名前ばっかり。日本じゃ中世の人の名前を使ってる人なんていないでしょう? 蘭丸とか信玄とか、いないだろう??最近は外国の名前も使われるようになったけど、夫の兄、今年32歳になるイヴァンの頃なんて、外国の名前だからって教会で受け入れてもらえなくて、イヴァーノって無理矢理イタリアの名前にしたんだって。今年29歳のイーゴルのときは、イーゴルって外国の名前で受け入れてもらえた。夫の名前もフランスの名前なんだけど、彼も難なく受け入れられた。でもその頃って、やっぱり外国の名前って珍しくて、学校ではクラスにひとりくらいいるかいないかって程度だったんだって。今じゃ溢れんばかりだもんな。夫も最初、子供に英語の名前を付けたいって言ってた。私は日本の名前が良かった。日本顔なんだから、せめて名前くらい日本の名前に、って言ってたら、ほんとに物凄い日本顔な子供が生まれてきた。ほんとにハーフなの? ってくらいだよ。おかげで日本の名前がよく似合ってるから良いんだけど。名前って大切だよね。下手に変な名前付けると、子供が学校で苛められること間違いなしだもん。子供って残酷だから。高校の同級生で「麗」って書いて「うらら」って読ませる名前の子がいたんだけど、私は当時すっごい良い名前、と思ったんだけど、小さい頃は山本リンダの歌を歌ってからかわれまくられていたって。エリカの友達のイタリアで暮らすモロッコ人、子供に、何とかスーカって名前を付けたんだって。モロッコではとっても美しい名前らしいんだよね。が、親よ、どうせイタリアに暮らすことが分かっているんだったら(イタリアで産んだ)、もうちょっと考えても良かっただろうに・・・。スーカって、スーカって・・・、放送禁止用語なんだけど。この子の学校での人生はもう決まりって感じ。不憫だわ。
Jun 29, 2004
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土曜日、例の罰金と固定資産税を郵便局に払ってきた。100ユーロの出費なり。キツイなぁ。ちょうど家に50ユーロがあったので、あと100ユーロ銀行のATMで引き降ろしすることにした。だーれもいない。先週の金曜日は、引き降ろしに並び、郵便局での振り込みにまた並び、郵便物を送るのにまた並んだ。土曜日の朝は、この町、全然活気がない。金曜日の朝はメルカートがあるから活気付いているのは当たり前なんだけど、他の日、例えば水曜日の朝は少なくとも土曜日の朝よりは活気がある。土曜日の朝は、町に、ほとんど誰もいない。静まり返っている。海に行っちゃった人が多いせいでもあるのかな?私も柄にもなく、今年は海に行きたいって思ってる。海って好きじゃないんだ、本当は。でもさ、子供、きっととっても喜ぶだろうなぁって思うんだよね。だから。郵便局の窓口で振り込みをしてもらっているのを待っているとき、ついでに日本に送金するにはどういう方法があるかうを訊ねたんだけど、一番簡単な電子送金はできないって。え? そうなの!? 私が日本に住んでいた当時、日本からイタリアへは確かに電子送金できなかったような気がするけど・・・。いまだにできないわけ??他には何があるか・・・と局長と一緒に調べはじめてくれたんだけど、私が問い合わせしている間に人が3人くらい私の後ろに並んじゃったので、悪いから手早く終わらせることにして、トラベラーズチェックを発行できるかどうか訊ねた。日本の郵便局では発行できるよね?トラベラーズチェックは郵便局では発行できないって。銀行に行かなきゃだめって。その後郵便の窓口で、ブラジルの友達にCDを送る。窓口に局長が座って、封筒を見ると、「こっちは送れますかねぇ? ・・・ブラジルか。じゃあ、送れますね」だって。こういう冗談って、イタリアにいるとよく聞く。私がいまだに覚えているのが、初めてローマに行って、観光していたとき、トレビの泉はどこですかって道を歩いていたおじさんに訊ねたら、「そこを左に曲がってずっと真っ直ぐ行ったところだよ。真っ直ぐ行き過ぎて泉に落ちないでね」って答えが返ってきた。落ちないよ、おじさん・・・。こういう全然知らない人に冗談を言う辺り、イタリアだなぁって思う。日曜日、サントとアンナリータを誘って、山向こうの草原に行くことにした。私たちがたまーに行く草原。誰もいなくて、心地が良い。大きな草原だから、子供をさせたいようにさせることができる。いつもなら、例えば買い物に行ったら商品に触りまくり、道路を歩いていれば、車道に出たがり・・・。親はとっても大変。だけど、大きな草原だから、何も危ないものはない。親は草の上に寝そべって、子供を遠巻きに見つつ、友達と話なんてできたりする。ああ、何て楽・・・。毎日がこんなんだったらなぁ。子供も大喜びで、どんどん遠くに行っちゃうことがある。そういう時は危ないけど、呼ぶと、とりあえず戻って来る。戻ってこないときは迎えに行って。ああ、楽だわぁ。慣れてきたころ、子供、新しい遊びを覚えた。背丈くらいの小さな苗木に寄りかかること。草原に、何本か植わっていた。ゆっくり正面から木に倒れ掛かる。で、木と一緒に、倒れる。子供はゲラゲラ喜んで何度もそうやって遊んでいたんだけど、よく見たら、げらげら笑っている顔に小さな傷がいっぱい。その木、よく見たら、薔薇みたいに刺のある木だった。危ないよう。痛いんだよ、って言っても案の定聞いてくれない・・・。もっと遊びたいんだって。なので、放っておいた(何て親!)。大した傷も作らないまま飽きちゃって、また草原を走り出したから、まあ、良かったんだけど。サンタとアンナリータ、2年前に結婚して、賃貸住宅に住んでいるんだけど、この間、不動産屋を通じて、家を見つけたんだって。ちゃんと、前金納めて、仮契約して、ローン組み待ち。銀行からローンからOKの返事をもらって、不動産屋に電話したら、翌日、家の持ち主がやっぱり売りたくないって返事をもらったって。そんな、仮契約までしたのに、オカシイじゃん、とよく調べたところ、不動産屋、彼らより後に2.000ユーロ多く前金を納めた人に家を売ってしまったんだって!!それって詐欺じゃん。いくら納めた前金を返してくれたにしても。だから、裁判しようと思ったけど、結局時間がなくてそのままにしたんだってさ。でも、不動産屋の不名誉のために『グリマルディ』と名前を書いてしまう。イタリアの皆さん、グリマルディにはご注意。うちの場合は、家の購入、運よく、不動産屋に夫の友達がいたんだよね。だから、とってもいい扱い受けたし、不動産屋の手数料もちょっとまけてもらったし。その後も公証人との連絡をあっちでしてもらって、登記書とかも公証人のところまで取りに行ってもらったり、使いまくった。帰りにジーナ伯母さんのところに寄ったら、私たちのスグリの木が実をつけているのを発見!前、アパートに住んでいたからスグリの木を買ったは良いけど植えるところがなくて、庭のある近所に住んでいた伯母さんの庭に植えてもらうことにした。いっぱいなっていたので、スグリ、ちょっともらった。庭で喋ってたら、ふと、ミント発見。かなり前からあるみたいで、すっごい、木みたいに育っている。その周りに、例のごとく、増えた子供たちがちょこちょこ顔を出して。すぐ増えるからね、ミントって。凄いミントだね、って伯母さんに言ったら、「そうなのよ。増えて増えて困っちゃうの。いつもいつも増えて来る分を捨てないといけないから」。捨てるんだったら、一株ちょうだい、と頼む。盗みに行かないで済む。「あら、欲しいの? あげるわよ、いくらでも。でもね、今は時期じゃないでしょう? 秋が植え替えの時期でしょう? 秋に鉢に植え替えたら確実に育つけど、今はどうなるか分からないから、秋にあげる」そうなのか。知らずに頂きに行くところだった。無駄足だったかも?そういうわけで、旬と思っていた夜のペパーミント狩りはお流れに・・・。秋まで待とう。しかし、どこ植えよう。ミントって恐ろしいほど増えるんでしょう? 鉢にミントだけ植えた方が良いよね。恐ろしく増えるといえば、ベランダのバジリコが恐ろしいほど成長している。そろそろペスト作って減らさないとなぁ・・・。
Jun 28, 2004
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昨日は固定資産税、その他諸々のことで、ジェオメトラのところへ行ってきた。ジェオメトラって、「土地測量技師」とか「土地測量士」って日本語に訳されている。でもね、イタリアのそれは、日本のそれとはまた違った仕事をしているような気がするんだ。あんまり知らないけど。山の家を買ったとき、彼らがずっとその家のデータなどを管理していたものだから、彼らが、要するに不動産屋の働きをしてくれた。家を改造したいって思ったとき、彼らに設計図を書いてもらって、市役所に設計図と必要書類を持って行って手続きをしてもらうことになった。あとは、彼らに普段お願いしているのが、固定資産税の計算、確定申告。これって、税理士・会計士の仕事じゃないの? 事務所には会計士もひとりいるみたいだけど。そういうわけで、我が家では何かとジェオメトラにお世話になっている。昨日、固定資産税の振込用紙をもらった。これ、6月30日までに振り込まないといけない。我が家の固定資産税は不思議。今のところ、山の家の固定資産税、18ユーロ(年間)を払うだけ。住んでいる家の固定資産税、払わなくていい。私が住んでいる町、そして、山の家がある隣町の固定資産税徴収の仕方は、こう。住民権を置いている第一の持ち家は価値がいくら以上の場合だけ支払う。住民権を置いていない第二の持ち家以降は、どんなに小さな価値でも固定資産税を支払うこと。そういうわけで、住んでいる家はかなり小さいから、払わなくていいんだって、今のところ。そのうち制度が変わって、払わなきゃいけない日が来るんだろうけど。ついでに、今回は確定申告の話もした。その話のときは、会計士が出てきた。やっぱりね、彼のフィールドだから。私も一応税理士目指してこっち系の勉強をしたんだけど、今じゃもうすっかり忘れている・・・。情けないなぁ。話し終わって、じゃあ、来週にでもまた来ます、ってことになった。帰ろうとしたら、「ちょっと待っててもらえます? 子供呼んできますから」と、会計士、道路を挟んだ隣りの大きなお屋敷の中に消えて行った。子供? そういえば、昔私がまだ妊娠していたときにジェオメトラのお兄さんがいなくてこの会計士と話したとき、「私の妻も12月に出産予定なんです」って言ってたっけ。うちの子は2月生まれなので、2ヶ月違い。実は、私たちが山の家を買ったときにお世話になったジェオメトラは彼のお祖父さん。私に、「日本といえば、ミカドだね。今のミカドはどうだい?」なんて質問をしてきた90歳近いのにまだ現役ジェオメトラなおじいさんだった。ミカドだなんてもう誰も言呼ばんだろう・・・。無事取り引きが終わって、書類をジェオメトラのところに取りに行こうと思っていつつなかなか行けなかったある日、ふと、死亡告知の横を通り過ぎたとき目をそちらに向けたら、「ジェオメトラのイタロ・ウッセリオ」って、そのおじいさんの名前が!!うそ、亡くなったの!? あんなに元気だったのに!?書類を取りにウッセリオの事務所に行ったら、ジェオメトラのお兄さんが。残念ですって言ったら、亡くなったときのことを語ってくれた。安らかに眠ったって。良かった。その後、事務所はどうなるのかってきいたら、孫の会計士が事務所を継ぐことになって、ジェオメトラの仕事の方はこのお兄さんが引き継ぐって。お兄さんも会計士の仕事できるらしいけど、やっぱりこの事務所はジェオメトラ事務所だからそっちの仕事の方が多いから彼はそっちに専念するんだって。で、その孫というのが、その会計士。このウッセリオ家、その町に代々続く有権者の家柄。ウッセリオ広場なんて名づけられた広場もあるくらい。だから、相当な金持ちなんだろう。私と同じくらいの歳の会計士のお兄さん、結構なお屋敷に住んでいる。二階建てで、家自体も広いけど、庭も広い。羨ましい・・・。と、眺めてしまうのは貧乏人な私。戻ってきた会計士、空手。「2階の窓が開いていたからいるかと思ったんですが、留守でした」って。え? ってことは、あのお屋敷、2階も彼の家なの!? 家族三人であんなに大きな家に住んでどうするの!? そんなに部屋、必要なの!?・・・・・・心の中で貧乏人の呟きを繰り返してしまった。会計士と一緒に子供の話をしばらくしたんだけど、彼ら、この夏、シンガポールに行くって。うちらは日本、で、飛ぶ時間は大体一緒。で、問題になるのが、1歳半の子供を機内でどのようにグズらせずにおくか。彼らは冬、リスボンに行ったんだって。その2時間のフライトで、大変な思いをしたって。で、今度は、小児科の先生に相談して、薬を出してもらったそう。薬かぁ。風薬を飲ませて、って言う話、聞いたことがある。そしたら、風薬じゃないんだって。子供用の睡眠薬なんだって!事前に家で試してみたら、普段はなかなか眠らない子供が、10時に寝付いて、翌日のお昼の12時まで目を覚まさなかったって。しかも、目を覚まして起き上がろうとしたら、まだ頭が寝ていたらしく、頭をゴチンとベビーベッドにぶつけたそう。それは、効く!!その薬は、元々、神経質になってしまったり興奮してしまったりであんまり寝ない子供の気分を落ち着かせるための薬なんだって。落ち着く=寝るってことで、こういうケースにも使われるらしい。さすがに子供用だから、あんまり強いわけじゃなくて、現に、子供によっては効かないんだって。しかも、医師の処方箋なしで買えるから、それはあんまり強い薬じゃないってこと。子供にそんな薬だなんて、って抵抗があったけど、ちょっと、考えちゃう。だって、早朝の2時間のフライトの後、6時間待ち時間があって、その後13時間のフライトなんだもん。早朝ってことで2時間のフライトは寝てくれそうだけど。空港での6時間待ちでパワー全開で遊ばせたとしても、13時間のフライトでそんなに長く寝てくれることなないだろうし。機内を歩かせまくって歩かせまくって・・・でも、新しいものを見ると奇声を発したり遊んでみたいって言う子供だから、他人が寝ている時間はとっても迷惑かけそうで。その薬を持っていけば、ある程度は安心かなって思う。うちの子供に効けば、の話なんだけど。
Jun 25, 2004
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昨日、書留郵便物が届いた。書き留め、っていうと、大体あんまり良い知らせじゃないことばっかりって記憶がある。今までに届いた書き留めって、夫の父親の起こした事故のことで、裁判所からの連絡だったり、弁護士からの連絡だったり。夫は関係ないのに。そもそも、事の始まりはこうだった。夫、前に乗っていた車を売ろうとしたんだけど、彼の父親が業者よりも高額で買ってくれるってことになって、夫の父親に結局譲った。持ち主の名前を変えることなく(これにはまたお金がかかるから)。で、その後、父親、駐車してあった車に玉突き事故起こした。酔ってて。前に夫の父親が酒乱オヤジだってことは何度か書いているけど、この人、過去に酔ってぶつかって車を廃車にしたことが、1度や2度じゃない。3度や4度でもない。桁が違う。20回以上。夫が父親と暮らした21年間、覚えている車だけでも、23台廃車。つまり、1年に1台以上の割合でぶつかっている。幸い、ぶつかったのはいつも壁やガードレールだったらしい。なので、一度も裁判沙汰にはなったことがなかった。免許もそのまま有効。ちなみに、夫が生まれるとき、父親、デロデロに酔っていて、病院で産婦さんに叱られたんだって。私は、こういうさまざまなエピソードを聞いて、いつか誰かを挽くんじゃないか、危ないから免許を取り上げてしまった方が良いんじゃ? って前々から思っていた。その矢先、例の事故を起こした。今回も人が亡くならなかったから良かったけど。で、警察からうちに電話が来た。事故を起こした車の持ち主が夫だから。夫がサインをしに行かないとならない。父親の免許は取り上げ。おお、ようやくか。夫、警察に、免許を返すことがあるのかどうか訊ねた。「まだ分からないけど、多分半年後に返すことになると思う」という返事。そこで、「一生免許取り上げにしてほしい」と頼んだ。過去にも警察沙汰にはなっていないけど、何度も酔ってぶつかる事故を起こしているからって。結局、父親の免許はずっと取り上げに。ほっ。その後、何かって言うと、裁判所とか相手の弁護士から、夫宛てに通知が届いた。どうしてなの? 単に持ち主が夫だからってことで?? こういうのって運転していた本人が責任持って処置して、賠償金も支払うのが当たり前じゃん。が、相手はあの何も分かりゃしない酒乱オヤジ。公団の家賃を2年間払わずにいて、それでいて、もう一方で「退職金が沢山出たから遊び暮らせる」と言って遊び暮らしていたオヤジ。おかげで後で最後の1セントまで市の公団課に徴収されて、今じゃ貧乏。あほ極まりない。そのうち、自動車保険会社から電話がかかってきて、「お父さんは飲酒運転だったので保険が利きませんが、本人払う意志がないようです」って。担当弁護士に相談すると、最悪、夫が支払うということに。おい!! 冗談じゃないぞ!!!!結局、その件は、夫が父親にカツを入て、払わせることにして一件落着。無事に済んで良かった。で、それ以来なんだ、書き留めを受け取るのは。一体なんだろう? と封筒を見ると、「警察」って書いてある。まさか、またあのオヤジが何か起こしたんか?? 冗談じゃない!!早速封筒を開けてみると・・・、罰金。約80ユーロ。車の罰金。昨日、ちょうど、夫が、「俺は運がいいことに罰金って受けたことないんだよな。ステにはまた(しょっちゅう)速度違反の罰金が届いたんだってさ」って言ったばっかじゃん。罰金の発生した日付を見てみると、3月2日16時41分。平日? 夫は平日5時まで働いているはずなのにどうして?罰金請求した警察を見てみると、ミラノ、って書いてある。ミラノ???? 3月2日16時41分??? いったいいつミラノに行ったっけ??すっかり身に覚えがない。罰金内容を読んでみると、進入禁止区域にもかかわらず入って行った、って。分かった!! それはそういえば身に覚えがある。あれはミラノの日本領事館に、子供の日本のパスポートを申請しに車で行ったときのこと。帰り、高速道路に乗るために、あっちの方へ行かなきゃいけないんだ、って言って、地元民じゃないと分からないような複雑な道を進んで行った。あっち進入禁止だったり、こっちは右折禁止だったり、そこは一方通行だったりで、初心者にはさっぱり分からん。トロトロ走っていると、気の短いミラノの人たちに思いっきりクラクションを鳴らされて、余計にイラついてくる。で、前の車についてある道に進入。進入してすぐに、そこはトラムとタクシーしか通れない一般進入禁止の道と気付いた。バックして帰ろうと思ったら、後ろからついて来る車がいて、戻りようがなくなってしまって、仕方なくそのまま車を走らせる。曲がれる道があったらすぐに曲がろう、と言いつつ。が、どこも細い道ばっかりで曲がれないまま、最後までその道を走ってしまった。そのとき、隠しカメラにナンバーを撮られていたらしい。それは、罰金になるはずだ。ホントは私たち、進入したくはなかったんだけど。「でも、よそ者なんだからちょっとは配慮してくれてもいいのに」と夫。甘いよ。警察は、相手がドイツ人だろうと罰金にしてるはずだよ。罰金は大切な財政だからね。仕方がないけど、間違いを犯したのはこっちなので、払わなきゃ、この80ユーロ。あーあ、馬鹿みたいな出費だなぁ。夜になって、マニョーラとペッピーノとその赤ちゃんのサムエル、マニョーラの従妹のイダが遊びに来た。会うのは久しぶり。サムエル、明日で4ヶ月になるんだけど、ホント、大きくなった~。生まれたときは2kgだったのに、今じゃもう6kg近くあるんだって。顔も凄くかわいくなってきている。物凄いおっきな蒼い瞳と、いつも開いた口から長ーい舌が覗いているのが印象的。舌の具合がジーン・シモンズ状態(笑)。でも、かわいい(ジーン・シモンズはかわいくないと!? うん、あの人かわいくはない、絶対に)。11時になってから外へ散歩へ出かけた。さすがに田舎だから誰もいない。で、ペッピーノ、私の住む町に家を買いたいって思ってるんだって。空気が良いし、大きな庭付きの家が安く手にはいるからって。そういうわけで、不動産屋のウインドー巡り。「あ、この家はあっちの山を登る途中の家じゃない?」なんて言いながら見ていたら、ウインドーの前に、ふと、タバコの箱発見。まったく誰だよ、こんなとこにゴミ捨てとくのは、と思って良く見ると、封が閉まってる。新品。たばこは吸わないけど、得したって感じ。だって、3ユーロくらいするんでしょ、タバコ一箱。そのタバコの名前がまた素敵で、「Fortuna」。幸運、って意味。幸運を見つけたって感じ。たばこを吸う人間だったら、そりゃ幸運だわ。とりあえず、夫の同僚にでも安く売りつける計画。朝、罰金を受け取り、夜、幸運を見つけたという、何とも妙な日だった。
Jun 24, 2004
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土曜日、アグリツーリズモに行ったとき、その辺を散歩した。そしたら、道端に白い小さな花が沢山咲いていたのが目に付いた。カモミールに、見えた。摘んで匂いをかいでみると、正しくカモミール。野生のカモミール。以前、野生のカモミールを乾燥させたカモミールティを頂いたことがある。その匂いの濃かったこと!! 市販のカモミールとは比べ物にはならない。日曜日、イーゴルの家に行く途中、畑の中の細い道を通って行った。人が全然住んでいないような地域。道端にこれまた沢山のカモミール。これは、イヌが通ってオシッコすることもないようなところだから、摘むしかない!!野生のだから、摘みまくっても誰も文句は言わない。結構採れた。きりがないから、ある程度で止めておいたけど、本当に沢山咲いていた。摘んだカモミールを少しづつ束にして、茎で縛り、ベランダに干す。乾燥させたものを袋に入れて保存。カモミールティを飲みたいときに、一束出して、そのまま熱湯の中に入れてしまう。茶漉しで濾して頂く。・・・頂けるのはいったいいつの日の事やら。畑の中の細い道、のんびりと車で進んでいると、開けたウィンドーから(家の車にはエアコンなんてものない)、スーっとする独特な匂い。外を見ると、一面のペパーミント畑。初めて見た、ペパーミント畑。この地方のペパーミントは、有名らしい。この間ミントシロップを買ったら、ボトルにそう書いてあった。この地方のペパーミントの種類、しかも、それをこの地方で栽培すると、とっても香りが強く、それでいて甘いペパーミントができるんだって。一面のペパーミント畑に、思わず立ち止まる。すごーい、ペパーミント畑! ちょっと頂いて帰りたい! ←本気。周りを見ると、家が何件かある。チッ。いいよう、夜、暗くなってからまた来るから。←至って本気。結局まだ行ってないけど、待ってろよ、ペパーミント!! その辺りの畑、は、ほとんどがトウモロコシ畑。食べるためじゃなくて、油を取るためのもの。だから、カラカラに乾かしてから収穫。毎年、時期になったらトウモロコシ採って、バーベキューしたいって思う。醤油味、美味しいよね~。今年こそ今年こそと思いつつ、まだ一度もしたことがない。今年こそはトウモロコシ食べたい!!ペパーミントでふと思い出したけど、この時期は山にさくらんぼがなっている時期だっけ。行かなきゃな、うちの裏山に。山奥に行くと、アマレーナもある。去年は歩きながら沢山食べたっけ。今年もやらなきゃ。←かなり本気。いや、ペパーミントやトウモロコシは栽培しているものだから盗むのはまずいけど(旬の恵み、っていうか、旬の盗みだな、これは)、さくらんぼは山に自然になっているものだから良いでしょう? 別に柵がしてあるわけでもないし。誰も採る人がいなくてそのまま朽ちさせてしまうのは勿体無い。そう言って、昔、サルデーニャでアーモンドを山ほど収穫したこともあったっけ。懐かしいな。
Jun 23, 2004
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昨日ジャンフランコとカルラの結婚式の話を書いた。そのジャンフランコとカルラ、同棲しているのだけど、その家が、ジャンフランコの両親の家。一階に親夫婦が住んでいて、彼らは上の階に住んでいる。玄関もインターホンもそれぞれ別の、プライベートは完全に守られている家。ジャンフランコはひとり息子で(もうひとり弟がいたんだけど、10年前に交通事故で亡くなっている)、カルラもひとり娘。カルラの両親、実は娘と同居したがっていたらしい。おかげで、両親、ことあるごとに彼らを食事に呼ぶ。両親も、呼ばれていないのに来ちゃうらしい。カルラって、性格がちょっとおかしい。悪い人じゃないんだけど、ホント、自分の道を行くタイプ。しかも、基本的な常識があって自分の道を行くんなら良いんだけど、それすらない。子供を見ていて、「親はどういう教育をしてきたんだろう?」って思うことあるよね。カルラの両親、特に母親というのが、これまた更に曲者。この親にしてこの子ありって感じだよ、ホント。例えば、カルラ、遠くまで仕事しに行っているんだけど、帰ってきたら、下に降りて行って、義母であるジーナ伯母さんに、食べさせてもらう。当たり前のごとく。食べ終わったら、皿洗いの手伝いをするわけでもなく、床を掃きはじめる。彼女の専門は掃除だから。掃除は得意だけど料理はできない。食事中、絶対に手伝わない。手伝うどころか、「ジャン(フランコ)、あのワイン注いでくれる?」「ジーナ、皿片づけて」と指示する始末。姑にだよ!?カルラ、冗談みたいに料理ができない。まったくできない。パスタを茹でることすらできないという噂。唯一作れるデザートはといえば、インスタントのプリン。しかも、作れるって威張ってる・・・。あの家では、嫁姑逆状態で、カルラ、ジーナ伯母さんに、あれをしろこれをしろって指示する。指示したことをちゃんとしてないと、姑に怒る始末。「主婦失格よ」って。っていうか、自分でやればって感じのことが多かったりするから笑える(ジーナ伯母さんにとっては笑い事じゃないけど)。姑にそんな態度を取るだなんて、カルラの親は一体どういうしつけをしてきたのか?? って不思議にならないか?カルラの親も親で、他人の家の草を勝手に刈りに来る始末。娘の家だからって言って。ジーナ伯母さんはたまったもんじゃないって感じ。でも、ジーナ伯母さん夫婦はとっても人が良くて、カルラに強く言えない。何かあっても、「悪い子じゃないし、悪気があって言ってるわけじゃないから」って終わってしまう。なので、カルラのやりたい放題。カルラのお母さんに、以前、一度だけ会ったことがある。彼女がジーナ伯母さんの家で皿を洗っていたところを私が訊ねて行った形で。あんまり話してなかったから印象も何も受けなかったけど、土曜日、結婚式で、何じゃコイツ!? と思うようなことがあって、あの親からこの子供じゃ当たり前か、って思った。食事会のとき、従兄弟一同で、「新郎の両親に乾杯しに行こう!!」ってことになった。まず、ジャンフランコの両親の元へ。喜んで、ジーナ伯母さん、「カルラのお母さんのところにも乾杯しに行ってくれる?」とお願いしてきた。お安い御用。皆、酒も入ってるし。ぞろぞろとカルラのお母さんめがけて進んでいく途中、うちの夫やその兄弟たち、男たちが皆抜けてしまった。夫にいたっては、「止めとけ。乾杯する価値ないから」って。でも、もう一度ジーナ伯母さんが頼んだものだから、女たちだけで行くことに。皆でカルラのお母さんの横に立って、「新婦のお母さんに乾杯!!」ってグラスを掲げて叫んだら・・・・・・、カルラのお母さん、不動。視線すら動かさない。シーン、とした沈黙。私は、一瞬、あれ? この人カルラのお母さんじゃなかったっけ? 間違えてる? という思いが頭を過ぎった。でも、ジーナ伯母さんが彼女を知らないはずない。沈黙の後、隣りにいたティツィアナが、「なんだよ、このクソババア」って小さくつぶやいたのが聞こえた。ホント、何だよ、って感じ。カルラのお母さんの前にいた伯父さんらしき人が、私たちに向けてグラスを挙げてくれた。その人と乾杯。他の人に促されて、カルラのお母さんも、グラスを持つ。乾杯してくれるのかと思えば、何事もなかったかのように、中身を飲んでいる・・・。その不動の横顔が、白雪姫に出て来る魔女のように見えた。ババア!!! 礼儀ってものを知らないな!! ・・・もしかしてあちらはあちらで「この娘たち、礼儀を知らない。突然やって来て乾杯なんてするもんじゃない」とでも思ったのかも?終いにはあっちの方にいたカルラのお父さんが、乾杯しに来てくれた。・・・何て女だろう?? あんな母親って、一体。カルラがああいう人間になっちゃったのが、何だか分かるような気がしてしまう。っていうか、あんな女が姑だったらもう最悪!!!! 何かとうちの子供を快く預かってくれて、「今日はゆっくり食べて楽しんでね。私が子供見てるから」って自分の席に子供を連れて行ってくれた心優しい素晴らしい自分の姑は、正しく聖母だなと思った(マリアって名前なんで)。で、結婚式が終わったとき、カルラのお母さん、何事もなかったかのように笑顔で、皆にひとりづつ手を差し出して挨拶に来ていた。こちらも皆、何事もなかったかのようにニッコリ。握手と挨拶を交わす。カルラの両親はピエモンテ出身の人たち。何事もなかったかのような笑顔に、ピエモンテ人を見た。よく、イタリアではその人の出身地によって、「あの人はOO人だからこういう性格だ」とかって言われるんだけど、ピエモンテの人は、ケチで嘘付きって言われる。ケチってのは、ほんとだよ。ケチな人が多い。生活に置いて、かなりケチる。先祖が残してくれた遺産ですっごい家に住んでいながら、車は燃費がかからない大衆車パンダに乗っている人とか、当たり前。お金がたくさんあるのに、暖房費ケチったり、買い物は安いメルカートだったり、ボロい服をいつまでも着ていたり。何て言うか、お金があるんならある程度の暮らししてもいいんじゃない? って気がするんだけど・・・。嘘吐きって言うのは、嘘吐きというか、表裏があるって言った方が良いな。誰でも結構そうすると思うけど、表の顔と裏の顔がある。それがね、結構な激しさ。親友さえにも表裏を使い分けて、裏切っちゃう。皆が皆ってわけじゃないけど、そういう経験が何度かあると、やっぱり警戒したくなるものだよね。残念なことだけど。シチリアの人とか、客が来ると家中にあるもの全てを出して、できる限りのことをして振る舞うものなんだけど、ピエモンテの人って、形だけの振る舞いしかしない。この形だけって言うのが、ちょっと日本的。日本って、客が来たら、伝統的にお茶だしてお菓子出してっていうところがある。ピエモンテの人も大体、形通りにコーヒーを振る舞ってくれるだけかな。ちょっとしたお菓子を見た目良く添えて。シチリア風だと、飲み物はあれやこれやこんなものもあるけど、何飲みたい? ってきいてきて、あらゆるお菓子を出してくれる。更に凄いことに、テーブルいっぱいにお菓子を出していながら、「たいした物がなくて済みませんねぇ。買い物に行く時間がなくて」みたいな言い訳をしてくる。いや、もう要らないよ。充分。少なくとも、私の知っているシチリア出身の人たちはこういう人ばかり。シチリアに限らず、南部の人は割と皆こう。あれもこれもくれる。例えば、隣りの奥さんはプーリア出身。旦那さんはバジリカータ出身。畑を持っている彼ら、何かと収穫物を分けてくれる。買い物に行って、パセリ買い過ぎちゃったからあげる、とか、バジリコの苗、欲しい? 買い過ぎたからあげる、って、こんな感じで何かといろいろくれる。最初の頃、私は日本的に、もらったら返す、ということをしていたんだけど(ケーキ焼いたから分ける、みたいに)、夫が、「南部の人にそういうことすると逆に傷つく」って言われて、しなくなった。何でも、彼らは別に義務でそうしているわけじゃなくて、したくてしているだけだから、こっちが毎回お返しすると、こっちに義務を感じさせているような気がしてしまって、いけないって。ピエモンテの人たちはというと、私がしていたみたいな感じ。お返しに必ず何か返さないと気が済まない。ずっと前、伯父さんの別荘に行ったとき、伯母さんがクッキーを焼いたので、近所のピエモンテのおばあちゃんに分けに行った。そしたら10分後に彼女の訪問。冷凍キノコを携えて。家に何にもなくて、去年の秋採ったキノコでもどうぞ、って。冷凍庫から引っ張り出してきました、みたいな。伯母さん、シチリアの人なんだけど、「別にお礼なんて要らないのに。これだからピエモンテの人の心って分からないのよね」って言ってた。でもさ、ピエモンテの人って、ちょっと日本的な気がしない? 形にこだわる辺り、日本みたいだなぁって思う。私はピエモンテに来て、あらゆる面でピエモンテの人たちって日本的だなって思った。中部ウンブリアにいた頃は、時間にものすごくルーズで、3時半に開くはずの店が3時45分に開いていたり(でも閉まるのは閉店時間きっかり)、知らないおばあちゃんにお茶に招待されちゃったり、他の知らないおばあちゃんに庭の花を分けてもらったり、のんびり外でひなたぼっこしたり、何て言うか、時間がとってもゆっくり過ぎていて、イタリアってリラックスできるなぁと思っていた。・・・思えば当時はテレコムの問題とかもなかったもんな。何か問題があっても、知らない人まで助けてくれた覚えはあるけど。ピエモンテに来て、私はカルチャーショックを覚えた。これがほんとにイタリア? って。人々は忙しくてストレスたまりまくり、付き合いは形式的、知らない外国人には警戒。ここには仕事が生き甲斐っていうひとも結構いる。今の時代、女性は自身の自立のために働かなきゃ、みたいな考えも当たり前。何か、イタリアにいながら、日本を垣間見ているような気がしたものだ。最近はもうすっかりこのピエモンテ人に慣れちゃったから何にも感じないけど。住めば都?
Jun 22, 2004
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土曜日、夫の従兄、ジャンフランコとカルラが結婚した。それぞれ、39歳と37歳。彼らはもう何年も、ジャンフランコの両親(夫の伯母さん夫婦)と2世帯として同棲している。で、突然結婚することになった。物凄いあっという間に決めて、あっという間に結婚。そこで人々が考えるのは、「もしかして、子供、できた?」。おかげで結婚前も、結婚披露宴でも、彼ら、「できてないよ」と訴えていた。イタリアでの結婚式は二種類ある。ひとつは教会での式。もうひとつは、役所での式。日本では書類を役所に出して婚姻成立となるけど、イタリアでは違う。結婚式のときに書類にサインをして、婚姻成立となる。なので、式は日本みたいに形だけのものじゃなくて、こっちは本物。教会で式を挙げるには、(6月や9月という結婚式ピークの時期に挙げたいなら)普通、1年以上前から教会に式の予約を入れて、準備をしなければならない。現に、来年6月中旬に結婚する夫の友人ジュゼッペは、去年の秋から準備をしはじめた。にもかかわらず、もう既に、その時期、教会、結構予約が入っていたって。教会で結婚するためには、結婚前、結婚に対する講習を受けなければならない。男女揃って。確かそれが10回以上あった気がする。その前に、洗礼やら、堅信礼って言うんだっけ? そういうものを受けていない人は、それも受けなきゃいけない。役所での式は簡単。書類を集めて、役所の結婚式予定表の空いている時間を選んで、普通、市長の前で結婚。10分くらいで終わっちゃう。ジャンフランコとカルラが選らんだのは、後者。教会で式するには、彼ら、物理的に時間がなくて。二人ともハードワーカーだから。式の前、普通、新郎新婦それぞれの家に、それぞれの招待者関係者が集まって、ミニパーティをするもの。カルラはすでにジャンフランコの家に住んでいたから、結局、皆そこに集まった。式は10時半からだったので、10時にジャンフランコの家、ということになっていた。我が家の場合は、10時過ぎに家を出たので、もう、このまま直接式場へ行ってしまえということになった。式が行われる市役所の式場に着いたのが10時25分。駐車場には誰もいない。義兄イヴァンに電話してみると、まだジャンフランコの家だって。今出発しようとしているところ、って。遅くないか??暇ですることもなく、子供が気の向くまま歩いていく方向に行ってみる。隣りの教会の前に、バイクが並べて置いてある。バイク野郎が沢山。しかも、ハーレーみたいなタイプのバイクで、格好も、皆それ系。教会ではバイク好きなカップルが結婚式を挙げているらしい。教会での式は2時間くらいかかる。バイク野郎たち、こんな格好だから、中には入れないみたい。教会の前で、女の子が砂で文字を書いていた。それを見た子供、すぐにそちらへトコトコと行ってしまう。砂だもん。子供、砂遊び大好きだから。それは遊ぶものじゃないのに。そのうち地べたに座りだしちゃう。結婚式ということで、子供、ちょっとお洒落にして行ったのに。薄い水色のシャツと、もうちょっと濃い色の水色のパンツ。これからの時期のために買った新しいサンダル。まるでマラドーナのような、手の付けようがない髪質なんだけど、ジェルをちょっとつけて、モアモアさせないようにした。夫は、自分の結婚式のときの服と靴。私は予定通り、赤紫の長いチャイナドレス。金の模様が施されているから、金のサンダルを探していたんだけど、案外簡単に見付かった。寂れたような金のサンダル。しかもね、結構履き心地がいい。これは普段でも履けるわ。一応長いチャイナドレスなんだけど、私が着ると中途半端。もうちょっと長くしてくれたら良かったのになぁ。中国人は日本人と同じで平均身長低いもんなぁ。で、このチャイナドレス、屈むと、両脇のスリットが上がって上がって、こりゃイカン。おかげで子供が地面に座ってしまっても、私はどうすることもできない。やがてやって来た新郎新婦。カルラは、1800年代風な格好。帽子をかぶって。『風と共に去りぬ』風にしてみたって。それがまたなかなか似合っていた。普段は不思議な色合いの化粧をすることがある彼女も、この日ばかりはちゃんと、美容師に全部やってもらっていたようで(当たり前)、完璧。ジャンフランコはいつも通りの格好。こっちは簡単に予測できた。親戚の中では、従妹のアンナがいちばんかわいい服だったな。さすがアンナ、って感じ。全身ピンク。バービーみたいだった。式は10分ほどで終わる。その後ライスシャワー。「あなたの国でもライスシャワーってするんですか?」って知らないおじさんに訊ねられた。するの? 私が出席した数少ない式では、花びら投げていたけど。式が終わって、披露宴に当たる昼食会をするレストランに移動。普通はレストランなんだけど、今回は、アグリツーリズモ。実は私、まだ一度もアグリツーリズモに食べに行ったことがなかった。おかげで興味津々。今日は食うぞ、と、皆に豪語していた。アグリツーリズモって、大体田舎にあるものでしょう? このアグリツーリズモも畑のど真ん中。おかげで、道が分からなくて迷った人が結構いたみたい。その度新郎は車を駆って迎えに行っていた。皆が集まるまで、庭で食前酒を飲んだり、ちょっとしたものをつまんだり。この「ちょっとしたもの」のチーズが美味しかった!! パルメザンチーズの塊丸ごとなんだけど、それを、好きなだけ切り分けて食べられる。美味しくて、家に持って帰りたかったほど。袋でも持っていけばよかった・・・。庭は、小さい砂利を敷き詰めた庭。おかげで、子供、ベタッと座り込んで小石で遊びはじめて、そのままもう動かなくなってしまった。うう。皆中に移動、っていうときは、「まだ遊ぶの~!!」って感じで泣き叫んだ。子供をベビーカーに乗せて、義母に預けた。彼女が見てくれるって言うから。これで私は心置きなく食べられる。最初は、生ハム、サラミ、パンチェッタなどが出て来る。どれも美味しい。おかわりしていたら、もうそれだけでお腹がいっぱいになっちゃいそうな感じ・・・。その後の牛の生肉をスライスして塩こしょう、オリーブオイル、レモン、キノコのスライスとパルミザンチーズをかけたものも美味しい。これまたおかわり。・・・私ってば、すでに食べ過ぎ。ちょっとセーヴしないと後が持たなそう。次にセロリとクルミとチーズのサラダ。次はほうれん草のフラン、フォンティーナ掛け。なかなか美味しかった、これ。家でもやりたいな。茹でたほうれん草をミキサーにかけて、汁気をちょっと取って、グラタン皿に入れ、上からたっぷりのフォンティーナチーズを載せてオーブンで焼いた感じ。私たちのテーブル、ジャンフランコのお母さん側の従兄弟が一同に集まったテーブルだった。おかげで、いつものごとく、ばか話で盛り上がる。アンティパストを終えた段階で、すでに、笑い過ぎで食べ過ぎで、腹がよじれて気持ち悪くなるほどだった。私、ちょっとペースを落とすとことに。気持ち悪くなっちゃ、元も子もない。次に出てきたのが、プリモのひとつめ。草のリゾット。素朴だけどなかなか美味しい。どっかで食べたことがあるような味だけど。もうひとつのプリモ、アニョロッティはあんまり美味しくなかった。この段階で、私、もうお腹いっぱい・・・。次に出てきたのが、フリット・ミスト・ピエモンテーゼ。セモリナをフライしたもの、小魚のフライ、鶏のフライ、カエルのフライ、バチ・ディ・ダマのフライ、パヴェージのフライ、リンゴのフライ、アマレッティのフライ、などなど、土地のもののフライが沢山出て来る。要は天ぷらみたいなもんだ。カエルは私、食べなかった。お腹いっぱいで、不思議なものを食べる気がしなかったから。次に豚のローストとベイクドポテト。その後、サラダ。ここまで来て、ようやく、食事が終わった。後はデザート。しかし、もう、お腹いっぱいすぎる。庭に行って、写真を撮ったり歩いたりして、ちょっと消化を促す。帰ってきたらすぐに、ウェディングケーキ。丸いボールに薄ーくスポンジケーキを敷き詰め、そこにバニラアイスをどっさり入れて冷凍庫で固め、それをひっくり返してそこに暖かいチョコレートクリームを掛け、ちょっとしたデコレーションを施しただけ、って感じのシンプルなもの。私はたまたま外から戻って来るときにその丸ごとの形を見たけど、見てない人も多かったみたい。切られた形のケーキを見て、「何だこれ? これがウェディングケーキ?」って言ってる人が結構いた。その後にマチェドニア、コーヒーでお食事会が終わった。・・・食べた土曜日だった。おかげで夕食抜き。新郎新婦は日曜日の朝、新婚旅行に旅立った。行き先は、グアダルーペ。それを、ティツィアナはカンタルーパって聞いたらしい。カンタルーパって言ったら・・・10kmくらい先にある山の中の小さな町じゃないか。そんなところへ何しに行くの??私も私で、グアルダローバって聞いた。何の話をしているのか知らなかったけど、グアルダローバって聞こえて。クローゼットじゃないって?で、グアダルーペってどこだか分かる人いますか?どこかって夫にきいたら、「キューバとかドジャマイカとかミニカとかあるじゃないか。あの上」って。っていうことは、バハマ? それとも、ドミニカの上にある誰も知らないような小さな島のこと? 気になって、家に帰ってきてから地図で調べたら、ドミニカの右下じゃないか。小アンチル諸島の中の島、グアドループ島のことじゃないか! 全然上じゃない。いいとこ行くねぇ。楽しんできて欲しいわ。
Jun 21, 2004
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子供のイタリアのパスポートを受け取りに行った。8月に日本に一時帰国するのに備えて、日本国籍とイタリア国籍を持つ子供は、イタリアを出国するときはイタリアのパスポートで出国し、日本に入国するときは日本のパスポートで入国することになる。なので、当然、日本を出国するときは日本のパスポートで出国、イタリアに再入国するときはイタリアのパスポートで入国ということになる。どうでもいいけど、私たち、今回の里帰り、帰りにアムステルダムに寄る。その時は、どっちのパスポートでも良いってことだよね? 当然、同じEUの国だから、イタリアのパスポートを提示するだろうけど。さらに余談だけど、うちの子供、イタリア国籍と日本国籍では、名前が違う。いや、名前は日本名で「大輝」、イタリア名で「TAIKI」だから同じなんだけど、名字が違う。イタリア国籍では夫の名字、日本国籍では私の名字になっている。ずっと前にも書いたけど、イタリアって、夫婦別姓が普通だから、結婚してもお互い、自分が生まれたときから使っている名字で生活する。日本みたいに、結婚したら妻は夫の籍に入るって考え方じゃない。もちろん、結婚後に名字を変えたい人は変えて良い。それには結婚の手続き以外にもまた手続きが必要。面倒くさくて、そんなことわざわざする人っていないと思うけど(いるにはいる)。夫婦別姓が当たり前の国だから、別に名字が変わったからって何が変わるわけでもないし。子供の名前の名字が国籍によって違うということになると、疑問が生じて来る。というもの、飛行機のチケットの名前、どうしたらいいの?だってさ、イタリア出国するときはイタリアのパスポートを提示して、日本を出国するときは日本のパスポートを提示するわけだ。当然それぞれの名前が違う。旅行会社に尋ねたら、そういう例は扱ったことがないって。で、予約のときに子供の名字、両方書いておいて、注意書きとして「この子は二重国籍所有者で、それぞれの国籍において姓が違う」と書いておいてもらった。問題、ないと思うけど。どうせ両方のパスポート持ってるんだし。日本のパスポート、ミラノの日本領事館に行って、3日後には発行してもらった。問題はイタリアのパスポート。時間がかかるんだ、これが。通常、管轄のクエストゥーラ(警察庁)へ行って申請すると、14日後には出来る。が、ここはイタリア。信用しちゃイカン。でも、仕事の時間の都合で夫、15日目の朝早くに取りに行った。ら、ちゃんと出来上がっていた。イタリア、やるときはやるじゃん、とちょっと感動してしまった。いや、日本ではこんなこと、当たり前の話なんだけど。こんなところは何ともイタリアらしい話で、14日後と言われたら、普通、14日後きっかりに行ってはいけない。更に一週間ぐらい遅らせて行くと、ちゃんとあるもの。さて、この管轄のクエストゥーラ、田舎に住んでいるうちからは、結構な距離。市役所に申請書をもらいに行ったとき、急いでなければ町のカラビニエーリ(警察)の派出所(って言っても、町に一個しかない。ない町もあるらしい)でも申請できるって。ただし、カラビニエーリが受理したものを管轄のクエストゥーラに送って、それからできたものが町の派出所に送り返される形になるから、急いでいるようならやめた方がいいって言われた。人に聞いた話だと、それで3ヶ月以上待たされたこともあるって。まあ、私たちが頼んだのは3月。出発は8月。なので、3ヶ月待たされてもどうにかなる。クエストゥーラに行くには遠くて時間帯が限られているけど、派出所は近くて、しかも日曜日まで受け付けてくれるので、夫、仕事休まなくて済むし。かなりメリットが大きい。そんなわけで、3月19日、子供のイタリアのパスポートを申請した。1ヶ月か1ヶ月半で出来るはずだからそのくらいになったら電話確認して取りに来てくれと言われたけど、何せここはイタリア。そんな言葉を信用しちゃイカン。私は2ヶ月待って、電話してみた。ちょうど、5月の19日に。まだ届いてないですね、とさっぱり言われてしまう。さすがはイタリア。2ヶ月経ってまだだなんて。2・3日後に来るはずだから、また2・3日したら電話して見てください、って言われたけど、信用は出来ない。1週間後にまた電話してみた。そしたら、着いたって。おお、無事2ヶ月ちょっとで子供のパスポートが出来てきた。良かった(どんな落とし穴が待っているか分からないこの国で、2ヶ月ちょっとでできてきたことは喜ぶべきこと)。そのパスポートを、ようやく取りに行ってきた。行く途中、そういえば、夫のパスポート、来年2005年で切れるんだという話になった。今回のように派出所で申請してもらうことにしよう。来年の夏は、アルバニアに行こうかと思うんだ。マニョーラと一緒に。そうすると、パスポート、必要なのかな? 多くのヨーロッパの国はイタリア人、市が発行した身分証明証で出入国できるものだけど。でもさ、5年置きに更新なんて面倒くさいよね。どうしてイタリアには10年パスポートがないんだろう、って話しながら派出所に入っていく。受け取りのサインをしに行くと、「このパスポート、2014年まで有効ですよ」と言われた。2014年? 5年のパスポートじゃなかったっけ?「最近制度が変わったらしくて、2014年まで有効なんですって。でも、考えても見てください。私たち大人に適応されるのは分かるんですが、子供にまで適用しなくても・・・。子供って成長に応じて変わるものじゃないですか。例えばお宅のお子さん、このパスポートを10年後まで使うことになるんですよ? 10年後と今のこのパスポートに載っている写真と、果たして同じ容貌でしょうか? 一体国は何考えているんでしょうね?」とカラビニエーレ。うん、それは言える。うちの子供、今1歳ちょっと。このパスポートを10年後まで使うだなんて。いつまでもこんな顔だとは絶対に思わない。しかもね、パスポートに目の色、身長が記載されているんだけど、目の色、子供って変わるって言うよね。しかも、身長、うちの子供、80cm(笑)。10年後にまだ80cmのはずないじゃん・・・。日本って、こういうことを配慮して、子供は5年パスポートしか作れないことになっているよね。イタリアってさ、「こういう制度を導入しよう」って決めると、あんまり考えないでそのまま施行しちゃう。で、後で「やっぱりこの制度は駄目だ」っていうことになる。今回の子供のパスポートなんか、その良い例。いや、でも、1歳2ヶ月のときに作ったパスポートだから、うちの場合はまだ良い。もしこれが3ヶ月のときに作ったパスポートだったら? それを10歳3ヶ月まで使うことになっていたとしたら? それはかなり、容貌、違うだろう?10年後まで子供のパスポート更新する手間が省けたけど、毎回パスポートの写真と実物を訝し気な目つきでジロジロ何度も見られることになるんだろうな。偽造パスポートじゃありませんってば~。まったくイタリアって国は・・・と、つくづくため息が出てしまう。そうだ、普通はパスポートを受理するとき、本人がパスポートにサインをするものなんだけど、子供の場合はどうするんですか、って訊ねてみたところ、「子供、とてもじゃないけどサインできる年じゃありませんよね? なので、空欄で結構です」ってさ。日本のパスポートには親権者である私のサインが入ってるけど、イタリアのパスポートには親のサインすらなしで良いんだって。最初のページのところに、両方の親の名前入りで「夫(仮名)もしくはkatia(仮名)の同伴の元」って書いてある。しかも、ペンで手書き(笑)。パスポートって物凄い公式のものでしょう? 良いのか? こんな、手書きで・・・。良いから書いてあるんだろうけどさ。まったくイタリアって国は・・・。
Jun 18, 2004
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2日後になっても電話はなく、おかしいと思って夫が電話をすると、「その件はもうお客様に支払っていただくということで決着がついた、とコンピュータには書かれていますが」って言われた。どういうことだ? そんな話聞いてない。何でも、私たちがその前の日、6時半から出かけたときに家に電話してきたらしい。でも、誰も電話に出なかったので、テレコム、そういうことにして、一件落着にしてしまった。あのさ、そういうときって、翌日にでも客をまた探すものじゃないの? そんな、数時間家にいなかったくらいで、「ああ、いないんだ。じゃあ、もうこういうことにしちゃえ」っていうのは虫が好すぎやしないか?テレコムイタリアってこういう会社。本当に商売人としての信用が置けない。で、結局この件、187のオペレーターに助言を頼んで、97ユーロを引いた分の請求をきちんと払って97ユーロはまた違う件として見ることにした。このオペレーター曰く、「上の方は、費用削減のためにこうやって試してみるものなんですよ」。つまり、架空の請求書を送ってみたり、こうやって落とし穴がある請求書を送ってみたりして、客が黙って払えば良し、クレームとしてきたら長引かせて長引かせて・・・。客が世の中のクレームを送るテレビ番組やラジオ番組、雑誌、消費者生活団体に告げ口すると、すぐにでも解決。うちもそうしたいんだけど、告げ口の手紙書いてる時間がなくて・・・。その後、まだ、この二つのお金の問題、有耶無耶になっている。他にも、我が家のテレコムイタリアに対するクレームはまだまだあった。前の家の線、去年の4月に解約したはずなのに、7・8月分の料金請求が来たり。新しい家に電話線が繋がったと思った3日後に、電話局のうちの電話線が何らかの拍子に切られてしまって電話が使えなくなったり。この件に関しては、一度クレームをして、48時間以内に技術者が来て直してくれるはずだったのに、来なくて、またこちらから電話してみたら、「そんなクレームは受けていません」って・・・。またクレームした。あとは、新しい家に引っ越した来た途端、なぜか鳴るはずのない家の電話が鳴っていて・・・。調べたら、3年前に解約した前の家の持ち主の電話番号が新たに他の家で使われることになり、その電話番号に電話するたび、うちの電話が鳴っていた。つまり、うちには違う人の家の電話線が繋がっていた。ただで使えたはずなんだけど、それじゃ何の罪もない知らない人に悪いので、一度も使わなかったけどさ。で、今回またクレーム。187をダイヤルしてみると、声が2重に聞こえる。「クレームは3を押して下さい」って番号を言っているとき、ちょうど、もうひとつの声が「4を押して下さい」って言ってて、4を押していいんだか、3を押していいんだか分からない状態。どっちでもいいや。オペレーターが出てくれさえすれば、と3を押したら、合っていて良かった。短い呼び出し音の後、男の人の声で「もしもし、こんにちは」を出るのが聞こえてきた。そのすぐ後、重なるようにして、今度は女の人の声で「もしもし、こんにちは。ご用ですか?」って聞こえる。私は一体どっちと喋ってるんだ!? どっちでもいいや。問題を解決してくれれば。と思って喋り出すと、どうやら、女の人の声が私に応答しているらしい。男の人の声は、他の声と喋っている。前みたいなアホが出ないことを祈っていたけど、今回のお姉さんは、とっても親切で、てきぱきと事を進めてくれた。あとは48時間以内に技術者が来ることを祈るばかり。その日の夜、電話がかかってきて、出てみると、遠くで誰かが喋っているのが聞こえる。2人の声。何を喋っているのか分からない。もうひとつ新しい声が、「おかしいわね・・・」って言って、ダイヤルをピッポッパと押しはじめる。しかも、もうひとつ、電話が切れたときの音まで重なって聞こえる。しばらくして、また電話。電話の切れたときの音の向こう、女性の声。「もしもし? 私、娘に電話したんですけど、違う方が出るってどういうことなんでしょう? 娘の電話番号、うちの電話に登録されているから、他の方が出るって言うのはおかしいですよね?」はい。確かにこの回線、おかしいみたいなので、私、すでにテレコムに苦情の電話を入れました。「ちなみにお宅の番号は?」ときかれたので告げると、女性、娘さんの番号も言う。私、電話がおかしいということに気付いていろいろ試したときに自分の携帯にも電話してみたんですが、うちの番号じゃなくて、その娘さんの番号が携帯電話に表示されてました。昨日、伯母が私に電話してきたとき、何度かけても違う人が出るって言ってましたが、きっと、娘さんのところにかかっていたんでしょうね。「困りましたね、これは。早速娘の携帯に電話して、テレコムに苦情の電話を入れるよう言います」是非そうしてくれるとありがたい。2件からの苦情なら、解決も早いでしょうから。昨日、水曜日になって、夕方、何とテレコムの技術者がやって来た。何と、クレーム出した1日後に!!で、すぐに問題解決してくれた。凄いぞ、テレコム!! やればできるんじゃん!!・・・って、当たり前のことを凄いと思ってしまう辺り・・・。何か日本の生活だったら考えられないよね。しかも、今朝になって、携帯に(連絡用に携帯の番号を教えた)「お客様からの苦情の問題は解決しました。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」という丁寧なメッセージが!!すごい、すごすぎる。テレコムイタリアからこんな丁寧な迅速な対応があるだなんて!! 信じがたい。とにかくこの件に関しては一件落着で良かった。まだ他に問題が残っているけど・・・。
Jun 17, 2004
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悲劇は月曜日の午後に起こった。突然、インターネットに接続できなくなってしまった。どうして?? 前の日までは普通にできたのに。モデムがおかしいのかな、と思っていろいろいじってみたけど、別に異常なし。私の携帯に電話してみたけど、普通に鳴るし。なのに接続できないのはなぜ?月曜日の夜、ジーナ伯母さんから電話がかかってきたので、受けると、う、とっても聞き取りにくい。何か、まるで遠くの方から喋っている感じ。「ああ、いたのね? さっき、ジャンフランコがあの子の電話からかけたんだけど、全然出なかったか、違う人が出て来てね。私の電話から試しにかけてみることにしたんだけど、やっぱりあの子の電話がおかしかったのかしらね?」ジャンフランコはジーナ伯母さんの息子。なのでうちの夫の従兄。彼らは2世帯で同じ家の1階と2階にそれぞれ住んでいて、電話線もそれぞれ引いている。用は、土曜日のこと。土曜日、ジャンフランコ、もう何年も前から同棲しているカルラと結婚するから。電話を切って、おかしいなと思って、受話器をあげてみる。ツツーという音が、ツツツツー、って、エコーがかったような感じで聞こえる。試しにフリーダイヤルにかけてみると、音声、やっぱり遠くの向こうの方から、エコーがかったように聞こえる。おかしい・・・。電話、この間子供が投げ飛ばしたときに壊れちゃったのかな?翌日になって、ちょうど、買ってきたばっかりで、下の階に取り付けるはずの新しい電話を電話線プラグにセットしてみる。受話器をあげると、ツツツツーって、やっぱりエコーがかった音。これって、電話じゃなくて、電話線がおかしいんじゃない?電話を弄繰り回していたとき、そういえば、日曜日、留守のときに日本の母から電話をもらったことを思い出し、母に電話してみる。日本の呼び出し音と同時に、イタリアの話し中の音が聞こえてくる。重なって。これってオカシイよね?母が出たけど、声がちっとも聞こえないし、しかも、電話が切れたときのツーツーツーツーという音がとっても大きく聞こえる。母の用は、日曜日夫の誕生日だったからおめでとうって言おうかと思ったってことだけだったんだけど・・・話している途中で電話が切れてしまった。何だこりゃ?母との電話が切れた後、試しに自分携帯に電話してみる。と、携帯は鳴っているのに、家の電話の受話器からは、話し中の音。また試しにかけてみると、携帯、鳴ってるのに、家の電話の受話器からは、勝手に携帯の留守電に接続されちゃって・・・。しかも、その留守電の声が2重に聞こえる。「3470000000の留守番電話サービスに繋ぎます」って片方の声が言い終わったときに、もう片方の声が同じフレーズを言いはじめる。そう、まるで、「カエルの歌が聞こえてきたよ」みたいな状態。携帯に表示された番号を見ると、家の番号と違う。うちの電話番号は0119051234(仮)なのに、0119057890(仮)って表示されている。全然違うじゃん。次に、試しに携帯から家へ電話してみると、数回鳴った後、FAXが応答。うちにはあるはずのないFAXが・・・。そんなことして試していたら、電話が鳴った。ロベルタの彼氏マルコから。日本語を勉強している彼、試験に備えてききたいことがあるって。ちょうど良いから、マルコに、これってどういうこと? おかしいよね? と相談。「うん、これはテレコムに苦情の電話入れた方がいいよ」という返事が返ってきた。そうだよね、やっぱり。テレコムイタリアに苦情の電話を入れるのはこれで数十回目。さすがにお客様サービスセンターの電話番号、187、覚えちゃった。いまだに解決していない問題が、2件。1件は嘘の請求書が届いたこと。前の家から新しい家に引っ越して来るとき、去年の4月20日に電話線の引越しをお願いした。それなのに、新しい家に電話線が繋がったのは6月30日。その間、「早く電話取り付けてくれ」って何度かお願いの電話を入れた。リクエストから2ヶ月以上工事が遅れると、テレコムイタリアは、客に工事が遅れたお詫びの支払いをする。97ユーロほど。それを、あちらから、普段の請求から引いてくれたので、私たち、初めてそんな制度がある事を知った。それから数ヶ月、そのお金、私たちの普段の2ヶ月ごとの請求書に加算されて書かれていた。「どういうことだ?」と早速187に問い合わせ。オペレーターの言うことがいい。「工事が遅れたのはこちらのせいではなく、お客様の責任なので、お客様にはそのお金を受け取る権利がなかったということで再び加算された」って。どんな責任があるって言うのかと訊ねると、「工事待ちの期間、お客様から一度も電話線を繋げる要求の電話がなかったか、もしくはお客様がその新しい住所に住んでいなかったためと思われる」って。冗談じゃないよ。こっちは4月21日に引っ越して、小さい子供がいるからってほとんど家から出なかったのに、住んでいなかっただなんて有り得ない。だいたい、新しい町に住民権を得るとき、警察が本当にその住民権請求の紙に書かれた住所に本人が住んでいるかどうか確かめに来て、初めて住民権が得られることになっている。5月下旬に私たちは住民権が新たに新しい町に作られたことを確認して、日本で言う戸籍謄本を発行してもらっているから、そこに住んでいないということは絶対に有り得ない。この件について、テレコム側から連絡を入れてくれるという話だったけど、一向に電話はかかって来ず、こちらから5回ほどかけて問い合わせした。そのたび、「詳細が分かったらこちらから電話します。とにかくその請求内容は払わず、新しい請求書が来るのを待ってください」って言われ続けた。しばらくして、ようやく、一本の電話。要するに、私たちが97ユーロのテレコムからのお金を受け取る権利がないのは、請求しなかったからだって。だから、その権利を請求する手紙をテレコムイタリアに送ってくれ、だって。私たちはその手紙を送って、向こうは新たに正しい金額の請求書を送るから、ってことでカタが着いた。・・・かと思われた。けど、しばらく経っても請求書は送られてこない。これはおかしい。数ヶ月後テレコムに再び電話してみる。すると、「何でこの請求の支払いをしなかったんですか? お客様はブラックリストに載りつつありますよ!」って。これには頭に来た。そちらがその請求は払わなくていい、新しい請求書を送るからって言ったくせに!!!! と言うと、「誰がそんなことを言いましたか?」。私、激怒。5・6人の人が。ちょっと上の人が出てきて、その人も払わなくていいって言った!! と主張すると、「それでは行けません。お客様は今すぐこの請求を支払うべきです」って。で、解決してない97ユーロの件も一緒に払わなきゃ行けないんですか? ってきいたら、「そうです。払ってから97ユーロを取り戻す権利を主張して下さい」って。その取り戻す権利はもう主張してるんですけど。手紙をちゃんと送りました。しかも、払った97ユーロが戻って来るって保証はどこにあるんですか? そのまま有耶無耶にして払い戻ししないつもりじゃないんですか? って言ってやった。「もう一度、その権利を主張するクレームをして下さい。97ユーロはちゃんと近日中に返って来るはずです」ってオペレーター。ここで、頭に来た私、もう1件、解決していない問題を持ち出してやった。というのも、電話代って、2ヶ月毎の請求、これから来る2ヶ月分の基本料金プラス前の2ヶ月の通話料を払う。だから、例えば今なら、6・7月分の基本料金プラス4・5月分の通話料を支払う。ということで、引っ越すときとか、契約解消するときとか、基本料金だけ返してもらえる。前の家に住んでいたときの返却金、去年の8月に、「3ヶ月以内に何らかの形で返金します」って手紙が来たんだけど、いまだに返ってこない。問い合わせの電話をしても、「もう少し待って。次の請求書から差し引くから」と毎回言われつつ、もう10ヶ月・・・。全然返ってこない。そういう前例もあるから、その言葉は信用できません。払ったところで誰も返金をしてくれるって保証してくれないんですから。有耶無耶にしてしまうつもりなんじゃないでしょうね? ところでこっちのお金、いつ返してくれるんですか? って食って掛かってやった。いつもなら、この辺で、オペレーター、電話切っちゃうんだよね。呆れたもんで、テレコムのサービスセンター187に電話すると、こっちがちょっと強く出たり、嫌な態度に出たり、問題がちょっと複雑だったりすると、切られてしまう。こういう態度をクレームとする人、また沢山いるんだろうな、この国には。「そちらの件に関しては、もう少し待って下さい。もしくはクレームしてください」って。だから、クレームとしてコンピュータにデータ残してくれませんか? 頭悪いな、もう。最終的に私はどうすればいいんですか? と訊ねると、「だから、払って下さい」と、オペレーター、一点張り。ため息つきながら。あっちも嫌なんだよね。分かるよ。自分のせいでもないのに。でもさ、私がガイジンだからって馬鹿にしたような口調止めて欲しい。私が切れた瞬間、カッとなって、イタリア語が目茶苦茶になってしまったんだけど、呆れたように、「何言ってるんですか?」って、日本領事館のおばちゃんみたいなことを言われてしまった(おばちゃんにも言われたことある)。こっちは必死なんだ!!!! 怒ってるんだ!!!!こういうとき、母国語じゃないときついなぁ。母国語でもカっとなると、日本語目茶苦茶になるのに。イタリア語だと、もっと更に不自然になる。冷静にならない私も私で馬鹿なんだけど。最近はイタリア語でほとんど不自由なく生活できているけど、やっぱりこういうとき、外国で生活って辛いよなぁって思う。めげそうになる。こんなアホ女に気分を害されている自分も馬鹿らしくて。とにかく「払って下さい」「でも信用できない」の堂々巡りになるので、面倒くさくて、分かりましたって、切った。こういうときは、やっぱり夫の出番。大袈裟に被害者トークをしてもらおう。夫が187に電話をすると、さすが、夫。役者が違う。この件に関しては、請求は支払いしなくていい、翌日までに、97ユーロの行方を知らせる、ということで話がまとまった。つづく。
Jun 16, 2004
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一昨日の夕方、アレの職場UniEuroに、携帯を持って行った。修理のため。この間書いた、画面に青いラインがあるっていうの、直してもらうため。買ったときからあったんだけど、気付かずに、そのまま2週間が過ぎてしまった。アレが言ってくれなかったら、一生気付いてなかったよ・・・。アホだな、私たちってば・・・。でもね、「新しい携帯見せて」と言ってきてその携帯を見た人も、誰ひとりとしてその青い線はそういうものだと思っていたらしく、だーれも何も言ってくれなかった。しかもね、買ったときにお店のお姉さんも気付かずにいた。私たちの携帯のプリペイドカードをちゃんと入れて、ちゃんと動くかどうかチェックしてた彼女までも。・・・あながち私たちだけじゃないんだ、気付かなかったのは。いや、ホント、アレが言ってくれなかったら、絶対気付かなかったよ。購入1週間以内だったら新しいものと取り替えてもらえたんだけど、なんせ気付いたのが2週間後。なので、修理に出すという形になる。というわけで、2週間は携帯なし。ま、別に良いか、どうせあんまり使わないし、私。夫の携帯さえあれば、良いや。そう思っていたんだけど、夫、「いや、どうせだからこの機会にもう一台俺の分も買っちゃえ」って、その場で。夫は一度決めたら善は急げ、な人間で、早速、ソニー・エリクソンの99ユーロのものか、シーメンスの74ユーロのか、悩みにかかっていた。で、私に、「どっちがいい?」って。君、早すぎるよ、決定が。ホントに買う気なの? って言うか、もうすぐ知り合いと待ち合わせの時間だよ。携帯なんて買ってる場合じゃないでしょう? と諭してみた。いや、20分後にホントに待ち合わせの約束もあったんだよね。車で15分ほどかかるところで。だいたいね、携帯って、電気屋で買うよりも、カルフールみたいなスーパーで買う方が安いことがあるし、もうちょっと見てまわってもいいと思うんだよね。どうせ翌日の昨日、カルフールに行く予定だったんだし。「今買わなきゃもうしばらくまた買わないだろうし、悩むのが面倒くさいんだ。さっさと決めて、待ち合わせに行くぞ」と、夫。うん、分かっていたよ、そういう性格って。私は買い物のとき、悩むのがまた楽しいんだけど(笑)。結局、シーメンスの74ユーロのものを買うことに。かなり、玩具みたいな携帯。最新のいかにも繊細な携帯とは違って、昔風なもの。夫が仕事で使う物だから、返ってそういう方がいいってさ。この間買って、一昨日修理に出した携帯は、本当は夫が欲しくて買ったものなんだけど、仕事中にちょっと落としただけで壊れそう、機能があり過ぎで使うのがまた面倒くさい、自分には繊細すぎるって、私にくれた。今では夫がこの携帯を使うのは、写真撮るためと、それからミニゴルフで遊ぶときだけ・・・。ところで、店に着く直前、夫の携帯に誰かからメッセージが届いた。「6月12日・13日は選挙の日、云々」ってメッセージ。投票しろって催促。言われなくても分かってるよ、とメッセージを流し読み。先に送って、最後のメッセージの送り主を見てみると、PresDelConsって書いてあった。PresDelCons? ・・・Presidente del Consiglio!? 首相!!? ベルルスコーニ!!??うっわ~。夫が大嫌いな人からメッセージだよ。メッセージを夫に流し読みしていた私、笑いながら、ベルルスコーニからだよ、って夫に告げる。「何!? ベルルスコーニ!? お前を首相から落としたいがために投票に行くのに!!!」(注意:今回の選挙は首相選挙じゃありません)叫んだものだから、周りの人たちに見られてしまった・・・。「・・・自分に票入れてもらいたくて、こんなメッセージを自費でイタリア中に流したのかな?」ぼそっと夫。何言ってるの。ベルルスコーニが自費でなんて、そんなことするはずないじゃん。甘いよ。イタリア国民の税金でに決まってるじゃん。選挙が近いからということで、選挙のダイレクトメール、凄いんだ。毎日山のように届くんだよね。選挙って言うと、日本の選挙カーが懐かしい。あの、遅番のとき朝遅くまで寝たいのに、朝っぱらからすっごいボリュームで選挙カーが走って行って、起こされる不快感・・・。世の中には夜勤の人もいる。夜勤明けの人に、あれは迷惑だろうなぁ。今の家は静かすぎて、昼まででも寝てしまいそう。・・・子供がいなければね。ああ、もうすぐ選挙だって言うのに、ここは静かだなぁ。ちなみに、昨日カルフールに行ったとき、夫に携帯電話見に行かないでよね。同じ物がこっちではもっと安かったって文句言われるのはやだからね。と告げると、「そういうこと言われると、ますます興味が湧いてきてしまう」って、見に行っていた。どうしようもないやつだな、君は・・・。「幾らだったと思う?」と何とも言えない表情の夫。顔に出やすい人だな。こっちの方が安かったんでしょう? と返すと、「安売りしてて、69ユーロだった」。カルフールの方が5ユーロ安かった。だから、見に行くなって言ったのに。あらかじめ私がそう言ったからか、いつもなら「ピ------(放送禁止用語なので伏せておこう)、知ってたら一日待ってたのに」と言う夫だけど、それ以上は何も言わなかった。うん、その方が身のためだよ。
Jun 12, 2004
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あっつーい。ここ何日か、真夏日。毎年6月は暑いなぁ。この間、この暑さは今日までだって天気予報で言ってたけど、ホントかな?昨日エリカから届いたメールに、「職場暑すぎー」と文句が書かれていた。何でも、エアコンきいているのに同僚が、「暑い」って言って窓を開けるんだって。「どうしてエアコンかかってるのに窓開けるの?」ってきくと、「暑いから」だって。そりゃ、逆効果ってやつじゃ・・・。「この暑さで彼女たちの頭までイカれちゃったのかな?」ってエリカ。「でもね、暑いからって文句は言わないよ。だって、この間まで寒くて雨ばっかりで、『太陽が欲しい』って文句言ってたのに、太陽が出た途端、『暑い』って文句言っちゃあ、いくらなんでも欲張りでしょう!」偉いね、エリカ、その考え方。人間って得てしてそういう文句を言うものなんだけど。うーん、でも、彼女はどちらかと言うと夏人間だな。彼女と仲良くなって2年になるけど、夏はいつも生き生きしてるもん。海に行くんだ、焼きに行くんだ、プールに行くんだ、って。典型的な太陽好きなイタリア人だね。イタリア人って、大抵、海が大好き。夏になると、皆こぞって海へ出かけていく。夏は真っ黒に日焼けするのが当たり前。白いと、ちょっと馬鹿にされちゃう。日本と正反対。夏はニュースで、アジアでは白い肌をいかに守るかが大切とされていて、ヨーロッパではいかに焼けるかが大切とされている、この違いを取り上げる。確かに違い過ぎるんだよね、考えが。私は、どちらも気にしない。焼けたら焼けるし、焼けなかったら焼けない。それでいい。わざわざ日焼けサロンとか行ってまで焼いたことってないし、太陽から肌を守るために努力した覚えもない。イタリア人、一生懸命焼く。ベランダや草原に水着で寝そべって、焼いている姿を見掛けることがとっても多い。・・・でもね、イタリア人の焼け方はまだ良いにしても、ドイツ人の焼け方にはビックリした。そこまですることないだろう、みたいな。普通、イタリア人って海に行くと、日中の真ん中の時間帯の太陽がいちばん強いとき、陽に当たらないようにする。じゃないとね、焦げちゃうよ、ホント。8月のサルデーニャとか行くと、早朝と夕方7時くらいに海に出るのがいちばん良い時間帯なんだって。ところがドイツ人ってば、3時くらいに砂浜に寝そべっていたりするらしい・・・。凄い根性だ。そういえば、2年前、ヴェネツィアとトリエステの間辺りにあるアドリア海に面した町カオルレに行ったとき、一週間、ビーチ近くのキャンプ場で寝たんだけど、隣りのミュンヘンから来ていたドイツ人2家族、見事に3時くらいのシエスタの時間にビーチに出かけていた。私たちとか周りのイタリア人とか、木陰で寝ていたんだけど、彼らは、元気にビーチに出かけて行ってた。真っ黒になって帰ってきて・・・。焦げちゃわないか? って人事ながら心配したものだ。どうでもいいけど、そこの1家族の父さん、カッコ良かったな・・・。35歳くらいだったと思うけど、カッコ良いドイツ人だった。気さくで面白い人だったし。私は海ってあんまり好きじゃない。嫌な思い出があって。イタリアに来て、海って2度しか行ったことがない。初めての海はサルデーニャ。ジョルジョのところに遊びに行ったとき。初めて見た海がサルデーニャだったのは、行けなかったな。あの美しすぎる海を見た後は、もう、どこの海にも行けないでしょう? 水が透き通っていて海底が良く見える、あの奇麗な海を見たら。運良く、夫も知り合う前の年、サルデーニャに行ったばっかりで、海はサルデーニャじゃないと海じゃないって言って、以後、あんまり海に行きたくないらしい。良かった、知り合った人が海大好きなイタリア人じゃなくて。カオルレの海は、うーん、千葉って感じ。普通。去年、マルケ州のチヴィタノーヴァ・マルケにコンサートを観に行ったとき、ここまで来たんだから海に入りたい、って夫の希望だったんだけど、まるで、マイアミ並みの人、人、人。駐車場も見付からず、諦めた。海もまだ7月中旬だったのに、全然奇麗じゃなかったから、別に惜しくもなかったって、夫。今年は、日本に里帰りしたときに新潟の海にでも行ければなぁって話している。長野の従姉のところに遊びに行くから、ついでに。その前に、できれば、いちばん近場のリグーリアの海へ行きたいなぁって思う。子供、海好きそうだし。1ヶ月半くらい前に書いた、ジェノヴァのコンサートで4年ぶりに偶然出会った人がサヴォーナに住んでいるんだけど、彼にも会いたいし。死ぬほど笑わせてもらいたい。行くとしたら、電車でだな。夏は、リグーリアのビーチ、どこも駐車場、見付からないから。電車で行けば、渋滞も気にしなくていいしね。まだどうなるか分からないけど、行けたら良いな、って思う。
Jun 11, 2004
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最近あんまり子供のことを書いてなかったけど、子供、昨日で1歳4ヶ月になった。大きくなったよねぇ~、ホント。1年前にはあーんなに小さかったのに、今じゃすっかり大きくなって、走り回ってるよ。歩けるようになって2ヶ月。最近は歩くの、すっかり安定していて、速い。私と同じくらいの速さ。子供がリビングに来たから、今だ、と思ってキッチンの棚の中に物を入れに早足で行くと、棚を開けている間に、もう子供もキッチンに入ってきている。歩いてるって言うより、小走りしてるんだもん。走るのがまた嬉しいみたいで、ネコが突然家の中をダダダダっと凄いスピードで走り出すみたいに、ダダダダって小走りして喜んでいる。・・・ネコレベル。後ろ歩きも得意になってきて、最初の頃は2・3歩歩いたらそのまま尻餅ついていたんだけど、最近はかなり長く後ろ歩きできる。そのまま歩き過ぎて壁や家具に頭をゴツン、てことも多いけど。こんな調子で、ネコを追いかける。ホント、かわいそうだよ、ネコ。最初のうちは「まーう、まーう」って言いながら、ネコのこと優しくなでているんだけど、そのうちそれが激しくなってきて、叩き出したり毛を引っ張り出したり。たまったもんじゃないと逃げるネコ。それを、また、追いかけるんだ。追い掛け回して喜んでいる。子供にとってはこれも遊びだもんね。ネコにとっては、寝ているのを邪魔されて迷惑。家具の引き出しや戸棚を開けてしまうことが多くて、取っ手を取ったんだけど・・・馬鹿じゃないんだね、脇のところを上手に引っ張って、開けてしまう。これじゃ、何のために取っ手を取ったんだか・・・。こういう風に、ちょっと頭を使えば出来る、という行動、最近は富に多くなった。高いところにあって手が届かないものがあると、長いものを探してきて、それでならそのものに届くから、一生懸命自分の方に寄せようとする。窓なんかも、鍵を回して、取っ手を下に引いて、手前に窓を引けば開くって分かっているから、一生懸命鍵を回す。鍵は固いからそう簡単には開かないんだけど。鍵を閉め忘れていることがあると、取っ手にぶら下がって、そのまま窓を開けてベランダに出ていたり。椅子でバリヤーが張ってあるところでは、その椅子をどければ向こう側に行ける、とか、くぐれば行ける、とか、勉強する。最近出来るようになったことは、椅子やソファに登ること。何でもないことのように登ってしまう。なんだ、こんなに簡単だったのか、みたいな。ソファに登って大人みたいに背もたれに寄りかかって喜んでいる姿、ここ何日かで何度見たことか・・・。危ないんだ。ちょっと目を離したすきにこれだもん。ああ、ますます目が離せない。サッカーボールを蹴っては追いかけ、蹴っては追いかけ、しているのを見ると、イタリア人だな、と思う。たまに、ボールの上に乗っかろうとするから、これも危なくて、目が離せない・・・。言葉の方は、さすがに日本語の方が分かるみたい。私が一日中日本語で話しているからね。少し前までは日本語で言ってもイタリア語で言っても同じ反応だったけど、最近は日本語での方が分かるみたいに思える。例えば、「お水持ってきて」と日本語で言うとほぼ必ず持ってきてくれるけど、同じ事を夫がイタリア語で言ってもあんまり通じない。「水」というイタリア語は分かるみたいだけど。子供、演説するみたいに物凄い喋り捲っているけど、言葉らしい言葉はまだあんまりない。2カ国語生活だからしょうがないのかな。まあ、少しづつ覚えてくれるから良いよね。子供が自発的に発するのは、「まう」=ネコ、「ばう」=イヌ、「まー」=ママ、「ぱー」=パパ、「んー」=うん、「の」=いや、くらいかな? 私がちゃんと聞いてないだけで、実はもっとあるのかもしれない。でも、今のところ、他のものは指差しだったり、コップに水がなくなったからちょうだい、っていうのも、私に自分のコップを差し出して水が空なのをアピールするだけ。歯は16本。最近犬歯が4本とも外に少しづつ出てきている。これがまた立派な歯で・・・噛まれると流血する。おかげで私の腕は傷だらけ・・・。どうやら、歯茎がかゆいみたい。歯が生えるといつもそう。必ず何かを噛んでいる。だから、専用のゴムをあげるんだけど、最初のうちは噛んでいてもそのうち遊びだして、ぽいってしちゃう。ちなみに普通の子供はしゃぶって吸っているおしゃぶり、うちの子はかなり小さい頃からおしゃぶりが嫌いで、イライラして噛んでいたんだけど、最近、試しにあげてみたら、歯のかゆみを取るために思いっきり噛み千切ろうとしている・・・。おしゃぶりってそういうものじゃないだろう??ぽい、で思い出したんだけど、子供にとっては、ぽい、じゃないんだなっていうことに最近気付いた。今手に持っているものよりも興味のある物が目に入ったから、とりあえず今手に持っている物は床に置いておこう、って魂胆らしい。でもさ、こっちの家って、床、土足でしょう? いくら毎日奇麗にしていて、私たちも家ではスリッパを履いているにしても、やっぱり土足生活だからあんまり清潔じゃないんだよね。日本生活って良いなぁ、って思う。床に寝っ転がっても別に汚くないじゃん。他人の家で床を泳ぎだしたりしても、別に気にしないんでしょう?こちらも別に、掃除していれば汚くはないんだけど、どうも土足生活だから要らぬことまで気にしちゃいがち。日曜日にペッピーノとマニョーラとサムエルを見たんだけど、いや、サムエル、大きくなっていたよ。3ヶ月だって。ペッピーノにそっくりで笑えた。目の色も顔立ちも、全部、そっくり!! ミニチュアペッピーノって感じで。ここまで父親だけにそっくりって言うのも・・・凄いよね。うちも母親だけにそっくりだから人の事言えないけど。早く大きくなってうちの子と遊んでね~、サムエル。子供といえば、あと約1ヶ月でマリアの子供が生まれる。7月10日が予定日だって。ステは1月20日出産予定。従姉のパトリツィアも1月15日辺りに出産予定。おめでたが多いねぇ。周りにも子供がいる生活になりつつあって嬉しいよ。うちの子が生まれたときは、だーれも子供がいる人がいなかったから。
Jun 10, 2004
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今週の日曜日は夫の誕生日。何をプレゼントしようかなぁって、考えた。ずいぶん前から考えていて、本当は、アメリカのバンド、DEATHのTシャツをプレゼントしたいなって思って、ネットでアメリカのショップを覗いてみたんだけど・・・サイズが大きいんだよね。うちの夫って、身長177cmで60kg。痩せている。Lでももうブカブカなんだけど、アメリカサイズでXL以上しかないとなると・・・とってもキツイ。ブカブカすぎる。ドイツのネットショップでも見たんだけど、やっぱり大きいサイズしかない~。で、DEATHT案は却下。そのままになってしまっている。いつもはケーキを作るだけなんだけど、それだけじゃいくらなんでも寂しいよなぁ、プレゼントあげたいなぁって思うんだけど、いいプレゼントが見付からない。CDも、別にすっごい欲しいってCDないしなぁ。・・・やっぱりプレゼント、メタル関係のものばっかり考えている辺りに私たちの生活が覗えるでしょう?来週の土曜日は、夫の従兄のジャンフランコとカルラが結婚することに。突然の挙式!! もう何年も同棲している彼ら。私たちが結婚する前から、結婚する、結婚するって言ってたけど、4年後に、ようやく結婚だよ。でね、着ていく服をどうしようか悩む・・・。ずっと前に友達の結婚式に来ていく予定でいたチャイナドレスがあるんだけど、それを着ていけって夫は言う。でもね、そんなの着て行ったら、子供の面倒見られないんだよ。「うちのお母さんが見てくれるから良いんだよ」と夫。確かに、見てね、と頼まなくても自分の膝の上に乗せて子供に食べさせている義母の姿が簡単に想像できてしまう・・・。この間義母に会ったとき、夫がそう言っていたよ、って伝えたら、「やっぱり私のことを良く分かっているのねぇ」って。じゃあ、ずっと見ていてくれるの? そしたら私、チャイナドレス着るけど、と言うと、「安心して。ずっと見ているから」って。でもねぇ・・・どうなのかなぁ、と私はまだ悩んでいる。昨日、チャイナドレスに袖を通してみたんだけど、私、太ったのかな? 結構キツイ・・・。いや、体重的には増えていないはず。ただ、最近ダボっとした服を着ていることが多いから、キツく感じるだけか?・・・そうなんだ、と自分に言い聞かせることにしておこう。これで本当に子供を見ることになったら大変だぞ。こんなキツくて、スリットが結構上まで入っているもので動くことになると。うーん、考えちゃうな。しかもね、全然控えめじゃない新婦カルラよりも目だってしまいそうな気がして、カルラの気を害すんじゃないかなぁって、ちょっと考えちゃう。夫は別にそんなの気にすることないって言うけど。
Jun 9, 2004
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土曜日の夜、アレとエリカが家に遊びに来た。新しい携帯、アレの店で買ったわけなんだけど、彼、携帯見せて、って言ってきた。何でも、彼が新しく買い替えようと思っているのが、私たちが買った機種らしい。「あれ? この青い線、他のにはなかったけど・・・」と、アレ。画面の上の方にいつもある青い線。え? これって、普通じゃなかったの?ちょうど、Vodafone ITと書かれている下にある線。こういうものなんだと思っていた。実は、イカれているらしい。夫が、ちょっと貸せ、と、携帯を弄り回してみる。「確かに、これはおかしい・・・」夫も私も、今まで気付かなかった。2週間も。交換しよう、と話していたとき、メッセージが届く。私の携帯に。つまり、夫が手に持っている携帯。無言のまま読みはじめる夫。いつもなら、すぐに、内容を読んでくれるのに、無言。誰から? とこちらから訊ねてみると、「・・・意味、分かんないんだけど、このメッセージ」と言って読みはじめる。「やあ。今ちょうど電車でナポリを通っているところなんだ。で、ローマで出会ったあの美しい女の子にメッセージを送ろうと思って」。「おおっと、愛人発覚?」とアレ。「ちょっと、katia・・・。身に覚えがあるの?」。エリカが私の顔を見る。ない。全然ない。「誰だ? お前にこんなこと書いて来る奴」と夫。知らないよ。ナポリだとかローマだとか。単なる間違いだよ。「320で始る番号って、これ、ジョルジョか?」ジョルジョは最初、324だよ。最初が320なんて、誰も知らない。私は無実。メッセージをよく読んでみる。この男の子(文体から男と分かる)は、ローマでナポリ出身の女の子をナンパして、ナポリの女の子は、彼に電話番号を教えたと見える。で、彼がちょうどナポリを通りが買ったときに彼女のことを思い出してこのメッセージを書いた、と。そういう内容に思える。私はもうローマには5年ほど行っていない。当時はこの携帯の番号持ってなかった。よって、無実証明。誰だか知らんが、変なメッセージ送って来るな!! しかも、彼はその彼女がこのメッセージ受け取ったと思い込んでいるに違いない。アホな。「『ごめん、実は俺、男だったんだ』って返事してやれば?」とアレ。いや、アホ男のために無駄な金使いたくないからやめとく。ところで、夫の会社に数ヶ月前から女の子の秘書が入って来たんだけど、夫の話を聞いていたら、どうも彼女、夫が私に毎日語る『今日の話』の中に出て来る回数がちょっと多い。それだけ一緒にいる確率が高いというのは、ちょっと変。だって、夫と彼女は働いている場所が違うから。そんな風に思っていたら、案の定、そのうち、夫、『今日の話』の中で、「同僚たちが、秘書、お前のこと好きみたいだけど、離婚とか面倒なことするようなことになるなよなって言う」って話を出してきた。何でも、同僚から見ると、彼女、いつも夫の尻を追いかけているらしいんだ。やっぱり!! どうも何かがおかしいと思った!!「いや、別に迫って来るとかってわけじゃないんだけど」どうやら友達みたいな感覚らしい。でも、同僚曰く、それにしては夫にだけくっ付き過ぎ。まあ、別にそれだけなら良いよ。一度、同僚のひとりが、夫に「飴欲しい?」ってメッセージを送ってきた。それを読んだのは私。何これ? と夫に訊ねると、「秘書がいつも『飴欲しい?』って言うから、からかってるんだ」。このメッセージを送ってきた人に、「その飴、自分の欠の中に突っ込んどけ。唐辛子味の飴なら尚良し」と書いてやった(書いちゃう私もねぇ・・・)。翌日仕事に行った夫、その人にメッセージを受け取ったかどうかきかれた。逆に夫もメッセージを受け取ったかきいたら、「うん、受け取った。まだ肛門がヒリヒリするよ」ってさ(笑)。イタリア人ってこういう冗談好きだよなぁ。秘書の女の子、夫に迫りさえしなければ良いと思ってる。そんな私は甘い?
Jun 8, 2004
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金曜日、マリア・ヴィットリア病院に出かけて行った。朝、7時前に家を出て、ティツィアナに送ってもらって、8時過ぎに病院に到着。初めていく病院なんだけど、大体この辺ってあたりまで来たとき、どこだか分からなくて、道行く人に聞いたら、実は私たち、病院の右隣りの道をずっと知らずに走っていたらしい。あ、これ、病院なの? 何だか普通の家(マンション)みたいだけど。って感じ。18.59ユーロを自動料金支払い機で無事に払い(この機械、たまに壊れたり、お釣が出てこないことがある。イタリアではとってもありがちで、いつも心配)、8時半に予約を入れた歯科に向かう。受け付けをしろと言われて、受付窓口で待つ。私の前にひとりおじさんがいて、彼の受け付けに5分以上かけていた。・・・何でこんなに手際が悪いのか?やっと私の番が来たと思ったら、おばちゃん、ちょっと待っててと言ったまま姿を消してしまった。待つこと10分・・・。ようやく私も受付してもらえた。歳をきかれて、30です、と答えると、「うそでしょ? もっとずっと若く見えるわよ」。子供もいるんですけど、私。「子供までいるの? てっきり17歳くらいかと思ってた」いや、いくらなんでも17歳はないだろう!? 見る目ないよ、おばちゃん。大体いつも26くらいに見られるんだけど、17歳はいくらなんでも・・・。受け付けを済ませてもらった番号は66番。今、ちょうど64番が中で治療中だけど、62番と63番の女性たちがまだ待合室で待っている。ということは、私は4番目。どのくらい待つんだろう? 30分経っても、誰も一向に治療室から出てこない。その間、受け付けには山のような人の列が。良かった。早めに来て。あんまり言葉が分からないらしいモロッコ人のお母さんと2人の小さい子供。そして、同じく2人子供を連れたモロッコ人のお母さんがまた現れた。先に来たお母さんはまだイタリア語が分かる方で、後に来たお母さんに彼らの言葉で「あっちで受け付け済ませてね」と教えていたみたい。受け付けを待っていた中に、もうひとり、モロッコ人男性。アルバニア人と見える女性が、受け付けを済まさないまま治療中の先生と話したい、と言っていた。待っていたおばちゃんたち、彼女に、「私たちはその為だけでも受け付けを済ませて番号札をもらって待っているんだから、あなたもそうしなさい」って言っても、「いや私は一言先生に言うだけ」って譲らない。結局、先生に受付してねと言われて、受付しに行ったんだけど。「外国人がいっぱいね」と、一緒に待ってくれたティツィアナ。ほんと、いっぱい。って、私もその一人なんだけど。外国人のうちのひとりのモロッコ人男性、全然イタリア語が分からないらしい。受け付けのとき、「歳は?」と訊ねられたのに、分からないって顔をしていた。後ろに並んでいた、後から来たモロッコ人女性が助けを出す。彼女もあんまりイタリア語分からないって言ってたけど、彼女の方がまだちゃんと分かるらしい。そこへ降って湧いたのが、ひとりのイタリア人男性。通訳を買って出た。凄い。喋れるんだ。・・・しかし、このモロッコ人、喋れないのにどうするつもりだったんだろう? 治療してもらうときとか、どうするつもり? 全然説明できないわけでしょう??で、モロッコ人って、もう何年もイタリアにいるのに、イタリア語が喋れないって人が多い。あのさ、言っちゃなんだけど、私はイタリア語を勉強しはじめて、1ヶ月で、ひとりで飛行機のチケット予約をしに行ったり、歯医者に行って治療してもらったりしている。片言ながらも、ちゃんと相手に理解してもらえるよう頑張った。ちゃんと行く前に予行練習して、忘れそうなところはちゃんと紙に書いて、いざというときは見よう、って持って行った。通じるよう、結構努力した。普通、外国に住んでいる人ってそういうものじゃないのかな?イタリアに来て1年で、10年イタリアにいるモロッコ人よりもちゃんと喋るって言われた。これは、別に私が天才なわけじゃなくて、モロッコ人が喋る努力をしないだけ。いや、私ももう最近はすっかり努力しなくなっちゃったから、あんまり人の事言えないけど・・・。そんな風にモロッコ人を観察しながら待つこと1時間ちょっと。ようやく私の番。下の両方の親知らずが他の歯を押しているんだと問題を説明して診てもらって、予約がいっぱいだから親知らずを取る手術は10月だけど良いかと言われる。予測はついていたから、別にそれでも良い。ついでに、上の犬歯、永久歯がまだ中に入っていて、2回目に生えた乳歯がそこに残っている問題についてどう思うか、何をする必要があるのか訊ねてみる。せっかくこんなに待たされてお金まで払ったんだし。単に予約のためだけにお金を払わされたわけで、これだけでは納得行かない。犬歯の問題は、時間をかけて直していくしかないだろう、そっちは担当の歯科医と相談してください、って答え。2年くらい時間がかかるってさ。でね、まあ、いろいろ技術的な説明されたりもしたんだけど、この先生、物凄い早口。こういうとき、言葉が分からないって本当に不便だと思った。私も昔は分からないことが結構あって、苦労したよ。外国に暮らしていると、文化の違いももちろんあるけど、最初の頃は言葉が分からないということで、かなり苦労をするもの。この間日本から遊びに来た友達、看護士なんだけど、病院にカナダ人が入院してきたんだって。で、このカナダ人、当時すでに2年間だか4年間だか日本で生活していたらしいんだけど、日本語全然できなくて、英語で喋りたかったんだって。で、ここの病院には英語を話す看護婦(当時はまだ看護婦と言っていた)がいない、って切れたんだってさ。そこへ来た先生、「あんたは2年(だったか4年だったか)も日本にいるのに少しも日本語が喋れないなんて恥ずかしいと思わないのか! 誰も彼もが英語で喋ってくれると思ったら大違いだ。ここは日本なんだから!」と患者を叱ったんだそう。うん、もっともだよ。郷に入っては郷に従え、でしょう。人様の家に行ったら、人様の家のしきたりに従うべきなんだよ。何らかの理由で外国に生活することになったら、その国の言葉くらいちょっとは勉強すべきだと思う。だいたい、いざっていうときに困るのは自分なんだし。緊急の場、病院に行って、つくづくそう思った。
Jun 7, 2004
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親知らずの件でいつも行っている歯医者さんに行ったら、難しい手術になるから、その手術に長けているという違う歯医者さんに行くよう勧められた。で、そっちの歯医者さんに行ったら、難しいから病院へ行った方が、っていうことになった。そこまでは以前、すでに日記に書いたっけ。で、どこの病院に行ったらいいか、とアドバイスを聞いたら、モリネッテ病院って言われた。モリネッテって・・・あの、夫が親知らずで凄く痛い思いをしたモリネッテ?あれは3年前の夏休み。夫の親知らずが激しく痛み出す。夏休み中で、どこのプライベートの歯医者さんも休みで、公立のモリネッテに行った。夫の親知らず、急遽取らなきゃと言うことになった。当日は2時間待たされた後、痛み止めを打ってもらって、翌日また来いと言われた。翌日行くと、また3時間待ち。麻酔をして、ふと、夫が払ったお金がこの作業には足りないということに気づき(受け付けの手違いで)、払い足して来るよう言われる。私が払いに行っている間、作業が終わって、夫、私を迎えに来る。「麻酔が30分で切れるって言われたから早く家に帰ろう」と夫。家まで車で30分なのに、どうやって帰ればいいんだ??支払いを終えて、支払証明を届けに行って、さっさと帰る。が、30分と言われていた麻酔、10分も経たないうちに切れてしまった。おかげで夫は激しい痛みを抱えたまま、家まで運転しなきゃならなくて・・・。もう、根性だけで家に辿り着いたって感じ。親知らずがなくなった後を見ると、穴がぽっかり空いている。何でも、十字に切って、中からペンチで歯を取り出して、そのまま、だったんだって。縫いもしなかった。後のケアは一切なし。自分で抗生物質をお尻に注射してね、って抗生物質の処方箋書いてくれただけ。麻酔が切れて痛くなったら、痛み止めの薬をどんどん飲んでいいって言って・・・。夫がこんなイヌみたいな扱いを受けたところへ、もちろん私は行きたくない。ましてや私のケースは更に難しいケースだから。だから、他にどの病院へ行けるかと歯医者さんに訊ねたところ、ちょっと遠いけど、マリア・ヴィットリア病院なんてどうか、と言われた。そこだったら、検診を予約して、その時に手術の日程を知らされるから、待つ時間もあんまり無駄にならないしって。で、早速電話をしてみた。予約は8時から15時までにフリーダイヤルにしてくれと言われて、その時間内にかけたんだけど、全然繋がらない。これは、下手なチケット取りよりも難しいかも、ってくらい。一日目、全然繋がらず。ずっと話し中。二日目、全然繋がらず。15時5分前にかけたら、何と繋がった。けど、録音の声でそのままお待ちくださいって15分くらい言われて、その後、予約は15時までですって録音に切り替えられて、そして切られた。なんだよ! じゃあ、待たせんな!三日目にして、ようやく繋がった。午前11時半に。やっぱり10分以上録音の声でそのままお待ちくださいって言われて、ようやく出てくれた。誰かがキャンセルしたのが6月4日の朝8時半にあると言われた。その後だと1ヶ月以上先になるってことだったから、4日に予約。無事に予約終了。さて、その後がまた大変。そんなに朝早くにその遠くの病院まで私を送って行ってくれる人がいない・・・。昨日になってようやく、ティツィアナが午後から仕事ということで、彼女に送って行ってもらうことにした。これでようやく一安心、と思ったら、昨日の夜になって、義母から電話が。「4日、医者のストがあるらしいわよ?」って。何だ!! また壁が!!?今朝になって、マリア・ヴィットリア病院の歯科に電話してみたら、誰も出ない。おかしい。病院のセンターにかけてきいてみると、「今日が病院の医者のストで、明日が主治医のストだから、明日は問題ないと思いますよ」とのこと。「思う」じゃ困るんだ。遥々出かけて行って、やっぱり駄目でした、じゃどうするよ?でも、今日すでに歯科に電話しても誰もいない=今歯科ストしてるってことでしょう? じゃあ、明日は大丈夫なのかな? 大丈夫ということを祈るしかない。いや、きっと大丈夫だよ。・・・と現在自分に言い聞かせている。どうか、ちゃんと明日は検診してもらえますように・・・。
Jun 3, 2004
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30日の日曜日の夜、SupeRockというミニフェスティバルへ行ってきた。会場は、Fabrik。工場、っていう名前からして、まさか工場で演奏するのか? なんて思ったんだけど、案の定、町の工業地帯の一角。いかにも元工場を改造しました、みたいなところ。確かに演奏するならこういうところの方が良いんだろう。だって、住宅街じゃ近所迷惑だもん。この日のフェスティバルは、16時開場。全部で11グループが演奏。入場料は5ユーロ。安いもんだ。今週末にボローニャで開催されるGods Of Metal、一日あたり40ユーロだよ? そりゃ、世界的に有名なバンドが軒並みだけど、それでも40ユーロは高すぎる!! 最初の年、97年には入場料が35.000リラだった。7年で倍以上の値段に値上がりって、いくらなんでも高すぎやしないか? しかも倍どころじゃない。それ以上なんだ。お金の問題もあって、今、Gods、行こうかどうか考え中。もうすぐなんだけど、あまりに高くて考えちゃう。ああ、SYMPHONY X観たいよぉ。こういうことを考えると、5ユーロって安いもんだ。近いし。この日のトリは、もうすぐ来日が決まっているSKYLARK。まさかSKYLARKのライヴレポートも読めるんじゃないか、と期待した方、すみません。あらかじめ断っておきますが、SKYLARKは観てません。トリを観ないなんて、と言われることでしょう。でもね、私はこの日、その前に演奏したHIGHLORDを観に行っただけなんで。しかもね、時間がかなり遅くなってしまっていて、子供を迎えに行く都合上、どうしても帰らなくちゃ行けなくて。時間がこんなに遅くならなければ、SKYLARKも観たかったんだけどなぁ・・・。私たちが会場に着いたのは、21時頃。中に入ると、ちょうど、6番目のバンドの演奏が終わったところ。INREVERCEというメロディックデスメタルのバンドが準備をしはじめていた。メロディックデスメタルということで、ちょっと期待をかける。何かね、ヴォーカリストらしき人がスウェーデンのメロデスバンドAMON AMARTHのヴォーカリストみたいな感じ。AMON・・・。いや、良かったな、彼らのライヴは。音楽自体好きなんだけど、ヴォーカリストがステージの上でビール飲んでて、すっごい激しいゲップを聞かせてくれたとき、素敵、と思ったね(思うな!)。何ともワイルドな人だった。いかにもヴァイキングみたいな。そんなことを考えながら、ふと、横を見ると・・・見たことのある顔。フランチェスコとマッテオじゃないか!! もう3年半くらい会っていない!!彼らは元々夫の近所に住んでいた友達。昔の友達を見つけて、笑談。しばらくメタルから離れていた彼らだけど、またこうしてメタルを聴くようになって、いろいろ観に行ってるんだって。良し良し。そのうちメロデスバンドの演奏が始った。ヴォーカリストの咆哮が、素敵。と思ったら、ステージ上にはもうひとり、女性ヴォーカリストがいて、そっちがメインらしい。普通の声で歌ってる女の人に、彼の声が合いの手みたいに入るだけ。何だよ、期待して損した。曲の方も、別にあんまりデスじゃない。ベーシストは、DEATH SSを意識したような感じ(格好まで)。そのうち興味なくて喋りだしちゃったんで、もう、それ以上はこのバンド、観ていない。なので何とも言えない。次に、ELEGACYというプログレっぽいのを演奏しているバンドが準備しはじめた。「マジェスティックのベーシスト(って言ったかギタリストって言ったか覚えていない)とイングイネがギタリストでいる」そう、イングイネ。この間、WHITE SKULLの話で書いたよね、イングイネのこと。イングヴェイ・マルムスティーンなりきり男。格好や仕種まで同じなら、身体の太さまで同じというイングイネ。夫はイングヴェイ嫌いなんだけど、私は昔大好きだったし、ライヴも観に行っている。最近もう興味なくなっちゃったんだけど。なので、実はイングイネを観るのは残念ではない。演奏が始って、ふとステージを観ると、ギタリストが三人いる。しかもそのうちの2人はイングイネとそれに似たようなもの。おかげで、すっごい音が重なり合って、訳の分からないことになっている。そう、まるでいつか観たSTRAMONIOみたいな・・・。STRAMONIOを観たとき、私、耐え切れなくて、トイレに逃げ込んだ(笑)。あれなら嫌いなグラインドデスを聴く方が良い。MORTICIAN、喜んで聴くよ。夫にSTRAMONIOみたいだと言うと、「そういえば、あのヴォーカリスト、STRAMONIOのヴォーカリストと違うか??」。そういえば・・・そんな感じだわ。残念なことに、ひとりひとりは上手いんだ、このバンド。でも、音楽が聴くに絶えない。で、放心状態な私が観ていたのが、ベーシスト。上手いし、魅せるんだ。次なるバンドは、バンド名が読めなかったデスメタルバンド。実はMIND SNAREと言う名前だったらしい。そうか・・・。ロゴ、凝り過ぎていて読めなかったよ。デスメタルバンドにありがちな話で。デス、でもどんなデスなんだろう? 準備しているのを見ていたら、ギタリストとベーシストとドラマーしかいないみたい。ベーシストがヴォーカルもやって。これは・・・きっとメロデスは期待出来ない。この編成じゃ。気持ちの良いツーバスの疾走が始る。それにしても、これは・・・かなり重たいぞ。グラインドだぞ。「DEICIDEみたいな感じだ」とフランチェスコが言って、ステージ前に飛んで行った。好きなんだ、彼はこういうの。っていうか、彼は変わっていて、一般の人が言いというものは嫌いで、一般の人が何だこれは、というのは好き。絶賛するからまた凄い。でもさ、フラよ、DEICIDEはもっとちゃんとたまにメロディがあるぞ。夫がたまに聴いているけど(私は嫌い)、彼ら、美しいメロディがたまに出て来るのがまた良いんだろう。私の目の前にいたおばちゃん、思わず耳をふさいで逃げていく。良く見ると、他にもおばちゃんおじちゃんがいる。どこかのバンドのご両親かな?ステージの前では何気にゴリラダンスをしている人たちがいた。最後にSLAYERのカヴァーを演ったときは、凄い盛り上がり。ギターが一本抜けていてかなり雑だったように思えるけど、曲が流れるだけで盛り上がれるって、さすがはSLAYER。SLAYER、私は別に好きじゃないんだけど、生で観たときは凄いと思ったね。演奏が。すっごい正確で。最後の最後までスピードも正確さも落ちない。この日観たバンドの演奏面では、ドラムスが笑わせてくれた。いや、そういう音楽なんだけど、でもね、足だけせわしなく動いていて、上半身は動きがスロー、まるでEAGLES、ドン・ヘンリーって感じで、おかしかった。ツーバスだけ叩いてるって感じ。最初、最後まで持つのかな、と思ったけど、ちゃんと持っていたのは偉い。その次に演奏したのが、私がこの日観に行ったHIGHLORD。ステージ前に行って時間を見ると、すでに11時半近く。う、まずい。12時くらいに子供を迎えに行くって、預けてある義母に言ったんだけど。時間が遅かったせいか、観客の数も減っていたように見えた。私の前に、ふと、さっきのおばちゃんたちを発見。なるほど。HIGHLORDの親御さんたちか。こうやって子供のライヴを観に来るって良いよね。そういえば、前に彼らを観たときも、いたっけな、親御さんたち。親といえば、LABYRINTHのヴォーカリスト、ロベルト・ティランティの両親も結構見たことがある、ライヴ会場で。何でも彼の両親は、お母さんが彼を妊娠中にDEEP PURPLEを観に行ったという素敵なカップル。そういう両親と、小さい頃から音楽を聴いて過ごしたんだって。ちなみにどうでもいいけど、私は妊娠中にMANOWARの激しいポーゴの中でちょっともまれた馬鹿。だって知らなかったんだもーん、妊娠してたって。で、実は出血。それから妊娠テストをして、妊娠したんだって知って救急科へ。それでも無事に生まれてきた子供は、強いよ。さすがにメタルを聴いて喜んで、腕を振り上げたり踊ったりしているだけのことはある。ちなみにラテン音楽でも踊る・・・。さて、そういう余計な話はどうでもいいとして、HIGHLORD。この日は私、まだ彼らの新しいアルバムを聴いていなかったため、ライヴで聴けるのが楽しみだった。彼らを観たのは過去に3回。2000年に2回と2001年に1回。その頃はまだ前のヴォーカリストが歌っていた。当時はメロディックパワーを演っていて、当時観まくっていた他の似たようなイタリアのバンドに比べて、かなり良いセンスを持ったバンドだと思っていた。1stから何気に結構好きだったんだ、私。今回3年ぶりに彼らを観て、かなり変わったなと思った。大きな変化は、まず、何よりもヴォーカリスト。3rdを聴く限りでは、声の質と歌唱がファビオ・リオーネ系な人だなぁって思っていたけど、4thではちょっと変わっているように感じた。ステージ上では、前のヴォーカリストよりも、彼の方が数段良い。まず結構大袈裟っぽい感じ(悪い意味じゃなくて)。フロントマンとして活発な動きを見せていた。演奏は、以前よりも良くなっている。これは明白。ベーシストのディエゴは以前から結構前に出てきて魅せたり動き回っていたりした人だけど、これは相変わらず。ギタリストのステファノは、相変わらず自分の位置からほとんど動かない。君、ギタリストなんだからソロのときくらいもっと見せてやれよ、って気がした。ステージ上でとっても気になったのが、女性ヴォーカル。気になったって言うか、気に触っただな。CD上でも歌っている、彼女。別にいつも歌っているわけじゃないのに、ステージ前面にいるんだ。で、歌わないときは(つまりほとんどの時間)、その場で腰をかすかに振って踊っている。・・・彼女は一体何のためにいるんだ?? と疑問に思ったことが何度あったことやら。思わずCRADLEのステージに出てきた3人のおねーちゃんを思い出してしまった。ずーっとステージ上でセクシーな踊りをしていた彼女たち。最後には脱いじゃった彼女たち。いや、このHIGHLORDの彼女はちゃんと歌っていたこともあるから、彼女たちとは同類じゃないにしても、でもね、ほとんど歌うことがないんだったら、こんな客の目の前にいる必要ないんじゃない??女性ヴォーカルのことはどうでもいいとして、音楽の方、以前とかなり変わった。何だか、前はもっと音楽が単純で、メロディがはっきりしていて、一度聴いたら一緒に歌えちゃうような感じだったけど(HAMMERFALLほどじゃないにしても)。どんどん複雑な方に進んで行っている。ただ、ドラムスの音量が高くてあんまり良く聞こえなかったし、疲れていてはっきりと言えることが少なかったので、音楽の話はまた今度、CDを聴いてから書くことにする。そう、高かったんだ、ドラムス。おかげでドラマーの彼がブラックヴォイスで歌うところがあるんだけど、それ、あんまり良く聞こえなかった。まあ、全体的に、なかなか成長した姿を見られたと思う。ただね、ステージの上のメンバーたちが観客から離れたところで演奏しているよな感じを受けた。もっと観客をと距離を縮めて、観客を自分たちの音楽の世界に入れ込んで、一緒に盛り上がってもらえるようにした方が私は良いと思う。最後にカヴァーしたPainkillerでは、観客と距離が縮まったような感じだったけど、全体を通してそうしないといけないと思うよ、ライヴに定評を受けたいんだったら。この調子だと、世界でプレイするにはまだまだ足りない気がする。また新しいCDもじっくり聴いてみよう。
Jun 2, 2004
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日曜日、無事に友達が日本へ帰って行った。楽しかったよー。ありがとう。彼女たち、5月21日の夜に家に着いて、22日の土曜日はフランスとの国境近くの町、スーザに連れて行った。日本のガイドブックには載っていないけど、スーザは歴史のある町。古くはローマ時代からの歴史と歴史的建造物のある町。ローマ時代の円形劇場跡、アウグストゥスの凱旋門を始め、幾つかの見所がある。その町の大きさ、背後に見事なアルプス山脈を望める辺りから、アオスタを思い出させる。アオスタの町の大きさ、見所の数とほとんど同じだし。帰りに山の上のサクラ・ディ・サン・ミケーレを訪ねようと思ったけど、閉館時間ギリギリになってしまいそうだから、やめて、その足で携帯を買いに行った(ってことはもうこの間書いたっけ)。23日日曜日は、一日中トリノ巡り。まず、トリノ市内を観光。それから、トリノを見下ろす丘の上にそびえるスペルガ教会、郊外のストゥピニージ宮殿へ。ストゥピニージ、内部を見学しようと思ったけど、一人あたり6.50ユーロは高い・・・ということで、やめた。中には見るものも結構あって、ナポレオンが乗った金の馬車まであるんだって。・・・いいさ。家の近所にナポレオンが泊まった家があるから。今じゃ入り口付近に売春婦が立っているけど。って、それはどうでもいいことか。ストゥピニージの近くに、私がいつも買い物に行っているカルフールがあるので、ついでに買い物しに行った。友達はお土産にチョコレートをたくさんと、はちみつを買っていた(彼女もはちみつ好きらしい)。帰りにピーナのジェラート屋に寄った。友達、イタリアに来てまだ美味しいジェラートに出会っていないって言っていたから。ピーナのジェラートには満足してもらえた。物凄く美味しかったって。しかも、他の観光地の約半額の値段で同じ量。観光地で食べたのはどれも高いし美味しくなかったってさ。そういうもんだよね。旅行者って、美味しいところとかってあんまり知らないし、知ってても観光地だったりするものだから、観光地、って言うだけで凄く高くなるんだ、値段が。在住者はもちろん、郊外の美味しくて安いところを知っているものだよね。この日の夜は、友人が餃子を作ってくれるって。本格的に水餃子と焼き餃子を生地から作ってくれた。その手際の良いこと良いこと・・・。彼女、7月から8月にかけて、中国は大連に留学するんだって。大連って言えば・・・餃子の本場じゃないか? まさか餃子修行に行くのか? と思いきや、単に語学留学するんだって。もうずいぶん前から中国語習ってるもんな、彼女。彼女と妹さん、二人とも元看護婦で、二人とも3月いっぱいで仕事をやめて、旅行しまくっている。最初はスペイン、そしてエジプト、今回イタリア、その後台湾、そして中国留学。その後は、アンコールワットかマチュピチュを観に行く予定だって。いいな~、マチュピチュ!! 私も観に行きたい!! 中学の頃、インカにはまってたんだ(笑)。餃子、美味しかった。日本の中華料理屋の味だったわ。24日は朝、次の日アオスタに旅立つ彼女たちのためにホテルを探したり、電車やバスの時刻を調べたり。アオスタのホテル探し、大変だった。安いところは結構もう満室ですって言われちゃって。でも、結局街の中心で、一晩二人で65ユーロというところを発見して、予約。午後から家の周りをフラフラ。何にもないところだねぇ、って言いながら。いやね、足を伸ばすと、城とか古い塔とかあるんだよ、実はこの町にも。ただね、車が必要なのよね。ちょっと足を伸ばしたついでにスーパーに寄る。珍しいものが欲しいって言っていたから、フェンネルの種とフェンネルの茎(?)の部分、それからトリッパ(内臓料理)の缶詰、乾燥ポルチーニ茸(こんなのお土産屋で買ったら倍くらいの値段するんだよね)、などなどを購入。フェンネル、日本で栽培するって。こっちではフェンネルの茎(?)の部分食べるんだよ、って言ったら、驚いていた。早速味見。葉っぱの部分を捨てていたら、「え? 捨てちゃうの? 勿体無い」だって。うん、いつも捨てちゃう。茎の部分は、そのままスライスして生で食べたり、茹でてパルミザンチーズをかけて食べたり。この日は生。「セロリみたいな感じの味だね」だって。そういえば、そんな感じだね。25日は早朝、彼女たち、アオスタに旅立った。26日はクールマユールへ。そして27日にまた家に帰って来る。28日は朝、町の市場がある日。友達、市場大好きだから見たいって。さっそく出かけていく。凄い大きいチーズがあるねぇ、あ、イタリアでもうなぎって食べるんだぁ、あの不思議な魚は何? あんなに大きなオリーブがあるんだ、キンカンの木まで売ってる、などなど、日本人らしい感想が飛んでいた。市場では、チョコレートを(また)ゲット。それからアマレッティ、はちみつを買う。この日の夜はお寿司。元寿司屋で働いていた友達が腕を振るってくれた。美味しかったよう。日本に帰ったらいっぱい食べたい。29日土曜日は、夫、朝仕事で、午後からこの間行くはずだったサクラ・ディ・サン・ミケーレへ。山頂の崖っぷちにあるこの修道院、駐車場に車を停めて10分ほど徒歩で登る。ベビーカー無しで子供と一緒は辛い。そこはベビーカーでは行けないんだ。階段がたくさんで。私はここ、もう4回目なんだけど、一度も中に入ったことがなかった。今回こそは入ろうと決めていた。長い階段を登って、ようやく修道院の建物の入り口に着いてアーチをくぐると、中にまた階段。入り口のドアを入ってまたすぐに階段って、想像してなかったからビックリ。またまた「死者の階段」と呼ばれる長い階段を登って(こんなところから落ちたら死にそう、って感じだった)、またまた階段を上って、ようやく教会内部の聖堂に着く。聖堂内部にはこの辺に栄えた昔のサヴォイア家の人たちが祭られていた。91年にローマ法王も訪れたそう。・・・あんな階段をどうやって上がったんだろう?? 今のローマ法王を見ると、とっても想像がつかない。絶壁側にあるテラスからは、下の町々が見渡せた。アルプスも望めるはずだったけど、雲がかかってて見えなかったのが残念。帰りは山の家を見たいという友達のリクエストに応えて、山の家に寄った。夫があれもこれも造ったんだよ、と家を案内したら、感動していた。特に暖炉が気に入ったようで、写真撮っていた(笑)。ついでに隣りの従兄のコッラードの家も案内。いかにも山の家の台所な感じの作りにとっても喜んで、椅子に座って写真撮影を始めた(笑)。その後部落を散歩。だいたい1900年にこの部落が作られたんだと説明しながら。急ぎ足で家に戻って、トイレに行ったり、着替えたり。夕食の約束の時間が押していたので、急いで出かけていく。うちの子よりも2ヶ月後に生まれたイタリア人と日本人の両親を持つ女の子とその家族に会うために、もうひとりの友達がこの日、皆で一緒にピザでも食べに行こうと企画してくれた。その女の子のかわいい事かわいい事!! うちの子よりも断然イタリアっぽい顔をしている。うちの子はかなり日本人顔だから、夫が子供と歩いていると、道行く人が、子供の顔と夫の顔をジロジロ見る。この親からどうやってこの子供が出てきたの? って感じで。で、その後に私が歩いてたりすると、「ああ、納得」って感じになる。この女の子はあんまり日本人って感じじゃない。彼女のお父さんもお母さんもとっても良い人だった。何よりもお母さん、面白すぎる。うちの子供、いっぱい笑わせてもらっていた。こういう両親だから、きっとあの女の子は良い子に育つんだろうなぁ。楽しいお喋りをしていたら、すっかり遅くなってしまった。その後、子供を義母に預けに行かなきゃならなくて、11時に退散。義母のところでまたお茶を飲んだりしていたら、すっかり遅くなって、家に着いたのは12時をとうにまわっていた。翌日30日の朝、7時に起床。早すぎる。眠い。ただでさえここ何日か沢山動いていたし夜も遅いんだけど、ここ数日、子供の犬歯が生え出してきていて、子供、眠れないみたいで、夜、起きちゃう。グズる。おかげですっごい寝不足。9時にトリノの長距離バス停からミラノのマルペンサ行きのバスに乗るという友達をバス停まで送って行って、その後、日曜日なのに、夫、急遽取引先の工場に仕事に行くことに。寸法を計りに行くというだけのことだけど、せっかくの日曜日を働くだなんて・・・。取引先の工場は遠いので、結局12時ごろ家に帰ってきて、寝ようと思ったんだけど、近所の人が草を刈っていて、うるさい。更に、ネコが邪魔する。眠れない眠れないと思っていたら、今度はお腹が空いて眠るどころじゃなくなってきた。ああ、せっかく、子供がいないから思いっきり眠れると思ったのに・・・。そのままお昼ご飯の支度。食べて片づけて、プリンとか作って、ってやっていたら、もう4時。イーゴルの家に届け物をして、その後車を洗いに行って、義母の家へ。彼女のところで夜ご飯を食べて、その後ライヴに出かけなきゃならなかったんだけど・・・、もうすっごい疲れたし眠いし、ライヴどころじゃない。家に帰って思いっきり寝たい感じ。でも、行くって約束したし、前回行くって言ってたのに行けなかったし。イーゴルも来るって言ってたけど、ステの調子が悪くて無理。エリカとアレ、来るって言ってたのに、親戚のお祝いがあるってことを忘れていて、来れないことに。結局夫と私だけで行くことになった。というわけで、次回はライヴのことを書こう。
Jun 1, 2004
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