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2021.08.07
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カテゴリ: 羅須地人協会時代
1928(昭和3)年8月に肺結核を発症した宮沢賢治は、花巻共立病院佐藤隆房院長らの治療により、小康を得ました。

賢治は、佐藤隆房院長の新築祝いに、バラの苗を贈りました。
このバラが、賢治のバラとして、各地で栽培されていることは、前回ご紹介しました。

宮沢賢治が佐藤隆房院長に贈ったバラ「グルス・アン・テプリッツ」
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202108060000/

このバラが、全国のバラ愛好家に知られるようになったきっかけには、バラ育種家で「レジェンド」「ミスターローズ」といわれた、鈴木省三の活躍がありました。

鈴木省三
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E7%9C%81%E4%B8%89

鈴木省三は、1913年東京生まれ。賢治より17才年下です。賢治と直接の面識はなかったものと思われます。


花巻バラ会では、佐藤隆房院長から、賢治が贈ったバラを、寄贈されましたが、品種が不明でした。
そこで、花巻ともゆかりがあり、バラの第一人者であった鈴木省三に、その品種同定を依頼し、このバラが、グルス・アン・テプリッツであることが判明しました。
さらに、このグルス・アン・テプリッツは、鈴木省三の父が愛し、鈴木省三が初めて育てたバラだったそうで、鈴木省三と賢治の不思議な縁を感じさせます。

バラの物語
https://gardenstory.jp/stories/12146



#宮沢賢治 #鈴木省三 #バラ #グルス・アン・テプリッツ





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最終更新日  2021.08.07 05:20:06
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