賢治と農

PR

×

プロフィール

馬場万磐

馬場万磐

カレンダー

バックナンバー

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04

コメント新着

健康を目的@ Re:ゴッホと宮沢賢治 その8 独身 AIイラスト(02/11) 健康を目的については、 0896240183 をど…
胸元コイルシステム@ Re:宮沢賢治「十月の末」 その14 兵隊さん? AIイラスト(01/21) 胸元コイルシステムは、0896241455 をど…
毎日をやさしく包む@ Re:宮沢賢治「十月の末」 その6 松と楢の林 AIイラスト(01/13) 毎日をやさしく包むは、0896236553 です…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2021.01.04
XML
Wikipediaのリヤカーに関する記述です。
1921(大正10)年ころ、静岡県の望月虎一氏が発明したとのことです。

宮沢賢治が農学校教師になったころに発明されたことになります。羅須地人協会時代の賢治がリヤカーで市場に野菜を売りに行く詩を書いたのは、1927(昭和2)年ですから、発明されてからまだおよそ6年後です。確かにまだ珍しかっただろうと思います。

リヤカーが出てくる賢治の詩はこちら
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202101030000/


現在の2021年からみて、最近できた目立つ機械等を考えてみます。燃料電池自動車トヨタ「ミライ」が発売されたのが7年前の2014年です。また、準天頂衛星「みちびき」を活用したトラクターの高精度ナビゲーションシステムは2010年ころの運用開始でした。

賢治の当時の農家には、リヤカーが「ミライ」や「みちびき」のように、新しく、高価な、嫉妬を誘うもののように見えたのかもしれません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%BC




#宮沢賢治 #リヤカー #リアカー #羅須地人協会





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.01.04 06:02:13
コメント(0) | コメントを書く
[(考察)宮沢賢治はリヤカーを捨てるべきだったか(農作業近代化の挫折)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: