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学校のそば、オテルドゥビル(市役所)とオペラ座側面。リヨン美術館の前のテロー広場9月18日月曜日。朝まぁまぁゆっくりしてから1日目の観光に出かけた。残念ながら曇っていたので繁華街や美術館の日程に決めた。午前中は市内一のショッピングセンターがあるパール・ドゥー界隈へ。ランチをかのsushi-do(7月30日の日記『日本レストラン行きたい!』) に食べに行った。娘にとってはフランスに来てまでさっそくお寿司なんて、とんだ迷惑だが(笑)しかし!!!今日は月曜。きっちり定休日でした。フランスは銀行も土曜日に営業する代わりにほとんど月曜は休みである。ゆえにか、レストランも月曜定休が多い。どうもお寿司とは縁がない…しかたないので目に付いたイタリアンレストランに。でも意外と拾い物。美味しいパスタにありつけた。値段もとっても良心的。ボリュームたっぷり。昼の定食もあったが前菜、メイン、デザートと出てきては午後の予定に差し支えるのでアラカルトにしたのだ。パスタだけでお腹いっぱい。トマト、バジリコ、にんにくのスパゲティいかにもイタリアのおかみさんといった風情のマダムに「さっき、デザートはあとで注文すると言ったけど、お宅の美味しいパスタで満腹。時間も無いので今度またゆっくり来ますね!ゴメンチャイ」と言い訳して出る小心者の私。なるべく勉強のため、お店の人とも会話するように心がけてるもので…ちょうどこの日、私の今後始まる語学学校の説明会が午後2時から予定されていたから。もし翌日とかから学校が始まるとやばいな~と心配だった。娘と遊ぶためにさっそく欠席しなければならなくなるもん。結果10月初めからで一安心。説明会も何時までかかるかわからなかったのでその間娘はすぐ近くにあるリヨン美術館で時間をつぶしながらの見学となった。おもいのほか、説明会は1時間ほどで終了。さて、わたしはこの美術館へは何度も行っているが。最終的に待ち合わせを美術館玄関に閉館の6時に決めていたのでどうしたものか?あと3時間はある。でもリヨン美術館はルーブルやオルセーと比べると、もちろん見劣りはするが相当充実した内容である。ギリシャ・ローマの遺跡からの発掘品や、中世の絵画彫刻、イタリアルネッサンス、フランドル、スペイン、近世印象派まで幅広く収容点数も多い。フランス国内でも屈指の充実したコレクションらしい。好事家がまわると1日では物足りないだろう。ゆえに、料金も安いことだし(6ユーロ、800円くらい)ウロウロしてたら、いつかはめぐり会えるだろうと入館した。入ってすぐエレベーターで最上階まで昇り、下りながら見学をしようとした。不思議なものでこんなに広い美術館、迷路みたいに展示室があるのにエレベーターを降りてすぐ隣の部屋に行くと目の前に娘が!再会を喜び合い(笑)二人でパー子になりながらいっぱい撮影をしつつ周りました。フランスの美術館はフラッシュは禁止だがデジカメでの撮影はOK。日本と違い心が広い。この点は大好きだ!結局閉館間近まで居て、あとベルクールまでウィンド・ショッピングなどしながらメトロで帰宅。ベルクールは先日も写真を載せたがパリのように19世紀の建物が多く残る繁華街。一流のブランドショップなども軒を並べる。fnacでお土産用の素敵な絵本をみつけ、娘も大満足。おなじみの家の近くのカルフールに寄って本日の夕食の用意を仕入れる。自慢ではありませんが今回の滞在中、夜は初日を除きちゃんと夕食を夫のために作ったのです。もちろん娘も久しぶりに母の手作りの味を堪能してました。「お母さんのフランスの日常ってこんなんなんやね~」といたく感動されてしまった。いたって平凡な、「憧れのフランス生活」とは程遠いものなのだけど…とりあえず1日目は無理のない行程でリヨンを紹介。美術館でゆっくり鑑賞できたのもよかった。幸運にも明日から大快晴の(そして大忙し)毎日が続きます!絵の写真;下から シュザンヌ・バラドン(ユトリロの母) 藤田嗣治 ビュフェ(絵の人はリヨン出身の女優で相当数の20世紀 コレクションを寄贈した人。ピカソやボナールなども) 不明(忘れてしまった!)
2005年09月29日
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9月18日日曜この日の朝7時に娘はシャルルドゴールに到着予定だった。昨夜(今朝)3時過ぎに寝たにもかかわらず、やはり気になって何回も枕元の目覚ましを気にしつつうつらうつらしていた。娘には「着いて入国手続きなど済んでTGVの駅まで移動し切符を買ってから連絡してね」と言ってあった。切符に列車番号やリヨン、パールドゥー駅への到着時間、何号車のどの席かも記載されるからだ。だいたいの予測では9時22分発11時35分着。もし飛行機が遅れたりしたら判らないので事前に切符を買って送るのは控えていた。娘は何回か一人でパリには来たことがあるし、そんなに心配ないやろと思っていた。それにしてもまだかな~?とちょっと気になりかけた8時過ぎに電話のベルが。飛行機も無事定刻に着き、切符もちゃんと買えたからねと元気そうな声。「じゃぁ、着く頃にホームにいてるから絶対に降りた場所から動かないでね。扉のとこでスタンバイしててあげるからね。」と言って切った。安心してもうちょっと寝てよと思い熟睡し、そろそろ身支度を…なんて思った頃又もや電話のベル。「お母さん、ごめん!どんくさいことしてしまった。」「え~え~!!!何、何、何???」この時点で私の頭の中ではあらゆる悪い想像でパニック。スリ、置き引き、ひったくり、パスポート紛失、身ぐるみ剥がれた!?「エヘヘ、反対方向の列車に乗ってしもてん。今 リール・ユーロウ って駅で降りました。今から駅の切符売り場に行って相談してみます。ゆえに相当遅れます。また追って連絡します。」とのこと。ありゃりゃりゃ…何でも慣れた頃が危ないと言うが、やはりちょっと注意が足らなかったようだ。(↓それでも余裕で記念にパチリ。なんてとこはわが血を感じます)地図で調べたら、なるほど北のTGV一個目の停車駅、リール・ユーロ。次はもうベルギーみたい。一個目といっても新幹線で1時間の距離。あぶないとこだった。席に着いた時からダブルブッキングで、何か変だな~て思ってたらしい(笑)検札に来た車掌に教えられたそう。次で降りなさいと。30分後に電話。何とか次の列車に無料で換えてくれたとのこと。こんなところはフランス人って親切。絶対のマニュアルがない分融通が利く。心の広い窓口の人にあたったらしい。結局午後3時にリヨン着の電車。2時に近所のレストランにランチの予約を入れていたのだが急遽キャンセル。先日の日記を見て娘がぜひ行ってみたいわ!と言ってたので。ダメもとで聞いたらディナーの予約がとれた。そして夫と駅に迎えに行った。日曜なので道は空いていたが最近リヨンではあちこちで道路工事が行われており(もちろん日曜は休み、でも封鎖されている)万一を考えて有料道路を使用。余裕で間に合った。が、またここで問題発生。テロ対策のためかTGVのホームに上がる階段やエスカレーター、エレベーターの前ではものものしく警備員が立って逐一乗客の切符をコンポステした上チェックしている。ゆえに切符を持っていない私と夫はホームに上がれない。私は娘に堅く命令した。絶対降りた場所から動かないで待っておきなさいと。夫が一人の係員に聞くと絶対に上がってはダメ、と非情な答え。有無を言わさない。フランスには駅の入場券と言うものは存在しない。誰でも勝手に列車にも乗り込める。いや、乗り込めたのに!ただ検札がくるだけだったのに。ホームにも入れないなんて!私は別のエスカレーターの前のちょっと優しそうなおっちゃんにアジア人が困ってるのよぅと言う雰囲気で訴える作戦に出た。娘は絶対ホームで永遠に待ち続けるからかわいそう、私達本当に困ってます。娘ははるばる日本から来て何も解らないんです!と。おっちゃんは、その列車の乗客全部が階下に下りてくるのを待ってから入ってもいいよ、と許可してくれた。もしかしたら降りてくるかしらなんて思って見ていたがやはり居なかったので、おっちゃんを見ると目が合ってマダム、どうぞ!と言ってくれた。行き違いになるといけないので夫はそこで待っていることに。私だけがホームに上った。しかしもうその列車は発車したのでどこが彼女の乗った号車かがわからない。とりあえず前の方へと走りかけたら後方の彼方から「おかあさ~~ん!」と娘の呼び声。涙の再会!はすっかりドサクサに紛れてしまったが、しっかりハグはしました。娘も今回の失敗をいい経験として二度と同じ誤りを繰りかえさないだろう(と祈る。)こうして何とか無事に我が家に初めて足を踏み入れ荷をほどく。彼女のスーツケース、ほぼ8割以上が私が頼んだ日本食品や本、日用品。(クレラップもたっぷり→iqcotさんの8月24日の日記『これだけは日本製でなくっちゃ』参照)。服の着替えやらはうちにいっぱいあるから持ってこなくて大丈夫よ!ともかくお願いね~と頼んでいたのだ。相変わらず親孝行な娘に大感謝(笑)夜は待望のレストラン・ラ・クリエーにてディナー。こうしててんやわんやの1日目の夜は更けていった。上の写真はフルビエールの丘の教会。追記。なぜか香港~関空間は往復ビジネスクラスに乗せてくれたそうで大変快適だったそうだ。チェックイン時にきちんとした服装(ジーンズ、スニーカー以外。)をしているとたまにこういう僥倖があるらしい。 ↓記念にパチリ。 ↓ビジネスクラスの機内食(レストランのディナーではなくて・笑) ↓黒いのと灰色のは塩コショウの容器。
2005年09月28日
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観光記を書かなきゃと思いつつ、娘が日本から持ってきてくれた本『13階段』を読み始めた…ら、ほんまに面白くてハラハラドキドキ!一気にいままで没頭して読了してしまいました。絶対にオ・ス・ス・メ☆☆☆☆2001年に江戸川乱歩賞を受賞しています。張られた伏線が宝石みたいにキラキラ。最後の最後まで真犯人はわからず、よく出来た小説でした。主人公達の人間性もとても真摯でひたむき。感情移入たっぷりできます。私はどちらかというと、目には目をという感じで厳罰主義だったのですが、今回冤罪ということについて深く考えさせられました。ちなみに文庫本の解説は宮部みゆきさん。人柄の良さがにじみ出た解説をされてました。先日マサシ~ロさんの日記で教えていただいてインターネットの文庫オフで注文。日本の家に届いたのを娘が持ってきてくれたのです。マサシ~ロさん、よかったらトラックバックしてもらえないですか?では、そろそろ就寝します。観光日記は明日書こうっと。写真はリヨンのオテル・ドゥ・ビル(市役所)
2005年09月27日
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まず、順番から言って、17日の結婚式の様子を報告いたします。この日は残念ながらとても雲の多い日となった。それに気温もとても低くてまるで11月くらいの陽気。風も強かった。私はこの日のためのワンピースを随分早くから物色し、夏のソルドでゲットしていたのでとても薄着。上に麻のジャッケットを羽織っていたが家を出る直前にこのままでは寒すぎると判断。冬用のコートを持参した。この判断は実に正解。教会は丘の上のとても見晴らしのいい場所、すなわち風当たりの強いところだった。コートを羽織っても寒さに震えた。せっかく買ったドレス姿は出発前家の中だけの撮影で、式の時はキャメルのコート姿。ま、私の姿などどうでもいいことなのだが(笑)さて、午後4時に教会での挙式。うちから車で1時間強の(フランス人ならここで○○キロメートルと言うところだが、私にはこの表現はいまだに慣れない。)わりと田舎の街、トゥールドゥパンという所だ。何でも新婦の地元らしい。田舎とは言え結構大きな街で中心街は多くの店舗でにぎわっている。可愛いおうちもたくさんあり、天気がよかったら素晴らしいのにと残念だった。着いた時は前に挙式したカップルがちょうど終えて出てくるところ。土日は教会も結婚式を3、4組は行うみたいだ。ただし、フランスではこんなに立派で素敵な教会の式でも費用は無料だ。もちろん、主催者が寄付をするみたいだが。金額はこちらの志次第。きっとかなりの額は包むのだろうが。お祝い事だしね。式はとても厳粛に行われた。なにやら神父様のお話や新郎新婦の誓いの詞みたいなのが延々と続く。神父様はローマ法王みたいな格好であらせられたが、とてもユーモアのある方らしく、しばしば面白いことをおっしゃって皆どよめき、笑いが渦巻いた。(もちろん、私は判ってません…が、いちおう合わせて笑いました)結婚の立会人(テモワン)4人が前に呼ばれて又誓いの言葉を読み上げたりもする。時々賛美歌を皆で斉唱。合計2時間ちかく教会内での式は続いた。こっちの式は結構長いねんね。終わると皆外に出てスタンバイ。新郎新婦が出てくるのを花吹雪やらで祝福し迎える。二人は本当に幸せそう。性格の良さがにじみ出ている。とても似たもの同志のカップルのようだ。お母さんの手作りの豪華なレースのドレスをまとった新婦はとても恥ずかしがりさん。誠実そのもののパトリスにはぴったりのお嫁さんのようだ。このあと車に乗り込み、皆そのあとに続く車はクラクションを鳴りっぱなしにして次の場所に移動。たぶん200人くらいが麓のレストランに。ただしここでは式後の乾杯みたいな感じでワインやシャンペンなどを軽いおつまみとともにアペリティフとしていただいた。しかし私達は(私だけかな?)大変お腹が空いてたので、ここで出されたピザやソーセージ、オリーブのお漬物などにがっついてしまった。(あとでとても後悔することに!)でもとっても美味しかったんだもん。こじんまりしたレストランを借り切っていたが、200人が押しかけたから最初は押し合いへし合いと言った感じ。朝のラッシュ並み。だんだんと三々五々に人が帰り始め少し空いた頃に次の正式なパーティ会場に移動。約80人くらいだろうか。今度はリヨン市内の軍の施設の中にあるレストランだ。また1時間以上かけて移動だ。この頃には日もとっぷり暮れてしまい外からの写真撮影では何も映っていない状態だった。なにやら広大な敷地内に2階建ての大きな建物であることは判る。中も閑散としてはいるがレストランだけがちゃんと飾り付けて準備されていた。レストラン内部は撮影可能。他はシークレットだからか撮影不可のようだ。何と言ってもミリテールだもんね。ちなみに5年ほど前までフランスは兵役が義務であったらしい。夫もその甥たちもここでいろいろ手続きや身体検査などをしたらしい。懐かしそうに思い出を語り合っていた。ちょっと長くなってしまいそうなのではしょります(笑)食事はともかく豪華だった。アントレに出てきたのはフォアグラ。私はこんなに大きなのをたべたのは生まれて初めて。美味しかった!次は魚料理。バター風味のソースがたっぷりかかっててこれまた美味。この辺で私は既に満腹に近い状態。でもまだ来ます。サーロインステーキマッシュルームソース、ポテト添え。一口、二口、三口で泣く泣く残す羽目に…悔しい、あのピザのせいか。まだまだ来ます。がこのあたりでダンスが始まった。定番のディスコティックだ。夫の甥の運転の車で来ていたので今日は夫も少し飲んで酔って上機嫌。それっとばかりに夫と踊りました。言葉は不要。昔取った杵柄で、なんでもありのダンスでカロリーを消化。なんとかデザートの入る場所を胃の中に確保。もちろんワインも白赤、ロゼと結構飲んでます。ケーキを切り分けたのも甘くて柔らかくてとてもおいしかった。そのあとデザートが来て。完食。よく食べた~。私達がおいとましたのは午前1時半。甥夫婦は5歳になる息子ちゃんも連れてきていたのでこの時間に帰れた。招待客は子供たちもたくさん連れてきていて子供専門のテーブルに皆集められてご馳走を食べていた。他の老いも若きもまだまだくつろいで腰をおちつけておられた。そして家まで送ってもらって着いたのが2時頃。明日はいよいよ娘が来る。ワクワクドキドキしながらいっぱいのお腹をかかえて就寝したのは午前3時であった。それにしてもフランス人は年寄りも元気だな~~。
2005年09月26日
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約1週間のご無沙汰でした。今朝TGVの駅、パール・ドゥーに娘を送ってきた。パリ、リヨン間は新幹線とほぼ同速度で約2時間かかる。午後シャルル・ドゴール発で、先ほど無事にすべて手続きを終え搭乗待ちとの電話がありホッとしたところ。あとは明日、関空に着いた時にメールが来るのを待つだけだが…自分が乗る時ももちろんだが、家族が飛行機を利用する時もやはり心配は尽きない。飛行機事故は普通の交通事故に比べたら確率はズーッと少ないとは解っていても。だいたいあんなに重たいものが多くの人を乗せて、何故空に浮かべれるのか何回聞いても心底は理解できない。信じられない。自身が乗る際にはこの疑惑を出来るだけ考えないように心から追い出す。乗客全員がこんな疑惑をもったら、絶対落ちそうな気がするからだ。さて、娘と私のこの1週間は極めて濃く、忙しく、しんどく睡眠不足のものとなった。けれど最高に楽しく満ち足りました!それによく食べたな~!大きくなった胃をしばらくはなだめながら小さくする努力が必要かも。今は何から回想記を書けばよいやらちょっと構想できないけどともかく何か書きたくて…今書いてる訳で。この長女は私のフランス熱を幼少から刷り込まれたので結構フランスは馴染み深い。高校生の頃に超久しぶり(私にとっては20年ぶり。このころやっと少し余裕ができたのだ。しかしこの旅が私に再びフランスに対する情熱の火をつけたのだが)のフランス行きに連れまわしたり短大の夏休みにはパリにホームステイさせたりした。当時は私も大変忙しく働いていたのでそうそう長期滞在など出来るわけが無く、自分の夢を娘に託していたのだ。上手くいけば娘がフランス語上手になって、恋人見つけて国際結婚して、天使みたいな混血の赤ちゃん産んで、おばあちゃんはしょっちゅうパリの娘の嫁ぎ先に遊びに行けるかもなんて、愚にもつかない白昼夢を見ていたのだ(笑)まさか将来自分が結婚して住めるなんて、小指のつめの先の垢のDNAほども思ってはいなかった。ほんとうに人生は不思議。小説よりも奇なり。今回も二人で時々、つくづく「ここでこんな風に私達が過ごしてるなんてほんまに不思議やねぇ~」と言い合ったものだ。娘は「お母さん、パパとめぐり合えて本当によかったね。幸せそうで安心したよ~」と言ってくれた。この娘はなかなかしっかりしていて私とは何年か前から立場が逆転。保護者のような心境でいるらしい。次女はちっちゃい頃は甘えたのおかあさん大好きっ子だった。けれど彼女は好みがはっきりしていたからフランス好きに調教は出来なかった。大都市より南の島とかでボーっと過ごす方が好きみたいだ。今は8年間付き合った初恋の人と結婚し幸せに暮らしている。この子も今では私の保護者的立場。私の位置は我が家では三女なのです。そんなわけで久しぶりの再会もあっという間に過ぎてしまった。「来年四月に里帰りした時は思いっきり大阪のおいしいもんを食べるぞ~」と心に誓った。チョイ寂しいけど、またパパと仲良くそれまでがんばって暮らすとしよう。明日から観光記、写真も厳選してお届けします!
2005年09月25日
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すみません。まだ出席してないんですが。明日(17日)に夫の親友の結婚式に行ってきます。親友とは言え20歳くらい年下で、もともとは甥っこの友人だったそうです。とても心の優しい穏やかな人で、奥さんになる人は幸せだろうなと思ってます。夫はこのパトリスが大好きで、喋る時異様にハイテンションで楽しそうなんです。ちょっとあっちの気があるんでしょうか(笑)教会はちょっと遠いところにあって、そのあとリヨン市内に戻ってきてパーティだそうです。新郎の父君がミリタリー関係ということで軍の施設のレストランらしいんですが…なにせ初めてなもので緊張しております。パーティも夜の9時から始まるそうでいったい何時に帰れることやら。実はその翌日日本から長女が遊びに来ます。パリには来たことがありますがここリヨンは初めて。そう、母の嫁ぎ先に来るのも初めてという訳です。勤めているので丸1週間ほどの滞在ですが久しぶりの再会だし、中身の濃いものにアレンジしてあげようと思ってます。本当のところはこれ幸いと私も遊びたいと、手ぐすね引いてるわけですが。夫は仕事があるのであまり一緒に出かけられないのです。ちょっと嬉しい!?内緒ですが。女二人で自由に行動したいんですよね。たまにはね。という訳で一週間ほど日記もお休みいたします。また再来週には結婚式のことやリヨンの周辺の観光のことなどいろいろ書けると思います。また、その頃に覗いてくださいね!↑リヨンのオペラ座
2005年09月17日
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先日iqcotさんの日記で綴っていらした映画『忘れじの面影』でコメントさせてもらった時、ふと脳裏に甦った映画がある。どうしてももう一度観てみたいと思ったのだ。普段は忘れていたのだけどプルーストみたいに連想は連想を呼ぶ。この場合はかなり直截的ではあるけど。その時はうろ覚えでいい加減なことを言ってしまった。あとでどうも気になるのでyahooで調べたら、その思い出の映画の題名が判明した。『ジェニーの肖像』ロバート・ネイザン原作とあった。『忘れじの面影』と同じジョーン・フォンテーンが主役と勘違いしたのはジェニーとジョーンの名の響きが幾分似ていたからのようだ。主演は『市民ケーン』のジョセフ・コットン、『終着駅』のジェニファー・ジョーンズ。☆内容(「Oricon GE」データベースより)☆ロバート・ネイサンの名作幻想小説を、「旅愁」などで知られるウィリアム・ディターレ監督が見事に映画化した不思議なラブストーリー。この映画に関心を持ったのは遥か昔である。そしてその遥か昔にこの映画を漫画化した『セシリア』(水野英子作)を読んだからなのだ。40年くらい前!!である。私は本当に幼かった(赤ちゃん。いや、幼稚園)と一応言い訳しておこう。ともかくあらすじはロマンチックでファンタスティックでドラマチック。時代は19世紀末、場面はヨーロッパ(たぶん。でももしかしたらアメリカかな?)ある青年が可愛い女の子と池の凍ったスケート場で出逢う。そして数ヶ月後、少女に成長した彼女とまた会い、またその後成人した姿に出会うという、時空を超えた悲恋だったと思うのだが。ここでまた連想は水野英子に飛んだ。この漫画家は手塚治虫さんの愛弟子ぐらいの大御所で(かのトキワ荘に住んでおられた!)私が子供の頃、西洋の雰囲気への憧れを培われた大きな要因の一つである。今の少女マンガの原点に位置する作家だ。代表作に『白いトロイカ』『こんにちは!ドク』『ファイアー』『皇妃エリザベート』など多数。私が初めて『ローマの休日』を知ったのも映画よりこの方の漫画化のほうが先だった。なんと、りぼんの付録の小冊子だった。今持っていれば相当の価値だったろうな~!あの頃はきっと著作権とかはあまりうるさくなかったのかと推測される。『セシリア』も『ローマの休日』も実に映画に忠実に描かれていたものだ。絵が素敵で、生き生きと描かれていた。そしてまた調べたら最近、大昔の作品を復古という形でまた出版されているらしい。さっそくアマゾンで見てみたら『セシリア』は珈琲文庫で出ているが在庫無しということだった。非常に残念だ~~。また連想は飛ぶのだが。この『ジェニーの肖像』のアイディアを、たしか山田太一さんが使われていたような気がして、また(笑)調べた。結果、思い出してきたのだが『飛ぶ夢をしばらく見ない』のようだ。これは反対に老婆がだんだん若返り美しい女性から、美少女に、幼女に、そして赤ん坊になってしまうというものだったと思う。ただ残念なことにこれのテレビ化は大変陳腐で不出来で大失敗だった覚えがある。(配役が悪かった!)ここまでこき下ろしてすみませんが…。山田太一さんの脚本のテレビ化はたいてい素晴らしかったのに!(一応代表作をあげておきます。ふぞろいの林檎たち、想い出づくり、岸辺のアルバム、それぞれの秋、さくらの唄等多数)このときは関わられなかったんだろうか。山田太一のアーカイブスというページはとても充実していてまたしばし想い出にふけってしまった。日本の家においてある本をもう一度読みたい!病にかかってしまった。とりとめなく綴ってしまったが、他の方のblogを覗かせていただくと刺激をいただける。そして楽しいひとときが持てるようになったことを感謝しつつ今日はここで終わります。iqcotさんのその日記、トラックバックというものをしてみたいのですがやり方がよくわからない!(恥)興味のある方は、トラックバックできるまでうちのお気に入りからリンクして読んでいただければ幸いです。
2005年09月16日
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昨日はその前日に急に夫の兄の奥さん、8月17日の日記に登場のbelle soeur(義姉)、マダムRからお誘いの電話があってリヨンの街なかでデートした。なんでも彼女は腰痛の持病があってこの日午前中にキネ(接骨医みたいなマッサージ)に来てその後ヒマなのでお昼でも一緒にしましょうというわけ。夫抜きで二人きりで会うのは初めてだった。最初はちょっと緊張するかなという懸念をもっていたのだが会ったとたんふっとんだ。彼女はとてもきさくで世話好きの性格だから。ともかくよく喋る。喋る。でもなかなか頭のいい人で私にも解り易い言葉を選んでくれているのが伝わってきた。よくおうちにも招待してくれるので夫の家族の中では私にとって結構馴染み深いのである。私が彼女に頼まれて日本で買って持参したデジカメはいたく息子さんに喜ばれたそうで(彼女は息子の誕生日にプレゼントした。)義姉も大変満足気。イタリアンのお店に連れて行ってくれてランチをご馳走してくれた。(この店はけっこうフランスにしてはファミレスっぽくてサラダバイキングもついていた。味はまあまあ。ともかくボリュームがあった。)彼女は自分の生き方にはポリシーというか、自信を持っている。ゆえかどうしても他の家族(夫の他の姉妹)に対して何らかの不満を持っているらしい。(確かに彼女は長男の嫁としてやるべきことはちゃんとこなしている。私はその点、以前から一目置いている。)私は夫のお姉さんや妹ともけっこう仲良く付き合っている。まだここ2、3年のつきあいで会った回数もしれているが。小姑にあたるわけだが今のところそんな意地悪な人とは思えないし。姉は夫に輪をかけた質実さの働き者、ちょっと暗い(笑)。妹はこれまた正反対の恋多き奔放な人生を送る情熱家。マダムRははるか遠い日本から来た口数の少ない義理の妹 (これは決して地ではなく、ただ単にフランス語が上手じゃないからなのだが。)には同じ嫁の立場として、たぶん言いやすいのかいろいろ愚痴りはる。いつもはお互いの夫がそばにいるから言いにくかったのだろう。今日は解禁ということでいろいろ聞かされた。堰を切ったように過去のことを物語ってくれた。こういうとき、ほんまにちょっと困ってしまう。悪い人では決してないし、私に好意を持ってくれているのも十分わかる…のだが。同意してものちのちなんらかのトラブルがあってはいけないし、さりとて、反対するわけにもいかない。日本人的八方美人の傾向はあるが結果的にこうもりになるのは嫌だし。日本語でならなんとでも当たり障りの無いことを言って、話の方向を何気なく変えたり出来るが…フランス語で~乏しいボキャブラリーで、なんとなくストレートな表現になりがちな私。ま、なんとか「私にはよくわからないわ。だってまだまだ勉強が足りないんですもの。いつか上達したら貴女の気持ちをもっとわかってあげれるのにね」なんて風に今日のところはごまかしておいたが…。やはりフランス人も、割り切ってるようでもいろいろあるんだね。人間関係はどこの国も一緒か。楽しいけどちょっと気を遣ったひとときだった。駅でお別れしてから一人で街をぶらつき久しぶりに17~19世紀建造の建物写真をとりまくった。夫と一緒だとこういう繁華街で写真を撮るのは恥ずかしがるから思う存分撮れない。いつも後ろ髪を引かれる思いで被写体とお別れだ。たしかに地元の人間にとっては大阪の心斎橋や道頓堀で写真を撮るのは少し恥ずかしいもんね。
2005年09月15日
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今日は楽天でblogを書き出してちょうど1ヶ月の記念日。実はその前にラ○ブ○ド○ーで作ったのにやり方がむつかしくて1ヶ月たっても1件もアクセスがなかった。何を間違ったかは不明。で、そのままこの楽天に移し変えた。ここのはほんとにわかりやすくてすぐにアクセスしていただけた。今日はネタもないことだし、ブログ記念日なので自分の結婚の経緯を少し書きます。(だいぶ慣れてきて羞恥心が減少してきた。)興味のある方はチャンネルはそのまま。ない方も一応通り過ぎていってください。私は2001年の春からフランスに語学留学し、TOURS、PARIS、LYONの三箇所の学校を渡り歩いた。そしてその最後の地、リヨンで今の夫と奇跡的に知り合った。留学期間が終わって日本に帰国した時点では、まさかまたフランスで暮らせるとは夢にも思わなかった。留学は永年勤めた会社を辞めての決断だったので今後どんな仕事をしていくかというよりどんな仕事に就けるのかとても将来不安だった。そんなときに奇特なフランス人の申し出があったわけだ。なかなか性格温厚で見た目も好人物、好きなタイプに属する。(ロバート・デニーロとジョージ・クルーニーを足してラスカルで割った感じ。)そしてなによりもこんな私に惚れてくれて一生懸命だったのでいつの間にか結婚してもいいなと思い始めた。そして毎年何ヶ月かフランスに来て一緒に暮らし始めた。暮らしてみるといろいろ新しい発見があってお互い欠点もわかったがさほど気になるほどではないと判断。(憧れのフランスで暮らせるという餌に釣られて多少目をつぶった。向こうは両目をつぶっている。恋は盲目なので。できればずーっとつぶっててほしい)最終的には2004年の秋に夫が日本に来て正式に入籍し挙式した。最初私は、お互い再婚だし、日本には娘二人がいるので特に正式な結婚は必要ないように感じていた。フランスには籍を入れないカップルが多くいるのを見聞きしていたし。ただ夫の方は生真面目な性格ゆえか愛ゆえか(笑)ちゃんとした形を切望していた。確かにヴィザなしの旅行では3ヶ月の滞在しか認められておらずいちいちユーロ圏外に出るのもややこしいので何となく夫に従った。夫がてきぱきと書類を整えてフランスの手続きを先に終え日本の領事館への書類提出も滞りなく進んだ。そしてわが市の市役所に行き婚姻届提出。また、その証明を領事館に提出しフランスでの結婚証明書 『LIVRET de FAMILLE』の発行の運びとなった。こう書くと一見簡単そうであるが 時間的にはいろいろな郵便でのやりとりが必要で結構長期間かかった。式なども最初は挙げるつもりはなかったのだが。ある夜遅くに超破格の結婚式で急成長した会社のドキュメント番組を偶然見た。興味本位で早速その週末に見学してみた。結果これが本当にこんな値段で!と驚くほど素敵なチャペルや式の内容だった。実はこの前年に下の娘が嫁いで、その際いろいろな結婚式場のことを調べたりした経験があった。相場とかもわかっていたので、この値段には驚きつい飛びついてしまった。価格破壊がこんな業界まで及んでいるとは。ただ写真撮影やアルバム作成は確かに別料金で高価だがせっかくの記念なのでオプションをつけた。業者もその辺は心得たものである。客の心理を見抜いている。式までに半年以上あったので二回衣装選び、試着をさせていただいた。(本来は一回らしい)夫は日本にまだ来ていなかったので娘達とお祭り気分ではしゃぎながら選んだ。しかしいざ本番となると…さすがにこの年で人前でウェディングドレスを着た時は逃げて帰りたいほど恥ずかしかった。けれど皆さん、あたたかく心から祝福してくれた。なによりも夫の瞳の中には絶賛の星がちかちか(笑)人生の数少ない至福の時であった…つづく。《写真はアビニョン》
2005年09月13日
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今日は近所の Maison de la Rencontre (市民会館みたいなもの)に映画を見に行った。ここでは毎週 土・日・月の3日間映画を上映している。夏の間はやはりバカンスで閉まってて悔しい思いをしていたがやっとこの間から再開した。普通の映画館よりは若干遅れるが(2ヶ月くらいか?)ロードショー公開された作品とか、わりと話題作をしてくれる。値段も安い。1席5ユーロ(600円強)で回数券を買うとさらに安く4ユーロになる。だいたいフランスは日本に比べると映画入場料は安い。日本が高すぎるのかな?ここの劇場は結構快適でスクリーンも大きく音響もよくて気に入っている。さて、今日観たのは『宇宙戦争』でした。やはりこういったスペクタクルもんは映画館で見ると相当迫力がある。これでもか、これでもかと次々に特撮の嵐。さすがスピルバーグはお金かけはるな~という感あり。内容についてはネタばれはあかんので言及しません…が、カタリナ風災害のニュース映像と少しかぶってしまった。こんな風に映画を作れるのに災害に対しての準備や対策や心構えとかはアメリカという国は全然考慮していないのだろうか。突然襲ってきて人々の命や家を奪うのは宇宙人も天災も同じことだ。結局何が何でも強いアメリカという神話にすがりついてるような気がした。ついでに言わせてもらうと天才子役のダコタちゃんが演じなくても普通の子役で十分な役どころ。演技派のティム・ロビンスも何故この映画にでる必然性があったのか?やはりギャラですか?スピルバーグもトム・クルーズも決して嫌いじゃない。いままでの映画でも相当お気に入りのものが多いんだけど…今回はちょっといただけなかったな。(フランス語の吹き替えなので意味わかってない箇所も多々あるとは思う。こんな大口たたいてちょっと恥ずかしいけど。)H・G・ウェルズの原作の本は大昔に読んだがこんなストーリーだったかな?もっと面白かったような気がするが。要、再読だ。SF映画は古くて稚拙な特撮物の方が却って面白かったりする。イマジネーションを刺激されるからだろうか。今日の収穫は受付でもらった特大のポスター。今後3ヵ月のフランスで上映される映画が網羅された一枚。夫と一緒だったので2枚も下さった♪再来週は日本から娘が遊びに来るので一緒にここに来ようかと思ってる。『チャーリーのチョコレート工場』が観たい。
2005年09月11日
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昨年、NHK衛星で録っておいた『約束』をやっと観た。とてもよかった!やはりミッシェル・セローは名優だ。彼を初めて知ったのはかの有名な『カージュ・オ・フォール』(ミスターレディ・ミスターマダム)本物の女性より女らしく可愛い仕草、色っぽさに思わず見とれた。最高のコメディアンと長い間認識していた。けれど『とまどい』で若く美しい E・ベアールへの切ない抑えた恋心を演じた彼を見てこういう演技をする人だったのかと目を開かされた。フランスに来るようになって数多くの映画に出ていると知ったが日本では紹介されていない作品も多く残念だ。もっと彼を観たい。さて、『約束』ではある病院の老人病棟に入院しているべランという役。彼は寝たきりで手も足も動かせない。しかも喋ることもできないので、周りの人達は彼を植物人間として扱う。けれど本当は脳はしっかりしていて自身の不遇も周囲の状況も把握している。(アルツハイマーにならないように必死で抵抗しているのだが…)ゆえにセローは科白を喋らず目だけで演技しているのだ。もちろんモノローグという形で語るのだが。これがまたたまらない。声だけの演技もすばらしい。ある日小児癌で入院している悪ガキ、マルタンとの出会いがあって物語は始まる。ほのぼのしていて、笑わされて、お涙頂戴もあるのだが。決して安っぽくないのは役者とシナリオが素晴らしいから。ちなみにセローは『クリクリの夏』でもいい脇を飾っている。(これは私の大好きな映画、絶対お勧め!)最近では『パピヨンの贈り物』があり。(写真はオルセー美術館にて)
2005年09月09日
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夫が夜勤だったので、彼が観たがっていたフットボールの試合は録画しながらミス・スワンを見た。サッカーの方はフランスがEireに勝ったみたいで一安心。(Eireってどこなん?と思ったらアイルランドのことだったのね)さて、ミス・スワンは最初テレビの本の写真では何かミスコンなんだと思って見始めたのだが…確かにミスコンだがただのミスコンではなかった!!この番組はアメリカ製でフランス語の吹き替え。いかにもアメリカの精神に満ち満ちている。たぶん30分くらいの番組をこちらでは2時間分まとめて放映。(何回も同じオープニングとか予告っぽいのが繰り返されるのにはちょっと辟易だったけど、フランス語理解度30%くらいの私には丁度いいのかも~)最初応募者に予選に通過した報を告げるところから始まる。彼女達は何らかの容姿のコンプレックスを持っていて、その人生での不幸も容姿によるものと考えている。それでこの番組に応募したらしい。家族もインタビューに答える。ミスとは銘打っているが、既婚者や子持ち、離婚した人とか、年齢も多種多様。番組では超一流(たぶん)の整形外科医、審美歯科医、肉体改造のトレーナーやカウンセラーなどが彼女達の悩みを解決していくのだ。毎回二人の候補者が選ばれ3ヶ月くらい家族の元を離れてホテルで暮らしながら肉体改造に取り組んでいく。もちろん整形手術の様子も詳しく映し出される。驚いたことに外科医はとっても陽気でにこやかに脂肪吸引などをこなしていく。(こういうシーンがあるから12歳未満には視聴お勧めできないという但し書きが画面隅にあり。)手術の直後患者と、よくバレーボールの試合などの時にする、なんというのか右手同士でやったね!ポーズとかもしてて何とも明るい。しかし彼女達もいろいろ葛藤や不安や悩みで滞在中は泣きながら心中を吐露する。(術後の腫れた顔も画面に映し出される。)この設定の面白いところは最後に美しく変身(メタモルフォゼ!って素敵な響きの言葉だな。)してスタジオに二人が現れるまで一切本人には鏡を見せないところだ。(ホテルの洗面所の鏡も皆、封印されるのでさぞかし不便だろうと思う。)もちろん、スタイルも最初と比べると格段によくなっているし、素敵なイブニングドレスに身を包んでいるから鏡を見ずとも少しはわかっているのだろうが…司会者はたずねる「鏡をこれから初めてみるけれど覚悟はいい?」そしていよいよ緞帳が上がり鏡が現れる。彼女達は本当に驚き感動し歓喜する。泣く人もいる。「私、自分に恋に落ちそうだわ!」なんて言って、外科医達を喜ばす。関係者司会者、皆心から祝福し、整形と言う少し日本人にとって後ろめたいイメージは皆無。見ている私も思わずよかったね!なんてホロってきたりして。そして毎週二人の中のひとりが最終的なビューティコンテスト出場者に選ばれる。毎回スタジオに落ちた方の人の家族が駆けつけ抱き合って喜び、彼女の変身を祝う。しかし、お父様もお母様もお兄様もお姉さまも(笑)アメリカ人にありがちの超肥満型の体型をされていて、リバウンドも時間の問題かな~なんて余計な心配をしてしまう。(なんせ、手っ取り早くお腹も足も運動でなく脂肪吸引で解決しているので。)そう言えば日本で興味深く見ていた整形コロシアムはこの番組を真似てるのかなと思った。日本では顔は彫りを深くしたりするからすごく変わっていつもびっくりするが。欧米人はもともと顔は彫り深いので化粧で何とでもなりそう。整形する必要ないんじゃないって思う候補者が多い。ただ、鷲鼻(ユダヤ系の方特有の)がとても嫌みたいで皆さん削るのを希望。日本人から見たら大して変わらないように思うのだが…目は皆もともと大きい二重まぶただしね。たぶん、何週間の後には候補者の中からグランプリが選ばれるみたい。毎週水曜は要チェック(チャンネルはTF6)《ところで正統なミスコンでiqcotさんに薦めて貰った『Top model 2005』は最終回しかみれず残念だった。やはりこういう番組はそれまでの紆余曲折や他の候補者などを知ったうえで自分のお気に入りとかみっけて、感情移入しなきゃ盛り上がりにかける。トップに輝いたアリゼーは私の嫌いなジャクリーヌ系の顔だった。もう一人のシャネルのモデル風の人の方がエレガントだったのに…やはり最近のモデル界は美貌より個性なのかもしれない。》なるほど今日の番組の題名のミス・スワンは醜いアヒルの子が美しい白鳥に成長することから所以しているのか。(写真はToursのカンパーニュ美術館)
2005年09月07日
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昨日の日記と関連ネタなのだが、そんなわけで今まで録りためた世界不思議という番組をDVDに焼いて持ってきている。この番組は土曜日の9時放映なのでどうしても見ないで録画したままが多かったのだ。土曜は何かと忙しい。あ、今は花金か!?やはり古い人間かも…この番組は1987年くらいからやっていて子供の小さい頃から皆で楽しんでいる。長寿番組でファンも多いことと思う。なかなか勉強になるし、レポーターの竹内かなえさんが大好き!司会の草野さんも東大卒にしてはお茶目で可愛い。黒柳さんの頭の良さと博識には脱帽させられるし。昨日見たのは2000年8月26日放送分の『700回記念AD535年の謎』この年に世界のあちこちで天候異変があり、栄華を誇った東ローマ帝国が衰退したり、ナスカのティオティワカンが滅びたりしたそうだ。一番の原因として考えられているのがインドネシアにある火山の爆発。この爆発はすさまじく今で言うとマグニチュード10ほどの地震を引き起こしたという。中国の歴史書にもその轟音が聞こえたと記されており、日本にもその記録があるそうだ。何ヶ月間も灰が降り注ぎ飢饉が。そしてアフリカ東部で大雨のあと干ばつが続くという最悪の気象条件を誘発しその結果天敵が滅びねずみが大発生し盛大な交易の船に乗って一気にヨーロッパにあのペスト禍を招いた。東ローマ帝国では人口の3分の1が死んだそうだ。結果、帝国も滅亡したという。5年も前にこの番組があったわけだが、番組中英国の学者の人もインドネシアの火山の爆発の危険性について述べておられた。津波で大きな被害のあったちょうどそのあたりなのでちょっと背筋が寒くなった。つい先日はアメリカのカタリナ風災害があったばかりだしヨーロッパの洪水といい、なんか危機感を感ぜずにはいられない。あんなに立派な大きな街が台風でこんなにもあっけなく潰されてしまうとは!今、日本もよく台風が来ているし被害が無いことを祈らずにはいられない。人間の力ってやはり自然の前ではひれ伏すしかないのだとつくづく思った。やはりこの番組は面白い。(面白いって少し不謹慎な表現かも知れないが)ところで先週はパリ、オペラ座だったそうで、もしかして録画されていないかも。ちょっと残念。うっかりしていたわ
2005年09月06日
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今回の滞在にあたっては長期になってしまうということで、きっと字幕入りの映画が恋しくなるという懸念があった。留学時代を除いてはいつも3ヶ月以内に帰国できたので何とか持ちこたえられたが。そんなわけで今回は、帰りたい病予防のため周到に準備した。大好きな映画とか録画したけれどもまだ観ていないもの、一部の好きなテレビ番組(世界不思議発見と美の巨人たち)をDVDに焼いて200枚ほど持参したのだ。これにあたっては日本製のDVDデッキを送ったり液晶テレビを手荷物で持ってきたりと相当苦労した。なぜならフランスのテレビもビデオデッキもDVDデッキも皆システムが違っていて作動しないからだ。日本製のDVDは日本製のデッキでないと再生できない…と思っていたからなのだが。ある日ふと夫のDVDデッキに私の日本製のDVDを入れてみたら何と、再生できた。(これはフランス仕様のもの。メーカーはLGという、たぶん韓国製)けれどフランス製のDVDは私の日本製のデッキでは再生できない。ハードはこちらの方が許容範囲が広く、ソフトは日本製のほうが柔軟ということであろうか。すなわちDVDだけ持参でも十分間に合ったわけなのだが。入国の際、見つかったら課税の対象になるかもとおびえたり、重いので食品などの荷物を少しでも減らしたりした私の苦労はなんだったのかと少し落ち込んだ。けれど今は寝室で寝転んで鑑賞用に結構重宝しているのでよしとしよう。(もしフランスへこれから来る方がいらしたらこの情報を役立ててください。ビデオカセットは絶対こっちのでは再生不可能だと思いますが。ま、DVDはパソコンでも見れますけれど)最近はできるだけ耳慣らしのため、フランスのテレビ番組を見るようにはしているが3日に1度くらいは字幕入りを見る。昨日はC・イーストウッド監督 『ミスティック・リバー』を見た。1度目は映画館で見てとても重たく悲しいテーマで、観たあとにやりきれない気持ちを抱いた。主演のショーン・ペンは今まで見た彼の映画の中で最高の演技だと思った。(アイ・アム・サムより私は好き)悪ガキだったショーンがここまで父親役を演じれるようになったとは!今回あらためて見てみたらティム・ロビンスの演技の渋さと言うか抑え加減がうまいとうならされた。他の俳優も皆よかった。たぶんクリント・イーストウッドは本当に凄い監督なんだろうと思う。今年のオスカー4部門受賞作『ミリオンダラー・ベイビー』も是非みてみたい!ショーンが娘の死を悲しんで嘆くシーンは胸を締めつけられる。同じ娘を持つ立場としてその悲嘆は想像にあまりある。もし自分が同じような立場に立たされたとしたら正気を保てる自信はない。たぶんこの手で出来る報復を考えてしまうだろう。彼と同様に。(余談だが最近の加害者の人権偏重主義には心から憤りを覚えている。少しでも被害者のためになる法改正を急いで欲しい。凶悪犯罪の抑止力にもなると、私のような単純な人間には思えるのだが。)彼は嘆く。「もし少年の頃誘拐されたのが自分だったら、前妻に求愛する度胸はなく、娘も生まれずこんな痛ましい殺され方をせず済んだろうに!」もし、あの時こうだったら…その人生の一瞬の差が運命の歯車を狂わすことはよくあることだ。けれども反対にそれがまた幸せをもたらすことだって然り、と思いたい。『人間万事塞翁が馬』結末を知っていても何回見ても感動を与えてくれる貴重な映画の一つだった。写真はリヨンのボザール(美術館)所蔵です。
2005年09月05日
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今日は久しぶりにレストランでディナー。嬉しいな~~。でも街中まで行くのは、パーキングを探したり渋滞に巻き込まれたりで夫は非常に嫌がるので断念。夫はちょっと頑固なほど真面目というか何と言うか、ちょっとでもお酒を飲むと絶対に運転しないタイプの人間だ。(これって当たり前?)だからこちらも心おきなくアルコールを飲みたい時は車はNG。かと言ってバスとメトロを乗り継いで行くのも億劫なので今日はすぐ近くの『La Criee』(注;アクサンテギュ有り。表示まだできません、トホホ)に行った。最初この名前を見たとき「変な名前!?」って思った。動詞のcrierは叫ぶとか泣き叫ぶという意味だし~?でこの間、辞書を見たら名詞の時は『公設の競売場、競り売り』とあった。不思議解消。結局ここでは魚のせり売り場という意味のようだ。魚料理の専門店なのである。すぐそばにあるのに来たのは今日が初めて。なんとなく高級なのかなと臆していたのだが。実際は庶民的なレストラン。フランスでは日本のロイヤルホストみたいなファミリーレストランはあまり見たことが無い。全国に展開しているチェーン店みたいなお店はたまにある。このラ・クリエーもそのくち。だからと言ってそれほど安くはなく、夜だとワインも頂いたりしたら一人最低4、5千円はかかる。夫の外食嫌いはこれも一因(笑)リヨン市内の有名店でランチするほうがよほど価値はあるかもしれないが。さてこのレストランはインテリアはやはり海のイメージと言うか船室の雰囲気が基調。私達は少し早い目に6時過ぎに行ったら空いていた。禁煙席も選べた。しかし7時を過ぎると次々にお客さんが入ってきてあっという間に満席状態。なかなか人気があるようだ。アラカルトももちろんあるが、私達はムニュ・ナヴィガトゥールというコースを選んだ。これはアントレとメインとデザートと飲み物が各何種類かの中から選べる少しお得なコース。25.5ユーロ(3500円くらい)これにワインとミネラルウォーターを追加注文したのでやはり一人5000円くらいになってしまったが。まぁ、たまのことなんだからね。大阪で週3回くらい外食してた私としては毎日お料理作るのはちょっとしんどい。もちろん、最近は楽しいし自分の作った料理もなかなか美味しい(笑)ま、専業主婦で食べさしてもらってるんだから仕方ないねんけど…でもたまにはやっぱり据え膳食べたいもん。そういえばフランスのツアー旅行の添乗員さんが口をそろえて言うことに「フランスには高くて美味しいレストランはありますが安くて美味しいレストランは存在しません」というのがあるそうだ。少し大げさかもしれないが。日本では本当に安くて美味しい食べもん屋さんが多いな~。競争が激しいしどんどん新しい店が出来るし割引券の発行やインターネットや携帯での値引きまである。す、素晴らしい!!な、懐かしい!!かと言ってフランスにはフランスの良さがあるのだからあまり文句を言うのもやめておこう。今日のチョイス。私、蟹の身とアーティショーのサラダ、ヒラメのグラタン、クレーム・ブリュレ、ビール。夫、甘エビのトマト寄せサラダ、鯛の何とか風(塩焼き)、タルト・タタン、ビール。ワインはコート・ドゥ・ローヌ産の白。このお店はトロピカル風のカクテルが超美味しそうだったので今度来る時は絶対アペリティフに頼もうと心に誓った。
2005年09月05日
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初体験という表現もちょっと変なのだが、つまりは猫脚の家具を生まれて初めて買ったということなのだ。今日は夫も休みだったので街に買い物にでかけた。そこでお気に入りの、例のメゾンドモンドの支店にも顔を出した。そうしたら小物のsoldeはほとんど終わったしまっていたのだけれど今まで値引きしていなかった家具類の一部が30%オフになっていた!そしてこの小引き出しというか電話台というか…に一目惚れしてしまった。もちろんアンティークでもなんでもない。でも形といい、色といい、素材といい、大きさといい、すべてお気に召してしまった。一番は値段だったかも(苦笑)私は全然ブランド志向とかもないし、お金もないのでこれくらいのものでも十分満足。夫の家は以前にも書いたが、男の一人住まいだったのでとてもシンプルで飾りや家具も最小限だった。インテリアは私のしたいようにさせてくれている。でもまだ私の中には今後ズーッと永くフランスで生きていけるのか正直な話、自信がない。いつ、どんな事情で日本に帰りたいと思うかとても心もとないのだ。今までの経験から人間というのは絶対、ということはそれこそ絶対無いのである。人の心は変わるし、状況も変わる。そんなわけで家具類を買うときは、もしまた日本に帰ることになった時未練を残さないものというのが必須条件。今日のは比較的小ぶりなので十分船便で送れそう。こんなことを心の中で考えてるとは夢にも思わないだろう気のいい夫は喜んでいる私を見て、更に満足そう。ほんとうにいいヒトだ(笑)やっぱり、もし帰る時は連れて帰ったげようなんて思ったりもする。実際もし夫がリタイアーしたら、経済的に許されるなら日本とフランスのそれぞれの気候のいい時期に半々で暮らしたいものだなーとたまに考えたりする。(それにはあと15年は必死で頑張らないとダメだろうけれど…)ついでに覗いたfnacで先月欲しかったシメーヌ・バディとフローラン・パニイのCDを買った。なんとジャケットが紙のboxに変わって値段が半額になっているシリーズが最近大々的に売り出されたのだが両方ともこの中に入っていたのだ。(TVでCMもしていた!)私は大きな幸運ってそんなにないが、欲しいものが待っていると安くなるっていうプチハッピーは時々経験する。では、今日も機嫌よく晩御飯を作ろうとするか! (↑いい曲いっぱい詰まってました♪)
2005年09月03日
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最近続けて3日間、お昼に食べたものがある。この間からうどんがめちゃめちゃ食べたかったのである。もともと大阪にいる時はしょっちゅうきつねうどん、鍋焼きうどん、ざるそばや焼きそばといった麺類を食べていた。ここではスパゲッティなどはいくらでも食べれるがうどんは貴重だ。うかつな私は醤油などは持参したがうどん(乾麺)のことはすっかり忘れていた。ふと気づくともう3ヶ月も食べていない!よし日本食料品店へ行ってみよう。と思い立ち先週パールドゥー(リヨンの繁華街)に出かけた。前回行った時はバカンスで閉めていたお店。幸運なことにその日から開店していた。レジにいた経営者の奥さん(香港人)はとてもきさくな優しい人でいろいろ話しかけてくれて、今度日本語を勉強中の友達を紹介してくれるそうだ。中国人は最近反日かな、なんて思っていたがフランスで生きる中国人はそんなことないみたいで安心した。やはりそういうのは国籍とかじゃなく個人差なんだ。と、大変気分はよかったのだが、肝心のうどんがない!なにしろ久しぶりに開店したばかりで商品が入荷していないとのこと。普通日本なら入荷して品揃い豊富にしてから、店あけるよな~?またもや大雑把なフランス商法を痛感させられた。フランスで販売されている出前一丁やカップヌードルはあったのでつい嬉しくて買い込んだ。そういえば6月にパリに少しいた時、有名なK子食品で買い物をした。値段が実に高くて驚いた。しかも賞味期限が切れているのに日本の3倍近い値段。レジで指摘したら、平気な顔で「だから普通のよりちょっと安いでしょ。」たしかに期限内のは更に高かった。法律には触れないのかな?ここリヨンのお店ではパリよりは良心的な値段だったのでほっとした。今度また商品がいっぱいの時にくることにしょう。しかし、うどんが~~。ますます食べたい病が重くなる。それでこの間近所のカルフールのアジア食品売り場で見つけたのがこれ↓なんとなく写真は細うどんのような、冷や麦のような。裏に小麦粉が原料と書いてあるし。きっと同じようなモンだろう。少なくともイトコかハトコくらいの親戚かも。と買って帰り、おそるおそる開封。まさにうどんやんか~とウキウキ、ゆでる。そうしたら、サーァッと油が浮いてきた。うーむ、ふつううどんはあっさりだよな。と落胆しつつも、もったいないから食べた。だしはほんだしでとっただし。醤油と砂糖を混ぜて(味醂も日本酒も無いので)。先日大量に刻んで冷凍しておいた白玉ねぎ(おねぎの代わりになる)をたっぷり入れてわさび(チューブ)も入れた。だしも麺も熱いまま釜揚げ風に食したのだが…これがすごく美味しかったのだ。きっと長いこと食べてないからもあるとは思うがやはり美味しかった。三日間続けてお昼に一人で食べてしまった。油も気にならなかった。ゆでた段階でだいぶ油分も飛んでるみたい。2玉入りで1.7ユーロ(220円位)だからちょっと高いけど。今度から禁断症状が出た時はなんとかこれでしのげそうだ。よかった。今日はMAOさんのページで教えてもらったキュウリのキムチ風も作ったし。だいたい、いつも帰りたい病の原因になる食の欲はこうやって誤魔化せそう。でもやっぱり次はうなぎが食べたいな~。
2005年09月02日
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とうとう、もう九月。やはり速いな~、時の経つのは。日本ではいつも忙しくしていて、時の流れが早いと感じていたけど、今は超ヒマでも…やはり早い。同じ早いなら忙しくしているほうがきっと充実してるってことで今の状態はほんとに時間の無駄遣い。blogで日記を書いてるのがせめてもの慰めと言うことになるかな。(ヒマならフランス語のお勉強をもっとしなさいっ、と私を知ってる人には怒られそうなんだけど。)リヨンはここ4,5日は先週とうってかわって暑い日が続いている。日中の陽射しはまた夏に後戻り。でもやはりヨーロッパは夏の方が寒いよりは格段に好きだ。ここでの生活は夫の車で外出する以外はあたりまえだが徒歩。日本で自転車びたりの日常を長年過ごしてきた私にとってはちょっと不便。確かに歩くことは体のためにも、ダイエットのためにもいいことなんだろうけど。わかっちゃいるんだけど。さんさんと降り注ぐ陽射しの中、日焼けを気にしながら徒歩で買い物に行く時。またつい多目に買ってしまった荷物を両手にぶら下げて帰宅の途につく時。あー、自転車がほしいな~と思う。何回か買おうとしていろいろ吟味したこともある。でもこちらの自転車はほとんど皆、ツール・ドゥ・フランスで乗ってるようなスポーツ車。なんと呼ぶのか、棒が上の方の位置にあって、サドルは細長い。飛び乗る時、足を後方へまわし蹴りしないとダメだし、とても座り心地わるそう。オマタ(注:オタマではありませんので)が痛そう!サドルはすごく上の方にあって、足の長~い異人さんには似合うだろうが私には…。ハンドルは真っ直ぐで短くて前のめりになって運転しなきゃならない。大きな買い物カゴをつけるのもはばかれるようなデザイン。そう、あのすごく便利なママチャリがないのである。おまけに道交法かで自転車は歩道ではなく危ない車道走行を義務とされている。あつかましいおばちゃんの独断走行に慣れてないフランス人達は、自転車を避けて運転するのはきっと下手に違いない。私のような注意力散漫人間は絶対に事故に遭いかねないだろう。ともかくおばちゃんが自転車に乗ってるのはほとんど皆無。大人ならいかにもサイクリストというカッコいい人種。あとは子供。値段も日本に比べると倍くらい高いし。でも最寄りのバス停はほんの目の前、カルフールは徒歩で5分。市の中心まで歩いて15分なんだからじっさいのところ自転車は要らないんだけどね…そういえば取得以来25年以上ペーパードライバーの私は来年の誕生日らへんに日本に居れるかどうかわからないのだがフランスでの日本大使館とかで更新可能なんかしら…?それまでに調べとかなくては。(写真はPARIS サン・ルイ島内のお屋敷の扉)
2005年09月01日
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