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TVなどマスコミは、いつも石巻の街ばかり取り上げるけど、宮城で一番被害が大きかったのは、女川町、南三陸町だと思う。
10月の初め頃に、女川町を訪ねる機会があったので、その時の画像を載せる。
1ヶ月近くたってはいるが、ほとんど今も同じだと思う。
女川へは、石巻から海沿いの国道398号を通って向かう。
海沿いの民家や線路の被害もひどいのだが、女川第一小学校の交差点を過ぎたあたりで、言葉を失った。
街がない!、とにかく何もない!
沿道には、すえひろ などのお店や民家がびっしりあったはずだが、一部の山際の家を除いて土台だけに片付いている。この辺は、海から離れた高台だったはず。。
しかし、現実には、海から1.4km、海抜15m程度で、今回の女川をおそった高さ18mのおそろしい津波から逃れることはできなかった。
遠くにみえる女川湾、茶色のマリンパル女川、実際にはこんなに海が近かった。
瓦礫の撤去や取り壊しも進み、ほとんど更地になってしまった女川の街、呆然とするしかない。
さらに進んでいくと、本当に何もない。
海近くの茶色のマリンパル女川まで、ぎっしりと立っていた建物が全くない。一部で作業をしている人はいるが、ひとけもあまりない。
マリンパルの方から、逆に西の方の高台を眺めると、荒野に、取り残された主要道と新しくひかれた電柱だけ。
左の方の南の海岸沿いに少し上がっていくと、お気に入りのニューこのりがあったのだが、残念ながら全壊していた。従業員が無事だったのが幸いだが、女川での再開は厳しいだろう。
マリンパル女川。
建物は残っているが、廃墟と化し、1mの地盤沈下もあって、大潮の時は冠水する。大きな水たまりができていた。一部の岸壁を利用して、漁船も少しだけあった。
10月中旬に、女川の尾浦漁港で、被災地見学にきた車が海に転落して、一人死亡した事故があったが、海辺には近づいてはいけない。
マリンパルの裏側の街の中心部のあたり。
一部の頑丈な建物の残骸があるが、ほとんど破壊されていた。
左の奥のコンクリで固められた高台にあるのは、女川町立病院で、海抜16mにあるが一階まで津波がきた。
女川と金華山を結ぶ定期船の船着き場のあたり。右側は駐車場と公園、左側には金華楼などのお店が建ち並んでいたが、跡形もなくなってしまった。
遠くに見えるのは、女川魚市場。
7月に再開になったが、漁船が少しあるだけで、以前の活気はなかった。
魚市場の方へ向かう道。
アスファルトが津波ではがされ、砂利ででこぼこになっている。まだ、瓦礫も残っている。
被災地を走るには、つねにパンクの危険がともなう。
一部の店が営業しているという話だったが、とても店などがある状況ではなかった。
女川の人口1万人のうち、約1割の方がなくなり、残った人は、わずかに残った女川高あたりの高台や女川第二小の高台に住むか、他の地域に移ったか。マリンパル女川が、最近、女川の手前の398号でさんま祭りを開催したり、金華楼が女川高の近くの住宅街で再開したりはしているが、高台移転といわれても土地がほとんどないし、高さ20mの堤防を作るわけにもいかないし、女川原発の問題もあるし、正直、女川の未来はかなり厳しいと言わざるをえない。
でも、女川の将来がどのような形になるとしても、頑張って欲しい。
心から、亡くなった方のご冥福と、女川町の復興をお祈りしたい。
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