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1月31日は 夫の命日。この日を思い出すとき いつも自問自答を繰り返す・・・ あの時、夫の名前を呼んでいたら 息を吹き返したのだろうか・・・ あの時、手を握って 「逝かないで・・・」 と 語りかけていたら 夫は もう少し ここに留まってくれたんじゃないだろうか・・・ 夫は、もう随分長いこと お人形さんのように、何の反応もしなくなっていて、旅立つ一週間以上前から、脳圧のせいで、目が出てきて まぶたを閉じられなくなっていた。 だから、 夫は いつもと全く変わらない状態のまま、 ただ 計器の心電図や血中酸素(spo2)や血圧の 値 だけがどんどん下がって、夫の最期を告げた 私は ベッドからちょっと離れたところで、心臓マッサージされている夫と計器を ぼんやり見ている だけ だった。 名前を呼びかけることも、「逝かないで」と引き止めることも、手も握らず 離れたところに立って、 ずっと ただ 見つめていた だけ だった。 全く 現実身が無かったから・・・ だって、計器の値が0になっただけで、他は いつもと何ひとつ変わらないんだもの。 だから、涙の一粒も出なかった。 お芝居にしか見えなかった・・・・・ でも、 あの時もしも、ドラマのように 手を握り 名前を何度も呼んで 「逝かないで!」 と 泣き叫んでいたら・・・ あの人は、もう少し頑張ってくれたのかなぁ・・・・・ 今更考えても仕方のないことなのに、9年経っても つい考えてしまうのです。
2011年02月01日
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今年こそは、ちょっとずつでも更新しようと約3年振りにデザインの変更をしたら、使い方を忘れて日記の書き方も変わっていて ビックリです。ちょっとブログをいじっただけで、アクセス数が増えるのはなぜ???楽天内の商品を検索しただけでPR画像が勝手に流れるのも かなり怖い・・・この画像が流れないようにはできないのかしら・・・???ブログって日記がメインだよねぇ・・・ 商品公開の場がメインってどうなんだろう・・・私はブログ向きではないのかも・・・と 新年早々感じてしまった。
2011年01月03日
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長いこと お休みしている間に、温かいメッセージをありがとうございました。手術は無事終わり、胃袋ちゃんは約1/6と かなりちっちゃくなりましたが、再発もなく、元気に暮らしています。最近ようやく、食いしん坊の私の脳が、ちっちゃくなった胃袋ちゃんの容量を理解できるようになり、食べ過ぎからくる様々な症状もずいぶんと落ち着きました。MEGURIさんは、お変わりありませんか?本当に久しぶりに開いて、MEGURIさんのメッセージが嬉しくって、有難くって・・・もっと早く開けばよかったと後悔し、もう立ち寄ってはいないかもなと思いながらもお礼が言いたくて書いています。本当にありがとう
2010年07月05日
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8月に胃癌が見つかり、あれよあれよという間に、明日は手術です。 検査があるので、今日から絶食(;_;) 明日は胃袋ちゃんとお別れ(mToT)/~~~ あぁ お腹が空いたよ~ って 胃袋無くなっても空腹感ってあるのかしら?
2008年10月14日
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今日、息子と一緒に近くの温泉へ行きました。そろそろ上がろうかと、出入り口へ向かうと4つんばいになっている おばあさんがいました。“気分でも悪いんだろうか・・・?”声を掛けようかと近づくと、ペタリと床に座り込み、表情は苦しそうでもなく。よく見ると、彼女の片方の足は膝から下がありませんでした。“きっと介助する家族がいるに違いない。”そう思い、声を掛けるのを止め、出入り口付近で息子の体を拭いていました。でも、彼女を介助する人は一向に現れる様子もないまま、彼女は ペタリと床に座ったまま 洗い場が空くのをジッと待ち、洗い場が空くと、お尻を滑らせ、洗い場ににじり寄って 体を洗い始めました。こういう場合、どんな介助ができるんだろう。どう介助してあげたら良いのだろう。声を掛けることも、何もできないまま、苦い気持ちを噛み締めながらお風呂場から上がり、着替えていました。彼女は、着替えた後、お風呂場まで4つんばいになって 這って行ったのだろうか。それを、誰一人として介助してあげる人は居なかったのだろうか。彼女は、体を洗い終えた後、湯船に入ることは出来ただろうか・・・。何も出来なかった自分に、苛立ちを覚えながら、苦い苦い気持ちで一杯でした。夫の闘病中、病状が悪化し、どんどん機能を失っていく夫に付き添いながら、知識が無いばかりに、適切な介護ができない自分が悔しくて、苦い気持ちを抱えていたあの頃と同じ気持ち。再発後、「いつ痙攣発作が起きるかわからないため」 夫は、お風呂に1人で入ることができず、女性の私が男風呂に付き添うこともできないために、外泊許可が出て温泉に泊まりに行ったときも、夫は 大好きな温泉に入ることができなかったっけ。最近は徐々に増えては来ているが、温泉施設に家族風呂があるところは まだ少ない。家族風呂でも、男女一緒に入浴することを禁じている所もあるらしい。同性の介助者が家族に居る家庭ばかりではない。むしろ、夫婦が介助している家庭の方が多いのではないかな。障害を持った人、1人ではお風呂に入れない人は、温泉で気分転換することもできないんだ。・・・・せめて、温泉施設に 入浴介助ができるヘルパーさんが居てくれたら、どんなにか助かるだろう。今日、彼女の姿を見て、当時の思いが 再び湧きあがりました。夫が他界して、母子家庭になった私。息子は小学生になり、女風呂も、もうすぐ限界でしょう。とは言え、まだまだ1人で男風呂に入れるには不安が山積みです。他人に迷惑を掛けずに入ることができるだろうか。1人で、体をきちんと洗えるだろうか。滑って転んだりと、何か事故が起きたとき、誰か助けてくれる人は現れるのだろうか。(絶対に、この子の親はどこだ!と男風呂の中でだけ騒ぎ、女風呂の私の耳に入ることはないような気がする・・・)先日ラジオで、「子供は異性のお風呂に何歳まで入れるのか」というテーマの募集があって、殆どの答えが「小学校に入る前まで。小学校入学後は、同性の親が面倒をみるべし」「小学生を異性の風呂に入れるなんて、不謹慎にも程がある」というものでした。回答を送った人達は、母子(父子)家庭の人は居ないようだったけど。でも、愕然としました。1人でお風呂に入れるくらいに成長するまでの3~5年位は、異性の片親しかいない子供は、温泉や入浴施設に入ってはいけないのかなぁ とまで考えてしまう。多少の割増料金が掛かっても、入浴介助ができるヘルパーが、温泉や入浴施設に居てくれたら利用したいと思う人は沢山いるのではないかな。とも思う。そんな入浴施設が沢山あったら、半身不随だった夫の父も、もっともっと楽しい思い出を増やすことができたろう。闘病中の夫の最期のひとときに、快適な瞬間を作ってあげることができただろう。そして、今日出合った彼女も、もっと快適に温泉を満喫できたのではないのだろうか・・・。弱者に出会い、弱者と接し、そして自分が弱者と言われる立場になり、世の中が、どんなにか差別と偏見に溢れ、弱者に冷たく厳しいのかそして、弱者と言われる人が どんなに多く居るのかを 知りました。たぶん・・・原因は、「知らない」ことだと思うのです。今まで生きてきた中で、弱者と呼ばれる人と、出会ったり 接したりした経験が無いから。「実践的な知識」としても 誰も教えてくれる人も、機会さえも無かったから。私は、高校を卒業後、社会に出てから、学校では教わることがなかったけれど、「知っていることが当然」となっている「知らないこと」が沢山あることを知りました。むしろ、学校で学んだ事よりも、「知っていることが当然の知らないこと」の方が、生活していく上で、とてもとても重要なことの場合が多く、戸惑うことばかり。それは、「健康保険証の仕組み」であったり、「年金の諸手続きの知識」だったり、「冠婚葬祭の知識」だったり、「病人や障害者の介助の仕方」だったり・・・今でこそ、二十歳になると役所から年金の手続きについて通知が来るようになりましたが、私が二十歳の時には、まだそんな知らせもなく、「対象年齢になったら手続きについての通知が来るのだろう」と勝手に思い込んでいた私に届いた通知は、21歳になってから届いた「滞納通知」でした。驚いて その通知を持って市役所へ行き、手続きをし、「二十歳になると手続きの仕方が書いた通知が来るものだとばかり思っていました」と言った私に、「そんなことするわけないでしょう。 二十歳になったら手続きに来るのが当然の常識なんだから、 自分のことは、自分でするのが当然。 何で役所が そこまでしなくちゃいけないの!」と 職員に 「21歳にもなってそんな事も知らないなんて、なんて非常識な子だ」といわんばかりの強い口調で 言い返されて ショックを受けたこと。今でも鮮明に覚えています。高校卒業後に社保完備の会社へ就職した人達は、何の知識がなくても、会社で厚生年金の加入手続きをしてもらえるのですが、私は、社保の無い個人事務所へ就職したために、こんな体験をすることになってしまったのです。今働いている社会保険労務士事務所で 最近になって知ったことですが、60歳になり、年金の裁定手続きをする際、「厚生年金基金」の分に関しては、自分から加入していた基金へ「裁定用紙」を請求しなければ、手続きの用紙が送られてくることはないのだそうです。社会保険事務所で年金の記録を調べてもらえば、自分がいつ厚生年金基金に加入していたかは教えてもらえ、それを基に、基金へ手続きの用紙を請求することはできますが、基金での自分の「番号」が分からないといけないとか。基金によっては、退職時に基金の保険証を返還しなくてはならない所もあります。退職時に保険証を返還しなくてはならない厚生年金基金に加入している会社は、便宜上、基金の保険証を会社で管理し、退職時の手続きとともに そのまま返還している場合も多いのではないかな・・・って思います。本人に基金番号を知らされることはないままに・・・自分の勤めていた会社が、厚生年金基金に入っていたのかどうか。何と言う名称の厚生年金基金に入っていたのか。その基金の連絡先。自分の基金番号は、何番だったのか。・・・ そして、厚生年金基金に加入していた分の年金の支給を受けるためには、 60歳になってから、自分で基金に連絡をしなければいけない・・・ なんて。どれだけの人が 知っているのでしょう。厚生年金基金には、自分で連絡・請求しないといけないことを、社会保険事務所で教えてくれることはないそうです。 自分が勤めていた職場が、基金に加入しているかどうか。 どこの基金に加入していたのか。 基金番号・基金の連絡先・60歳になったら自分で請求すること。は、「知っていて当然の常識」で、管轄外の社会保険事務所で教えるなんて非常識ということなのかしら・・・?若しくは、社会保険事務所でも 管轄外なので、知らない人が沢山いる事自体を知らないのかもしれません。義務教育の期間の中で、この「社会の常識」を教えてもらうことはできないのかな。と思う。障害を持っている人への介助の仕方や、その土地の冠婚葬祭の知識を教えてもらうことはできないのかな。と思う。たとえば・・・手話を国民みんなが覚えていたら、聾唖者のみならず、突然の事故や病気で耳が不自由になった人や、声が出なくなった人、老いて耳が遠くなった人も、不自由することなく暮らすことができるのではないかな。と思う。もしも学生時代に学べたら・・・片足が無い人の入浴介助が当然の知識として私の中にあったら・・・今日、温泉で苦い思いをしないで済んだかもしれない。
2007年11月03日
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----------------from NASA Hubbell Telescope. Make 7 wishes.ナサのハブル望遠鏡撮影。「7つの願いをこめて」「この写真はナサの天体望遠鏡で撮影されたもので、3000年に一度と言われている大変珍しい現象です。これは「神の目」と呼ばれています。この目を見つめる者には多くの奇跡が訪れるといわれており、見るものがこれを信じる信じないは関係なく、7つの願いが聞き届けられると言われています。とにかく試してみて、どのような変化があるか、見てみてください。」この知らせを、「そのかたの願いが叶いますように」と思いを込めて、たくさんの方にシェアして下さい☆自分だけで独り占めはしないこと。7月2日から7日までが最も強いパワーだそうです。
2007年07月06日
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MEGURIさん すっかりお返事が遅くなって 本当に ごめんなさい。ずっとPCから遠ざかっていたので、果たして私のブログは まだ楽天に存在するのかしら???と不安になりつつ開いてみたら MEGURIさん のコメント!申し訳ない気持ちで一杯です。でも、とても嬉しかったです。ときどき、MEGURIさん は どうされているのかなぁって気になっていたので、コメントを読んで安心しました。*^^*私も、元気に暮らしています。たまに、どうしようもない闇に襲われることもありますが。。。トイレに花を飾ったり、掃除をマメにしたり、息子の朝ごはんを作ったり、肌のお手入れや、服装に気をつかったり、旅行の計画を立てたり・・・そんな 当たり前の生活が できるようになるまでに 自分は元気になったんだなぁってこの頃 よく思うんです。そうそう、この前、車を8年振りに 自分で手洗いしました。息子を妊娠してから今日まで ずっと、ガソリンスタンドの洗車機で洗っていたんです。ワックスを塗りながら、あぁ。。ここまで 復活できたんだなぁ・・・って、感慨に耽ってしまいました。今日は たなばた ですね。 MEGURIさん の夢にも、勿論 私の夢にも、会いに来てくれますように。。。
2007年07月06日
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今年 最初で最後の雪景色 …で あって欲しい… 先週末の様子。 でも もう雪は かなり溶けました 春は 目の前まできてます
2007年02月19日
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優勝の常連校ではないせいか、全国版のニュースでは サラッと流される感じの扱いだけど、地元では、大騒ぎ!「優勝タイムセール」を行うお店が出るほど。なんと七割引! 出掛けていればよかった・・・失敗地元テレビのニュースでは、各局のアナウンサーが興奮状態。そんな私も、息子と大暴れで応援してしまいました。盛商の監督は、夫の母の弟・・・つまり夫の叔父さんなので、スポーツに興味のない私も つい。夫が生きていたら どんなにか興奮して応援していただろう。どんなにか自慢気な顔をしただろう。
2007年01月08日
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その立場にならなければ…経験しなければ 解らないことってイッパイある。 10歳下の同僚の話を聞きながら しみじみ思った。 と同時に 普通は経験しないことを私は随分経験しているんだな とも思う 珍しいもの好きの夫は 病気まで珍しいものにかかった。 根が欲張りな私は沢山の経験を積みたいと願って生まれたのかもしれない。 これから先どんな経験を積んでいくのだろう… 辛い経験は ほどほどにして欲しいな(^^;)
2006年12月08日
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考えるだけで疲れてしまって どうしても作れなかった『お弁当』 最近は、30分以内で作れるまでになった(^-^) こんな些細なことで 心が回復していることを感じるのです(*^_^*)
2006年12月05日
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とうとう冬到来! 北側の屋根と道路は溶けなかった(;_;) 北側のわが家の玄関前の階段と道路は、既にツルツル~(ToT) 車は ガチガチに凍結 もぉ~(>_<)
2006年12月04日
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私じゃなくて隣の席の上司 今日だけだけどね 所長夫妻が犬好きで 個人事務所だからできること。忙しいけど こんな事も許される家庭的な雰囲気が 仕事への向上心になっている。 居心地の良い職場*^^*
2006年11月21日
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初めての川遊び中津川河川敷~市街の中央を流れる川。秋には鮭も登ってきます~ 川遊びの帰り道、これまた繁華街の一角にある清水で一服。 あとは・・・ その他にも、 ポケモン・ウルトラマン・ボウケンジャーの映画 忍たまのお芝居 日帰り温泉 近所の散歩 ショッピングセンター etc. 今年の夏は、息子に たくさんの思い出を残すことができたような気がする。(半分は保育園行事だけど・・・)頑張った。私。。。よくやった。うん。
2006年10月13日
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同僚A「うちの主人は、こうで・・・」同僚B「うんうん。うちの○ちゃんもそう」私「そうそう、うちの旦那もそうだったよ」同僚AとB「・・・ふぅん。そうなんだぁ・・・」職場の同僚達と談笑中に 話の流れで みんなと一緒になって私も夫の話をすると 途端に皆の表情が曇る。まるで聞いてはいけない話を聞いてしまったかのように。。。そして、哀れんだ表情をし うつむき加減で生返事をされる。同僚達が普通に旦那様との話をしているから、一緒になって夫の話をしただけなのに。まっ、私の場合は思い出話だけど。。。でも同僚達の話だって言わば「前日までの思い出話」をしているのだから、現在も 生きているか 死んでいるか の違いだけで≪思い出話≫には変わりはないんじゃないのかなぁ?なぁんて言うのは、屁理屈なのかしら・・・?私の中では夫との出来事は、昨日のことのように生きていてるから、みんなが旦那様のことをのろけているときは、一緒にのろけたい。というか、旦那様の話を聞いてあげてるんだから、夫の話も聞いて欲しい。と思ってしまう。他界した夫の話を 生きているかのように普通に話すのは、哀れなことなのだろうか。他界した夫の話は、聞くに堪えないことなのかな・・・もしも、まだ夫が健在で彼女達と同じ立場だったらやっぱり私も 同じような表情と態度をしていたのだろうか・・・?子供が居ない同僚達に 子供の話は極力しないように気を遣ってきたけど、夫の話もしない方が、彼女達に気を遣わせなくっていいのかな。。。職場では、聞き役に徹するように努力しよう。。。か
2006年09月12日
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「世界貿易センタービル跡地、米同時テロ丸5年の追悼」ニュースを観ながら思い出す。5年前の今日。 夫は まだ生きていた。衝撃的なニュースを病室のテレビで観て「アメリカは大変なことが起きてるよ」と夫に話し掛けたことを鮮明に覚えている。目は開けてても 焦点は合うこともなく、話し掛けても表情ひとつ変えることも声を出す事も・・・動くことすらできなくなった お人形のような夫だったけど 確かに生きていた。あの日から5年。夫の誕生日・結婚記念日・アメリカの同時テロ・お彼岸9月は、封印していた思い出を次々と溢れ出させる「キーワード」が多くて結構辛い。あと何年・・・この思いは 続くのだろう。
2006年09月11日
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翌日床屋さんで こんなにきれいに仕上げてもらいました(*^^*)なんでもハゲに合わせて きれいに切り揃えるために、3人がかりで仕上げてくれたそうです。最後には店長さんが登場してプロの意地を見せてくれました。感謝 感謝・・・・です。
2006年08月31日
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誰でも楽々簡単バリカンのはずなのに…初っぱなからハゲをつくっちゃった(ToT) アタッチメントもつけてたのに… 慌ててハサミに換えたけど後の祭り ユートごめんよ…(ToT)
2006年08月29日
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今日、忍たま乱太郎のお芝居を息子と姪の3人で観てきた。席は、1階3列目。こんなに前の席は初めて。役者の息遣いが伝わる距離でイイ!とも聞くし、プレイガイドの人も3列目ともなると、「もの凄いお勧め!」という感じで勧めるので結構期待していた。けど、私的には×だった。確かに役者の息遣いから役者の指先の動きまで見て感じることはできるし、いろんな仕掛けの裏側も見えたりなんかもできるけど、額縁の全体をみることができないから、お芝居自体の楽しさが半減する感じがした。ミラーボールや、照明をバックに映して雰囲気を創っているのに、その表現を見ることができなくて残念。お芝居に飽きて、途中でごそごそ動き出した息子と姪。もうちょっと後ろの舞台の全体が見渡せる席だったら、もうちょっとお芝居の世界に浸れたかもしれない。。。とも思う。お芝居を観るなら、やっぱり10列目位の真ん中の席が丁度良いな。と改めて感じた。それにしても、「はっぽうさい」が出た途端に泣き出す子供が続出!2歳位の子にとっては、そんなに怖いのかな?あの顔。。。「子供が泣いたらロビーに出て落ち着かせてから戻ってください」と注意されているにも関わらず ずーっとギャンギャン泣かせっ放しで、平気で座っている親が大勢いてビックリ。親が1人で子供何人か連れてきてるなら仕方がないかなとも思うけど、泣いてる子の親って、夫婦で来てたり、祖父母が一緒だったりがほとんどなんだよねー。それで席を立たないってどういう神経なんだろうって思ってしまったよ。大人が2人いたら、泣いてる子をロビーに連れて行っても もう1人が残った子の側についててあげられるのに。泣いてる子の後ろの席の人達、凄い迷惑だったろうなぁ。親子が集まる場所に行く度に、いろんな親の姿を見て、考えさせられる。「謙虚で、人に優しく、親切な人柄の街」が自慢の土地じゃなかったのかしら?ここは。
2006年07月23日
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今日は、保育園の卒園委員会の初回でした。夫が旅立ってから、人付き合いが億劫で 役員は勿論、保育園行事も極力避けてきたのですが、1度も役員をやっていないということで、卒園委員は渋々・・・・で、初回の今日。どんより気分で参加。卒園アルバムの製作と祝賀会の企画運営が主な仕事。家に帰って、どんなアルバムにしようか、わくわくしながら思案している私がいました。20代の頃、成人式の実行委員になって、記念誌の製作と式典の企画運営に夢中になっていたときのわくわく感と重なったみたい。次の話し合いは、8月下旬。それまでにある程度の案を幾つか形にして提案できるようにしておこう!なんて思ったり。好きなんだな・・・アルバム編集。他の役員よりも、卒園委員で良かったのかもしれないな。まずは 良かった良かった。
2006年07月12日
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最近、息子に夫の話をすると、息子は話題をそらそうとする。「パパにそっくり!」って言われると照れくさそうに笑っていた息子がこのごろは、あからさまに嫌な顔をするようになった。 もう そんな空想話は うんざりだよ。だって 居ないじゃん。 そんな雰囲気なのだ。 時期なのかな・・・・?息子は息子で複雑なんだろうな。。。記憶に無い人の話を毎日されるんだから。また父親を懐かしむ時期が来るまで、そうっとしておこうか。
2006年07月09日
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七夕の早朝に、夫と夢で逢いました。 俺も 忙しいんだから、頻繁に考えないでくれ。 俺に頼ってばかりいないで なるだけ自分で解決してくれ。 このままじゃ、心配でなかなか上に行けないよ。 なぁんて言っても、希凛やゆーとの事が心配で自分の意志で こっちに来ちゃうところもあるんだけどね。 というようなことを言いながら、私が探していたネックレスを手渡してくれた。 目覚めて、七夕だから夫が逢いに来てくれたのだと思った。不思議な話だけど、夫が旅立ってから、困ったことがあると必ず助けてもらっている。特にも探し物は、「どうしても見つからないの!お願い!!」って頼むと、数日間のうちに出てくる。そんなんだから、何かあると「お願い!」って夫に頼む癖がついてしまっていた。こんな夢を見た今日も、数日前になくしてしまった仕事で愛用していたテンプレートとボールペンが見つかった。実は、なくした日から ずっと夫に頼んでいたのだ。夫には負担だったのかな?そろそろ自立しなきゃいけないね。。。でも。。。。。もうすこしだけ側に居てくださいね。。。。。ごめんね。。。ちょっとずつ 強くなってるからさ。 あと 少しだけ。。。ね。 ・・・・・・今晩も 夢で逢えますように・・・・・
2006年07月07日
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~ 人に物を貸すときは、あげたものと思って貸しなさい ~っていうけど、貸した物って本当に返ってこない。一昨年から現在まで 貸したまま返ってこないものが、結構ある。本・子供服・手引書に現金。本は新品3冊。2人に貸したけど、貸すときは どちらにも、わざわざ私が届けてるんだよねぇ。。。返してもらうときも、私から連絡とって、回収しに行かなければならないのかしら???子供服は 姪が遊びに来たとき、着替えを持ってこなかったから息子の服を貸した。手引書は職場の同僚。「ちょっと見せてください」と持っていって、忘れてるようだ。現金(結構大金)は義妹のお母さん。今年の1月から返済が滞っている。。。。催促をしていない私が悪いのか・・・・・悪いことをしている訳じゃないけれど、催促って なんだか気がひける。最初から貸さなければいい話。 気軽に貸した私が悪い。返ってこないものは、あげた物・紛失したものと割り切って諦めた方がいいのかな。割り切ったことで、厄が落ちて危険や不幸を回避できたと思えば 諦めもつくか。
2006年07月04日
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今日「金持ちA様」で「世界的権威の脳外科医 福島先生」を取り上げていた。 この先生に執刀してもらったら、夫も助かったのかもしれない。思っても もうどうにもならないことを つい思い、胸が痛む。余命宣告まで受けて、福島先生の手によって全治をした女性をみて「よかったね」と思いつつ、この女性のように福島先生の手術を受けるチャンスをつくってあげられなかった自分が情けなくて、自責の念にかられて苦しくなる。 夫は こういう運命だったのだから仕方がない。そう自分に言い聞かせても、こんな番組を見ると、 やっぱり、私のせいだ。 夫を殺したようなもんだ・・・ っていう思いにかられる。「良い方へ向かっています」という主治医の言葉を信じ、再発なんてする訳がない!夫は 2~3年後には 残った腫瘍も全部取れて完治するんだ!なんて、お気楽に考えていた私のせいで夫は亡くなったんだという思いは 何年経っても払拭できない。最後まで主治医を信じた自分。福島先生を探し出せなかった自分。当時は最善を尽くしたつもりでいたけど、 まだまだ 出来ることがあったことを 亡くなってから知った。初めての妊娠・出産・最長30分しか眠らない乳飲み子の世話に追われていたことなんて言い訳にもならない。と責める自分。でも、寝不足で くたくただったんだよぉ。夫と子供の世話で、私にとっては あれが精一杯だったんだよぉ・・・と言い訳する自分。どっちもホントの気持ち。。。 きっと 自責の念は 一生消えることはないんだろうな。
2006年06月22日
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母の日・父の日・敬老の日に、保育園や幼稚園では必ず絵を描かせます。私の小さい頃からあった 当たり前の行事。2歳児と3歳児のクラスの時 息子は 先生に言われて自分の顔を描いていました。去年は、先生に言われて おじいちゃん(私の父)の顔。今年は・・・・「明日は、父の日の絵を描くんだよ。ユートの パパは死んじゃっていないでしょ。 だから どうしようか考えてるんだぁ」と息子に相談されました。「パパの顔を描いたら? 写真でいつも見てるでしょ」「でもねぇ。 本物じゃないし、本当に見たことないから 難しいんだよぉ・・・・ ん~~~ ・・・ やっぱり おじいちゃんの顔にする!」 ・・・1歳7ヶ月じゃ 覚えていろっていう方が無理なんだ・・・・ ・・・・・・・・そっか 覚えてないのか・・・・・・・・・・・そんな訳で、今年は自分の意志で おじいちゃんの顔を描きました。でもって、園児の描いたお父さんの絵は、生協に飾られて、なんと息子は、「はなまる賞」(各クラス5人位づつ取れる賞なんですけどね。)日曜日に 賞状と記念品をもらってきました。息子の描いた おじいちゃんの顔は、 真っ黒な髪に黒いおひげがポチポチそして 「いつもおかいものにつれていってくれて どうもありがとう」というコメント。とても おじいちゃんの顔には見えません(苦笑)私の父は、息子にとっても父親なのかなぁ・・・・なんだか切ないような 妙な気分でした。去年まで、先生に言われるがままに 描いていた父の日の絵なのに、誰を描こうか、一生懸命に考えている姿を見て、息子の成長の早さにビックリ。大きな病気や怪我もなく、こんなにも成長してくれて良かったっていう安堵感と嬉しさと夫と一緒にお世話した、赤ちゃんユートは、もう居ないんだなっていう寂しさがちょっぴり・・・ そんな 父の日 でした。
2006年06月20日
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私がよく行く死別関係のHPがある。飯田先生や、江原さんのお話のような スピリチュアル系の雰囲気のところ。そこでは 天使ちゃんや天使さん達からの合図を感じ取れるといいねなんていう感じで、ふんわかとした不思議な話で盛り上がるこの世界を信じていない人が聞いたら 気持ち悪いだけだったり、思い込みの激しい変な人って思われそうな話。最近では、紫色のガラスの花瓶が青色に変化したり、紫に戻ったりする話があった。写真も載っていて、ホントにみごとに変化してた。息子さんを亡くしている方で、これはきっと息子からの合図だって感じたそうだ。以前にも、息子を想いながら育てた朝顔の 花の色が変化したこともあって、きっと、息子さんは、色を変えて合図するのが得意な天使ちゃんなんだね。ってみんなで感動・・・・普通の人が聞いたら、信じることはできないかもしれないけど・・・夫が他界してから、沢山の夢や、不思議な体験をして 守ってくれていることを感じている今の私には、スーっと自然に受け入れることができる話。夫が得意な合図は、私を泣かせること。毎日夫のことを思い出すのに、その日に限って涙が溢れて仕方がないとき。そんなときは、夫が遊びに来てる合図のような気がしてならない。他は、カーラジオから流れる音楽 と 夢 かな。本当に困っているとき、悩んでいるとき、探し物をしているとき、夫に助けて!って願うと、必ず良い方向へ導いてくれるし、探し物はみつかる。変な話、生きていたときよりも、今の方がずっと近くに感じるし頼りになるような気がする。見えないし、触れられないし、会話できないのが 玉に瑕だけど。毎日、小さな良いことがある度に、「夫ちゃん。ありがと」ってつい感謝してしまいます。夫が闘病中、記憶力が落ちていく自分に不安を訴える夫に「今、薬が頭の中の腫瘍と闘っているんだから、そんな状態で頭の力も普通だとしたら 超人だよ。今は記憶力が落ちて当然。治療中なんだから。 腫瘍が小さくなれば、絶対に元に戻るよ。だから、絶対に大丈夫!」って言い続けていくうちに、夫だけじゃなく私自信も自分の作り話が 本当の話のような気になっていたっけ。夫も私の話を信じて、二人でいつも笑っていた・・・・今は、困ったときは 夫が必ず助けてくれる。良い方へ導いてくれる。そう信じることで、穏やかな心を保っていられるのかもしれない。そうだとしたら・・・ 思い込みも悪くないのかも。
2006年06月15日
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上の弟がヘルニアで入院。夫が闘病生活を送った同じ病院に。どれ、お見舞いにでも行くか。そう思って仕事帰りに立ち寄った。夫が他界してから、あの病院の入院病棟へ行くのは初めてだけど、丸4年も経っているから平気だと思っていた。だけど、入院病棟へ行くためのエレベータを見て、「こんなに狭いスペースだったかしら?」って思った途端、あの当時の様々な思い出が蘇って、心臓がドキドキしだして身体が震えた。弟の病室が、偶然にも息子を出産した産婦人科病棟と同じ階で、産婦人科病棟を見て、入院中の夫と一緒に母親学級に参加したときのことや、出産したときのこととか、またまた フラッシュバック。結局 弟は外泊中ということで、会うことはできなかった。逃げるように エレベータに乗り込んだけど、心臓のドキドキは強くなる一方。降りて、毎日通った売店や食堂。自販機の前を通る頃には、涙が溢れて仕方がなかった。どこもかしこも、夫との思い出がいっぱい。 苦しくて 辛くて せつなくて・・・だけど、今思い出せば、それでも幸せだった。絶対に奇跡は起きると信じて いつも夫と笑い合っていた あの日々・・・ずっとずっと心の奥底に押し込んで 夫との闘病生活は、幻覚だったんじゃないかとさえ感じられるようになっていたのに、現実の世界に引き戻されたような感じ。本当にきつかった。居たたまれなかった。あの病院は、私には まだまだ 重い存在 なんだね。久し振りに、鼻の頭が真っ赤になるまで泣いてしまったよ。。。いっぱい泣いたから、次は大丈夫かな・・・?今日、弟に会えなかったから、またお見舞いに行かなくちゃなんないもんね。次は・・・・大丈夫。きっと。。。。大丈夫。 頑張れ。私。。。
2006年05月31日
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書きたいことは沢山あるのに、なんだか忙しくて、さっぱり更新できないなぁ・・・・今日こそはって 思ったけど、もう寝なくちゃ、明日に差し支えちゃう 明日こそは! って、あらゆる事を先延ばしにしている我が人生・・・せめて 最近あったことの箇条書き。◎ 夫の母と、いわて こどもの森に行ったよ。◎ 石割桜&岩手公園◎ 洗車と散歩◎ 今週から仕事の時間が延びて 社保に入れることに!◎ 体調不良&風邪→レーザー治療体験◎ 保育園のお誕生会に行ったよ。◎ オーラの泉を観て 夫を想う◎ 若年性痴呆症の特集を観て 夫を想う◎ 職場で 女性の多い職場での人間関係についての話題に、前職での嫌な経験を思い出す◎ お誕生日。嬉しくもあり 哀しくも有り・・・介護保険の対象になっちゃったよ(涙)◎ 職場のコロ(犬)が他界。◎ 生命保険のセールス◎ ピアノの発表会の参加費用 なんと8,925円! 結構あるなぁ・・・
2006年05月11日
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夫の母は、寂しくないのかもしれない。 と、今日義母に会って思った。先週末に、 「もう随分孫と会っていない。寂しい。今日会いたい」 という電話を断ったので、この1週間、どんなに首を長くし寂しい思いをして待っているだろうと、可哀想な気持ちで、今日 「お昼、一緒にいかがですか?」 と電話をすると、 「日中は、用事があるので 夜に」 という返事。5時に約束をして、夫の母と会ったが、義母は、表情も明るくスッキリして、顔色も良く、元気ハツラツ!で、 拍子抜けした感じ。 「家にばかり居るから、もの凄く太った」 なんて言っていたけど、 悲壮感は微塵も無くて、お友達や親戚とも結構交流しているようだった。義母は、その時々の気分で物を話す人だったのを思い出した。話したその時は、本当にそんな気分なのだけど、舌の先も乾かないうちに気分が変化して、180度違うことを言い出す人だった。その性格に、結婚してから夫が亡くなるまでの6年間、振り回され続けたのだった。またもや、私の思い過ごし・・・微熱があって、お疲れモードの息子を無理に連れ出したけど、今日、無理して会わなくても良かったんだ・・・・夫の母と別れてからの帰宅途中、突然の下痢で腹痛を起こした息子。無理に連れ出して、可哀想なことをしちゃったな。。。
2006年04月29日
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ストレスの元は、沢山あるけど、私にとって最大のストレスの元凶は、夫の母!悪い人ではないけど、知識豊富で、口が達者。お金に細かいけど豪華主義。一緒に食事をしても、店員の態度が気に入らなかったり、料理が口に合わないと、顔をしかめて 私に合図。そして自分のお気に入りのお店の話をしきりに話して批判する。。。ホントに悪い人ではないのだけど、価値観が違い過ぎて、一緒に居て疲れる。一緒に暮らしていた頃、どんだけ彼女に振り回されたか・・・日曜日、夫の母から電話があった。「今日、ユート(私の息子)と会いたいんだけど。」と2月に夫の父が他界して、気が抜けてしまっているだろうな。孫に会いたいだろうな・・・と仏心を出して 土曜の英語教室が終わった後に電話したのが 誘い水になってしまった・・・土曜日は丁度予定が入っていて会えなかったから、日曜日に!と思ったらしい。「昨日、電話の後に映画を観に行って 今日は疲れているようなので」と断った。「もう“ずっと”ユートと私会っていないし・・・。じゃぁ、GWは どこかに泊まりに行きたいわね」“ずっと”って・・・・3月半ばに会ったから、まだ1ヶ月ちょっとだよ。。。(ーー;)とりあえず、今週末の土曜日に行こうというか、行かなくちゃって思ってるけど、“泊まり”は 気が重い~~!!今日は、久し振りに 小洒落たお店で、ケーキセットや、ちょっと高めのおいしい料理を食べに行きたくなった。ストレスが思いっきり溜まっている証拠だわ。「もういい加減に、離れたら・・・」と呆れ顔の両親。できることなら、離れたいよ。夫が他界したとき、夫と別れた悲しみよりも、夫の母と別れられる安堵感の方が強かった程、私にとって“会いたくない人”なのだから・・・でもねぇ。70過ぎて、たった一人で暮らしていて、唯一の孫にも会えないのも辛いだろうな。。。って思うとね。「心を鬼にして、無視しちゃえ! だって、旦那が生きていたって、こんなに旦那の親に孫を会わせに行ってる人も居ないと思うよ。 もっとさぁ。他の人のように、自分に正直に楽に生きていいんじゃないの?」という、悪魔の私と「でもでもぉ。もしも、自分がお義母さんの立場だったら、どうなの? やっぱり寂しいと思うよ。可哀想じゃない!? あと何十年も続くわけじゃないんかだら、楽しませてあげたらどう?」という天使の私が闘っていて、余計に疲れる(´Д`;)はあ・・・。
2006年04月24日
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やりたいこと やろうと思ったこと やらなければならないこと 毎日浮かんでは マッハのごとく忘れてしまう(;_;) 思いついたらメモしようと思うけど メモすることも忘れちゃう そして 何もできずに ただ時間だけが過ぎていく 夜 眠る頃 思い出すんだよね~ 年齢のせい?
2006年04月18日
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英語教室で勢いがついて、夕方から「いわて こどもの森」へ行ってみた。最近息子に「行ってみたい」とせがまれていて、「5月の連休にね」って濁していたの。「こどもの森」は、奥中山温泉の側で、できて何年も経っていない新しい施設。奥中山温泉には、10年前の独身時代に夫と行ったことがあるから、だいたいの道は分かるつもり。1時間位かなぁ・・・なんて思いながら、下見に行こうと急に思い立って地図も持たずに車を走らせた。「10年一昔」とは、よく言ったもの。新しい道路ができていたり、風景が変わっていたり・・・結果的には、1時間ちょっとで到着したけど、旧道を走ったり、思わぬ看板に騙されて農道や山道を走ったりで、もの凄い遠回りをしてしまって、ぐったり到着したのが、17時で「こどもの森」は閉館。辺りにはまだ残雪が残っていて、寒々しい。奥中山温泉でにも入らず、パンフレットをもらって帰り道を確認。パンフレットを見たら、案の定 もっと近いコースがあったの。くぅ~看板に騙された~途中、石神の丘美術館の隣の道の駅で食事をしたけど、帰りは あっという間。1時間掛からないで戻ってこれたよ。「どうして わざわざ一番遠い道を選ぶんだ?」夫によく言われたっけ。私自身は、一番の近道だと思って走っているんだけど。夫と別れてから、奥中山温泉なんて、考えただけでも疲れてしまって とても行けるような状態じゃなかったのに、昔のように 思いついて直ぐに行動できた自分に驚く少しずつ、少しずつ。。。心が前を向いてきてるんだな。。。っと実感した日。
2006年04月15日
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将来子供ができたら、子供と一緒に沢山の習い事をしたいななんてことを夢見ていた。でも現実は、親子一緒に習い事なんて難しい。費用とか時間とか・・・そういう教室自体がないし。今日は息子の英語教室の日。息子を待っている間に、親のレッスンがあるといいのに・・・って思ったりしてたけど、高額なプライベートレッスンを申込まない限り無理な話。現実は厳しいなぁ・・・なんて思ってたけど、今日思いついちゃった息子の教室は、簡単なパーテンションで区切ってあるだけだから中の声が丸聞こえで、ガラスの隙間からは、中の様子もよく見える。息子を待っている間、ガラスの隙間から覗きつつ、一緒に私も参加しちゃえばいいんだ!他の生徒の親御さん達は、みんな外出しちゃってるし、覗き見してても大丈夫みたいだし。英語苦手の超初心者の私にとって、子供のレッスンは基礎から学べるいいチャンス!!早速、椅子を教室の前に移動させて覗きに掛かってみた。ら、おもしろかった~今日の収穫。ロボット→らばっっ パープル(紫)→ぱぁぽぅぅ ジャンプロー は、縄跳び で、ファイヤートラックは、消防車だ!!ビアンカ先生も、子供に解りやすいように、ゆっくり話しているからか、先生の話していることが、なんとなく理解できる自分にビックリ!いいぞ!いいぞ!! 門前の小僧習わぬ経を読むだわ! ゆっくり英語に耳が慣れていって、息子と一緒に英語を覚えていけたらラッキー
2006年04月15日
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ここ2・3日 訳も無くイライラしている幸せ しあわせ~ 全ての出会いと出来事に感謝していたハズだったのに。会えるはずのない夫に無性に会いたくなったり彼は、本当に実在していたんだよね なんて自問自答したり・・・舅や姑とは ほとんど関わることもなく のんびりと夫婦で暮らしている弟達の奥さんや、なんだかんだ言いながらも 支えあって暮らしている両親や旦那さんや奥さんが元気で普通に生活している職場のみんなに 嫉妬したりして。夫が旅立ってから、息子のためにと実家に入り、そのまま ずるずると両親の世話になって、さっぱり自立できていない自分こう言う事をしたい! こうなりたい!と大小様々な理想や夢を膨らませながらちっとも実現に至らず、努力もしないダラダラした自分そんな自分に イライラしたり・・・もっと仕事ができるようになりたいのに、ひとつひとつを しっかりと憶えていなかったり、勉強不足で知らないことが沢山で・・・早く職場のみんなに追いついて、ひとつでも みんなよりも知識を深めているものを持ちたいのに、気持ちばっかりでさ。。。春だもんね。去年は 医療事務の資格を取ったし。今年は もうワンステップ頑張ろう ね。
2006年03月29日
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今日は思い切って美容院へ。美容院では、サービスで手のお手入れもしてくれる。お世辞にも綺麗な手だとは言えないから、美容師さんに申し訳ないやら恥ずかしいやらで あんまり嬉しくないサービス。断っても、食い下がってくるので、最近は黙ってやってもらっているけど。今日は、最後の1人だったため、両手同時に二人の人がしてくれた。。主婦丸出しの短い爪なのに、「爪の長さは このままでもいいですか?」はないよなぁ・・・どう考えてもこれ以上短くしたら白い部分なくなるし、長くすることは不可能だと思うんだけど。手のお手入れをしてもらったのに、なんだか手がガサガサと荒れたように感じるのは何故だろう・・・ぬるぬる感が嫌で、普段ハンドクリームも付けないのに、急にお手入れされたから手もビックリしちゃったのかしら・・・?普段マニキュアをしないのに、「トップコート」という響きに惹かれて塗ってもらったら、爪が苦しい・・・・どこかに除光液があったはず。。。おぉ!今は「エナメルリムーバー」と言うのね。折角キラキラになった爪だけど、さっさと取って楽になりましょ。
2006年03月25日
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子供が居なくて 年齢的にも望めないだろうと 思える人に 子供の話は禁句だって思いつつ つい話して後悔する毎日。 だって 私が夫と死別しているのを知ってて 平気で旦那さんとの話を楽しそうにしてくるから…つい… お互い様かなぁなんて思ったりしちゃうんだよ~と自分に言い訳 伴侶と死別した体験がないんだから仕方ないじゃない?! でも私は 子供の出来ない時期も もう望めない現状も体験してるんだから その分 思いやれるでしょ! ホントにもう…!
2006年03月22日
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今日は息子の英語教室デビュー♪ 従姉妹のハルと一緒なのだ*^^* 今まさに体験中のふたり☆ 待ってる間 私は ちょっとリッチにホテルの中華ランチ♪ ホントは 同じ時間に大人のクラスがあると嬉しいんだけど…ね
2006年03月22日
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『ま いい』...最近の息子の口癖。 言いかけて話すのが面倒になったり、話を遮られたとき『ま いい』って言って話すのを止めてしまうのだ。 夫も そういう人だった 遺伝子…なのかな
2006年03月22日
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先日、前の職場近くに買い物へ出かけた。昨年の今頃は、毎日のようにお昼休みに出かけていたデパートやお店。懐かしさを感じつつ、それ以上に あぁ、あの職場を辞めて 本当に良かったな という思いが湧きあがっていた。精神的に本当に辛い3年間だった。今は、最高に快適で幸せフィーリングが合うメンバーと、良い雰囲気の中、毎日仕事が山積みであっという間に時間が過ぎていく。1日に少なくとも1回は 必ずお腹を抱えて笑い合う空間がある。3年間、風邪と咳・めまいに悩まされたのが、嘘のように今は、体調も絶好調就職して5ヶ月になるけど、驚くほど元気な私。本当に本当に、前の職場を辞めてよかった。今の職場と巡り合えて良かった。退職しやすい状況にセッティングしてくれて、今の職場へ導いてくれたのはきっと夫に違いない。そんな気がしてならない。一生懸命に私を導いてくれている夫に感謝。そして今の職場のメンバー みんなに感謝。
2006年03月20日
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雪かきで、体中が痛い・・・「ママさんダンプ☆」のお陰で大分楽に雪かきできてるけど。 ↓ しかし、今年の雪は 凄いここは寒いので、比較的サラサラの雪だから まだ楽だけど、日本海側に住んでいる人は、もっと大変なんだろうなぁ・・・まだまだ降り続く雪・・・明朝の最低気温の予想はマイナス7度だって。既に底冷えしてきてるんですけど・・・(涙)明日は、やっぱりバスで行こう。大渋滞の中、どこに車を乗り捨てて行こうか、どこか裏道はないかと悩むよりも、バスに乗りながら、どこでバスを降りて歩こうか悩む方が ずっといい。雪かきしなくちゃ駐車場に入れないかもしれないし(勿論 雪かきしなくちゃ自宅からも出られない)うん。やっぱり 絶対にバスで行こう。途中で歩きになってもいいように、背中に汗取りタオルを入れて靴下や下着の着替えを持って。よし、頑張ろう。
2005年12月25日
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***サンタby季節の窓*** 「絶対にサンタさんを見るんだ!」っと言っていた息子。最近は私の両親と一緒に寝ているんだけど、ビデオを見ながら、頑張って起きていた。いくらなんでも、もう寝たよねぇ・・・ ママサンタは、もう寝たいんですけど・・・さてさて、そろそろ様子を見てきますか。サンタさんに用意した、クッキー5枚と紅茶(もう冷えてるだろうなぁ)今から食べたらさ、絶対に太るよね~。 クリスマスだし。 まっいっか。
2005年12月24日
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息子を見ていると口調や話す言葉・動きが 一緒に暮らしている家族のコピーのようだと思うことが よくあって、驚くことが多い。 丁度そういう時期なのかもしれない 良いことも悪いことも 何でも吸収する時期 息子の3日後に産まれた姪は 勝ち気で嘘つき。 その母親の義妹の嘘の多さに 振り回され、問題を抱えている今 勝ち気で嘘つきの姪は 親の姿を映しているように見えてしまう… 親の姿って大切
2005年12月20日
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今朝 野生のリスを見たw(゜o゜)w 渋滞にうんざりして ふと見上げた木の上でぴょんぴょん跳ね回っていた。 そこは秋に紅葉の写真を撮った中央公民館の道路沿い… 確かにドングリや胡桃の木も生えているから リスが居ても不思議じゃないけど 野生の動物って私の中ではテレビの世界の話になってたから とても不思議だった。 →爽やかな風が 心を駆け抜けた→(*^_^*)
2005年12月19日
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帰宅途中で見た岩手山 夕日が当たって 神々しくて 思わず車を止めて 見入った
2005年12月08日
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今日は とても良い天気〓 天気が良い日は 気温が低い# 寒かった~!
2005年12月07日
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朝起きたら、雪が積もってて ビックリ((◎)_(◎))そして、風邪でハスキーボイスになってて2度ビックリ(〇o〇;))))!!2週間前にスタットレスタイヤに取り替えていたから準備は万端だったけど、案の定、渋滞。渋滞を利用して、車中から雪景色の写真を撮っちゃった。明日の朝も降るらしい・・・って、今も降ってるし。明日も早起きだ! いつもより30分は早く出ないとチコク(-_-;)ハスキーボイスのハスキー度は どんどん進み、凄い状態。こんな機会は、滅多にないのでハスキーボイスの歌手の歌でも歌ってみようと歌ってみた。もんたよしのり...鈴木清美....森しんいち.....ヾ(-_-;)ふぅ。。今の歌手、知らないしぃ・・・・明日は、声、ちょっとは治ってるといいな。
2005年11月30日
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今日の夕雲・・・なんとなく綺麗だなって思って撮ったけど出来上がりを見るとたいしたことないなぁ・・・私の腕が悪いからだよね・・・きっと。光の稜線(って言わないのかな?)が とっても綺麗だったんだけど・・・毎日夫のワイシャツやハンカチにアイロンを掛けると、幸せな気分になった。パリっと仕上げたワイシャツに ハンカチ。そしてピカピカに磨きあげた靴。主婦の醍醐味。幸せなヒトトキ・・・今は、自分のためのアイロン掛け。自分のためよりも、誰か(好きな人)のための方が 断然 力の入れ方が違うな。アイロン掛けをする度に 幸せだった あの頃を思い出す・・・
2005年11月27日
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5月の午後 桜の季節の岩手山 松園展望台より本日夕方の岩手山 松園展望台より9月の夕暮れ 田園と岩手山 渋民より本日夕方の岩手山 渋民より岩手山って西側にあるから、撮影するなら やっぱり夕方よりも朝が一番!(夕方は、影になって霞んじゃうんだよねぇ・・・(;^_^A )ってワカッテイルケド・・・・朝が苦手な私は、未だに朝は余裕が無い・・・いつか、きっと朝一番の岩手山を撮るぞ~!!
2005年11月26日
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桜の季節もきれいだけど、紅葉の季節も捨てがたい・・・中央公民館では、結婚式も可。「お庭をバックに記念写真が撮れると記念になっていいよね。」なんていう夢を夫と描いて、結婚式の会場候補にあがっていた場所。しっとりした和室で、とっても良かったんだけど、段差も多く、和室では車椅子の義父には無理と断念したんだよね。
2005年11月14日
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今回の職場はメンバーも雰囲気も良く、気持ちが楽@ だから疲れてない気でいたけど、土日になると動けなくて眠ってばかり…どこか緊張して無理してるんだね きっと。 ****************土曜日に義父のお見舞いに行ってきた。この2週間の間に危篤になり、数日前に人工呼吸器が外れたのだそうだ。 危篤の時 親戚を呼んだそうだが、私には連絡がこなかった… なんとなく 義母の中での私の存在位置がわかったような気がした。 このまま スーっと離れていこう…と思った。
2005年11月14日
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