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2024.06.14
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#宮沢賢治 #AIイラスト

「真空溶媒(Eine Phantasie im Morgen)」 その9



あらゆる変幻の色彩を示し

……もうおそい ほめるひまなどない

虹彩はあはく変化はゆるやか

いまは一むらの軽い湯気(ゆげ)になり

零下二千度の真空溶媒(しんくうようばい)のなかに

すつととられて消えてしまふ

それどこでない おれのステツキは

いつたいどこへ行つたのだ

上着もいつかなくなつてゐる

チヨツキはたつたいま消えて行つた

恐るべくかなしむべき真空溶媒は

こんどはおれに働きだした

まるで熊の胃袋のなかだ

それでもどうせ質量不変の定律だから

べつにどうにもなつてゐない

といつたところでおれといふ

この明らかな牧師の意識から

ぐんぐんものが消えて行くとは情ない


 (いやあ 奇遇ですな)

 (おお 赤鼻紳士

  たうたう犬がおつかまりでしたな)

 (ありがたう しかるに

  あなたは一体どうなすつたのです)

 (上着をなくして大へん寒いのです)

 (なるほど はてな

  あなたの上着はそれでせう)

 (どれですか)

 (あなたが着ておいでになるその上着)

 (なるほど ははあ

  真空のちよつとした奇術(ツリツク)ですな)

 (えゝ さうですとも

  ところがどうもおかしい

  それはわたしの金鎖ですがね)

 (えゝどうせその泥炭の保安掛りの作用です)

 (ははあ 泥炭のちよつとした奇術(ツリツク)ですな)

 (さうですとも

  犬があんまりくしやみをしますが大丈夫ですか)

 (なあにいつものことです)

 (大きなもんですな)

 (これは北極犬です)

 (馬の代りには使へないんですか)

 (使へますとも どうです

  お召しなさいませんか)

 (どうもありがたう

  そんなら拝借しますかな)

 (さあどうぞ)


おれはたしかに

その北極犬のせなかにまたがり

犬神のやうに東へ歩き出す

まばゆい緑のしばくさだ

おれたちの影は青い沙漠旅行(りよかう)

そしてそこはさつきの銀杏(いてふ)の並樹

こんな華奢な水平な枝に

硝子のりつぱなわかものが

すつかり三角になつてぶらさがる






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最終更新日  2024.06.14 07:48:03
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