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フィンランドのあれこれをご紹介しますということで始めましたこのブログですが、フィンランドから帰国して時間が経つにつれて、記事を書くのが難しくなってきました。デジカメで撮影したたくさんの写真を見返すと、懐かしさだけは湧き上がってくるのですが...フィンランドを再び訪ねたいと、いつも思っています。それが叶いましたら、またブログ更新したいと思います。このブログをご訪問下さった方々、コメントを残して下さった方々、ありがとうございます。大きな励みになりました。実は、今年になって環境の変化がありまして、別のテーマのブログを立ち上げました。こちらは私の身の回りで現在進行している事柄を書いておりますし、しばらく続けられるくらいのモチベーションがあります。よろしかったら、こちらのブログをご覧下さいませ。意気地なしの育児ブログありがとうございます。
February 11, 2008

フィンランドの冬を2回経験しました。1回目の冬は比較的暖かく、2回目の冬は比較的寒かったようです。前の年は凍らなかったアウラ川が、この年は凍ってしまいました。地元のフィンランド人に言わせれば、これが普通のようです。(2002年12月23日撮影)時々、凍った川の上、積もった雪の上に、人の足跡を見つけることができます。危険をかえりみない強者です。でももう少しすると、川に下りても大丈夫だよという看板が出て、みんなが氷の上で遊べるようになります。手前から2隻目の船はUkkopekka(ウッコペッカ)号です。意味は「ペッカじいさん」。夏の間は、ここからナーンタリのムーミンワールドまでの遊覧船として活躍しています。バスで20分の距離ですが、この船だと約2時間かかります。私は片道だけ船を利用したことがありますが、退屈のあまり途中で眠くなってしまいました。
December 27, 2007

クリスマスイルミネーションに凝った町内が有名になり観光客まで来て困るというようなことがニュースになる日本ですが、フィンランドでも各家庭はそれぞれにイルミネーションを飾り付けて楽しんでいます。あんまり過激な家庭はないですね。1日中暗い北欧の冬に温かい光を添え、上品に楽しんでいるような雰囲気です。(2002年12月23日撮影)電気が点いていない家は、みんな田舎の家族と過ごしているのかもしれません。日本ではクリスマス後に、年末行事、年越し、正月が控えていますので、町も人もすぐに年の瀬ムードに変わりますが、フィンランドではこのクリスマスムードのまま年越しとなります。
December 25, 2007

私が暮らしていたTurkuは、フィンランドで「Christmas City」とも呼ばれている町です。毎年12月24日の正午、Turkuから全国に向けてクリスマス平和宣言が発せられます。これは中世から続いている伝統行事らしく、今では全国でテレビ中継されているみたいです。続々と集まる人々。私は前年も見に来ていて、15分くらいで終わる行事なのですが、相当な人数が集まっていました。首都ヘルシンキはさすがに大勢の人がいますが、ここではこんなにたくさんの人が一度に集まっているのを見ることはあまりありません。(2002年12月24日撮影)フィンランドの行事はあんまり儀式ばったところがなく淡々と進行します。正午に大聖堂の鐘が鳴ると、前方の2階バルコニーの扉が開きTurku市長が出てきます。平和宣言をまずはフィンランド語で、次いでスウェーデン語で読み上げます。これはクリスマスの間くらいは争いを止めて平和に過ごしましょうというメッセージです。その後、国歌を斉唱して終了です。行事が終わるとササッと帰るのがフィンランド風。すぐに人がいなくなりました。人垣の向こうに見えていた建物とバルコニーです。
December 24, 2007

フィンランドのクリスマスといえばジンジャークッキーなんだそうで、妻が焼きました。クッキーの抜き型を買っても春の帰国のときに荷物になるし、日本の方が種類も多いし、そういうわけで牛乳パックを短冊型に切って、それをハート型にして型抜きしていました。感心しました。(2002年12月22日撮影)こちらはジンジャークッキー生地のお菓子の家。これはスーパーで組み立てキットが売っていたのです。接着剤代わりに、砂糖を卵白と酢で溶いたペーストを使っています。ちょっと不細工だけど...
December 22, 2007

クリスマスの4,5日前になると、あちこちでモミの木を売る露店を見かけるようになりました。ここはマーケット広場のお店。こんな感じで売っています。高さ2~3mくらいのツリーで20ユーロほどでした。お父さんと一緒に森に行って木を切り出してくるのが伝統的なクリスマスの楽しみなのでしょうが、都会の家庭ではそんなことも言ってられません。(2002年12月21日撮影)我が家のクリスマスツリーはこれです。高さ約70cm足らずですが、アパートだし夫婦2人だけの暮らしですし。帰宅途中にすれ違ったおばあさんから、「Pieni kuusi!(なんてちっちゃいモミの木!)」と言われてしまったほど、フィンランド標準から見て小さいツリーだったようです。でも、ちゃんとお店で売ってたもんね。輪切りにした白樺の土台に突き立てられています。急に暖かい部屋に入れると葉が落ちてしまうそうなので、まずはベランダに置き、少しずつ慣らしていきます。夜になって飾り付け完了。オーナメントはすべて町のお店で買い求めたものです。藁で作った伝統的な雰囲気のものを選んでみました。
December 21, 2007

学生寮の窓を使って巨大テトリスを作ったフィンランド人の映像がYouTubeにありました。雪が積もる中、寒そうですね。以前、フィンランド国内を旅行したとき、日本アニメ大好きな高校生に会いました。ちょっと話をしたのですが、日本のアニメ、特に宮崎駿アニメの知識は膨大なものでした。ちょっとマニアックに見えるフィンランド人って多いような気がします。マニアックというよりも酔狂な芸術家肌の人というか...暗くて長い冬がそんな気質を育んでいるのかもしれません。
December 16, 2007

この日はサンタルチア・デーということで、Turku大聖堂で催しが行われました。スウェーデンから伝わった行事のようです。大聖堂の中はこの通り満席でした。宗教色のありそうな教会のイベントに、一応仏教徒の私が参加してもよいものか迷うのですが、思い切って扉を開けて見学しました。例えイベントでなくても、教会の中で写真を撮ることには気が引けましたが、周囲のフィンランド人たちはバチバチとストロボ使って写真を撮っていましたので、私もシャッターを切りました。(2002年12月13日撮影)前方には白い衣装の女性が5人並んでいるのですが、中央の1人はキャンドルを数本立てた冠をかぶっています。この女性が聖ルチアなのでしょう。彼女は家族の意に反してクリスチャンに改宗した乙女だったのだそうです。父の決めた結婚を拒絶し、持参金として使うはずだったお金を貧しい人々に与えて回ったとか。その後、殉教者として火あぶりにされたのですが、炎が彼女の体を焼くことはなかったのだそうです。大聖堂の中で合唱などが行われた後、外へ。馬車が待っていました。彼女たちは馬車に乗り、夜の町を静かにパレードするために出発しました。前年に見たときは聖ルチアの頭の上のキャンドルは本物で、本当の火が灯っていたのですが、この年は電気式のキャンドルもどきになっていました。こんなところでも安全が最優先です。
December 13, 2007

フィンランドに最初に滞在したときに2年間住んでいたアパートがありました。アパートの裏手は丘になっていて、その上には陸上競技場がありました。この陸上競技場は、1920年代に活躍した中長距離ランナー、パーヴォ・ヌルミさんにちなんで、Paavo Nurmi Stadiumと名付けられています。(2002年12月12日撮影)パーヴォ・ヌルミさんは、1897年、Turkuに生まれた中長距離ランナーです。1920年のオリンピックで金3つ、銀1つ、1924年に金5つ、1928年に金1つ、銀2つのメダルを獲得しています。Turkuやヘルシンキには、彼が走る姿の銅像もあります。特に囲いがあるわけではなく、誰でもトラックを走ることができるようです。こんな雪景色の中、人なんていませんが。当時寒さをこらえて雪景色の写真もたくさん撮りましたが、露出補正のことなんて知らなかったので、みんな青色がかぶったような色調です。今からでも画像を補正できますが、このどんよりと陰がある暗い写真を見ている方が、フィンランドの厳しい冬のことをよく思い出せます。
December 12, 2007

クリスマスが近づくと、お店のショーウィンドウのディスプレイを見るのが楽しみになります。こんな風に子供を前に立たせて写真を撮っている若いお母さんがいました。こういうのを見ていると心が温かくなります。(2002年12月13日撮影)何の前で写真を撮っていたかというと、ムーミンです。かなりかわいくないムーミンパパとムーミンママです。でも、かわいくないところがかわいい!フィンランドでは、ムーミンよりもこのパパの人気の方が一番らしいです。ご存知の通り、ムーミンはフィンランドの作家トーベ・ヤンソンが生んだキャラクターです。フィンランドのナーンタリという町にあるカイロ島にはムーミン村があります。ここにいるムーミンも、ここで売っているムーミンキャラクターも、日本のアニメのようにかわいらしくはなく、ちょっとゆがんだような顔をしています。ムーミン村は、夏の2か月ほどの間だけオープンします。日本人観光客も多いですが、あんまり期待せずに訪ねるのが無難です。テーマパークではありますが、決してディズニーランドのようではありませんので。フィンランドの自然や雰囲気を楽しむために、時間が余ったから訪ねてみるくらいの気持ちの方が、がっかりいたしません。のんびりとしたムーミン村、フィンランドらしくて僕は好きです。
December 11, 2007

このころは週末ごとにクリスマスマーケットを覗いていました。毎日寒いので部屋でぬくぬくと過ごしていたいのですが、その日限りのイベントをどこかでやっているかもしれない、見逃したくないという思いが強かったです。この日はレトロな車が3台、旧広場に展示されていました。私は詳しくないので良く分からなかったのですが、とにかくピカピカに磨かれていました。(2002年12月7日撮影)私はどちらかというと、この2台の形の方が好きです。あんまり洗練されていない雰囲気に惹かれます。フィンランドでは1年の三分の一は雪道を走ることになります。そして雪解けの頃には、滑り止めのために撒かれた砂利がたくさん残る道路を、砂塵を巻き上げながら走らなければなりません。車の傷みも激しいでしょう。ヨーロッパ経済が絶好調な現在のことは分かりませんが、当時は古くて汚い車ばかりが走っているような印象を受けました。マーケットに行く度にいろいろと買ってきてしまうので、我が家の窓辺のテーブルはこんなになってしまいました。右下は調理学校の生徒が焼いたというパウンドケーキ、その左はフィンランドのクリスマスに欠かせない飲み物Glögiです。後日改めてご紹介いたします。
December 10, 2007

この日の気温は氷点下13度ほど。まだまだ序の口ですので、クリスマスマーケットに行ってきました。こんな風に外気温を測るための温度計が窓に取り付けられているのです。(2002年12月7日撮影)マーケットではトントゥが子供たちに読み聞かせをしていました。一方、サンタクロースはご婦人と立ち話。マーケットではいろいろなリースが売られています。きっと農家の人の手作りです。我が家でもドアに飾りつけをしました。ちなみにこのドアのすぐ向こうにはもう1枚ドアがあります。二重のドアで防寒できます。
December 7, 2007

12月6日はフィンランドの独立記念日。祝日です。フィンランドは19世紀初めまでスウェーデンの属国でしたが、その後ロシアに割譲されました。1904年に始まった日露戦争によってロシアの国力が弱まり、それを契機にフィンランドで独立運動が盛んになったそうです。その結果、1917年のこの日、フィンランドは独立を果たすことができました。フィンランド国旗の色でもある青と白の2色のロウソクを2本立てて、独立を祝うのだそうです。(2002年12月6日撮影)そしてこのロウソクを18~20時の2時間だけ灯すのだとか。写真は我が家に飾ったロウソクです。この時間、窓の外を見ると、あちこちの家の窓辺でロウソクが灯っているのが分かりました。この日は軍事パレードが行われ、夕方からはヘルシンキの大統領官邸で晩餐会が開催されます。左が当時の(そして現在も)大統領タルヤ・ハロネンさんです。2000年3月に就任し、2006年3月に再任されました。任期は6年です。招待客が大統領に挨拶する様子です。日本の大使らしき方も招待されていました。この挨拶と握手は延々と2時間くらい続きました。これがずっとテレビ中継されています。握手の後はダンスです。こんなに狭いフロアでみんな踊っています。近所のクピッタ公園にあるモニュメントです。砲弾の跡を模したようなモニュメントです。記された年号を見ると、独立時の記念ではなく、1939年の対ソ戦争に関するものみたいです。第二次世界大戦では、フィンランドは、ソ連に侵攻するドイツ軍が国内を通るのを黙認しました。そのとばっちりを受けて、ソ連と戦争をする羽目に陥ります。このとき、かつてフィンランドの世話をしていたスウェーデンは何も援助してくれなかったそうです。連合国軍の勝利に終わった戦後、ソ連と戦争したフィンランドは敗戦国として扱われました。領土の一部(カレリア地方)をロシアに奪われ、フィンランド国内の森林資源やらなにやら、多額の賠償を行ったそうです。「フィンランド人は日本人に対して優しい。それは日本がロシアと戦争したおかげで独立できたし、第二次世界大戦では同じ敗戦国だったから。さらに周囲のスウェーデンやソ連に対してはあまりいい感情を持っていなくて、気持ちの中には島国の日本と同じような孤立感があるから。」というようなフィンランド人親日派説があります。昔はそうだったかもしれませんが、世代がどんどん入れ替わっている今、この説はどうなんでしょうね。でもフィンランド人たちが私に対してとても親切にしてくれたことは確かです。
December 6, 2007

近所のクピッタ公園にはカモ池がありました。小さな小屋と池と噴水があり、全体が柵で囲われているのですが、カモやアヒルはそんなものお構いなしで、出入り自由でした。冬になると池の大部分は凍ってしまいます。でもカモたちは元気です。(2002年12月4日撮影)体から足へ向う血管の走行が特殊なので、温かい血液が足先には届かないらしいですね。熱交換器のような仕組みで、足の先へ向う血液は徐々に冷たくなっていくそうです。足先が冷たいのだから、冷たい水の中でも平気ということ。そんな話を聞いたことがあります。カモ池のそばにクリスマスプレゼントが置かれていました。カモたちもクリスマスを祝っているのでしょう。でもこのカボチャはどう見ても、ハロウィーンの残り物のような...
December 5, 2007

今日は昼間のクリスマスマーケットの様子をご紹介します。照明が暗すぎて、夜は何を売っているのやら分かりませんから。こんな感じで小さなお店が並んでいます。雪は降っていないのですが、とにかく寒い日でした。カメラのシャッターを押すために分厚い手袋を脱がなければならず、手がひどく冷たくなって動かなくなるくらいだったことを覚えています。(2002年12月1日撮影)この旧広場で行われているクリスマスマーケットは古きよき時代のクリスマスの雰囲気を大切にすることが目的のようで、プラスチック製品やらゲーム機やらの玩具は全く扱っていません。自然の材料で作った玩具や小物を中心とした、どこかホッとさせられるようなマーケットです。サンタクロースも来ていました。子供がなにやらお願い事をしていました。
December 3, 2007

昨日の続きです。クリスマスマーケットが開かれている旧広場のそばの建物は、料理、織物、工芸などを教える学校になっているそうで、マーケットにあわせて制作品の展示会が行われていました。料理学校の生徒が作ったお菓子です。Turku城をかたどっています。こちらはクッキーやらパンやら。フィンランドのパンはみんな色が濃いです。ライ麦パンのようなものだったり、ナッツがたくさん混ぜ込んであったり。滞在中は日本の白い食パンが無性に恋しかったです。
December 2, 2007

クリスマスの1か月前から、毎週末、旧広場でクリスマスマーケットが開催されます。午後4:30頃ですが、すでに周囲は真っ暗。小さな露天が軒を連ねています。(2002年11月30日撮影)木の玩具を選んでいる親子です。心温まる風景でした。暗すぎて何を売っているのか近づいてみないと分かりません。でも華やかしいばかりの日本のクリスマス商戦と異なった、ゆるい雰囲気が好きです。子供たちによる合唱が行われていました。経済協力開発機構(OECD)が昨年行った国際学習到達度調査で、フィンランドは前回に引き続きトップの成績でした。そんなすばらしい教育を受けている子供たちなんですね。
December 1, 2007

この日はTurku大聖堂前の広場で、クリスマスツリーの点灯式が行われました。Turku大聖堂は、もともと13世紀後半に建てられたそうです。現在の建物は、1827年のTurku大火災の後、再建されたもの。詳細は過去のエントリーをご覧下さい。雪は降っていませんが、石畳の上にシャーベット状の雪がたくさん残り、足元から寒くなるような夜でした。といってもまだ午後5時です。(2002年11月30日撮影)フィンランドにしては珍しく司会進行なきちんと行われる中での点灯。高さ25mのツリーに約700個の電球が吊り下げられているそうです。大聖堂から妖精Tonttu(トントゥ)が出てきました。フィンランドでは暖炉とか納屋とかそれぞれにトントゥが棲んでいます。このトントゥはいつもはTurku城に棲んでいるのですが、クリスマスシーズンには町でサンタクロースのお手伝いをするのだそうです。この人は、テレビCMなんかにも出演している「本物の」トントゥなんです。こちらはお姫様? 雪の精? 結局分からないままでした。
November 30, 2007

これまで何度か書いてきましたように、積雪がある冬の生活を体験したのはフィンランド滞在中が初めてのことでした。車道も歩道も分からなくなるくらいに町の雰囲気が一変し、また違った魅力を感じることができました(2002年11月24日撮影)。雪量は多くないですが、この時期から春までは雪が消えることはありませんでした。Turkuの町の中でもっとも人通りが多いだろうと思われる通りです。冬の間はクリスマスストリートと呼ばれていました。ここには積雪がありません。夏の間に石レンガを剥がし、中に温水パイプかなにかを通す工事をしていました。おかげでこの年の冬以降、雪の心配なしです。ずっと雪道を恐々と歩いているものですから、ここへ来ると歩いていて妙な気分になります。止まっているエスカレータを歩いて登るような感じ? ちょっと違うかも...おまけです。何度となく写真を撮ってきたアウラ川とTurku大聖堂(右端)です。
November 28, 2007

生まれも育ちも九州という私にとって、フィンランドの冬は楽しいものでした。あんなにたくさんの雪の中で生活するのは初めてでしたので。フィンランドの南西岸にあるTurkuでも、ひと冬に数回、氷点下30度まで気温が下がる週がありました。これを経験すると、氷点下10度くらいは暖かく感じます。肉眼で雪の結晶を見るのも生まれて初めてのこと。ほんとにこんな形の雪が降っているのですね。
November 27, 2007

先週末、佐賀の九年庵に行ったというお話をいたしましたが、その足で吉野ヶ里歴史公園を訪ねました。混雑を避けるために早朝から九年庵に出向きましたので、時間はたっぷりあります。吉野ヶ里遺跡は来年でオープン20周年らしいです。早いものです。私はずっと以前に1度行ったことがあったのですが、その後ずいぶん、この「弥生時代の村」は発展したようです。櫓や竪穴式住居の数がたいへんに増えていました。今年10月には「南のムラ」が完成し、ここではさまざまなプログラムを体験できるようになりました。まずは火起こしに挑戦。腕がだるくなるくらいに頑張りました。麻紐をほぐしたものに火種が燃え広がったときには感動しました。初めての体験でした。修学旅行の高校生? みんなで火起こしをしていました。さらに勾玉作りにも挑戦です。左の小さな石を右のブロックで削って形作っていきます。約1時間の格闘の成果です。ちょっと形が妙ですけれど...このような体験プログラムのほかに、弥生人になりきるプログラムというものがあるそうです。弥生人の服を着て、時計などの貴金属はもちろん外して、布作りや舞いの稽古などを体験できます。吉野ヶ里歴史公園はたいへんに広く、ピクニック気分で1日のんびりすることができそうな場所です。入場料は大人400円で良心的! なかなか楽しめました。
November 26, 2007

前夜のクリスマスパレードの折、雑貨屋で買ってきたトナカイのぬいぐるみ(右)です。スリムな脚で、なかなかかわいい姿形でしたので、思わず買ってしまいました。 ちなみに左のガラス製の鳥は、フィンランドの職場の同僚からプレゼントに頂いたもの。フィンランドの代表的ガラス器メーカーIittala(イッタラ)の鳥です。イッタラは、アールトがデザインした花瓶や、あっさりとしたデザインなのにお洒落な雰囲気のグラスなどで有名です。例えばこれ。私も帰国のとき、重たいのにたくさん買い込んで持って帰りました。イッタラにせよ、陶器で有名なアラビアにせよ、見かけ以上に丈夫なので重宝しています。何回が落としたけれど、割れないのでビックリ(ホッと)しました。
November 25, 2007

フィンランドでは、クリスマスイブまであと1か月というこの日から、様々なクリスマスイベントが始まりました。最近の日本ではどんなイベントも年々始まりが早くなっているようで、ハロウィーン前にクリスマスツリー点灯なんていう無粋なことをやっておりますが...私が住んでいたTurkuは「Christmas City」とも呼ばれる町なのです。その由来はクリスマスの日にご紹介することになるでしょう。クリスマスに関連する飾り付けが行われているショーウィンドウに見入る子供たち(写真はすべて2002年撮影)。店頭のディスプレーも素敵でした。藁で作った山羊をよく目にしました。この日のお目当てはクリスマスパレードです。小さなパレードですが、沿道は子供連れの家族でいっぱいでした。サンタクロースは車に乗ってやってきます。古い消防車らしいです。その後、特設舞台でサンタクロースを迎えるためのショーが開演。Turku城に棲むという妖精Tonttu(トントゥ)も現れました。このシーズン、彼はサンタクロースのお手伝いをします。退役軍人会のメンバーは広場で牛乳粥を振舞っていました。私も頂きました。この牛乳粥、フィンランドのクリスマスには欠かせないものです。牛乳と砂糖で甘く炊いた粥にシナモンパウダーがかかっています。そしてついにクリスマスツリーに点灯。クリスマスまでの楽しい1か月の始まりです。おまけです。イベントが終わるとあっさりと帰るのがフィンランド流(?)。雪混じり-2℃の夜でした。
November 24, 2007

佐賀の九年庵に紅葉狩りに行ってきました。九年庵は佐賀県出身の実業家伊丹弥太郎の旧別邸なのだそうで、1900年から9年の歳月をかけて庭園を築造したことから、この名前がついているそうです。現在は佐賀県が所有しています。毎年この時期、1週間と少しの間しか一般公開されないために、個人客や団体客がまとめて大勢詰めかけることになります。朝8時30分の開園の頃に行ったのでは駐車場に車を停めるのにも苦労すると聞きましたので、早朝に自宅を出発。7時40分頃に到着しました。ちょっと早すぎました。8時過ぎに整理券が配られ、そのまま早めに入園出来ました。ちょうど紅葉が身頃でした。九年庵そのものは広くなく、歩ける場所も限られていますので、あっという間に出口に至ってしまいました。ちょっと拍子抜けしました。むしろ、九年庵の奥にある仁比山(にいやま)神社の方が、自由に散策できて楽しかったです。境内で売っていました名物だという「お麩もち」を買い求めて食べました。見かけは柏餅のようですが、餅に麩が入っているそうで、やわらかい食感でおいしかったです。
November 23, 2007

「ジャム瓶はジャムを貯えておくもの太陽瓶は太陽を蓄えておくもの」。昼の太陽の光を蓄えておいて夜に使うことができれば、便利だと思いませんか? そんなことができる太陽瓶(サンジャー、Sun Jar)を作ってみました。詳細はこちらです。
November 22, 2007

私がかつて住んでいたTurkuはフィンランドの南西岸の町です。バルト海に面しているために比較的暖かいと言われる土地ですが、11月初めには雪が降り始めました。降っては融け、降っては融けを繰り返し、今頃はきっと雪景色のはずです。左手は約2年間住んでいたアパートです。いくら雪が降っても、早朝のうちにどこからともなく雪かき車が現れて除雪してくれます。歩道には砂利が撒かれていて、あんまり滑ることはありませんでした。何度か大転倒しましたが...雪国にお住まいに人にとっては珍しくもない風景でしょうが、生まれも育ちも九州の私にとっては、雪にびっくりさせられた、そしてなんとも楽しい冬でした。冷たく張りつめた空気の中をさっそうと歩くフィンランド女性が素敵です。これらの写真は2002年の今頃に撮ったものです。
November 21, 2007
みなさま、ご無沙汰いたしております。1年前のフィンランド滞在記がネタ切れし、長い間放置しておりました。頭にはいつもフィンランドでの生活の思い出があるのですが、フィンランドとはすでに縁遠い毎日ですので、新たな記事を書くに至りませんでした。1年前のフィンランド滞在記は春から夏にかけての出来事。でも北欧といえば冬のことをご紹介しないわけには参りません。氷点下30度での厳しい生活のこと、クリスマスのこと、美しいオーロラのことなどなど。フィンランドの冬を体験したのは、もう5年前(!)のことです。現在とは様子が異なっていることもあるでしょう。ただ、たくさんの雪が降り、温かいクリスマスがやってきて、白い息を吐きながらフィンランド人たちが笑っている様子は変わらないはず。また少しずつ思い出の写真を掲載しながら、フィンランドのことをご紹介したいと思っています。それから、フィンランドのことばかりではネタに困りますので、現在の私の毎日の出来事(みなさまにとってはどうでもよい出来事だとは思いますが)や現在住んでいる町のこともご紹介できたらと思っています。「フィンランドスタイル」というタイトルから外れてしまいますが、気楽にブログを続けていきたいと考えています。不定期更新になるかと思いますが、これからもよろしくお願いいたします。
November 21, 2007
1年前のフィンランド滞在日記を掲載し終わった後、更新していない状態がずっと続いています。申し訳ありません。あれやこれやと忙しく...フィンランドにいた頃の古い写真を見返していると、いろいろと思い出しはするのですが...
October 18, 2007
4月から去年のフィンランド滞在日記を掲載して参りましたが、おかげさまで昨日の内容で終了しました。これから何を書いていけばよいのやら...フィンランド産のマツタケが日本に輸入され始めたというニュースを見ました。フィンランドはもともと森林でマツタケが採れるのに、食習慣の違いから放置されていたらしいです。これは知りませんでした。そういえば、ツクシもたくさん生えているのに放置されていました。私は滞在中、少し恥ずかしいなぁと思いながら道端で摘んで、卵とじで食べてみましたが。こちらは輸入するほどのものではないでしょうね。
August 31, 2007
とうとう帰国の日がやってきました.今日,午後のフィンエアで日本へ帰ります.フィンランドでお世話になった方々に対して,感謝の気持ちでいっぱいです.ありがとうございます.これからも共同研究を進めるという計画を立てましたので,Turku大学のボスや同僚とは末永いお付き合いになりそうです.お別れの挨拶に行くたびに,「次はいつ来るのか? 来年か?」と問われました.うれしいことです.3度目の長期フィンランド滞在の機会を探りながら,今後も親交を深めていきたいです. フィンランドの暮らし,前回の滞在も含めていろいろなことがありましたが,総じて僕には合っているのかなと思います.日本の生活に戻っても,フィンランドに,世界に,目を向けていたいです.Kiitos paljon kaikille!2006.8.30 09:23
August 30, 2007

この1週間ほど,よく雨が降ります.1日中シトシトと降るのではなく,朝起きたら地面が濡れていたり,昼間に急に暗くなりサッと降ったと思ったら止んだり,そのような雨です.こんな雨がいたるところでキノコの成長を促しているようです.公園や道路の植え込みなどで,怪しいキノコをたくさん見つけました.先日,野外博物館Kuralan Kylämäkiで見つけたキノコたちです(8月26日撮影).なんというキノコなのか,とても区別できるものではありませんので,写真だけのご紹介です.木を見上げると,幹にたいへん大きなキノコがなっていることもあります.これは日曜日にルイッサロ島で見つけたキノコです(8月27日撮影).たいへん怪しい姿形をしています.近所のKupittaa公園でも,急にたくさんのキノコが出現しました(8月28日撮影).いろんな色や形があって面白いです.木の根元から手前に向かって,小さなキノコがたくさん生えています.フィンランド人にとってベリーとキノコは特別なもののようです.この野生のベリーとキノコに限っては,国立公園や他人の森の中でも自由に採取して持ち帰ってよいという法律があるくらいです.昨日,研究室の人たちと食事をした際にも,「今年はもうキノコを摘んだか?」「あと1週間すればKantarelliがたくさん採れるよ」などと話をしていました.このKantarelli(学名:Cantharellus cibarius,和名:アンズダケ)は以前のエントリーでもご紹介しましたが,おいしいのでその後も何度かマーケット広場から買ってきて食べました.2006.8.39 22:39
August 29, 2007
帰国が明後日に迫りました.実験装置を日本へ送り返したり私物をパッキングしたりして周囲の荷物が片付いてくるのを見ると,ここでの生活が名残惜しくなってきます.今日は同僚が昼食会を企画してくれましたので,研究室のみんなと出かけて食事をしました.大学ではすでに新学期が始まっていますし,ボスは学外の仕事でたいへんに忙しいので,こういう形の送別会となりました. 今生の別れではないですし,メールで簡単に連絡できる時代です.これからも共同研究をやっていきましょうという仲ですので,湿っぽい会ではありません.食事もおいしく楽しむことができました.研究室のみなさんに感謝!ちなみにボスは,みんながほとんど食べ終わった頃にようやく会議が終わり,駆けつけて下さいました.また夕方に今後の研究の打ち合わせをしたのですが,「娘のスイミングクラブの送迎をしなければならないから,一緒にドライブしながら話をしよう」ということになり,車の中でのディスカッションになりました.ボスはこういう場合,運転がおろそかになるので同乗しているのが怖いのです.ウィンカーを出さなかったり坂道発進で後ろに下がって行ったり....とても偉い先生なのですが,それを感じさせない気さくさ.サイエンスと自然とを愛する良いボスにめぐり会えて,ありがたく思っています.2006.8.28 22:26
August 28, 2007

過去のエントリー(4月29日と6月4日)でもご紹介しましたルイッサロ島に行ってきました.フィンランドの自然も,ひとまずこれで見納めでしょう.こちらの農家はすでに麦の収穫を終えたようです.近くではウマが草を食んでいました.こちらはヒツジ.ちょうどウォーキングコースの道沿いにあるので,みんなが足を止めて見ていました.子供がその辺の草を引き抜いて餌付けを試みていましたが,ヒツジは寄っては来たものの全く食べませんでした.こんな草はどこでも生えていて食べ放題ですから....島の沿岸部では水鳥がたくさん見られます.けたたましい声で鳴いていました.Turkuの中心から車で15分ほどの距離ですので,天気の良い週末は市民の憩いの場,運動の場になります.今日もたくさんの人がピクニックをしたり,歩いたり,ジョギングしたり,サイクリングしたり.海沿いのブランコで遊ぶ親子.小さい子供たちが生き生きとしています.今回特に目立ちましたのは,ノルディック・ウォーキングをしている人たちです.スティックを突きながら歩いています.もともとはクロスカントリースキーの夏トレーニングとして行われていた運動らしいのですが,スティックが膝の負担を減らし,さらに普通に歩くよりも運動量が約5割増しになるというので,健康づくりのための運動として普及しました.町中でもノルディック・ウォーキングをしている老若男女をしばしば見かけます.日本でも健康のために公園などを歩いている人たちが多いですが,ノルディック・ウォーキングを試してみてはいかがでしょうか.収穫前の麦とその周辺に咲いていたヒマワリの花.島にあるTurku大学運営の植物園です.ルイッサロ島は花盛りでもありました.晴天に恵まれ,気持ち良い島内散策でした.2006.8.27 22:19
August 27, 2007

Turkuの郊外にKuralan Kylämäkiという名の野外博物館があります.僕が住むゲストハウスからはバスで5分くらいの近場なのですが,これまで一度も訪ねたことはありませんでした.昨日から「古代技術ウィーク」というイベントが行われているということでしたので,今日,行ってみました.こちらが入口です.ここKylämäkiは4軒の農家が集まった古い村です.この村の存在は14世紀頃の文献にすでに記録されていたそうです.現在は19世紀から20世紀初頭にかけての建物が26棟保存されており,1950年代の農家の暮らしを再現する野外博物館になっています.インフォメーションの建物.入場料は5EURです.入場料を払うと,チケット代わりのスタンプを手の甲に押してくれます.しかしながら,入場に際してはゲートでスタンプのチェックがあるわけでもなく,非常におおらかです.信頼の上で成り立っているフィンランド流のシステムだと思います.古い住居や納屋が建ち並んでいます.この住居は内部を自由に見学できました.約50年前のフィンランド人の暮らしぶりがよく分かります.まるで普通に人が住んでいるような様子で,中に入るのに躊躇するほどのリアリティーでした.7月末にOuluにあるボスの実家を訪ねましたが,そこには80歳を超えるご両親が住んでいらっしゃいます.その実家に雰囲気が似ていました.1950年代の暮らしを再現したこの建物は都市部に住む若いフィンランド人にとっては珍しいものかもしれません.でも,きっと田舎に住むおじいさんやおばあさんの家はこんな感じに違いないでしょう.Kylämäkiでは家畜の飼育も行われています.ニワトリ,ヒツジ,ウシ(乳牛),ブタが飼われていました.ニワトリの飼育はウシ小屋の2階で行われており,直接見ることはできませんでした.写真のニワトリは脱走したのか,1羽だけウロウロとしていました. 家畜を養うために,敷地の一部は広い草原になっていました.これが「古代技術ウィーク」のイベントのひとつ.古代の武器を試してみようというものです.みんな楽しそうに弓を射っていました.イベントと言っても,これだけのよう.このあっさりとしたところがフィンランドらしいです.子供向けの教育・体験プログラムもあるようです.小さな子供たちがガイドさんに連れられて,あちこちを見学していました.時間に追われる観光客が訪ねる場所ではないですが,フィンランドの古い農家の暮らしぶりを知ることができる興味深い場所だと思いました.2006.8.26 21:12
August 26, 2007

「色づく」と言うにはまだ早いのですが,ドングリをご紹介します.大学へ行くために毎日歩いているこの道.脇にTammi(学名:Quercus robur,和名:ヨーロッパナラ)の木が一本立っています.ちょうどドングリがなっています.まだ青いです.来週には日本へ帰国しますので,ドングリが色づく様子を見ることはできそうにもありません.ちなみに,フィンランドは国土の70%ほどが森林に覆われていますが,そのほとんどが針葉樹林帯です.ドングリのなる木はフィンランド南西部にわずかに分布しているだけです.さらに蛇足ながら,ドングリとはブナ科のクヌギ,カシ,ナラ,カシワなどの実の総称です.細長いものから丸いものまで,いろいろな形のドングリがあります.2006.8.25 22:39
August 25, 2007

フィンランドのファブリックといえば,Marimekko(マリメッコ)が有名です.創業は1951年.大胆な色と柄が特徴で,日本でもファンは多いようです.洋服,バッグ,テーブルクロス,カーテンのようなものだけでなく,キッチン用品やパソコンのマウスパットなども売られています.Marimekkoも良いですが,僕が最近注目しているのはGollaです.携帯電話,コンパクトデジカメ,MP3プレーヤーなどをターゲットにした,いろいろなスタイルのモバイルバックを販売しています(大きなパソコンバッグもあります).現在,全世界に向けて売り出し中の新しい会社です.今年5月に東京ビッグサイトで開催されたビジネスショーにも製品が出品され,話題となっていました.Gollaのモバイルバックはこんな感じです.せっかくフィンランドにいるのだからと思い,買ってみました.デザインによって値段が異なりますが,9~15EURくらいです.日本でも流行るでしょうか?2006.8.24 22:42
August 24, 2007

帰国まで残り1週間を切りました.来週の今頃は日本へ向かうフィンエアの機内です.先日,City Marketへ買い物に行きました際,もう色づいているリンゴの実を見つけました. City Marketの隣は市民菜園のようになっています.その中の一角です.秋を感じさせます(8月20日撮影).僕が住んでいるゲストハウスの中庭にも小さなリンゴの木があります.こちらも小さな実がなっていました(8月17日撮影).花が咲いていた頃の様子です(5月20日撮影).フィンランドでは庭にリンゴの木を植えている家をよく見かけます.実のなる庭木は,季節ごとに楽しみができます.たくさん実がなって家族で食べきれないときはどうするのでしょうか.前回の滞在時,玄関先にリンゴの入った箱を置いて,「Ole hyvä!(どうぞ)」と書いてある家がありました.僕もいくつか,ありがたく頂戴しました.2006.8.23 22:18
August 23, 2007

トゥルク大聖堂(Turun tuomiokirkko)では,夏の間,パイプオルガンによるコンサートが行われています.以前ご紹介しましたように,このパイプオルガンはフィンランドで一番だと賞されています.ゲストハウスからすぐ近くにあり,いつでも行けるという気安さからか,実は1度もオルガンコンサートに行ったことがありませんでした.火曜日20:00と水曜日14:00から行われているとのことでしたので,今日訪ねてみることにしました.ここ数日,雨模様.今日も降ったり止んだりでしたが,コンサートの来客は多かったです.入場は無料です.これがTurku大聖堂のパイプオルガン.演奏者の様子がプロジェクターで映し出されて,これを見ながら音楽を聴くことができるという趣向でした.J.S.バッハの曲がちょうど1時間演奏されました.知らない曲でしたので(僕は音楽に詳しくないのです)なんとも言えません.でもパイプオルガン独特の,1台でオーケストラのようにいろいろな音が出る演奏を楽しめました.パイプオルガン奏者の動きが大変興味深かったです.鍵盤は3列.足元にも15枚くらいのペダルが2列並んでいました.これをまったく目で見ることなく弾いていくのです.足だけで演奏する部分でも,目は譜面に向けられていました.必要なパイプに空気を流して音を出すのがパイプオルガンですが,どうやって送風しているのでしょうか? ファン程度の圧力でよいのか,それともコンプレッサーのような圧縮空気が必要なのか.大きなパイプでは鍵盤を叩いて音が出るまで時間遅れがありそうに思うのですが,実際のところどうなんだろうか.そんなことばかりを考えて演奏を聴いていました.2006.8.22 22:50
August 22, 2007

日本からフィンランドへ行くと,乳製品の充実ぶりには驚かされます(一般的にヨーロッパの乳製品は充実しています).Valio(ヴァリオ)と Ingman(イングマン)がフィンランドの乳製品の二大メーカーです.お世話になっていますボスによると,Valioがシェア80%くらいを占めているそうです.ちなみに,ボスは骨の研究をしていますので乳製品会社とも関係が深く,Valioと一緒に研究をしたこともあります. このValioの牛乳パックには牛のイラストが描かれていて,とてもかわいらしいです.こんな感じです.イラストは季節ごとに変わります.夏場はサーフィンしている牛,冬はサンタクロースのソリに乗っている牛(決してソリを引っ張っているわけではありません)などなど.牛乳パックの色は脂肪分の濃度を表しています.左から,脂肪分3.5%,1.5%,1%,0%の牛乳です.この他,ラクトースフリーの牛乳もあります.イラストの牛たちはどれも同じように見えますが,実はそれぞれ名前が付いています.最近,名前の募集が行われ,4万通以上の応募があったそうです.その中から,Valioマーケティングの副社長Annikka Hurmeさん,監査委員会の副委員長Jaakko Rouhiainenさん,牛の漫画を描いているRosa Liksomさんの3人が選んだ名前とその選定理由は....3.5%脂肪の牛の名前「Mansikki」:日本語で「イチゴ」の意味.フィンランドの牛の名前としてポピュラーで,赤色パックの全乳にはぴったり.1.5%脂肪の牛の名前「Onnekas」:日本語で「ラッキー,気立ての良い」の意味.意気込みのある生活をおくっている若い女性にぴったりの低脂肪乳だから.1%脂肪の牛の名前「Heluna」:おばあちゃんの家で飼われている牛はいつもこう呼ばれていなかった?0%脂肪の牛の名前「Mimmi」:(特別な選定理由はないようです)最後に,Valioの会社の話を少しだけご紹介します.Valioは1905年,バターを輸出する酪農業者の協同組合として設立されました.最大の輸出先はイギリスだったそうです.ところが,輸送中に発酵が進んで品質が劣化するという問題がありました.これを解決したのが,Valio研究所にいたArtturi I. Virtanen博士です.バターをpH 6に調整して品質保全するという方法を開発して1929年に特許取得しました.一方,1920年代には冬期の家畜飼料が乏しく,牛乳や乳製品の品質が低下するという問題もありました.夏の間に干し草を作っても,異常発酵が進んで分解され,保存ができなかったのです.これを解決したのもArtturi I. Virtanen博士です.彼は,干し草に酸を加えてpH 4を少し下回るように調整すると細菌によるタンパク質の分解が抑制されることを発見しました.この方法は,博士のイニシャルをとって「AIV silage法」と名付けられ,1928年に公表されました.白いビニールでラッピングされた干し草が分かりますでしょうか.「AIV silage法」で保存されている干し草です.このような光景は日本を含めて全世界(特に北海道や北欧各地)で見ることができると思います.ビニールでただラッピングしているだけでなく,実は酸を加えてpH調整が施されているのです.現在では干し草の収穫,加酸,ラッピングまですべて機械で行えるそうです.「AIV silage」法は干し草保存の問題,冬期の乳製品の品質劣化問題を解決しました.これらの農業化学と栄養化学の研究と発見が認められ,Artturi I. Virtanen博士は1945年にノーベル化学賞を受賞しています.Valioは高品質な乳製品を開発する過程でさまざまな特許を取得し,これを元手に大きくなりました.現在では機能性食品の開発と販路の拡大に力を注いでいるようです.例えば,Valioは乳酸菌が体に良いということについてたいへん早くから気付き(1980年代初頭),研究をしていたようです.1985年,アメリカの研究者たちによって,人の腸内から新規の乳酸菌株Lactobacillus GG(LGG)菌が単離されましたが,彼らとコンタクトを取って商品化したのもValioです.フィンランドでは「Gefilus」のブランドで販売されています.この特許は世界各国のパートナー企業にも提供され,それぞれ独自のブランド名での販売を許しています.日本でも「LGG菌が入った」などと書かれた乳酸製品が売られていますが,もとを手繰ればValioの商品なのです.協同組合としてスタートしたValioは,現在ではもちろん株式会社です.しかしながら,経営陣の多くはいまだ酪農家であるという話を聞きました.また小さな酪農家たちが株式を分散して持っているため,いまのところ企業買収される心配もないのだとか.地に足が着いた経営です.2006.8.21 22:08
August 21, 2007

ヘルシンキでは Arabia(アラビア)のファクトリーショップにも行ってきました.アラビアはフィンランドの陶器メーカーです.ヘルシンキ郊外のアラビア通り近くで1873年に創業しました.シンプルながら北欧を感じさせるデザインの食器類をはじめ,衛生陶器(トイレの便器)まで作っています.このアラビア地区には,工場,博物館,ショールーム,ファクトリーショップが建っています.ファクトリーショップでは限定品や安価な2級品なども売られていて,観光客にも人気です.アラビア通り(Arabiankatu)と書かれた看板.「Arabiagatan」はスウェーデン語表記です.フィンランドではどこに行っても通りの名前がしっかりと書かれています.他の人に場所を伝えたいときにも通りの名前を言えば分かってもらえます.ファクトリーショップはこの煙突が目印.隣のガラス張りの建物がファクトリーショップへ向かう入口です.ファクトリーショップの様子です.白い値札は通常価格,黄色い値札は2級品の割引価格(どういう理由で2級なのか分からないくらいの些細な違いだと思います),赤い値札はセール中の特別価格です.建物の9階にはアラビアの博物館があります.アラビアデザインに興味のある方は行ってみてもよいかもしれません.入館料3EURです.フィンランドのキッチン周り製品といえば,陶器のアラビア,ガラス器のイッタラ(Iittala),金属器のハックマン(Hackman)を思い浮かべていたのですが,2002年,アラビアとハックマンの両社がイッタラの傘下となったそうです.アラビアもハックマンもイッタラのブランドのひとつになってしまいました.2006.8.20 22:09
August 20, 2007
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私が「Kahvila Suomi」を訪ねた数日後、フィンランドのテレビニュースでこのお店のことが報道されていました。映画に使われたことをきっかけに日本人観光客が押し寄せているというような内容でした。日本に帰国後、DVDを買って観ました。帰国して、何というわけでもないのに忙しい毎日、そして町中の騒々しさに辟易としていた頃に観ましたので、フィンランドののんびり雰囲気が懐かしくなりました。群ようこさんの原作「かもめ食堂」も買いました。群さんの軽快な文章が面白く、映画とは違った味わいがありました。
August 19, 2007

映画「かもめ食堂」をご存知でしょうか? 公式ホームページはこちらです.群ようこの「かもめ食堂」が原作.小林聡美,片桐はいり,もたいまさこ,という実に個性的な3人の女優が出演しています.ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」は,店主のサチエが作る「おにぎり」が看板メニュー.そこへミドリとマサコという訳ありげな日本人女性が転がり込んできて....という内容らしいです.撮影現場はもちろんフィンランド.映画スタッフたちもフィンランド人だったそうです.福岡では今年の4月1日が公開でした.フィンランド出発の日でしたので,いまだ映画を見ることはできていません.帰国したら見に行くつもりです.映画の撮影に使われた食堂がヘルシンキに実在するというので,訪ねてみました.ヘルシンキの中心からほんの少し離れた,アパートが建ち並ぶ通りにあります.この小さなお店が「かもめ食堂」.店前の道路は工事中でした.ここでの店の名前は「Kahvila Suomi」といいます.直訳すると「カフェ・フィンランド」.小さな店なのに大きな名前です.店内の様子です.地元のフィンランド人が普通にお昼ご飯を食べに来るようなレストランです.水色の椅子と腰板張りがかわいらしいです.この日,日本人カップルが1組(観光客でしょう),フィンランド語をペラペラと話す日本人女性が1人,店内にいました.フィンランド人にしてみればどこにでもあるようなレストランなのでしょうが,映画に使われて以来,多くの日本人が訪ねるようです.「カフェ・フィンランド」の名前の通り,店奥のレジに並んで注文と会計を済ませ,その後にテーブルに着くというカフェのスタイルです.ドーナツやコーヒーだけの場合は自分でトレイに取ってレジに並びます.食事の場合は,ナイフ・フォークや飲み物を自分で持って行き,テーブルで料理を待ちます.店の人たちはたいへん気さくで,観光目当てでやってきたような日本人でも歓迎してくれます.店内は基本的にすべてフィンランド語ですが,我々を見て店のおじさんが丁寧に応対して下さいました.「新聞にも載ったんだよ」と,Helsingin Sanomat(ヘルシンキの新聞)の記事をうれしそうに見せてくれました.我々が頼んだトナカイ肉の定食,イカリングとポテトの定食です.他にサラダとパンは取り放題です.映画の舞台となったことを思わせるものは,入口に残された「かもめ食堂」のロゴと小さなポスターくらいでしょうか.店内には,なぜか「御礼」と書かれた熨斗が額に入れて飾ってありました.レジにカードがあったので頂いてきました.フィンランド国旗をあしらったシンプルなカードです.2006.8.19 22:17
August 19, 2007

今朝は実験の材料が手に入らないことが急に分かりましたので,ヘルシンキまで買い物に出かけることにしました.帰国も近いのでお土産の買い出しです.急に思い立ったものですから,ヘルシンキ在住の知り合いの方々には連絡いたしませんでした.申し訳ありません.ヘルシンキへはフィンランド鉄道(VR)で行きました.VRの列車には「Pendolino(ペンドリーノ)」「InterCity」「InterCity2」「Express train」「Regional train」「Night train」があります.中でもペンドリーノは日本の新幹線のような存在です.これまで一度もペンドリーノに乗ったことがなかったので,今回,試しに乗ってみることにしました.最寄りのKupittaa駅に入線するペンドリーノです.車内の様子.ペンドリーノは全席指定です.遮音性の高い車輌になっています.Turkuからヘルシンキまでの所要時間は,ペンドリーノで1時間45分ほど.直線区間では最高速度165km/hにまで達するようです(車内のモニターに表示されます).一方,「InterCity」や「Express train」でも2時間ほどでヘルシンキに着きます.ペンドリーノとそれほど違いません.ペンドリーノは日本の新幹線のような存在と書きましたが,在来線と同じ線路を走ります.最高速度で走れる区間は短く,所要時間を短縮できないのだろうと思います.ヘルシンキに到着したペンドリーノ.ヘルシンキ駅で頭を揃えた列車です.隣のPasila駅からヘルシンキ駅までは,いわゆる盲腸線になっています.ですからヘルシンキ駅は行き止まりの駅.ターミナルという言葉がよく似合います.ちなみに,帰りは「Express train」でした.「Express train」の車内はこんな雰囲気.機関車で牽引される客車です.椅子はなかなか立派ですが,時代を感じます.トイレは水洗式ではなく,穴から地面が見えるタイプです.2006.8.18 22:06
August 18, 2007

帰国まで2週間になりました.もうこちらで使うことがないと思うコート,靴,本などを荷造りして郵送しておくことにしました.フィンランドの郵便局は「Posti」と呼ばれます.郵便制度はスウェーデン属国時代の1638年に設置されたそうです.1990年に独立採算が行われるようになり,1998年に郵便部門と電気通信部門が分割.2001年に株式会社化されたそうです.ちなみに電気通信部門は,携帯電話通信サービスで有名な「Sonera」という名の会社になりました.株式会社化されて経営の合理化が図られているのか,4年前に大学のそばにあった郵便局は姿を消し,町の中心の歴史を感じるビルの1階にあった大きな店舗は目立たない裏手へと窓口が移動していました.ゲストハウスから一番近いPostiです.交差点の角にあります.こちらが入口.夏季は平日8:00~18:00の営業です.局内の様子です.レターセットや絵葉書の他に文房具なども売っています.以前の滞在時にはムーミン切手を売っていたのですが,今は見かけません.郵便局前に立つ郵便ポストです.オレンジと青がイメージカラーなのでしょう.かわいらしいポストです.日本では1日に何度かポストの集配がありますが,ここは1日1回平日だけのようです.航空便には「Priority」と「Economy」の2つのクラスがあります.前者は優先的に配達してくれますが,後者は航空貨物の空きスペースを見ながらの積み込みになるので,少し時間がかかります.ホームページでは日本まで7~30日くらいと書かれていますが,これまでの経験では7~14日くらい.場合によっては,「Priority」クラスと変わらないくらいに早く届くこともありました.僕が郵便局に持ち込んだ荷物を計量してもらいましたら,20.8kgでした.「Economy」の取り扱いは20kgまでとのこと(ホームページでは30kgまで大丈夫と書かれていましたが...).800gくらい大目に見てくれればいいのに,こういうところはお堅いです.きれいに紐までかけていたパッキングを解き,本を3冊取り出し,19.9kgとしました.ちなみに,郵便料金は123.75EURでした.2006.8.17 22:45
August 18, 2007

ある方からリクエストを頂きましたので,久しぶりのカメラの話題です.こんなにカメラが好きになったのは,5年前のフィンランド滞在のときです.冬にオーロラの写真を撮りに行きたくて,極寒の中ではデジカメは使えないだろうと中古の機械式一眼レフカメラを買ったのがきっかけです.ドイツのカメラ屋から通販で買いました.ドイツ製のIcarex35(イカレックス35)という名のカメラボディにCarl Zeiss銘のレンズ3本がついたセットでした.でもあんまりきれいなので使うのが惜しく,次のカメラを探しました.Turkuにあるカメラ屋「Rajala Kamera」には中古カメラが並んでいます.足しげく通った結果,実用的でないカメラを含めて3台が買い増しされました.オーロラ撮影に持って行ったのは,その中の1台,日本製Pentax ME Superというカメラです.オーロラ撮影の結果からすると,デジカメでもきれいに撮れました.むしろ,Pentaxのフィルムカメラよりも良い写真が撮れました.これは,オーロラという難しい被写体の撮影が初めてだったために,現像するまで結果が分からないフィルムカメラよりも,その場で映像を確認しながら調節できるデジカメの方が都合よかったという理由によります.もちろんデジカメのシャッターをただ押せばオーロラの写真が手軽にきれいに撮れるというものでもなく,それなりに工夫はいたしました.こちらのサイトに僕のオーロラ写真を掲載していますのでご参照ください.前置きが長くなりましたが,ようやく本題です.今回の滞在ではフィンランドで中古カメラを買う機会がありませんでした.最近の円安ユーロ高のため,フィンランド国内の中古カメラは割高に感じます.しかしながら,なんでも良いからカメラが欲しいという欲求は抑え切れず,チェコのプラハで学会がありました折に現地で1台見つけてきました.ちなみにチェコの通貨は「コルナ」で,まだまだ物価が安く感じられました.チェコスロバキア製二眼レフカメラFlexaret Va(フレクサレットVa)です.1958~1961年頃に作られたものらしいです.本体上部の蓋を開けるとファインダーが現れます.覗いてみるとこんな感じ.カメラにはレンズが2つ付いていますが,上のレンズの像がここに見えます.左右逆の鏡像になっているので,初めは少し戸惑います.これで構図を決めて,下のレンズでフィルムに撮るという方法です.フィルムは幅6cmのロールフィルムを使います.6×6cmの正方形の写真を撮る中版カメラです.しっかりと付属品もあります.フード,フィルター,レリーズ,取扱説明書(チェコ語),35mmフィルムアダプタ(これを使うと,普通の35mmフィルムでも写真を撮ることができます)などなど.このカメラは,プラハの骨董品屋にありました.並んでいたのは本体だけだったのですが,尋ねましたらいろいろな付属品も一緒についてくるという話でした.破格値でした.カメラを専門とする骨董品屋でなかったのが幸いしたのかもしれません.Flexaretは東欧の二眼レフカメラとしては有名で,日本でもオークションなどにしばしば出品されています.でもここまで付属品が揃っているものはないです.カメラの状態もたいへんよく,レンズもファインダーもきれいです.ただシャッターが粘っていますので,写真を撮るには簡単な修理が必要です.どうしてこんなにきれいな状態で今まで残っていたのか不思議です.共産党幹部のようなお金持ちの男がカメラ一式を買ったもののそのまま死蔵してしまった.最近になって彼が亡くなり,遺族がカメラを骨董品屋に持ち込んだのだろうか,などと妄想してしまいます.実は,カメラにはフィルムが入ったままになっていました.日本に帰ったら現像に出してみるつもりです.何が写っているのか.外国で中古カメラを買うと,こんな楽しみもあるのです.蛇足ながら,二眼レフカメラのトップメーカーと言えば,ドイツのRollei(ローライ)でしょう.1920年の創業以来,いまだに二眼レフカメラを作り続けています.Rolleiflex(ローライフレックス)シリーズには多くのファンがいます.日本でもこの二眼レフカメラの大ブームが起きたと聞きます.戦後,安価で簡単な構造のRicoh製二眼レフカメラを模倣して,「四畳半メーカー」とも呼ばれた零細メーカーがたくさんの二眼レフカメラを製造したそうです.それぞれのメーカーがいろいろなカメラの名前を付けたので,カメラ名のイニシャルがAからZまで揃うと言われたほどです.カメラの話ということで長くなってしまいました.2006.8.16 22:45
August 16, 2007

日本では残暑厳しいお盆休みだと思いますが,フィンランドではもう秋の気配がします.木々の緑は深さがなくなり,紅葉の準備をしているようです.「花咲く木々5」のエントリーでご紹介しましたPihlaja(学名:Sorbus aucuparia,和名:セイヨウナナカマド)が実をつけてきれいです.大きな木です.実がたわわになっています(8月10日撮影).まだオレンジ色が強いですが,もうしばらくすると真っ赤になることでしょう.「鳥はこの実を食べますが,我々は食べられません」と以前に書いたのですが,その後,調べたところによりますと,どうやら食用になるようです.砂糖を加えてゼリーやジャムを作ったり,ナナカマド酒(ワイン)を作ったりできるそうです.日本のナナカマドの実が食用になるのかどうかは分かりませんので,試しに食べてみようと思われている方は注意してください.さらに妻が料理に使っているこのピンクペッパーは,セイヨウナナカマドの実を乾燥させたものらしいです.まったく知りませんでした.たしかにナナカマドの実の色と形をしています.厳しい冬の間,ナナカマドの実は野鳥の貴重な食糧源になります.森のベリーやキノコをたくさん収穫できた年は,せめてナナカマドの実くらいは野鳥たちに残しておいてやりたいものです.2006.8.15 22:07
August 15, 2007

フィンランドの秋の味覚といえば,ベリーとキノコです.これまでに何度もベリーについてご紹介してきましたので,今回はキノコの話です.ベリー類とともに,マーケット広場に真っ先に並ぶのが,この黄色いキノコです.名前はKantarelli(学名:Cantharellus cibarius,和名:アンズダケ).1リットルカップで量り売りされていて6EURでした.今年は雨が少ないので,まだちょっと高めかもしれません.フィンランドではたいへんポピュラーなキノコです.見かけはそれほどでもありませんが,味は非常に良いです.今日はキノコのクリームソースとして食べました.明日はバターで炒めてみるつもりです.2006.8.14 22:07
August 14, 2007

スーパーで粉末のベリースープが売られていました.パッケージを開けると小袋が2つ入っています.ボールに入れるとこんな感じ.2.5リットルの水または湯を注いで混ぜると出来上がりです.とろみのあるベリーソースとでも言えばよいでしょうか.日本のくず湯のようにドロっとしています.このまま食べてもいいですが,イチゴやベリー類を入れて食べると一層おいしいです.ホットケーキなどにかけて食べてもおいしいと思います.5年前,フィンランドで過ごした最初の冬,Ouluにあるボスの実家に4日間滞在しました.そのとき,ボスのお母さんがドロっとしたベリーソースの中にブヨブヨのイチゴが入ったデザートを出してくださり,初めての食感においしいと思ったことを覚えています.今から考えると,あれはこのベリースープに冷凍イチゴを入れたものだったのでしょう.今回ご紹介したベリースープは粉末ですが,始めから液体で,牛乳パックのような1リットルパックに入ったものもたくさん売られています.2006.8.13 21:40
August 13, 2007

日本ではゴミの分別がとても厳しい自治体があります.フィンランドでも,きちんとゴミ分別が行われているようです.ゲストハウスの庭にあるゴミの収集箱です.詳しくは分からないのですが,おおよそのところ,ガラス,金属,紙,その他のゴミという具合に分けているようです.ペットボトルやビール瓶などはデポジット制を導入していますので,リサイクルに出すとお金が戻ってきます.多くのスーパーには,このようなリサイクルマシンがあります.投入口にペットボトルや瓶を入れると,機械が自動で判別して返金額を積算してくれます.投入口の中の様子です.周囲のフィンランド人を見ていると,「こんなものも回収しているの?」と思うような瓶や缶を次々に投入しています.それでもきちんと判別しているようです.投入し終わると,こんなレシートが出てきます.330mlの小さなビール瓶2本で0.2EURの返金です.スーパーでレジに出すと,買い物の支払いの一部として使うことができます.バップや夏至祭などのイベントがあると,路上で夜通し飲んでいるフィンランド人を多く見かけます.こういう人たちはビール瓶をそのまま捨てていきます.捨てる人がいれば拾う人もいるわけで,翌朝,この瓶を両手にいっぱい拾い集めている人がいます.換金すればよいお小遣いになります.2006.8.12 21:33
August 12, 2007

ミュンヘンで開催された先日の学会に参加した学生のひとりが,バックパッカーとなってヨーロッパを北上し,フィンランドを訪ねてくれました.そこでお決まりのTurku城を案内しました.城内を見て回った後,芝生の広場に行ってみると,リスが跳ねていました.観察していると,どうやら松の実を埋めている様子.写真はリスが持っていた松ぼっくり(松かさ)です.日本で身近なのはクロマツやアカマツの実で,鱗状の松ぼっくりです.鱗片が開いて,翼を持つ種子が飛んでいきます.松の中には翼を持たない大きな種子をつけるもの(イタリアカサマツ,チョウセンゴヨウなど)があるそうで,リスが持っていた松の実はこれでしょう.この松の実はタンパク質や油脂を豊富に含むそうです.リスやネズミが食べるだけでなく,種々の料理にも使われます.僕も子供の頃に一度だけ,どこかで食べたのを覚えています.リスは松ぼっくりから実をひとかけらだけ取って,走っていって地面に埋めていました.僕が松ぼっくりの写真を撮っていると,戻ってきたリスが恨めしそうにこちらを見ます.松ぼっくりをリスの方へポイっと投げてやると,口にくわえて走っていきました.フィンランドでは,町中,公園,林など,いろいろなところでリスを見ることができます.いつ見ても,あまり賢そうでない雰囲気がかわいいです.2006.8.11 22:29
August 11, 2007
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