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8/29の日経産業新聞に気になる記事が出ていました。「瀬戸内海の『直島』世界が注目」という記事です。瀬戸内海に「直島」という島があるそうです。ここは日本人アーティストの現代アート作品の施設が点在する「ベネッセアートサイト直島」が世界的に有名で、観光客が年間20万人もやってくるそうです。直島は現代アートにさほど関心のない人でも再訪したくなるような場所だそうです。実際、ゴールデンウィークに訪れた人の多くが夏の宿泊予約をして帰るのだそうです。その理由は、風光明媚な瀬戸内の自然と現代アートが共存してきたという歴史とともに、観光客が快適に移動し、宿泊し、食を楽しめるような工夫がされているからだ、とありました。客の多くが快適な都会からやってくることを前提とした心遣い、一流ホテル同様のホスピタリティーが島全体にいきわたっている点が訪れる観光客に好感を持って受け止められている、とありました。なんか、すごくわかる気がします。うちは旅行というと北海道と長野にいくことが多いですが、北海道に行っても、長野に行っても、十分な心遣いやホスピタリティーを受けられるところって、なかなかなかったです。それが旅をつまらなくしていました。たとえば食事。北海道も長野も、食材は豊富でおいしいものがありそうなのに、旅館やレストランで出てくるものは期待はずれなものばかり。ご当地のおいしいものを食べたいのに、地物ではなさそうなものが出てくる。味がいけていない。観光客なんてリピーターで来てくれるわけじゃないんだからと、値段は高く、内容は適当なところで手を打っているようにみえるのです。何がほしいのか、察することができないなら聞いてほしい。顧客満足度を調査してほしい。交通は不便で、かつ車で本当に動きやすいかといわれるとそうともいえないところが大半。(止める場所とか、ユニバーサルデザインからは程遠いところがほとんど)反対にいえば、工夫次第で観光客は来ると思います。今の時代の口コミは方法がいろいろなので、情報はあっという間に伝わりますからね。顧客に「感激してもらう」ことができたらきっと顧客は口コミで宣伝してくれます。私でもそうです。でも、高いホスピタリティを提供する!ということを地域が意識しないと難しいでしょうね。
2007年08月31日
今日、友達がうちに遊びに来てくれました。2時間だけでしたが、パンなどを食べながらゆっくり話すことができました。食べながら話すと、気分もほぐれて楽しいです。お互いに育児をしているから、話も合いやすいし、ゆっくりだべっていると、今まで知らなかった面も見えてよかったです。わたしはときどき友達を招きます。掃除とか普段よりがんばってきれいにして迎えるので迎える前日は忙しいけど、いつも招いてよかったなと思います。Sさん、また来てね、待ってるよ。来週も友達を呼ぶ予定です。雨が降らないといいなあ。
2007年08月30日
Realforce とうとう買いました!Realforceというのは、プロ向けのキーボードです。高いんだけど、打ちやすさが断然ちがう!!ブログに英語の勉強に、キーボードはフル活用なので、高くても快適なものがいいと思ってだんなとヨドバシカメラに何度も通って、よりやすくて納得できる性能のものを探してきました。Microsoftのキーボードも形はユニークでいいんだけど、やっぱり打つときの指の感触が満足できない。ノートパソコンみたいなキーボードも打ちやすさに納得がいかない。触れる限りの機種を触ってみて、出した結論は「Realforceしかない!」というものでした。だんなは会社用のキーボードも買い換えたいといって、ほかのメーカーのものを買いました。しかし、うちに帰ってきてRealforceを使うと、「やっぱりちがう」といっていました。本当に快適です!このキーボードはほかのメーカーとかなり違った作り方をしているそうです。また、小指で押すようなキーはほかのキーより軽く押せるように作られています。その違いは明らかです。キーボードがサクっと押せるっていうか、力があまりいらなくて疲れないっていうか、とても打つのが楽しいです。買ってよかったです!
2007年08月29日
昨日丸麦のリゾットを作りました。豆乳を使ったクリームリゾットです。おいしかった!ごはんだけだと食がすすみにくいおねえちゃんも3回おかわりし、大人と同じぐらい食べていました。作った甲斐があった!とそのときは思いました。作り方は後でまた書きたいと思います。ところが、今日、おねえちゃんはうんちが3回出ました。いい硬さのうんちです。それは別に珍しくないのですが、そのうんちに丸麦がどっさり出てきました。それも、原型のままで・・・噛むと食感がいいんだけど、噛みにくいからそのまま飲んじゃうんだよね。。。それをみて、私はおねえちゃんに大麦を与えても便のかさを増やすことにしかつながらないのではないか、栄養的には利用されていないのではないか、となんか寂しい思いになりました。
2007年08月28日
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おねえちゃんは最近自分の意思をからだで表すのが上手になってきました。「向こうに行きたい」ときは足を上げて柵のところに足をかけようとします。ビデオが終わればビデオの方に手を伸ばして「んー」って催促します。おっぱいがほしければ手を合わせて耳のところに持っていって「ねたい(寝るときにはおっぱいをあげるので)」などなど。もう少ししたら言葉が出るかなー、と楽しみにしています。そんなおねえちゃんの好きな本。最近は繰り返し読むほど気に入る本になかなか出会えませんでしたが、やっと出会いました。「ノンタン おしっこしーしー」(キヨノ・サチコ 作、偕成社)「しーしーしー なんのおと?」ネコのノンタンが耳をすませています。「ぶたさんが ぶたさんが、おしっこ しーしー、おむつで しーしー」ぶたさんがねっころがってにこにこと舌を出しています。おちんちんからはおしっこがぴゅー。出てくるキャラクターがにこにこで見ていてこちらもにこにこしてきます。明るくて、おねえちゃんは大好きです!読むときも音楽のようにリズムをつけて読めるので、楽しいですよ!赤ちゃん版となっていて、0歳からでも楽しめると思います。大きさも小型本で、厚みもあまりなく、持ち運びにも便利です。0-2歳くらいのお子様にお勧めです!
2007年08月27日
生産性の定義は、生産性=(仕事アウトプットの質×仕事アウトプットの量)÷労働時間であるそうです。では、育児をしている私はどのように生産性をあげたらいいのか?めぐとの時間を多くとり、勉強時間も多くとりたい。家事も問題がおきない程度には片付けたい。そんなの無理、なんて思わずにむだなことをやっていないか振り返るって、大事だと思います。そうやって考えると、結構出てくるものです。たとえば、ブログを書くときにWordで書いてからコピーする。ブログのサイトに直接書いて書き終わった後、間違えて、もしくはめぐに変なキーを押されて最初から書き直し、というはめに陥ったことは何度もあります。そういう無駄な時間をできるだけ減らすように意識的に考えたいものです。あとは、めぐの安全に気をつけて、病院にいかなくてもすむようにする。病院にいくとそれだけで半日以上つぶれますよね。また、私は5階に住んでいますが、物を落として下にとりに行くのも、時間をかなり必要とします。(取りに行っても1度で住人がいるとは限らないので、何度もいくはめになる)そうやって意識的に日常を過ごすと、今後仕事に戻ったときにも役に立つだろうと思います。
2007年08月25日
今日、めぐにPCを壊されそうになりました。CDを入れる部分が開かなくなったのです。あせった~PCから操作したらあいたのでほっとしました。PCはわたしにとって生活必需品で、ネット以外にも、PCで音楽をかけたり、DVDをみたり、英語を勉強したりとフル活用です。なので、ついたたいてしまいました。めぐも壊そうとして壊したわけではないのはわかっているんだけど・・・あいたりしまったりするのが面白いだけだとはわかっているんだけど。「もう触っちゃだめ!」その後、めぐは怒られたことと眠いのとで泣き続けました。機嫌の悪い私は「一人で寝ていいよ!」って言っていましたが、ずっと泣き続けるので、根負けしました。そして、おっぱいをあげていたらそのうち寝てしまい、結局お外にも水遊びも今のところできずじまい。そんな風にして一日がいつの間にか過ぎていきます。
2007年08月24日
「心の時代」といわれて久しいですね。自分が納得がいくと思えば、お金をかけてでも投資する。海外旅行とかもただ遊ぶだけではつまらない。自分を見つめる、見つける体験がしたい、という人って多いのではないでしょうか。それとは裏腹に、社会が求めるものは厳しくなって、疲れ果てる。休むまもなく、厳しい条件の中でやるしかないと、とにかくもがいている。情報が多くて、決断することが多くて、自分が進んでいる道が本当にこれでいいのか、このままでいいのだろうか、と悩んでいる人が増えているような気がします。すくなくとも私自身はこのままもつだろうか、と不安になりながら、仕事をしていました。めぐを出産するために家にいるようになって、本当にほっとしました。走り続けてきたことから解放された感じでした。出産という大義名分があるので、家にずっといても「なまけているのではないか」と自分に責められることもないし、そういう意味ではめぐは私にある意味休みをくれました。ゆっくり考える時間をくれました。ほかの意味では「24時間365日無休」という、大変にハードな日々が始まったのですが。「心の時代」というのは裏返してみると「このままでいいのだろうかと疑問を持つ時代」のように思います。 今日の写真はセミです。こちらでは夜になると虫の音が聞こえるようになりました。虫の音って、こころを落ち着けてくれるような気がします。季節の移り変わりを感じるこのごろです。
2007年08月23日
私の好きな「神との対話」という本に、このような文章が出てきます。 神「あなたがたは他者が歩む因果の道を、善いとか悪いとか判断してはならない。成功をうらやまず、失敗を憐れむな。魂の決算のときがきたら、何が成功で何が失敗になるかわからない。物事を災難とか、喜ばしい出来事とかいうのは、それをどう活用するかを決めてから、あるいは見届けてからにしなさい」(P65)私は人生において、回り道ばかりしてきた気がします。短大も1年留年し、その後入った看護学校(3年制)は5年いて、結局退学しました。介護の仕事も1年でやめてしまったので介護福祉士の資格も取れませんでした。そんなこんなでうまくいかなかったと思うことばかり。その後も正社員になった経験もなく、今は子育てのために専業主婦。看護学校に高校卒業後すぐに入っていたら、とか、短大を留年するきっかけとなった宗教のトラブルがなかったら、とか、短大卒業後正社員になっていたらもっと満足のいく人生だったのではないのかと思うことがあります。それでも、見方を変えると、なんとたくさんの経験を短くとも体験したことだろうと驚くことがあります。どちらかといえば研究職にむいているだろうと自分では思うのですが、販売、営業、接客、介護、看護、製造、そして事務。こんな人生でなければありえないほどいろいろやってきました。きっとそれが全て農業で起業するときに、そしてその後の人生に何らかの形で生かされるのだと思います。何が成功で何が失敗になるか、わからない。魂は自分の課題に必要なことが全てわかっている。全ては自分らしさを十分に実現する道、真の自分にふさわしい存在になる道を歩むための経験なのだ。そう信じて日々を歩みたいと思います。
2007年08月21日
めぐは1歳10ヶ月。最近は私のやることに興味しんしんで、まねしたがります。今日はうんちをしたあと、お尻をふきふきしてきれいにし、やれやれと思ったら、めぐがティッシュをとってきて、自分のおしもを拭いていました。そして、そのティッシュで私の洋服をきれいきれいしてくれたのです・・・。やらなくていいー!!髪を切ったときも、くしできちんと結んだ私の髪の毛を梳かしてぼさぼさにしてくれました。めぐはやってくれたことをやってあげているだけなのですが、やらなくていいー!!そんなことの繰り返しの毎日です。なんにせよ、めぐにとっては一生で初めてのことばかり。面白くてしかたないから、やってみたいというのはしょうがないんですよね。わかってはいるけど、勘弁してほしいと思うことが多いです・・・。写真はうちのひまわりです。もうかれてきていますが、きれいだったころを写真に撮りました。葉が痛んで、あまり大きくならなかったです。でもって、お日様のほうばかり向いているので、こちらには顔を向けてくれないのが、さみしかったです・・・
2007年08月20日
私は「神との対話」という本が大好きです。何度も繰り返して読んでいます。私は農業を志しています。それは全く未知の分野で、どうなるのか、どうなっているのかわからないブラックボックスの中に入っていくような気分です。でも、私はこう信じるようにしています。「神は必ず求めるものを与えてくれる」まだまだ未熟で、そうできていないことも多々あります。でも、そんな根底の信念をもっていると、宇宙が変わると信じます。神様もこういっています。「何かを求めたり願ったりしたら、望んだことがかなう可能性は非常に小さい。なぜなら、「欲求を陰で支えている思考」というのは、「望みはかなっていない」という思いだから。そちらのほうが現実になるのだ。支えとなる思考のなかで、「望みがかなっていない」という思いよりももっと力強いのは、「神は必ず求めるものを与えてくれる」という信念、それだけだ」(P34)私は時々モーセに思いをはせます。モーセはエジプトで当時の権力から虐げられていた多くの仲間を引き連れて「約束の地」へいこうとしていました。ところが、敵の軍隊が逃がすまいと後ろから来ていて、絶体絶命。そんなときにモーセは神に祈りました。「紅海に道を作って通れるようにしてください!」モーセは神様を信じ、力になってくれることを確信していました。ありえないことがおきました。道ができて、みんなが通った後には海は元通り、敵は追ってこれませんでした。私は絶体絶命の状況で「必ず道は開ける」と確信をもって進めるだろうか。紅海は開く、と信念をもてるだろうか。まだまだそこまで信じられない自分がいます。
2007年08月19日
永田農法で栽培した米の頒布会というのがあるそうです。精白米でも玄米でも2kg3675円、5kg7129円で1ヶ月1回合計12回送られてきて、一年間解約はできないそうです。5kg7000円・・・。うちでこのお米を毎日食べたらお米代だけで1ヶ月3万円にもなってしまいます。でも、このお米がいいという方がいる、この値段でも買い手がつくと、見込んでいるのでしょう。トマトジュースも販売されていました。180ml×12本セットで7140円だそうです。一本約600円です。た、高い・・・。でも、永田農法で作った、糖度9度以上のトマトが1本当たり3個使われているそうです。永田農法とは有機農法ではありません。植物の生命力を最大限に引き出す農法です。水も肥料も抑えられ、極限状態に追い込まれた植物は毛細根を地表近くに繁茂させてたくましく成長し、少ない養分を必死に吸収します。お米では茎が太くて短いために、台風にあおられても倒れずにぴしりと直立しているそうです。雑味のもとになるたんぱく質含有量が極端に少なく、お米が健康だからヌカまでおいしいそうです。私たちは脱サラして、農業をやるつもりですが、この農法ができるようになるのが目標の一つです。なぜなら、味がいいと聞いたからです。特にトマトなどの高原少雨地帯が原産のものはこの農法だと本当においしくなるそうです。おいしいものを提供したい。安心できるものを提供したい。環境に負担をかけないものを提供したい。だから、収穫量を追わず、おいしさを極めるこの農法をやってみたいと思っています。値段をつけるのは農家の裁量です。この野菜はこの値段を払ってでも食べる価値がある!と思えるものをつくりたいと思います。
2007年08月18日
15日に銀座高島屋で20日までやっている「長野フェア」へ行ってきました。5月にお世話になった「信州せいしゅん村」(詳細はこちら)http://www.murada.com/info/info-top.htmlのむらおさが来ていると聞いたからです。「信州田舎暮らし」が今回のテーマのひとつで、それの代表として相談などに対応するために来たそうです。久しぶりにむらおさに会って、楽しいひと時を過ごしました。夏祭りが大成功だったこと、今回のフェアや資料の後援が「長野県農政部」と「長野県観光部」の両方であること、それが画期的なことなんだよ、って熱く語ってくれました。ずっと「本当にうまくいくんかいな」と腕組みしてみていた行政が力を貸してくれるようになったこと、縦割り行政が連携して支援するようになったことはきっと大きな前進なのだと思います。そして、農業では植物は子孫を残すのに必死なんだ、という内容で、こんなエピソードを話してくれました。「今年はオクラが出来が悪くてね、いつもの背丈の1/3しか伸びなかった。オクラは普通、横に実をつけるんだ。でも、今年は背丈が伸びなかったから、それでもオクラは必死に実をつけたんだよ、一番上に。それを見たら感動したよ」「植物は自分の種が一番充実したときを教えてくれるんだよ。まだ充実していないときは果実は食べたってうまくないんだよ。植物は充実したそのときに食べてほしいから、サインを出しているんだよ。十分種ができて、それっていうときにおいしくなるんだ。食べてもらって、子孫をまいてもらうために。自然はうまくできているんだよ」そして、こんなことを話していました。「こういうことを消費者にもっと知らせないといけないんだよな。ほっとステイできた子供たちが野菜を食べると感動して帰ってくれる。そういうのをもっと広げないといけない」私もそう思います。農家にとっては当たり前のこと、または農家は日々感動しているけど、特に伝えることもない、そういう状況から一歩抜け出し、農家の情報がもっと消費者に届くといいと思います。農業を共有する状態は消費者にとっても喜びであり、農作物に愛を感じるようになると思います。また、農業についてくもりのない真実を伝えることは今後の農業の発展を考えると必須だと思います。そして、伝わるように伝えることが大事だと思います。そういうことを感じるために体験するために農村に訪れる人が増えますように。関心のある方はぜひ8/20までに銀座高島屋 8Fに行ってみてください!
2007年08月17日
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多くの皆さんはお肉、きっと大好きでしょう。健康維持に苦労してタバコやお酒を減らしたり、炭水化物や間食を減らしたりしたという人はいても、お肉や卵、牛乳や乳製品、お砂糖を控えよう、玄米を食べようなんて、考える人はあまりいないことでしょう。お肉は良質の蛋白源で、ビタミンも含んでいるし、牛乳はカルシウムの宝庫だし、卵はほぼ完全栄養食だから、身体にいいと思っている方は多いと思います。「何を食べるべきか」(丸元淑生 著、講談社α文庫)という本があります。この本の著者は栄養学ジャーナリストです。その著者がいわゆる「生活習慣病」がなぜ減らないのかをさまざまな文献から導き出したのがこの本です。P230「肉を多くとる食事は脳梗塞や心筋梗塞などの血栓症のリスクを高め、逆に魚を多くとる食事はリスクを下げるだろうと考えられた。伝統的な日本の食事は、肉をあまりとらずに沿岸魚を多く食べるところに特徴があったのだが、そういう食事をしていれば血栓症は少ないということになる。しかし、肉を多くとるようになれば、それと歩調を合わせて血栓症が増えるはずで、実態はどうかというと、まさに歩調を合わせた増加をしている。(中略)血液についていえば、肉にふくまれている脂肪は体温下でも固体状をなしている飽和脂肪が多いのでくっつき合って抹消循環を悪くするうえに(中略)血小板の凝集が促進されて、いよいよ流れの悪い粘度の高いものになるのだ。そうした調節の不調が、西欧型の病気の基盤にあることが、明白になってきたのである。(中略)この日本人の数値が米国人のそれに近づいていけばいくほど、栄養が関連した病気による死亡率の両国の差はなくなっていくだろうと、研究者は述べている。(中略)この30年のあいだで、(日本人は)前立腺ガンは5.7倍、肺がんは5.3倍、すい臓がんは5倍、大腸がんは4倍も死亡率が高くなっている」伝統的な日本食(精製されていない米、大豆、青菜、大根、果物、いわしで組み立てたれていたような食事)であれば、からだに必要な栄養素が取り込まれていたようですが、それが失われつつある現代の日本食で生活している私たちのガンの発生件数は増える一方であり、ガンや生活習慣病の重大な原因のひとつに食事が関係するというのは十分うなづける話だと思います。ガンを取り除くことよりもまず食事を見直し、伝統的な日本食を食べることが治療や防止に必要だと私は思うのです。家畜から作られるもの、油を多用する食事を食べるのを控え、野菜と豆と精製されていない米を多く食べることが健康で長生きする秘訣のひとつだとはっきりいえると思います。
2007年08月16日
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「治療は大成功、でも患者さんは早死にした」(講談社)という刺激的なタイトルの本があります。書いたのは岡田正彦、新潟大学医学部教授で、病気の予防・長寿科学を専門としているそうです。この本は科学的な研究データを重視した本です。つまり、経験上、または常識で「こうしたほうがいい」と言われていることも、科学的な研究データで証明されていないことは疑わしい、とする立場から書かれた本です。多くの方は、きっと健康で、または病気を早期治療して、生活の質を下げずに長生きしたいと思っていることと思います。私もその一人です。健康で長生きするために、常識とされている治療(たとえばガンになったらガン部分を切除するとか)は本当に寿命を長くしてくれるのでしょうか?健康診断を受けることは自分の寿命を長くするのに有効な手段なのでしょうか?病気の治療についての効果はどこまで解明されていて、現在の治療は本当に自分の寿命を長くしてくれるのでしょうか?そんな疑問の一部に応えたのがこの本です。その中に、がん治療について書かれた一節があります。(P157)「結局、ガンになった場合、治療を受けて長生きできるという証拠はほとんどないことがわかりました。強いていえば、一部の乳がんでホルモン療法が少し有効かもしれないという程度でした。また、ガンの進み具合によっては放射療法が効くかもしれません。しかし、一人一人について進み具合を正確に判定することはできませんから、実際には役に立ちません。ガンになっても、あわてて治療を受けたりせずに、よく考えてからにしたほうがよさそうです」乳がんの例をみてみますと、乳がん手術時に転移がなかった人たちだけでみると、どの調査でも抗がん剤の有効性は認められていないそうです。また、抗がん剤の量が多くとも少なくとも寿命に全く差がなかったそうです。その理由のひとつには効果と副作用が相殺されているのではないかと考えられると著者はみています。また、放射線療法を受けることによって、乳がんそのものによる死亡は確かに減少しているが、しかし、薬物治療の場合と同じで、別の原因による死亡がかなり増えてしまう、結局、多数の調査を平均してみると、放射線治療を行っても寿命は変わらないという結論になる、としています。手術をすることの有益性について調べた調査論文は、手術をしないという選択肢を取る人がいない、それが有益であると考える人がほとんどいない、という理由で、調べようがないようです。でも、読んでいるとだんだん、手術することも意味があまりないのではないか、という気持ちになってきます。少なくとも、現在有益といわれている治療法のほとんどは寿命を延ばしてくれる結論が出ていないものばかりだとわかりました。ガンという(自分が受け入れられない)存在を身体から切り取り徹底的に殺す、というのが身体に本当によいことなのか、本当に必要なのか疑問であることがわかりました。
2007年08月14日
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最近わたしが読んでいる本にガンをどう扱うか、どう考えるかという内容が出てきました。それぞれの著者の背景はかなり違います。一人は予防医学、長寿科学の専門医が医学的見地から。一人は身体に望ましい食事を研究している栄養学ジャーナリストが栄養学の見地から。そして、一人は「神との対話」の著者がスピリチュアルな見地から。なのに、言っていることは「手術をすることが本当にいいことなのか、ほかにやることがあるのではないか」という、大きな意味で似通っているメッセージがあります。今日は「神との対話」シリーズの中の「神との友情」に出てくる、ガンについての部分を引用します。ガンを治療するとはどういうことなのか、考えさせられました。 長いですが、ぜひ読んでください。著「みんなが同じ身体の一部なら、何かが、あるいは誰かが「ガン」だと思ったら、どうなりますか?どうすればいいんですか?それが聞きたいんです」神「ガンを治そうとしたらどうだろう」著「といいますと?」神「愛そうと試みることもできるよ」著「でも愛に応えないものや人もいます。ガンを治すというのは、時にはそれを殺すこと、身体から切り取ることなんです。治そうと思うのはガンではなくて、身体ですから」神「身体には治療の必要がないとしたら?」著「えっ?」神「あなた方は残虐行為や殺戮行為までも、自分が生き延びるためという理由で正当化している。だが、そうするとべつの問題が起こるね。前にも行った、人類の行動の根拠となっている第二の危険な考え方だ。ここで、輪を閉じることにしよう。そのガンを退治しなかったら、どうなると思う?」著「わたしは死にます」神「すると、死を避けるためにガンを切り取るのだね。生存の問題だね」著「そのとおりです」神「ひとがひとを殺すのも、ある集団全体を虐殺するのも、ある集団や少数民族全体を追放するのも、同じ理由だね。自分たちはそうしなければならない、自分たちの生存の問題だと考えるからだ」著「そうですね」神「だが、いいかね。生き延びるためにしなければならないことは何もない。あなたがたの生存は保証されている。あなたがたはこれまでも、いまも、これからも、終わりのない世界に存在する。あなたがたの生存は希望ではなく、事実だ。約束ではなく、現実だ。あなた方は想像上の地獄を避けるためだと考えて、生きながらの地獄を創造してきたのだ」(中略)神「...あなたがより大きな生命のかたちを保持するために、ガンを切り取る存在であれば、あなたがそれを示すだろう。ある人々のグループは自分たちとちがうから、あるいは自分たちに同意しないからガンだと考えるなら、それを示すだろう。事実、あなたがたの多くはすでに示してきた。今度は、生命をまったく別の見方で見てごらん、といっている。生命とは、つねに変化するプロセス以外のなにものでもないと考えてごらん、と言っているのだよ。こう考えてごらん。すべてはつねに変化している。あなたもふくめて。あなたが変える者であり変えられる者だ。あなたは変化しながら、自己の変化とまわりの世界の変化を引き起こしている。(中略)生命(人生)はすべて再創造のプロセスだ!これが神の大きな喜びだ。神の再創造であり楽しみなのだよ!あなたの人生にとって、このことの意味は大きいよ。そう考えれば驚くべき事に気づくはずだ。あなたは変化以外の何もしていない。成長以外の何もしていない。どう変化するかはあなたしだいだ。何に向かって成長するかはあなたしだいだ。だが、あなたが変化し成長するという事実は疑問の余地がない。それは与えられている。それが現実だ。それが生命だ。それが神だ。それがあなただ。----「生命、神、あなた」=「変化するもの」(引用:神との友情P188から、ニール・ドナルド・ウォルシュ 著、サンマーク文庫)長くなりましたが、神様はガンをもつ自分を含めて(わたしは大小を言わなければ誰だってがん細胞を持っていると思います)生命はつねに変化している、自分はそういう存在なんだ、って言っています。この意味って、自分でも難しくて、消化しきれないのですが、ガンを持っていると、体調が変わってきたりしますよね。痛みも出てくることだってあります。でも、ガンを変化させる力だってもっている。ガンを持ちながら自己が成長することもある。その状態って一定じゃないよ、それが生命なんだ、っていっているんだと思うのです。神様は「身体には治療の必要がないとしたら?」と問いかけています。「愛そうと試みることもできるよ」と語りかけています。自分は自分が相容れないものを切り捨てる存在なのか、ガンをどう捉えるのか、それが問われるっていうことだと思うのです。次回、次々回と予防医学と栄養学の見地からがん治療を引用しようと思います。
2007年08月12日
最近、暑くて暑くて・・・できるだけ冷房を使いたくないので、冷房の効いた場所に行ったりもしますが、暑いからか、めぐは外に出たがりません。なので、涼をとるために最近「水遊び」を毎日しています。お風呂場でばちゃばちゃ。多いときは一日2回やっています。あとは、めぐを防水シーツに寝かせて髪をぬらしたり、ぬらしたタオルで体を拭いたり。これが結構すっきりするので、めぐを拭いた後私も拭いています。そして、アイスのんを使ってめぐを寝かせたり。でも、めぐはアイスノンからすぐに頭が離れてしまうのですけど。遮熱カーテンも、結構効き目があります。風は通りにくいですが、木陰にいる感じで、高かったけど買った価値があった感じです。何とかして、冷房を使わないようにあの手この手の毎日です。
2007年08月10日
私はプラン・ジャパンhttp://www.plan-japan.org/home/を通じて、発展途上国の子供とその家族、地域を支援しています。先日、インドのチャイルドからお手紙が来ました。インドについてはこちらをご覧ください。http://www.plan-japan.org/home/country/cop_indi.htmlインドはヒンディー語が公用語ですが、チャイルドは書けないみたいで、現地語であるテルグ語で書いてきます。不思議な文字ですね。ちょっとまねするのは難しいです。今回は絵もつけてくれました。鳥と月と家と花が描かれています。向こうの家はこんな感じなのかな。絵があるとちがいますよね。なんか、言葉では伝わらないものが伝わるっていう感じ。めぐが大きくなったら絵を描かせてコミュニケーションできるかなあなんて、今から楽しみにしています。
2007年08月09日
最近私が読んでいる雑誌「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」のNo5、タイトルが「早期教育・しつけ・おけいこで迷ったとき」となっているのですが、そこにこんな記事がありました。「こどもの性格や能力などは、三歳までの育て方で決まる」という現在の風潮を考えさせられました。少し長いですが、引用します。「三つ子の魂百まで」の二つの意味 (P.32)諺は生きもので、そのときどきの時代の気分を映している。また、時代の中で意味合いが変貌する。「三つ子の魂百まで」は、その典型例であろう。現在この諺は、「こどもの性格や能力などは、三歳までの育て方で決まる」という意味に解され使われている。たとえば、ある保健所が若い母親たちに配布したパンフレットに、次のように書かれていることをみても、それがわかる。「三歳児は育て方によっては、よいほうにも悪いほうにも変わってしまうのです。(中略)三歳児の精神身体の養育が以下に大切であるか、"三つ子の魂百まで"という古来から一般に知られていることわざが、これをよく示しています」ところがこの諺にはもうひとつ別の意味があるのだ。ためしに広辞苑をひいてみよう。そこにはまず、こうある。「幼いときの性質は老年まで変わらぬことのたとえ」この「幼いときの性質」という表現には、「もともともって生まれた」という意味が含まれていると考えてよい。つまり素質や性分を重視する考え方である。私が折々に調べたところでは、40歳くらいを境として、それより上の人々はこの諺を「もって生まれた性分」という意味合いでよく使うが、それより下の若い人々は圧倒的に「小さいころの育てられ方」という意味に解釈している」小さいころの育てられ方がその後を決めるという考え方はまだ日が浅い考え方、ともいえるのではないでしょうか。だから、こどもの性格や能力は、三歳までの育て方で決まる、3歳までに多くの人に受け入れられる性格にしないと、とか、塾や習い事に行かせないと能力が発揮できない、なんて強迫観念に駆られる必要はないと思います。(もちろん、塾に行かせるメリット、たとえば友達ができるとか、親が気分転換できるとか、もいろいろありますので、行かせること自体は悪くないと思います)私は、子育てをもっとゆったり考えていきたいと思います。
2007年08月08日
あいだみつをさんが書いた作品集に出てくる言葉で、最近好きな言葉を紹介します。 「あの人 何人か集まればあの人はいつもお茶当番立ち居ふるまいは控えめだが身のこなしの早いこと 話が始まればいつも聞き役やさしい微笑をたたえて大きくうなずくだけあの人はいつの集まりでも自分ではほとんどしゃべらないしゃべらないけど明るい栃の木の、あの大きな葉のように そして・・・しゃべらないあの人がいないとなんともつまらないその場がさびしい 「話し上手より聞き上手」聞き上手のチャンピオンそれは観音さまあの人はみんなの観音さまだ」 自分はいろいろ知っていて、それはほかの人も知ったらきっとよいことだと思うことがあって、知らせたいのにうまく話せない、と思っていました。どうしたらいいのかと考えていたときにたまたま開いたページに出ていた言葉です。きっと、私の魂からのメッセージなのだと思いました。
2007年08月06日
私はおねえちゃんにあまり期待しないようにしています。期待しないので、お教室にも連れて行くつもりがありませんし、ほかの子が走れてもおしゃべりできても、トイレトレーニングを始めていても、私は特にあせらないようにしています。ほかの子より優れること、人並みであることを期待しないようにしているからです。もしおねえちゃんが障害児だったとしても、健康に育たなかったとしても、すばらしい才能があるようにみえなかったとしても、おねえちゃんをあるがままに受け止めていきたいと思うのです。お稽古事や学習教材を進めるセールスマンには「もしやらなかったらお子さんにうらまれてしまいますよ」と言う人もいるそうです。私はうらまれてもいいと思います。私が取る選択肢が本当におねえちゃんの才能を伸ばしているのかなんて、誰もわからないし、人並みにできるということも特に願っていません。わたしはおねえちゃんが持っている運命を真摯に受け止めて、一生懸命生きていってほしいと願うだけです。
2007年08月05日
おととい、だんなの実家である北海道から帰ってきました。だんなの実家は老夫婦二人暮しです。老夫婦二人暮しは何かとセールスにつけこまれやすいので、ナンバーディスプレイができるタイプの電話機を設置したり、おかしなことが起きていないか、チェックをするようにしています。今回は、新聞屋さんで問題を見つけました。新聞の契約が平成99年99月99日まで、となっているのです。見つけただんなは「なにこれ」とみつめて、私に見せてくれました。そして、父に「これはおかしいよ」と話しました。私たちがいる間に契約の変更をしてもらうように段取りをして、新聞屋さんにきてもらいました。新聞屋さんは「慣習ですから」とか「契約した担当者がもう退職してしまいまして」とかいろいろ弁解していたようです。でも、誤解を招く契約はやめてほしいものです。とりあえず、1年契約にしてもらったようです。ほかにも新聞契約をしていて、それには平成23年度まで契約がされていました。それもおかしいような気がします。なんで4年も先の契約がすでになされているのでしょう?今度行った時にその新聞販売店にも電話をしないといけないかもしれませんね。老夫婦を食い物にするセールスが横行しているので、心配はつきません。
2007年08月04日
昨日までだんなの実家に行ってきました。両親が高齢(80歳と78歳)なので、毎年夏と冬に帰省して、様子を見ています。問題があれば解決できる範囲で解決してきます。 北海道なので、こっちより気温が10度低い感じです。向こうでは長袖をずっと着ていました。それでも寒いときは寒かった・・・。まだめぐが小さいので、旅行を楽しむというところまでいかないのが残念ですが、車窓から雄大な景色を眺めてきました。広がる畑、どこまでも続く森、だだっぴろい沼、さすが北海道です。泊まっている間は特に北海道を満喫する機会はなかったけど、気温だけは満喫できたかな。向こうでは3泊してきました。義理の母が弱っているので、落ち着かなかったというのはあるけど、義理の父はとてもよくしてくれて、煮物とか作ってくれて、精一杯もてなしてくれました。でも、全部を準備するのは大変そうで、どうしても惣菜を買うということになるので、それなら食べたいものを食べようと、毎回、楽天でなべセットを注文して送っておきます。今回はきりたんぽなべとちゃんこ鍋。父がとても喜んで、たくさん食べてくれました。そして、「うちでもこれを作ろう」っていってくれて、うれしかったです。お母さんの様子も観察し、わたしのできる範囲でお世話をしてきました。お母さんは年々弱っていて、介護保険の対象なのですが、母は介護保険を理解できず、利用を拒否します。父は介護保険を理解していて、使っている人からも話を聞くなど情報収集を欠かさないのですが、母の意志を尊重しています。父がどこまでがんばれるか。父も「怒ったら負けなんだ」といいながら母の世話をしていますが、お母さんはもう理解できないのだから、どこかで決断できるといいなあと思いながら帰ってきました。
2007年08月03日
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