2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
寒い! 寒すぎる!!まだ9月下旬だと言うのに、もうすでに暖房つけました~私がイタリアに来たばかりの頃は10月中旬、最近は10月上旬に暖房をつけ始めていたんだけど、今年はとうとう9月下旬から暖房だ~。一昨日は雨が降っていたから除湿機で家の湿気を取って体感温度を高めていたんだけど、昨日はさすがに寒くて・・・つけたよ、暖房。だって、朝7時半の気温が10度よ? 8時半に子供を幼稚園に送っていくため外に出たら、寒くて寒くて。長袖の上に分厚いセーターを着ていったけど、寒くて寒くて・・・ついつい早足。家にいるときもセーターが必要だった。で、夜は暖房をつけたわけ。そんなことを兄に昨日報告したら、「うちの方は30度くらいあって熱かったよ」って・・・。うらやましいな~。寒いのが嫌いな私がどうしてこんな寒いところに住まなきゃいけないんだ!?地元の人はこんな寒さは何てことなくて、昨日のあの寒さの中、長袖のジャケットを手に持っている人がいた・・・。腕むき出し・・・。寒くないの?? まあ、ちょうど太陽が出ている時間だったから、太陽の下にいればそれほど寒くなかったけど、日陰に行くとやっぱり寒いのに。2・3人だけ、ダウンのジャケットを着ている人がいたけど、そういう人は地元の人じゃないんだろうなぁ、私みたいに!最近ね、季節のリズムがちょっと変化していると思うの。だって、私がまだイタリアに来たばかりの頃は8月ってとっても暑かった。でも最近は、8月があんまり暑くないの。むしろ6月や7月の方が暑い。何かもう、8月に夏休み取る意味あんまりないって感じ・・・。ちなみにうちの夫はまだ夏休み取ってないけど・・・10月中旬くらいにようやく取れそうな兆し。・・・って、もう夏休みじゃないでしょう!?
Sep 29, 2007
コメント(3)
世間にはキノコとか出回りだして、道端にもそろそろ栗が落ちているのを見かける。秋なんだよねー、っていうこの時期に、我が家ではイチゴが収穫できた。この時期にイチゴだよ!?今年はイチゴの収穫時期にちょうど日本に帰国していて、プランターのイチゴ、ハシリの2・3個しか私は収穫できなかったの。しかも全部子供に食べられたし。日本から帰って来ると、ちょうどイチゴは子供の苗を増やしているところだった。来年もっといっぱい作ってもっと食べてやるー、という野望を持って子供たちが増えるのを楽しみに眺めていたら、8月の中旬頃、苗の合間にイチゴの花が咲いているのを発見。8月にイチゴの花・・・??花が咲く=イチゴが生る?その後見ていたら、またイチゴの花が咲き出した。で、最初に咲いたイチゴはスクスクとかなりゆっくりなペースで膨らんで行った・・・。8月下旬、急に寒くなったりしたため、花は枯れ、イチゴの成長も止まってしまった。このままどうなるのかなー? と思って観察していたら、1週間くらい前、イチゴに色が付いてきた。昨日ちょうど食べごろな色になっていたので収穫して、子供にあげた。お味の方は・・・あんまり美味しくなかったってさ。甘くなくて。やっぱり季節のものじゃないからねぇ。あとまだ2つ、小さいイチゴがなっているんだけど、この先どうなるのかな? このまま枯れちゃうのかな??
Sep 26, 2007
コメント(0)
最近、私が住むこの小さな小さな町にグリッシネリアなるものがあることが発覚。グリッシネリアとは、その名のとおり、グリッシーニ屋。グリッシーニを売っているお店。トリノはグリッシーニの発祥の地とされている。ヴィットリオ・アメデオ2世がパンの白くて柔らかい部分を消化できなかったため(確かに消化悪いのよね、あれは)、グリッシーニが考案されたらしい。イタリア人と言うのは、食卓にパンを欠かす事が出来ない。アンティパストとして出てくるハムなどをパンと一緒に食べ、プリモのパスタの皿に残ったソースなどをパンで取って食べ(ちなみにこれは行儀が悪い行為)、セコンドの肉と一緒にパンを食べ、肉の余ったソースをパンで取って食べ、終いにゃサラダの残ったドレッシングをパンで取って食べる人もいる・・・。大して大家族でもないのに、毎日パン屋でパンを6個とか買っている人は当たり前で、そういう人たちは毎日家でそういう食べ方をしているのかなぁ?? なんて思ったりして・・・。私くらいなんだよね、パン屋でパンを1個だけ買う人って・・・。ちなみにパンは太る食材として知られているはずだけど、イタリア人はパンなしではハムやサラミを食べられないらしい・・・。そりゃ、太りもするわ、パスタもパンも食べてちゃ・・・。グリッシーニはそのパンの代わりに食卓に並ぶ。私は個人的に、パンよりはグリッシーニの方が好きなんだよね。私の大好きな黒パンがパン屋にないときは、グリッシーニか、セルペンテッロ(蛇)と言う平べったくて長くて波打っているパンを買う。イタリアではその土地によって売っているパンも違うわけで、私はトスカーナのパンが好きなんだけど、ピエモンテでは売ってないから・・・。グリッシーニでもいろいろ種類があって、柔らかめのもの、固めのもの、太いもの、細いもの、といろいろある。一番大きいのは、女王様のグリッシーニという名前が付いているもので、5cmくらいの幅の平べったくて長いどちらかと言うとパンに近いもの。さて、冒頭で書いたグリッシネリアなんだけど、昨日行って来たの。チェントロからかなり離れたところにあって、オーダー家具屋をやっている隣のおばさんが「そのグリッシネリア、うちのお客さんだから一緒に行こう」って車を出してくれて、行ってきた。グリッシネリアということだけど、まさかグリッシーニだけは売ってないよな・・・と興味深々でお店兼工房に入っていくと、ちょうど2人の人がクロスタータを、ひとりの人がグリッシーニを細長く伸ばしている最中だった。お店にはいろいろな種類のグリッシーニとクッキー、クロスタータが並んでいた。なるほど、グリッシーニとお菓子を作ってるわけか・・・。私はゴマのグリッシーニを一袋買ってきたよ。いろいろな種類のグリッシーニの中で、これが一番好きだから。ローズマリー味のも捨てがたいんだけど・・・。まだ食べてないけど、どんな味かなぁ?
Sep 22, 2007
コメント(2)

この車、ご存知かな?BMWのイゼッタと言うんだけど(もともとのデザインはイタリアのイソ社のものらしい)、この間のカッサーノ・スピーノラの「クラシックカー&500ミーティング」にいたの。写真は撮れなかったんだけど。乗るとこんな感じ↓前開きだなんて、遊園地みたいだ~。しかもこのハンドルの向き、運転しにくそう・・・・・・。初めて動いているのを生で観た~エンジンの音は、そう、現代のアペ↓と同じような感じ。アペは元々ヴェスパのエンジンを積んだ屋根つき二台付きの「ヴェスパカー」として発売されたもの。なのでエンジンはスクーターのもの。いろんなバージョンがあるんだけど、たしか250ccまであったような気がする。イタリアの田舎ではよく見かけるものなんだよね、これが。私も毎日のように見かける。幼稚園にアペでお迎えに来ているおばあちゃんがいるし 毎日同じ時間にうちの前の道を登っていくアペがいるし。「現代の」アペと書いたけど、実はこのアペが生まれたのは1940年代後半。いまだに生産されていて、今でもイタリアではいたるところで見かけるため、「現代」という書き方をした。ちなみに中身はイゼッタみたいに丸いハンドルが付いていなくて、アペの場合は、スクーターのハンドルと同じのが付いているんだよ。単に屋根つき3輪スクーターって感じ? イゼッタの方は、後ろに後輪が二つ付いているの。3輪さながらの感覚で、後ろの方に2つの車輪が前輪に比べるとかなり狭い感覚で付いているんだ。アペは山道なんかでノロノロ登っていると(それでも精一杯)、後ろの車の人は大抵イライラ。「蹴落としてやりたい」と言った人が一体何人いることやら・・・。
Sep 20, 2007
コメント(3)

書いてなかったけど、2週間前の日曜日、ババーノの500のミーティングに行ってきたの。呪われたミーティング、ババーノ・・・。と言うのも、夫、毎年このミーティングに参加したい参加したいと言っているんだけど、何かしらの理由で参加する事がまったく出来ない。今年はクレモナで仕事だったので、また行けなかったわけ。行ってきたのは私と子供だけ。義兄一家に便乗して行って来た。ツーリングの際は、大人3人、子供3人、計6人で500に乗ったよ。写真撮影の際、「一体何人車の中から出てくるの??」と言われてしまった。500クラブイタリアの前会長マリーノが開催するミーティングはゴハンが美味しいことで有名なんだけど、彼が開催するこのババーノのゴハンも美味しかった・・・安くて美味しい・・・、最高だね!ババーノの参加賞は、毎年、りんごと梨とワインの詰め合わせ。ババーノのりんごはこの辺ではちょっと有名なの。傘とかもらうより、私はこういう食べられる参加賞が一番嬉しいな。次のミーティングは10月上旬のヴィオット。これもまたマリーノが開催するもので、ゴハンが最高! ヴィオットにはラスピーニの工場があるから、スポンサーがラスピーニで、美味しいハムが食べ放題 他に、どこかの農場がスポンサーだったんだけど、そこの肉で作ったボッリートが、今まで食べたボッリートの中で一番美味しかった!!・・・ミーティングではゴハンがかなり楽しみだったりするので、食べることばっかり考えてしまう・・・
Sep 18, 2007
コメント(3)

昨日はカッサーノ・スピーノラというアレッサンドリア県の町で行われた500のミーティングに行ってきました。昨日のミーティングは特別なものだったの。と言うのも、cinquino.netというイタリア最大の500のフォーラムの、ロンバルディア、リグーリア、ピエモンテの3州のメンバーの合同ミーティングでもあったから。参加条件のひとつが、「各自土地の物産品を持ってくること」。最初のうちはいろいろな人が自分も行く行くと言っていたから、かなり大掛かりなミーティングになるのかな? と思っていたけど、結局実際に来たのは、11台の500。途中、帰ってしまった人がいたので、最終的には10台の500が残った。土地自慢のもの・・・といえば、私はもう日本のものを持っていくしかないわけで、最初は裂きイカでも持って行こうと思っていたけど、数日前に夫がどうしても食べたいと言うことで、食べてしまった・・・。で、私は日本酒を持っていくことに。夫は、最初、ピエモンテと言うことで、バローロのサラミなんかどうかな? と言っていたけど、買いに行く時間がなくて、トリノ名物と言うことで近所のお店が作っているバチディダマなんてどうかな? と思ったけど、それじゃあまりにも一般的過ぎて、ジャンデゥイオッティ? と思ったけど、チョコは溶けるし・・・。うーむ・・・と考えていたところでふと思いついたのが、ブルットマボン。ピエモンテの方言で「いびつだけどおいしい」という意味の名が付いたこのお菓子、まさに土地のものとしてはピッタリ!すっかり買う気でいたけど、出発前日、お気に入りのお店に買いに行っている時間がなくて、結局近場でトリノ名物グリッシーニを買って、ついでにビエッラの有名なビール、メナブレアを買ってもって行くことにした。日本酒とビールはもちろん、冷蔵庫に入れて持って行ったよ。この土地自慢のもので一番楽しみにしていたのが、ジェノヴァのペスト。本場のは味が全然違うだろうから、かなり楽しみだった!実は私はジェノヴァでペストを食べた事がないの。おとなりのサヴォーナ県にてペストを2度ほど食べたけど、まあ、そこそこで、すっごい美味しいと思うほどでもなかった。昨日集まったメンバーは、ほとんど若い人ばっかり。最年少18歳。・・・の彼女は17歳。若いなぁ。まだ高校生だよ。17歳だなんて、私の娘でもおかしくない歳ね、なんて言ったら、「え? 同じくらいの歳じゃないの? 20歳くらいでしょ?」って言われてしまった。わたしゃ、33さひとりだけ飛びぬけて歳行っていたのが、年金生活しているおじいちゃん。あの歳でコンピュータを駆使しているって凄いよなー。皆集まったところで、昼飯前のツーリング前に、持ち寄ったものを道端で広げる。ジェノヴァのペスト兄弟はお母さんが作ったペストをひとつひとつタッパーに入れて、各自に配ってくれた。ペストが欲しいと言い張った私や、私たちと一緒に遥々トリノから160kmを走って来た仲間にはタッパー2つのペストをくれた。ふふふ同じくジェノヴァからの参加者は、それぞれ、フォカッチャ、それから手作りバチディダマを持ってきてくれた。バチディダマって、トリノ名物じゃなかったでしたっけ? ジェノヴァの名物でもあるの???まあ、凄く美味かったから文句は一言も言いません。言いませんとも! ホントに美味しかった。トリノからのお仲間Palittoさんはフンギ。味見できなかったのが残念だけど、私の代わりに子供が20個くらい食べていたからねぇ・・・。食いすぎ・・・。ミラノ県から参加の人は、手作りチョコレートケーキ(男の子)。ミラノに住んでいるけど親がフリウリに住んでいるという人は、フリウリのワイン。チョコレートケーキはイタリアのケーキにありがちで甘すぎだったけど、手作りケーキと言うことで、ありがたく頂いた。ワインは、赤ワインが濃厚すぎて私の口には合わなかったけど、白が口当たりがよくてとっても美味しかった。ピエモンテはノヴァーラから参加の人は、ゴルゴンゾーラ。一体何キロ買ってきたんですか? ってほど大きなゴルゴンゾーラを持ってきた。私たちが持っていった日本酒。反応は、半分が「不思議な味がする」と顔をしかめ、半分は「これは行ける」と言っていた。お米のお酒なんて新しい味だろうからねー。昨日のミーティング、夫はフォーラムの仲間たちの間に率先して入っていって話をしていたので(誰か馬鹿なこと言いながら盛り上げる役がいると、皆が打ち解けるのが早くなるという彼なりの配慮)、子供のお守りは当然私の役。いつもなら子供を連れてミーティングに参加した車の写真を撮れるところだけど、昨日は従弟たちもいたので、走り回るのに夢中で子供は全然私の言うこと聞いてくれない 特に従弟の方は車が通る道に飛び出して行ったりして危ない。そんなわけで、車、ほとんど見られなかったし、写真もあんまり撮れなかった。ゴハンは美味しくなかったとか、不平もあったけど、でもまあ、楽しい一日だったよ。また皆で集まる機会があると良いな。・・・来年のガルレンダかな、やっぱり。家に帰って来て、料理したくなかったからすぐにペストを頂いた。おお~、なんて美味いんだ~。デリケートな味なんだけど、素材一つ一つの味はしっかり生きていて、美味しい。うちの方で食べるペストって、重たくて胃にもたれて気持ち悪くなる事があるんだけど、そんなことは全然なく、とっても美味しくいただいた。子供に至っては、夫のパスタを盗んで食べていた。それほど好きだったんだね、子供も。そのことを夜、フォーラムでペスト兄弟に言うと、「この辺でできるバジリコは最高なんだよ。そのバジリコでないと、味が変わってしまう」って言ってた。確かにね。ペパーミントはうちの辺りでできるものが最高で、そのミント商品を使うと、もう他のものは使えなくなってしまうほど濃厚な本物のペパーミントなの。
Sep 17, 2007
コメント(4)
イタリア、今年の9月はなんだか去年の9月よりは寒いと思うの。イタリア在住の方々、どう思いますかー?だってね、去年は子供の幼稚園が始まったのが9月12日。最初の頃は、朝、8時15分くらいにいつも出かけていたんだけど(今じゃ怠惰になって家を出るのが8時半・・・。まあ、9時までに幼稚園に着けば良いから、まだ余裕があって良いんだけど)、半袖で出かけていたのよ。それで寒くなかったの。今年は、今週から幼稚園が始まったけど、半袖で出る日は一日もない。毎日長袖や7分袖だよ。7分袖だと家を出たときは寒いけど、歩いているうちに身体が温まってちょうど良くなる。子供も去年の幼稚園が始まったばかりの頃はサンダルと半ズボンで出かけていたけど・・・今年は朝が寒くて、長いジャージなどのズボンと普通の運動靴姿。上はもちろん半袖の上に長袖を羽織ってる。今年は去年よりは寒くなるのが早いよなー。朝もね、7時に起きなきゃいけないんだけど、その時間、まだようやく日の出、で、薄暗くて起きる気ゼロ。朝太陽が眩しー!!! と起きるのが一番なんだけどねぇ。9月の中旬でこれじゃ、先が思いやられるなぁ。そういえば、1月とか、8時ぐらいでもまだ暗いもんなぁ。寒いことを考えると、なーんか憂鬱ー。でもでも、寒さが早くやって来ると、冬の間もあまり寒くないって話を聞いた事がある。本当にその通りだと良いけどな。思えば去年の冬も寒くなかった。雪が降り積もった日が一日もないの。雪が降り積もらなかった冬なんて、異常気象だって言ってたんだけど、今年もなのかな??ああ、暖かいところに行きたい・・・。バカンス、ホントに行けると良いな・・・。今の夫の仕事の状況だと、無理っぽい・・・
Sep 13, 2007
コメント(0)
今日から子供の幼稚園が再開したよ。昨日の夜まで「幼稚園には行かない」って言ってた子供だけど、朝起きたら「幼稚園に行くんだ!」って張り切って仕度していた。7月に日本からイタリアに帰って来たときは、こちらの幼稚園はもう夏休みだったけど、子供は「幼稚園に行きたい」って毎日のように言っていたの。それがどんどん時が経つにつれて幼稚園に行かない生活が子供にとって普通になってきちゃって・・・もうすぐ幼稚園って時期になってもあんまり行きたくない風だったんだけど、やっぱり結局は幼稚園に行くのを楽しみにしていたところもあるのかな?幼稚園に行って、久々にクラスメイトの顔を見ると、もう、早く教室に行きたくてウズウズしていたみたい。私をロッカーのある廊下に置いて、さっさとひとりで教室に行っちゃった。私が遅れて教室に行くと、先生に「日本に行ったんだよ」って話をしていた。日本に1ヶ月半いたおかげですっかりバイリンガルになってくれたんだけど、8月の間、イタリア語で話す機会があまりなかったせいか、気分次第相手次第でイタリア語で話すのを拒む事があったの。そのことを一応先生に告げておいた。今日は夫がクレモナから帰って来る予定の日でもあったので、いつ帰って来るのかなー。電話してみようかなー。でもまだホテルで寝てたりするのかなー・・・なんて思いつつ掃除機をかけていたら、うちのがやけにうるさく鳴いているのが聞こえてきた。夫が帰って来たときにいつもこうやって鳴くから、まさか、夫が帰って来たんじゃ?? と思って掃除機を止めてベランダの外に出ると、おお、ホントに夫が帰って来た!!ご主人様が帰って来たことに鳴いて喜ぶ猫って結構珍しくない? ゴミ捨て行くときも犬みたいに後をくっついてくるの。で、道の真ん中歩いているから隅に行くように言うとちゃんと言う事聞くの。ちょっと犬みたいだよね。一昨日の土曜日は夫、労働時間最高新記録を塗り替えて20時間の労働だったんだけど、昨日はさらにまた新記録達成。23時間マルクスが資本論を書いた当時、子供たちが鉱山で毎日15・6時間働いてバタバタ死んでいってたって話をふと思い出した。ちなみに夫、帰って来てまた今日は午後から仕事行ったよ。大丈夫なんだろうか?? 2日間の睡眠時間が私の一日の睡眠時間の半分にも満たないんだけど・・・。11時ごろに家に帰って来た夫。そのまま寝れば、って言ったんだけど、子供を幼稚園に一緒に迎えに行くって言うんで、一緒に行った。幼稚園のお迎えに行ったとき、子供は外で遊んでて、私たちの姿を見るや、すぐに走って来たよ。特に、パパが帰って来たのが嬉しくてたまらなかったみたい。ここ1ヶ月の間、ほとんどパパに会ってなかったからなぁ。夫がクレモナに仕事に行き始めの頃は、パパに会いたい会いたい、って毎日のように泣いていた。そのうち慣れちゃったけど。子供にとって、環境の変化は最初の頃はかなり辛いみたいだね。子供にもよるんだろうけど。久々の幼稚園はやっぱり楽しかったみたいで、誰がどうしたとか何をしたとか、いっぱい話してくれたよ。先生にどんな様子だったか尋ねると、「成長したんですねー。言うことをよく聞くとっても良い子になりましたね。イタリア語の方もまったく問題なく話してました」って。良かった。ほんのちょっとだけ心配だったんだけど、やっぱり子供同士だとちゃんと喋ってくれるんだ。このところ、道端で会うおばあちゃんとかおじいちゃんとかとは話したくなくて、私に日本語で話すだけだったものだから・・・。家に帰ってきてお昼ゴハンを食べてパパとお話した後、パパが仕事に出かけていったらひらがなの勉強を自らして、飽きたらお昼寝。今、寝てます。毎日このくらい手がかからないと楽なんだけどなー。今日から子供の幼稚園が始まって、夫も帰って来て、またいつもの生活が始まるな。
Sep 10, 2007
コメント(0)
昨日は子供の幼稚園の同じクラスの女の子の5歳の誕生日パーティに呼ばれて行って来た。てっきりクラスの子が何人もいるのかなと思ったら、幼稚園の友達で呼ばれていたのはその子の仲良し2人の女の子と、うちの子だけだった。あとは親戚とか外の友達とか。うちの子は大き目の男の子2人と一緒に遊んでいた。やっぱり男の子は男の子同士だよね・・・。普段、親戚関係以外では、私の友好関係上、いっつも女の子と遊んでいるからなぁ。昨日は2歳年上のお兄さんに、「どうやったら2ヶ国語喋れるの?」と尋ねられて、「こうやって」、と舌を見せたんだそうなイタリア語で「舌」と「言語」は同じ単語だからね。たまにこういう行動に出る子供がいるんだけど、うちの子もだったんだな。子供の考えることは一緒だね。今日は、従兄弟2人が遊びに来ていて・・・と言うか、私が彼らのベビーシッターをしていて、上の子の面倒はうちの子供に任せてしまっている。下の子はまだハイハイの時期だから、私がしっかり見ているよ。今ちょうど寝たから、残りの子供たちを私と一緒に連れてきて、そばで遊んでもらって、私はちょっとネット幼稚園再開、すっかり12日だと思っていたんだけど、10日の月曜日からだって。うーん、日本で買ってきたアンパンマンの布でいろいろ幼稚園に使う袋まだ縫わなきゃいけないって言うのに・・・。明日頑張って全部作らないとな。子供の幼稚園がようやく再開で、私もちょっとは自由な時間が増えるよね。そうだ、夫は水曜日の夜にクレモナから帰って来たの。本当は月曜日に帰って来る予定だったけど結局水曜日になった・・・。で、また今朝4時半にあちらに出かけて行ったよ。週末でクレモナでの仕事を全部終えるはずだって。って言うか、終えないと行けない。月曜日からは子供の幼稚園も始まって、夫も帰って来ていつもの生活になるわけだね。そしてそして、今月末には1週間のバカンスを取ってどこかに行きたいと言っているけど・・・ほんとに行けると良いな!
Sep 8, 2007
コメント(2)

もう2週間も前の話になってしまったけど、クレモナで働く夫のところへ行ったとき、ソンチーノと言う小さな町に足を延ばしたの。何でもソンチーノにはロンバルディアでも指折りの中世の城があるとかで、是非観ておきたいということになって。行く前にネットで下調べ。見た感じ、ミラノのスフォルツェスコ城のスタイルの建築。ソンチーノという町はなだらかな土地で、平地の中世の城と言えば、やっぱり堀なの。案の定、町全体を塀が囲み、塀の外には川が流れていた。現在は堀が使われていない部分にも、昔の塀と堀がそのまま残っていたりして、当時の面影をかなり伺える。町を囲む塀の四方に昔使われていた門柱がそのまま今も残っていた。門柱をくぐって、城への行き方を道を歩いている人に声をかけたら、その人の背後に城が見えていたことに気付く・・・。おお、カッコいい! これが城の正面入り口。昔は入り口の前に堀があって、更に中にもまた堀があったの。二重の堀なわけだ。右の方に見えるのが、城の入り口。私たちが入ってきたところ。上の方は見晴通路になってます。入り口付近にあった甲冑を見て大喜びの夫。隣に槍もあって、そちらとも写真を撮らされた・・・。しかし・・・当時の人はこういう鉄の板を一枚一枚打ってこうやって形作っていってたんだなぁ・・・。凄い苦労だよなぁ。二の堀を渡って城の中庭に出てみると、四方にいわゆる塔があって、それをぐるっと高い塀(実際には塀の中側が通路になっているらしい)で繋いでいて、塀の上に通路があった。入ってすぐの右手の塔側に、上の写真のような、下に降りていく階段があった。下ってみると、ライトアップされた部屋があった。その部屋からまたあちこちへ行く階段があって、進めるのはかろうじてライトアップされている方向だけみたいだけど・・・暗い方に好奇心がうずく。鍵に付いていたミニライトを取り出して、ライトアップして進んでみる。私ってば、用意周到! さすが日本人ワクワクして進んだけど、すぐに行き止まりになってしまった。もちろんどう見ても、後から壁を塗られてしまったもの。こういう通路って、当時の抜け道なんだよね。下は堀の方に続いている感じだった。仕方なくライトアップされている方向に進んでいくと、牢屋にたどり着いた。殺風景な部屋で、かろうじて外の空気が少し入る程度の猫一匹も通れないほどの小さい小さい窓がついていた。上に上って行ってみると、大広間のようなものが出てきた。その隣に、部屋。小さいけど、本棚などもあって、他の殺風景過ぎる部屋とは違ったので、司令官が使っていたんじゃないかと思われる。城を訪れるときの私のチェック要因・暖炉。人の背丈ほどあるかなり大きい暖炉だった。中世の戦のための城にありがちな、殺風景な機能さえすればいい、というような暖炉。一応壁に装飾してあるけどね。これはかなり殺風景だわ。何か、ホントに戦いのためだけに作られた感じ。いろいろ見て周っていたら、中庭に入ったときに見えた外の塀の上の通路にたどり着いた。中庭の風景。正面が入り口。中庭にあった井戸。さりげなく個性があるよね。小さいレンガの積み方を変えて装飾を施してあるの。塔のひとつの中側から外を眺めるとこんな感じ。右の壁に真っ直ぐに合わせてシャッターを押したんだけど・・・・・・左と壁が凄い曲がっているのが分かります?塀の上の通路。壁のフレスコ画。もうちょっと修復作業してもいいものじゃない?ちなみに城の外に出ようと思ったら、入り口付近にまた下に下りていける階段を発見。降りていくと、ちょうど堀の底に近いくらいの高さの小さな部屋にたどり着いた。光の見える先は、一の堀。一の堀に繋がっている部屋?これってなんだろう? これはどう考えても堀に関するものだろうけど・・・堀で死んだ人を拾うところ? それとも堀に動物を放すためのもの? なんにせよ、あんまり良い部屋じゃないんだろうな。で、この一見何の変哲もなさそうな写真を載せたのは・・・ちょっと階段一段一段を見てくださいな。真ん中がかなり磨り減ってるでしょ? レンガがこんなに磨り減るほど人がいっぱい歩いたってことだよなー。凄いな。外からの城の風景。右側はかつての堀。ちなみにこの城の見学は無料です。続いて、ソンチーノの町を散策してみる。凝った造りの塔だなー。レンガだけで装飾したシンプルなんだけど、それにしても凝った造りだと思うの。この先っぽのマツボックリみたいなのも凝った造りじゃない?充実した観光だったよ
Sep 1, 2007
コメント(4)
全10件 (10件中 1-10件目)
1