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なぜに、そんなに多く困ったことが多いのだろうか?
本当に困ったことなのだろうか?
その意識の奥底には、
困るという事が存在するのではなく、
そのように捉える自己の認識があるだけで、
そこには、困ったことなど何もないのかもしれない。
自らの中の処理結果で、困ったという認識があるだけ。
では、この困った、困ると思う認識を超えられるのか?
それは、そのような考え方・認識・常識・価値観を外せば、
困るという処理回路を通さなくなるはず。
困=コン=金(GOLD)
木が口の中に閉じ込められるのが、困る状態ならば、
そこの自己意識を解除する場所を発見できたとも言えるわけで、
その点では、発見して除去できれば、後は輝くだけなので、
困るは、お宝山のようなもので、金山なのかもしれない。
口の中に人が閉じ込めれると、囚われとなってしまい、
その囚われこそが、気づかない癖のようなものかも。
困るは、癖発見機かもしれない。
自らがシナリオライターで演出家なのであれば、
解けない課題は出さないはずだし、
解ける力を魂さんは知っているから、
困るを出してくるわけなので、どこまでいっても、
困るはなく、困る状況があるだけで、
瞬時に気づけば、状況は消え、
結果、困るが消えてしまっているってことになるのかもしれない。
困る=コマる=駒る=独楽る
駒とは、馬にあたる心を示しているのかも。
馬の感じ方で困るが創られているかもしれない。
さらに、独楽は、回転する運動体であり、グルグル回っている。
困る状況とは、思考回路が同じところをグルグル回っていて、
違う次元へと出られない状況なのかも。
自らの意識の位置を常に困るを超えた位置で、
困った状況に心も魂も肉体も巻き込まれることなきよう、
高さをKeepして遊んでいこう。
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