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2021.01.02
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このところ、宮沢賢治の白菜の普及活動が挫折したことについて考えてきました。残念ながら、白菜は10年早かったようです。

次に、早すぎた、と言われているものとして、農作業へのリヤカーの導入について考えてみます。

下記の論文でも、「賢治が「レアカー」を礫いても,そのリアカー自体が当時としては高級なもので妬みの対象であったとも言われている。」と書かれています。(11ページ、下から3行目 「レアカー」はリヤカーの賢治の表現、「リアカー」は山本氏の表現です。)

農産物にしろ、肥料にしろ、手で持ったり、天秤棒でかつぐより、明らかに便利で楽で能率の高いリヤカーが、なぜそんなに妬まれたのか。なぜ賢治の活動の障害となったのか。リヤカーどころか、軽トラが農村を走り回る現代からみると、なかなか理解が難しいところです。

また、それでは一般の農家には、昭和何年ころから、リヤカーは普及したのでしょうか。何年、賢治の取り組みは早すぎたのでしょうか。
そうしたことを検討していきたいと思います。

(論文)教室の風景―賢治と学校(山本昭彦氏)
下記リンクを開き、青いバナーをクリックすると、PDF形式でダウンロードできます。

https://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&as_sdt=0%2C5&q=%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB+%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%BC&oq=#d=gs_qabs&u=%23p%3D64HS7lYXfTIJ








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最終更新日  2021.01.02 06:16:31
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[(考察)宮沢賢治はリヤカーを捨てるべきだったか(農作業近代化の挫折)] カテゴリの最新記事


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