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3枚の写真は、1969年6月に小手指検車区で撮った西武鉄道の電気機関車です。 パンタグラフ1基が真ん中にある機関車は、E41形のE41です。元々は、青梅鉄道が1926~1929年に英国のイングリッシュ・エレクトリック社へ発注・輸入した4両の電気機関車のひとつで、その後国鉄を経て1950年に西武鉄道へ導入されたものです。 E41と同じ形をしていて、2基のパンタグラフが付いている機関車は、輸入された4台のE41形機関車の一つで、E44です。国鉄ではED36形2号機でしたが、1950年に西武鉄道に導入され、E41形のE44とされました。 平面図にすると四辺の角を面取りした八角形の車体形状となっている機関車は、E51形のE51です。元々は、スイスのブラウン・ボベリ社とシュリーレン社が合同で製造した機関車を国鉄が1923年に輸入したED12形電気機関車でした。1949年に西武鉄道に譲渡されたものです。
2025.12.31
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2枚の写真は、1969年6月に小手指検車区で見かけた西武鉄道の電車です。 2編成写っている写真の向かって左側は、西武501系電車です。西武鉄道初の新型車両として、1954年に登場しました。国鉄80系電車に端を発する湘南型デザインが採用されました。このデザインは、この後30年以上にわたって西武の通勤形車両の標準仕様であり続けました。 2編成写っている写真の向かって右側は、西武701系電車です。1963年から1967年にかけて新製された西武鉄道の通勤形電車です。車体塗装は従来車と同様にディープラズベリーとトニーベージュの二色塗りのいわゆる「赤電」塗装が採用されています。701系の制御車の台車には、国鉄払い下げ品である省形釣り合い梁式台車改造のTR11Aを装着しています。 1編成単独の写真は、西武311系電車クハ1311形のクハ1324です。西武311系は、第二次世界大戦中の空襲等によって被災した車体長17 m級の国電各形式を戦後国鉄より払い下げを受けて復旧の上で導入された車両と、国鉄払い下げの木造車の台枠を流用して車体を新製した車両に別けられ、1946年から1953年にかけて増備が行われました。写真のクハ1324は、国鉄より払い下げを受けた木造車の台枠を流用して車体を新製し1953年に登場したものです。
2025.12.30
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写真は、1969年6月に、小手指検車区で見かけた西武101系電車です。 西武101系電車は、1969年に登場した西武鉄道で初めての黄色い車体を採用した通勤形電車です。1969年10月に開業予定の吾野駅と西武秩父駅とを結ぶ西武秩父線の開業に備えて、山岳路線を走行するための高出力・高ブレーキ性能の車両として1969年3月に西武101系の最初の2編成が営業運転を開始したばかりの頃にこの写真を撮りました。
2025.12.28
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写真は、1969年6月に、池袋神戸銀行裏に展示されていたクラウス10形17号機です。 当時、クラウス10形17号機は、西武百貨店(池袋店)で行われたオークションの目玉商品として出品されました。個人が落札したものの、資金を都合できず、別の個人が落札し、1969年10月に鶴見の麒麟麦酒専用線で公開運転されました。1970年の大阪万国博覧会では、カゴメがスポンサーになり展示され、万博終了後は大井川鉄道で動態保存されました。1983年に岩手県遠野市で動態整備され、遠野駅前に展示され、2000年に同市「万世の里」に移設され、現在は、栃木県那須烏山市の那珂川清流鉄道保存会に保存されているとのことです。
2025.12.27
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5枚の写真は、1969年6月に東京駅で見かけた、寝台列車用客車、20系の特急「富士」、「あさかぜ」、「はやぶさ」(2枚)、「みずほ」です。 朝の9時50分から10時40分の間に次々と東京駅に入ってきました。
2025.12.25
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4枚の写真は、1969年6月に、足尾線の相老付近で撮ったC12形蒸気機関車の263号機と46号機です。 C12形46号機は、バック運転しているものと、重連のものです。重連は、C12形46号機+C50形です。
2025.12.22
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3枚の写真は、1969年6月に蕨駅付近で撮ったものです。 ボンネット型デザインの気動車は、キハ81系の特急「つばさ」です。 115系近郊型電車の先頭に連結された2両は、おそらく、クモニ83とクモユ141ではないかと思います。郵便や荷物の輸送は、専用の車両を連結して鉄道が担っていました。低コストで大量に輸送でき、環境にやさしい輸送法でした。
2025.12.17
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4枚の写真は、1969年6~7月に大宮駅で撮ったものです。 大宮駅東口側から西口方面を撮った写真を現在と比べてみると、西口側の建物は、すべて取り壊されてしまっているのではないかと思います。 いずれの写真にも9600形蒸気機関車が写り込んでいます。川越線の旅客列車と貨物列車です。
2025.12.16
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5枚の写真は、1969年6月に川越線指扇―南古谷間で撮ったキューロクです。 鉄道橋は、荒川にかかる荒川橋梁です。川越線周辺の荒川は、堤防の高さや幅が不足しているということで、付け替えが検討されています。2030年頃には、新しい橋梁になるということです。
2025.12.15
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4枚の写真は、1969年6月に、八高線東飯能~金子付近で見かけたD51です。重連もあります。
2025.12.12
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4枚の写真は、1969年6月に八高線高麗川駅で撮ったものです。 八高線では、C58 311やD51 786が活躍していました。
2025.12.10
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3枚の写真は、1969年5月に撮ったキューロクの9687です。列車は、川越線の821列車で、大宮を17時29分に出発して高麗川に18時32分に到着します。 東武東上線と並行している写真は、川越付近で撮ったものです。遠くに東武東上線の電車が写っています。 現在、9687は、川口市の青木町公園に静態保存されています。
2025.12.09
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写真は、1969年5月に撮ったキューロクの29680です。列車は、川越線の822列車で、高麗川を6時25分に出発して大宮に7時27分に到着します。 麦畑と踏切の2枚の写真は、どちらも日進から少し指扇方面に寄った辺りで撮ったものです。4両目の客車(編成の中間車)に、荷物と座席の合造車(ハニ)が連結されていることが確認できます。 駅構内の2枚の写真は、大宮駅に到着した822列車を撮ったものです。機関車の後ろの車輛は、オハフ33 2248です。
2025.12.05
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写真は、1969年5月に撮った「名栗」です。写真を撮った場所は、わからないのですが、日進駅、指扇駅、南古谷駅のいずれかの駅ではないかと思います。 「名栗」は1両の編成です。写真の車輛は、キハ30形のキハ30 79です。キハ30形の扉は、上部のレールから車体外側に吊り下げられている外吊式となっています。 「名栗」は、1960年代の行楽シーズンの休日に、川越線で1往復が運転された季節列車です。ヘッドマークがつけられていて、絵柄は、奥武蔵の山々と川が描かれています。ヘッドマークをよく見ると、マーク本体の四角い板から伸びているL字型の足を正面貫通扉の両脇にある手すりに引っ掛けて取り付けられています。
2025.12.03
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写真は、1969年5月に、東武鉄道東上線本線の川越駅と川越市駅の間で見かけた郵便荷物電車です。 調べてみたらモユニ1491のようですが、確信が持てません。 わかる方がいれば教えてください。 モユニ1491は、1966年に登場し、小荷物や郵便物を輸送しました。
2025.12.02
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