がじゅまる希凛らんど

2007年11月03日
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カテゴリ: 体験と感想
今日、息子と一緒に近くの温泉へ行きました。

そろそろ上がろうかと、出入り口へ向かうと
4つんばいになっている おばあさんがいました。

“気分でも悪いんだろうか・・・?”

声を掛けようかと近づくと、ペタリと床に座り込み、表情は苦しそうでもなく。

よく見ると、彼女の片方の足は膝から下がありませんでした。


“きっと介助する家族がいるに違いない。”
そう思い、声を掛けるのを止め、出入り口付近で息子の体を拭いていました。

でも、彼女を介助する人は一向に現れる様子もないまま、

洗い場が空くと、お尻を滑らせ、洗い場ににじり寄って 体を洗い始めました。


こういう場合、どんな介助ができるんだろう。
どう介助してあげたら良いのだろう。

声を掛けることも、何もできないまま、苦い気持ちを噛み締めながら
お風呂場から上がり、着替えていました。

彼女は、着替えた後、お風呂場まで4つんばいになって 這って行ったのだろうか。
それを、誰一人として介助してあげる人は居なかったのだろうか。
彼女は、体を洗い終えた後、湯船に入ることは出来ただろうか・・・。


何も出来なかった自分に、苛立ちを覚えながら、苦い苦い気持ちで一杯でした。
夫の闘病中、病状が悪化し、どんどん機能を失っていく夫に付き添いながら、
知識が無いばかりに、適切な介護ができない自分が悔しくて、苦い気持ちを抱えていた



再発後、「いつ痙攣発作が起きるかわからないため」 夫は、お風呂に1人で入ることができず、
女性の私が男風呂に付き添うこともできないために、外泊許可が出て
温泉に泊まりに行ったときも、
夫は 大好きな温泉に入ることができなかったっけ。


最近は徐々に増えては来ているが、温泉施設に家族風呂があるところは まだ少ない。


同性の介助者が家族に居る家庭ばかりではない。
むしろ、夫婦が介助している家庭の方が多いのではないかな。

障害を持った人、1人ではお風呂に入れない人は、温泉で気分転換することもできないんだ。

・・・・せめて、温泉施設に 入浴介助ができるヘルパーさんが居てくれたら、
どんなにか助かるだろう。

今日、彼女の姿を見て、当時の思いが 再び湧きあがりました。


夫が他界して、母子家庭になった私。
息子は小学生になり、女風呂も、もうすぐ限界でしょう。
とは言え、まだまだ1人で男風呂に入れるには不安が山積みです。
他人に迷惑を掛けずに入ることができるだろうか。
1人で、体をきちんと洗えるだろうか。
滑って転んだりと、何か事故が起きたとき、誰か助けてくれる人は現れるのだろうか。
(絶対に、この子の親はどこだ!と男風呂の中でだけ騒ぎ、女風呂の私の耳に入ることは
ないような気がする・・・)

先日ラジオで、「子供は異性のお風呂に何歳まで入れるのか」というテーマの募集があって、
殆どの答えが「小学校に入る前まで。小学校入学後は、同性の親が面倒をみるべし」
「小学生を異性の風呂に入れるなんて、不謹慎にも程がある」
というものでした。
回答を送った人達は、母子(父子)家庭の人は居ないようだったけど。

でも、愕然としました。

1人でお風呂に入れるくらいに成長するまでの3~5年位は、異性の片親しかいない子供は、
温泉や入浴施設に入ってはいけないのかなぁ とまで考えてしまう。


多少の割増料金が掛かっても、入浴介助ができるヘルパーが、温泉や入浴施設に居てくれたら
利用したいと思う人は沢山いるのではないかな。とも思う。


そんな入浴施設が沢山あったら、半身不随だった夫の父も、もっともっと楽しい思い出を
増やすことができたろう。
闘病中の夫の最期のひとときに、快適な瞬間を作ってあげることができただろう。

そして、今日出合った彼女も、もっと快適に温泉を満喫できたのではないのだろうか・・・。


弱者に出会い、弱者と接し、そして自分が弱者と言われる立場になり、
世の中が、どんなにか差別と偏見に溢れ、弱者に冷たく厳しいのか
そして、弱者と言われる人が どんなに多く居るのかを 知りました。


たぶん・・・

原因は、「知らない」ことだと思うのです。

今まで生きてきた中で、弱者と呼ばれる人と、出会ったり 接したりした経験が無いから。
「実践的な知識」としても 誰も教えてくれる人も、機会さえも無かったから。


私は、高校を卒業後、社会に出てから、学校では教わることがなかったけれど、
「知っていることが当然」となっている「知らないこと」 が沢山あることを知りました。
むしろ、学校で学んだ事よりも、「知っていることが当然の知らないこと」の方が、
生活していく上で、とてもとても重要なことの場合が多く、戸惑うことばかり。


それは、
「健康保険証の仕組み」であったり、「年金の諸手続きの知識」だったり、
「冠婚葬祭の知識」だったり、「病人や障害者の介助の仕方」だったり・・・


今でこそ、二十歳になると役所から年金の手続きについて通知が来るようになりましたが、
私が二十歳の時には、まだそんな知らせもなく、
「対象年齢になったら手続きについての通知が来るのだろう」と
勝手に思い込んでいた私に届いた通知は、
21歳になってから届いた「滞納通知」でした。

驚いて その通知を持って市役所へ行き、手続きをし、
「二十歳になると手続きの仕方が書いた通知が来るものだとばかり思っていました」
と言った私に、

「そんなことするわけないでしょう。
 二十歳になったら手続きに来るのが当然の常識なんだから、
 自分のことは、自分でするのが当然。
 何で役所が そこまでしなくちゃいけないの!」

と 職員に 「21歳にもなってそんな事も知らないなんて、なんて非常識な子だ」と
いわんばかりの強い口調で 言い返されて ショックを受けたこと。

今でも鮮明に覚えています。

高校卒業後に社保完備の会社へ就職した人達は、何の知識がなくても、
会社で厚生年金の加入手続きをしてもらえるのですが、
私は、社保の無い個人事務所へ就職したために、こんな体験をすることになってしまったのです。


今働いている社会保険労務士事務所で 最近になって知ったことですが、
60歳になり、年金の裁定手続きをする際、「厚生年金 基金 」の分に関しては、
自分から加入していた基金へ「裁定用紙」を請求しなければ、手続きの用紙が送られてくることは
ないのだそうです。
社会保険事務所で年金の記録を調べてもらえば、自分がいつ厚生年金基金に加入していたかは
教えてもらえ、それを基に、基金へ手続きの用紙を請求することはできますが、
基金での自分の「番号」が分からないといけないとか。

基金によっては、退職時に基金の保険証を返還しなくてはならない所もあります。
退職時に保険証を返還しなくてはならない厚生年金基金に加入している会社は、
便宜上、基金の保険証を会社で管理し、退職時の手続きとともに そのまま返還している場合も
多いのではないかな・・・って思います。
本人に基金番号を知らされることはないままに・・・


自分の勤めていた会社が、厚生年金基金に入っていたのかどうか。
何と言う名称の厚生年金基金に入っていたのか。その基金の連絡先。
自分の基金番号は、何番だったのか。
・・・ そして、厚生年金基金に加入していた分の年金の支給を受けるためには、
   60歳になってから、自分で基金に連絡をしなければいけない・・・ なんて。

どれだけの人が 知っているのでしょう。
厚生年金基金には、自分で連絡・請求しないといけないことを、
社会保険事務所で教えてくれることはないそうです。

 自分が勤めていた職場が、基金に加入しているかどうか。
 どこの基金に加入していたのか。
 基金番号・基金の連絡先・60歳になったら自分で請求すること。

は、「知っていて当然の常識」で、管轄外の社会保険事務所で教えるなんて非常識
ということなのかしら・・・?
若しくは、社会保険事務所でも 管轄外なので、知らない人が沢山いる事自体を
知らないのかもしれません。


義務教育の期間の中で、この「社会の常識」を教えてもらうことはできないのかな。と思う。
障害を持っている人への介助の仕方や、その土地の冠婚葬祭の知識を教えてもらうことは
できないのかな。と思う。

たとえば・・・
手話を国民みんなが覚えていたら、
聾唖者のみならず、突然の事故や病気で耳が不自由になった人や、声が出なくなった人、
老いて耳が遠くなった人も、不自由することなく暮らすことができるのではないかな。と思う。


もしも学生時代に学べたら・・・
片足が無い人の入浴介助が当然の知識として私の中にあったら・・・
今日、温泉で苦い思いをしないで済んだかもしれない。








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最終更新日  2007年11月04日 12時42分57秒
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