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とうとう今日でリハビリ友達?の少年ともお別れでした 朝から涙が止まらなかったんです。厳密に言うと昨夜から泣いていました。 夫さんには 「オマエ、アホちゃうか...」と呆れられるほど 案外こう見えても人前では滅多に泣いたことがないのよ、私。 けど今日はリハ室に入ってからもぽろぽろで、どうにも止まらない 空があまりにも綺麗だから、木の葉がほろほろ散るから、余計にいけないんだ。 まるでヨダレかけのようにミニタオルをTシャツから下げて汗も涙も鼻水もふきふきリハだけは頑張りました。 いつもは陽気に何にも考えずにいらんことばかり話しかけているくせに今日ばかりは顔さえろくに見れなかった。 でもすれ違いざまに 「もう、終わりやねェ(リハビリよ)」 それだけ言っただけ。後は何も言葉が出てこなかった。 少年だってさ、私の様子を見てあまりに調子が悪そうに見えたんだろうね、おしゃべりのひとつも浮かばなかったんだと思うよ 失恋か?と思いたいところだけれど、年齢はダブルスコアだし、春うららの淡いものとはちと違う。 具体的な熱の入った会話なんてしたこともなかったけど、何か大事な共有した感情が芽生えていて、今の私にとっては大きな大きな励みみたいなものだったようです...今になって気付くけど・・・ 仲間でもあり、リハビリのペースメーカーでもあり、そのくせ特別仲良し風でもなかった、なんとも不思議な大事なもの。 寂しくってたまりません。 もうぐにゃぐにゃですよ 今晩はホットのゆず茶に焼酎でも入れてしんみりしながら眠りにつこうか。 私はまだまだこれからもがんばらにゃならんし、少年だって結局のところは向こうに戻ってからも自主トレですものね。 暇つぶしに少年にやってもらったクロスワードパズルのひとページ。こんなに懐かしい物になるなんて思ってもいなかったよ。 最後くらいビシッと格好良くリハビリしている姿で見送りたかったのにね。
2007.10.31
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紫外線が和らいできたと感じる今日このごろ、ゆっくりと川沿いを歩いてみる。 ススキに赤く染まった名の知れぬ草に、黄色いブタクサ?...とにかく草だらけでその賑やかなこと。 川面が太陽の光できらきら光って、この色とりどりの草が秋の気配をことさらに強く感じさせてくれます。 小鳥が数羽追いかけっこをするように愉しげだから何度もカメラでその姿を追いかけたんだけどすべて失敗。 白い鷺だってゆっくり浅瀬を歩いているからその優雅さくらいは撮ってやろうと思ったのに、レンズが届かない やっぱ望遠じゃなきゃ無理か... 夕暮れ間近の川は綺麗だよ 近くの人たちもこのくらいの時間には犬を連れてよくここに来ている 犬をつれているわけでもなく、子どもの手をひいている訳でもない私はまた怪しげなオバサンに見えたに違いないよ
2007.10.30
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同じ頃に靭帯の手術をして一緒に入院、リハ生活を送ってきた十代の男の子がもうすぐ職場に復帰する。 職場は愛知にあるトヨタグループの会社らしいのでもう通院はできなくなる。次回のリハが一緒にできる最後となった 若いので回復も私よりずっと早かったし、職場復帰のこともあったからきっと早くに去っていくんだろうなとは思っていたけれど、正直かなりショック 入院中は彼はよく6階のデイルームの窓から外を見ていた。そして私も暇さえあればその場所から家族に電話をしたり(もちろん貸し出しの医療用のPHS)、地上を行き交うごちゃごちゃした風景を眺めた。 通勤時刻の混雑した車の列やそれを脇から抜かす原付などは見ていて冷やりとする光景だった。 暑い中ガードマンが車が誘導する、思い荷物を持って早足で過ぎる人々。 地上はなんて忙しく怖いところなんだ。私はこの世界に戻って生活できるようになるんだろうか? そんなことを考えながら見ていた。そして半分意地になって体力低下を防ぐために病棟内をうろついた(車椅子じゃほとんど意味はなかったかもしれないけど)。 私は以前は全く牽いて歩けなかった重りが今は6kgをつけて牽ける。そこそこ膝も曲がるので自転車の負荷も少しづつ上げられてきた。 目標だったスクワットも軽~くならできる。うれしいわ。 ただ、体力がないもので「疲れたー、しんどい...」の連発である。 リハの先生にもたまに誉めてもらうけど、つい他の若い子と比較してまだまだ...なんて思うの。 「人と比べるんじゃないんですよ。自分を見て、自分のメニューをしていくんです。」そう注意される。 私は自分に悲観もしていないし、できる子たちをうらやんだりもしていない。 皆が少しづつできるようになっていくことは心からうれしいし、つい声高に一緒にはしゃいでしまう。 リハビリはそれぞれのリハビリ計画も違えば、最終目標も違う。 自力で起き上がる訓練の人がいる。クレーンで身体を吊って起立の状態のバランスの訓練の人もある。 大事故から無事蘇生して3ヶ月たった今からやっとリハビリが始められるという女の子もいる。 ここは日常からかけ離れている。 日常に戻りかけ、社会への復帰が見えてきた私はリハビリをしながら「疲れた」というのを口にするのはもうやめよう。 どうしようもなく自分が情けなくて心ざわめいて仕方なかった。 秋の空気を感じながら久しぶりに泣いたよ。 こんなだから、秋が来る前に私はさっさと怪我を治さなくちゃいけないと思っていたんだけどな
2007.10.29
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手術当日は朝から絶食。そして点滴が始まる。 この日点滴担当の医師が、わかってるくせに 「お名前は?」「血液型は?」など質問し、返答を確認すると私の腕に名前と血液型の記録された腕輪をはめた。そして最後に 「今日手術する場所は何処ですか?」とこれまたわかりきっている質問をして、私の言葉で確認すると赤いマジックで私の右脚にカッコ悪いマークをして帰っていくの。 それからはバタバタと看護師がきて、手術着に替える。前日に念入りに説明を受けたとおりの格好になった。 ぺランとしたオレンジ色の上着はどのようにでも脱ぎ着できるように袖などはマジックテープでとめてあるの。 そしてね、全身麻酔中の正常な血流を維持するために健側の脚はきつめの白いストッキングを穿き、患側の脚は消毒されて青い布で覆われた。 この姿で手術予定の午後までの半日間を過ごすわけよ。 専ら囚人服とネーミングされた格好だけど、判決までが長いのぅ 同時刻に腰の手術を予定しているおばちゃんは両脚の白ストッキングが気に入ったのか、 「バレリーナみたいやろ」 と少し太めの足をにょっきり出してご機嫌だったわ。 待ちくたびれて緊張感もなくなった頃やっと始まった手術。長い廊下をあっちへこっちへベットごと移動したため、今でも手術室の場所が私にはわからない。 シャンデリアとはだいぶ違ったあの丸い独特の照明。 お揃いの着衣でキャップを被ってマスクまでしているから誰が誰やらわからない、、、怖かった 世間話をする余裕もなく、いつの間にやら 5時間半後、「とんぼさん、とんぼさん、わかりますか?終わりましたよ。」 そう揺り起こされ、気がつくと指先や胸の辺りやらモニターや酸素マスクやいっぱいついたまま。 意識は朦朧としてまともに会話もできないのにしっかり脚の痛みだけは感じて、「痛い~、痛い~」だけは幽霊みたいに発っしていたようですわ はずかしい ひと晩だけ痛みで苦しみました。痛かったこと以外の記憶はなしです。 問題のきずし(さば寿司)ですが、もちろんそんな豪華な食事は病院では一度も出ませんでした 病院食はかなり粗食...いやいや栄養とカロリーのバランスを考えたものでしたの。 だからいつも病室では食べ物の話題で盛り上がっちゃってねー。 丁度お祭り時分で、この辺ではこのしろや鯖のお寿司がよく食べられるんです。 だけど作ったことがない私は、一度作ってみたいといったらあのバレリーナのおばちゃんが丁寧に作り方を教えてくれて。 今日はスーパーできずし用の鯖が手に入ったのでおろして今、塩につけています。これで1時間半後、今度は酢につけてしめ鯖にするわけですので。 鯖寿司は明日の夕食のメニューということだわね。 あれ?こんな話するつもりじゃなかったんだけど・・・ 今晩はまたまたあのおばちゃんに教わった美味しい鶏のからあげの予定です。 なんじゃ、支離滅裂。
2007.10.26
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今日はリハビリに行く気になれない日だった けど、ここで負けるわけにはいかんっと思い、自主トレに行きましたよ。 終始ウォークマンを聴きながら自分の世界に没頭して、できるべきことはこなしてきましたら気分はすっきり、秋晴れです なのに、空は曇り空でしたね。時折小雨も降り、寒さがやってきそうな予感。 娘からTELが入り、学校指定の合羽を用意しておいて欲しいと頼まれました。 明日は文化祭なんです。近くのホールを借りてするのでそこまでは自転車。雨が降ったら指定の合羽が必要ですものね。 なんだか本日もぐったり疲れました。そろそろ退院後の張り切りすぎが祟る頃でしょうか? 夕食は残り物のカレーにしました 作る元気ないんだもん 明日は娘もお弁当が要らないし、、、、と、ちょっと待った 明日は息子が遠足だった 忘れていました。 カワイイお弁当用のおかずなど何もそろえてないよ でも今日はもうだめ、今から買い物には出られない、疲れた。 冷蔵庫には卵があるし、ミートボールもあるし、他にも何かごちゃごちゃあるからどうにかなるだろう。 ひじきがあるから炊いてみるか。大豆と、せめて人参をハート型にして。かわいくなるかな? も~眠い、チョー眠い。 おやすみござんす。
2007.10.25
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まんべんなく疲れちゃった 午後はのんびりするつもりで、午前中は張り切ってリハしたものの、午後は娘の中学校の合唱コンクールなるものに誘われ、大急ぎで出かけました。 今日は1年生のクラス対抗の合唱コンクールらしかったけど、毎年先輩ママさんからはいい評判を聞いたことがないので、正直期待もなく出かけたんです。 娘本人も「ウチのクラスサイテーだからやばいわァ」と言っていたくらいだし。 それでも誘われれば、どんなにひどいものかとそちらの方面で興味を持って行ってきました。 1年生250人もいるのに来ていた保護者はたったの20人ほどでしたよ 中学生の音楽会?ともなるとこんなものなのね。 でも聴いてみるとね、娘が言っていたほどひどくはなかったですよ。 きちんと声も出ていたし、ただ年齢的に声変わりなどもあるし、冷めた表情も見受けられたけど、こんなものでしょう。 幼稚園の頃からよく知っている小さい女の子が堂々と指揮をしている様子や、昔から熱心にピアノのレッスンをしている子が指揮者を見ながら強弱をつけて流れるように伴奏する姿には感心もしました。 そして面白かったのはね、娘のクラスの伴奏は男の子だったのですが、私はその子のことも4歳ぐらいからよく知っている子で、どうしても忘れられないことがあったの。 その子とは同じ幼児教室に通っていたんだけれど、丁度その子の誕生日月の誕生会で、先生が恒例の「好きな食べ物は?」の質問をした。大概は4歳らしく、イチゴとかハンバーグとか答えるのがお決まりなのに、その子ったら 「マグロの刺身」 と答えて、お母さんはすごく恥ずかしそうだったのをよく憶えている。 今でも鮪の刺身は好きかしら。 あの身体ならさぞかし食べるんだろうな いい感じで今年のコンクールは見ることができたんじゃないかなと思います。 毎年ね、ひと言も声を出さないクラスや、指揮者と伴奏のみが流れるようなやる気のないクラスが必ずあり、観覧した保護者はひどくショックを受けて会場を後にするともあるらしいのですよ。 今日だって、お世辞でも上手な合唱とはいえなかったけれど、子供の成長を楽しみに感じることができました
2007.10.24
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病院でのリハビリ予約外の日だったので近くの健康センターで自主的にリハしてきました、えらい というか、やっぱり休んじゃうと翌日が応える。 リハから帰ってみると、病院友達の60歳のおばちゃんから2通目の手紙が届いていた 彼女はね、ひどい腰椎の狭窄でいくつものリスクを抱えながらも手術に踏み切って、そんなに大変だったのに私より2週間も早く退院して行ったツワモノです。 根っから明るい方でどれだけ彼女の存在に励まされたか・・・そんな彼女の話をいつかブログで紹介したいと思いつつ、私がパソコンに座ると娘が寄ってきて 「誕生日のプレゼントを買ってくれ~」の攻撃です。 本当はipodが欲しいらしいけど残念ながら予算オーバーですので、いろいろ検索してマイナーだけど娘が気に入ったという商品に決めました。これなら金額的に私も気に入った 楽天での買い物は得意なんだけど、始めて取引する所だったので(k.com)先ずは登録にてこずった。 あー、こういうの苦手 すっごく時間を掛けてやっと登録して、何とか商品の注文も入れました。 こういうときはいつも夫さんは知らん顔でTV観てるんだもんな、気に入らないわ もう疲れました。とうとう今日も腰の痛い話はできなかったわ。
2007.10.23
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家族皆風邪っぽいため、仕事の夫さんを除いて皆で医者に行き薬を処方してもらいました。 さてさて、怪我のために今年の夏は庭をいじれなかった。まともに草をとることさえできなかったの。 それでも入院が決まったとき、少しでも庭を綺麗にしておかなくっちゃと思ってハサミで伸びきった紫陽花の木を切りそろえたの。 大きく茂った紫陽花の木にはハチの巣でもあったのかな? 私はハチに何の悪さもしていないのにいきなり腕にチクリとされました 翌日腫れてきて、これはいかんととりあえず皮膚科に。だってその二日後には手術を控えていたんですもの。 私はハチの被害はこれで2度目だったんですけど、あまり甘く考えてはいけないそうですよ。 ちゃんと主治医と麻酔科の医師には今回のことを事前に伝えておくように言われました。 アレルギーで、予期せぬことが起こる場合もあるんだって 先生方はきちんと患部を観察した上で何事も起こらずに手術も済みましたが。 そして退院してきて、これまた延び放題になったヤマボウシの木を整えたくて、のこぎりや枝切りバサミでギコギコやったんです。 こんなことは脚の自由がイマイチの時にすることじゃないのかもしれないけど、ずーーっと気になって仕方がなかったの。 さすがに三脚にあがるのは怪我のもとだと思い我慢して、高いところは夫さんにしてもらったわ。 剪定って難しいのよね。切る場所とか時期を間違えると翌年花が咲かなかったりする。 何度か失敗しているから今年こそはたくさんの花が咲くように願って夫さんに細々注文をつけたんだけど、 こんなことはしたことがないものだから大事な花芽がいっぱいついた枝をばっさり切っちゃうんだもん そんな夫さんに文句の一つ二つもだらだら言ったら、 「全くオマエは迷惑ばっかりかけているわけなんだからさ(文句ばっかり言うな)・・・」 全くその通りで、少しだけ気にしてるし、言われたくなかったよなあ。 もう、意気消沈 けど今日の夕方、切った枝をゴミ袋につめていたら右脚の膝にチクリ。 また刺された~~ ジャージの裾からハチが入ったのよ。 大慌てで以前行った皮膚科に行きました。 薬を塗って、注射をして、飲み薬をもらって、、、これだけしておいたらまず大丈夫だろうと言われたけど。 診察後待合室に戻ったら夫さんが腕組みして待っていた 娘が職場にTELしたんだ。 「全く次から次へと... 庭は俺がするからもぅしないでくれよ」 えっ、ホントに?任せてもいいの? 任せるということは、、、ストレスが溜まりそうなの。 それはそうと、私、お祓いしてもらったほうがいいかもなー
2007.10.22
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保育園の家族バス旅行で30分ほどのところにある近場の動物園に行きました。 もちろん私もこの脚で行ってきました 実は運動会のとき、まだ入院2週間目でやっと外泊許可をもらい大喜びで車椅子で運動場に行ったもののめまいや吐き気や倦怠感やらなにやらでまともに身体を起こしているのも辛い状態だったんです。 それで息子ががんばって練習したという競技を見るのが精一杯で、青白い顔をして途中で運動場を後にしたというなんとも悲惨なできごとがあったもので、今回も少々保育士さんには心配していただいちゃったのですけどね だけど、今回は問題なく最後まで楽しめましたよ。 近くの動物園だから何度か来た事はあるし、こじんまりとしたところなんだけど、子供は大喜びで、私もルンルンでした。 長ーい首のキリンの脊椎は一体何個の骨でできているんだろうかとか、フラミンゴの脚は筋肉なんて少しもついていない棒みたいな脚なのによくもまあ一本足で身体を支えていられるものだな、とか。 大人はしょうもない話をしながら子どもの後をついていきました。 はく製の館では立派な角のあるカモシカの頭部や滅多に見られない動物が展示してあったけど、息子が一番気になったのは羽を閉じて後ろ向きに止まり木に止まっている孔雀だったようです。 「見て、見て。あの鳥、羽に目がついとんやで」 確かに孔雀の綺麗なはずの模様はいくつものまん丸の目に見える そう思ってみると不気味な鳥だったわ すっかり疲れきった帰り道、息子に一番のお気に入りは何だったかと聞くと かば という返事が返ってきた。 ハァ~、かば 間違いなくカバはいたんですよ。 でもね、ずっとお水の中でじっとしていてね、愛嬌も何にも感じなかったんだけどなあ。 私には巨大なナマコにしか見えなかった動物です。
2007.10.21
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もともと私はお昼寝大好きな主婦なのですが、往復1時間と少しの道のりと1.5時間のリハビリをしてその後ゴソゴソ効率の悪いことをしていると大事なお昼寝時間が夕方になってしまうのよ。 今日も夕食前にチョイ寝しました。寝ないともたないんだよー。 この頃ウォークマンを聴きながら夕食の片づけをしていると不思議な気分になります。 ウォークマンは病院で毎日のように聴いていたんだけど、今もそのまんまの曲が入っています。だから、なんつーか、あの時にタイムスリップしたような、ホームシックにかかったようななんともいえない病院の懐かしさにおおわれるの。 病院では同室の人と、皆病人であるにもかかわらず愉しげにおしゃべりし、そうだな、食べ物の話題が多かったよな。 暇を見つけては一緒に病棟内をリハビリを兼ねてゆっくり歩いたりもした。 私は松葉杖、おばちゃんは歩行器、そしてもう一人のおばちゃんは大きな腰の手術をした割に支えナシで歩いていた。 たまには私一人でリハビリで歩いたりもしたのだけれど、何故かナースステーションの前を通るのが恥ずかしくて一人のときはいつもそこは避けていた。 でも後でわかったのよ。廊下のあちこちにはカメラが設置されていて廊下の様子はステーションで手に取るようにわかっていたのよね。 それならそうと早く言ってくれ~ そしていつも車椅子のおばあちゃんがこの同じ廊下を車椅子でウロウロ回っていたの 自分の腕でゆっくりゆっくりこぐおばあちゃんは92歳だった。 すれ違う時にはいつも同じ言葉をかけられたわよ。 「あのー、トイレは何処でしたっけね?」 「私迷子になっちゃったけど部屋は何処でしょうか?」 そしてやっとトイレに辿り着くとね看護師さんがすかさず、 「トイレはアト2週してからだよーー」なんて言う。 「ああ、アト2週ね。わかった、わかった。ありがとうございます。」 とこんな感じ。それでまた車椅子をこぎだす。 これが1日何回も繰り返されていた。おばあちゃんにとってはこれが大事なリハビリでもあったのでしょうね。 いつものように夕食後私たちが歩きまわっているとこのおばあちゃんが、 「私何処に行ったらいいのかわからないんですわ・・・」 思わず一緒に進んで行きたくて「こっち、こっち」と手招きすると 「わかった、そっちね。先に行てってちょーだい。ついていくからね。」 そう言ってゆっくりゆっくりこいでいた。 私たちは何度もそのおばあちゃんを追い抜いて廊下をクルクルまわったよ。 数日後、おばあちゃんの姿を見かけることがなくなった。 この病院は急性期病院ということで、病状が落ち着いて慢性的な治療になった時点で退院あるいは転院をすすめられるのです。 おばあちゃんがいなくなったら寂しかったけどその後も私はいつものように消灯前には看護師から眠剤をもらい、それを飲んでウォークマンを聴きながらいつの間にかぐっすり寝るのでした。
2007.10.19
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今日は娘の13歳の誕生日でした。 娘が小さい頃は私はこの日が楽しみで楽しみで早くから計画立て手作りの服や私好みの髪飾りなんかをプレゼントに用意したものです。 しかし、大きくなるとはっきりと好みは違ってくるし、こちらがあんまり与えたくないようなものをプレゼントに要求してきますねェ 今朝なんか些細なことから口げんかになり、小声で クソババア といったのが聞えたので、 「もう今日のケーキはナシやでっ」 という台詞で娘を学校に送り出したんです。 そうは言っても年に一度の誕生日 結局ケーキを作り始めました。 毎年困るのは、この時期はイチゴが出回ってないことなんです。かわいいイチゴののったデコレーションは作れません。 スーパーを見回して缶詰やらでデコレーションすることにしました。 黄桃とブルーベリーで飾って、チョコレートをトッピングしたのですが、今回は画像は控えよう いつも以上にスポンジはふんわり美味しくできたのよ みんなで照れながらもハッピーバースデーを歌って、やっぱりうれしい日でした。 私、娘を産んだときは切迫早産で3ヶ月間も入院して安静、点滴生活をしていたんです。それでやっと予定より3週間早かったけど無事に産めた訳ですが、助産師さんには 「この医学(点滴)がない時代だったらとんぼさんは母にはなれずにいたかもしれないなあ、、、」 といわれ、娘の誕生日のたびにこの言葉が思い出されます。 当然次に生まれた息子も医学の力で産めた様なものなのよ どういうわけかお医者様には様々お世話になっている私ですが、そういうことがあってかどうかはわからないけれど、機会があれば骨髄バンクに登録したいというのも長い間の私の希望です。 登録するにはいろんな条件がいるので未だできずにはいますが、昨夜も丁度夫さんに私の思いは伝えたところです。 元気に暮らせることはとてもうれしくてありがたいことだと思うから、命や健康を手に入れるチャンスや選択肢の幅が増えるのならば、できるだけ多くの人がチャンスに恵まれて欲しいなと、そう思う。 異論も当然あるだろうケド、単細胞な頭の私ではこんなことしか思いつかないので許して聞き流してくだされ。
2007.10.18
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昨日の疲れを引きずって、今朝の私はボロボロで情けない。 けど、そんなグチはどうでもよくて、今朝たまたま窓に止まるチョウチョを発見。 急いでデジカメをとってきて撮りました。 この蝶は仲良しのブログでは何度か見たことがあったので、つい撮りたくなったんです。 羽を閉じているとパッと見はね、黒くて羽がボロボロで決して綺麗じゃないのよ。ところが羽を広げると青い筋がきらきらしているの 逃げないうちにと慌てて何度もシャッターを切ったけどピンボケばかり。デジカメったらシャッター速度遅すぎなんだもん...カメラのせいにする私。 1.2枚は綺麗にとれたけど、肝心なボロボロ姿がなかったわ。残念。
2007.10.17
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創立記念日とかいろいろで連休だったもので、退院後初めてのリハビリに行きました。 バスでの通院は時間的にも都合が悪く、恐る恐る車で行っちゃった 無理をしなければちゃんと運転もできるよ。 久々に会った入院仲間やリハビリ仲間。病院での暮らしが懐かしく思い出されました。 私は退院時より更に重い重りをつけてのリハビリへと変わっていきます。 しかし中にはね、酸素をつけたままだったり、座位を保つことさえ必死でリハビリをしている患者さんもいるんですよね。 交通事故にでも遭ったのかしら?と思いながら私はその前を重りをつけて何度も横切ります。 人生には不意に訪れる幸も不幸もあるんですね。 私のリハビリは少しづつレベルアップして、また再びスポーツを楽しみたいと思っているのですが、ここにいる人たちのリハビリの最終目標は人それぞれで、私の目指しているものはきっと贅沢な目標なのでしょう。 1.5時間メニューをこなして、帰りにちょこっと寄り道をしてみようなんて思ったことから道に迷い、初めて姫路港なんていう看板のある道に出てしましました。 何処をどう来たのかわかりませんが何とか家路につき、あぁ、疲れた。 今日の夕食を作る元気が出なかったです。 インスタントラーメンになっちゃいました。「出前一丁」です。 普通に過ごす日常生活って案外すごく疲れます。
2007.10.16
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身近でこんなイデタチの方を見たことがありますか? これは靭帯の再建手術後に脚を補助するための装具ですが、基本的に足を動かすときに装着しています。 私は寝返りの時に脚がねじれて痛いので夜もしたまま寝ています。 入院中は毎日、車椅子やら松葉杖やらそれから歩行可能になってもいつでもどこでもこの格好でうろついていました。 これを見かけると、あッ、靭帯の怪我だなって感じで仲間意識が高まったりもしたものです。 それに私のいた整形外科病棟はスタスタと軽やかに歩き回っている患者さんなんてほとんどなく、脚をはじめ、手、肩、腰、首などなどからだのどこかに巻物をした人の集まりだったからね ところがさて、退院してから、、、、 はっきりいって着るものに困っています。 そろそろ長いズボンがいいけれど装具が分厚くてはけるものが限られます。ジーパンなんてとんでもない 何とかジャージはいけるけどシルエットが何か変? 足首まですっぽり隠れるロングスカートを探しているんだけど私はあまり背が高くないからこれまた変? じっくり見たらサイボーグになったみたいでカッコイイ装具なんだけど、片脚だけだからねえ・・・ 巫女さんが付けている様な袴っていうのかな? あんな感じの便利なおズボンか、コーラス隊に間違えられないカジュアルなロングスカートか、究極は粋な鳶のズボンを借りようかな。 とりあえずは何処に行くにも当分ジャージになりそうです。
2007.10.15
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お陰さまで退院しました。 丁度1ヶ月の入院でした。 入院中は同室のおばちゃんやおばあちゃんたちとも仲良くしていただいて別れるときは寂しかったりもしました。 同じく前十字靭帯を再建した仲間とも出会いおしゃべりしながらリハビリもしたよ。 午前1時間半、午後1時間半。みっちりがんばりました 同じ怪我の中では私が最年長だったものだからそれがちょっとね 軽々と重りを引きずって回れる若者が恨めしかったわよ。うらめしや~~ でも気分だけは同い年で仲良しになりました。これはおばちゃんの特権だな。 あーーーでも、外の空気ってどうしてこんなに美味しいんだろう 甘い香りと肌を通り抜けるさわやかな大気をビンビンに感じています。 病院で出会った人たちの顔が浮かんでくるわ。早く治そうね。 私はこれからしばらくは週3回、リハビリに通います
2007.10.12
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病棟の大きな窓からは煙の立つ煙突がみえます。 その下を見下ろすとせわしなく動き回る車の列や忙しそうな人のかたまりが見えますよ。 いつも見ているあの煙突は新日鉄だそうです。 この風景を見るのもいよいよおわりとなります。 名残惜しい、、、今日の煙突の煙はそんな感じでした。
2007.10.10
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澄み切った秋晴れの空は目がチクチクします。 先月の12日に5時間もかけて手術が無事に終わり、お陰さまで何とか無事です 術後は、体重の30%→50%→70%・・・と加重をしてリハビリし、術後3週間でやっと100%の加重がとなりました。 杖ナシでゆっくり歩けます...ただし補装具付き 歩けるってスバラシイ 外泊許可をもらって昨夜は家で寝ました。布団が柔らかかったです。 息子とラブラブでネンネしました またそろそろ病院に戻ります。 もう少しで退院できそうな感じです、イエーイ
2007.10.07
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